同級生の部屋に招かれる。
それは不死川にとって、高校始まって以来の事だった。
1人でも全く問題はない、大丈夫、と思っていた昨日の午前中までが嘘のように、スマホの写真以外に話す相手がいるというのは楽しい。
期待しすぎて違っていたらかなり辛いので、この誘いは昨日何か言い忘れていたことがあるからかもしれない…と、そう思おうとしたのだが、やっぱり嬉しくて気を抜くと口元が緩んでしまう。
放課後の約束だけで十分嬉しいのに、昼休み、いつもの階段に向かおうとした不死川の首元に後ろからグイっと腕を回す宇髄。
「昨日は冨岡が迷惑かけたからって、礼と詫びに錆兎が昼奢ってくれるってよっ。
食堂行こうぜっ!」
と、そのままあっけに取られて反論する暇もないうちに、たいそうな怪力でズルズルと引きずって行かれる。
「宇髄、昨日何かあったん?」
「ああ、なんだか錆兎の義勇ちゃんが長谷川ちゃんに連行されたらしくて、みかねた不死川が救出して面倒みてくれたんだとっ。
で、驚いて泣いてる冨岡宥めつつ、自分の昼飯半分くれたらしくてな。
保護者としては礼の一つくらいしておかねえとってことらしいぜ?」
と、珍しい組み合わせに声をかけてくるクラスメートに笑顔でそんな説明をしながら、食堂に。
「お~い、宇髄に不死川、席を取っておいたぞっ!」
と、食堂の窓際の特等席でブンブンと手を振る錆兎。
まるで普通の高校生の友人同士のようで、不死川はなんだか感動してしまった。
いつも1人だったので、誰かと昼を共にするどころか、食堂に足を踏み入れるのさえ初めてである。
礼に昼食をと言われたがパンを買ってあったので、それならデザートでも…と言われて、あまりに遠慮するのも角が立つかもしれないと、煎茶付きの和菓子セットをおごってもらった。
男子校の食堂に何故そんなものがあるのか謎だったが、年配の先生達に人気らしく、なるほど、と思う。
名門と言われる進学校の先生ご用達らしく、煎茶もきちんと湯の温度を考えて煎れられていて、香りの良いまろやかな高級茶葉を使っているようだし、和菓子も和三盆で出来た高級干菓子と大粒の小豆を使った粒あんのおはぎで、飲み物、茶菓子共に素晴らしい逸品だ。
それ以上に友人が礼にとご馳走してくれたものだと思うと、とても美味しく感じる。
しかも関係はそこで終わるモノではなく、食後に美味しい茶と茶菓子を味わっていると、
「昨日の話な、色々分かったんだが、ちょっと協力して欲しいことがある。
ここで話すのはさすがになんだから、義勇から聞いているとは思うが、学校が終わったら二人とも部屋に集合してもらって大丈夫か?」
などと、少し声を潜めた錆兎に言われて、殺人事件に関することなのだからそんな場合ではないのだが、なんだか友人に頼みごとをされるのが嬉しくて、不死川は快諾した。
そして放課後…
当たり前にまず飲み物を聞かれて、
「昨日…苦味、酸味、中間って言われたけど、酸っぱいコーヒーなんてあるのかァ?」
と言うと、錆兎が小さく笑って
「酸っぱいってほどじゃないけどな。酸味のあるコーヒーって珍しくはないぞ。
なんなら飲み比べてみるか?」
と、小さめのカップ(デミタスカップというらしい)に、二種類のコーヒーを淹れて来てくれた。
「赤いカップの方はマンデリンって言う苦みの強いコーヒー。
青いカップの方はキリマンジャロって言う酸味の強い種類な。
赤いの飲んでから青いの飲むと違いがわかりやすい」
と言われて飲み比べてみると、なるほど、酸っぱいというわけではなく、酸味といった感じの味だ。
ほおぉぉと感心していると、錆兎が
「不死川はどちらが好みだ?」
と聞いてくるので、
「青。酸味のあるコーヒーって美味いんだな」
と答えると、
「じゃあ、次からお前が来た時は酸味系のバリエーションを淹れてやろう」
などと言う。
その言葉に不死川は
え?え?次もあるのか。
バリエーションということは一度きりではないんだよな?
と、内心浮かれてしまった。
そんな彼の正面では、義勇が今日はマシュマロ入りココアを機嫌よく飲んでいる。
そして盛大に茶色くなった口元を、錆兎がやっぱり当たり前のように拭いてやっていた。
もう一人、宇髄は部屋に来て不死川と錆兎がコーヒーの話をしている時に
「コーヒー、紅茶の種類はあってもジュースはアップルとオレンジしかねえのかよ。
野菜ジュースはどうした、野菜ジュースは」
と、からかいのつもりで口にして、
「甘いフルーツ入りのじゃないならあるぞ?ちゃんと飲めよ?」
と、錆兎に”〇菜一日これ一本”のパックを投げて寄越され、いまさら拒否れず、突き刺したストローからズルズルとそれをすすっている。
こうしてそれぞれゴクゴクズルズルやっている前で錆兎はまず
「犯人も手口もほぼ特定した」
と、宣言した。
「まじかっ?!!!」
「ほんとにっ?!誰なんだァっ?!!」
一斉に詰め寄る二人とは対照的に、義勇は飽くまでマイペースにムフフっと笑って
「さすが、錆兎だ」
と言いながら、ココアを飲んでいる。
そんな仲間達を前に
「動機はわからない。現在残ってる証拠もない。だから立証に協力してもらえないか?」
にこりとそう言う錆兎。
もちろんそれに意義を唱えるなんて人間はここにはいるはずもなかった。
Before <<< >>> Next (6月4日0時以降公開予定)
0 件のコメント :
コメントを投稿