少女で人生やり直し中_29_きつねっ子の水柱

「確かに。
今日は任務で来たんだし、開始時間前とは言え無駄口は控えるべきだな。
すまなかったな、不死川」

ひょいっと顔に付けた面を上にずらす少年。
すると口元から右頬にかけて大きな傷跡があるが、それでも端正な顔がのぞく。
そんな風に面を取るとその容姿の見栄えの良さ品の良さからよけいにおとぎ話の主人公臭が増した。

鬼殺隊の一番の下っ端の癸の不死川に対して普通に謝罪する隊士の頂点の水柱。

今までの任務の甲の隊士達なら一発殴られるか蹴られるか怒鳴られるか…とにかく生意気なことを言うなと罵られるところなので、その反応に唖然としてしまう。

そもそもがまだ開始時間前の待ち時間なのだから…と、柱本人ではなく周りから非難の声があがった。

それにも水柱の少年は
「いや、任務に入る前に集中が必要な人間もいるしな。
命がかかった仕事なのだから、最良の状態で臨めるように努力すべきだ」
と、逆に不死川をかばうような発言をする。

不死川はそれにホッとするよりも、なんだかプライドが傷ついた気持ちになった。

だって同い年の少年なのにあちらは最高位で自分は一番の下っ端で…
階級だけじゃなく、自分は理不尽ないちゃもんを付けている嫌な奴で、相手はそれを笑顔で許すどころか他からかばう器の大きな人間扱いだ。

今までの任務で仕切っていた甲の隊士達は嫌な奴だったが、それでも今目の前にいる柱よりはマシな気がする。
本当に…他の甲の隊士達のようにもっと嫌な反応をしてくれればいいのに…などと理不尽なことを不死川は思った。

そんな不死川の前で、他の隊士が
「なんで不死川のこと知ってるんです?」
とざわめいている。

水柱はそれに笑顔で
「今回の任務の参加者は名と呼吸その他、作戦に必要になりそうなことは全員分事務方から教えてもらっておいたんだ。
もちろんお前もだ、中川。
同じ水の呼吸だな」
などと答えて、質問をした隊士はおお~~!!!嬉しそうに歓声をあげた。

それから我も我もと聞いてくる参加者の名と呼吸を一人一人答えていく水柱に、任務前からずいぶんと好意が向けられていく。

それがまた気に入らず、不死川は一人そっぽを向いていた。

そんな時、不死川の後ろで
──てめえなぁ、錆兎に感謝しとけよ?ほかの柱だったらてめえなんか除隊だわ。
と、いきなり声がして驚いて振り返る。

そこにはなんだか派手な額あてをした綺麗な顔の男。
目立って整った容姿は水柱と同じだが、いかにも正義の主人公でございと言った、お育ちの良さが前面に出た彼と違い、こちらはどちらかと言うと影がある。

「はぁ?てめえは誰だァ?」
と思わず睨み返す不死川に、
「てめえじゃねえっ!
俺は音柱の宇髄天元。
一番の下っ端が身の程ってもんをわきまえろ!」
とくらくらするくらいきついげんこつが頭に降ってきた。

ああ、なるほど、そうだ。
水柱を名前で呼び捨てで呼ぶくらいの人間なんだから、相手だって当然同列の柱だろうということくらいは察するべきだった。

それでもなお、
「あぁあーー??
いきなり殴ってんじゃねえっ!!」
と、相手が柱でも…というか、柱だからこそ頭をもたげる反骨精神。

しかしそこで殴り返そうとしたこぶしは、いつのまにかそばに来ていた水柱の手の打ちで止められた。

へ??
気配も何もなくいきなりだったので驚いて固まる不死川の目の前で、水柱は
「宇髄…今日も来たのか。
ありがたいが、休暇は休むためのものだから休日はきちんと心身ともに休めた方が良いと思うぞ?
あと…無用な喧嘩はやめてくれ。
俺は確かに年齢も若ければ隊士歴もまだ短いからな。
俺が軽んじられるのはいつものことだし、宇髄のような強者が殴ったところで、尊重されるようになるわけじゃない」
と、男らしくしっかりとした眉毛を困ったように八の字にして言う。

音柱はそれに不死川に向けていた冷たい視線とは対照的に、
「あ~休息の量についてはちゃんと自分でわかって調整してるから気にすんな。
喧嘩じゃなくて躾けな?
俺は必要と思ってやってるが、今回の任務の頭はお前だからな。
わかった、お前が要らんって言うなら俺は大人しくしとくわ」
と、どこか身内に向けるような優しい声で言うと、くしゃくしゃとまだ成長途上で自分よりだいぶ小さい水柱の宍色の頭を撫でまわした。

「ああ、宇髄はちゃんと自己管理はできているのはわかってるんだけどな。
俺が仕切る日に任務が入ってないときは毎回のように来てくれるから、なんだか悪い気になる」
「あ~?そんなん気にすんな。
俺が暇持て余して勝手に来てるだけだからな」
「…そういうことにしておこう。
でもありがとうな?」
「おう」

階級的には同じ柱だが、そんなどこか上下感のある彼らのやり取りを聞いていると、弟たちといた頃の自分を思い出す。

色々やってやりたくて、やってやった時は『手間をかけてごめん』より『助かった。ありがとう、兄ちゃん』と言われたい。

思い出すと本当に胸がずきずき痛んで泣きだしそうになる幸せな頃の思い出をおしやるように、不死川は首を横に振った。


そんな不死川から全員に視線を移して、水柱の少年は
「ついでだからみんなに言っておく」
と、よく通る耳心地の良い声で言った。

「俺は今回の任務を総括させてもらう水柱の渡辺錆兎だ。
見ての通りまだ年齢も低く、おそらくここにいるほとんどが俺より年上かせいぜい同い年だと思う。
隊士になりたての頃についた任務でたまたま下弦の鬼を斬らざるを得ない状況に陥って、今こうして水柱などやっているが、隊士としてもここにいる多くの参加者よりも後輩だ。
だから、自分の方が強い、上の階級にあがるための機会がなかっただけだという人間も多くいると思うし、自分より下の人間の指示に従うことは矜持が傷つくという者もいるだろう。
だが、今回のように大規模な作戦は、それぞれが役割を果たしてこそ機能する。
みんなが割り当てられた役割をこなすことを前提に動いているから、自分は強いから自己判断で大丈夫だと思っていて実際そうだとしてもそれから外れた行動をとられると、それを知らずに振り分けられた役割を皆が果たしている前提で動いている他の人間が死ぬことになる。
役割を果たすのは自分のためじゃなく、他の人間を守るためだということを肝に銘じて、非常時以外は指示が間違っていると思ったらそれを鎹烏で俺の方まで報告し、俺の方から指示の変更を全員に行きわたらせたという報告があってから変更してほしい。
ここにいる一人一人が最終選別を超え、様々な任務をこなしてきた猛者だというのは重々承知している。
だからこそ、俺の未熟さを補佐するつもりで、各々が役割を果たしてくれ」

過剰に卑屈になることなく、また威圧を与えてくるでもなく、事実を伝えながら目下の人間の矜持なんかを考えながら説明をする。

それにさらにむかつきながらも、なるほど、自分は大丈夫でも弱い奴らはそいつらを危険にさらさないように配慮された指示に従っているのだから、それを崩されたら死んでしまう場合もあるよな、と、自分が不本意だろうとまとめ役の指示に従わなければならない理由をそこに見出した。

そう、不死川は反骨精神の持ち主で上に素直じゃなかったとしても、長子生活が長いので自分より下だったり弱かったりする相手を守ってやらねばという心は持っている。

本人の話のようにたまたま運良く下弦の鬼を斬って柱になっただけならば、そんなもしかしたら自分より弱いかもしれないような奴に従うのはごめんだが、自分が好きに動くのに周りがついてこれずに死んでしまうかもと言うのなら、与えられた役割をこなしてやってもいい。

のちにすべてを知った時に不死川は大いに恥じることになるのだが、その時はまだ怖い物知らずにもそんなことを思っていた。


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