――毒物が混入されていたのは、被害者の紙コップ…
物理的に毒が混入できた可能性があるのは、ジュースと氷と紙コップか…。
色々が落ち着いたところで、錆兎は煎茶の湯呑みを片手に改めて分厚い資料に目を通しつつ、そう、つぶやく。
目の前には誰よりも大切に思っていた少年。
今回の仕事のパートナーが彼な時点で失敗は出来ない。
義勇の目的がこの事件の解決とかそういうことではなかったことが分かった時点で、極力義勇を巻き込まないよう、速やかに問題を解決しようと、錆兎は思っていた。
もうすぐクリスマスという事もあって街はそれなりに賑わいを見せ、子どもは貰えるであろうプレゼントに浮かれ、親はそのプレゼントに頭を悩ませる。
カップルならば互いに予定をあわせ甘い夜をすごすのであろうし、気の置けない友人がいるのなら、『リア充爆発しろ』などと叫びながら馬鹿騒ぎをするため、会場や飲み物食べ物の検討に走るだろう、そんな季節。
しかし錆兎はそのどれにも当てはまらなかった。
主に事件を解決するために学校に潜入するという仕事の関係上、人当たりは悪くはなかったし、容姿もまあいい方で、様々な学力の学校に馴染まなければならないので勉強も進学校に入っても全く問題がないレベルでできる。
もちろんトラブルは口で解決できるものなどほとんどなく、下手をすればプロを相手に押し勝たなければならないので、運動神経が学生のレベルをはるかに超えて特殊部隊並みなのは言うまでもない。
だからモテないというわけではないのだが、相手が自分に愛情を持つからと言って自分も相手に同じ感情を持つかというと、そういうわけでもない。
錆兎がクリスマスを一緒に過ごしたいほどの感情を持っている相手は、残念ながら錆兎のことを嫌っている。
だから周りの幸せな人間を羨ましく思う間もないように、クリスマス前は仕事をいれたいとは思っていた。
そこで舞い込んできたのはその大切な相手の護衛という幸せなんだか不幸せなんだか悩んでしまうような仕事だった。
何故義勇が現場に送られるのかわからないが、上層部は最初の約束通り、現場に出る義勇の護衛役として錆兎を配属してくれたらしい。
義勇は錆兎を視界にいれるのも嫌かもしれない。
そんな風に嫌われているのを実感するのはとても辛い。
だけど、ずっと想っていた相手と会えるのは嬉しい。
そんな浮かれつつも辛い気持ちを抱えて、錆兎は少しでも相手の気持ちが和らいで自分に対する悪感情が薄らぐようにと、2年前に一緒に過ごした頃を思い出して、彼が好きそうな諸々を用意する。
内気で同世代の同性の友人がほぼいなかった少年は、その分、年の離れた姉と仲良しで、その姉の趣味を反映してか、しばしば少女のような物を好む傾向があった。
可愛いグッズ、甘いお菓子やお茶。
錆兎自身にはそういう趣味はなかったが、仕事がら情報は常に集めている。
少しオシャレなお嬢さんたちの間で人気のキャンディスとかはどうだろうか…。
普通の紅茶に入れてもいいが、フルーツ系の香りのお茶にフルーツ系のキャンディスの組み合わせとか、義勇の好みな気がする。
そうなるとティーカップもピンク系の可愛らしいものが似合いな気がするので、丸みを帯びた可愛らしいラインのヘレンドのウィーンの薔薇あたりが良いだろう。
茶菓子はやはり丸く可愛らしいリンドールのチョコレートがいい。
もう事件の資料をそっちのけで、義勇への贈り物を漁る。
2年ぶりの再会だ。
最後に向けられた嫌悪の視線を思えば自分には会いたくないだろうとずっと事務方のスタッフに義勇の様子を聞いたりフォローを頼んだりはしていても、直接会うことは避けてきたので、本当に緊張もするし怖いし…だけど会えて嬉しいし…と、様々な気持ちがぐるぐると回った。
が、当日、ふたを開けてみれば、嫌われていると思い込んでいたのはお互い様で、実は相手は錆兎を嫌っていないどころか、錆兎と会いたいがために、事務方として平穏に過ごしてきたのにわざわざ危険な現場に志願したというのだ。
それは相手の身を危険に晒させてしまっているということなのだから、喜んではいけない。
理性ではそれを理解しているのだが、感情が抑えられない。
嬉しい…どう取り繕っても嬉しいという感情が溢れ出てしまう。
今も目の前で可愛らしいティーカップからコクコクとクランベリーのキャンディス入りのピーチティを堪能する義勇の愛らしさに、ああ、生きていて良かった…と、錆兎は大げさではなく、本当に心からそう思った。
今日は丁度、土日、開校記念日と続く3連休中で、かなりの寮生が帰宅中だったので、ゆっくりと状況把握に勤しめる。
そう、義勇がターゲットにならず、そして自身が義勇に嫌われるということもないという時点で、錆兎には何も怖いことなどないし、不可能なものもない。
義勇が怒っていなかった。
まだ自分に好意を持ってくれていた。
そして…目の前でご機嫌でチョコを齧りながらお茶を飲んでいる。
そんなこれ以上なく心地よく仕事に没頭できそうな環境で、錆兎は改めて落ち着いて資料を再確認すべく取り出した。
そしてとりあえず、と、事件の概要について書かれた資料の最初のページをめくる。
ジュースは普通にコンビニで購入した2ℓのペットボトルから注がれ、氷は寮の食堂の冷蔵庫で作られたもの、紙コップも普通にジュースと共にコンビニで購入されたものだった。
被害者は容疑者から渡されたジュースを飲んで死亡している。
残ったジュースからも氷からも紙コップからも毒は検出されなかった。
さらに同じペットボトルから注いだジュースと同じ製氷皿から作った氷で同じところから取った紙コップで飲んだ人間は生きている。
そういう状況で、被害者の飲んだ紙コップからのみ毒が検出されたため、容疑者が個人的に被害者のコップに毒を混入させたという事になった。
(これだけだと確かに疑う余地がないんだが……)
ただ感情的な部分で寄せられた投書を、数多くのトラブルを解決してきた産屋敷委員長が取り上げるとは考えられない。
何か明確にこれというものはないが、漠然と引っかかる点を感じたからこそ、調べることにしたのだろう。
産屋敷委員長の直観力は常人には計り知れぬほど鋭く、特筆すべきところがある。
だからこれもきっと何か裏があるはずだ……。
…きっと何かが……
錆兎が片手をあごに当てながら片手に持った資料をじっと凝視していると感じる視線。
「ん?どうした?」
と錆兎が資料から視線を離して顔をあげると、義勇がぽろぽろと涙を零すので、
「すまんっ!
別にお前を無視していたとかではなくて…っ」
と、書類を放り出して義勇にかけよると、義勇はふるふると首を横に振って、違う…と言う。
「…っ…さっ…さびとがっ……かっこよくてっ…それを見てられてっ…幸せだなって…」
おい…泣きながら言う言葉がそれかぁ……
と、義勇の言葉にがっくりとその場にしゃがみ込む錆兎。
その頭から降ってくる言葉は
「…そうやって呆れる錆兎もかっこいい……」
で、錆兎はますます全身から力が抜けていった。
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