プライドか保護か…
平和的に同級生の女の交際の申し込みを断りたい義勇と、自分の手で解決してやりたい自分。
どちらが大切か…という点において、錆兎自身のことなら間違いなく後者である。
だから錆兎はなるべくなら義勇のストレスを少しでも減らしてやりたいと思っているし、そのために穏便に速やかに事態が進むように根回しをしている。
そうしてかけた電話。
――自分でやらずにあたしに頼むなんて、錆兎らしくないね。
というその電話の向こうの相手は真菰だ。
今生では一歳年上の錆兎の従姉妹として生を受けた彼女もまた、前世の記憶を持っている。
当然、会ったことはなくとも義勇のことも、義勇と近づきたい錆兎の思いも知っているので、錆兎は迷わず同じ大学の3年生である彼女に電話をした。
女には女の上級生から手を回してもらった方が確実だ…なにより義勇自身を巻き込まないで済む。
そんな理由で今回錆兎が選んだやり方は、確かに彼らしくはない。
真菰とは付き合いが長いので、余計に違和感を感じるのだろう。
まあ良いけど?と了承はしてくれるものの、《錆兎らしくない》…の言葉の中に暗に『説明しろ』の意味を含めてくる。
まあ協力してもらうのだから、説明を求められたらきちんとするべきだ。
錆兎は電話の向こうにもそれとわかるようにやや大げさにため息をつきながら
「だってな、義勇が泣いてるから。
前世では俺の勝手で突っ走って結果的にひどく傷つけたみたいだしな…。
今生では別に鬼退治するわけじゃないし、義勇の心を傷つけてまでしなくてはならないことなんてないだろう?
……早く解決してやりたい」
と伝えた。
「なるほど。
まあ錆兎がそこまで自分を曲げるっていうのはそれだけ大切ってことなんだよね。
わかった。任せて」
「すまないな。助かる」
「うん」
まあ真菰とは死後ではあるが義勇よりずっと長い付き合いだ。
男女のものではないが、互いに姉弟のような情があるし、信頼もしている。
ともあれ、これで遅くとも2,3日中には結果が出るだろう。
とりあえずはこれで安心と安堵の息を吐きだして、錆兎は電話をしながら進めていた作業の手を止めた。
クッキングシートの上に絞り出したチュロスの種。
これに軽くラップをかけて冷蔵庫に放り込み、手を洗ってエプロンを外すとキッチンの側のカウンターにある椅子に放り出す。
そうしておいてチラリと時計に目をやると、時間は午後9半時。
(ん~微妙な時間だけど…今日は大丈夫だろ)
少し迷ってそれでも薄手のジャケットを羽織ると車のキーを持って自宅を出た。
「義勇、俺だ。こんな時間にすまない」
駐車場へと向かう道々電話をかける。
もちろん相手は義勇である。
彼にはつい1時間ほど前にも電話をいれている。
大切な相手にはなるべくマメに連絡を…というのは、もう錆兎としては常識だ。
たとえ前日に一日家でデートをしていたとしても、今日一日は時間が合わず会えなかったのだから連絡を取るのは当たり前。
たいした話ではなくてもいい。
その日の何気ない出来事を話しながら、少しでも会えるようにスケジュールを確認する、そんないつもの調子で義勇に1時間前にかけてみた電話の向こうから聞こえて来たのは、今にも泣きそうな義勇の声だった。
そこで話を聞いてみると、どうやら例の女に自分と付き合っているからと断りをいれてみたのだが、思い切り失敗したらしい。
言いにくそうに口ごもるから優しく促して見ると、どうやら同性とそういう関係になるなんて異常だし気持ちが悪いというような類の事を言われたようだ。
それで自分が不用意な発言をしたことによって錆兎まで貶められたら…と落ち込んでいたあたりがいかにも義勇らしくて、錆兎自身は全然大丈夫なのに、と、苦笑してしまう。
そこで今回の事は、錆兎が自分の方から言いだした事なのだから錆兎に関しては何も気にしなくてよいのだと言い含めた上で、あとでまた連絡する旨を伝えて一旦は電話を切り、真菰に電話をしたというわけだ。
自分としてはもう相手をやり込めてやりたいという気持ちが沸々と沸いてくるところではあるが、それをやると義勇を傷つける。
なので真菰に依頼して女の方を抑える依頼を終えたので、あとは義勇の不安や悲しみを払拭してやらねばならない。
そのつもりで真菰と電話をしながらあ義勇の気が紛れるようにと甘い物を作る。
錆兎が完全に自分だけの時はたまに朝食代わりなどにも食べるチュロス。
義勇に振るまった事はまだないが、気に入ってくれると良いのだが…。
前世の狭霧山の生活では当然ながら甘いものなどは高級品で、たまに鱗滝さんが街に降りた時に買ってきてくれる団子や金平糖などの甘いものがすごく楽しみだった。
何が楽しみかと言うと、もちろん甘いものの味自体も楽しみだったが、それより、それを口にした時の義勇のほわほわと嬉しそうな顔を見るのが錆兎は何より好きだったのだ。
食べ物に限らない。
幸せそうな義勇の顔を見るのが好きだ。
自分が最終選別で死んでからは義勇が狭霧山を訪れることはほぼなかったから、その笑顔が完全にと言っていいほど失われてしまっていた事を知ったのは、今生に生まれ変わって宇髄に話を聞いたときである。
その時は本当に胸が痛んで痛んで、心の底から後悔した。
そしてもしこの世界に義勇が生まれ変わっているならば、今度こそ幸せにするのだと心にかたく誓ったのである。
そのためなら主義主張を曲げてもトラブルの解決のために真菰に頭を下げもするし、男子厨房に入らずなんて言葉は投げ捨てて料理に勤しんだりもするのだ。
1人暮らしをしているマンション…
唯一の家族である姉は海外。
ほとんどいない友人…
気持ちが落ち込んで心細くなっている時にそれを埋めたり頼らせたりしてくれる相手は、義勇にはいない。
ただただ不安に膝を抱えているところに手を差し伸べてやれば、コロンと手の中に落ちて来てしまうのだろうな…と、そういう状況でというのも錆兎的には正々堂々とはいい難い気がして不本意なわけだが、致し方ない。
今は義勇を癒やしてやるのが先だ。
本日二度目の電話。
それに電話の向こうで安堵したような声が聞こえて来た瞬間、錆兎は自分の判断が正しかったことを確信した。
そして伝える。
――俺な、今そっちに向かってるんだが……
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