秘密のランチな関係Ver.SBG_2

(あー、ようやく週末か…)

金曜日の部活が終わり、錆兎はホッと一息ついた気分で戸締まりのため部室へと向かう。

彼は小学生時代に両親が揃って事故でなくなり、祖父に引き取られているのだが、その祖父も大変忙しい人だ。
自宅に戻れないことも多く、錆兎は自身の家事は全て自分でやっている。
その彼自身も学業と部活で忙しいので、たまった家事は週末まとめてやるようにしていた。

掃除に関しては、日中は普段誰もいなくて、家には寝に帰るだけで、そう散らかりもしないため、朝の短い時間でちゃちゃっと掃除機をかければ終わる。

が、食事は出来合いのものばかりというのも味気ないので、休みの日に色々下ごしらえをして冷凍しておいて、それを1週間かけて消費していくことにしているのだ。


ということで、錆兎の土曜日はそうやって流れていくのでそう暇なわけでもない。

だが、それでも強豪剣道部の主将として、日々部員全員に目を光らせながら部を引っ張っていく立場から離れて、鱗滝錆兎個人に戻って肩の荷を降ろせる時間ではある。

こうしてすでに部員も皆帰ったであろう部室に向かう錆兎は、もうすっかり主将タイム終了の気分になっていたが、薄暗くなってきた廊下を部室の方へと歩いて行けば、何故か部室にはまだ明かりが灯っていた。


(…まだ誰か残っているのか?)

二年、三年は部活が終わるとすぐ帰っていくので、いつもなら残っているのは片付けを任される一年なのだが、確か今日は練習後、新しくできたラーメン屋に寄っていくという話が出始めてかなり急いで片付けをしていた気がするので、まだ終わっていないということはさすがにないだろう。
おそらく今頃は皆仲良く練習後の空腹をラーメン屋で満たしているはずだ。

そうすると一体誰が?
不思議に思いつつ錆兎が部室を覗くと、ベンチに力なく座る小さな影。


「おっ、まだ残ってたのか?」

残っていたのは一年生の部員。
小柄で可愛らしい感じの後輩で、大人しく口数は少なく、まだ剣道の腕は未熟なものの、部室や剣道場の片付けや掃除になると、綺麗に丁寧にやってくれる。

ただ、丁寧なのは良いのだが、少しばかり手が遅く要領が悪いところがあるので、今回も何か他が気づかないあたりに気づいて丁寧に片づけているうちに遅くなってしまったのかとおもいきや、いきなり聞こえてきたらしい錆兎の声にあげたその顔は涙で濡れている。

「え?おまえっ…どうした?!何かあったか?!」

まだ幼げな少女とも少年とも取れないような綺麗な容姿をしているので、頼りなげな様子で泣かれればひどく哀れに思えて、錆兎は慌てて駆け寄った。
すると、こちらも誰か来るとは思っていなかったのだろう、彼…冨岡義勇も驚いた顔で錆兎を見上げ、そして自分の状態にハッとしたのか、慌てて手の甲で涙を拭った。

「あ~、赤くなるからこするなよ?」
と、錆兎は義勇の手首をつかんでそれを止めると、空いている方の手をポケットにつっこんで自分のハンカチを出して拭いてやる。

「す、すみません…」
と、目に見えて動揺する義勇に、錆兎は
「気にするな。俺は部長で先輩なのだから、部内で起こった問題に対してはきちんと対処する立場の人間だ。
だから何かあったなら遠慮なく言え」
と、片膝をついてベンチに座る後輩をやや見上げるような体制で視線をあわせた。

学年にして1年しか違わないはずなのだが、成長期の中学生男子の1年というのは大きい。

特に錆兎は体格にも恵まれているし、義勇の方はと言えば、去年までランドセルを背負っていたと言われれば頷けるくらいに、まだ子どもらしい細さを残している。

そんな少年が、すん、すんと鼻を鳴らしながら泣くのがなんだか可愛らしくて、錆兎は義勇の手首を掴んでいた手を放すと、今度は頭をクシャクシャ撫で回した。

錆兎にしてみれば当たり前のスキンシップなわけだが、義勇はそれに何故か丸い目をさらにまん丸くして硬直し、次の瞬間、顔を真っ赤にしてきゅうっと目をつぶる。

…可愛い…可愛すぎだろう、中学生男子のくせに…
と、内心思う錆兎。

この反応、まるでひと昔前の少女漫画か何かで告白されて動揺する主人公の美少女のようじゃないか?と、そんなバカげた感想を持ってしまうくらいには、目の前の少年は愛らしい。


「…冨岡?」
ともあれ、このまま無言で硬直する後輩と向き合っているだけでは話は進まない。

なので錆兎がその顔を覗きこむと、名を呼ばれて顔をあげた後輩は錆兎と目があった途端、また真っ赤な顔のまま硬直した。

「おい、大丈夫か?どうした?なにか気に触ったか?」

硬直したままの義勇の顔の前で手を振ってみると、彼はハッと我に返ったように、ぶんぶんと首を横に振った。

「いえ…なんでもっ…」
「なんでもないという感じではないようだが?」
「いえ…あの……」

つい追求すると、義勇は少し困ったように眉尻をさげて口ごもった。

「…こんな風に頭を撫でられたり、親しく接してこられた事がなかったので……」
「……?俺にか?」
「いえ、家族以外の誰にもです」
「…へ?」

「両親と姉以外。…学校では……」

と、義勇は少しうつむいて、何かに耐えるように唇を噛み締め、泣きそうな声で

「…周りから距離を取られているので……」
と、うなだれた。

そこでまたじわりと溢れる涙を拭いてやりながら、錆兎はああ…と、思い出した。

「もしかして今日の1年達のラーメン屋のことか?」

確か1年の部員のほとんどが行っているはずだ。
それに誘われなかったと落ち込んでいるのか。

なるほど、まだまだ可愛いなぁ…と、思わず笑ってクシャクシャとまた義勇のその小さな頭を撫で回すと、

「行きたければ自分も行くって言えば良い話だぞ?
元々は煉獄が特盛を10分以内に食えば無料になるっていうオープンイベントにチャレンジしに行くって言っていたのを、それなら新装記念で餃子が無料になるから自分も行くって不死川が言い始めて…我妻とか嘴平とかが自分達もって言って大所帯になっただけで、もともと誘い合わせていたわけじゃないようだしな」
と言った。
実際錆兎が小耳にはさんだやりとりはそんな感じだった。

そうか、この内気で大人しい少年は、誘ってもらえないと自分からは入っていけないのか…と、微笑ましく思ったが、義勇はもう涙も隠さずにポロポロ泣きながら首を横に振った。

「俺…言ったんです。
一応急に付いていくと言うのも変かとっ…だからっ…『どこか行くの?』って…。
そしたら…『お前には関係ねえから』って……不死川がっ…
前も…っ……そんなことあって……っ……」

抑えていた分、表に出してしまうと止まらないのだろう。
とうとうしゃくりをあげ始める。

そうやっていると本当に去年まで小学生だったんだな…と納得する幼さで、元々が面倒見の良い錆兎の頭はまた主将モードに戻っていった。

「あ~…とりあえず帰り支度しろ。
帰る道々話聞いてやるから。
あまり遅くなると親御さんも心配するだろう?」


これは…帰りにコンビニで温かい物でも買って自宅を通り越して冨岡の家まで送ることになるか…。
それで話が終わらなければその後は携帯か?

とすると、今日やろうと思ってた塩抜きして干しておいたベーコン用の豚肉燻すのも、来週用のベーコンの下ごしらえも、ストックが切れてたソース作りも明日朝に持ち越しか…。

などと、今晩やろうと思っていた作業を明日にシフトする事を考え始めていたが、義勇はクシクシと目元を拭うと、

「両親は…今日は結婚記念日の旅行でいなくて、姉さんは残業ですごく遅くて…帰宅が遅れるのは構わないんですが…
と、片手はハンカチで涙を拭いながら、空いている方の手でおずおずと錆兎のブレザーをつかむ。

これは…うん、何か誘えってことだよな…。

自分自身は一人っ子だが大勢いる従兄弟達の中では一番年上で、昔から色々なタイプの年下の面倒を見続けてきた錆兎はなんとなく察した。

おそらく自分だけ一人だというのが悲しいのだろう。
だが今日の分の作業を全て後ろ倒しにするのは少しつらいな、とも思う
さて、どうするか…。

「あのな…実は俺もあまり学校の帰りにどこかに寄る習慣ないんだよな。
親がいなくて一緒に住んでいる祖父も忙しいし、食事を含む家事は俺の仕事だからな。
俺も今日は祖父は帰宅できないし1人だから、なんならうちに来るか?
話したいならその方が落ち着くし」

「鱗滝先輩のご自宅…ですか…」

思いがけない言葉だったのだろう。
義勇は一瞬ポカンと呆けて、それから少し俯き加減に照れたように笑った。

「俺…学校の誰かの家に行くの初めてです」
「そうか。じゃあ、来い」
「はいっ」

クシャクシャっとまた義勇の頭をなでながら錆兎が言うのに、彼は嬉しそうにうなづく。

そして
「すぐ支度しますっ」
と、反転。
素早く帰り支度をすると、なにやら携帯を出している。
おそらく姉にメールでもしているのだろう。

その様子があまりに嬉しそうなので、おそらく本当に放課後に誰かに誘われるという経験に飢えていたのだろうと思う。
それを錆兎は微笑ましく思った。

まあ確かに錆兎だって義勇が後輩じゃなくてクラスメートだったとしたら、誘わないと思う。
別に嫌いだからではない。

不死川達もおそらくそうなのだろうが、どこかお育ちの良さが前面に出ていて庶民の遊びなどにあまり興味を示さないようなイメージがある。

良家と言うなら煉獄も良家の子息のはずなのだが、彼の場合は大食いでよく笑いデカい声でよくしゃべるため、どことなく親しみやすい。
だからあまりそのあたりの距離感を感じないのだろう。

そのあたり、同じ部活だからと言って私生活まで強要する権利は部長だってあるわけではないし、自分自身すら、今日こんな風に泣いているところを目撃しなければ、誘いをかけてみようなどとは思わなかったのだから、1年の他の後輩たちを責められるものではない。


錆兎がそんな事をつらつらと考えているうちに、自宅への連絡は終わったらしい。

「お待たせしましたっ」
と、心持ち嬉しそうな弾んだ声で、カバンを手に義勇が駆け寄ってくる。

「ああ、では鍵を職員室に戻したら帰るか」
錆兎はベンチに置いてあった自分のカバンを持つと、そう言って義勇と二人、部室をでて帰路についた。







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