少女で人生やり直し中_01_お館様はさんたくろうす

人の限界を越えた使い方をしていたからだろう。
まだ25までだいぶ間がある若さだというのに、義勇の身体はずいぶんと前から少しずつ動かなくなっていた。

まず足が立たなくなり、次に手が…目も耳もどんどん衰えて、口はそこにあっても、しかし声は出ず、ただ流し込まれた何かを嚥下するだけ。
今は世話をしてくれているのであろう弟弟子に感謝と詫びの気持ちを伝えることすらできない。

動けるうちはまだしも、こうなってまで命を永らえる意味はどこにあるのか…
義勇は自問自答しながら、ゆっくりと自分の身体が生から遠ざかっていき、やがて死の世界にたどり着くのを待っていた。

そうして考える他にやることのない生活の中で思うのは、

自らの使命を全うして死を迎えた時に、“彼”が迎えに来てくれるだろうか…
よくやった、さすが俺の義勇だ、と、褒めてくれるだろうか…

と、そのことばかりである。



会いたい…と、義勇は見るという本来の用途をとうになくした目からぽろりと一筋涙をこぼした。

死をとても待ち遠しいものに感じるのは、身体がこうなるはるか前からだ。
義勇にとって誰よりも大切な相手は、13の年に逝ってしまった。

それでもこれまで後追いもせず、こんな無機質な生を永らえてきたのは、ひとえに後を追う時期を逸してしまったのと、彼とともにいるのにふさわしい何かをしなければ、いつでもまっすぐに目標に向かって走っていた彼に死後の世界で絶交されるのではないかと、そんな馬鹿なことを思っていたからだ。

だから修行も死ぬほど頑張った。
水柱にすらなった。
人間のために鬼と戦い…そしていま、こうして身体がどんどん生きるための機能を失い、死を迎えようとしている。

もう良いだろう。
彼もきっと認めてくれるだろう。
自分はがんばったのだ…

錆兎に褒めて欲しい…ただそれだけの思いを頼りにして……


ああ、そろそろかもしれない…
と、義勇は思った。

弟弟子の気配がする。
すでに痛みも苦しみも義勇自身は感じていないというのに、何か悲しそうに叫んでいる気がした。

そんな必要はないのだ…と、この優しい弟弟子に伝えてやりたい。

祝ってくれ…ようやく会いたい人間に会えるのだから、何も悲しむこともなければ、泣くこともないのだ…と、伝えてやりたかったが、それもできないまま、義勇は静かに苦渋に満ちた人生を安らかに終えたのだった。





…どうやら自分は死んだらしい…と、義勇が気づいたのは、見えなかった目が見えて、聞こえなかった耳が聞こえているからだ。

そこは真っ白な空間でなにもない。
生前の習慣であたりを警戒しつつ腰に手を伸ばすが、当然刀などあるはずもなく、それどころか自分の存在すらあやふやな気がする。

そんな中でさてどうするか…と思っていると、突然見知った顔が現れた。

それを見た瞬間、義勇は
(ああ、俺はまだ死んでなくて夢を見ているんだな)
と思った。

そう思いたかった。

生前仕えていた主…産屋敷耀哉様が目の前にいる。
それはいい。
先に亡くなっているのだから、死者の導き手として姿を現すとしても全く不思議ではない。

しかし問題はその格好だ。

全身真っ赤な洋服を着ている。
上着の襟口と袖口、そして裾に白いふわふわした縁取りがついていて、ズボンも真っ赤で裾に白の縁取り。
もう百歩譲ってそこまでは良いとする。

やはり白い縁取りと先っぽに白い丸い飾りのついた真っ赤な帽子までは1000歩譲る。

でもなぜか真っ白い長い口髭をつけているのはいかがなものか!

からかわれているのでなければ夢だと思いたい。
いや、夢なのだろう。

こんな夢を見ていると知られた日には、柱を始めとするお館様を敬愛する鬼殺隊の全隊士にふざけるな!とぼこられ、胡蝶しのぶに『だから冨岡さんは嫌われるんですよ』と、いつものように指ではなく、彼女の毒を仕込んだ刀でつつきまわされそうな気がするが…

そんなことを考えながら、義勇が早く目が覚めないかな、と思っていると、そのけったいな格好のお館様はいきなりかましてくれた。

──めりぃくりすますっ!!
と…。

なんなんだ、一体!
いや、くりすますは義勇も知っている。

なにしろこう見えて姉が亡くなるまでは都会に住んでいた。
12月25日は西洋の祭りの日で、たしかに全身赤ずくめの“さんたくろうす”なる老人が良い子に贈り物を配るらしい。

なるほど、今のお館様の格好はまさにその“さんたくろうす”を模したもののようだ。
それは理解した。

だが今まさにお館様がその格好で現れたわけは相変わらずわからない。


──産屋敷耀哉様…ですよね?
と声をかけてみると、彼はにこにこと

──いや、私はさんたくろうすだよ。お館様なんて人間ではないよ、義勇。
とのたまわる。

いやいや、お館様だろう。
自分で言ってしまってるじゃないか。

そうは思ったものの、もうそれもどうでもいい気がしてきた。
とにかくこのわけがわからない状況から脱して目を覚ましたい。
そう思って義勇は全てを受け流すことにした。

──それは失礼した。それで?その“さんたくろうす”殿はなぜここに?

そう聞くと、お館様は相変わらずいつもの読めない笑顔で

「たったいま君は人生を終えたんだけど、今日はくりすますだからね。
自分の人生を犠牲にして大勢の人を救った良い子の義勇に贈り物をしてあげたくてね。
だから大きく結果が変わってしまっては困るけど、一度だけ君が少し自分の人生を有意義に思えるよう、運命の岐路に戻してあげよう。
その際にね、同じ人生を歩んでもしかたないから、一つだけ君が自分を変えたいと思っているところを変えてあげるよ。
顔形、剣術がより強くなりたいならそれに適した才のある体にしてもいいし、蜜璃のように筋力に優れた体質でも、実弥のように稀血にしてもいい。
さあ、君はどんな自分を望むんだい?」

言われて義勇は考える。
どうせ夢なのだから適当でいいとは思うのだが、別に剣術が強くなりたいとは思っていない。
むしろ争いごとは避けたい。
だから甘露寺にも不死川にもならなくてもいいな…と、思った。

そもそも人生の岐路ってどこだ?
姉さんにまた会えるのだろうか。
ああ、姉さんと会えるなら、今度は姉妹として過ごすのも楽しそうだ。

と、ちらりとそんなことを思っただけなのだが、脳内を覗かれていたらしい。

「わかったよ。じゃあ義勇は女の子として生まれたことにするね。
今度こそ楽しい人生を。君の幸せを祈っているよ…」

…え?
ちょ、ちょっと待った!!!


訂正も修正もする暇がなかった。
そして義勇は次の瞬間、まばゆい光に包まれた。






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