卒業_オリジナルVerコウ_03

フロウが横にいると楽しいリゾートだったバルコニーでのティータイムも、一人になるとただ肌寒いだけに感じる。
コウは小さく息をついて部屋に戻った。
そして恐らく隣の部屋で和馬がそうしているであろうように、自分もPCに向かう。


受験が終わってから、和馬同様コウも色々なツテを使ってバイトを始めた。
ポピュラーなビジネスソフトのマクロを使った社内ツールの開発やらネット関係やら諸々。
高2でフロウに出会って一条家に出入りするようになってから、貴仁に勧められてやり始め、高3の夏くらいでいったん受験でその手のものから手を引き、また再開した。

和馬と違って生活に困るわけでもないが、物心ついていた頃からずっと続けていた次に進むための勉強がなくなると妙に手持ち無沙汰でもあるし、大学卒業後の進路は決めているとはいえ、それまでの間、別の仕事を経験するのは悪い事ではない。
和馬のように切羽詰まった理由ではない物の、できれば早くに生活基盤を築きたいという思いもある。

実際…フロウの父の貴仁も学生時代に企業していて、優香が高校卒業すると共に即結婚している。
まああちらは4歳差なのでその時には貴仁の方も大学を卒業だったのだが、おそらくまだ大学生だったとしても籍を入れていただろう。

子供が出来たら…という事を考えると女の側は学校に通えなくなる可能性が高いが、男は収入が確保できるなら問題ない。

コウもフロウの場合は短大なのであと2年はどちらにしても無理だが、状況しだいでは2年後なら自分次第でどうにかなるのでは…と、少し思い始めていた。
人間の一生など短いのだ、20で可能なら22まで待つのも時間がもったいない。

せっせとPCに向かう事1時間。
廊下の方から華やいだ声が聞こえてくる。
戻って来たか。
コウは切りの良い所でセーブをすると、ノートPCの蓋をパタンと閉じて立ち上がった。

そのまま廊下に出たコウの目に映ったのは、フロウ達の部屋の前でワタワタと何かカードのような物を持った手を振り回しているアオイ。
「アオイ…何踊ってるんだ?」
コウは念のため手袋をしてそう言うと、アオイの手の中のカードを後ろから取り上げた。

「あ…コウ、どうして?」
と聞いてくるアオイ。


コウはカードにチラリと目をやる。SUICAくらいの大きさのカードには
”ざけんなっ!風早藤っ!!ユナミちゃんに手出すなっ!変態女っ!!”
の文字。
なんだこれ??事件の始まりかっ?!

「いや、なんだか姫の声聞こえたから帰ってきたのかと…それよりこれどうした?」
と言いつつコウは旅行中は持ち歩いている証拠物件をいれる用のビニールにカードを放り込む。

「えっと、今ドアの所に挟んであったんだけど…」
そう言うアオイ。

という事は…アオイが拾ったイヤリングの持ち主とは違って自分達が部屋を入れ替わった事を知っている人物…。
自分達以外だと恐らく藤がこの部屋に入るのを目撃した人物?
しかもフロウ絡み…。
とすると…可能性があるのはプールサイドで待っていた時くらいか。

しかしそれだとユナミちゃんという呼び方がおかしい。
今いるメンバー全員フロウの事を本名で呼ばない。
アオイがフロウちゃんと呼ぶ以外は全員”姫”だ。

フロウと藤、両方の本名が出るという事は、学校関係か…?
しかしそれが何故ここに?謎だ。


とりあえずと、コウは
「ちょっと待ってろ」
と、反転して和馬の部屋のドアを叩いた。

自分以外では一番今回フロウと過ごしている時間が多い上にめざとい和馬の事だ、何か気付いた事があるかもしれない。
即顔を出す和馬にコウはビニールに入ったカードをちらつかせた。

和馬は怪訝そうに眉をしかめてそれを凝視、そして
「…なんだ、それはっ」
と見る見る間に険しくなる表情。
まあ当たり前だ。

「ん、姫達の部屋のドアにはさんであったらしい。いいから姫達の部屋に集合。
藤さんもいるんだろ?」
コウが言うと
「わかった…。」
と和馬がチラリと部屋の中に合図を送り、それに応じて藤も出てくる。

そしてアオイも含めて4人がフロウと藤の部屋へと集まった。もちろんもう一人の部屋の主フロウはすでにいる。


「…ようは…姫と藤さんの事だけ知ってるって事だよな」
和馬が椅子の上で組んだ足を神経質に揺らしながら不機嫌な顔で言う。

「だけって?」
アオイが首をかしげると、和馬はピッとポケットからカードを出してテーブルの上を滑らせる。

”ユナミちゃんにイヤらしい手で触るなっ!汚したら殺すぞ!”

「どこぞの愚民がな、俺の部屋のドアにこのこ汚いカードを挟んでいったわけだ…まあやった奴の検討はつくが…」
和馬はフンと鼻を鳴らすと、長い足を組み替えた。

和馬とフロウの組み合わせとなると、本当に今日のプールサイドしかない。
流れからするとフロウの写真を撮ろうとしていた連中の気がするが、何故フロウの名前を知っているのかが謎だ。

コウはベッドに座って足の間に抱え込んでいたフロウに視線を落とす。

普通にフロウの事を知っている人間なら…嫌がらせはまず自分の所にくるはずだが…。
コウがそんな事を考えていると、フロウは巣穴から外の様子を伺う小動物のように、ソ~っと首を伸ばしてカードを覗き込むが、内容を見てすぐピュ~っとまたコウの腕の中に逃げ込んだ。

リスのように黒目がちの大きなまるい目がジ~っと自分を見上げる事に気付くと、コウは
「大丈夫」
と、安心させる様に笑みを浮かべる。
それでホッとしたようにフロウはコウにすりよった。

「おそらく…さっきのカメラ持ってた奴らだな。姫を和馬に預けてたから…」
白くて温かくて柔らかい…幸せがいっぱい詰まったようなその可愛い存在を抱え込んで言うコウ。
「だな、でなきゃお前んとこだろ、このカード」
和馬も同じ事を考えていたらしく、そう言うと”一緒に持っとけ”とコウに向かってカードを飛ばした。

コウはそれを受けとると、黙ってそれも藤に来たカードの入ったビニールに一緒に入れる。
それでチラリと目に入る藤に来たカードが和馬の不快感を誘ったらしい。

和馬は小さく鼻を鳴らして
「今時手書きってありえんだろっ。
せめて筆跡鑑定されないようにワープロ打ちくらいしろよ。
まあ…変態ロリコンカメラ小僧じゃこれが限界なのかもしれんが…」
と、少し眉間にしわをよせた。

自分の彼女が可愛いのはクールで皮肉屋な和馬も同じらしい。
しかしそれに今度はコウがピキッとくる。

「なんでロリコンなんだっ」
「いや…藤さんいて姫にいくあたりが…。
どう考えても普通藤さんだろっ、スタイルいいし」
「それ単にお前の好みの問題だろっ。別に姫だってスタイル悪くはないっ」

自分だって藤が絶世のと言って良いレベルの美女だというのは認める。
スタイルもその気になればミス何ちゃらになれるくらい完璧なのもモデル体系なのも認める…が、フロウだって全体的に小さいだけでスタイルは良いと思う。
華奢だが胸の膨らみなどはそれなりにある。

もちろんそんな事は口には出せないが、実際一度だけちょっとした事故で直に見た事もあるが、大きすぎもせず小さすぎもしない、真っ白で柔らかそうなのに寝ていても形が崩れない完璧な美乳だった。
そんな事も知らないくせに…と、知っていては大ごとなのだが、腹を立てるコウ。

そして双方の視線は自然にたった一人の第三者のアオイに注がれる。
無言で振られたアオイは当然焦る。

それでなくても空気が読めない人間が焦った状態で出て来た言葉は…
「藤さんは…女性として完璧なスタイルしてるけど…フロウちゃんは障り心地良いと思う…」
そのアオイの言葉は男二人を硬直させた。

意図的にやっていたとしたらすごいが、所詮アオイなので単に率直な感想を述べただけである。

そこで二人に沈黙された事でまた焦って更に
「あ、あのね、もちろん藤さんも実際触ったら柔らかいけど、見た目はねっ、フロウちゃんのが柔らかくて気持ち良さそうかなと…あ、もちろんフロウちゃんは実際触っても確かに柔らかいけどさっ…」
と、余計にどつぼにはまる発言をする。
男二人に広がる怪しい妄想…。

「「触り比べたのかっ?!」」
その直前にそれぞれ水着姿など見ているせいか男二人もやや暴走気味で、アオイに詰め寄る。

そこで否定すればいいものを、慌てたアオイは
「いやっ、あの…わざとじゃなくて…」
と、それを肯定したからもう大騒ぎだ。

「この変態女がっ!!!不気味カード送るならこいつに送りつけろよっ!愚民がっ!!!」
と、和馬が
「もうお前は絶対に姫とは風呂行かせん!!」
と、コウが大激怒だ。

この阿鼻叫喚の騒ぎをフロウは当たり前に聞いていない。
彼女の目下の興味はポシェットに忍ばせておいた先ほどのティータイムの残りのホワイトチョコで、コウの腕の中でそれをチビチビかじっている。

藤の方は自分のベッドに腰をかけた状態でその男達のあまりの暴走っぷりに目を丸くしていたが、そこで涙目のアオイの無言のヘルプ依頼を受けとって口を開いた。

「まあまあ、別に女同士なんだしそんな目くじらたてる事じゃないっしょ」
ヒラヒラと手を振って苦笑しつつそう言う藤に
「同性だって変な趣味の奴はいるんですっ!
あなたはいい加減自分に対する危機感てものを持ちなさいっ!」
と和馬が言い返している。

コウはさすがに長い付き合いなだけあってアオイにそういう趣味があるとは思わないし、アオイ相手に妬くのもあまりに情けないという気持ちはある。

だが、あまりに自分がそう言う部分を抑えつけざるを得ない状況に置かれているだけに
「俺だって直接なんて触ってないのに…」
と、愚痴とも羨みとも取れる言葉がついつい口からこぼれ出る。

頭の上からもれるそのコウの溜め息まじりの言葉に、フロウがようやくその話題にわずかな関心を向けた。

「触りたかったら触ってもいいですよ?コウさん」
チラリと上にあるコウの顔を見上げてそう言うと、その関心はまたホワイトチョコに戻ったらしく、視線は自分の手の中に。

フロウの方は極々なんでもない事のように普通のトーンで言ったわけだが、言われたコウの方は動揺する。

さすがにこれだけ人がいる中で、いきなり押し倒したりとかいう方向に暴走はしないわけだが、ただただ赤くなって絶句した。

それを見て藤も
「和馬も…触ろうよ…」
とジ~っと和馬に視線を送る。

「あなたねぇ!!」
普段は冷淡な皮肉屋も所詮は青少年なわけで…和馬もさすがに焦ってそれだけ言うと言葉を失った。

とりあえず男二人黙り込んだところで、藤が考え込むように天井に視線を向けた。
そしてまた戻る話題。

「あ~、なんかさ、気のせいかな~とも思ったんだけど…こうなってみるとそうなのかな~って思った事が…」
話題がそれてようやく美乳の記憶から引き戻されたコウは即
「なんです?」
と聞く。

とりあえず話題をそちらの方から引き離さなくては自分が色々危ない。
それに対する藤の返答はそれを充分可能にしてくれるくらい興味深いものだった。

「うん、あの3人組のうちの一人さ、私会った事あると思う」
少し自信なさげに、それでもそう言う藤。
「は?!どこでです?!つか、そういう事は早く言って下さいっ!」
それを聞いて和馬は少し語調を荒くする。
彼も彼でそちらの話題のせいで若干いつもより感情的になっている。

「だって…昔の事だから…。
3年以上前だから確証は持てないんだけど…ほら、私が木を蹴り倒して脅した姫のおっかけいたって言ったじゃない?あれ、そうな気がしてきた…」

それかっ!
それでカードを送りつけた相手と思われるプールサイドで絡んで来たカメラ小僧がフロウや藤の名を知っていたのが納得できた。

「そう考えると、私と姫の名前知ってても不思議じゃないしねぇ。
姫あの頃と全然変わってないから、久々に姿見かけてまた暴走した?」
「…やっぱりロリコンじゃ…」
と、さらに続ける藤や和馬の言葉は、コウの耳にはあまり入ってない。
すっかり不安げなフロウに気持ちがいっている。
3年も…コソコソと追い回されていたら普通に気味が悪いと思うのはもっともだ。

「とりあえず…ここいる間は姫を一人にしないようにって方向で…」
コウの言葉に藤も和馬もうなづく。

こうしてカードを送りつけた犯人も判明し、対処も決めたところで和馬が部屋に戻る。
続いて自分も部屋に戻ろうとしたコウは
「あ、あのさっ、コウ」
とおずおずと声をかけてくるアオイの言葉に足を止めた。
「ん?」
と振り向くコウ。

そこで藤は何かを察したのか
「私達…席外す?」
と聞いて来てくれるが、ここは藤達の部屋だ。

むしろ外すべきなのは…と、コウは
「いえ、俺らがちょっとバルコニーお借りします」
と、アオイをバルコニーにうながした。

わざわざ自分を指名して何か話したがるというのは、だいたい誰に関しての話題かは想像つくわけではあるが、アオイが切り出すのを待っていると恐らく数時間はかかると思われるので、コウはコウの部屋のバルコニーと同様、テーブルを囲んでいる椅子にアオイを促し、自身もアオイの正面の椅子に腰をかけると、
「で?ユートとの事で何か悩んでるのか?」
と、切り出した。

その言葉にアオイは”何でもお見通し?”という顔で感心しきったように目を丸くした。
決してコウが察しが良いわけではない。
むしろコウは思い切り空気が読めない人間ではあるが、アオイがあえて自分より遥かに空気が読めるアオイ自身の彼氏に相談せずに自分に相談をもちかけるとなると、誰についての相談かというのが、さすがにわかるだけだ。

そこに気付かないままアオイは突然
「あのね…エッチ怖い…」
という実に単純明快な言葉で始めてくれる。

だから何が言いたいんだ?と昔なら口にしていたところだが、コウもさすがに1年半もそんなアオイとつるんでいて学んだ。
それを言うと確実に泣くか動揺するか…とにかく話にならなくなるのがアオイだ。
だからその言葉の意味を分析する事から始める。

腕組みをして考え始める事数分…

「まだ…してないんだよな?」
と確認を取ると
「…うん」
とうなづくアオイ。
「ふむ……」
そう言ってまた考え込む。

ようは…まだするのが怖いアオイは、したがっているユートと同室に戻るのが怖いということか?

「ユート…したがってるもんな」
「…うん」
「で…アオイはまだしたくない、と、そういう事だよな?」
と、さらに確認を取ると
「…だと思う…」
と返ってくる。

理由ははっきりせず、なんとなく怖い…か。
確かに女はすると失う物もあるし、物理的にも痛いらしいし、なによりコウ自身も気にしている様に万が一子供ができてしまった場合、産むにしても堕すにしても負担がかかるのは女の側の体だ。

怖いのは当然なのだが…コウも自分も長い間そうなだけに我慢する男の側がつらいというのもすごくわかる。
相手に明確な理由を提示してもらえないならなおさらだ。

「男は…したいものだから。なんとなく…だとつらいんだよな」
とぽつりと言うコウにアオイは当然のように
「…でも…コウはしないんでしょ?同じ理由じゃ…だめ?」
と聞いてくる。
確かにそうなのだが…

「あ~、子供か。無理だろうなぁ」
自分で言っておいて、コウはあっさり否定した。

「ちゃんとしたコンドームをきちんと正しく装着すればほぼ妊娠する可能性なんてないに等しいし」

…って……じゃあコウはなんで?とチラリと表情を伺うアオイに気付いて、コウは苦笑。

「俺は…生まれてから運が良かった試しなんてないから。“ほぼ”じゃ安心できん」

そう…何が幸運か不運かなんて当然人によって違うものであるし、隣の芝生は青く見えるものではある。
そしてコウの境遇は他の人間から見たら充分幸運かもしれないが、彼にとってはフロウに出会うまでの半生というのは決して幸運なものではなかった。

産まれてすぐ亡くなる母。
全てはそこから始まる。

父は立派な人物だったが立派すぎて子供を育てるには情緒というものが多少欠如していた。
結果…子供に一切遊びの部分を与えなかった。
乳児期をすぎて言葉を理解し始める頃から施される学業と武道の教育。
情操教育に選んだのはピアノ。

朝6時から夜8時まで父の作ったプログラムに従って家庭教師に完璧に管理された時間。
わずか一分の自由すらない。
そんな感じで小学校に入る頃には日英仏の3カ国語を操り方程式を理解する超秀才の出来上がりだ。

世のお受験お母様達にしてみたら羨ましい限りといった所だが、そのかわり彼は幼児にわかる形で与えられなかったために愛情も情緒も知らず、大人とは上手につき合えても同年齢の人間との付き合いが出来ない。
目線が違いすぎるため”遊べない”のだ。
当然友人などできない。

孤独は無意識下で大きくなり、それはユートやアオイ、フロウなど、それまで接した事のない人種と接して知らなかった世界を知る事になった高校2年生の時、吸収できる枠を超えて大きくなる。
外に漏れだして気付いてしまった孤独はコウの精神を蝕み絶望に変化して、一時は自殺という方向に向かいかけるが、ユートの気遣いに思いとどまり、その後、産まれてこのかた得られなかった家族としてずっと側にいてくれるというフロウにようやく心の平安を見出した。

頭脳明晰スポーツ万能、武道の達人、音楽も調理もできる、日本随一の名門進学校の元カリスマ生徒会長という人がうらやむ高いスペックはそんな健やかな心の成長と安定を全て犠牲にして培われたもので、今でもフロウという支えを失えば一気に崩れて生命まで脅かされるくらいの不安定さの上に成り立っている。

ゆえに…コウはそれを非常に怖れているし、そういう事態を誘発するような事態を極力さけようと神経質にもなる。
そんな特殊事情を持つ人間と同じ感覚を、極々普通の家庭で極々普通の家族や友人に囲まれ健やかに育って来たユートに持てと言う方が無理だ。

それでも…アオイに諦めろというのも酷な話だろう。

「まあ…怖いという意思表示はしておいた方がいいかもな」
とだけアドバイスをしておく。
空気が読める人付き合いの天才、頭の良いユートの事だ。
それで上手くやるのではないだろうか。

「でも…それで実は好きじゃないんじゃ?とか思われない?」
「あ~それはないんじゃないか?初めての時は怖いのは怖いだろ、普通。
俺は男だからわからんが、痛いらしいし、する事でなくす物があるわけだからな。
その重みや不安を理解できないで、怖い=愛情がないなんて考える男は止めといた方が良いと思うぞ。
ユートに限ってそれはないと断言できるが…」

「怖いって言ったら…しない…かな?」
「いや、するだろ」
「しちゃうの?!」
ガックリと肩を落とすアオイ。

「それでも…最終的にするにしてもアオイが怯えてるっていうのは考慮にはいれてくれると思うし、伝えるだけは伝えておいた方が良いと思うぞ」

自分がアオイを説得するよりユートにアオイの考えをわからせてユート自身にアオイの説得に当たらせる方が絶対に早い。
コウがアオイにとにかくアオイ自身の気持ちをユートに伝える様にとだけアドバイスを繰り返すと、アオイも諦めて礼を言って戻って行った。
そこでコウも自室に戻る。


部屋に戻るとまたPCに向かって仕事。

月収…どのくらいあれば生活が成り立つのだろうか…。
上を見れば切りがないが、実はフロウ自身は裕福な家庭に生まれたわりに、普通に家事もできてことさら浪費癖もないので、あればあるなりに、なければないなりにやっていくだろう。

高校時代はフロウの勉強を見ていたので日々フロウの学校の送迎をしてそのまま一条家で過ごし、貴仁が仕事で夜戻れなくて留守番を頼まれる時以外は、これは最低限のけじめとして夜だけは自分の家に寝に帰っていたのだが、大学になってもフロウが短大を卒業するまではそんな生活になるんだろうな…と漠然と思うコウ。

しかしフロウが学校を卒業して勉強を見る必要がなくなると、一条家の方は気にしないと言うかむしろウェルカムなのだが、意味もなく他人様の家に入り浸るのも…とコウの方は思う。
だが…常に人がいる一条家の温かさを知ってしまうと一人の自宅の静けさが異様に辛く感じる。

やっぱり…結婚したいな…と思うコウ。
フロウが短大を卒業してから自分が大学を卒業するまでの2年間、一人で自宅で過ごす孤独に耐えられそうにない。

そんな事を考えながら組んだシステムのデバッグをしていると、携帯の着信音が鳴り響く。
(アオイ…か)

アオイの携帯の番号が自分の携帯のディスプレイに表示されているのを確認すると、また何かもめたんだろうか…と思いつつ、コウは小さく溜め息をついて
「もしもし、どうした?アオイ」
と即口を開いたが、電話の向こうから漏れる嗚咽に顔色を変えて立ち上がった。

『助けてっ!コウ!ユートがっ!!』
案の定聞こえるアオイの切羽詰まった声。
「すぐ行く!」
と返した時にはすでにコウは部屋を出ている。




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