鱗滝家につくと一旦荷物を置き、錆兎は台所に。
程よく筋肉のついたスラっとした長身にシンプルな黒いエプロンをつけ、いかにも手慣れてますと言った感じでテキパキと茶の準備をする。
と、食器棚からマグカップを出しながら聞いてくるのに、
「はい。特に苦手な物はありません」
と答えると、やがて出されたのはミルクティ。
「温まるからまあ飲んでおけ」
と言われて口に含むと、ミルクと甘みに混じって芳しい香辛料の味。
「これ…いわゆるチャイですか?」
と聞くと、錆兎は当たり前に
「ん~。ロイヤルミルクティにカルダモンとクローブとシナモン入れた。
俺は甘いの得意じゃないからそのまま。お前は蜂蜜入りな」
と、答える。
そう言いつつ自分はマグカップ片手に鼻歌まじりに鍋のような物にアルミを敷いて、その上に大袋の中から木くずをガシッと大雑把な感じで掴んで入れると、網をセットし、その上に冷蔵庫から取り出した何やらスパイスに漬け込んで置いたらしいブロックの豚肉を置くと蓋をして火をいれる。
「あの……」
「ん~?」
そうしている間にも冷蔵庫から色々取り出していく錆兎に、義勇は聞いてみた。
「今の…なんです?」
そこで錆兎は少し考えて、
「ああ、これのことか?」
と、さきほどの鍋にチラリと目を落とす。
「安い時に買いだめた豚バラブロックを数日スパイスに漬け込んで置いておいて桜チップで燻すんだ。
出来るのはいわゆるベーコンてやつな。
焼いて良し、スープにいれて良し、パスタソースに混ぜて良し。
作りおいておけば便利だから毎週作って冷凍しておいてる」
「えっ…」
可愛い女性ならとにかく、自分相手に見栄を張っても仕方ないだろうから、これが錆兎の日常なのだろうが…なんなんだ、この料理の達人っぷりは。
「昨日は豚バラ特売日だったから大量買いしたんだよな。
てわけでこれから下準備なんだが、お前も手伝うか?」
「は、はいっ!」
自分で燻製を作るなんて初めてだ。
わくわくした気分で立ち上がって手を洗うと、錆兎はエプロンを投げてよこす。
義勇がそれを身につけると、今度はテーブルにビニールの入った箱とスパイスを並べた。
「オールスパイス、シナモン、ナツメグ、パプリカ、塩、砂糖、ローレルな。
これは見たとおり普通にスーパーで売ってるし、日持ちするから常に置いている。
味なんてどうせ気温や漬け込みで変わるからな。
まあ適当に…塩とパプリカはティースプーン1杯。ローレルは1、2枚。あとはティースプーン半分。
肉は3ブロックあるから、ビニール3枚出してそれぞれ入れておけ」
「…適当に…ですか」
「ああ。ない時はこれだけだし、他で使って余ってる時は他にも色々いれるんだが。
日常の料理なんて日々余ったものを使いまわしたりとか、そんなものだろ?」
口では呑気に、しかし手はまるで魔法のように素早く華麗に動かしながら、錆兎はニカっと笑う。
こんな風に…まるでオシャレなドラマの中の登場人物のように普通に気負わず料理する男性がいると思わなかった。
しかも自分と同じ男子中学生だ。
長身でイケメンで黒いシンプルなエプロン姿だけでも絵になるのに、男らしく大雑把に見せながらポイントポイントは丁寧に、手慣れた様子で調理する図は、女だったら絶対にときめくと思う。
もしこれが父親だったりしたら、ファザコンまちがいなしだ。
理想の男はパパ。大きくなったらパパみたいな人と結婚するの♪
錆兎の娘に生まれたらなんだか幸せそうだと、そんな斜め上の妄想に浸りながら、3枚のビニール袋に言われた通りスパイスを入れ終わると、目の前にドン!と大きなまな板が置かれる。
そしてその横には皿に入った3つの豚バラブロック。
「よし、ちゃんと入れ終わったな、良い子だ」
と、ビニールを確認後、エプロンで濡れた手を拭いて、錆兎がわしゃわしゃと頭を撫でてくれるのがなんだかくすぐったい。
自分の家では姉もいたし、わざわざ義勇に料理を色々教えてくれたり手伝わせてくれたりということがなかったので、出来たことをこんな風に褒めてもらうのは初めてで、なんだかほわほわと温かい気分になった。
「じゃあ、次は味が良く染みこむようにまな板の上で肉をフォークで適当に刺す。
で、刺し終わったらさっきのスパイス入りのビニールに放り込んで全体にスパイスをまぶす。で、全体に付いたようなら少し揉み込むようにな」
と、それだけ指示すると戻っていく。
料理し慣れてない義勇でも普通に出来て、しかもちゃんと手伝った達成感が得られそうな事を用意しつつ、自分は自分の作業をきちんと進めていくって、どんだけ面倒見慣れてるんだ…。
もちろん義勇は錆兎が何かというと集まる親戚一同の子どもたちの一番の年長者で子守役として育ってる事など知らないわけで、もうこれは強豪大所帯剣道部主将だからというだけではありえないんじゃないだろうか…と感心を通り越して呆れ返る。
それでもまた褒めて欲しくて、あの大きな手で頭をクシャクシャと撫でて欲しくて、義勇は真剣な顔つきで豚バラブロックにフォークを突き刺すのに没頭した。
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