ただしイケメンに限る!_5_彼がイケメンに育つまで

――うん…なんだかもう楽しくなってきたな。めちゃくちゃはまる。

最初…大学の構内で探し続けていた義勇を見つけた時、自分を前にしても無反応な義勇に、これはあちらは覚えていないらしいと察してひどく落ち込んだ。

だって錆兎は物心ついた時から義勇の事を覚えていたし、探していたのである。
当然義勇のほうだって覚えていて探してくれているものだと勝手に思っていた。

義勇に出会えたなら不自由なく一緒にいられるように…というのが錆兎のこれまでの行動の理由であり、そのために本来は短気だったのを直し、万人にそれなりに友好的に。
コミュ力を意識しつつ文武両道を目指した。

おかげである程度の年の頃には周りに人があふれていたように思う。

さらに鍛えていたのでスタイルも良く、整った容姿もあいまって、錆兎は常にスクールカーストのトップに君臨し続けていた。

大学に入って、裕福な宇髄の実家から宇髄が借りた金を元手に事業を起こせばこれも大当たり。

そう…全ては順調。
手を伸ばせばなんでも叶うし成功して当たり前。
何もかもが予測の範囲内でおさまっていた。

義勇がみつからない…それ以外のことは。
そしていざ見つかれば義勇の側が全くといっていいほど前世の記憶がないということ以外は。

だが錆兎は諦めなかった。
記憶がなければこれから積み上げていけばいいのだ。

自分が好きで一緒に生きたかった前世の義勇とは違う人物なのだ…とは、なぜか思わなかった。

確かに錆兎が最期に見たのは13歳の頃で今の義勇はもう18歳になっているのだから全く昔のままとは言えないが、綺麗な顔立ちもおっとりとどこか頼りなくも優しげな様子も、錆兎が知っている義勇そのままである。

だからこそ…おそらく性格もそう変わらないだろうなと思って近づいてみれば、本当にそのまんまで、記憶があろうがなかろうが義勇だと思った瞬間に、とにかくどういう形であろうと一緒に生きていけるようになるのだと決意をした。


そうして義勇に話しかけるきっかけを…と思ったわけなのだが、それは案外簡単にみつかった。

錆兎が心理学の講義を受けている隣の教室で偶然別の講義を受けていた義勇が、毎週なかなかモテそうな容姿の女子大生に追いかけられていつも泣きそうな顔で逃げている。
それを見て、すわイジメか?!と思わないでも無くて、少し調べてみた。

隣の講義は1,2年生が取れる選択性の古代史の授業で、取っている同級生から話をきいたところによると、女の方は隠すつもりもさらさらないらしく、実にわかりやすく自由時間のたび義勇に迫っていて、義勇のほうはというと、なるべく目立たないようにしかしかなりきっぱり断り続けているということだ。

そこで錆兎はふと思いついた。
これは…きっかけにならないだろうか。

女に諦めてもらうためフェイクの付き合いを…そう言えば、困り果てている義勇は納得してくれないだろうか。

OKを貰えれば一気に義勇との距離は近くなる。

もちろん知らない同性から急にそんな事を言われれば警戒もするだろうが、なまじ前世でずっと寝食を共にした親友なわけではない。
義勇相手なら説得出来る気がする。
…いや、してみせる!


ということで、女に追いかけられている義勇をとりあえずは助けたあとに、まずは交際交渉。
便宜上、自分は退屈しのぎで義勇には女避けにという形で申し入れれば、即OKが出た。

交際相手が男だと知れば、うまくすれば相手は争うまでもなくひいてくれるかも知れない…そう話を進めれば、元来争いごとが苦手な義勇は一発で落ちる。


最初のデートで良い雰囲気まで持って行って、1週間もあればそこそこの関係までもっていけるだろう。
もちろん最初の条件も忘れない。
相手の女にはきっちりと諦めさせるまではするつもりだ。




こうして付き合う事になった義勇とのデートの当日…

錆兎はどうすれば義勇が気にいるのか、前世の密な付き合いでなんとなく熟知している。

だから待ち合せ場所は義勇が緊張しないで入れるようにとマック。
もちろん義勇を待たせて心細い思いなどさせないように早めに着いて…相手にすぐ気付けるように、窓に面したカウンター席に陣取り、いかにもぼ~っと待っているのもなんなので文庫本を用意する。

まあ内容は大したことのない推理小説で邪魔にならない大きさと厚さという事に比重を置いて選び、そこに黒いカバーをつけている。

最初のデートで渡す花束は小さめの…しかし相手が好きな花である事が重要だ。

ドラマや映画などでは大きな深紅の薔薇の花束とかを渡している図をよく見るが、錆兎に言わせればデートの時にあれはないと思う。

相手の家に訪ねるという時でも、常日頃からよく多量の花を飾るような家でなければそこまで大きな花びんを常備しているとは限らないし、ましてやでかけると言う時にそんなものを渡されても持ち歩きにおそろしく邪魔だと思う。

質より量なんてただの怠惰だ。

花を贈る事自体は悪くはないが、デートに花を贈るなら相手が好きな花を調べて置いて、それを少量。
気軽に持ち歩けてたまに視線を向けて楽しいくらいのものがいい。

ちなみに…本当は義勇はあまり派手な花よりは野に咲いている小さな花の方が好きなのだが、さすがに狭霧山に居た頃のように摘みに行くわけにもいかない。

だから数本の白いバラにかすみ草を添えた小さな花束に、前世で義勇が好きだった鮭大根にちなんで、鮭の切り身と大根のマスコットをリボンにちょんと添えてやる。

まあ今生でも鮭大根が好きかどうかはわからないが、これはもうそうあって欲しいという錆兎の願望だ。


昔は甘い物が好きだったので、お茶をするのはデザートが充実したカフェ。
もちろん予約は忘れない。

観る映画も、どうやら今生でも前世の姉と姉弟らしいので、その影響を受けてやや少女趣味なところがあるのでは?と思ってピックアップし、ディナーのレストランも吟味。

帰りは車を拾うか電車か悩むところだが、タクシーよりは電車の方が時間が読めるので、あえて電車を選んだ。

このあたりの下準備は淡々と。
呼吸をするがごとく当たり前にこなしていく。

もちろん、そんな準備をしていると相手に悟らせないのが一番重要だ。
全ては自然に偶然を装って…人生にはそんな周到に準備をしたうえでのさりげなさが何においても必要なのである。



そうやって臨んだデート初日。

確かに好印象は与えられた。
零れ落ちそうに綺麗な青い目を見開いて、いちいちほぉぉ~~と感心したように視線を向けて来る様子は、昔と同じくヒーローを見る小さな子どものようだ。

ただ、集中が続かない。プリンに負けた。
自分とお茶をしていて自分を見ずに、嬉しそうに幸せそうに一心不乱にプリンを頬張られた。
いや、昔もそういうところはあった。
鮭大根や甘い砂糖菓子など、好物を前にすると錆兎が横に居ても目に入らないことは多々あった。
しかしまあ、むしろそれこそが義勇なので、ある意味、喜ぶところなのかも知れないが…。

それに本当においしそうに食べる様子は小さな子どものようでとても愛らしい。
毒気を抜かれて、思わず観察をしてしまう。

そして沸き起こるライバル心。

――この店のプリンよりも美味しい鮭大根を作って、もっと美味しそうな顔を引き出してやる!!

もう義勇の反応が斜め上すぎて、こちらまで斜め上に走ってしまう。
幸いにして義勇が見つかった時に胃袋を掴むべく料理教室まで通い詰めたので、次のデートは自宅で手料理でもてなす事決定だ。


その日のデートが終わって義勇をマンションに送って自宅に戻る道々ではすでに、次のデートの時に食べさせる手料理のメニューで錆兎の頭はいっぱいだった。

とりあえず…今の時点でライバルはあの店のプリンである。



こうして入念に下調べをし、計画をたて、準備をして待ちに待った自宅デートの日。
義勇は、またやらかしてくれた。

車で迎えに行って自宅マンションに連れ帰り、義勇のために用意しておいた美味しいアイスティをいれようとキッチンに向かいかける錆兎を呼びとめた義勇が渡してきたのは、可愛らしい紙袋。

大きさからすると焼き菓子かなにかかと、許可を得た上でその場であけてみたら、中にはいくつかの小さな玉ねぎのようなものが転がっている。

一瞬…ほんの一瞬だが驚きで固まった。

なんだこれは?
そこがわからないとどう反応を返して良いかわからず仕方なしにきいてみると、『グラジオラス』という答えが返ってくる。

グラジオラス…グラジオラス?花…だよな??
名称はその剣のような形から、古代ローマの剣グラディウスに由来し……

花言葉は確か…堅固、ひたむきな愛、情熱的な恋…
ああ、あとは古代ヨーロッパでの恋人達が人目を忍んで会うために利用していたのが起因して密会なんてモンもあったなぁ……

などなど、貯め込んだ豆知識と花の映像が脳内でクルクルとまわったあと、ようやくピンときた。

「ああ、球根だよな?」
と確認するまでにそうはかからなかったが、それでも義勇的には十分な間があったのだろう。

じわりと透明な滴があふれかける澄んだ青い目。
それはそれでとてつもなく愛らしいのだが、続く
「…面倒な物持ってきてごめん……」
という言葉に、錆兎は慌てた。

うああああ~~と思って条件反射で抱き寄せると、ふわりと花の甘い香りが鼻孔をくすぐる。

悪い!反応が遅れて悪かったっ! 
未熟ですまん!!

そうだ、義勇は前世でも落ち込みやすいところがあった。
とにかく慰めてやらなければ…と、脳内がフル回転を始める。
こんな感覚も久々で、焦りはするものの、どこか懐かしかった。

そしてとりあえず
「ああ、誤解させてしまったか?すまなかった」
と、誤解である旨だけは早急に伝えて次を考える。

その後…ふと思い出して義勇をバルコニーの方へと誘導した。
前世で一番幸せだった狭霧山の生活では、家の裏に畑があってそこの収穫で野菜を得ていたのもあって、錆兎は今生でも家庭菜園が趣味の一つなので、そこには多種多様な野菜が植えられている。
今日の料理にもその収穫したての野菜が使われているのだ。

それを見せて自分は植物を育てるのが好きだと言う事を伝える。
まあ実はそれは野菜など食べるための物限定なのだが、涙が止まったあたりでそこに気づかれる前に再度室内の方へと誘導した。

「全然面倒じゃないぞ?むしろ手をかけて綺麗な花咲かせるのが楽しみだ。
人でも物でも手をかけるのが好きなんだ。
今まで評価されてきた諸々は、そういう前提の元にたどり着いたものだが、みな、結果しかみないし、興味も持たないからな。
俺のそういうところを見てくれる奴がいると嬉しい。
絶対に綺麗に咲かせるから、花が咲いたら二人で花見会しような?」

と言ったことで義勇が少し笑みを浮かべてくれた時点でリカバリ達成。

全身にやりきった感が満ち溢れて、なんだかもういっそ清々しい気分だ。


なんだろう…いちいち色々が斜め上で、振り回されて動揺して必死になって…の連続なのだが、それが楽しくも懐かしい。

やっぱり自分は義勇が好きなのだな…と錆兎は再認識をした。






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