秘密のランチな関係Ver.SBG_11

今日は保険の教諭は所用で出かけていたので、義勇は保健室へ入るとそのままモソモソとベッドに横たわった。

起きていても良かったのだが一応体調が悪いということで来ているわけだし、布団を頭からかぶっていれば声も漏れない。
そう、少し泣きたかったのだ。

冨岡家の家族の中では一番年下で、姉の蔦子が12歳の頃に久々に生まれた子どもであった義勇を家族中が可愛がってはくれたが、その分、義勇に対しては皆いつまでたっても幼い子ども扱いをして小さなことでも大きく心配されるので、義勇は逆に家族に対しては極力心配をかけないようにと心を配るようになっていた。

だから周りに距離を取られて寂しいのだなどということは口が裂けても言えなかったし、家ではいつもにこにこして、どうしても泣きたい時は自室のベッドで布団をかぶって泣くのが常だった。

でも今は自室まではとても持ちそうにない。
放課後で誰もいないので、ここでこっそり泣く事にした。

ずいぶんと長い間、家族にも…誰にも泣き顔など見せた事はない。
唯一、義勇の泣き顔を見た事があるのは錆兎だけだ。

そう、義勇にとってはそのくらい特別なのだ。

自分にとっては本当に特別な人…でも向こうにとってはそうではなかった。
それは本当にひとりぼっちの頃より絶望的に悲しく寂しい気分になる。

完全に理想の…おそらくこの世の誰よりも好きになれる相手だとわかった時点で自分は逃げるべきだったのだ。
だってもうそんな相手に愛し愛されるなんていうささやかな夢すら見ることが出来なくなった。
心を預けてしまう前になんか戻れない。

初めて錆兎の家に行った日…泣いたら優しく頭を撫でてくれた大きな手。
その手はさらに落ち込んでいる義勇のために美味しい料理を作り出し、時に慣れない料理に奮闘する義勇の手を取って教え助けてくれた。

勘違いしても仕方ないじゃないか…。

家族のいる自宅を離れれば、居るのはいつだって自分を遠巻きにしてくる級友たち…。
そんな中で、体温を…人の温かさを感じるような距離感で接してくれたのは錆兎だけだったのだ。

悲しくて切なくて、声を殺して泣いていると、携帯が振動してメールの着信を伝える。

(…錆兎先輩っ?!)

今まで何で泣いていたのかすらすっかり忘れて、義勇はガバっと飛び起きて携帯をひっつかんで送信元を確認して…それからがっかりと肩を落とした。

それでも無視するわけには行かない、【姉さん】の文字に小さく息を吐き出してメールを開く。
内容はここ数日同じでわかりきっている。

『ごめんね、義勇。今日も姉さん残業になりそう。
お母さんもしばらく帰れなさそうだし、ご飯は冷凍庫の作り置きをチンして食べてね』

数日前、遠方に住んでいる父方の祖母が入院し、長期出張になってしまった父の代わりに母が手伝いに行っていて、しばらく姉と二人きりの生活なのだが、姉も仕事が忙しい時期で、残業が多い。
そして今日も今の姉の蔦子からのメールで、1人ぼっちの夕食が確定だ。

祖母の事がなければ、実は先日学校で全員応募させられた秋の交通安全のポスターで、義勇の作品が佳作に入賞したため、義勇のことならちょっとしたことでも大騒ぎをする家族としては、今日あたりにはみんなでお祝いでもしていたはずだ。

普段ならそこまでしなくても…と思うところなのだが、寂しくて悲しくて心が弱っている今は、その過剰にかまう家族の反応がないのが、とても寂しい。

告白も出来ないまま失恋した日に一人ぼっちなんて、ホントに自分は前世で何か悪い事でもしたのだろうか…。


「あぁ…お前なぁ、一人で泣いているんじゃない。
そのくらいなら俺にメール入れろといつも言ってるだろう?」

「う…うあああああ~~~!!!!!」

ひょいっと手が伸びてきてグイッと半身起こした身体を大きな手が引き寄せた。
こんな隣に来るまで全く気づかないくらい滅入ってたらしい。
驚きすぎて思わず大声で悲鳴をあげたが、不幸にしてなのか幸いになのかわからないが、すでに保健室回りの校内にはほとんど人がいないので、誰も気づかない。

唯一、
「あ~、お前今日一人なのか。ちょうど良かった」
などと、悲鳴に驚くこともなく、当たり前に義勇の手から携帯を取り上げた義勇の残酷な想い人は、ごくごくいつものように当たり前にその大きな手でクシャクシャと義勇の頭を撫で回した。

「さ…錆兎先輩っ。部活は?」

慌てて手の甲で涙をぬぐって義勇が聞くと、――目をこするんじゃない。赤くなるから――と、錆兎はその手を外させて、自分のハンカチをソッと義勇の目に押し当てた。

男のくせに、きちんとプレスしたハンカチを携帯しているあたりが、ずるい。
当たり前にそれで涙をぬぐってくれるなんて、かっこ良すぎだ。
錆兎先輩が悪い。
俺が勘違いして好きになってもしょうがないじゃないかっ!

内心そんな事を思いながら、義勇がキッと錆兎を睨むと、錆兎は、――なんだ?――と、不思議そうに首をかしげる。
そんな表情すらいちいちカッコイイ。

「お前…体調悪かったんじゃないのか?」

熱はないな…と、コツンと額と額を軽くぶつける錆兎に、義勇は目眩がして倒れるかと思った。

やめて下さいっ!
先輩のそのかっこ良すぎる顔は俺にとってはすでに凶器ですっ!

…などと言えるはずもなく、かと言って言葉の出ない義勇の態度をどう取ったのか、錆兎は

「そう睨むなよ。しかたないだろう?
未来の嫁候補が体調崩して寝込んでるとか聞いたら飛んでくるしかあるまい?」
と、苦笑した。

あああああ~!!!!!!!
もうどうして諦めなきゃとか思うはしから、そう諦められなくなることを言うんだ、この人はっ!!

もうぎりぎりだった。

「俺じゃなくても…食べて欲しいって言われたら弁当受け取るんでしょう?!」

ああ、ホントもう終わりだ。
みっともない。
彼女とか嫁とかそんな諸々以前に、普通の人間としてみっともない。
そうは思うものの涙も言葉も止まらない。

「なんでそんな特別とか勘違いするような優しい態度とるんですかっ!
俺は悪くないですっ!
錆兎先輩が全部悪いっ!!!」

叫ぶように義勇がそう言い切ると、錆兎はぽか~んと口を開けて呆けた。

ああ…呆れられた…。死にたい……。

そう義勇が思った瞬間……

「お前、もしかしてそれかっ?!!!」
あろうことか、錆兎は思い切り吹き出したではないか。

「何も笑うことっ……」

憤りの言葉を述べようと思った義勇の言葉は、グイっと頭を錆兎の胸元に抱え込まれた事によって中断させられた。

「ああ、もう、お前可愛すぎだろう!!なんだ、それはっ!!!」
笑いながらもグリグリとまた頭を乱暴に撫で回される。

「ふざけてないで下さいっ!」

その体温にほだされそうになって、義勇はハッと我に帰ると、グイ~っと錆兎を両手で押しのける。

義勇よりはかなり力が強いはずの錆兎は、それでも押しのけられてくれた。
そして、少し身体を離して、今度は両手で義勇の頭を固定して、視線を合わせる。

「他の奴にも弁当もらうのは嫌か?」

にこりと…しかしどこか真剣な眼差しで問う錆兎から思わず目を逸らしたくなったが、もうこれがこんな接触の最後かもしれないと言う気持ちが、かろうじてそれを抑えて、錆兎を正面から見返す気力を絞り出した。

「……嫌…です」

その返答に錆兎は苦笑する。

「そういう事を言うと、お前の言葉ではないが、特別な感情を持ってるように勘違いされるぞ?」
「…勘違いじゃ…ありません」

どうせ失恋するならちゃんと告白して振られて泣いてやるっ…と、半ばやけになって義勇がいうと、錆兎の顔からスッと笑みが消えた。

「あのな、俺の言う特別っていうのは、身体を触りたい、キスもしたい、その先だってしたくなる、そういう特別だ。わかって言っているのか?」

当たり前だ。
自分は貪欲なのだ。

わかってないのは錆兎の方だ。

義勇はガシっと錆兎の剣道着の首元を掴んで身を乗り出した。
そしてそのまま呆然としている錆兎の唇に自らの唇を押し当てる。

色気も何もない、ただ唇と唇を押し当てるだけのファーストキス。

相手の錆兎も呆然としている。

「…この前の交通安全のポスター…佳作に入賞したんです」
「ああ?」

唐突に言われた言葉に錆兎は首をかしげる。

「そのご褒美に…強奪したいくらい、俺はずっとこうしたかったんですが?」

もう何かが吹っ切れた義勇の言葉に錆兎は

「お前はぁ……」

と言ったきり絶句してうつむいた。
ふわふわの宍色の髪の間からちらりと覗く耳が真っ赤だ。

勝ったっ!と、何に勝ったのかもわからないがそう思ってドヤ顔になる義勇を、今度は錆兎がグイッと引き寄せた。

「お前は…ここがベッドの上だとわかってやっているんだろうな?当然」
ニヤリと凶悪顔になる錆兎に、義勇はハッとして顔をひきつらせる。

「い、いえ…だって…だって…学校ですし…」
「誰もいない…放課後のな?」

いやいや、したくないかと言えばそうでもないが、まだそこまでの覚悟は…とワタワタする義勇に、錆兎はクスっと笑った。

「冗談だっ!いくら俺でもいきなり襲ったりするわけがないだろう!
でもお前も本当に後先考えて行動しろ。
本気で襲われかねないぞ?
本当に…本当に危なっかしいな」

いつもの錆兎の態度に義勇はホッと緊張を解く。

「ついでにそそっかしい嫁さんの誤解を解いておくか。
佐倉の事言っているなら、確かに今日弁当を受け取ったが…あれは単に味見して欲しいということで頼まれただけだ。
なんだか弁当を渡したい相手がいて、でも昨今の男が好む味というのがわからないんだと。
味の好みなんて人それぞれだって言ったんだけどな?
それでも良いから食って感想聞かせてくれって言われて一通り食ってみて、アドバイスしただけだ。
俺に弁当作りたいって言われたら断ってたぞ?」

「…ホント…ですか?」
「ああ。こんな事で嘘ついてどうするんだ」

自信満々に答える錆兎。

――でも…佐倉先輩のそれって…絶対に口実だと思います。あの人、錆兎先輩を見る目が他とは違うし…。

義勇とて伊達に錆兎を追い続けてはいない。
同様の感情を持っている相手はなんとなくわかる。

それでも…この勝負だけは負けるわけにはいかない。

「じゃあ…これからは錆兎先輩の嫁は俺だけって事でいいですね?」

言質を取ってしまおう。
そう思っていうと、錆兎は

「ああ、構わないぞ。だが俺も浮気とかは許さん人間だからな?」
と、笑う。

しかしその後さらに

「ま、でも大事にはしてやる。
とりあえず今日は家来い。
実は昨日の朝礼でお前のポスターが入賞したのは聞いていたし、自宅で祝うんだろうなと思いつつ、それでも帰りに少しくらいなら俺の所へ寄れないかと思って、ケーキを焼いてあるんだ。
一人なら今日一緒に祝おう」
と、ほら、これが証拠、と、自分の携帯に取ったケーキを見せてくれる。

市販のケーキとは違って小さくてささやかではあるが、他の誰でもない、義勇1人のためだけに焼いてくれた可愛らしいケーキだ。

「どうせならもう帰るか。
たまにはサボりもいいだろう。
俺は着替えて先生に義勇を送っていく旨を伝えてくるから帰り支度をしておけ」

そう言って義勇の返事も聞かずに錆兎は保健室を後にする。

残された義勇は…驚くほど的確に義勇にとっての幸せを運んできてくれる錆兎に感動しながら、さきほどとは違う意味で涙をこぼした。





入賞おめでとう!義勇。

さきほどは強奪されたからな?ちゃんと俺からも贈ってやる。

その後二人で帰った鱗滝邸でそう低く囁かれたあとに贈られた口付けは、義勇がもらったことのある贈り物の中で一番素晴らしいものであった事は言うまでもない。



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