ただしイケメンに限る!_2_初めてのデートはイケメンと

たかがマック、されどマック。
イケメンが1人そこにいるだけで、ただのマックのカウンター席もオシャレなカフェに変わる。



ある日、同級生の女の子に迫られて困り果てた義勇は、金、顔、人当たり、全てに優れた同じ大学のイケメン、錆兎に助けられた。

助かった。その場は非常に助かった。
だが事態はそれで終わらない。

どうやら苦も無くモテるため普通の恋愛に飽きたらしい彼が暇つぶしをしたいと口にした

『なあ…あの女子避けに俺と付き合ってみないか?』
の言葉に乗せられて、恋人いない歴=年齢、自称コミュ障なフツメンの義勇は、なんとこの同性のイケメンと付き合う事になったのだ。

本当に…蔦子姉さんが多数持っていた昔の少女漫画を地で行く展開に、なんだかふわふわした気分になる。

義勇は昔から愛らしい、綺麗な顔立ちと言われてきたし、幼い頃はそれこそ姉が望んだので姉のお古の可愛らしいワンピースを着て一緒にでかけたりもしたものだが、特に女になりたいと思ったことはない。

いや、別に姉とそうやって姉妹のようにはしゃぐのは楽しかったのもあり嫌だとも思ってなかったので、正確には自分の性別に興味がなかったというのが正しいのだろう。

そもそもが人見知りで姉以外の人間が苦手だったから、男女どちらだったとしても自分に恋愛の機会など訪れることはないと思っていたし、そういうものは姉が持っている漫画で楽しむものだと思っていた。

だが、こうなってみると、ほんの少しだけ女性じゃなかったのが残念な気がしないでもない。
だってこれほど自分を緊張させない、心地の良い人物に会ったことがない。
いっそ不思議なくらい義勇のことを理解して許容してくれている感じがする。



そして今日はその日に彼と約束した初めてのデートである。

人見知り過ぎて人間関係をうまく築けないという自覚は思い切りある。
そう、確かにあるのだが、人生初のデートが女の子ではなく同性になるとは思ってもみなかった。
本当に人の一生なんて何があるかわからないものだ…。

それでも絶望的な気分にならないのは、相手が女の子達が泣いて羨ましがりそうなとてつもないイケメンだからだろう。

そうだ、彼は単に顔立ちが整っていてスタイルが良いだけのそんじょそこらのイケメンとはわけが違う。

まず人当たりが良い。
パーソナルスペースがとんでもなく広いはずの義勇にすら0距離にいても違和感を感じさせない上、同じくコミュ障をひどくこじらせた義勇に緊張させずに会話を続けられる。

もうなんというか…日常的にマイナスイオンでも振りまいて歩いているのではないだろうかと思うくらい、その側にいると居心地が良い。
もちろん側だけではなく、少し離れて見ていてもイケメンオーラ全開で目に嬉しい。

義勇は別に普通に異性愛者だが、女性でなくとも美しいものは見ていて楽しいのだ。


ということで、今も待ち合せの時間の10分前。
あまり他人と待ち合わせなどしたことのない義勇が気軽に入れるようにと場所は大学近くのマクドナルド。
義勇が少し早目にと店の前まで着いた時には、錆兎はすでに来ていて、窓越しに外に面したカウンター席に座っていた。

黒いシックなカバーのかかった文庫本を片手に、カウンターの高い椅子に足を組んで…しかしピンと姿勢良く座っているその姿は素晴らしくカッコいい。

彼が視線をあげるのにしたがって、長い影を落としている宍色の睫毛がゆっくりとあがっていく。
そして現れる綺麗な藤色の瞳。

外に義勇の姿を見つけると、一瞬ちょっと目を見開き、次の瞬間、綺麗に微笑むその様子は文句なしにイケメン中のイケメン。

文庫本を閉じてバッグにしまうと、コーヒーのカップを片手に、そしてその横に無造作に置いてあった小さな白いバラの花束を片手に立ちあがる様子も実にさまになっている。

そうして足早に店を出て来ると、義勇の前へ。


――今日はな、少しいい事があったから、誰かに花をあげたい気分だったんだ

受け取ってくれ、と、にこやかに差し出される小さな花束。

もう、そのセリフ自体がイケメン臭がプンプンするなぁと感心しながらも、義勇はその小さな花束を受け取った。

数本の白いバラにカスミ草。
それを束ねるリボンの真ん中には何故か小さな鮭と大根のぬいぐるみがついている。

薔薇と言うとまず深紅の薔薇が思い浮かぶが、義勇個人としては赤よりは白い薔薇の方が好きだ。
さらに義勇の好物は実は鮭大根だったりするのだが、それがピンポイントで付いていることに目を見張ってしまう。

だってそんな事誰にも話していない。
もとい話せるような相手はいない。
それがピンポイントで付いているあたりが不思議すぎる。

なんだ、なんでも出来るイケメンというのは相手を見ただけで相手の好みまでドンピシャで当てられてしまうのだろうか…
もうエスパーか、お前は?

思わず自分が実は鮭大根が好きなのだと打ち明けてみれば

――そうだと思った
と、実にキラキラしくも爽やかな笑顔を向けられて、義勇の脳内でははてなマークが大運動会を起こして走り回り始めた。


道を歩いていてもさりげなく歩道側に誘導され、建物に入る時には当たり前にドアが開けられる。
女性じゃないんだから…と思いつつ、しかし同性でどちらかが女性役ということであれば、体格的にも、そして経験値的にも仕方ないのか…と、すぐに諦めた。

こうなったらもうイケメンの妙技の諸々を勉強させてもらって、将来、本当に素敵な女性と万が一にでもお付き合いをすることになった時に役立たせてもらおう、と開き直って、義勇はエスコートされるまま、観察させてもらう事にする。




こうしてとりあえずお茶でもとなって、錆兎に連れられるまま入ったカフェ。

「義勇、バッグとか腕時計とか…すごく丁寧に綺麗に使ってるな。
適当なものを買って適当に扱ってすぐダメにする輩が最近多いが、こうやって物を大切にしてるのはいいな。すごく育ちの良さ感じる」

まずメニューを義勇に渡し、錆兎は義勇の正面の席でゆったりと待ちながら、にこやかに話しだす。

紗奈を始めとする今時のオシャレな友人達にはしばしば古臭いと言われるお気に入りの私物。
それらは両親亡きあとずっと自分を育ててくれていて、義勇が大学に入ったのを機にようやく安心して嫁にいった大好きな姉が色々な折に買ってくれた物である。

だから確かに物は上等なのだが今どきの若者の趣味とは少しばかりかけ離れているし、長く使っているので古臭いと言えば古臭いが、義勇にとっては大切な物ばかりだ。

それを洒落ていると言われれば若干白々しい気がするし気を使われている事で気まずさを感じえないのだが、大切にしている姿勢を褒められれば素直に嬉しい。

許容されているだけではなく、理解されている…そんな安心感が義勇をとてもリラックスさせた。

本当にイケメンはすごい。
もう何がなんだかわからないが、すごい。
義勇が言って欲しい、理解して欲しいポイントを驚くほど押さえている。

メニューだって、普段は恥ずかしくてこういう店にはなかなか入れないのだが、甘い物が大好きな義勇が思わず歓声をあげたくなるほど――実際にはさすがに恥ずかしいのであげないが、心の中だけで…――美味しそうなだけでなく見目麗しいスイーツが目白押しだ。

そんな中から一つだけを決めるのがもったいなくて選べないままメニューをガン見していると、何故か現れるウェイトレス。

彼女が押してきたワゴンの上にはいまだ見た事もないような量のスイーツの山。
その凄まじい数のスイーツが広めのテーブルの上に所狭しと並べられて行く。

え?ええ???

義勇は思わずメニューから目を放し、正面に座る錆兎に視線を向けた。
が、彼は全く動じた様子もなく、少し首を傾けて綺麗に微笑み、

「どうせなら色々試したいし、とりあえずメニューにあるデザート全部注文してみた。
二人で食べよう」
と、とんでもない発言をする。

うあぁぁーーーー

もうありえない。
色々がありえない。
スケールが違いすぎる…。

驚きすぎてどう反応して良いかわからず、ぽか~んと口をあけたまま呆けていると、そこにチョコレートソースのかかったアイスの乗ったスプーンが運ばれた。

ひんやりと冷たいそれが口の中に落とされたので、思わず飲み込むと

――小鳥のヒナみたいで可愛いな

などと愛おしげに微笑まれて、義勇は

――あっ…じ、自分で食べられるから……
と、慌ててスプーンを手にした。

すると錆兎もそれ以上は無理に勧めることはなく、しかしその義勇の口に運んだ匙で当たり前に自分の口にスイーツを運びつつ浮かべる

――甘いな…
と、意味ありげな笑みが、妙に男くさく色っぽい。


さすがイケメン。
これ…その気がない女でも絶対におちる…ていうか、男でもおちそうだ…と思う。

まあこれが愛らしい女性なら意識して赤面の一つもしそうなところだが、あいにく自分は可愛らしくもない男である。

この甘い甘い空気はおそらく自分を意識して作ったものではなく、イケメン的にはこれは作ろうとして作るというより素なのだろう。
イケメンはきっと呼吸をするのと同じ感覚でキラキラしい空間を作り出すものなのだ。

義勇はそう理解して、目の前の美味しそうなスイーツを平らげる事に集中し始めた。



もちろん…会計は目の前のイケメンが…。

一応義勇だって払う意思はあったのだ。
しかし食べられるだけ食べて、さあ出ようかと財布を取り出しかけたら、当たり前のように言われる一言。

――ああ、もう支払いは義勇が本当に美味しそうにプリンを頬ばってる間に済ませておいたぞ

レジに行く…それすらない。
席で済ませてあったらしい。

さすがにこの量の会計を全部と言うのは悪い…と、義勇も思ったのだが、義勇の側に回って、実になれた様子でその椅子を当たり前に引いて義勇を立たせながら、

――今日はせっかくの最初のデートだし、誘ったのは俺だからな。払わせておいてくれ

と耳元で低く囁く声すらイケメンボイスで、もう異議を申し立てる気力すら根こそぎ奪っていく。

もう申し訳ないが、これは甘えておいた方が失礼にあたらないのだろう…そういう結論にたどりつくしかなくて義勇が礼を言うと、錆兎は少し身をかがめて

「どういたしまして」
と、胸に手を当てて軽く礼をする。

そんなともすれば気障な仕草すら妙に板についているのに、もう感心するしかない。

映画、ウィンドウショッピング、食事など…全てが全てこんな感じで半日が過ぎて行く。


学ばせてもらおう…そう思ってされるがままエスコートされていたが、全てがイケメン色過ぎて、同じ事を自分がするのは無理なんじゃないだろうか…と、義勇が気付いた時にはもう夜になっていた。

そう、一緒に居る時間が過ぎるのはあっという間だった。

そしてその日の最後…
別に女性ではないので本当に必要ないと思うのだが、暗くなったからと送られる。

1人暮らしをしているマンションの前…

「今日は本当に楽しかった。
特に義勇、何か食ってる時すごく幸せそうで可愛くて、今度は手料理食べさせたいとずっと思ってたんだ。
だから、次のデートは俺の家な?」

そう言われてまず好奇心が先に立った。
イケメンの家、イケメンの部屋、イケメンの料理…

これが女性なら2回目のデートで男の部屋にあがりこむなど早すぎる気はするが、なにしろ同性だ。
警戒するようなものは何もない。

そんな事を思いつつ、義勇がそれを快諾すると、手を取られて、指先にキス。
視線を手に落としていると睫毛に覆われて見えない瞳が、視線をあげたことでキラリとエントランスの光を反射して光った。

悪戯っぽく笑う様子は愛嬌があるのにカッコいい。

「じゃ、時間とかはあとでメールする。
名残惜しいけど、今日はこれでな?」

スッと一歩引いて義勇から距離を取ると、首を少し傾け、眉尻を下げて寂しげな笑みを浮かべて見せるあたりが、芸が細かい。

本当に別れを惜しまれている気分になる。

「今日はありがとう。楽しかった。
…じゃあまた…」

そうしていてもキリがないので、義勇はそう言うと反転してマンションのエントランス内に。

そこでこそりと一度振り返ってみると、錆兎はまだ去る事はせず、義勇の視線に微笑んで手を振って見せた。

最後までこういう余韻をきちんと残すあたりも、イケメンのテクニックなんだろう…と、心底感心しつつ、義勇は今度こそ錆兎に背を向けて自宅へと帰っていった。






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