学園警察S&G_10_不死川実弥

「冨岡…このあと少し時間が取れるか?」

4時限目の授業は科学だった。
その授業が終わるチャイムがなると同時くらいに、そう科学の教師に声をかけられた。

義勇は一応それほど成績も悪い方ではなかったのだが、この学校の授業は進学校だけにかなり高度で難しい。

毎日錆兎が翌日の授業で教わる部分をあらかじめ教えてくれているのだが、そうやってマンツーマンで先取りで勉強を教わっていても、ついて行くのがやっとだ。

一応美術系での推薦入学となっているため、勉強に関して少々出来なくても疑われるわけではないのだけれど…と、義勇は内心ため息をつく。

そう、出来ない前提ではあるものの、教師的には出来ないまま卒業させるというわけにもいかないのだろうな…と思うと、昼休みまで出来の悪い学生を気にかけなければならない先生に対して申し訳なさで居たたまれない。

他の学園警察のスタッフは、こういう進学校に放り込まれても問題ないように、皆、勉強もたいそうできるらしい。

だが義勇の場合はこれまで内勤だったため、裏教育委員会に所属している高校で普通程度の教育は受けさせてもらったが、学園警察のメンバーのように進学校にも対応できるほどでは当然なく、勉強についていけなくてこのざまだ。

今回は間に合わないにしても、今後も錆兎と一緒に活動しようと思うなら、もっと勉強が必要である。
浮かれてばかりいるわけにはいかない。

というわけで、前の学校の授業の進み具合を確認したいからという言葉は、イコール、授業についてきていない義勇は前の学校でそこまで進んでなかったのだろうと思っているのであろう。
義勇は教師に言われるまま科学準備室へとついて行った。

途中の廊下ですれ違った一人の男子生徒。
顔の真ん中を横断するように大きな傷痕があるのが、なんだか印象に残った。

普通ならその傷を怖いと思ったのだろうが、錆兎のことがあるので義勇は当たり前に
(…誰かをかばってついたのだろうか…)
などと想像して通り過ぎる。


その後、科学準備室に着くと、まず教師は義勇を奥にうながした。
そして勧められるまま椅子に座った義勇の斜め後方に立った教師は、この学校は勉強が出来るか否かがものを言うから…と言いつつ、最初に言った通り前の学校の授業について聞くのはいいが、やたらと髪やら耳やら肩やらを触ってくる。

正直気持ち悪かった。
確かに義勇自身も他人に対してのパーソナルスペースが広い方ではあるが、いつも一緒の錆兎ですらここまで距離が近くない。

一体何なんだろう…と不快に思いつつも相手が教師なので指摘も出来ず黙っていると、一通り授業の事について話し終わる。

それにホッとして
「昼が終わってしまうので…」
と、義勇が立ち上がりかけると、グイっと腕を掴まれて後ろから抱き寄せられた。

え?え?え??

わけがわからず、でも驚きすぎて声も出ずにいると、いきなりガラっとドアが開き、教師は突き飛ばすように義勇を解放した。

「あ~、先生すまねえなァ、今日俺そいつとメシ食う約束してるんすけど、もういっすか?」
ムスっと口を尖らせてそう言ったのは、さきほどすれ違った大きな傷痕のあの男子生徒だ。

「ああ、そりゃ悪かったね。行っていいよ、冨岡」
教師は動揺もそのままに、義勇をドアのほうへと促した。

「じゃ、行こうぜェ」
と、男子生徒は呆然と立ちすくむ義勇の腕をグイっと掴んで部屋の外へと出すと、ピシャン!と科学準備室のドアを閉めた。

「あ、あの……?」
「あ~…余計なお世話だったかァ?あいつにベタベタ触られたりとかしなかったかァ?」
さっきすれ違っただけで面識のない相手に戸惑う義勇にその男子生徒は食堂方向に歩きつつそう聞いてくる。

もしかして…助けてくれたのか……。

ふらりと力が抜ける義勇を、さきほど掴んでいた腕の辺りをまた掴んで支えてくれた。

「あ~、普通んな事に免疫ねえもんなァ。
大丈夫かァ?そのあたりの階段なら滅多に人もこねえし、ちっと休むか?
なんなら俺のパン半分わけてやるわ」

苦笑すると怖い印象を与える顔立ちが急に優しい感じになる。
悪いと思う気も起こさせないほどのさりげなさで、強がる気も起こさせないくらい気負いがない彼にうながされるまま、階段を少し上がったところで座り込んだ。

なんとなく…なんとなくだが、姉や錆兎と同様に、他の人間の面倒を見慣れている人種な気がする。

「このあたりの階段は俺の特等席なんだぜェ」
と、男子生徒は手にした袋の中からパンを二つ取り出して、一つを義勇に渡してくれた。

「俺は不死川実弥。お前は?転校生」
「義勇…。冨岡義勇」

これが不死川と義勇の出会いだった。

こうして二人してパンを齧りながら、不死川はこの学校のことについて色々教えてくれた。
先ほどの科学教師が実は少年好きで、この学校は成績が全て物を言うということで教師に逆らいにくいのをいい事に、気に入った生徒がいると科学準備室に連れ込んでいたずらをすることがあるらしいということも…。

そして最後に学園祭の事件について少し触れて、その後、
「俺な、なんだかその事件の真犯人っつ~ことになってるらしいからよォ、俺と会った事は内緒な?
たぶん色々言われっから、校内であっても知らん振りしとけよ?
今回は非常事態だったけど、もし怖いなら助けてもらったとか考えずに距離取っても構わねえしよォ」
と、困ったように笑う不死川に、義勇はブンブン首を横に振った。

「ううん。不死川は悪い奴じゃない。
助けてくれたのもあるけど…そうじゃなくても俺にはわかる」

と、義勇がガシっと不死川の袖口を掴んで宣言すると、不死川は
「お前も変わったやつだよなァ」
と、少し泣きそうな顔で笑った。


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