卒業_オリジナルVerコウ_07

左肩から手にかけて濡れた感触。
一応…怪我の事は知っているのだが、フロウも実際にこれだけの血を見たら怯えるだろうと、寝室に向かってコウは声をかけた。


「女性陣は寝室からでない様に。藤さん、姫よろしく。こちら見せない様に」
「らじゃっ」
即藤の返事が返ってくる。

「コウさん、コウさん、大丈夫ですっ?!」
珍しく少し動揺したようなフロウの声…。

「ああ、大丈夫だから。片付くまでそこいろ」
だんだん目眩がしてくるが、かろうじてそう答えるコウ。

とりあえずきちんと止血だけはしておかなくては…と、それでも判断力は鈍っていない。
若干出血を抑えようとハンカチを強く押しあてる。

「…悪い…ユート、着替えとってくれ…」
と、コウがチェーンをかけて戻って来たユートに言うと、その声に振り向いたユートは少し息を飲んだ。

それでも寝室の方に状況を知らせてはいけないという理性が働いたのか、静かな口調で
「鞄ごと持って来た方がいい?」
と聞いて来る。

今のシャツを裂いて止血して、残りで血を片付けて着替えと思ったが、そう言えば鞄の中には救急キットを持って来ていたか、と、気付くコウ。

「ああ、さんきゅ。そうしてくれ」
コウがうなづくと、ユートはクローゼットからコウの鞄を持ってまたコウの元へ戻った。


ユートが鞄を側に置くと、コウは今着てるシャツを脱いで鞄の中からガーゼを出してそれを傷口に強く押しあて、包帯できつく縛って止血する。
その作業が終わるまで黙ってそれを見守っていた和馬は、作業が終わった時点でようやく疑問を口にした。

「…お前、それどうした?今…じゃないよな?」
まあ…シャツが無事でその下の皮膚に傷があるわけだからもっともな意見だ。
「ああ、昨日の襲撃ん時ちょっとな」
コウが言うと、コウがいつになく緊張していた理由を察したらしい。

なるほど、というように小さく息をついたあと、
「苦戦か?」
と聞いてくる。

それに対してはコウも隠す事でもないので
「ん。辛勝ってやつか…。一歩間違えば負けてたな」
と正直に答えると、鞄の中から出した新しいシャツを身にまとった。


そんな事をしている間に警察到着。
ドアをノックして声をかけてくる赤井の声に心底ホッとして、コウはユートにドアを開ける様に指示した。

「これ…侵入者二人いて、刃物はもちろん一人は銃持ってて二人同時に相手は無理だったんで、こっちの男をとりあえず動けないようにと骨折っちゃったんですけど…正当防衛になりますよね?」

電気がついたところで顔を見て第一声、気になっていた辺りを確認しつつコウが苦笑すると、赤井は青くなった。

「当たり前ですよっ!大丈夫ですかっ?救急車呼びますかっ?!」
との声に大丈夫とは思っていたものの確認を取れてホッとするコウ。
ここまで大変な思いをした挙げ句犯罪歴がつくのは勘弁である。


コウはちょっとホッとして息を吐き出すと、
「…いえ…まだやらないといけない事残ってるので…」
と、だるい体でなんとかシャツを拾い上げ、鞄からビニールを出してその中に放り込んでそのビニールをさらに鞄に放り込むと、ソファに身を投げ出した。
それだけの作業をするだけで息が思い切りあがっている。

「アオイ…藤さんから拳銃受けとってこっちに…」

おそらくあの状態でユートが持っていないという事は拳銃を保管しているのは藤だろう。
が、今藤がこちらに来ると、必然的にフロウも自由の身になってこちらに来てこの惨状を目にする事になる。
ということでコウはアオイにそう指示して拳銃を赤井に渡させた。

赤井はそれを受けとって部下に渡したあと、再度コウに目を向けて青い顔で
「風早財閥相手ですからね…上からも慎重にと言われてますし昨日はご指示通りにしましたが…今日はこちらの指示に従って下さい。
ちゃんと手当しないとさすがに死にますよ?
他の方々は警察の方で責任を持って護衛しますので病院できちんと手当受けて下さい」
と言うと、眉をひそめた。

確かに…さきほどから目が霞んでいる。このままじゃまずいかもしれない…
死ぬのはゴメンだ、とさすがにコウも思い直した。

黒幕は確定し、それを立証できるだけの証拠は集まったが、もう時間も遅い。
黒幕の方は今回の事で自分が黒幕だと割れているとは夢にも思っていないはずだから逃走もないだろうし、真相を語るのはどうせ明日だ。
それまではどうせやる事はない。
という事でやはり病院に行っておく事にする。

でも…一人は寂しいな…とコウは少し思う。
もう子供じゃないんだからとは思うものの、寂しい。
”姫…一緒に来てくれないかなぁ…”などと思うものの、何故か自らは言い出せない気弱な自分がいる。
もしフロウが付いて来てくれるなら…死なないならもう一戦くらいしてもいいくらい来て欲しいのだが…。

救急車が来たということでドアに向かうコウ。
フロウは寝室で何かしている。
”見送りもなしか…”と、溜め息。

「じゃ、また明日な」
と声をかけると、トテテテテと、小さな手提げを手にフロウが走ってきた。

コウは自分に並ぶフロウを見下ろすと、
「それなんだ?」
と手提げを指差す。
それに対してフロウは当たり前に答える。
「洗面用具です♪」
「…誰の?」
「私とコウさんの♪」
「……病院に付いて来てくれるのか」
「だって一人じゃ寂しいでしょう?」
本当に当たり前のようにニッコリ見上げるフロウの言葉にコウは不覚にも泣きそうになった。

「うん…寂しい…」
「じゃ、行きましょう♪」
もうメロメロだ…。

コウがどうしようもなく孤独を感じる時それを癒してくれるのはいつでもフロウだ。
悲しい時、つらい時、不安な時、コウの中にそんなマイナス感情が満たされた時に必ずと言って良いほど側にきてくれる。
自分が生きて行く上で絶対に必要なもの、それはこの最愛の彼女だけだとコウはしみじみ思った。


怪我は結構深手だったらしい。
数針縫われた。

よくこの怪我で立ち回りなど演じたものだと医者には呆れられ、数日は入院して安静にしてろと言われたが拒否。
明日だけは外せないと断固主張すると、医者も諦めて用事がすんだら即入院という事で手を打つ事になった。

風早老の手配だったので部屋は特別室。
付き添いにもちゃんとベッドが用意されている。

ホテルの部屋のように豪華だが、それでも一人で放り込まれたらかなり滅入っただろう。
楽しげに鼻歌を歌いながら物珍しげに広い特別室の中を見て回っているフロウがそこにいるから、なんとなくその豪華さを楽しめる。

怪我をして放り込まれた病院なんてどう考えても楽しくない場所でも彼女は楽しい夢と幸せをふりまいている。
彼女がいればどこにいても幸せ空間だ。

そのフロウはさっきまで眠っていたため目が冴えているらしく付き添い用のベッドで飛び跳ねながら可愛らしい声でおしゃべりを続けている。
疲れた心と体に染み渡る心地良い響き…。
そんな小鳥のさえずりのような声を聞きながら、コウはいつのまにか眠りに落ちていった。

朝…食事も風早財閥の特別仕様らしい。
点滴は食事前に外してもらって着替えをすませてすっきりした所でフロウと共にその美味しい朝食を頂く。
昨日までが嘘の様な穏やかにして優雅な朝だ。
何より朝に目が覚めたらフロウがいて、そのフロウと二人きりの朝食というのが一番幸せだと思う。

やがて迎えにくる風早家の使いがそんな時間にピリオドを打つ。
さあ、戦闘開始だ。

荷解きをしないまま藤達の部屋に運び込んでおいた荷物は早朝に風早の方で病院に届けてくれたため、コウはその中から比較的キチンとした服を出すと着替える。
左側が包帯でかなりきつく固定されているため結びにくいネクタイはフロウが結んでくれた。
いつか日常的にこんな風に朝ネクタイを結んでもらう日が来るのだろうかと思うと少し幸せな気分になる。

その後コウとフロウを乗せた車は一路風早本邸に。
一般的な家から比べるとコウの実家の碓井家やフロウの実家の一条家も充分広く豪邸と言える建物だが、風早本邸はもうそういうレベルを超えている。
ホテルくらいの広さはあるのではないだろうか…。

コウがフロウと並んで豪奢な玄関に横付けされた車から出ると、重厚な扉の前に立つドアマンがドアを開ける。
中には初老の執事らしき人間。もちろんきちんと正装している。

「いらっしゃいませ。他のご友人達はすでに部屋でお待ちです」
そう言うとコウ達を中にうながし、先に立って歩き始めた。


広い室内には大きなテーブル。
それを取り囲む様に並んだ椅子にはすでに藤、和馬、ユート、アオイ、風早老、そして見知らぬ中年男性が一人ついている。

これまでの情報から予測してみると、風早老の末っ子の勇三は几帳面な性格には思えない。
とすると、おそらく中年男性は風早老の次男、玲二の方だろうとコウは見当をつける。

一瞬で室内の様子をそんな風にある程度把握すると、コウは上座についている風早老を振り返り、
「おはようございます。お待たせして申し訳ありません」
と、礼をする。

一応約束の時間にはまだ間があり、なにより迎えを寄越したのは風早の方なのでコウの側で時間を調整する事はできなかったわけだが、目上の人間を待たした事には変わりない。

そのコウの言葉に風早老は座を勧めながら
「おはよう。まだ二人きとらんが、とりあえず座りたまえ。ところで傷はどうかね?」
と、気遣いを見せる。

コウは自分の隣の椅子をフロウのために引いてやってフロウが座ると自分も勧められた風早老の隣の椅子につく。

そして
「たいした事ない…と言うと嘘になりますが、今回の話に参加するのに支障が出ない程度ではありますので。お気遣いありがとうございいます」
と、会釈したところで、また部屋のドアが開いた。

入って来たのは中年の女性。
おそらく藤の叔母の芹。
まあ美人と言える顔立ちだが化粧が濃い。
元の顔立ちはおそらく柔和な感じなのだろうが、化粧でくっきりとアイラインを引き、下がり気味の目尻をつりあげるように見せていて、きつい印象を与えている。

何故かはわからない。
が、その化粧は着飾るため…というより、顔立ちを隠すためにしているのではないだろうかとコウは思った。

芹は入ってくると和馬、ついでユート、アオイと順に一瞥。
「なに?庶民の子供に馴染む会?それとも庶民にセレブの生活でも教えてあげるボランティアかしら?」
と、険のある口調で真っ赤に塗った唇の端だけを上げる。

そのトゲのある言葉に玲二が即
「芹、いい加減にしなさい」
とそれをたしなめた。

それにもツンとソッポを向く芹だが、そこで風早老が
「芹、今日お前達を呼び出したのは、親族全員で一度話し合おうと思ったからだ。
理由は…藤と和馬君達が旅行中に3度ほど和馬君が命を狙われると言う事件が起こってな。
うち2回、二人は犯人が捕まっているのだが、両方とも”風早勇三に雇われた”と自供しているらしい。あと勇三がきたら話を始めるから玲二の隣に座っていなさい」
と言うと、さすがに少し顔色を変えて玲二の隣に腰をかけた。

家族中それぞれ仲が良くないと聞いていたが、難しい顔をしつつも冷静に受け止めている様子の玲二と違って、芹は顔には出ていないもののショックはうけているらしい。
瞳の奥に動揺が見られ、組んだ指先が神経質に震えている。

あえてキツい情のない人間のように見せているが、内面は意外に深窓の令嬢らしい細やかな神経の持ち主なのではないだろうか…という印象をコウは受けた。

そしてそれからしばらくしてまたドアが開いた。
入って来たのは当然ながら風早勇三、藤の下の方の叔父だ。

顔立ちは玲二にも似た端正な顔だが、長男から見ると15歳も下の末っ子のせいだろうか、少々落ち着かない子供っぽい印象を受ける。
入ってくると全員をスルーで黙って芹の隣の席に座った。

「全員揃ったな」
そこで風早老が立ち上がって言う。

「今日お前達兄弟と藤、そして藤の友人を呼んだのは他でもない。
藤が友人と旅行中、和馬君が風早勇三に雇われたという人間に命を狙われた事についての真偽を問うためだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ!俺には何の事だかっ!!」
風早老の言葉に勇三が慌てて立ち上がって叫ぶ。
玲二は無言のまま神妙な顔で耳を傾け、芹は何故かコウをじ~っと凝視している。

その視線に気付いたコウが不思議に思って視線を向けると、芹は慌てて視線をそらした。
勇三と玲二の反応は予測通りなのだが、芹だけは少しわからない、と、コウは内心首をかしげる。
そんな中。風早老は勇三に冷ややかな視線を向けると言った。

「勇三、とりあえず座りなさい。
これから碓井正成現警視総監のご子息、碓井頼光君に事情を説明して頂く。
勇三だけではなく玲二も芹も話の腰を折らんように。
言いたい事があれば話が終わってから言いなさい。
いいな?」
ギロリと3人の顔を見渡す風早老。

「はい」
「まあ…そういう事なら…ね」
「俺じゃないからなっ」
と、玲二、芹、勇三、3人がそれぞれ言いつつもうなづいた。

さあ…いよいよだ。
言う事も頭の中でまとまっているし、証拠も集めた。
しかし相手は風早一族である。
万に一つの失敗も許されない。

とりあえず全員聞く体勢が整った所で、コウは軽く目を瞑って息をついたあと、目を開くと視線を隣のフロウに向ける。
その視線に気付いたフロウはコウを見上げた。
そしていつもの気合いを入れてくれる。
「コウさん、今回の事件の真相を究明して黒幕を特定して下さい。出ないと…」
小指をたてた右手を差し出すフロウ。
そしてにっこりといつもの天使の微笑み。
「針千本です♪」
これで大丈夫だ…思考がスッと事件の真相究明に向かって動き出す。

スッと手を差し出してその小指に軽く小指を絡めると、コウはうなづいて即手を放して立ち上がった。


一応相手は大財閥の一族で…かなり年上で地位のある人間だ。
まずは挨拶。
「本日説明役を務めさせて頂きます碓井頼光です。よろしくお願いします」
コウはきちんと姿勢を正して一礼。
3人もそれに対して軽く頭を下げる。

これで儀礼は終わった。

コウは状況説明から始めた。
「今回…藤さんを始めとする、金森、近藤、佐々木、一条、そして俺の6人でスパで有名なリゾートホテル、白鳳ホテルに旅行に行きました。
部屋はダブル、ツイン、そしてシングル二つを取ってあり、本来はそれぞれ俺と一条、近藤と佐々木がそれぞれダブルとツイン、藤さんと金森がシングルを使用する予定でしたが、色々ありまして、結局、近藤と佐々木がダブル、一条と藤さんがツイン、俺と金森がシングルにそれぞれ泊まる事にしました。

そして一日目。
近藤と佐々木はしばらく部屋で話していて、俺と藤さんは二人で競泳、一条と金森はプールサイドで歓談しながら近藤達を待っていたのですが、待っている間、一条がたまたま同じホテルに宿泊中だったらしい高校生時代から一条につきまとっていた3人組に絡まれてそれを金森が救出します。
それと時を同じくして、一人で部屋を出た佐々木は俺の部屋の前でウロウロしている女を発見。
声をかけますが、女はイヤリングの片方を落としたまま逃走。
佐々木はそのイヤリングを拾ってプールにきました。

それから事情があってすぐ全員部屋に戻ったのですが、金森は近藤の部屋を訪ね、自分が着ていたパーカーとサングラスを忘れていきます。
そしてその後、今度は佐々木と二人でスパを回ろうと言う話になった近藤が、ふざけて金森のパーカーとサングラスをかけ、髪をキャップで隠して金森の振りをして遊びながら廊下に出た所を、見知らぬ人間に刺されます。
この件に関しては近藤は金森の服を身につけていたため金森と間違われて刺されたという事が後に判明します。

これは幸い軽傷ですんだのですが、一応傷害事件なので当然ホテル側に連絡を取り、警察が来て、近藤が病院に連れて行かれて手当を受けている間に俺が状況説明をしました。

そしてその時たまたまホテル側の応対に出たのがホテルのオーナーの孫で藤さんとも旧知の仲である皆川諒氏で、藤さんに挨拶をしたいということだったので、そのまま病院にいる近藤をのぞく全員が集まる部屋に案内してしばらく歓談しました。
話の流れで皆川諒氏が藤さんに好意を持っている事が判明。
さらに金森が藤さんと交際中である事にショックを受けられ、皆川氏は以前藤さんが交際を断る理由に女性が好きで男性に興味がないと言っていたのを鵜呑みにしてらした事を告白。
そしてその時に同行者の一人がイヤリングについた整髪料とコロンの匂いが皆川諒氏の物と同一の物であることに気付き、念のため警察に秘密裏に依頼をした結果、イヤリングは皆川諒氏の物である事が判明します。
以上の事から皆川氏は部屋を個人的に替わった事を知らず、藤さんの部屋と思って俺の部屋に藤さんが好きだと思っていた”女性の格好で”訪ねてらしたものと推測でき、後ほど事実である事が本人から確認取れています。

その夜…例によって俺の部屋が藤さんの部屋だと思っている皆川諒氏が部屋を訪ねて見えます。
氏はそこで初めて俺達が部屋を交換している事を知りました。
氏が帰ったあと、俺が就寝すると俺の部屋に鍵を破壊して何者かが侵入してきました。
相手はナイフを手に明確な殺意を持っていて、それに気付いて飛び起きた俺はしばらく格闘の上負傷しつつもかろうじて相手を捕獲。これを警察に引き渡しました。

翌日二日目。
一条が前日つきまとっていた3人組の一人が不審な男と会話しているのを発見。
これを携帯で動画に収め、この動画からその男が対話相手の男に依頼されて前日の近藤を刺した事件を起こした事、金森の服装を着ていたため金森と間違えて近藤を刺した事も判明します。

その日の午前中、風早総帥に事情をお話し、総帥が取って下さった部屋に移動。
総帥にはさらにホテルまでご足労願い。藤さんが金森を紹介。
近藤達も交えて全員で会食後解散。
そのままホテルの一室に全員集まって過ごし、夜に。
女性は奥の寝室で休んでもらい、男は応接間で見張り。
午後11時18分、不審な気配がして施錠していたドアの鍵が不審者の持参した銃で破壊され、2名の侵入者がありました。一人は身柄を確保。一人は逃走。

警察を呼び、俺は応急処置をしていた前日の傷が開いてその後病院へ搬送。一条はその付き添い。
他の4名はそのまま警察に護衛された状態でホテル内待機。
翌日、風早総帥の手配して下さった車でそれぞれこちらへ集合。
これが旅行初日から二日後の本日までの大まかな事象の流れです」

ここまで一気に話すと、コウは少し疲れたように息をついた。
やはりまだ本調子じゃない。
話すべき事をきちんと整理して聞きやすい音量で話す、それだけの事で少し息が切れる。

「顔色悪いけど…少し休んだ方がいいんじゃない?」
それに気付いて何故か芹が言う。

やはり最初の印象の通り、本来は柔らかな女性らしい性格の人物なのだろう。
一生懸命に気の強い女を装っていても節々に出るその深窓のお嬢さんらしい優しさが、かなり年上の女性に言う言葉でもないが、可愛らしいなとコウは思った。

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
にこやかに返すコウに少し赤くなる芹。

もちろんコウの最愛の彼女もそんなコウの様子に気付いてないはずも無く、少し一息いれられるようにと、テーブルの上の紅茶のカップをコウに差し出す。

コウは
「さんきゅ、姫」
と、それを一口飲んで一息入れると、気を取り直した様に続けた。

「これまでお話したように具体的に暴力行為があったのは、一日目の夕方に近藤が刺された時、同じく一日目の深夜に俺の部屋に侵入者があった時、そして昨夜の二人の侵入者があった時で、うち最初の事件の依頼主と最後の侵入者の一人以外は身柄を確保してます。

近藤を刺した相手については警察の方で身元調査を行った結果、実行犯は都内の大学生。
これは金銭と授受と一条に対する金森の態度から嫉妬の念での犯行で風早とは全く無関係の一般人で実名は挙げても意味がないので省略します。
依頼した方に関しては現在警察の方で捜査中です。
あとの二件はいずれも都内の暴力団組員。
その二件の事件の二人はそれぞれ”風早勇三氏に依頼された”と自供しています」


「じょ、冗談じゃないっ!俺は本当に知らん!!」
そこで当然出る勇三の言葉。
コウの言葉にまた勇三は立ち上がった。

風早老はギロっと勇三を睨むが、コウは彼を安心させるかのように
「はい。犯人の自供が必ずしも真実でない可能性もあるというのはわかってます。
その点についても説明していきますので、申し訳ありませんがもうしばらくご清聴下さい」
と笑顔でうなづいた。

まあ…芹とは別の意味で可愛いと言うか…扱いやすい人物だとは思う。
案の定コウのその言葉で勇三は安心した様にあっさりと椅子に座り直した。

それを確認してコウは続けた。

「ここでまず一点考えたいのは、殺人を依頼した人間ががターゲットにした相手と、実行犯です。
一件目については先ほども申し上げた通り標的は金森和馬です。
これはまあ良いとして、問題は二件目です。
犯人の標的は藤さんで、”藤さんの部屋”だと思って俺が宿泊していた部屋を襲撃し、結果俺と対峙せざる終えなくなっているのです。

もちろん犯人の自供というのもありますが、俺個人は風早家とは縁もゆかりもない人間なので、俺が死んだからといって風早家に何か起こるという事もありませんし、この自供はかなり信憑性が高いと思われます。
それでは犯人の自供が全て正しく、この犯人の依頼主は勇三さんなのでしょうか?
仮にそうと仮定すると我々は大きな矛盾を抱える事になります。

次々起こる事件と前後して登場する皆川諒氏は、風早家の皆さんはご存知かと思いますが、風早勇三氏の取引先のお孫さんです。
そして今回、藤さんが白鳳ホテルに宿泊するという情報を皆川諒氏は勇三氏から得ています。
ということでもちろん逆の事も言えます。
二件目の犯人が俺の部屋に侵入する前、やはり同じ様に俺の宿泊している部屋が藤さんの部屋だと思って皆川諒氏が俺の部屋を訪ね、そして帰っています。

まあ…これはもう今後は一切しないと確約させましたので藤さんには目を瞑って頂きたいのですが…皆川諒氏が藤さんの部屋と思って俺の部屋を訪れた理由はいわゆる夜這いという奴でして…それは藤さんと取引先の皆川諒氏とをできればくっつけたい勇三氏の差し金だったらしく…後日確認を取った所によりますと、皆川諒氏は失敗した事と俺と藤さんが部屋を入れ替わっていた旨を即勇三氏に連絡していたらしいです。

とすると、皆さんもお気づきですね?

勇三氏が藤さんの殺害を依頼して殺し屋を送り込んだとしたら、ここで大きな矛盾が生じるのです。
皆川諒氏が帰ってから殺し屋がくるまで約2時間あったわけなんですが…勇三氏が依頼したならその時点で皆川諒氏から情報を得た勇三氏から当然部屋が交換されているという連絡が殺し屋に入り、殺し屋は実際に藤さんが泊まっている隣のツインルームに行くはずなんです。
ところが実際には殺し屋はそれを知らずに俺の部屋の方へ来ています。

そこで不自然さを感じた俺は風早総帥にお願いして、ある事を確認するために、とある情報を流して頂きました。
かなり危険と言えば危険なやり方ではあったんですが、それだけの事はあったようで…予測した通りその日の夜、殺し屋が藤さんと金森が宿泊している部屋に送り込まれ、そこで殺人を依頼した人物がはっきりしたわけです」

「俺じゃないぞっ!!」
殺人、という言葉に反応して勇三がまた立ち上がって叫ぶ。

なんというか…あまりに反応が良いというか単純と言うか…コウは吹き出したくなるのを必死に堪えた。

「そうですね。それはわかってますのでご着席頂けますか?
これからあなたに罪を着せようとしていた人物の特定に入りますので」
と、コウがなんとか苦笑するにとどめて言うと、
「そ、そうかっ」
と、勇三はまたホッとしたように着席。

年の離れた末っ子といっても藤の親の弟だ。
もう30歳はとっくに超えているはずなのだが、年上に思えない。
勇三がまた座るのを確認すると、コウがまた始めた。

「確信に入る前に…今回の一連の事件で依頼主が本当は誰を殺したかったのかを推測してみます。
今回起きた1件目と他2件の2つの相違点に皆さんお気づきでしょうか?

先に実行犯について。
前者は普通の大学生。後者はプロの殺し屋です。
次にターゲット。
一件目は金森、二件目は藤さんです。三件目については身柄を確保した殺し屋いわく藤さんと金森どちらかをやれればいいということだったらしいです。
こうしてみると一見二人の仲が裂ければいいだけにも見えますが、ここで注目したいのが三件目の殺し屋の殺人計画です。
その殺し屋いわく、自分が金森を、もう一人が藤さんをという指令をうけていて、その日中に確実にどちらかを殺害する事、そしてどちらかを殺せたら即撤退という事になっていたそうです。
一見両方狙っている様にも見えますが、二人の殺し屋両方と対峙した俺の感想からすると、プロといっても二人の実力の差はあきらかで、確保出来た方は入って来た瞬間から隙があってそこをつけたんですが、もう片方は正直確保する自信はありませんでした。怪我を負っていたというのを差し引いても、前日の重傷を負いながらもなんとか辛勝した殺し屋くらいの腕はあったと思います。
つまり…確実に相手を殺せるであろう方の殺し屋が藤さんの殺害を担当していたという事です。

さらに…風早の財力があって何故一件目だけプロを雇わずその辺りの大学生にやらせたのか、それもかなり不自然に思えます。

そこで俺は考えました。
依頼者は二人を引き離したいというより藤さん個人を殺したいのではないだろうか?
二人の婚姻を阻止したい人物なら他にもいるので上手く立ち回れば誰かしらに冤罪を着せられるが、”藤さんを殺したい”人物になると自分が特定される可能性が高くて好ましくない、依頼者はそんな人物なのではないだろうか…。

そこであくまで目的は二人を引き離す事、いなくなるのは藤さんでも金森でもどちらでも構わないという事をアピールするためだけに金森を襲わせた。
しかしそこで本当に金森が死んでしまえば二人を引き離したいという目的は達成されてしまうので、あえて多少の武道の心得のある金森が死なない程度の相手にまず襲わせ、それに失敗したのでたまたま狙いを藤さんにむけたという形をとったのではないだろうか…。

ここでシミュレーションをしてみます。
依頼者が勇三さんの場合…目的は取引先の皆川諒さんと藤さんの間に縁を結んで皆川さん経由で風早の家を間接的に牛耳る事。これには絶対に藤さんが不可欠です。
ここでもし藤さんが亡くなったとすると…その計画が水泡と化すだけではなく、藤さんが亡くなる事によって長男の血筋が絶え、相続権は次男の玲二さんへ行くため、自分が手を出せる余地が全くなくなります。
ゆえに…藤さんの生存によるメリットがあり、死亡によるデメリットがある
この両方の観点から、勇三さんは総帥をのぞく風早の人間の中で一番動機がない人物なんです」

「おお~~~!!!」
コウの言葉に嬉しそうな声を上げて手を叩く勇三。

なんというか…ホント子供みたいな人だ。
良い人…とは言いがたいのだが、なんとなく憎めない。
コウはそう思ってクスリと笑みを浮かべた。

「シミュレーションを続けます。
続いて長女の芹さん。
勇三さんのように藤さんと縁を結ばせるような相手はいないので藤さんがいなければならないデメリットがない代わりに、藤さんがいなくなっても勇三さんと同様相続権は次男の玲二さんに行くのでメリットもない。
ようは…芹さんにとっては藤さんはいてもいなくても一緒の存在なわけで…そんな状態では犯罪なんて起こすだけ意味がないですよね?」
ニコリとコウが微笑みかけると、芹はまた頬を紅潮させた。

「その理屈で言うと…犯罪の依頼者は僕だと言っているようなものなんだが…」
そこで玲二が苦笑すると、
「はい。そう言ってます」
と、コウも苦笑。
他は、それが冗談なんだか本気なんだかわからずどう反応していいか悩んでいる。

さあ、これで相手はどう出るか…。
相手の反応をそのまま見ていると、玲二はそれを冗談と受けとる事にしたらしい。

「碓井君、君は学生さんだからそういう意識がまだ薄いのかもしれないけどね。
僕はまだ君が社会経験が少ないのもわかるし姪の友人だからそこまでしようとは思わないけど、冗談も気をつけないと相手によっては名誉毀損とかで訴えられてすごい賠償金取られちゃうよ?」
とやはり苦笑まじりに言った。

コウはそれに対しても
「ご忠告ありがとうございます。気をつけます」
と笑顔。

あくまで冗談ですませる玲二。
相手がキレて売り言葉に買い言葉的になるかと思っていたのだが、なかなか手強いな…と、笑顔を浮かべたまま内心考え込むコウ。

まあどちらにしても双方納得して穏便に”やりました、ごめんなさい”、”いえいえ、どういたしまして”には当然ならないわけだから、これ以上のやりとりは無意味だろう。
コウは一気に自分が仕掛けた、ややえげつない罠も含めて全てを披露する事にした。

「玲二さん、昨夜の殺し屋がその日の内に確実に藤さんか金森のどちらかを殺す様にって指示受けたのはどうしてだと思います?」
あくまでにこやかなまま問うコウに玲二は当然の様に答える。

「それは…父が今日藤と金森君の籍を入れさせてそれを機に藤に正式に家督を譲るつもりだと言っているからだろう?
結婚後だと法的には藤が死亡しても遺産は3分の1は直系親族、3分の2は配偶者に行くしね。
直系親族でない叔父叔母には全く入らなくなるから。
結果風早の資産の3分の2を失う事になる。
これが父が亡くなった後になると藤の直系親族がいなくなるから100%が配偶者だ」

全く笑顔は崩さないものの、やや状況が違う方向に向いて来たのかも知れないと、相手も感じているらしい。
必要以上に饒舌になる。
そこで他はとにかく芹と勇三の顔色まで変わった事に、あるいは変わった事の意味を玲二は気付いていないようだ。
冷静な様でいても玲二も緊張しているのだろうとコウは全くそちらに目を向けない玲二を見て思った。

「そういう事ですね。詳しいご説明ありがとうございます」
あくまで手の内を明かすのはギリギリにして相手が反撃に移るチャンスを削いでおくに限る。
コウはまだあくまでにこやかに礼を言う。

さあ、仕上げだ…。

「しかしそこでですね…一つ腑に落ちない点があるんです」
コウが続けたその言葉に玲二は少し眉をひそめた。

「風早総帥が最上階のロイヤルスイートを取って下さって俺達が移動したのは、総帥と俺達、そしてホテル側のごく一部と警察しか知らなくて、ホテル側に関しては皆川氏は件の夜這い未遂に目を瞑る条件でその日一日だけ知人の警察官の監視下にいて頂くという形を取らせて頂いたので、何故殺し屋が部屋の移動の事を知っていたのかが謎なんです」

そのコウの言葉に玲二は合点がいったというように笑った。

「ああ、その事か。
僕達には藤の入籍の事と同時に部屋の移動についても知らされてるからね」

この時点でまだ気付いてないなら…大丈夫、勝てる。
コウは確信してうなづく。

「そうですか…」
「ああ」
コウはそこで初めて玲二から視線を勇三に移した。

「勇三さんは…ご存知でしたか?」
聞かれてようやく我に返ったらしい勇三はまたガタっと立ち上がった。

「さっきから黙ってきいてれば一体何の事なんだっ?!」
その言葉にコウは今度は芹に視線を移す。
芹も全く寝耳に水といった感じで首を横に振った。

そう、寝耳に水のはずだ…。

「入籍って何の事よ?!今日はお父さんがいきなり来いって言うから来たけど、そんな事聞いてないわよっ!
私はそんな財産目当て見え見えの庶民との結婚なんて反対よっ!!」

その二人の反応を見て今度は玲二の顔から笑みが消えた。
ようやく気付いたらしい。

「あなた以外には知らされてないんです、実は」
コウのトドメの言葉。

「さきほどのですね…動機から判断して総帥に無理にお願いして少々博打を打ってみました。
唯一動機がある”あなたにだけ”今日藤さんと金森の籍を入れて総帥が家督を譲る事と俺達が部屋を移動した事を知らせて頂いたんです。
これでもしあなたが藤さんを亡き者にして家督をと考えているなら、どうあってもその日中に藤さんを亡き者にしなくてはならなくなる。
ゆえにその日中に殺し屋が送られてくるはず。
しかし殺し屋が来るだけなら連日来てる訳ですし、たまたまという事も考えられます。
だから”あなたしか知らされていない部屋に”殺し屋がキチンと来るかどうかという事を確認するために部屋を取って頂きました。
結果…殺し屋は確実にその日中に藤さんを殺す依頼を受けて、キチンと正しい部屋にきたので確定、という事ですね」

バンっ!!!!
いきなり玲二がテーブルを思い切り両手で叩いて立ち上がった。
「貴様ぁっっ!!!殺してやるっ!!!!」
あの穏やかな表情がうってかわって殺気立った険しい顔になる。

”王手”
自分が描いた棋譜がここに完成した事に、ある種の達成感を覚えるコウ。

玲二はすごい形相で今にも自分に飛びかかってきかねない勢いだが、まあ所詮”殺意を持った一般人”だ。
怪我をしていても組み伏せる事は容易い。

しかしその時
「やめんかっ!愚か者がっ!!!」
その玲二よりさらに大きな叱責の声が飛んだ。
風早老だ。

「一度までは覆水盆に帰らずと目を瞑る事にしたが、今回はもう容赦はせん!!
碓井正成君との約束通りお前は風早としての全てを取り上げた状態で警察に引き渡すっ!!」

え??
コウを含めポカ~ンとする一同。

逆に今度は芹と勇三は何かわかってるらしい。
青くなって互いに顔を見合わせている。
そして一番青くなったのは玲二だ。

「お…お父さんまさか、あの事を…?」
震える声で言う玲二に、風早老も唇をふるわせている。

「私を誰だと思っている!お前のやった事などわかっておったわっ!
しかし…真実をそこで明らかにしたところで何もならん。
あの日私は真実を突き止めかけた碓井君に上から圧力をかけさせて握りつぶした。
が、彼は言った。今これを握りつぶせば将来同じ事を起こすと。
犯罪者は犯罪を起こしても罪にならなければまた味を占めて同じ犯罪を犯すものだと。
そして…次に今回の犯人が犯罪に手を染めた時には自分は圧力に屈せずにすむほど登り詰めて必ずやそれを暴いてみせるとも。
そこで私は彼に約束したのだ。お前がもう一度同じ犯罪に手を染める事があったら碓井君に手間を取らせるまでもなく、風早の全ての保護を取り上げて警察に引き渡すから、何もない一般人として処罰してくれとな。だから今回全面的に真相究明に協力した。
風早からは弁護士もつけん!警察はもう隣室に呼んである!」
そう言って風早老は呼び鈴を鳴らした。
途端にドアが開いてバラバラっと警察が駆け込んで来て玲二を拘束した。

「そんなっ!お父さんっ!!」
玲二は叫んで暴れながら連れて行かれる。






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