ただしイケメンに限る!_7_いつか私のイケメンが…

Some day My Prince will come.(いつか私の王子様が迎えに来る)

それは世の少女たちが一度は夢見るシンデレラストーリー。

この王子は当たり前だが絶対にイケメンだ。
キラキラしいイケメン王子が白い馬か美しい馬車に乗って迎えに来るから絵になるのだ。

そしてそんなイケメンに迎えに来られるヒロインだって美少女と相場は決まっている。

恵まれない環境に置かれている、きらきらふわふわな長い髪と華奢な手足に柔らかい身体、そして夢見るように美しくも優しい顔立ちの少女であるべきなのだ。

そう、決してボサボサの髪にガチガチの固い身体の冴えない男ではありえない。
たぶんそれが敗因だったのだ……



イケメン、錆兎との二回目のデートの数日後のことである。

錆兎はその日は1年の時からやっている事業の関係で大学の講義を取らずに空けていて、極々普通の大学生の義勇は当たり前に講義だった。

錆兎と付き合う事にしてから初めての紗奈と一緒の講義。

義勇が開始5分ほど前に行くと彼女はもう来ていて、無視しようもない勢いで義勇を呼びながら手を振ってくる。

彼女が自分を恋愛対象として見ていると知る前は、彼女のこの行動がとても頼もしくも嬉しかった。

自宅でも1人で学校でもほとんど友人と言えるような友人はいない。
そんな義勇が1人ではないと感じさせてくれるのは、唯一、特別なレベルでの親しみを持って接してきてくれる彼女のこの態度だけだったのだ。

それだけに自分が応えられないような想いを彼女が持っていると知った時、罪悪感も失望感もかなり感じた。

彼女が離れて行ってしまったら自分は完全に1人だ。
でも特別な相手としてしまうには、どうしても違う感がぬぐえない。

そうして結局それとなく恋愛という方向では諦めてもらえないかと色々やってみたがダメで今に至るわけで、これまでは完全に決裂するしかないという結果を先延ばしするように、ダラダラと中途半端に距離を取っていたが、今日は義勇も一つの決意の元に彼女の方に踏み出している。

「おはよう、紗奈」
と、普段なら駆け寄ってくる彼女に引きずられるようにその隣に座らせられる義勇だが、そんな風に自分から当たり前のように隣に座るのに、紗奈は自分で呼んでおいてポカンと呆ける。

「おはよ、冨岡。今日は何かあったの?」
「ああ、ちょっと…。この講義のあと、少し話があるんだ、いいか?」
「ええっもちろんっ!!」

妙にテンション高く答える紗奈の様子に、これは勘違いされてるな…とは思うものの教授が来て講義も始まり、それ以上言及する暇がない。
義勇はやっぱりここ最近感じ続けていた罪悪感を胸に講義に集中する努力を始めた。

そうして無事教授が講義の終わりを告げ、礼もロクにすまないうちに、紗奈はガタっと立ち上がって待ちきれないように義勇の腕を引っ張って教室を出る。

「ちょ、紗奈、挨拶がっ」
「乙女にはそんなものより大事な物があるのよっ!!」
と、そのテンションに先ほどの不安がまた持ちあがった。
これは絶対に勘違いされている。

申し訳なくて泣きそうになった。
それでも…今日は言うのだ。
頑張れ、自分っ!

人のいない講義室に二人でこっそりはいる。
開き放たれたドアを自分達がいる後ろ側だけ閉めた。

「それで?」
と、講義室の椅子にポスン!と勢いよく座り、機嫌良く義勇を見あげる紗奈。
その視線の明るい強さに、義勇はぎゅっと手を握って視線をそらせた。

「…ごめん……いるんだ……」
「は?」
「…ずっと言えなかったんだけど…付き合ってる相手いる……」
「えええっっ?!!!!」

シン…とした講義室に響き渡る紗奈の絶叫。
ガタっと椅子から立ち上がり、両手で強く腕を掴まれて引き寄せられた。

「うそっ!冨岡そんな様子なかったじゃないっ!!
あたしずっと冨岡と一緒にいたから嘘言ってもわかるわよっ?!」
まあそう言われるのは想定の範囲内で…そう言われた時の答えは用意してある。

「でも…錆兎と約束あったのは知らなかっただろう?」
「そ、それは…でも女の子とデートしてたらさすがに気づくよっ!」
「……だから…だ」
「…??」
「俺がつきあってるの…錆兎なんだ」
「はああ??」

視線が痛い。
見る見る間に機嫌が降下していくのがわかる。
ぴりぴりと張り詰めた空気。

「うそ…」
「…ほんと。だから言えなかった」
「ありえないっ!男同士とかマジ気持ち悪いっ!冨岡もあの人も異常だよっ!!」

吐き捨てるように叫ばれて、義勇は泣きそうになった。
自分は仕方ない。
でも錆兎はそんな風に言われないといけない人間ではない。

「俺は異常かもしれないけど…錆兎は俺が可哀想な人間だから付き合ってくれてる良い人なんだ。異常じゃないっ」
泣きそう…を通り越して、弱いと自覚のある涙腺が決壊する。

錆兎はあんなに優しくて良い人なのだ。
それが自分のせいで落とされるのは嫌だった。

しかしそんな義勇の態度が余計に紗奈を硬化させたらしい。

「異常よっ!!二人ともおかしいっ!!変態っ!!!」
と叫んでそれ以上義勇に反論させる間も与えず、紗奈は教室から出て行ってしまった。

義勇はその場に残されて、ただ子どものように泣きじゃくる。

自分のせいで錆兎に迷惑をかけたら…錆兎が他の人間から悪く言われるようになったらどうしよう…。

紗奈には錆兎の事を言うべきではなかったのかもしれない…
と、今更のように自分の行動が軽率だったために事態が悪化したように思われて、義勇はひどく不安に駆られた。

自宅に戻っても不安は続く。
どうしたらいいのか本当にわからない。

暗い部屋で一人膝を抱えて昼間の事を思い起こしていると、世界中が自分を責めている気がしてくる。

こんな時に相談出来る相手なんて誰もいない。

1人ぼっちというのは今まで当たり前で寂しくはあったが耐えられないモノではないはずだったのが、こうして困った事が起こって初めて、それが耐えられないほど恐ろしい事に感じた。

多数が必ずしも正しいとは限らないが、紗奈は人気者で友達も多くいる。
その紗奈が悪だと言えば、周りも無条件に悪だと思うのではないだろうか…。


どうしよう…錆兎まで巻き込んだ。
どうしよう…どうしよう…

そんな風に不安に押しつぶされそうになりながら家で膝を抱えていると、ふいに振動する携帯。
番号を見ると錆兎で…巻き込んだ事で怒られるなら早く怒られて早く終わりにしてしまいたいと、義勇は震える手で携帯を手に取った。


――義勇、俺だ。こんな時間にすまない

電話で音声だけなのに、ぱぁっと空気が明るくなるような声。
1人ぼっちで空気に押しつぶされそうになっていた体内に、新鮮な空気が流れ込んでくる気がした。

『今日は全然会えなかったから、声だけでも聞きたくなったんだ』
などと言われれば、心がすぅっと軽くなる。

ああ…自分は世界中に嫌われているわけではない。
そんな安堵で泣きそうになった。

しかしそれも一瞬。
言葉の出ない義勇に、電話の向こうからいぶかしげに問いが投げかけられる。

『義勇?どうしたんだ?なにかあったのか?』

と、その問いに義勇は凍りついた。
そうだった…自分は今日やらかしてしまっていたのだ……

怒られる……

そう思いながらも隠しておくのも辛くて、義勇はおそるおそる今日、紗奈に錆兎と付き合っているから付き合えないと告げた話をする。

話しているうちに蘇るやりとり…
嫌悪に満ちた紗奈の声…

自分が言った事実は伝えられても、そんな紗奈の反応を伝えようと思うと怖くて言葉が詰まる。

怒られるのも仕方ない…そう思っていたはずなのに、怒って嫌悪されて離れて行かれるのは辛い、悲しいのを通り越して、怖い。

ヒックヒックと堪えようとしてもシャクリがあがる。

――義勇…大丈夫だからな。何か困っていることがあるなら俺に言え。助けてやるから。
と、そんな義勇の様子に、電話の向こうからは穏やかな声がかけられた。
本当にホッとするような優しい声。

――一体何があったんだ?

でも…話したらきっと嫌われる…

――なあ、信用してくれ。俺は嘘をついたりはしない。義勇の力になりたいんだ。

でも今日の事を言ったら、俺の事嫌になるだろ…

――何があっても俺は義勇の味方だぞ?

まるで心の声が届いているように続いて紡がれる言葉…

「…ほんと…に?」

そこでとうとう声に出したその問いに、電話の向こうで義勇のヒーローであるイケメンは力強く肯定した。

『もちろんだ。どんなことでも俺にまかせておけ』
と、その言葉は、義勇が今まで聞いたどの言葉よりも温かく頼もしかった。




『なんだ、そんなことかっ』

紗奈に言われた事、錆兎の事までおかしいと言われた事をおそるおそる義勇が話すと、返ってきたのは少し笑いを含んだ言葉だった。

不快に思われる…と思っていたのだが、電話の向こうからは不快感どころか、甘く慈しみに溢れた声音で、お前、ほんとうに可愛いなぁ、などと言う言葉すら返ってくる。

別に自分は可愛くはないし、それはまあ良いのだが、とりあえず今回の事で錆兎が自分に対して不快感を覚えていない事に、義勇はホッとした。

さらに自分なんかが錆兎と付き合っているなんて事を言ったから…との言葉には
『そんなの隠すことじゃないだろう?
本当のことなんだから言ったってなんの問題もないぞ。
なんなら俺が直接、義勇は俺のだから手を出すなよって言ってやってもいいぞ?』
などと信じられない言葉が返って来て、義勇は1人真っ赤になる。

もうさきほどまでの不安もふっとび、くすぐったいような、笑いだしたくなるような、そんな感覚が身体を包んだ。

イケメンはすごいっ
と、義勇は錆兎と付き合い始めてもう何度思ったかわからない事をまた思う。

不安や恐怖、暗い感情はイケメンの明るい光の中ではあっという間に消されてしまう。

「…錆兎、ありがとう」
と、すっかり浮上して言うと、返ってくるのはやっぱり優しい声。

『どういたしまして。
お前は俺の大事な恋人なんだから、困った事、悲しい事、何でも相談しろ。
絶対にどんなものからも守ってやるし、助けてやるからな?
そもそも今回の事は、もともと付き合おうって言い出したのは俺の方だし、お前が気にしなければならない事なんてなにもないんだぞ?』

いやいや錆兎はイケメンで…王子様になるには十分な資格がある。
彼が白馬に乗って迎えにきたら、どんなお姫様だって喜んでついて行くだろう。

そう考えるとやっぱり不似合いで問題なのは自分の方なのだ…。
それでも錆兎はちゃんと自分をまるで素敵な相手役のように扱ってくれる。
優しい。
つまらない相手でも態度を変えたりしないのが、心の奥底からイケメンだと感心をする。


今だっておそらく本当は忙しかったのだろう。
義勇の気分が浮上したら、

『じゃ、ちょっと連絡を取らないとならないところがあるから、いったん切るな。
また電話するから』
と言って電話を切ったのだが、そんな風にやらなければならない事を後回しにしてまで、義勇の様子を気にしてくれる。

そんな優しい錆兎に対して自分はどうだ。
忙しいのがわかったのだから、自分のことなど気にしないで放っておいて良いと言うべきなのだが、どうしても言えない。

それならそれで、
1人は寂しかった…構ってくれて嬉しい…
くらい言えばまだ可愛げもあるものの、それさえも言えず、何も返す事無くただ錆兎の好意に甘えるばかりだ。

そんな自分が嫌いすぎてため息が出る。
ぷつりと通話が切れたスマホを手にしたまま、義勇は再び部屋の片隅で膝を抱えた。

錆兎と電話でつながっている間はあんなに軽かった気持ちが再び沈み込んでいく。
紗奈を怒らせた今、錆兎に見限られたら義勇は本当に一人ぼっちだ。
それがすごく寂しく、そして…怖い。

明かりをつける気力もないまま声もなく涙を零し続けてどのくらいたったのだろうか…

ふいに携帯が鳴る。
さきほどまたかけると言ってくれていた…錆兎だ…
そう思うと、心に再びぽぉっと灯りがともった気がした。

「…もしもし……」
手の甲で涙をぬぐって電話に出ると、電話の向こうで小さく苦笑する気配がする。
そしていつもの優しい声

――泣いてたのか?放っておいてごめんな。でもこするなよ?赤くなってしまうからな?
と、その言葉にびっくりした。

何故わかるんだろう。
錆兎は本当に何でもお見通しだ。

義勇が何をしているかも、
そして…義勇がどうして欲しいかも……

だから
――俺な、今そっちに向かってるんだが……
と続いた錆兎の言葉に義勇は驚かなかった。
少し申し訳ないな…とは思ったが、それ以上に嬉しい…と思う。

言いたい事はいっぱいで、言わなければと思う事もいっぱいだったが、色々いっぱいすぎて出て来たのはたった一言

――気をつけて…

それでも錆兎が電話の向こうで
――ありがとな
と笑ってくれたから、それは義勇にしては珍しく正しい選択だったのだと思えた。




それから10分強ほど。
玄関のベルが鳴る。

そう言えば…来てくれるのは嬉しいけど、理由はなんだっけ?
などと思いつつも義勇は抱きしめていたックッションをソッとソファに置くと、急いでドアに飛びついた。

カチャリと即鍵を外してドアをあけると、ドアの向こうには頼もしくもカッコいいイケメン。

少し笑みを堪えるように眉を寄せた錆兎が、
「ちゃんと相手を確認してからドア開けろよ。危ないだろう?」
と、ツンと義勇の額を軽く突いてくる。

そんな仕草もカッコ良くて
「…こんな時間に来るの錆兎くらいだ……」
と、顔が赤くなるのをごまかすようにクルリと反転して口を尖らせると、

「わからないぞ。1人暮らしなんだから悪い奴だったら困るだろう?」
と、錆兎は真剣な顔で言って中に入ってドアを閉めた。


とにかく来てくれた事が嬉しい。
1人ではなくなった事にホッとする。

「今、お茶いれるなっ」
と、キッチンへ向かおうとする義勇の腕を錆兎が掴む。

そして
「錆兎?」
と振り向こうとする義勇の耳元に、甘い声が滑り込んできた。

――それより、うちへ来い

ひぃぃ~!
いきなり吹き込まれたイケメンボイスに、腰が抜けた。
…といっても…しっかりと錆兎が支えてくれるので、倒れたりはしないのだが…。

「耳元やめろっ!くすぐったいからっ!!」
と、もう真っ赤な顔を隠すのも忘れて手で耳をふさいで涙目で見あげると、いたずら成功!とばかりにクスクスと楽しげに笑うイケメン。

そう、イケメンがイケボでやるからこんなに甘い。カッコいい。


「悪いっ。明日講義は?あるんだったらその支度と着替えだけ用意してくれ」
と、もう決定事項のように言うのが少し癪で、

「まだ行くとは言ってない」
と、むすっとした顔を作って見せると、なんとこのイケメン、ずるい事に

「俺な、来る前にチュロスを揚げる準備してきたんだ。
シナモンまぶしてもチョコに浸して食ってもめっちゃ美味いぞ?」
などと、まるで夕食も食べずにいた義勇の空腹さえも見抜いてでもいるような魅力的すぎる条件を出して来るではないか。

食べた事はないが見た事はある。
揚げたてのチュロスにたっぷりのチョコレート。
そんな食欲をそそる画像が脳内にいっぱいになった時点で、もう意地を張る気なんてなくなってしまう。

「行くっ!」
と脊髄反射で言うと、拘束していた腕がパッとほどかれた。

「急がないでもいいから、講義関係は忘れないようにな」
と、まるで保護者のように言われるのも相手によっては腹の立つところだが、錆兎だから心地よい。

腕の中から解き放たれて、義勇は部屋の奥へと駆け込んで、大きめのバッグに着替えと教科書を詰め込んで、最後にクッションの上に座っているぬいぐるみにチラリと視線を送る。

それは幼い頃に1人で寂しい時にと姉が与えてくれたもので、恥ずかしいのだがいまだ手放せない。

だがさすがに彼も一緒に…というのは恥ずかしいなと、そんな事を思うと、錆兎は長い手を伸ばしてそのぬいぐるみを抱き上げ

「こいつにも一緒に来てもらおう」
と、まるで連れて行くのが当たり前のように言ってくれた。

「うん!」

ああ、からかわないどころかわかってくれる。
その事に義勇は感動する。

そして義勇が大きく頷くと、錆兎は
「じゃ、行くか。忘れ物ないな?」
と、義勇の荷物を持ってくれた。



こうして数日ぶりのイケメンのオシャレマンション。

他のオシャレ空間は本当に落ち着かないのだが、ここは好きだ。
オシャレだけどどこか優しく温かい空気がある。

「荷物はあとで運ぶから、手を洗ってソファで待っていてくれ」
と錆兎は荷物をリビングのソファ横に置くと当たり前にエプロンをつけてキッチンへと向かうので義勇は手を洗ってソファで待機する。

先日と同様ソファの横にはマガジンラックと棚があって雑誌や本が並んでいるが、義勇的には遠目からにはなるがここからカウンターキッチンの向こうで料理をする錆兎を眺めているのが好きだ。

自分以外に人の居る空間…
それがとても心地良い。

まあそれも錆兎…イケメンに限る、のかもしれないが…

すぐ漂ってくる油の匂い。
ふらふらと待ち切れずにキッチンに行くと、錆兎が振り返らずに笑う。

「あと5分で出来るから大人しく待ってろ」
と言われて、それでもそわそわとうろついていると、小さく苦笑。

「そこにシナモンシュガーふったのだったらあるから、それ食っていいぞ」
と許可が出たので、いそいそと茶色がかった砂糖のかかったチュロスにかぶりついた。

温かくて甘くてそれは幸せな味だ。
お腹も口も舌も歓声をあげている気がする。

飢えた心と体に染みわたるようなそれに夢中になっていると、目の前に置かれるのはチョコレートの入ったマグ。

「これに浸して食っても美味いぞ」
と言われて、砂糖のかかっていないチュロスをそれに浸して口に運ぶと、シナモンシュガーとはまた違った美味しさ幸せが口いっぱいに広がった。

そして甘い甘いチュロスをお腹いっぱい食べて満足すると、歯を磨いてシャワーを浴びている間に荷物が寝室に運ばれている。

昨日来た時は足を伸ばす事はなかった螺旋階段。
それをのぼるとそれも広い寝室がある。

備え付けのクロゼットと驚くほど大きなベッド。
その横には小さなテーブルと椅子が一つ。

「家には悪友達くらいしかいれた事なくて、あいつらは隣が自分の部屋だから、泊まっていくゲストとかいなかったし、ベッドは一つしかないけど、大人3人くらいは余裕で寝れる広さあるから一緒でいいよな?」
と言われてコクコク頷く。
3人どころかつめれば4,5人寝れそうだ。

錆兎と自分二人くらいなら…ああぬいぐるみも入る場所が…と思っていると、
「これなら義勇の友達も一緒でも全然平気だしな」
と、錆兎はこれも言う前に察してぬいぐるみをベッドの奥へと寝かせてくれる。

本当に…何から何まで錆兎はわかってくれて、義勇の世界を否定しない。
度量が大きく懐が深くて温かい。

だから本来はパーソナルスペースが非常に広い義勇だが、錆兎に抱き枕みたいに抱え込まれても全く緊張しないのだ。

――おやすみ、義勇。明日はきっと良い日だぞ…
ゆっくりと髪をなでつけながら語られる優しい言葉…

今日一日の緊張と悲しみがその光の塊のような音と感触にふんわりと溶けて行く。
気づけば無意識に笑みを浮かべながら、義勇は心地よい人肌に包まれて、眠りの世界へとおちていった。







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