卒業_オリジナル_08

シン…と静まり返る室内。
口を開いたのは藤さんだ。

「お祖父様…今の話の玲二叔父さんのやった犯罪って…」
膝の上で握りしめた拳が震えてる。

お祖父さんからは険しい表情が消えて、代わりに迷いの色が浮かぶ。
そこで金森さんが初めて口を開いた。

「叔父さんに殺されかけたという事実は変わりません。
どうせショックは変わらないなら、優しい叔父さんにいきなり殺されかけたと思うよりも極悪人に騙されてたと思った方が割り切りやすいとは思いますね、俺は」
その言葉に藤さんはちょっと目を見開いて、次の瞬間笑みを浮かべた。
「…うん…そうだね。…大丈夫、私には和馬がいるから」
そう言って藤さんは金森さんの肩に顔を埋める。
金森さんは小さく嗚咽を漏らす藤さんの背中をポンポンと叩いた。

その様子に意を決したようだ。
お祖父さんは重い口を開いた。

「もう察しはついてると思うが…今から20年前の事だ。
私の長男夫婦が別荘の火事で亡くなった。
藤は駆けつけた消防署員に奇跡的に救出された。
よくはわからんが、子供部屋が閉め切られていて完全に密封状態だったのが煙や炎の流出を防いでくれて助かったらしい。
本当に炎上の状態をみたら奇跡のようだと言っていた。
山奥の別荘でメイドもおかずに家族3人ゆっくりしていたところの火事だったが、警察が調べたところ放火の疑いが出て、風早財閥の家の者ということもあり、当時本庁の警視正だった碓井正成君が陣頭指揮に乗り出した。
そして…焼け跡から不審な車が逃げさったという目撃証言。
他家の監視カメラに写った車は玲二のだと私にはわかった。

放置していれば捕まるのは時間の問題な気がしたが、今玲二を警察に送ってなんになるのだ。
そうしたところで長男夫婦が生き返るわけでもなし、残った孫にしてみれば叔父が両親を殺したなどと言う事実など知りたくもないだろう。
そう思った私は犯人を特定しかけた警察にあれは放火ではなく本人達の火の不始末だということで上からストップをかけさせた。

もちろん確信を持って捜査に望んでいた碓井君にはさきほどのように激怒をされて、私もまたさきほどのように約束を返したという訳だ。

そして身内でも信用できないと実感した私は孫をある程度の年まで子供達から放して手元で育てる事にした。

玲二も私の目の黒いうちは大人しくしていて私が病気にでも倒れたらと思っていたんだろうが、私は意外に健康なまま藤も成人を迎え、それまで異性の異の字もでてこなかった藤に金森君が現れた。
藤が選んだ男が凡才なら恐らく迫害するであろう妹や弟をよそにかばう事で信頼を得てという方向も考えたんだろうが、あいにく相手が出来る男だったため操れないと思ったんだろう。

どうせもう一度犯罪に手を染めるなら金森君を殺してまた藤に自分が操れる男をくっつけるなどというまどろっこしい手を使うより、藤がいなくなれば自分に相続が回って来る訳だからその方がいい。
そうおもったんだろうな…。

藤も友人諸君も本当に申し分けなかった。
特に碓井君には親子二代に渡って多大な迷惑をかけて申し分けない。
お父上にも私が謝罪していたとお伝え願いたい」


なんだか…藤さんもお祖父さんもコウのお父さんもみんな可哀想だと思った。
空気が重い…。
そんな中、その空気を変えようと思ったのかユートが口を開いた。

「で?金森と藤さんは今日のいつ籍いれるん?」
その言葉に金森さんはこいつ馬鹿か…といわんばかりの呆れた目をユートに向ける。

「あのなぁ…話の流れで普通わからんか?
籍いれるって話自体が犯人を特定させるためのフェイクに決まってるだろうがっ。
これだから凡人は…」
舌打ちをする金森さん。

ところがお祖父さん、あっさり
「いや、それはそれ、これはこれだろう」
「はあ???」
金森さんは唖然とする。

「何言ってるんですか?仮にも風早財閥総帥がそんな軽卒でどうするんですかっ?!
まだ社会人にもなってない、本当の意味で社会的に役に立つかわからない不確実性に満ちた人間を身内に取り込むなんてとんでもありませんっ!」

なんていうか…自分に対しても上から目線というか…すごい見下した物言いしないではいられないのが金森さんのすごい所だと思う。

それにたいしてお祖父さんはきっぱり
「私を誰だと思っている。長年この財閥を率いて来た総帥だぞ。
必要な人間を取捨する能力には長けているつもりだ。
良い物は誰が見ても良いとわかった時点で手を出すようでは遅い!」

う~ん…やっぱりかわれてるんだね、金森さん。

詳しい事情とかは私にはわからないけど、お祖父さんいわく金森さんはNo2としては理想的な人材に育つ素養があるらしく、英才教育をしてみたくなったらしい。
結局、さすがに…大財閥の跡取りの事ではあるし対外的な事もあるから今日明日というのは無理だけど、将来的に籍を入れるのを前提に、近々金森さんの大学の合間に風早のNo2にすべく教育を始めると宣言した。



そして…風早を辞して例によって3人で一条家のリビング。
コウはさすがに疲れたみたいですでに一条家にある”自室”で寝ている。

今日はフロウちゃんママ優香さんがフロウちゃんパパの貴仁さんと旅行中ってことでフロウちゃん手ずから入れてくれる美味しい紅茶を堪能しつつ、私はここについて以来ずっと無言のユートに
「ユート、元気ないけどどうしたの?傷痛む?」
と、声をかけた。
ユートは私の言葉に小さく首を振り、溜め息。

そしてただ
「金森は…あんなすごい人からスカウト入るんだな…」
とだけ口にしてまた黙り込む。

「金森さんはちょっと違う人だと思うから比べるだけ無駄だと思うけど…?」
正直ユートがなんでそこまで落ち込んでいるのかがよくわからない。

金森さんはたまたまああいう人で、たまたま藤さんと出会ってああいう結果になったわけなんだけど、別にそれが私達と何の関係があるのかな?
普通の大学生じゃだめ?…てかユートはかなり難関を突破した部類の大学生なわけなんだけど…。
それ言ったら私なんて…ね。

「藤さんとコウさんは違うので…。
コウさんは自分がNo1になることは目指しても、身内にNo2になってもらう事を求めてはいないと思います」
トポトポと紅茶を注ぎ足しながら、フロウちゃんが唐突に口を開いた。

彼女の切り出し方はいつも唐突だ。でも大抵は的を得ている。
その証拠に俯いていたユートがその言葉に顔をあげた。
それにニッコリといつもの天使の微笑みを浮かべると、フロウちゃんは紅茶を注ぎ足したカップをユートの前に戻す。

「コウさんが欲しいのは家族と損得勘定なしに交流を持ってくれるそれに準ずる友人。
だから私に自分に対して愛情と信頼を持つ事を求めても”何かが出来る事”を求めた事は一度もありません。
それは極々親しい友人にも言える事で…相手に求めているのは好意と信頼。
それ以上でもそれ以下でもないと思います。
No2になってしまうと便宜上とか効率とかと純粋な好意とのバランスを保つのが難しくなるので、ユートさんとアオイちゃんに関しては後者をなくすなら前者は一切要らないくらいの事思ってると思いますよ?
お二人はコウさんにとっては初めての損得勘定なしに側にいてくれたお友達で、コウさんの中では他の交友関係とは一線を引いた思い入れのある関係なので」

「…でもさ…役にたてる能力ある方がさらに良いと思わない?」

フロウちゃんの言った事はまさにユートが気にしていた事らしい。
フロウちゃんの言葉が途切れたところで、ユートは少し身を乗り出して言った。

それに対してフロウちゃんは
「ん~…」
と少し眉を寄せて自分のカップに視線を落として考え込む。

そして結論。
「ユートさんより役に立つ他の人よりはユートさんの方がコウさんは一緒にいて欲しいと思ってると思いますけど?」

うあ~…なんていうか…上手い言い回しだ。
「それじゃ足りません?」
と少し首をかしげるフロウちゃんに、ちょっと釈然としないようで困った顔のユート。
私ならそれで納得しちゃうんだけどなぁ…。

「例えば…水と金貨だったら普通は金貨の方がいいなって思う方が多いと思いますけど、砂漠で喉が乾いている大金持ちにそのどちらかを選ばせたら迷う事なく水を選ぶでしょう?
そういうことです。
コウさんは物理的な能力は高くて物理的な事は大抵一人でできて…でもそれまで友人関係がとても希薄で心を許せる人がいなかったんです。
それでとてもそれに飢えていた。
そこに現れたのがユートさんで…。
理解と許容、そして無条件の友情と気遣い、それは他の人から得られなかった物でコウさんが一番欲しかった物。
それをコウさんに与えてくれたのがユートさんだった。
他の人に価値がなかったとしてもコウさんにとって価値があればそれで良いと私は思うんですけど?
ユートさんの倍の物理的能力がある人がいたとしても、コウさんに必要なのはユートさんだと思いますよ。
まあ…根本的に今と全く変わらずに接する事ができるという前提でなら、能力がよりあるユートさんの方が良いとは思いますけど」

最後に付け足したフロウちゃんの一言にユートは小さく
「そうだね」
と吹き出した。

そして続いてフロウちゃんのだめ押しの一言、

「ユートさんだって絶世の美女で教養もあって大金持ちの女性よりもアオイちゃんの方がいいと思いません?」

ぽか~んとするユート。

次にすご~~く納得したというように
「姫…実は天才?」
と、うなづいた。




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