卒業_オリジナル_07

「お帰りなさいませ」
メイドさんが数人お辞儀をして藤さんを出迎える。
「お祖父様は?もういらしてる?」
藤さんが聞くとメイドさんはうなづいて
「はい、いらしてます」
と、先に立って歩き出した。

案内されたのは広い会議室みたいな場所。
個人の家にこんな物があるのが驚きだ。フロウちゃんの実家、一条家にすらない。

「たまに自宅に仕事関係の人間集めたり一族集めたりするからね」
私の驚きを察したのか藤さんが説明してくれた。

「おはようございます。」
金森さんの挨拶する声に、はじかれたように私とユートも
「おはようございます」
と頭を下げる。

「おはよう。今日はわざわざすまなかった。かけてくれたまえ」
お祖父さんが言って私達に席を勧める。

「失礼します」
あくまで堂々とした態度の金森さん。

今日はタイをしめている。
私達とは根本的に違う世界で生きてきた人なんだろうな…と、私はコウ達の学園祭で彼を初めて見た時と同じ印象を今日の彼に改めて持った。

私達もやっぱり金森さんに続いて
「失礼します」
と席につく。

コウとフロウちゃんはまだ来てない。
というか、来れるのかな。
赤井さんが昨日言ってた”ちゃんと手当しないと死にますよ”って言葉からすると、たぶん重傷なんだよね?
そんな風に私が不安を抱えていると、藤さんが口を開いた。

「碓井君は?お祖父様…彼が重傷負っているのご存知だったんですよね?」
キツい印象を与える整った顔立ちにさらに厳しい表情をうかべて言う藤さん。

それに対してお祖父さんはあくまで表情を変えない。
淡々とした口調で言う。

「もちろんだ。彼の要望で私が警察に若干強引な依頼をさせてもらった。
今病院の方に迎えの車をやっているからそのうち着くだろう」
「…来れるんですか?というか…来させるつもりですか?」
眉をしかめる藤さんの言葉に、お祖父さんは意外な人物の名前を出した。

「来るなと言っても来るだろうな。
なにしろ碓井正成警視正の息子だ。いや、今は総監をやっておったか。
随分前にとある事件で世話になったが…彼が白と言えば全てが白に、黒と言えば全てが黒に思えるような圧倒的な迫力のある、正義と信念の男だった。
息子も父親に似ているな。一目で他人の上に立つ器とわかる。
藤、お前もいちいち瑣末な事で揺れるな。
あれを見習って絶対的な意志の強さを保ちなさい」

親子二代で風早総帥に絶賛されてる?

まあ…確かにコウは出来過ぎ男なわけだけど…。
普段は空気読めない男でも自意識の低い天使様の奴隷でも、一度事件が起こると確かにすごいしね…。
コウも…いつか総監とかになっちゃうのかなぁ…。

そんな事を考えてると、部屋のドアがガチャリと開いて、メイドさんに案内された整った顔の中年男性が一人部屋に入って来た。


「玲二叔父さん、お久しぶりです」
藤さんが男性にそう声をかけたあと、私達に小声で
「上の叔父さんね」
とささやく。

その男性、玲二さんはにこやかな笑顔を藤さんに向けると
「やあ、このたびはおめでとう。
藤はずっと家庭に縁が薄かったからね。幸せな家庭を作りなさい」
と、優しい口調で言った。

なんだか…噂には聞いてたけどすごぃ良い人っぽい。

藤さんはそれに少しはにかんだように
「ありがとうございます」
と答える。

それから玲二さんはお祖父さんを振り返って
「それでお父さん、今日はその話ですよね?」
と聞いた。

そうそう、私達も何故ここに集められているのか正確な所は聞いてない。
私とユートも顔を見合わせて、お祖父さんに注目する。

「いや、関連性は若干あるが、その前にそれとは別の話だ。
実は藤と和馬君達が旅行中に3度ほど和馬君が命を狙われると言う事件が起こってな。
うち2回、二人は犯人が捕まっているのだが、両方とも”風早勇三に雇われた”と自供しているらしくてな」
お祖父さんのその言葉に玲二さんは顔色を変えた。

「…まさか…いくら勇三でもそこまでは…」
「そこまでやるのかどうか本当の所はどうなのかを問いただそうと、今日は藤と和馬君と一緒に旅行に行っていた当事者の友人達と勇三、そして念のため芹も呼んで話をする事にした。
とりあえずお前も座りなさい。
あと友人二人と勇三と芹がきたら話を始める」
お祖父さんに言われて玲二さんはさきほどまでとはうってかわった硬い表情で席につく。

今まで知らなかったとしたら…ショックだろうな。
弟が姪っ子の彼を殺そうとしてたんだもんね…。

玲二さんが席についてちょっとしてコウとフロウちゃんが部屋に来た。
「おはようございます。お待たせして申し訳ありません」
金森さん同様きちんとネクタイをしてピシっと姿勢を正すコウに
「おはよう。まだ二人きとらんが、とりあえず座りたまえ。ところで傷はどうかね?」
と、お祖父さんは席を勧めた上でコウに対して気遣いを見せる。

「失礼します」
と、フロウちゃんのために椅子を引いてフロウちゃんを座らせたあと、コウは自分も座ると
「たいした事ない…と言うと嘘になりますが、今回の話に参加するのに支障が出ない程度ではありますので。お気遣いありがとうございいます」
と、会釈した。

次に来たのはなんだか美人だけど化粧の濃い中年の女性。
部屋に入るなり私達を一瞥。

「なに?庶民の子供に馴染む会?
それとも庶民にセレブの生活でも教えてあげるボランティアかしら?」
すごい怖い顔で険のある口調。

「芹、いい加減にしなさい」
それをたしなめる玲二さん。やっぱり良い人だ。

そこでお祖父さんが玲二さんにしたのと同じ説明をすると、芹さんもやっぱり顔色を変えて、硬い表情で席についた。

そして最後が噂の勇三さん。
確かに整った顔立ちではあるけど…ちょっと抜け目のない感じ。
私達は完全無視で、無言で椅子に腰を降ろした。

「全員揃ったな」
それでお祖父さんが立ち上がって言う。
「今日お前達兄弟と藤、そして藤の友人を呼んだのは他でもない。藤が友人と旅行中、和馬君が風早勇三に雇われたという人間に命を狙われた事についての真偽を問うためだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれっ!俺には何の事だかっ!!」
お祖父さんの言葉に勇三さんが慌てて立ち上がって叫ぶ。

あくまでとぼける気か…もしくはどんでん返しで黒幕は芹さんとか?
そんな勇三さんに冷ややかな視線を向けると、お祖父さんは言った。

「勇三、とりあえず座りなさい。
これから碓井正成現警視総監のご子息、碓井頼光君に事情を説明して頂く。
勇三だけではなく玲二も芹も話の腰を折らんように。
言いたい事があれば話が終わってから言いなさい。
いいな?」
ギロリと3人の顔を見渡すお祖父さん。

「はい」
「まあ…そういう事なら…ね」
「俺じゃないからなっ」
と、玲二さん、芹さん、勇三さん、3人がそれぞれ言いつつもうなづいた。

とりあえず全員聞く体勢が整った所で、フロウちゃんにチラリと視線を向けるコウ。
そこでフロウちゃんの例の一発。
「コウさん、今回の事件の真相を究明して黒幕を特定して下さい。出ないと…」
小指をたてた右手を差し出すフロウちゃん。
そしてにっこりといつもの天使の微笑み。
「針千本です♪」
スッと手を差し出してその小指に軽く小指を絡めると、コウはうなづいて即手を放して立ち上がった。

「本日説明役を務めさせて頂きます碓井頼光です。よろしくお願いします」
コウはきちんと姿勢を正して一礼。
3人も思わず軽く頭を下げる。

コウはそこでまたまっすぐ前を向いて始めた。
「今回…藤さんを始めとする、金森、近藤、佐々木、一条、そして俺の6人でスパで有名なリゾートホテル、白鳳ホテルに旅行に行きました。
部屋はダブル、ツイン、そしてシングル二つを取ってあり、本来はそれぞれ俺と一条、近藤と佐々木がそれぞれダブルとツイン、藤さんと金森がシングルを使用する予定でしたが、色々ありまして、結局、近藤と佐々木がダブル、一条と藤さんがツイン、俺と金森がシングルにそれぞれ泊まる事にしました。

そして一日目。
近藤と佐々木はしばらく部屋で話していて、俺と藤さんは二人で競泳、一条と金森はプールサイドで歓談しながら近藤達を待っていたのですが、待っている間、一条がたまたま同じホテルに宿泊中だったらしい高校生時代から一条につきまとっていた3人組に絡まれてそれを金森が救出します。
それと時を同じくして、一人で部屋を出た佐々木は俺の部屋の前でウロウロしている女を発見。
声をかけますが、女はイヤリングの片方を落としたまま逃走。
佐々木はそのイヤリングを拾ってプールにきました。

それから事情があってすぐ全員部屋に戻ったのですが、金森は近藤の部屋を訪ね、自分が着ていたパーカーとサングラスを忘れていきます。
そしてその後、近藤がふざけて金森のパーカーとサングラスをかけ、髪をキャップで隠して金森の振りをして遊びながら廊下に出た所を、見知らぬ人間に刺されます。
この件に関しては近藤は金森の服を身につけていたため金森と間違われて刺されたという事が後に判明します。

これは幸い軽傷ですんだのですが、一応傷害事件なので当然ホテル側に連絡を取り、警察が来て、近藤が病院に連れて行かれて手当を受けている間に俺が状況説明をしました。

そしてその時たまたまホテル側の応対に出たのがホテルのオーナーの孫で藤さんとも旧知の仲である皆川諒氏で、藤さんに挨拶をしたいということだったので、そのまま病院にいる近藤をのぞく全員が集まる部屋に案内してしばらく歓談しました。
話の流れで皆川諒氏が藤さんに好意を持っている事が判明。
さらに金森が藤さんと交際中である事にショックを受けられ、皆川氏は以前藤さんが交際を断る理由に女性が好きで男性に興味がないと言っていたのを鵜呑みにしてらした事を告白。
そしてその時に同行者の一人がイヤリングについた整髪料とコロンの匂いが皆川諒氏の物と同一の物であることに気付き、念のため警察に秘密裏に依頼をした結果、イヤリングは皆川諒氏の物である事が判明します。
以上の事から皆川氏は部屋を個人的に替わった事を知らず、藤さんの部屋と思って俺の部屋に藤さんが好きだと思っていた”女性の格好で”訪ねてらしたものと推測でき、後ほど事実である事が本人から確認取れています。

その夜…例によって俺の部屋が藤さんの部屋だと思っている皆川諒氏が部屋を訪ねて見えます。
氏はそこで初めて俺達が部屋を交換している事を知りました。
氏が帰ったあと、俺が就寝すると俺の部屋に鍵を破壊して何者かが侵入してきました。
相手はナイフを手に明確な殺意を持っていて、それに気付いて飛び起きた俺はしばらく格闘の上負傷しつつもかろうじて相手を捕獲。これを警察に引き渡しました。

翌日二日目。
一条が前日つきまとっていた3人組の一人が不審な男と会話しているのを発見。
これを携帯で動画に収め、この動画からその男が対話相手の男に依頼されて前日の近藤を刺した事件を起こした事、金森の服装を着ていたため金森と間違えて近藤を刺した事も判明します。

その日の午前中、風早総帥に事情をお話し、総帥が取って下さった部屋に移動。
総帥にはさらにホテルまでご足労願い。藤さんが金森を紹介。
近藤達も交えて全員で会食後解散。
そのままホテルの一室に全員集まって過ごし、夜に。
女性は奥の寝室で休んでもらい、男は応接間で見張り。
午後11時18分、不審な気配がして施錠していたドアの鍵が不審者の持参した銃で破壊され、2名の侵入者がありました。一人は身柄を確保。一人は逃走。

警察を呼び、俺は応急処置をしていた前日の傷が開いてその後病院へ搬送。一条はその付き添い。
他の4名はそのまま警察に護衛された状態でホテル内待機。
翌日、風早総帥の手配して下さった車でそれぞれこちらへ集合。
これが旅行初日から二日後の本日までの大まかな事象の流れです」

ここまで一気に話すと、コウは珍しく少し疲れたように息をついた。
まだ体調本調子じゃないんだろうな…。

「顔色悪いけど…少し休んだ方がいいんじゃない?」
それに気付いて何故か芹さんが言う。
金森さんには随分酷い事言ったって聞いてたけど…意外に気遣いの人?

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
にこやかに返すコウに少し赤くなる芹さん。
なるほど…中年女性ウケするのか…コウって。
そう言えばうちの母さんもめっちゃコウファンだったし…。

フロウちゃんがテーブルの上の紅茶のカップをコウに差し出す。
コウは
「さんきゅ、姫」
と、それを一口飲んで一息入れると、気を取り直した様に続けた。

「これまでお話したように具体的に暴力行為があったのは、一日目の夕方に近藤が刺された時、同じく一日目の深夜に俺の部屋に侵入者があった時、そして昨夜の二人の侵入者があった時で、うち最初の事件の依頼主と最後の侵入者の一人以外は身柄を確保してます。

近藤を刺した相手については警察の方で身元調査を行った結果、実行犯は都内の大学生。
これは金銭と授受と一条に対する金森の態度から嫉妬の念での犯行で風早とは全く無関係の一般人で実名は挙げても意味がないので省略します。
依頼した方に関しては現在警察の方で捜査中です。
あとの二件はいずれも都内の暴力団組員。
その二件の事件の二人はそれぞれ”風早勇三氏に依頼された”と自供しています」

「じょ、冗談じゃないっ!俺は本当に知らん!!」
コウの言葉にまた勇三さんが立ち上がる。

お祖父さんはギロっと勇三さんを睨むが、コウは彼を安心させるかのように
「はい。犯人の自供が必ずしも真実でない可能性もあるというのはわかってます。
その点についても説明していきますので、申し訳ありませんがもうしばらくご清聴下さい」
と笑顔でうなづいた。

なんか…コウも変わったよねぇ…。
昔は本当に実も蓋もない俺様で怖い人だったのに…。
でもおかげで安心したかのように、ホッとした表情でまた席につく勇三さん。
それを確認してコウは続けた。

「ここでまず一点考えたいのは、殺人を依頼した人間ががターゲットにした相手と、実行犯です。
一件目については先ほども申し上げた通り標的は金森和馬です。
これはまあ良いとして、問題は二件目です。
犯人の標的は藤さんで、”藤さんの部屋”だと思って俺が宿泊していた部屋を襲撃し、結果俺と対峙せざる終えなくなっているのです。

もちろん犯人の自供というのもありますが、俺個人は風早家とは縁もゆかりもない人間なので、俺が死んだからといって風早家に何か起こるという事もありませんし、この自供はかなり信憑性が高いと思われます。
それでは犯人の自供が全て正しく、この犯人の依頼主は勇三さんなのでしょうか?
仮にそうと仮定すると我々は大きな矛盾を抱える事になります。

次々起こる事件と前後して登場する皆川諒氏は、風早家の皆さんはご存知かと思いますが、風早勇三氏の取引先のお孫さんです。
そして今回、藤さんが白鳳ホテルに宿泊するという情報を皆川諒氏は勇三氏から得ています。
ということでもちろん逆の事も言えます。
二件目の犯人が俺の部屋に侵入する前、やはり同じ様に俺の宿泊している部屋が藤さんの部屋だと思って皆川諒氏が俺の部屋を訪ね、そして帰っています。

まあ…これはもう今後は一切しないと確約させましたので藤さんには目を瞑って頂きたいのですが…皆川諒氏が藤さんの部屋と思って俺の部屋を訪れた理由はいわゆる夜這いという奴でして…それは藤さんと取引先の皆川諒氏とをできればくっつけたい勇三氏の差し金だったらしく…後日確認を取った所によりますと、皆川諒氏は失敗した事と俺と藤さんが部屋を入れ替わっていた旨を即勇三氏に連絡していたらしいです。

とすると、皆さんもお気づきですね?

勇三氏が藤さんの殺害を依頼して殺し屋を送り込んだとしたら、ここで大きな矛盾が生じるのです。
皆川諒氏が帰ってから殺し屋がくるまで約2時間あったわけなんですが…勇三氏が依頼したならその時点で勇三氏から当然部屋が交換されているという連絡が入り、殺し屋は実際に藤さんが泊まっている隣のツインルームに行くはずなんです。
ところが実際には殺し屋はそれを知らずに俺の部屋の方へ来ています。

そこで不自然さを感じた俺は風早総帥にお願いして、ある事を確認するために、とある情報を流して頂きました。
かなり危険と言えば危険なやり方ではあったんですが、それだけの事はあったようで…予測した通りその日の夜、殺し屋が藤さんと金森が宿泊している部屋に送り込まれ、そこで殺人を依頼した人物がはっきりしたわけです」

「俺じゃないぞっ!!」
殺人、という言葉に反応して勇三さんがまた立ち上がって叫ぶのに
「そうですね。それはわかってますのでご着席頂けますか?
これからあなたに罪を着せようとしていた人物の特定に入りますので」
と、コウは苦笑。

「そ、そうかっ。」
と、勇三さんはまたホッとしたように着席。
ホント落ち着かない人だなぁ。
てか、どっちが大人だかわかりゃしない。

勇三さんがまた座るのを確認すると、コウがまた始めた。
「確信に入る前に…今回の一連の事件で依頼主が本当は誰を殺したかったのかを推測してみます。
今回起きた1件目と他2件の2つの相違点に皆さんお気づきでしょうか?

先に実行犯について。
前者は普通の大学生。後者はプロの殺し屋です。
次にターゲット。
一件目は金森、二件目は藤さんです。
三件目については身柄を確保した殺し屋いわく藤さんと金森どちらかをやれればいいということだったらしいです。
こうしてみると一見二人の仲が裂ければいいだけにも見えますが、ここで注目したいのが三件目の殺し屋の殺人計画です。
その殺し屋いわく、自分が金森を、もう一人が藤さんをという指令をうけていて、その日中に確実にどちらかを殺害する事、そしてどちらかを殺せたら即撤退という事になっていたそうです。
一見両方狙っている様にも見えますが、二人の殺し屋両方と対峙した俺の感想からすると、プロといっても二人の実力の差はあきらかで、確保出来た方は入って来た瞬間から隙があってそこをつけたんですが、もう片方は正直確保する自信はありませんでした。
怪我を負っていたというのを差し引いても、前日の重傷を負いながらもなんとか辛勝した殺し屋くらいの腕はあったと思います。
つまり…確実に相手を殺せるであろう方の殺し屋が藤さんの殺害を担当していたという事です。

さらに…風早の財力があって何故一件目だけプロを雇わずその辺りの大学生にやらせたのか、それもかなり不自然に思えます。

そこで俺は考えました。
依頼者は二人を引き離したいというより藤さん個人を殺したいのではないだろうか?
二人の婚姻を阻止したい人物なら他にもいるので上手く立ち回れば誰かしらに冤罪を着せられるが、”藤さんを殺したい”人物になると自分が特定される可能性が高くて好ましくない、依頼者はそんな人物なのではないだろうか…。

そこであくまで目的は二人を引き離す事、いなくなるのは藤さんでも金森でもどちらでも構わないという事をアピールするためだけに金森を襲わせた。
しかしそこで本当に金森が死んでしまえば二人を引き離したいという目的は達成されてしまうので、あえて多少の武道の心得のある金森が死なない程度の相手にまず襲わせ、それに失敗したのでたまたま狙いを藤さんにむけたという形をとったのではないだろうか…。

ここでシミュレーションをしてみます。
依頼者が勇三さんの場合…目的は取引先の皆川諒さんと藤さんの間に縁を結んで皆川さん経由で風早の家を間接的に牛耳る事。
これには絶対に藤さんが不可欠です。
ここでもし藤さんが亡くなったとすると…その計画が水泡と化すだけではなく、藤さんが亡くなる事によって長男の血筋が絶え、相続権は次男の玲二さんへ行くため、自分が手を出せる余地が全くなくなります。
ゆえに…藤さんの生存によるメリットがあり、死亡によるデメリットがある。
この両方の観点から、勇三さんは総帥をのぞく風早の人間の中で一番動機がない人物なんです」

「おお~~~!!!」
コウの言葉に嬉しそうな声を上げて手を叩く勇三さん。
なんというか…ホント子供みたいな人だな。
コウもそう思ったのか、それにクスリと笑みを浮かべた。

「シミュレーションを続けます。
続いて長女の芹さん。
勇三さんのように藤さんと縁を結ばせるような相手はいないので藤さんがいなければならないデメリットがない代わりに、藤さんがいなくなっても勇三さんと同様相続権は次男の玲二さんに行くのでメリットもない。
ようは…芹さんにとっては藤さんはいてもいなくても一緒の存在なわけで…そんな状態では犯罪なんて起こすだけ意味がないですよね?」
ニコリとコウが微笑みかけると、芹さんはまた頬を紅潮させた。

「その理屈で言うと…犯罪の依頼者は僕だと言っているようなものなんだが…」
そこで玲二さんが苦笑すると、
「はい。そう言ってます」
と、コウも苦笑。

そんな言葉を交わしてるコウと玲二さん、それにお祖父さん以外の一同は、それが冗談なんだか本気なんだかわからずどう反応していいか悩んでいる。
少なくとも玲二さんは冗談と取ってる?

「碓井君、君は学生さんだからそういう意識がまだ薄いのかもしれないけどね。
僕はまだ君が社会経験が少ないのもわかるし姪の友人だからそこまでしようとは思わないけど、冗談も気をつけないと相手によっては名誉毀損とかで訴えられてすごい賠償金取られちゃうよ?」
とやはり苦笑まじりに言った。

コウはそれに対しても
「ご忠告ありがとうございます。気をつけます」
と笑顔。

やっぱり冗談…なのかな。
そうだよね、玲二さんて一番マトモっぽいし。
こんな状況で自分が犯人みたいな冗談言われても笑顔でながせるのが大人の余裕だね。
コウって相変わらず冗談のセンスないなぁ…って思ってると、コウはおもむろに玲二さんに言った。

「玲二さん、昨夜の殺し屋がその日の内に確実に藤さんか金森のどちらかを殺す様にって指示受けたのはどうしてだと思います?」

なんなんだろう?そんなんさすがに私でもわかる質問なんだから大人でお馬鹿でもなさげな玲二さんにわからないわけはないと思う。

案の定玲二さんも不思議そうな顔はしながらも
「それは…父が今日藤と金森君の籍を入れさせてそれを機に藤に正式に家督を譲るつもりだと言っているからだろう?
結婚後だと法的には藤が死亡しても遺産は3分の1は直系親族、3分の2は配偶者に行くしね。
直系親族でない叔父叔母には全く入らなくなるから。
結果風早の資産の3分の2を失う事になる。
これが父が亡くなった後になると藤の直系親族がいなくなるから100%が配偶者だ」
と、私が知らなかった知識まで披露してくれた。さすがだ~。
玲二さんの言葉に私と同様にそこまで知らなかったのか芹さんと勇三さんが顔色を変えた。

「そういう事ですね。詳しいご説明ありがとうございます」
コウがにこやかに言うと、玲二さんもにこやかにうなづく。

他人に説明させてちょっと手間暇省いたのか。
コウってばちょっと無精になった?

そんな事を考えている間にもコウは玲二さん相手に話続ける。

「しかしそこでですね…一つ腑に落ちない点があるんです」
その言葉に玲二さんは少し眉をひそめた。

「風早総帥が最上階のロイヤルスイートを取って下さって俺達が移動したのは、総帥と俺達、そしてホテル側のごく一部と警察しか知らなくて、ホテル側に関しては皆川氏は件の夜這い未遂に目を瞑る条件でその日一日だけ知人の警察官の監視下にいて頂くという形を取らせて頂いたので、何故殺し屋が部屋の移動の事を知っていたのかが謎なんです」

そのコウの言葉に玲二さんは合点がいったというように笑った。

「ああ、その事か。
僕達には藤の入籍の事と同時に部屋の移動についても知らされてるからね」
「そうですか…」
「ああ」
コウはそこで初めて玲二さんから視線を勇三さんに移した。

「勇三さんは…ご存知でしたか?」
聞かれてようやく我に返ったらしい勇三さんはまたガタっと立ち上がった。
「さっきから黙ってきいてれば一体何の事なんだっ?!」
その言葉にコウは今度は芹さんに視線を移す。
芹さんも全く寝耳に水といった感じで首を横に振った。
「入籍って何の事よ?!
今日はお父さんがいきなり来いって言うから来たけど、そんな事聞いてないわよっ!
私はそんな財産目当て見え見えの庶民との結婚なんて反対よっ!!」

その二人の反応を見て今度は玲二さんの顔から笑みが消えた。

「あなた以外には知らされてないんです、実は」
コウの言葉。

意味わかんない。
どうなってるの??
見渡すとたぶん意味わかってないっぽいのは勇三さんと芹さんと私だけみたいだけど…。
藤さんは真っ青な顔で呆然と玲二さんを凝視してる。

「さきほどのですね…動機から判断して総帥に無理にお願いして少々博打を打ってみました。
唯一動機がある”あなたにだけ”今日藤さんと金森の籍を入れて総帥が家督を譲る事と俺達が部屋を移動した事を知らせて頂いたんです。
これでもしあなたが藤さんを亡き者にして家督をと考えているなら、どうあってもその日中に藤さんを亡き者にしなくてはならなくなる。
ゆえにその日中に殺し屋が送られてくるはず。
しかし殺し屋が来るだけなら連日来てる訳ですし、たまたまという事も考えられます。
だから”あなたしか知らされていない”部屋に殺し屋がキチンと来るかどうかという事を確認するために部屋を取って頂きました。
結果…殺し屋は確実にその日中に藤さんを殺す依頼を受けて、キチンと正しい部屋にきたので確定、という事ですね」

バンっ!!!!
いきなり玲二さんがテーブルを思い切り両手で叩いて立ち上がった。

「貴様ぁっっ!!!殺してやるっ!!!!」
あの穏やかな表情がうってかわって殺気立った険しい顔になる。

な、何??ホントに玲二さんが犯人なの?!!!
人の良さそうな穏やかな大人な振る舞いは演技?!!
本気でコウに飛びかかりそうな勢いの玲二さん。

しかしその時
「やめんかっ!愚か者がっ!!!」
その玲二さんよりさらに大きな叱責の声が飛んだ。
お祖父さんだ。

「一度までは覆水盆に帰らずと目を瞑る事にしたが、今回はもう容赦はせん!!
碓井正成君との約束通りお前は風早としての全てを取り上げた状態で警察に引き渡すっ!!」

へ??
ポカ~ンとする私達。
逆に今度は芹さんと勇三さんはなんかわかってるらしい。
青くなって互いに顔を見合わせている。

そして一番青くなったのは玲二さん。
「お…お父さんまさか、あの事を…?」
震える声で言う玲二さんに、お祖父さんも唇をふるわせてた。

「私を誰だと思っている!お前のやった事などわかっておったわっ!
しかし…真実をそこで明らかにしたところで何もならん。
あの日私は真実を突き止めかけた碓井君に上から圧力をかけさせて握りつぶした。
が、彼は言った。今これを握りつぶせば将来同じ事を起こすと。
犯罪者は犯罪を起こしても罪にならなければまた味を占めて同じ犯罪を犯すものだと。
そして…次に今回の犯人が犯罪に手を染めた時には自分は圧力に屈せずにすむほど登り詰めて必ずやそれを暴いてみせるとも。
そこで私は彼に約束したのだ。
お前がもう一度同じ犯罪に手を染める事があったら碓井君に手間を取らせるまでもなく、風早の全ての保護を取り上げて警察に引き渡すから、何もない一般人として処罰してくれとな。だから今回全面的に真相究明に協力した。
風早からは弁護士もつけん!警察はもう隣室に呼んである!」
そう言ってお祖父さんは呼び鈴を鳴らした。
途端にドアが開いてバラバラっと警察が駆け込んで来て玲二さんを拘束した。

「そんなっ!お父さんっ!!」
玲二さんは叫んで暴れながら連れて行かれる。






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