とりあえず部屋の状況を観察して記憶するのは引き受けてやる。
そして検分を終えたところで、宇髄は錆兎と廊下に戻った。
と、そこで前方から何かが駆け寄ってくる。
宇髄は刀に手を添えるが、錆兎が手で制した。
気配に敏い少年は、それが鬼ではなく人だということにいち早く気づいたらしい。
「て…撤退だ!!ここは俺達だけじゃ無理だっ!!」
と言いながら目の前まで駆け寄ってきたのは、津雲に同行した隊士の1人だ。
目には涙、顔には鼻水と、すごい形相になっていたが、額にわずかに怪我をしているくらいで、致命傷になりそうな傷はない。
隊服は全面的に血だらけだが、本人の物ではなくおそらく仲間のものだろう。
手にも腰にも日輪刀が見当たらないので、おそらく刀も仲間もなにもかも放り投げて逃げてきたようだ。
そんな隊士に宇髄は嫌悪を隠さず顔をしかめたが、錆兎は羽織から包帯と軟膏の入った救護用品の袋を村田に向かって放り投げ、それを受け取った村田が隊士のかすり傷まで丁寧に手当を始める。
そしてその横で
「入口近くの部屋で遺体をみつけましたが、他の人は?」
と、錆兎はあくまで淡々とした口調で聞いている。
自分とは違って、清く正しく育ってきたお坊ちゃんなわけだから、内心は仲間を捨てて逃げて来た隊士に嫌悪感もあるだろうに、そこで感情的になってそれを出したりすることが一切ないあたりが、さすが筆頭の血筋だと、宇髄は今日すでに何回も思ったことをまた思った。
そんな錆兎の落ち着いた様子に少し安心をしたのか、男は
「津雲さんともう一人が残って応戦してる!
あとの二人は逃げたはずだけど…」
おずおずと言う。
そこで宇髄はまた嫌悪感が募って、ついついそれが口を突いて出てしまった。
そう、宇髄もこの頃は柱と言ってもまだまだ15歳の多感なお年頃だったのである。
「…逃げんなとは言わねえけどな、頭置いて逃げんのは頂けねえな。
仕切ってる時に勝手に戦線離脱されちゃあ勝てる戦いも勝てねえよ」
正直実家の父のように弱者を捨て石にする人間も大嫌いだが、強者には何をしても良いと開き直る弱者様はもっと嫌いだ。
できることならこいつを鬼をおびき寄せる餌にしてやりたいくらいに嫌悪感満載の宇髄の横で、
「過ぎたことを言っても状況は変わらないし、事態が好転するわけじゃないから。
犯した失態は自分で取り戻すか処罰を受けるかしかないよね。
その処遇を決めるのはお館様だから、私達には全く関係ないよ」
と、小憎らしいほどに冷静な様子で、真菰がそれに暗にストップをかける。
錆兎はその姉弟子のフォローに小さく頷いて、
「俺達はこのまま進みますが、あなたはどうします?
撤退するなら止めませんし、同行するなら俺より前に出ないでくれれば守ります」
と、真菰に向けていた視線を隊士に向けなおした。
おそらく非常に淡々と真菰が口にした”処罰”という言葉が頭に浮かんだのだろう。
手当を終えた村田が義勇の真後ろという平常時の自身の定位置に戻ったのを確認しつつ、奥に足を踏み出しかける錆兎に
「お、俺も行く!津雲さん達が戦っている部屋はこの廊下の突き当りだ」
と慌てたように言う。
錆兎はそれにも飽くまで平静に
「じゃあ、村田と宇髄さんの間で」
と、立ち位置だけ指示して、再度奥に向かって進みだした。
そうして男が言った部屋の前。
錆兎は、つ…と足をとめた。
そして後ろに向けて声をかける。
「宇髄さん…」
「…おう、なんだ?」
「…俺は即戦闘に突入かもしれないから、これ頼む」
と、そんなやりとりのもと、錆兎は肩にとまらせていた鎹烏を一撫でして宇髄の方にやった。
「…ああ?わかった…」
と、左の館での戦闘の時にはなかったそれにかすかに戸惑いを見せつつ、手を伸ばしてとまったその鴉を引き寄せる宇髄。
しかしその鴉を見て何かに気づいたようにわずかに目を見張ると、次の瞬間、
「あとは任せとけ」
と、にやりと笑った。
他を廊下に待たせて1人部屋へ入る錆兎。
最初の部屋を通り越して、続きの間の襖を蹴り倒すと、中から津雲が駆け出してくる。
「おお~!ちょうど今鬼が撤退したところだ」
と、大きな怪我もなく隊服で汗を拭う津雲。
見たところ津雲1人しかいないので、1人で倒しきった感で高揚しているように見えた。
突入前は錆兎に対して硬い表情を向けていたのだが、今は満面の笑顔で
「さあ、次に行くかっ!」
と、肩に手を置こうと寄ってくる。
しかし、錆兎に向かって伸ばされたその手は、目にも止まらぬ速さで抜かれた日輪刀で斬り落とされた。
…え…っ?
ポカン…と呆ける津雲の目の前で斬られて落ちた手はゴロリと床に転がった後、さらさらと砂状になったあと消えていく。
人ではありえないそれで正体がバレたと気づいて攻勢に転じる暇もなく、その首は赤黄色に光る鳳凰に焼き切られた。
それとほぼ同時に
「宇随さんっ!頼む!!」
と、かかる声に、宇髄は
「了解っ」
と、どこからか取り出した細い縄であっという間にさきほど逃げてきて合流した隊士を拘束する。
いきなりのその行動に、しかし驚いているのは隊士本人と村田だけだ。
「「な、なんで??」」
と、驚いている二人から同時に出る言葉に、宇髄は
「錆兎がこいつを鴉に咥えさせて寄越したからな。
てめえが黒ってのは前提で、合図を待ってたってわけだ」
と、黒い碁石をちらつかせた。
そこで驚いていない真菰に驚きいっぱいの視線を向ける村田を振り返って、真菰は
「彼についてた返り血が鬼に攻撃を受けた味方のものなら、味方の身体で遮られて放射状に飛び散ったもののはずだから、中央についたりはしないでしょ。
中央にもつくのは、血を流している相手とあの人の間に障害物がない場合だよ。
つまり、その返り血はあの人が相手を斬りつけたということってのは明白でしょ」
とにこやかに言う。
「さらに言うなら、津雲さんは気位の高い人のようだったから、自分が致命傷を負わない限り…あるいは負ったとしても、俺に自分の班が半壊したという情報を送ってはこないと思った。
だから鴉を飛ばしたのは津雲さんが致命傷を負うか倒されるかしたあとに、撤退の判断をした誰かだろう」
と、それを錆兎が引き継いで、さらに義勇が、
「もう一点、私達の所に飛んできた鴉の傷は刀傷だった。
だから鬼じゃなくて、誰か人間が鴉を送らせないため斬りつけたってことだよね」
と、役目を全うして死んでしまった鴉の様子を思い出したのか、ぎゅっと唇をかみしめた。
そうして最後にまとめるのはやはり錆兎だ。
「以上から推察すると、まず津雲さんが何か再起不能になって、生存している人が救援を求めて鴉を飛ばそうとした。
…が、裏切者がいてそれをさせまいとその人を斬り捨て…鴉も殺そうと思って斬ったが、鴉は逃げてしまった。
鴉から伝言を聞けば俺達が戻ってくる。
そう思えば仲間を斬った刀や遺体の処理など、犯行を隠す時間はない。
それならば、刀は逃げる時になくしたことにして、遺体があるより手前で俺達を攻撃すればいい。
そんなところだろうと思って、宇髄さんに警戒をお願いしてとりあえず津雲さんを捜してみようと思った。
それで…今、全く怪我をしていない津雲さんを見て、偽物だと確信した。
あれだけピンピンしているなら、犠牲者の1人や2人出たところで、俺に救援を求める鴉を送る意味がない」
たぶん、これより先の部屋のどこかに他の隊士の遺体があると思うと、これまでの鬼と同様、床下に潜ることができずに暴れる津雲に化けていた鬼を放置で歩き出す錆兎。
「判断的確で早ぇよなぁ」
と、感心する宇髄。
「だって錆兎だから。
先生が先生より強くなるかもしれないって言ってたくらいだし。
先生より強いってことは、世界一ってことだよ」
と、真顔で言う真菰。
「やっぱり錆兎はすごい」
と、またぴょんこぴょんこと飛び跳ねる義勇。
「あ~、うん、まあね。
最終選別でもなんだか違い過ぎて、実は鬼殺隊側がぎりぎりになったら参加者を助けるように紛れ込ませたお助け人かと思ったってみんな言ってたし…」
と、村田は頭をかいた。
「…これで…全員確認だな…」
こうしてきつねっこ3人と宇髄、村田、そして裏切って拘束されている隊士の6人は、右側の最奥の部屋まで足を伸ばした。
そして手前の部屋で食い殺されていた隊士と裏切者以外の津雲班の残り3人の遺体を確認した。
不思議なことに食われたような状況の遺体は一番手前の部屋で最初に見つけた1体だけで、あとは殺されてはいるモノの、欠損個所はなく、食われてはいないようである。
そのことに最初に気づいたのは宇髄だ。
そしてそれを指摘すると、錆兎はふむ…とあごに手をあてて考え込んだ後、
「ああ、なるほど。そういうことなのか…」
と、何か納得したように頷いた。
「何がなるほどなんだ?」
「いや…最奥の部屋で3名死んでいるということは、ここで最初に鬼と遭遇したんだと思うんだが……殺したは良いが食いに来れなかったんだな…と思って」
「どういうことだ?」
「最初…タコの足のようなイメージだと言っただろう?」
「ああ」
「普通なら床下を通って本体も移動できるんだろうけど、俺達が左側の足を固定してしまったから、本体があまり奥まで移動できなくなったんじゃないかと思って」
「あ~、なるほどなっ。
自分の足先は形態を変えて床下に移動できても、人間は形態変えられねえからな。
本体の方が移動して食いに来るしかねえって事か」
「ああ。でも俺達が左側の奥よりの部屋で足を固定してしまったから、右奥までは来れなくなった感じだな。
…というわけで右奥の部屋の足も固定したから本体が居るのは…」
「中央だなっ!」
「ああ、戻ろう」
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