少女で人生やり直し中_03_脱出

気がふれてしまった娘でもあと数年もすれば子は産める。
田舎の嫁のいない親族に娶らせればいい。
幸いにして顔は綺麗な娘だから、相手も嫌がることはないだろう。

引きずられるように乗せられた汽車で大人たちがそんな話をしているのを聞いて、義勇は少女に生まれ変わったことを心の底から後悔した。

婿にと言われている親族と言うのはもうだいぶ年をとっているどころか、義勇の父ほどの年齢の男で、法事でみたことがあるが実際の年よりもさらに随分と老けて見えた。

自身も前世では男として人生を全うしているので、夫婦というものがどういう事をするのかも経験はしないままではあったが知識としては知っているし、あの男とそういう事をするのかと思うとぞっとする。

姉の蔦子がとてもとても幸せそうに祝言や結婚について語っていたので、女の身から見た結婚というものに悪い印象もなく、むしろ好ましいものにすら思っていたのだが、それは飽くまで好いた相手…そう、見目が良く優しく好ましい男が相手の時だ。

そうでない男とそうなると考えたら死にたくなる。

狭霧山の最寄り駅まではもう少しだ。
ただし前世で保護してくれて鱗滝さんのところまで連れて行ってくれた猟師と出会う確率は低い。
今は夜だし、連れ戻されないようにと山に入るということは、鬼に喰われて死ぬ可能性もあるということである。

もし鬼に出会わなかったとしても、少女の身であまつさえ振袖などを着ている状態で師匠のいる山頂までたどり着くことなどできないだろう。

追手に連れ戻されるのが先か野垂れ死ぬのが先か……

それでも…それでも嫌だった。
そんな気持ち悪い目にあうくらいなら潔く死んでやる!

本当にこの年の少女だったなら恐怖心に悩んだのだろうが、義勇はそう昔ではない前世で鬼狩りとして生きたため、死はそれほど遠いものではなく、むしろ死ぬより辛いことがこの世にはたくさんあるのだということを知っていた。

だから…だからこそ、決断は早かった。

前世でそうしたように、狭霧山の最寄り駅に着くと、
──少し…お手洗いに……
と、親戚に断って席を立ち、汽車の扉が閉まるギリギリに駅に飛び降りる。

そうして走り出した汽車から駅にいる義勇を目にして大騒ぎの親戚たちを尻目に線路から駅の外へと走り出した。
…と言っても、振袖姿なのでそうは早くは走れないのだが…。


追いつかれないように…と、必死に狭霧山の方向へと向かう。
駅の周りのわずかな店と、そこから見える山々以外は何もない場所だ。

左右に田畑が広がる夜の道を山へと急ぐ少女の振袖が翻る。
手にしているのはそれだけは手放さなかった姉のえんじ色の羽織のみ。

涼しい地方で梅雨の時期ではあるので、邪魔というほどではないが、今この状況で大して役にたつものでもない。
少女の足で1時間ほど歩いた先にある山のふもとにたどり着いた時には、寒さよりも足の痛さの方が辛かった。


かつて知ったる狭霧山。
前世では何度も何度ものぼったその山も、今、か細い少女になって足を踏み入れるとたいそう険しい道のりだ。

それでも鱗滝先生の元以外に行くあてはない。


…頑張れ、義勇!お前は男だろうと、自分を叱咤しつつ痛む足を動かしていたが、途中で、あ、違った、今女だった…と気づいてしまって、へなへなと力が抜ける。


よくよく考えてみれば前世の通りだったとすれば狭霧山には鬼はいなかったはず…と思い出せば余計に力が抜けた。

それでも義勇はかつて修練中に休憩によく使っていた、修練の場の中でもふもとに近いところにある岩場までたどり着くと、小さな岩の上に羽織を敷いてその上に座り込んだ。

ここなら万が一追手がいたとしてもみつからないはずだ。


梅雨の合間で雨が降っていないのは幸いだったが、身も心も寒い。
冷え切っている。

とりあえず鬼は出ないはず…とわかっていても、まったく身を守るすべのない身体でいる状態での暗闇は怖くて、はぁ…と両手をすり合わせて息を吐きかけてみれば、もう体も衰弱していた巻き戻る直前のそれと比べても頼りない小さな白い手に不安がさらにふりつもった。

新しい人生を楽しむどころか、いきなり苦難の連続で、本当にため息しか出ない。
せめてもう少し前に巻き戻してほしかった。

記憶として姉を手伝って一緒に台所に立ったり買い物に行ったりと言う場面を思い出せはするが、体感は出来ない。
例えるなら絵本や映画などで見て知っているような感じである。

それを体感できていたなら、このまま野垂れ死んでも本望だったのに…と、涙が出た。
姉さんと姉妹したかった。
一緒に料理をして一緒に買い物もして、一緒におしゃれもしてみたかった。

男として生きていた頃の義勇も姉が死ぬまでは姉と一緒の生活を満喫してはいたが、同じ性別の姉妹なら一緒に楽しめるものも多い。

大好きな姉と同じものを同じ目線で楽しみたかった…と思うと、本当に惜しくも悲しくて、痛む足や寒い身体も相まって、義勇は岩の上でハラハラと一晩泣き明かした。







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