まいった…
自分は単に親切心だったのだが、とんでもなく余計な事をしてしまったんじゃないだろうか…
ということでいつもよりは帰りが早い。
だが、不死川実弥は他のクラスメートのように連れ立って遊んだりすることなく、ただ寮の部屋で一人で過ごしている。
元々顔の傷と粗暴な口調で避けられがちだったのだが、例の事件で怪しいんじゃないかと噂をたてられたのをきっかけに近づいてくる人間も完全にいなくなったので、学校での拘束時間が短い日であったとしても、それはすなわち部屋で過ごす時間が長くなるというだけのことなのである。
まあそれはいい。
元々同室だった同級生は、どうしても不死川と同室は怖くて無理だと学校に訴えて、面倒になった学校側は部屋の移動を認めて人数の関係上たまたま一人だった3年生と同室になったので、現在、不死川は実質1人部屋で、気を遣う相手もいない。
なので時間がある時は勉強をしつつ、スマホで3年ほど前に自宅の火事で亡くなった家族が生きていた頃の写真を眺めて過ごす。
こうして失くしてみて、何故動画を撮っておかなかったのだろうと思った。
人は故人の声から忘れていくというが、それは昔は写真はあっても映像は特別な人間しか残せなかったため、姿は写真で確認できても、声は再度聞く手段がなかったからだろう。
動画を見て故人を偲ぶことができるなら、声から忘れていくという事はないんじゃないだろうか…
実際不死川もそうで、あれだけ可愛がっていた弟妹達の声がもう思い出せない。
声が聞きたい…と切実に思う。
唯一生き残ったすぐ下の弟さえも会えないままなので、声の記憶が薄れている。
彼は不死川とは別の親戚に引き取られたのだが、会いに行ってみたら孤児院に入れたと言われ、その孤児院に行ってみたら、今度は子のない家に引き取られて行ったので、養父母が嫌がるだろうからと、連絡先は教えてもらえなかった。
だから当時買ってもらったばかりのスマホで撮った兄弟たちの写真が、不死川に残った唯一の家族の思い出だ。
すぐ下の弟が玄弥、その下に年子で妹が2人続いて寿美と貞子。
その下が弟の弘、妹のこと、そして末っ子が就也。
火事の時には不死川が14、玄弥が13。
妹二人が10と9。弘が6歳で小学校に入ったばかり。
その下の妹は5歳。
末っ子の就也はまだ2歳だった。
父は亡くなっていて、母が当時実に運が悪いことに足を骨折していて、実弥と玄弥はそんな母に代わって学校帰りに買い物をしていた。
戻ると家が火の海で、あまり裕福とは言えない人間が集まるごみごみと狭い場所だったのと、駐車料金を惜しむ多数の人間が路駐していた車で消防車が通れず、近所の人が止めるのも聞かずに家に飛び込む玄弥を追って不死川も中に飛び込んでいく。
そして2階への狭い階段をかけあがると、火の中で倒れている母を囲むように倒れている兄弟たち。
息を確認するなどということも思いつかず、とりあえず不死川が一番下の弟を上着で自分の胸元にしばりつけて両腕に妹達を、玄弥が下の弟妹を抱えて、窓を割って近所の人に下に何か布団でも敷いてクッションを作ってくれと頼み込んだ。
窓を割った拍子に顔に痛みが走ったが、自分の状態など確認している暇はない。
覚えているのは、玄弥が、母ちゃんは?!兄ちゃん、母ちゃんをみすてるのかっ!!と叫ぶのに、とりあえず体が小さくて抱えられる弟妹が先だっ!母ちゃんはあとで兄ちゃんが助けるからっ!と答えたことくらいだ。
そうして近所の人たちが下に布団を敷いてくれたのを確認して、自分が妹達の下になるように気を付けながら飛び降りる。
しかし少女や幼児と言ってもそれなりに重さはあって、布団に打ち付けられた体は衝撃で痛むというより息がつまって、不死川はそのまま意識を失った。
そうして彼が意識を取り戻して知ったのは、玄弥以外の5人の幼い弟妹はおそらく助け出された時にはもう死んでいたということ。
そして、唯一生きていた玄弥には、母を助けに戻らなかったことを責められた。
玄弥もあまりに急な家族の死に動揺していたのだろう。
それぞれ別の親戚に引き取られることになった時にはもう落ち着いていて、謝罪された。
が、不死川自身、母親は大人だったので子どもである弟や妹よりは生命力が強いだろうし、あの時全員の呼吸などを確認して、先に助けていたら助かったんじゃないだろうか…という気持ちを捨てきれなかった。
そうしてせめて唯一生き残った玄弥にはいつか約束をしたのに母親を見殺しにした償いをと思ったわけなのだが、すでに行方がわからない。
それでも立派な人間になって稼げるだけ稼いで、いつか玄弥に再会して謝罪をして償いをするというのが、不死川の今の生きがいだった。
不死川を引き取った親戚は孤児の面倒を見るのも一緒に暮らすのも嫌という人たちだったが、小金持ちだったので、この全寮制の学校に放り込んでもらえたのは幸いだったと思う。
ここで必死に勉強して学歴をつけて良い職について金を稼げば、玄弥を見つけ出すこともできるかもしれない。
だから正直、他の人間に避けられようと、3年間ずっと一人だろうと構わなかった。
おかしな噂をたてられようと、勉強が出来て良い成績をキープできるなら問題ない。
誤解を解かなければならないような相手もいないのだから気楽なものだ。
と、日々スマホの家族写真を眺めながら勉強に励む日々だった…はずなのだが……
ある日転入生が入ってきた。
どこかおどおどと鈍くさそうな様子は、なんだか年の離れた上の姉二人についていけなくていつも泣きべそをかいていた一番下の妹を思い起こさせる。
そんなのがこの学校にあったのかと、その転入生の紹介で初めて知ったのだが、どうやら美術のコンクールか何かに入賞した、芸術系の特待生だということだったが、とどのつまりは普通に転入試験に受かる学力はないということなのだろう。
どこか授業についてきてないなという感じがところどころに見て取れて、なんだか気になってしまった。
授業は真面目に受けていて、一生懸命ノートを取っていて…おそらく手が遅いのか板書されたものを書き終わらないうちに教師に先に進むために消してしまわれて、泣きそうになって俯いている。
なまじ親兄弟を失くしてから他の人間関係を作っていなかった不死川の目には、それが
──お姉ちゃん、お姉ちゃん、おいてかないでっ
と姉二人を必死に追いかける末の妹のことにしか見えなくなってきた。
それでも自分は周りから事件に実は関わっているんじゃないかと疑われている身なので、下手に手を出したらかえって相手の立場を悪くする。
そう思って、不死川は必死に転入生のことは見てみないふりを続けていた。
しかしそんなある日、見過ごせない事件が起こったのである。
科学の授業のあと、転入生が科学の教師に呼び出されて科学準備室に行くことになった。
それ自体は普通ならとくに問題があるものでもない。
だが、相手がよろしくない。
非常によろしくない。
科学の教師の長谷川は、気に入った生徒を呼び出してはセクハラを繰り返していると噂の問題教師なのだ。
さすがにこれを見過ごすことはできない。
可愛いことが男の毒牙にかかったら…と、そんな想像をすると居てもたってもいられずに、不死川はおせっかいを承知で科学準備室に転入生、冨岡義勇を救出に行った。
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