それはなかなか衝撃的な光景だった。
その屋敷は非常に頑丈そうな石造りの門に閉ざされているので、奉公を希望する娘を連れて来たということで門を開けさせて一気に中に突入する予定だったのだが、なんと名を名乗った途端、いきなり伸びてきた腕がきつねっこの少女の腕を掴んで、その反対側の腕を掴んでいた少年ごと中に引っ張り込んで、門を閉めてしまう。
もちろんその後ろに控えていた津雲達が青ざめたのは言うまでもない。
数か月かけた作戦が一瞬で瓦解か…と、誰もが思ったわけだが、唯一宇髄の隣に待機していた少女は慌てた様子もなく、
「真菰~、どうする?お前がやるか?」
と中から聞こえる謎の声に、
「う~ん…こっちからだとそっちの様子見えないからさ、義勇の着物を瓦礫で汚したくないし、錆兎やってよ」
と、謎の返事を返した。
え?…と、それに悩む間もなく、宇髄の目の前でスパ~ン!と縦に真っ二つになる石の扉。
ドサっと落ちてくる扉の破片を避けるようにぴょん!と飛びのく少女真菰。
──…ちょっ!お前ら何斬ってんの?!
と、驚く宇髄を見上げて
──えっと…うちの一門の最終選別に挑戦する条件って身の丈より大きな岩を一刀両断できることだからっ
と、にっこり愛らしい笑みを浮かべる。
「まじ…か…」
と、驚きながらも、そこは宇髄も柱だ。
門の向こうに見える鬼の群れに自身も刀を抜いて飛び込んだ。
それを合図とするように、津雲が全員突撃の指示を出す。
うおぉぉーー!!と鬨の声をあげ、館になだれ込む隊士達。
しかしその勇ましい雄たけびは、ほんの数分で混乱のつぶやきへと変化した。
「…こ、これは……」
「どうなってるんだ?」
「鬼が死なないぞっ!!」
先陣を切って宇髄が斬り落とした鬼の頭がコロンと地面に転がったが、頭を失くした鬼の首からはにょきりと新しい首が映えてくる。
本来ならそれで倒せるはずの首を落としても死なぬ鬼に、隊士達が動揺し、逃げ腰になったところに鬼の手が伸びてきた。
──仕方ない…色々試してみるか…
と、悲鳴をあげて門に後退する隊士達と逆走するように、くいと片手で頭に乗せた狐の面を己の顔につけ、宍色の少年が鬼のさなかに飛び込んで、打ち付ける波のように刀を振るう。
夜空にキラキラと光を撒きながら広がる剣戟は、まるでおとぎ話の一枚絵のようで、逃げかけた隊士達も思わず足をとめてその雄姿に魅入った。
こんなに力強くも華やかな剣を見たのは初めてで、思わずため息が出る。
ザザ~ン!と打ち付ける波しぶきが散って消えたあと、ズルリと鬼だった何かが地面に吸収されていって、隊員たちが皆感嘆の声をあげた。
総指揮を執っている津雲もその一人で、
「倒したのかっ!」
と、喜び勇んで少年に駈け寄りかけるが、残念ながら耳の良い宇髄には地面の下からズルリズルリと館の方へと何かが移動する音が聞こえている。
なので、
「いや…逃げただけだな」
とそれを伝えた。
少年はそれにも気づいていたらしく顔色一つ変えずに一旦刀を鞘に納めるが、津雲はその宇髄の言葉に青ざめて、
「…これからどうしましょう?」
と、自分達が知っているものと違う習性を持っている鬼に対する対応に悩んだのか反射的に少年の隣に立つ柱である宇髄に声をかける。
しかし飽くまでお忍びなので柱であることを知られたくない宇髄は
「聞かれてるぜ?大将」
と、それを隣の錆兎に流した。
それに──え??と少しばかり驚いた表情を見せる少年。
しかし
「この状況で動けたのはお前さんだけだからな。
指揮系統は保っといたほうがいいが、首落としても死なねえ鬼なんざ皆初めて遭遇したわけだし、今回ばかりは仕方ねえ。
打開できそうな奴が動くしかねえだろ」
と、さらに宇髄が畳みかけると、驚くほどの速さで切り替えたらしい。
「そう…ですね。
万が一を考えれば新しい要素が出てくる都度、本部へ情報を送っておいた方が良いでしょうね。
ということで…今報告すべきは、突入後、鬼が8体待ち構えていて、そのどれも首を落としても死なずに頭が再生したように思われること。
負傷者と犠牲者の数。
先に潜入した隊士とは未だ連絡がとれていないこと。
応援を要請するなら応援要請も…
そのうえで、津雲さんから欲しい指示は、まず続行か退却か。
続行するなら応援要請をするかしないか、するなら応援が来るまで待機か先に突入か。
突入するなら当初の予定通り班行動なのか、班を組みなおす、あるいは全体行動か…
あたりですか、とりあえず」
淡々と述べる13歳に、宇髄は正直うわぁ~と思う。
状況把握も判断もはやすぎだろう。
鱗滝左近次、どういう育て方したんだよ、これ。
そう声を大にして言いたい。
さすが、まだ隊士にもなっていないひよっこたちを率いて例年は生存率20%にも満たない最終選別を一人の脱落者も出さずに乗り越えさせただけはある。
首を落としても死なぬ鬼という時点ですっかり動揺しているらしい津雲は、振ろうとした宇髄が振られてくれないことを認識すると、元水柱に英才教育を受けた13歳を頼ることにしたらしい。
「それで…君はこの状況をどう見て、どう動くべきだと思う?」
そう今度ははっきり視線を向けて聞かれて、少年もやはりもう戸惑う様子もなく当たり前に、飽くまで個人的な見解ですが…と前置きをしながら続けた。
「鬼の気配は館の奥からします。
俺が感じ取っているのは1体なんですが、その1体の気配が強すぎて他の些末な鬼の気配が感じ取れないのか本当に1体なのかはわかりません。
もしこれが本当に1体だけだとすると、さきほど8体いるように見えていた鬼は、全てその1体が体の一部を変化させて別個体に見せていた可能性も考えられると思います」
「…つまり?どういうことだ?」
「タコのようなものを連想してもらえるとわかりやすいと思います。
胴体部分は館の奥に居て、地下から足を伸ばして個別の鬼のように擬態した足先をいくつも地上に出現させてたという感じですね。
そうだとすると、当然それは首に見えても足先なので、斬られても足先が斬られただけで死ぬことはない。
倒そうと思ったら、その奥にいる本体の首を落とさないとダメだということです」
「「おおーー」」
と感嘆の声をあげる大人たち。
「それで?君が総指揮官ならどう動く?」
と、もう考えることを放棄したらしい津雲が口にした時点で、半ば総指揮権が移ったも同然だった。
きつねっこの少年自身もそれを放り投げられたことを感じたのだろう。
隣に立つ宇髄に、これ、いいのだろうか?と確認を取るように視線を送ってきたが、宇髄が、いいんじゃね?と頷くと、はぁ…とため息を一つ。
しかし諦めたように津雲を振り返った。
「まずは現状報告と応援要請。
応援を待つか否かについて…
隊士の安全からすれば応援を待った方が無難ですが、町の人達の安全を優先するなら先に突入でしょうね。
鬼がどのくらいの範囲まで足を伸ばせるかを把握できていないので。
館の中のみなら入口を封鎖しておけば問題はありませんが、地下から足を伸ばすということは、最悪町中まで足を伸ばして一般人に危害を加えることができる可能性も否めません。
だからどちらにしろ早急に本体を捜して駆逐する必要はあります。
しかし現場は見通しが良いとは言えない館内なので…出来れば全員ではなく、気配に敏い人間だけで探索したほうが良いと思いますが…」
「自分が見て来てやるから、愚鈍で動けねえ奴らは待機してろ…ってことだな?」
おそらくきつねっこの少年は自分達だけで行った方が良いと言外に言っているのだろうと察して言う宇髄の口の悪さに、彼は少しびっくりしたように固まる。
しかし、実際にそこをあまり譲りたくはないと思っていたのだろう。
はぁ…と、それを認めるようにため息をついた。
「そこまでは言いませんが…情報を視覚以外で得ることに慣れていない隊士が行くと死ぬ確率が高いと思います。
だから出来ればせめて状況確認をするまでは俺達だけで行きたいんですが…」
と、言いにくそうに口にする。
おそらく少年はここにいる誰より正確に状況を把握しているのだろう…と津雲は思う。
彼は実質、柱より時間の取れる元柱の愛弟子で、継子以上、並みの隊士よりよほど優秀な剣士だという事もわかっている。
わかっているのだが、それこそ視覚で得る情報では、目の前にいるのはまだ幼さの残る、最終選別を超えたばかりの癸の少年なのだ。
一応立場上、自分が敬意を向けている宇髄ですら自分より遥かに年下の少年と言っていい年で、彼らよりも遥かに長い時を隊で過ごしてようやく甲に昇りつめて、大型の作戦の総指揮を任せられるようにまでなったこれまでを思うと、それが正しいのだろうと思っても、少年たちに任務の重要な部分をお願いして、自分はただ待っていると言うのは津雲の矜持が許さなかった。
「…それでは…君たちの班5名と、俺の班5名で捜索。
あとは門前で待機させよう」
彼らは希望通り行かせる。
その代わりに自分も同人数の班で突入する。
それがぎりぎりの妥協だったのだが、そこで一瞬困ったような表情を浮かべた少年に気づいて、津雲は絶望した。
鬼を滅っする能力があるかどうか、それが全てだと頭では理解していたのだが、心がついていかない。
「…それじゃあ…宇随さんは津雲さんの班に移った方がいいな」
と、少し悩んで言う少年。
「なんで?俺はこっちがいいんだが?」
と、当たり前に答える音柱。
元々彼がきつねっこを見たくてこの作戦に参加したなんてことは、余裕がなくなった津雲の脳内からはすっかり消え失せていた。
柱は甲の自分よりも新米の癸の隊士でもきつねっこの少年の方がいいと思っているのだ…と、半ば投げやりな気持ちで思う。
そんな風に他の事がもう耳に入ってこない津雲の前で、少年と音柱のやりとりが続いていた。
「宇髄さん…実は視覚以外でこの状況を認識していたから。
俺はそれができる人間だけで探索したほうがいいと言ったが、訂正する。
それができる人間が班に最低一人いた方がいい。
1人いれば情報はその人間から班のみんなに伝えられるから」
という少年の見解に宇髄は舌を巻いた。
こいつは驚いた。
正体も生態も不明な難しい敵の相手をしながら、味方の細かい状況にも気を配っていやがったのか…
正直…今の段階で剣術と言う意味ではわからないが、状況把握能力という意味では目の前の少年はすでに自分より上らしい。
そう思えば、宇髄とて柱を拝命する身で、若干の焦りを感じるし、今目の前で絶望している津雲の気持ちも痛いほどわかる。
だが、彼と宇髄が違うのは、宇髄はそれでも割り切れるところだ。
今は味方に対してあれこれ思っている場合ではない。
大切なのは目前の任務をこなせるかどうかである。
そう考えた時に、宇髄の答えは一つだった。
「や~なこった!
俺はこっちの班から動く気はねえぜ?」
と、移動を拒否する。
非常に冷徹に任務遂行を一番に考えるなら、戦力になる人間は分散しないほうがいい。
戦力が足りない班を結果的に切り捨てて全滅に追いやることになろうとも、一般人まで被害がでないよう、能力のある人間を集めて早急に本体を倒すべきだ。
もちろんそんなことを口にすれば揉めるだけなので、言葉にするような愚は犯さないが…
「ああ、途中の移動は隊士達を混乱させるからな。
これで行く」
と、津雲が宇髄をたてると同時に、新米隊士のきつねっこの提案を却下することで主導権を自分が持とうとするのは折り込み済みだ。
それにきつねっこの少年が少し痛みに耐えるような表情を見せる。
ああ。能力はあってもまだそのあたりは年齢相応に純粋で優しくて、切り捨てる強さ、非常さまでは持っていないのか…
と、宇髄はそのことにホッとした。
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