その日は久々に錆兎との合同任務だった。
初めて一緒の任務に就いた時にはあちらは柱でこちらは隊士になりたての癸で、立場も任務を見守るベテランと見守られる新人だったわけだが、今は違う。
なので今は対等とは言わないが保護される立場ではなく、協力して任務にあたる同志と言えるだろう。
最初の任務から水柱屋敷にはちょくちょく遊びには行っているが、こうして同じ任務に就くのは本当に数か月ぶりだ。
久々に任務で会う錆兎は相変わらず左右に愛らしい二人の少女を連れていた。
二人とも最初の任務の時の村田に対するように、不死川の姿を見かけると笑顔で手を振ってくる。
仕事での知り合いの枠を超えた親しい友人という関係の人間がいると、家族ほどではないがほわっと温かい気分になった。
もちろん任務が始まってしまえば知り合いも友人も全く見知らぬ隊士でも等しく仕事仲間だが、それまでの時間、少し話をしたりすることは、ずいぶんと気持ちに余裕を持たせてくれる。
今こうして自分がその立場になってみると、尖っていたあの頃の自分は空気を読まないバカ野郎だと思うし、あの時の村田には悪いことをしたと思った。
任務自体はあの時と違って何も危なげなく完了。
最後に錆兎が皆気を付けて帰ってゆっくり休んでくれ、と締めて解散すると、彼は二人の少女に何か話して先に帰して、タタタッと相変わらず童子のようにキツネの面を頭にのっけたまま不死川に駈け寄ってきた。
「よお、錆兎、今日はお疲れさん」
と、不死川が声をかけると、錆兎は笑顔で、お前もな、と応えた後、
「任務後で疲れているところ申し訳ないんだが、これからちょっともう一仕事手伝ってもらえないか?」
などと、珍しいことを言う。
「おう、いいぜェ。まだ少しばかり動き足りねえと思ってたとこだ」
と、不死川は即答した。
正直錆兎は他人のために動くことは多々あっても、きつねっこ姉妹と呼ばれている姉妹弟子の真菰と義勇、そのほかはせいぜい最終選別で一番最初に出会った親友の村田以外の人間に手伝いを頼んだところなんて見たことがない。
その錆兎がわざわざ自分に頼みごとをしてきた、それだけで不死川は良い気分になった。
不愛想で言葉も粗暴なのでそう思われないのだが、不死川は元々大家族の長男に生まれて頼られることが大好きなのだ。
不死川の返事を聞いて、錆兎は、
「ああ、良かった!お前なら適任だと思うんだよな!」
と、とても嬉しそうに言うから、不死川の方が嬉しくなってしまう。
「で?何を手伝えって?」
と機嫌よく聞くと、錆兎はおそらく目的地へと歩き出しながら
「長女の兄貴役?」
と、謎の言葉を吐いた。
「へ?」
「知り合いにな、しっかり者の長女がいるんだ。
親を殺されて妹と二人で隊士になって、隊士の仕事の他にも医療所の管理までしてて、弱音も吐かずに激務をこなしてる。
そいつはいつも笑顔を絶やさずにこにこしているからな、みんな平気だと思ってるんだが、この前たまたま過労で立てなくなってしゃがみこんでいるのを見つけてな。
それでも他が心配するから絶対にバラすなと言われて、それからはたまに医療所の力仕事でも手伝いにって形で様子見してて、本人には自分は真菰と義勇がなんでもやってくれるから暇だし余裕もあるから愚痴でも弱音でもなんでも言ってくれと言ったはいいんだが…実はうちの屋敷にも駆け込んでくる隊士が多くて、なかなか手が回らなくてな…。
医療所の手伝いがメインだから、家の事とかも普段からやってきた経験がある人間が良いんだが、なかなかできそうなやつがいなくてなぁ…。
実弥、弟妹の面倒もよく見ていたと言っていたから、慣れているんじゃないかと思って」
「お~~、そういうことなら任せとけェっ!
掃除洗濯炊事に日曜大工まで、なんでもやってきてるからよォ」
と、力こぶを作って見せると、錆兎は
「それは頼もしいな。助かる」
と笑顔で言う。
この時は自分が頼られていること、そして意外にそれができる隊士達がいない自分の得意分野であることが嬉しかったのだが、そうして錆兎に連れて行かれた先は花屋敷。
まあここまでは医療所というのだから想定の範囲内だったのだが、そこで紹介されたのはサラサラの黒髪を揺らして微笑む女神みたいに綺麗な少女だった。
「この人が錆兎君がこの前言ってたお友達?」
と笑顔で聞かれて、
「そうだ。不死川実弥。
ちょっと見た目は怖そうだが実は大家族の長男で長い間弟や妹の面倒をきっちりみつつ忙しい母親を手伝ってきた面倒見のいい優しい男だ。
俺の時も言ったが花屋敷は女所帯で男手が少ないからな。
本人も話したらぜひ手伝ってやりたいということだし、俺と同様、遠慮なくなんでも頼んでくれ」
と、錆兎も笑顔で言う。
「ありがとう。任務に関係ない雑務だと忙しい隠の皆さんにお願いするのも心苦しいけど、花屋敷の人員で全部をこなすのは色々大変で…。
まだ小さい子達に力仕事は可哀そうでね。
本当に助かるわ。よろしくお願いします」
と、その綺麗な少女に手を取られて、知らずと頬が赤くなる。
「お、おう!任せろっ!
なんでも言ってくれ」
と、返したこの日から、不死川は暇さえあればせっせと花屋敷へ足を運ぶようになった。
最初は粗暴な物腰と恐ろし気な容貌に怯えて遠巻きにしてきた花屋敷の少女たちも、給金が出た日には少しばかりの菓子を買って渡してやったり、重い荷物をひょいっと取り上げてそのまま代わりに運んでやったりするうちにすっかり懐いて、最近では不死川が顔を出すと、喜んでまとわりついてくる。
そんな花屋敷の少女たちとの交流は、なんだか妹たちの面倒をみていた温かい日を思い出させて、不死川自身も心が安らいだ。
もちろん錆兎に言われていた通り、花屋敷の手伝いだけではなく、屋敷の主であり責任者でもある胡蝶カナエにも声をかける。
──忙しそうだなァ。大丈夫かァ?
と声をかけると、決まって
──ありがとう、大丈夫よ
と、笑顔で返される。
ある時それに
──ならいいが、無理すんなよォ
と、なんとなく条件反射というか、無意識に、自分よりもかなり低い位置にある小さな頭をくしゃりと撫でたら、ぴたりと固まられた。
あ…まずい…と、その反応で思って
「わ、悪ぃな。つい、妹たちに対する癖で…
せっかく綺麗に整えてる髪ぐしゃぐしゃにしちまったかァ?」
と、うつむいている彼女の顔を覗き込むと、なんだか少し朱に染まった笑みを浮かべようと努力しているようなカナエが目に入ってくる。
「…えっと……怒ってる…か?」
と、聞くとふるふると首をふるカナエ。
「ううん、違う、違うのよ?
両親が亡くなってからずっと、頭を撫でる側で、撫でられることがなかったから…」
と、消え入りそうな声で言う。
──ちょっと…懐かしかったというか……嬉しかった?…というか?
と言う声にきゅんと来た。
なんだこれ…可愛い……
普段絶対に笑顔で取り乱したりせず落ち着いている彼女のそんな様子に、なんだか心を鷲掴みにされて、しかしそこは子どもの世話には慣れていても女性の扱いには全く慣れていない長男の不死川は、
「なんだァ、言えよ。俺で良ければいくらでも撫でてやるからよォ」
と、ごしゃごしゃと頭を撫でていたら、
「姉さんに何してるんですかっ!!
ああ、こんなに髪をくしゃくしゃにしてっ!!
姉さんに危害を加えたら私が許しませんからねっ!!!」
と、何か誤解されたらしく、みかけて駆け寄ってきたカナエの妹のしのぶに殴られた。
まあ、それはそのあとにカナエが誤解だとなだめてくれたのだが…
そんなこんなで不死川には支えてやりたいと思う人間がまた増えた。
そしてすべてを支えられる存在になるべく、今日も任務にまい進するのである。
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久しぶりに誤変換報告です。知り合いの枠→知り合いの域 かと…ご確認ください。
返信削除ご指摘ありがとうございます。
削除ただ、枠=友達枠とか恋人枠とかだと範囲、囲いという意味があるので、そういう範囲以上という意味では別に問題ないかなと思うんですが…
先ず、最初の指摘は私の勘違いで枠と粋を読み間違っていたからなんですがうっかりですみません。(´・ω・`)言葉の印象としては枠は囲った中側に意味が有り、枠を超えた(枠から外れる)というとマイナスな気がしてしまうんです...定員枠を超えた為みたいな(^^;ヾ
削除ふむふむ。マイナスなイメージを持たれることもあるんですね。
削除なるほど。