人魚島殺人事件C01_今回も発端は女の意地

「モデルが足りない?」

世田谷区成城にある大邸宅。
風早家の一室で、ミネラルウォータのペットボトルを手に電話をしている美女、風早藤。
日本有数の財閥風早コンツェルンの跡取り娘である。

幼い頃から跡取りとなるべく学問と護身術を教え込まれたため、頭脳明晰、スポーツ万能。

唯一の欠点と言えば跡取り様として育てられたためその必要がなく読む習慣がつかなかったせいか、いまだに空気が読むのが得意ではないこと程度か。

それでもまあ、その知力、身体能力に加えて端正な美貌の持ち主である藤に面と向かって敵意をぶつける度胸のあるものはいない。


『そうなのよ~。
うちのユート出してもいいんだけどね、どうせならもっと華のある子使いたいって馬鹿様がさ~言う訳よ』

電話の相手は藤とは逆に多少容姿が可愛い事をのぞけば極々平凡な女子大生近藤遥。

しかし一見普通なこの女子大生は普通じゃない所の方が少ないスーパー女子大生の藤が逆立ちをしても敵わない特技を持っていた。

そう!空気が読める!

空気の読める普通よりは容姿が可愛い女子大生…そのおかげで男の取り巻き多数。
しかしそのくっきりはっきりした裏表のある性格は弟ユートの女性不信の要因となっていたりもする。

まあそんな二人が何を話しているかと言うと、夏休みに計画されている合同撮影会の事。
事のおこりは遥の取り巻きの一人、成田進から出た自主制作のビデオ作品の撮影の話だった。

あちこちから撮影に必要な人材を集めて映像作品を取り、それを来年の就職活動に使おうという主旨の元、監督、デザイナー、スタイリストと共に、成田が音楽を担当すると言う。

基本的にはデザイナーが作った服を見せるファッションショー形式と言う話で始まって、そのモデルとして遥が呼ばれたわけだが、有名な小説家古手川宗英を父に持つ監督役の古手川宗佑の

「城上大程度の二流大の人脈では所詮二流のモデルしか集められないんだな」

の一言でカチンときた遥が、一般人を超えた美形である藤を引き込み、その藤は毎度おなじみの太っ腹さで

「どうせなら徹底してやれば?」
と、風早家個人が所有する島の別荘の提供を申し出て、そこで撮影を行う事になったわけだ。


学生の自主制作映像作品なわけだからプロを雇えるわけでは当然ないので、音響、縫製、カメラマン、モデル、そしてビデオ編集にいたるまで、全てそれぞれの交友関係を当たってお手伝いをお願いしている。

そしてそれぞれ必要な人材は集まったかと思いきや…モデルが足りないらしい。
いや、連れて来たモデルがことごとく”馬鹿様”こと古手川宗佑のめがねにかなわないというのが正しいか。


「監督が気に入らないなら、自分が気に入る人材を自分で集めりゃいいんじゃないの?」
電話の向こうで憤っている遥に、藤は極々冷静にもっともな意見を述べるが、

『何人かは集めてるらしいけど…悔しいじゃないっ!
そんな言い方までされてまけたくないのよ!
どうせなら超美形を集めてあの馬鹿にぎゃふん!と言わせてやりたいのよっ!』
と、遥は息を巻く。

なんで他人事なのにそこで勝ち負けになるのかが藤にはよくわからない。
藤は小さく息を吐き出した。

それでも…まあ言いたい事は予測がつくので
「わかった。弟と姫を呼びたいわけね?」
と、おそらく相手が望んでいるであろう答えを自ら口にする。

『そそ。藤お願い♪今回だけ、ね?
鱗滝君と姫ちゃんなら絶対に負けないと思うんだけど、ユートの馬鹿に言っても向こうも受験生なんだから下らない事にまきこむなって言われて…』

自らも受験生で今現在の受験生事情を思い知っている人間の言う事としては充分正しいのだが…と、思うところではあるが、藤は彼らの特殊な受験生事情を知っている。

「あ~、弟はトップ入学狙うとかじゃなければ東大くらい余裕な男だし、姫は推薦で付属の短大だから。
でもさ、私の知り合いだって言うと姫はともかく弟は馬鹿様に嫌がらせされそうな気するんだけど…」

呼ぶのはいい。

だが古手川は顔見せで藤に会って以来何かとつきまとっていて、藤の周りにいる男共にことごとく嫌みを言って回っている。

嫌がらせをされるとわかってて呼ぶのも…という藤に、遥はきっぱり

「いいじゃない。それこそ事情があって生き別れだった実の弟とでも言っておけば絶対にバレないって。
鱗滝君と藤ってさ、なんかすごい似てるもの。
鱗滝君の事知ってる別所には口裏会わせておくから♪」
と断言する。


そう、弟…と藤が呼ぶ男、鱗滝錆兎。
遥の弟の悠人の親友だ。

本当に血のつながった弟というわけではないのだが、昨年の年末、藤が幼稚舎から一緒だった交友関係の全てを失った事件の現場に居合わせてそれを見事に解決してみせたこの高校生は、育った過程から、それによるスペックの高さ、考え方のみならず、凛とした一般人場慣れした美形であるというところまで驚くほど藤とよく似ている。

まるで姉弟のようにソックリな二人はなんとなく気があって、その後も折々メールや電話で連絡を取り合って近況報告などする仲だ。


そして姫…冨岡義勇
錆兎の最愛の彼女にして藤自身も溺愛している学校の後輩。

自分や男連中はそのお姫様然とした可愛らしさから彼女を”姫”と呼び、彼女の女友達でユートの彼女のアオイは”ギユウちゃん”と呼ぶ。

頭が良いわけでも運動神経が良いわけでもない、彼女。
しかしその圧倒的な輝きをはなつお姫様オーラや芸術的なまでに完璧な愛らしさは、スーパー高校生の錆兎を始めとしてあらゆる能力を持った人間を膝まづかせる。
彼女をおいて美少女という言葉はありえない。

美形度ではもう他の追随を許さない世界レベルと言ってもいいくらいのカップルである。



「…確かにあの二人並べれば金積んで集めまくったモデルいたとしてもグウの音もでないけどね」
『そうでしょ、そうでしょ!藤~お願い♪聞くだけ聞いてみて?
受験生でも気晴らしくらいは…ね♪』

「まあ…聞くだけは聞いてみるけど…」
聞くだけはと言いつつ、聞いたらきてくれちゃうんだろうなぁ…と、藤はため息をついて電話を切った。


「…というわけなんだけど…」
と、その勢いで藤は錆兎に電話した。

『モデルって…俺なんか無理ですっ。力仕事とか足りないとかなら行きますけど…』
電話の向こうでは困った声。

ひたすら学問と武道に打ち込んできた堅物な錆兎の事だ。自分が美形だという自覚は全くない。
モデルと言われれば当然ひく。

「あ~、モデルって言っても要はデザイナー志望の子が作った服を撮りたいだけだからさ、着て立っててくれればいいから。
う~ん…最悪来てくれればいいや。遥が例によって馬鹿様の鼻あかしたいだけだから。
錆兎君がやれないなら、代わりに見栄え良い友達とか連れて来てくれれば尚可だけど…周りも受験生だもんな」

たぶん…人脈自慢したいだけなら最悪それで、と、藤が言うと、
『まあ…ビデオ編集とか物運びとかなら手伝いに行きます。
姫は…慣れてるからモデルだろうと歌だろうと踊りだろうと大丈夫だと思いますし…俺から連絡しておきますね』
と錆兎はそれでも行く事を了承する。
まあ…どうしてもそれ以上の事をさせたいのなら、説得は遥に任せよう、と、藤もそれにうなづいた。





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