学園警察S&G_04_感涙

こうして初めて義勇が飛び込んだ現場は、2人の学生が死んでいる学校だった。

1人が毒物死。
そして犯人と思われる人間も同じ毒を摂取しての自死だということで事件は解決したとされていたが、そこでそれが冤罪だという訴えがあったらしい。

だが、再調査をしようにも、学校という場所は大抵は不祥事を嫌い、そういう捜査に協力的とは言い難く、また、警察が踏み込むのも難しい。

そういう理由で、極力学校経営に影響を与えないために秘密裏に事実解明に乗り出すために、裏教育委員会の現場チームである学園警察から季節外れの転入生ということで学校の経営陣の協力の元、潜入することになったのだ。


まあ、そのような裏事情も義勇にはあまり関係ない。
というか、短い期間の研修のみで現場に放り込んでもらっているので、今回は役に立つことは大して求められてはいない。

とりあえず現場に慣れるための研修のようなもので、実際の任務はパートナーの方がこなすからと言われていた。

義勇に求められているのは疑われないこと情報を漏らさないこと、その2点のみ。
要は目立たず普通に転校生をしていろということである。


義勇的にはその、実務をこなすパートナーが誰かというところが大きいのだが、これも機密事項を扱う組織のルールとして、事前には教えてもらえないらしい。

義勇的にはパートナーが錆兎かどうかは半々くらいの確率だと思っている。

錆兎だといいな…と感情では思い、しかし自分が経験を積んでもう少し役に立つようになって足手まといじゃなくなってからの方が錆兎に迷惑をかけないかもしれない…と理性では思う。

パートナーより一足先に寮に落ち着いてドキドキしながら相手を待つ。
相手が錆兎だったら何から話そう。

2年前もあり得ないレベルでカッコよかったが、今はさらにカッコよくなっているだろうか…
2年もあのカッコいい顔を見ていないので、あまりにカッコよくなりすぎていたら、自分は心臓麻痺を起こしてしまうんじゃないだろうか…と、義勇は真剣に自分の心臓の強度を心配した。

頑張れ、頑張れ、俺の心臓!!

寮の部屋の最奥にならぶライティングデスクの椅子に腰を掛けながら、義勇は右手で左胸を押えつつ時計を眺める。


そしてそのまま1時間経った頃、寮の部屋のドアがノックされた。

ああ、いよいよだっ!!
と、緊張しながら、──どうぞ…と、ドアに向かって声をかけるが、一向にドアが開く音がしない。


きこえなかった…のか?

それならいいが、もしドアの向こうにいるのが錆兎で、返ってきた声が義勇の声だとわかってそれが嫌で引き返してしまっていたら……

そう思うと、すでに泣きそうだった。


しかし本当に緊張して声が出なかったので聞こえなかったのかもしれないと、もう一度、──どうぞ?とドアに向かって声をかけると、

──失礼する。
と、記憶の中そのままのイケボが返って来て、義勇の心臓は一気に早鐘を打った。

ダメだ、ダメだ、ショック死するっ!!
もう身動きが出来ない。
椅子に体が張り付いたまま、義勇は唯一動く視線をドアに続く廊下に向けた。

廊下に浮かび上がるふわりと長めの宍色の髪。
同色のキリリと太い男らしい眉の下には、藤色の瞳が強い意志を感じる光を放っている。

ああ、顔が良いっ!!
義勇は心の中で絶叫した。


精悍と言う言葉も、美丈夫という言葉も、錆兎のために存在するのだと義勇は断言できる。
こんなにカッコイイ男は世界中探したって居やしない。

そして、容姿がここまでありえないレベルでカッコいいのに、頭も良くて身体能力も高くて、性格まで良いのだから、天は二物を与えないなんて言葉は嘘だと思う。

しかしそんな風に感動のあまり声も出せずにいる義勇の前で、彼は椅子に座る義勇に気づいて足をとめ、そのまま無言で綺麗な形の宍色の眉を寄せた。

それで義勇は一気に現実に引き戻される。

──義勇、久しぶりだな。
と、以前なら笑顔と共にそんな言葉が返ってきたのであろう。

しかし言葉もなく難しい顔で目の前に立たれたことで、錆兎はやはり怒っていたのだ、義勇とはもう関わりたくないと思われていたのだ…と、悟ってしまった。

そう、事務方の義勇の方からはあちこちに配属される錆兎に連絡が取れなくとも、義勇の方はひとところにいるのだから、錆兎の側はその気になればいくらでも義勇に連絡を取ることは可能だったはずである。

それが2年間も電話の一本もなかったということは、すなわちそういう事なのだろう。

そう思ったらもう胸が痛くて痛くて、涙があふれて止まらない。

それでも今回組織に無理を言って現場に放り込んでもらったのだから、目的は果たさなくてはならない。

──ごめんっ!ごめんなざい~~~!!!!
と、泣きながら謝って…それでもそのまま距離を取られるのが辛すぎて、そんなことを言う権利はないとわかっていたはずなのに、ついつい
──やだぁっ…嫌わないで、嫌っちゃやだっ!!
と、錆兎に駈け寄ってしがみついてしまった。


ああ、こんなのさらに嫌がられる…と思うと余計に悲しくなって号泣し続けたのだが、そのまま気を失って夢でも見ているのだろうか…
錆兎の手が背に回されて、トン、トン、と背を軽く叩いて宥めてくれているように感じる。


そしてそれと共に降ってくる言葉は

「あ~…泣くな。泣かないでくれ。
俺がお前に泣かれると弱いのは、誰よりもお前自身がよく知っているだろう」

という、優しい声音で紡がれるもので、義勇はびっくりしたが、これが夢でないように…と思いつつ、おそるおそる

「……さびと…怒ってない?」
と、錆兎の筋肉質な厚い胸板から顔を離して、その顔を見上げた。


そこにある整った顔には特に怒っているような色はなく、ただ、少し困ったように眉尻をさげて、
「…俺は怒ってはいない…というか、俺は何に対して謝られているんだ?」
と、聞いてくる。


なんと…錆兎は全く怒ってはいなかった。

こんなに綺麗な顔に傷痕を残すようなことをした挙句、命を助けてもらった礼も言わずに八つ当たりすらした、万死に値するような義勇の過去の諸々を、錆兎は全く怒っていなかったのである。

聖人かっ?!
と、義勇はびっくりしたが、錆兎の側はむしろ自分が情報を漏らしたために義勇の人生を変えてしまったと、ずいぶんと気にかけてくれていたらしい。

2年間ずっと連絡をしなかったのは、義勇の方が自分に関わりたくはないだろうと思っていたからで、義勇が健やかに生活できているかは定期的に事務方に連絡をして確認してくれていたとのことだった。

なんてことだっ!
錆兎に会いたいのだと声を大にして叫んでいれば、すぐに会いに来てもらえたのかっ。
2年間も損をしたっ。
と、言えば、錆兎は
「お前が呼んで俺が駆けつけなかったことがあったか?」
と、少し武骨な感じのする硬い指先で、義勇の髪を優しく梳いてくれる。

ああ、2年前に一緒に居た時にはそうだったのだが…
錆兎は義勇が呼べば、他の誰と何をしていようと義勇のそばに来てくれたし、いつだって義勇のことを最優先にしてくれていた。

だからこそ…そんな錆兎に嫌われたのだとしたら悲しすぎて呼べなかったのだが…


──ずっと嫌われてしまったと思ってたから、幸せ過ぎて死んでしまいそうだ…
と安堵の息と共に零れ落ちた言葉に、

──やっとまた近くで会えたのだからやめてくれ。
と、錆兎は困ったように笑った後、

──少しでもお前にまた好かれるためにと思って、色々用意して来たのに…
と、いったん義勇をまた椅子に座らせたあと、自分の荷物から何かを出して、ミニキッチンへ。

そして湯を沸かし、ティーポットとカップ…それにピンクの小瓶を乗せたトレイを片手に戻って来た。


可愛らしい丸みを帯びたカップに注がれるお茶。
ただよう桃の香り。

「こういうの、好きだっただろう?」
と言われて頷けば、ピンクの小瓶を開けて、チリンとなるティースプーンに、付け込んでいるピンクの液体ごと透明な塊を3つカップにいれてかき混ぜる。

「それ…なに?」
と、義勇が聞くと、錆兎は透明な塊が溶けたピーチティらしきものの入ったカップを義勇に渡しながら
「ピーチティにクランベリーのキャンディスを溶かしたんだ。
クランベリーのキャンディスというのはクランベリーソースに付け込んだ氷砂糖な?」
と教えてくれた。

「…っ!!…美味しいっ」
ふわりと香る桃の香りごと琥珀色の液体を口に含めば、甘酸っぱいクランベリー味。

その美味しさに思わず目を見開くと、錆兎は
「それは良かった」
と、優しい笑みをうかべながら、自分は煎茶の粉茶をすする。

記憶の中では錆兎はコーヒーを飲んでいることが多かった気がしたのだが、味の好みが変わったのだろうか…と思って聞くと、

「いや?単にコーヒーは香りが強いからな。
紅茶の匂いを消してしまうだろう?」

という言葉が返って来て、義勇が美味しくお茶を飲めるようにそこまで考えてくれるのか…と、2年前と変わらぬ錆兎の気遣いになんだか泣きそうになってしまった。


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