卒業_オリジナルVerコウ_05

そんな事をしている間に気付けば1時半を回っている。
いい加減寝ないと明日も恐らく忙しい。
コウはしかたなくPCを閉じると、寝間着に着替えてベッドに横たわって明りを消した。

毎度の事ではあるものの、色々起こってさすがに疲れた。
横たわると同時に眠気が襲って来ていつのまにか意識を手放しかけたコウは、不意に背筋にゾッとする物を感じて反射的にベッドから転がり出た。

ブスリと青く光る刃が今までコウが横たわっていた場所を刺している。

そのナイフを手にした男は、コウを見てかなり驚いたようだ。
暗い上にどうやらドアの側から見るとサイドテーブルのせいで顔が見えないらしく、相手を確認せず忍び込んで近寄ると即攻撃をしかけたようだ。

人違いとわかって引きかける侵入者だが、
「狙いは風早藤さんか?」
と言うコウの言葉に反転して襲いかかって来た。

標的の確認は怠ってミスったものの、殺人者としての腕は悪くないらしい。
動きに無駄がなく、とにかく急所をつこうとしてくる。

やりあううちにコウは不用意に相手に声をかけたのを後悔し始めた。
本気で殺されるかもしれない…。冷たい汗が全身をつたう。

今まで何度も殺人者と対峙してきたが…この侵入者は今までの”たまたま殺意を持った一般人”とは確実に違う。
人に危害を加える事を生業としている人間の動きだ。
一瞬気を抜けば確実に殺される。

助けを呼ぶ余裕すらない。
何も考える余裕すらない。
とにかく避けて避けて避けて…攻撃を受けない事で手一杯だ。

真っ暗で視界が利かない中、どのくらいそうやって避けまくっただろうか…。
左肩に激痛が走る。

死にたくない…と本能的な恐怖が叫ぶ中、逆に幼少時から培われた理性がこれが唯一のチャンスだと訴える。
肩に刺さったナイフが抜けないうちに、そのナイフを掴んでいる事によって一瞬固定される相手の腕をつかみ投げ飛ばす。

鎖骨の下外側あたりに刺さったままのナイフから手が放れて丸腰になって起き上がろうとする侵入者に、そのまま思い切り手加減なしに蹴りを入れた。
鈍い音がする。相手の肋骨を折ったようだ。幸い…手近にさきほど諒が置いて行ったロープがあったので、もう一度相手を蹴り倒すと、そのロープで身柄を拘束する。

そこでようやく一息。

肩の傷は相変わらず焼ける様に痛むが、どうやら急所は外れているらしい。
そなえつけの浴衣の帯を机からだし、それで肩から脇の下にかけてキツく縛り上げて止血をすると、コウは赤井に電話する。

あまり大げさにならないようにコッソリと来てもらうように頼むと、どうやらホテル内に待機していたらしい医者と共に赤井と数名の警察官が現れた。

ベッド横に力なくへたり込んでいたコウは、つけられた明りのまぶしさに目を細める。

「碓井さん…大丈夫ですかっ?!」
青くなる赤井。

無理もない。
止血したとは言っても左肩からはかなり出血していて、それがパジャマの左袖をべったりと赤く染めている。

侵入者は同行した警察官によって即別室へと移送され、コウはそのまま病院へ向かう事を勧められるが、
「急所はずれているので応急処置だけお願いします。
明日、明後日が正念場なので退場はできません。
これを逃すと下手すると”大人の事情”発動で黒幕確保できなくなるばかりじゃなくて、一生大財閥の息のかかった人間に追い回される事になりかねませんので」
と、コウはそれを拒否した。

自分だったから紙一重で命を拾ったのだ。
これが他の仲間だったら確実に死んでいる。
そして…今”敵”を追いつめておかないと、全員が常にこんな事態に晒される危険性がでてくるのだ。

あくまで譲らないコウに赤井は困り果てて加藤に連絡を取るが、最終的にコウの意志を尊重するようにとの指示を出されてしかたなくその場での手当をさせるにとどめた。

「本当に…絶対に無理はしないで下さいよ?」
と心底心配している様子の赤井に、悪いな、と思いつつもコウは今回は自分を通す。
下手するとフロウにまで危害が及ぶかと思うと絶対に譲れない。

傷は痛むがとりあえず方向性も見えて来た。
赤井の情報によると侵入者はやはり藤の部屋と間違えてこの部屋にきてコウを襲ったという事だ。
自供によると依頼人は風早勇三ということだが、このあたりはコウの推測にはあまり影響を及ぼさない。

実行犯にとって大事なのは依頼主ではなく支払われる金だ。
金が確実に支払われる事がわかれば依頼など偽名でも構わないくらいだ。
被疑者が偽証していなかったとしても、依頼主に関しての自供など当てになる物ではない。
依頼主に関しては状況と動機からたどって行くのが正しい。

大方の状況はみえてきたが、それを確実に裏付けるためには藤に話をきかなくてはならない。

その前に…まず睡眠か。
すでに5時をまわっているわけだが、コウはそこで今後の事は起きてから詰める事にしてようやく眠りについた。


2時間弱の仮眠と言って良いほどの短い睡眠から目を覚ますと、コウは疲れた体をひきずるようにして起き上がった。

正直つらい…。
それでも気力を振り絞って集合場所の藤とフロウの部屋に。
フロウと同室なのが嬉しすぎて眠れなかったという藤と仕事の締め切りで同じく眠れなかったという和馬。
アオイとユートはまあ普通で、朝型っこのフロウは朝は元気いっぱいだ。

疲れきったコウに気付いたユートに
「何かあったん?」
と聞かれるが、話せば大騒ぎだ。

コウが
「いや…今の時点では話す事じゃない」
と、首を小さく横に振ると、空気を読むユートはそこで引いてくれる。

そんな会話を交わしていると、そこにフロウが近づいてきて、つぶらな瞳でコウを見上げた。

「…?」
不思議に思って少し見下ろすコウの首をフロウがいきなり引き寄せ、唇を重ねてくる。
「…???!!!」
柔らかい唇の合間から温かい舌が、驚いて少し開いたコウの唇を割って入って来た。

こんな朝っぱらから何を?!!と思っていると、その舌の上から何かがコロンとコウの舌の上に落とされ、唇が離れる。
そしてニコッと可愛らしい笑みを浮かべるフロウ。
口の中が…甘い。

「これ…?」
コウの舌の上には真ん丸のキャンディ。
「プレゼント♪最後の一個だったのでっ。疲れてる時には甘い物が良いんですよぉ♪」

今日もふわふわとフリルいっぱいのワンピースにヘッドドレス付きでおとぎ話の姫君のように可愛さ満点の彼女の無邪気な微笑み。
文字通り疲れている自分のために彼女的にお気に入りの美味しいキャンディをと思ったんだろう…。
甘い物は苦手なのだが…そのフワフワとした彼女の甘い行動は不快じゃない。
苦手なはずのその味も許容できる。

「さんきゅ~、姫」
コウは笑みを浮かべた。

「元気になりましたっ?」
ニッコリともうそれはそれは可愛らしい美少女の笑顔に否定なんてできるわけない。
「ん。なった」
と答えるコウ。

そのふわわんとした微笑みをこうして目に出来るだけで本当に活力がわいてくる気がする。

そうこうしているうちに朝食が運ばれて来て昨日の夕食同様みんなで部屋で朝食。
大量出血の上に睡眠不足でダルすぎて食欲はないが、そういう時こそ食事はとっておかないといけない。
コウはコーヒーと一緒に食事を無理矢理流し込んだ。
そうしてなんとか食事を終えると、PCに向かって昨日判明した情報を加えた今後の行動シミュレーションを立て直す。

和馬は相変わらず仕事らしく同じくPCに向かっているが、残り4名はなんだか退屈そうだ。

特にフロウは
「コウさん…退屈ですっ」
と、真っ先にシュタっと手を上げて叫ぶ。

確かに遊びに来たのに部屋に缶詰じゃ退屈にもなるのはわかるが…自分とユートは怪我人で風呂やプールどころじゃないし、それ以前に昨日のような輩に襲われるかもと思うと、不用意に外をふらつくのすら危険だ。

コウはチラリとフロウに目を向け
「人ごみ出ると危ないから」
と言うが、フロウは
「そんなの、コウさんいたら大丈夫っ!」
と、小さな拳を握りしめて当たり前に力説する。

通常時なら確かにそうなのだが…他に知らせていないだけで秘かに重傷な自分ではこんな危険がはびこっている中でフロウを守りきる自信がない。

しかし正直に話すわけにもいかないので
「…俺が姫の前後左右囲める様に4人いたらな…」
と、溜め息まじりに言うコウ。
その言葉にフロウはプ~っとふくれた。

「退屈すぎて死んじゃいますっ!」
「…大丈夫。人間退屈なくらいじゃ死なん」
「大丈夫じゃないです~!
私実は人間じゃなくて退屈だと死んじゃうウサギ星人だったんですっ!」
「ウサギって…退屈だったらじゃなくて…寂しかったらじゃなかったか?」
「だ~か~ら、ウサギじゃなくてウサギ星人だから、寂しかったらじゃなくて退屈だったらなんですよぉ!」

リスを思わせる小動物系美少女なので、確かに可愛い訳だが…一向にシミュレーションが進まない。
ただただ溜め息のコウにフロウは頬を膨らませたまま部屋の奥へ。

「…姫、どこ行く?」
コウがその後ろ姿に声をかけると、フロウはウルッと
「バルコニー。お部屋飽きちゃいました」
と言ってベランダへ。

拗ねたか…だが仕方ない…。
コウは苦笑まじりに溜め息をつくと、再びPCに目を落としシミュレーション製作に没頭した。

残り3人、ユート、アオイ、藤はトランプを始めたらしく静かになったところで30分。

現在知りうる情報から導きだした推論にさらに確実性を増すためにコウがPCから顔を上げて
「藤さん、少しお時間いいです?」
と、藤に声をかけた。
「うん、何?」
ちょうど7並べが終わってカードを切っていた藤はトランプを置くと、コウの正面に座る。

しばしば姉弟と間違われるほど似た雰囲気の二人。
常人離れした強い意志を感じさせる二つの視線が交差する。
本当に立ち入った…本来他人の自分が聞くべきではないかもしれない事を聞こうとしているという自覚がコウにはあるが、同時に自分に似た感覚を持った藤がそれを許容し、包み隠さず答えてくれるであろう事もわかっている。

案の定
「大変立ち入った事お聞きするんですが…」
というコウの言葉に藤は
「うん、いいよ。もう今更でしょ」
と、当たり前に答えた。

藤と出会うきっかけになった最初の旅行で起こった事件では、コウが真相を暴いたことによって藤は幼稚舎からの友人二人を失った。
次の事件では同じく高校時代に一番親しかった友人を…。
そして今回…真相を暴けばおそらく親しい親族を失わせる事になるだろう。
似た者同士なだけにお互いがお互いの孤独も辛さもわかっているというのに因果な事だとコウは内心溜め息をつく。それでもそこで立ち止まるわけにもいかない。


「風早家の家督の事なんですが…」
真っすぐ藤の目を見てコウは口を開く。

その声音に迷いはない。
聞き出すべき事を聞き出すんだという強い意志だけがそこには感じられた。

「うん?」
藤の方もそれに驚きも不快感も見せず真っすぐその視線を受け止めると、コウに先を促す。

「万が一…ですね、藤さんに何かあったらどうなるんですか?」
「あ~、その場合はね、上から順かな。
もし私に兄弟いればまたその兄弟の一番上って事になるんだけど、私は一人っ子だから、一番上の叔父になるな、当主」
「例の下の叔父さんというのは…何番目です?」
「えっとね、私の父親、上の叔父、叔母、で、下の叔父。相続的には最後だね」

「なるほど…」
コウは聞いてまた考え込んだ。

「もう一つだけ」
「なに?」
「藤さんのご両親が亡くなった時って藤さんはまだ1歳だったんですよね?」
「うん」
「お祖父様より叔父さんや叔母さんが引き取るとかいう話があったりとかはしました?」
「あ~、あったらしいねぇ。何故か叔母と下の叔父がね。
ま、ほら所詮赤子だからさ、その頃から躾ければ自分達の自由になるとでも思ったんだと思うよ」
「上の叔父さんは?」
「いや、あの人はそういうの興味ない人だから。
むしろ上の叔父にだったら任せたのかもしれないけどねぇ、祖父さんも。
下の二人は魂胆見え見えだから、結局祖父さんの保護下で育てられる事になったんだ」

藤の話でコウの中では黒幕はほぼ確定した。
ただ…証拠が無い。
相手は風早財閥の総帥の一族だ。
確固たる証拠をつかんで一気に追いつめないと、すぐ優秀な第三者を雇われて逃げを打たれる。

「他に何か聞きたいことある?」
そこでいったん言葉を切って考え込むコウに藤が聞くと、コウはさらに
「和馬の事を知った時のそれぞれの反応は?」
と聞く。
「下二人はもうボロクソ。
特にさ、下の叔父は諒さんとくっつけて自分が操作とか考えてたから、もうすごかったよ。財産目当てとかさ…」
「…上の叔父さんは反対はしなかったんですか?」
「ん~、まあまだ彼も高校生なら即将来決めないとってわけじゃないし、男の子との交際も経験だしいいんじゃない?って。
あの人は結構絶妙な距離を取ってくれる人だから。
せいぜい和馬が送ってきてくれた時の下の二人とのやり取り見て、和馬の事少し賢すぎるみたいだから大丈夫?とか言って来たくらいかな。他には?」
「いえ、そんなところですね、ありがとうございます」
コウがいったん話を切り上げ、
「そう。じゃ、また何かあったら言ってね」
と、藤はユート達のトランプ組に戻って行った。


さて…どう追いつめて行くか…。
正攻法ではまず無理だ。
絡め手を使うとしたら……どう動く?

焦るな…相手は風早財閥、失敗は許されない…一度で確実に追いつめなくては…。
コウは軽く目を閉じて考え込んだ。
そしてまた情報を整理しようとPCに向かう。

と、その時、和馬が突然PCから顔をあげた。

「なんか…姫、気味悪いほど静かだな…。
俺がお守りしてた時はチョロチョロチョロチョロしてたんだが…」
その一言でコウがガタっと立ち上がった。

まさか…!?
嫌な予感がしてそのまま無言でバルコニーに駆け出していく。
広いバルコニーにはテーブルと椅子…。
そこに人影はない。

「やられたっ!!」
コウは叫んで部屋に戻った。
「バルコニーから木を伝って抜け出したっ!!」
本当に…フロウはいつもコウの予測の範囲外の行動にでてくれる。
「まじかっ!」
和馬も額に手をあてて天井をあおぐと溜め息をつく。

「とりあえず俺が探しにいくから、和馬ここ頼むっ」
他が何か言う間も与えず、コウはそれだけ言って部屋を駆け出していった。


少なくともフロウは”殺すターゲット”ではない。
だからいきなり刺されたりとかはしないはずなので、人目のある場所にいてくれれば良いんだが…。

しかし万が一人質として誘拐されたとしたら…まだ風早の方に連れて行かれればいいが、金で雇われた輩の所に監禁となったらどういう扱いを受けるかを思うとゾッとする。
コウは全身から血の気が引いた。
赤井にも当然応援を頼む。

フロウが行きそうな場所…と考えてみるが本当に見当がつかない。
スパやプールは水着じゃないので省くとして…あとはどこだ…。
あの格好であれだけの美少女がうろついていれば絶対に目立つはずだが、ホテル中探しまわっても見つからない。
怪我のせいかちょっと走り回っただけで息があがってくる。

…いたっ!!

渡り廊下から見える庭園。
淡いピンクのワンピースを身にまとった美少女が大学生か若い社会人のような4人組に囲まれて涙目になっている。
コウは渡り廊下から庭に飛び降りると、一直線にそちらに向かう。
華奢な腕をつかむ男の手に逆上したコウの蹴りが、花の説明を表示している立て札を折り、空に飛ぶその板を繰り出した拳がまっぷたつに割る。
そのデモンストレーションに男4人が硬直した。

「その手を即放さないと…こうなるぞ…」
数々の修羅場をくぐり抜けて来たコウの殺気を含んだ低い声に、男達は言葉もなく手を放して脱兎のごとく逃げ出す。

「…姫…平気か?」
男達が逃げて行くと、コウはホッと一息ついて右腕でフロウを抱き寄せた。

殺気が消える。
ふわりとした感触を確かに腕の中に感じて安堵するコウ。
散歩中にしつこいナンパをされていただけらしいが、人目のない場所だけに怖かったらしい。
フロウは泣きながらコウにしがみついた。

コウは即赤井に見つかって確保した事を連絡して電話を切ると、まだ腕の中で泣きじゃくっているフロウの頭をソッとなでる。

「怖い思いさせてごめんな…。
人目のある場所少しうろつくくらいなら大丈夫だったかもな」
コウは言ってフロウの肩を抱いたまま、自分が飛び降りて来た渡り廊下の方へとフロウをうながした。

「気晴らしに売店でものぞくか…」
フロウを連れて廊下に戻り、涙をハンカチで拭いてやると、コウはそう言って売店の方へ向かう。

勝手に抜け出した挙げ句…という考えは当然コウの頭には無い。
コウ的にはフロウが一人で抜け出そうと思ってしまうほど退屈させた自分が全て悪い。
「またホワイトチョコ、買うか?」
ニコリと言うコウにフロウはまだ泣きながらもコクコクうなづいた。

他にもヨーグルトをコーティングした干しぶどうとか、ドライフルーツ等諸々、フロウが好きそうだと思う菓子を山ほど買ってやって、
「売店くらいなら連れて行くから…もう絶対に一人で抜け出すのとかはやめてくれ」
と、言いつつ二人並んで部屋に戻る。


そして部屋。
「もう…さすがに懲りただろ?」
まだヒックヒックしゃくりをあげているフロウを見下ろすコウ。

フロウはそれに対して
「ううん…。コウさんがね…ちゃんとついてきてくれれば次は大丈夫なの…」
と大きな潤んだ瞳でコウを見上げた。
…懲りてはいないらしい。
フロウが懲りないのは…自分のその態度のせいだとはコウは全く思ってない。

「あのな…確かに今回みたいなただのナンパ野郎集団だったらな…そうかもしれないけどな…。
もう姫は思いっきり気にしてないかも知れないけどな、まだユート刺した犯人とか捕まってないわけだ。
そういう輩がな、どこから刺そうとしてくるかわからんだろ?」

強制送還したフロウを先に部屋に入れてから後ろ手にドアを閉めるとがっくりとその場にしゃがみ込むコウ。

「でもねっ…リベンジ果たしてきましたよっ」
泣きながらそれでも力説してコウを見上げるフロウ。
「…なんだよ…リベンジって……」
コウは疲れきって言う。
「ジャ~ン!これですっ!」
シュタっとフロウはポシェットから携帯を取り出した。
それを何やら操作すると流れる二人の男の声…


*****

男A「なんだよっ!こっちだって女装までして危ない橋渡ったんだぞ!いくらかは寄越せよっ!」
男B「何を言ってるのかね?私が殺して欲しいと言ったのと別の人間を刺して報酬をくれというのはあり得ないだろう?おかげで警戒されてやりにくくなったんだ。返って損害賠償して欲しいくらいだ」
男A「しかたねえだろっ!奴がプールサイドで着てたのと同じパーカー着てグラサンまで同じ奴が奴の部屋の側うろついてたんだから、本人だと思うだろうがっ!」
男B「君がどう勘違いしようとそんな事こちらの関知する事ではないっ」

*****

こ…これはっ?!!!
全員が一斉にフロウに注目する。

「姫…これって…ユートの?」
コウが驚いて口を開くとフロウはきょとんと首をかしげた。
「ユートさん?何がです?」
「いや、リベンジって言わなかったか?」
「はいっ!私だっていつもいつも追い回されて怯えてるだけじゃないんですっ!
向こうが写真撮ろうとするなら、こっちは倍返しで動画ですっ!!」

なんというか…幸運なのか不運なのか…いや、こんなものを撮ってて見つからずに戻れたのだから十分幸運なのだろう。
本人これがどれだけ大変なものなのかわかっていないのが恐ろしい。
犯罪の決定的証拠になる映像だ…撮っていたのがバレたら下手すれば殺されている。

「とにかく…見つからないで良かった…。
これからはこういう場面に遭遇したら絶対に逃げろよ」
コウは顔面蒼白。

それでなくとも昨夜の急襲で思い切り少なくなった体中の血液が本気で一気にどこかへ消え失せた気がする。
そんな風にコウが青くなった意味など当然わかるはずもなく、フロウは思い切りハテナマークを浮かべている。

あまつさえ…
「コウさん…やっぱり疲れてます?顔色悪いですよ?キャンディ食べます?」
と、袋の中からキャンディを取り出して一つを自分の口に、一つをやや強引にコウの口に放り込むフロウ。
自分が好きな物は美味しい物…ということでコウの好みは関係ないようだ。

「あれだな…あいつやっぱりマゾだよな…」
今日二つ目の苦手な甘いキャンディを口に放り込まれてさすがに複雑な表情を浮かべるコウを目にして、和馬がしみじみとつぶやいた。


結局フロウが撮って来た映像は、どうせトカゲの尻尾きりになる気もするが一応警察にも渡しておく事にして、コウはフロウが消えた事で中断したシミュレーションにまた思考を戻した。

尻尾を切られたら終わる…確実に本体をしとめるにはやはり…
「藤さん…すごい無茶言って良いですか?」
無茶な要求をする事になる…しかしコウの瞳には断固とした決意が浮かんでいた。

それに対する藤の対応は
「うん、何?」
と軽い。

そしてその後に続くコウの
「藤さんのお祖父様に…話させて頂けませんか?」
という言葉に、
「話?弟が?」
藤はちょっと驚いた様子で聞き返した。

「はい…。まあ…和馬との事はバレる前提で…。
二人の命かかってますし、相手が風早財閥となると俺のレベルの小細工じゃまず黒幕いぶしだすの無理なので」
役者が違いすぎる…とコウは言う。

「私はいいけど…」
藤はそこで和馬の表情を伺う。

やはりそこは悩むだろう。
風早総帥であり、藤の現在の保護者でもある祖父に和馬との事を反対されるのは、権限のない叔父や叔母に良い顔をされないというのとは段違いだ。
そして…反対されない可能性の方が低い。

しかし腕組みをして何か考え込んでいた和馬はその視線に気付くと、
「俺に聞いちゃいます?
あなたもいい加減学びなさいよ。俺がそんな面白そうな事反対する様に思うんですか?」
とニヤリと笑った。

その自信ありげな様子に、論理的に様々な方面から考えて反対されるだろうという結論を出したコウですら、何か和馬には賛成される秘策があるのかと思ったが、
「でも…祖父が反対したら和馬に色々迷惑かけるかも…」
という藤の言葉に対して彼の口から出て来たのは
「まあ最低限の生活は一応いくつかの強力なコネ作ってあるんでなんとかなりますし、一介の大学生の身分で天下の風早財閥総帥に必死に嫌がらせされるなんてすごいじゃないですかっ。日本屈指の財閥の長がどんな嫌味言ってくれるのか楽しみですよ?」
という、実に彼らしい反対を前提にしてなお前向きなふざけた言葉だ。

和馬はそう言いつつ本当に楽しげにクスクス笑っている。
その様子に藤も少しホッとしたように小さく笑った。

「あのさ…いざとなったら和馬のマンション駆け込んでいい?」
という藤の勘当される事を前提にしたその言葉にも和馬は微塵も動揺をみせず
「どうぞ。でも炊事は当番制ですよ?」
と、当たり前に答える。

結局それで藤の腹は据わったらしい。
まず自分が祖父に電話をし、今現在の状況、旅行に来ている事、それで自分達に危害を加えようとしている輩のいる事、実際刺される人間が出た事、そしてそれを依頼したのが風早の親族の可能性が高い事などを説明した上で、コウについて身元や知り合った過程などを説明し、コウの携帯に電話をかけてもらえるよう依頼した。

「はい、碓井です」
藤が電話を切ってすぐ鳴るコウの携帯。

相手は日本屈指の大財閥の総帥だ。さすがに緊張する。
しかし、電話の向こうから聞こえて来たのは笑い声。

「風早さん?」
少し怪訝そうに聞くコウに、電話の向こうの声の主はやはり笑いながら、
『いや、申し分けない。あまりに懐かしい声だったのでな』
と親しげに声をかけてきた。

風早宗次郎…現風早コンツェルン総帥。
コウの方は藤の祖父とはいってもその肩書きから雲の上の人物と思っていたが、あちらは違ったようだ。

『20年ほど前…藤の両親が亡くなった事故で当時警視正だった君の父上に世話になった事がある。
血は争えないものだな。今君の声を聞いて一瞬父上の碓井正成君かと思った。
藤から聞いたところによると、すでにいくつもの事件を解決しておるそうじゃないか。
さすが彼のご子息だ』

どうやらコウの父には好意を持っているらしい。
幸いコウは容姿も声も性格も何もかも父親に似ていると言われている。
交渉は思いの他、容易に進められそうだ。

コウは念のためにとPCを開き、今回のパターンのシミュレーションをまとめたファイルを開き、これまでの情報とそれから推測される状況、そしてこれから取ろうとする行動を風早老に説明する。

そして最後に風早老に協力を求めたい事を具体的に口にしたあと、何故それが必要なのかの説明に移ろうとしたコウに風早老は
『説明は結構だ。
全面的に協力はさせてもらうし、今依頼された事は即刻手配させよう。
実行に移しなさい』
と請け負った。

不思議に思って一瞬沈黙するコウに、風早老の方が説明をした。

『これまでの情報の取捨、推論、行動計画、全てが限りなく論理的にして合理的だ。
それらを組み立てられる人間が依頼する事に間違いがある可能性はほぼないと言っていい。
無駄な時間は使わない主義だ』

さすがに…そのあたりの思い切りの良い決断は大財閥の総帥といったところだろう。
コウは素直に感服した。

そして事件の協力についての了承を得られてホッとしたところで、ふと視線を部屋にうつしたコウは珍しく不安げな色を見せる藤の視線に気付いた。
ああ、こっちがあったな…と、コウは思う。
自分が事件の真相を暴くたび、次々知人をなくしていく藤に唯一残った人間…。

事件と直接関係のないところでそれまで奪うのは忍びない…というか、それは藤にとっては自分がフロウを失うに等しいのではないだろうか、と、コウは思った。

「ご理解とご協力感謝いたします。実はもう一点だけお願いがあるのですが…」
半分ダメもとで切り出したコウだが、風早老は年の功なのか大財閥の長としての卓越した頭脳なのか、コウの言わんとする事を見抜いていたらしい。当たり前に聞いてくる。

『君的には…どういう人物だと思うのかね?』
その言葉でコウの方も理解されている事を察して答えた。

「非常に優れたNo2…だと思います」
『ほお~…』
コウの言葉は風早老の興味をいたくひいたらしい。

『トップにたつ器ではない…と、そういう事かね?』
聞き用によっては意地の悪い質問だ。
しかしそれにもコウは冷静に答える。

「俺が海陽のトップだった頃のNo2で…No2としての優秀さは身を以て体験していますが、No1であるところを見てはいないので確かな事は言えません。
が、No1になれる能力をもってあえてサポートに徹っする事ができる理性と忍耐が彼を優れたNo2にしているのではないかと俺は思います。
できれば一度ご自身で確かめて頂けると大変嬉しく思うのですが」
少し緊張気味になされたコウの提案はあっさり風早老に受け入れられた。

『優秀な人物が優秀と認める人物…そして君は情に流されてありもしない事を言う男ではないと信じよう。
いいだろう。これから私もそちらに向かおう。
とりあえず藤の部屋を訪ねるのでそちらでまた…』
切れた携帯を呆然と眺めるコウ。

事件の事ならともかくとして、こっちの問題についてこんなに早く動いてもらえるとは思っても見なかった。
それからすぐかかってくる電話。
風早老の代理人で、最上階のロイヤルスイートルームを3室取ったのでじきにホテル側からボーイが来るので用意してほしいこと、風早老がおそらく30分強でこちらに到着する事を伝えてくる。
コウは電話を切ると仲間達の方を振り返った。

「一応話はついた。で、各自荷物整理して部屋移動な。
そのうちホテル側からボーイ来ると思うから。なるべく急いで」
「移動?」
アオイが聞き返すとコウがうなづく。

「風早総帥が最上階のロイヤルスイート3部屋とってくれるそうだから。
部屋割りは俺と姫、ユートとアオイ、和馬と藤さんな」
コウの言葉にアオイの顔にパ~っと笑みが広がる。

もう単純に滅多に泊まれないような高価な部屋に泊まれるのが嬉しいらしい。
コウはそのアオイらしい喜びに苦笑した。

アオイとユートを念のため部屋まで送り、コウも自室に戻って支度をしつつ藤と和馬には今回事件に付随して二人の事を話さざるをえなかった事を改めて確認を取り、さらに風早老が和馬に興味を持ってこれから会いにくるという事をそれぞれに電話で伝える。
緊張してコウに協力を求める藤と無言の和馬。
藤の前では極力平気な振りをしていても、和馬は和馬なりに緊張感とプレッシャーと戦い続けていたのだろう。
コウと二人きりの電話だと、いつもの皮肉な自信家らしい言葉もない。

全てを伝えるとただ
「わかった」
とのみ答えた。





0 件のコメント :

コメントを投稿