冨岡義勇には最近学校でちょっとした楽しみがある。
それは……
あとね、ハート型のリンゴのコンポート美味しそうだったよ。
俺、それちょーだいって言ってみたんだけど、作ってくれた奴に悪いからダメって言われちゃったよっ!
これって決まりだよねっ?!もう決まりだよねっ?!
他人にあげたら悪いなんて思う相手ってもう決まりだよねっ?!!
イケメンだからっ?!
イケメンになれば彼女出来るのっ?!!」
と、よく汚い高音と言われる声で絶叫する我妻善逸。
いつもいつも彼女が欲しいと大絶叫している彼は、最近、自分が所属している剣道部の硬派な雰囲気の部長がどう見ても自作ではないであろう可愛らしい弁当を持ってきているのを見て、発狂している。
いや…部長は本当に清廉潔白、公明正大、質実剛健を絵に描いたような気持ちの良い性格の日本男子で、さらに言うなら鍛えているためか体格も良く、これは鍛えているとかには関係は全くないが顔も良い。
剣道の腕は当然一流。
産屋敷学園中等科の剣道部を日本一へと導いた功労者でもあり、個人でも全国中学校剣道大会の優勝者である。
そのうえで勉強もきちんとやっているらしく、中1の1学期から現在結果がでている中2の1学期までは学年首席。
おそらく2学期以降もそうだろうと言われている文武両道の模範的中学生だ。
そりゃあモテないわけがないだろう…というのが、大半の部員の総意である。
「錆兎先輩がモテるのは、まず文武両道で性格も良いところだと思うぞ?
だから生まれつきな容姿はおいておいて、善逸も先輩が努力で勝ち取ったそこを目指せばいいんじゃないだろうか…」
と、悪気なく容赦のない発言をする炭治郎。
「だんじろ″おぉぉぉ~~~!!!!
なんてこと言ってんのっ?!!お前馬鹿っ?!馬鹿なのっ?!!
それが出来れば俺だって彼女に囲まれてウハウハしてんでしょうがぁあああーーー」
と、それに対して善逸がまた絶叫。
「うっせえ、我妻ァ!!」
「うむっ!!うるさいなっ!!」
と、それにとどめを刺す不死川と煉獄。
「そもそもだなっ!
交際中の女性でなくとも、自分のためにと心を込めて作ってもらった弁当をやれないのは当然だと思うぞっ!!
俺の弁当だってそうだっ!!」
と、絶叫する善逸に負けず劣らない声のデカさで言う煉獄に、善逸は
「なにっ?!杏寿郎ちゃんも彼女の手作りっ?!
裏切者おぉぉーーー!!!」
と、叫ぶが、
「うるせえっ!!」
と、その頭を有無を言わさず不死川に掴まれ、そのまま机に押し付けられた。
ゴン!!と良い音がしたが、そんな善逸に構わずモリモリと重箱弁当を平らげていた煉獄は、米の一粒も残さず食い終わると、これもまたドデカイ声で
「ご馳走様っ!!」
と言ったあと、初めて机と一体になっている善逸に気づいたかのように、
「俺のは弟の手作りだっ!!
母亡きあと、俺と父のために亡き母の味に近づけようと日々研究を重ねてくれているっ!」
と、どうやら最後に自分に投げかけられた善逸の言葉に対しての答えらしく、そう言って弁当箱を片付け始めた。
「あ~、まあな、ウサ先輩のは兄弟姉妹じゃねえことは確かだがなァ。
奴ぁ1人息子だし、親もなくなって忙しい爺さんと二人暮らしだって、輩先輩が言ってたからなァ。
ま、女だろっ、女っ」
と、それに不死川がそう続け、善逸は机に頬ずりしながら涙した。
「…錆兎先輩、甘い物苦手じゃん?
甘い物も女の子も大好きな俺に少しくらい甘いデザートと幸せな気持ちをおすそ分けしてくれても良くない?」
と、それでも続ける善逸に今度は炭治郎が
「いや、錆兎先輩の彼女さん、その辺りちゃんと心得てて、甘さ控えめ、少し酸味を足した上で、シナモンで香りづけまでしてくれてるそうだぞ。
やっぱり料理は愛情だよなっ」
と、にこやかに言う。
「おい、炭治郎よォ、お前やけに詳しくね?」
「宇髄先輩が話してるのをたまたま耳にしたから。
宇髄先輩が、まあ…料理の味はとにかくとして、発言が甘すぎて砂糖吐きそうになったと言ってたけどなっ」
「ちきしょー。
やっぱ、あれなのっ?
ナンパに勤しまないで良い身分になりたきゃ、主将にまで登りつめなきゃダメなのっ?」
「…いや…だから、善逸はまず基礎から剣道と勉強を頑張ろうっ!
俺も頑張るからさっ」
昼休み…たまたま席が近いあたりの剣道部部員達が昼食を摂りながら話している。
世の中では女3人寄ればかしましいというが、男4人でもそうらしい。
彼らの話題は錆兎に出来たらしい彼女の話だ。
最初は教室で本人が作ったにしてはありえない可愛らしい弁当を食べていた錆兎を目撃した同学年の宇髄から、錆兎が彼女の手作りの弁当を食べている…と広まったのがきっかけだった。
悪ノリ大好き、さらにお年ごろなので女の子には興味津々な1年生組が、それを聞いて翌日の昼休みに錆兎の昼ごはんに突撃してみると、どう見ても本人や親が作ることはないだろうと言った感じの可愛らしい弁当を食べている錆兎。
本人いわく知人が作ったというが、ただの知人がわざわざ弁当を作るとは思えない。
というか、毎日がバレンタインの本命チョコ並みの気合の入りようという弁当をただの知人に作る人間がいたらぜひ紹介してくれと思う。
弁当の提供主が錆兎の事を好きなのは明白だろう。
そして…錆兎もよもやそこまでしてくれる相手を無下にするような性格をしてはいない。
その証拠に、作ってる相手はどんな感じの子なのか、容姿は可愛いのかなどと聞くと、錆兎は
『ん~、顔はまあ可愛いと思うぞ。
目は丸くてでかくてなんとなくこう…子猫みたいな感じだな。
色は白くて口とかちっちゃくて、なんにも塗ってないのに淡いピンク色なのな。
あれってどうなっているんだと思う。
いつも俺のあとちょこちょこついてまわるのが、なんだかあれだな、小動物っぽぃっというか…』
と、ほうっておくと延々と語ってくれて、日々ナンパに勤しんでる非リア充の後輩の心に秘かに大きなダメージを与えてくれる。
ああ、もうこれはただの知人というのは、この体育会系の男の照れ隠しなのだろうと納得するしかない。
ちなみに…納得の行かない不死川が
「あんたにはこんな手の込んだ弁当を作ってくれる“ただ”の知人がいるのかよォ」
と、チクリとやりにいったら、もうこの時期の1歳の差はどれだけの差なんだと思わせるような、ニヤリと余裕な笑みと共に
「あ~、すまないな。嘘をついたかもしれん。
“ただの”知人じゃないな。
“大事な”知人に訂正な」
と、まあリア充爆発しろと泣きながら逃走するしかないセリフを吐かれて敗走したあたりで、もう1年生組の中では、『ちきしょ~!悔しいっ!でも羨ましい!!』と、言われている。
よもやその後輩たちの後ろ姿に
『あ~、あいつらは本当に面白いなっ!これ地味に楽しいな』
と、当の錆兎が爆笑している事など、彼らは知らない。
ともあれ、それからはとにかく錆兎の弁当チェック&報告会は1年生組の日課となったのである
義勇も実は一度その報告会の最中に
「我妻、不死川、何か楽しそうだね。何を話してるの?」
と聞いてみたことがあるのだが、まあこれもいつもの通り、
「お坊ちゃんに話すようなことじゃねえよォ」
と一蹴されて、輪には入れてもらえなかったわけだが、今までと違って疎外感に落ち込む事はない。
何しろ自分は彼らが何より知りたがっている事実を知っている。
そして…その秘密を共有してくれているのは、我らが産屋敷学園中等科剣道部の主将、鱗滝錆兎なのだ。
彼と秘密を共有してもらえているのは自分だけなのだ、と、むしろ誇らしい気分で何も知らない同級生達の悲鳴じみた会話を遠くから聞いているのである。
(そっか…あの程度の甘みならOKか…)
話題にあがっていたデザートのリンゴのコンポートは自分的には会心の出来だったと思う。
大事な大事な主将に万が一でも食中毒など起こさせてはいけないので弁当にはナマモノは入れないのを基本とはしているものの、たまにはデザートでも入れてみたい。
そうは思ったが、加工するとなるとどうしても砂糖を入れないと味がしまらないので、姉の蔦子に相談して、甘すぎるモノが苦手な錆兎のためにレモンで酸味を増し、シナモンで香り付けをする事にしたのだ。
型抜きしたリンゴをそうやって砂糖と共に煮込んで、冷まして冷凍する。
それを凍ったまま弁当に入れると、丁度良い保冷剤代わりにもなり、ランチの頃には程よく溶けるので食べられる。
このアイディアは料理に無駄を嫌う錆兎に、きっと後で褒めてもらえる。
そんなことを思うと思わず顔がほころんでくる。
そう…義勇は日々錆兎の弁当を作っているのだった。
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