少女で人生やり直し中_21_信頼と親愛

──カアァ、津雲班、半壊ィ!現在生存者ハ逃走中デアルー

バサバサッという羽音と共に飛び込んできた鴉は血だらけで、そう告げたあとにそのまま力なく落ちてきた。

あ…と、それに義勇が慌てて手を伸ばす。
そして着物の袖口が汚れるのも構わずにそれを受け止めると、

「真菰ねえさん…っ」
と、普段から頼りにしているのだろう。
なんとかしてくれとばかりに真菰に駈け寄るが、鴉は小さな手の中でクタリとしたまま動かない。

「…あとで埋めてあげようね」
と、はっきり言ってしまえば泣き出すからか、真菰は明言を避け、妹弟子の手から鴉を受け取り、懐から手ぬぐいを出して包んだ。

そして
「…錆兎……」
と、指示を仰ぐように弟弟子を振り返る。

そんな姉妹弟子のやりとりの間も考え込んでいたきつねっこの少年は、
「戻るぞ。
逃亡中の生存者がいるというなら、探索より人命救助が優先だろう」
と、案の定な結論を出した。


宇髄にしてみれば錆兎があらかじめやめておけというのに勝手に突入を決行したのだから、そこは本体を探すのが優先で、その後に余裕があれば救出という優先度だろうと思う。

だが、例え柱に並ぶかもしれないくらいの剣技を身につけていたとしても、狭霧山のきつねっこは空気の綺麗な山の中で厳しいが優しい師匠と互いに思いやりに満ちた姉妹弟子に囲まれて健やかに育ってきたのだろう。
そのあたりの非情さがない。


ああ、でもそれもおとぎ話の主役らしい。
主人公の少年は飽くまで強くとも心が清く優しさに満ちているものだ。

宇髄はそれを甘いな…と思う反面、少年は過酷な現場に染まることなく、いつまでも光の中の主人公であって欲しいと、そんな自分らしくない感想を持って内心苦笑する。


「ということで、戻る。
これまでは廊下には鬼は出てこなかったが、生存者を回収するまではあちら側でもし出てきたとしても俺が細切れにするから、再生する前に駆け抜けるぞ」

という錆兎に、戻ること自体に賛成なわけではないが、その意向を通してやることには異存はないので

「了解だ!じゃあ万が一再生が早くて襲って来られた時に備えて、俺が最後尾につくわ」
と、申し出てやった。


「頼むなっ。助かるっ!」
とつけたままの狐の面を上にずらして見せる笑顔はまだまだあどけない。

宇髄は柱としては現在最年少だ。
他は年上どころか最古参は自分の祖父くらいの年齢で、隊士としても15歳というのは年齢が上の方では決してない。

そんな中でイラっとするほど使えなくはない、むしろ自分の横に並ぶ以上の腕を持っているくせに、まだ幼いところがあり、なにか補佐をしてやらねばと思えるような相手に会うのは初めてだ。

後輩…そう、自分は先輩で相手は後輩なのだ。
そう思うと、なんだかくすぐったい気がするが、こんな風に後輩に手を貸してやって感謝されるのは悪くはない。

「まあ、後ろは完ぺきだからな。
前だけ注意しとけばいいぜ?」
というと、少年はこっくり頷き、

「では戻る。殿は任せたっ!」
と、白い羽織の裾を翻して、津雲達と分かれた館の中央を目指した。



こうして中央に戻り、庭の向こうの正門に待機中の隊士を呼んで、津雲班から応援を求める鴉が来たこと、そのため館の右側に行く旨を伝える。

不安げにざわめく隊士達。

それに宍色の少年は
「大丈夫っ!左側の鬼はほぼ拘束してあるし、拘束する術がわかった俺達がこれから右側の鬼も拘束してくるので、少なくとも館を超えて鬼が来ることはありません。
応援要請もすでにしてあるし、じきに対応できる誰かしらが来てくれます。
それまでに俺達は出来るだけ情報を集めてくるので、皆さんは逆に万が一、この館に外から人が入らないよう、門で見張っていて下さい」
と、やや大きめの通る声で言った。

自分達は事態が悪化しないような対応はできた。
そして応援要請も終わっていて、あとは応援に来る事態を収束できる人間が少しでも楽になるように、情報だけ集めてくる。
それは別にことさら危険でも無理でもない作業である。

そう、なんでもないことのように落ち着いて言う錆兎の様子に、周りはだいぶ落ち着いたようだ。


津雲班が半壊して、あるいは全滅しているかもしれないことなどは、本部には情報を送っているがここでは言わない。
もちろん言っていることは嘘ではなく、周りが何か対処する必要があること以外、周りを不安にさせるであろうことは、口にしないだけだ。

筆頭の元跡取りだけあって、そのあたりのバランス感覚が絶妙だ。


「では、行ってきますっ!」
と、伝えるべきことを伝えると、にこやかに手を振る錆兎。

それにすっかり動揺が収まった隊士達は
「おう、気をつけてなぁ!」
と、手を振り返す。

安堵と信頼…そして好意。
この少年に向けられる視線にはそんなものが滲み出ていた。

「じゃ、ちょっといってきま~すっ!」
と、宇髄から言わせるとそんなキャラじゃないだろうに、真菰もことさら無邪気な子どもを装ってブンブンと元気よく手を振る。

続いて、
「…いってきま……あっ!!」
と、手を振って進みかけた末娘はふと気づいたように、トテテっと待っている先輩隊士達に駈け寄って、

「これ…待ってる間に食べてください」
と、さきほどの飴玉の袋をその手に握らせた。

とたんにほわりと和らぐ空気。

「お嬢ちゃんも気を付けて行けよ~」
と、みんなにわしゃわしゃと頭を撫でられながら、うんうんと頷くと、またトテテテっと戻ってくる義勇。
こうしてきつねっこ達はあっという間に先輩たちの好意を勝ち取ってきた気がする。

隊士としても最年少の部類の愛らしい少年少女で、揃いのきつねの面をつけて、こんな風に愛想よくふるまっていれば、そりゃあ注目も浴びるだろう。



とりあえず待機組と分かれて、さきほどとは反対に中央から右の廊下を進んでいく。
館の造りは中央から左右対称になっているらしく、さきほどまで探索していた左側と大して変わりはない。

ただ、あちら側と違うのは、ぷ~んと鉄の匂いが漂ってくることだ。
どうやら派手にやられたらしい。

怪我で済んでいるのか命を落としたのか…
匂いだけでは判別できないので、手前から順次部屋を覗いていくことにした。

しかしながら、さきほどのように全員では行かず、まず錆兎だけ。

そして部屋に入ってすぐ、
「悪いが宇髄さんだけ来てくれ。真菰は宇随さんに代わってあたりを警戒な」
と、声がする。

それを聞いて真菰がさっと宇髄がいた最後尾まで下がった。
もちろん宇髄は逆に前方へ出る。


そうして目の前の部屋を抜けて続きの間へ入ると、廊下よりもいっそう鉄の匂いが強くなった。

目の前には食い散らかされた隊士の遺体…と青ざめた顔で立つきつねっこ。

「おいおい、大丈夫か?
鬼は平気でも人間はだめか」

と、その隣に駈け寄って、ポンと肩を軽く叩くと、少年はそれまで周りに見せてきた余裕な顔が嘘のように

──…人間は…親が死んだ時以来だから…
と、可哀そうなくらい弱々しい、年相応の声が返ってきた。

なるほど、しっかりしているように見えても、子がこんなに健やかに育つような育て方をする親が、おそらく目の前で殺されたのだろうから、心に傷くらい負うし残るだろう。

それ以来、人が死ぬ場面に出くわして上書きをされたりする機会がなくくれば、なおさらだ。

「あ~、そうか。
お前さんの最終選別は全員生還したんだもんなぁ。
だいたいの奴はそこで仲間の遺体超えて来てっからな。
無理そうなら俺が前を代わるか?」

他なら吐こうがなんだろうが任務だからこなせと突き放すところだが、なんとなく不憫さが勝ってそう申し出た。

が、申し出た宇髄自身が半分くらいは予想していたように、少年は
「…ありがとう。
でも俺が慣れないと…」
と、無理に作った笑みを見せて首を横に振る。

ああ、なるほど。
ガキでもお嬢ちゃん達を連れた唯一の男だからなぁ…
と、宇髄は苦笑して、

「わかった。
けど、無理はすんなよ?
お前が慣れるまでは手ぇ貸してやるから、素直に頼れる先輩に頼っとけ」
と、くしゃりと宍色の頭を撫でてやった。

あ~…先輩…後輩かぁ…。

自分で言っておきながら、宇髄は改めて心の中でそう繰り返す。
自分が鬼殺隊に入隊してから早2年。
自分より古い隊士に対しても新しい隊士に対してもそんな風に思ったことはなかったのだが、目の前のきつねっこの少年に対してはすごくそれを感じていた。

左右に抱えた姉妹弟子達のため、1人きりの男として必死に頑張っている姿は好感が持てる。
個人主義で皮肉屋な宇髄としては素直に手を貸してやりたいと思えた非常に数少ない相手だ。

優秀ではあるが才走って他者に寄り添えないところが一部で問題視されていた宇髄にとっても、これは大きな進歩である。

あるいはお館様はこれを見越して今回宇髄をさりげなくきつねっこ…いや、正確に言うと錆兎のいる任務に誘導したのかもしれない…と、宇髄はのちにこの任務を振り返って思った。

そうして半歩ほど踏み出した当時の宇髄の言葉にきつねっこの少年が返してきたのは

──ありがとう。助かる。…今回同じ班に宇髄さんがいてよかった

という清く正しくまっすぐ育てられたお坊ちゃんの実に素直な感謝と信頼の言葉で、これが宇髄を効率一辺倒から、そこに他者の感情をもバランスよく汲み取っていく方向に大きく変えていくことになった。


Before <<<  >>> Next  (6月21日公開予定)





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