──村田っ、久しいなっ!
急にふわりと圧を感じた。
別にそれは殺気とかそういう類のものではなく、単に強烈な存在感というものだったが、不死川は一瞬あわてて刀に伸ばしかけ、しかし寸でで堪えて、そんな自分の過剰な反応を内心恥じる。
そう、まさに天から舞い降りてきたような錯覚を覚える。
実際のところはどうやら彼らが背にしていた家の窓から飛び降りてきたようだが、少年は被っている特徴的なキツネの面の不可思議さともあいまって、空から落ちてきたと言われても納得してしまいそうな不思議な雰囲気をまとっていた。
そんなどこか特別感いっぱいの少年が、本当に何の変哲もない奴の代表格のような村田に、なんだか嬉しさ満載のような声をかけるのにすごく違和感を感じる。
それでも少年のその親しみのこもった声音から察するに、村田の言葉通り、彼らは親友なのだろう。
その彼の動きに呼応するように、少年の左右にふわりふわりと少年の物と似てはいるが少し違う模様のきつねの面をかぶった少女たちが着地した。
そうして不思議なきつねっこが3人並ぶと、なんだかそれだけでおとぎ話の中にいるような錯覚をおこさせる。
…村田、むらた、ムラタ…ひさしぶり、ひさしぶり…久しぶり…と3人に囲まれる村田はさながら昔話の善良な村の若者といったところか。
あれだけ騒いでいた新米隊士達も、シン…と静まり返ってきつねっこ達に笑顔で応じている村田に視線を向けている。
鬼殺隊の水の呼吸の柱というよりは何かの怪異のようだ…と不死川は思った。
3人のうちの一人…花模様の羽織のきつねがちらりと隊士達の中にいる不死川に視線を向ける。
いや、別に大勢いる参加者達を見ただけで、特別に不死川だけを見たわけではないのだろうが、面に隠れて見えない顔を向けられると、なんだか自分を見てきたような気がしてしまって、ゾクリ…と畏怖なのか単なる恐怖なのかわからないが、背筋が寒くなるものを感じた。
見透かされているような視線が怖い。
不死川が緊張にこわばったのを見て、花のきつねっこの口元がにぃぃっと笑みを形作ったような気がする。
これまで上に怒鳴られようが殴られようが蹴られようが反発心しか感じなかったし、それこそ本物の害意がある怪異である鬼と刀もなしに対峙したことすらあるのに、ここまで不安を感じたことなどなかった。
…しなずがわ…さねみ……
と、花のきつねの唇がそう動いた。
それまでは気のせいだったかもしれないが、今度は気のせいじゃない。
声には出されなかったが、他には誰も見ていなかったかもしれないが、確かにそう動いたのである。
不死川は恐怖で叫びだしそうになったが、困ったことに反骨精神の塊の意地っ張りなその口から出てきたのは、
「同期だかなんだか知らねえが、てめえらはダチと遊びにきたのかよォ!!」
という、なんとも喧嘩腰な言葉だった。
唖然とする周りの隊士達。
うああああーーー!!!
と自分でも頭を抱えたくなった。
終わった…俺の人生は終わっちまったァ…と、自分でも思う。
左右のきつねっこの少女たちがどことなく不快感をみなぎらせるのがわかった。
そして花じゃないほう、えんじ色の羽織のきつねっこが振り向いて何か文句でも言おうと思ったのか、一歩こちらに踏み出しかける。
…が、中央にいる唯一の少年のきつねっこ…もとい水柱の少年がそれを制した。
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