卒業_オリジナル_04

「あり得ん悪運の強さだな…」
遠くで…聞き慣れた声が聞こえる。

「あのねぇ、誰のせいでこうなったと…」
「貴様の行いのせいだ。俺のパーカーどうしてくれるんだ?」
「それで命拾いしたんでしょうがっ…」
「まあまあ、パーカーなら私が新しいのプレゼントするからさっ」
「…要りません。そのくらい自分で買います」
「…へそ曲がりっ。素直に買ってもらえばいいじゃん」
「貴様のようなお子様と一緒にするな」

なんだかいつもの雰囲気におそるおそる目を開けると、そこには可愛らしい天使様。

「あ、アオイちゃん、ご気分はいかがですか?」
もうヒロイン役の声優さん真っ青の可愛らしい声で言われると、それだけで悪かったはずのご気分が良くなりそうだ。

「起きたか、凡人。怪我人よりさっさとくたばるなんてヘタレもここに極まれりだなっ」
そこに…良くなって来た気分をどん底に突き落とすいつもの嫌味が振ってくる。

ガバっと跳ね起きると、そこにはコウをのぞく4人。
その中にはもちろんユートもちゃんといて…安堵でまた涙がこぼれた。

「アオイ~、心配かけてごめん」
ユートが横に来て、左腕で私を抱き寄せてくれる。
その反対側の右腕には包帯。

「いったい…どうなってるの?胸元とかも血がついてた気がしたけど、気のせい?」

私が見上げると、ユートはいったん私から腕を外して、胸から下げてるチェーンを引き上げた。
それはフロウちゃんが一昨年の冬に私達全員にくれた四葉のクローバーの押し花入りのロケットで…ロケットの真ん中が無惨に変形してる。

「廊下出て人の気配に振り向いたらナイフかざした女でさ、咄嗟に右腕でかばって腕斬りつけられて、そのままもう一度今度は胸刺されたんだけど、ロケット直撃したらしくてカッキ~ンてナイフの方が折れてんの。
で、その時丁度アオイが部屋のドア開けてくれたから逃げ込んで…。
胸についた血は腕の血がついちゃったのかもね」

そう…だったんだ…。
本気で体中から力が抜けた。

「ま、そこで胸刺されてたら危なかったかもね、ユート君。ホント姫のご利益だね~」
という藤さんの言葉にユートもうんうんとうなづくと、フロウちゃんは真面目な顔で
「マリア様のご利益ですよぉ。そのロケット、おまじないシッカリしましたからっ」
とこぶしを握りしめて力説する。

ちなみに…おまじないというのはフロウちゃんが通っていた聖星女学院の屋上にあるマリア像の右手の上におまじないをかけたい物を一定期間放置するというもので…

6年前、発案者でもあり当時中学3年生だった藤さんの親友でもある桜さんが右手に乗せるためによじ登ったマリア像から落ちて転落死するという事故まで巻き起こした恐ろしいもの。

だから今ではフロウちゃんもそのおまじないをするのをコウから固く禁止されている。

まあ…コウはその代わりにマリア様にお願いしたいような事は全て自分が叶えるからという無茶な約束をする羽目になったらしいけど……。

ともあれ…本当にご利益なのかは別にして、フロウちゃんのロケットがどうやらユートの命を救ってくれたみたいだ。
だてに幸運の四葉のクローバーの押し花入りじゃないね。

コウはかけつけた警察に事情を説明したり、ホテル側と話をしたりと色々してくれてるらしい。
で、一応ユートは腕の怪我はまあ例によって範囲が広いけど浅いってことで、病院に搬送されたものの私を心配して帰ってきてくれたとのこと。
と、一応一通り事情を説明してもらったところでわき起こる当然と言えば当然の疑問…。

「ね、犯人は?」
「まだ逃走中らしいよ?」
「目星は…?」
「ん~~微妙?」
藤さんはそう言ってチラリと金森さんに目を向ける。

「通りすがりの犯行じゃなければ、凡人を刺しても何も良い事はなさそうだから、おそらく俺を狙ったものなんじゃないかと思うんだが…
いくら俺の服着てたからといっても、俺はもう少しちゃんと鍛えられた体してるからな。
これと間違われるなんてすごい不本意なんだが…」

「あ~の~ね~!!自分の身代わりで刺されたかもしれん奴に向かってその言い草何よ?」
「いや、まだわからんし。そもそも貴様が俺の服なんて着るから悪いんだろ」
「う…それは…そうだけどさ…」
本気で…口では誰も金森さんには敵わないな…。

「女性って言うと…コウの部屋の前でウロウロしてた人とは関係してるのかな?」
「…それもわからん。
もしかしたら同じシングルだし俺の部屋と間違ってコウの部屋の前うろついてたって可能性もあるけどな」
金森さんが眉間にしわをよせる。

そんな話をしている間にコウが誰か若い男性を連れて戻って来た。

「藤さん…ここのオーナー会社のお孫さん、お知り合いだそうで」
コウが部屋に入るなりチラリと後ろを伺うと、藤さんは苦笑した。
「あ~ども。諒さん、お久しぶりです」
それを肯定する様にコウの後ろの人物に声をかける。

”どういうご関係?”と聞く間もなく、その人物はコウの後ろからかけだしてきて藤さんの前に膝まづいた。

「1年と5ヶ月と15日ぶりです。
藤さん、相変わらずお美しいそのお姿を再び拝見できて光栄です」

なんか…変だよ、この人も。
その男性、諒さんが藤さんの手を取って口づけようとすると、藤さんは容赦なく手をひっこめる。

「諒さん、普通に挨拶しようよ。この状況でそれってただの変な人だよ」
って…藤さんにしてはえらくキツい事言ってる気が…。

でもこの手の変人さんてめげないのがお約束だよね、諒さんは一応立ち上がりつつも
「申し訳ありません。藤さんがあまりにお美しいのでついつい我を忘れてしまいました」
と肩をすくめて軽く首を横に振る。

「そのまま我だけじゃなくて全て忘れて記憶喪失にでもなって私の事もスッパリ忘れてくれると非常に助かるんだけど」
とそれにまた容赦ない突っ込みをいれる藤さん。

もしかして…この人の事嫌いなのか…。
まあ変な人だけどさ。

でも例によってめげない諒さんは
「そしてまたあなたに出会って一目で恋に落ちるんですね」
「一人で勝手に地獄まで落ちて」
と、対する藤さんもやっぱり容赦が……。

なんだかエンドレスに続きそうなそのやりとりをさえぎったのはユート。

「で?結局そのホテルのオーナーのお孫さんは単に藤さんに会いにこちらへ?」
もっともな質問だ。
そこで諒さんは初めてくらい他に人間がいる事に気付いたっぽい。
私達にも目を向けた。

「もちろんです!
私の藤さんの部屋の側で悪漢が人を刺したと聞きまして、慌ててかけつけました。
もしまた何かあっては大変ですし、最上階のお部屋に移って頂いてその周りに厳重な警戒態勢をひこうかと…」
「要・ら・な・い!」
「しかし…」

最上階って事はたぶん一番良いお部屋?
ちょっと興味あるけど…まあ藤さんが思い切り嫌そうだからないだろうな…。

「監視付きのリゾートなんてまっぴらご免だよっ。
私個人は多少の相手ならはり倒せるし、怪我したユート君はどっちにしてもフラフラ遊びに行けないからほぼ部屋だし彼が部屋って事は彼女のアオイちゃんも部屋だしね。
姫は私が守るし、あとの二人は自分の身くらい自分で守れる」
きっぱり言い切る藤さんに、諒さんは少し目を見開いた。

「姫…というと…”あの”姫ですか?」
「うん、”あの”姫だよ。」
うなづく藤さん。

何が”あの”なんだろう…って思ってたら、諒さんは視線をジ~っとフロウちゃんに向けて
「なるほど…。こういうタイプがお好みなのですね…」
とつぶやいた。

へ?
唖然としている私達を放置で諒さんはフロウちゃんの方へと足を踏み出す。

「初めまして、皆川諒と申します。以後おみしりおきを」
諒さんがお辞儀をしたあと、握手をと手を差し出した途端、金森さんの隣でフロウちゃんが硬直した。

そして…さらに近づいてくる手に後ずさって、それでも手が近づいてくると
「いやああぁぁっっ!!!!」
っていきなり悲鳴。

そこで金森さんがサッと割って入って、ドアの所にいたコウが顔面蒼白で飛んでくる。
ユートと私と…当の悲鳴をあげられた諒さんはやっぱり呆然。

「姫は怪しい人物に近づきたくないようなんで、他を遠ざけるよりまずあなた自身が遠ざかって頂けると楽しいリゾートライフが送れるんですが?」
金森さんがいきなりいつも調子で始めたよ。

絶対に絶対に絶対に楽しんでる。
活き活きしてるもん。
コウの方は…楽しんでるどころか、さっきの案内してきた時から一転、警戒態勢。
怯えるフロウちゃんを隠す様に抱え込んでる。

いきなり有害人物認定されちゃった諒さんは戸惑いつつも若干ムッとした様子で
「なんですか、この失礼な…」
まで口にしたところで藤さんのものすごい怖い視線に気付いたらしく、あわてて
「男は…」
と続けた。

変な人ではあるけど、一応…空気は読む人らしい。
でも…矛先向けた相手も悪かったね…。
普通の人はさ、怒るとか引くとかなんだけど…金森さん、絶対に喜んでるもん。
もうさ、脳裏では絶対に、さあこれからどうやっていたぶろうかとかクルクル回ってるよ。

「これは失礼。確かに本当の事でも言って良い事と悪い事はありますね。
しかし”本当に怪しくて気味が悪いから半径1m以上に近寄るなこの変態”…と姫が思ってるのをキチンと察して距離取って頂けるなら、俺も生暖かい目で静観できるんですが…
そんな事もわからない輩に近づかれて怯えている姫を放置するのはあまりに不憫だったので」

…嘘だ…絶対に嘘だ。

「金森さん…絶対にフロウちゃんが不憫とか欠片も思ってないよね。楽しんでるよね」
私がコソコソっとささやくと、隣でウンウンとうなづくユート。
「絶対…姫たてればコウも藤さんも公認でいたぶれると思ってるな」

実際藤さん、
「ホントに、嫌がってる姫にしつこくするなんて最低だよっ!」
って柳眉逆立ててるし…。

「いや、別にしつこくなんて…」
「してましたね。俺見ました。
姫は嫌がって後ずさってるのをしつこく手出して来てましたね」
ああ…楽しんでる…。もう諒さんがお気の毒すぎて正視できないよ。

「ただ私は握手をしようと…」
「嫌がっている女性の手を触ろうとした、そういう事ですね?ハラスメントですね?
コウ、表にいる警察呼んでやれ」

うっあ~~。もう容赦ない。

「藤さんっ!この男なんなんですかっ?!なんとかして下さいっ!」
もう何を言っても追いつめられると思ったのか、諒さんが藤さんに詰め寄ると、藤さんはあっさり
「姫が悲鳴あげるまでしつこく迫った時点で諒さん有罪だし。和馬が正しいよ。
弟、警察コールよろっ」
と突き落とす。

「…和馬…?」
そこで諒さんがピクリと反応した。
「彼だけ名前呼び捨てなのは…」
「ああ、彼氏だからっ」
にこやかにとどめを刺す金森さん。

普段は”彼氏”なんて発言絶対にしないくせに、他人いたぶるためとなるとするんだね。
それでも藤さんはすっごく嬉しそうにウンウンとうなづいてる。

まさに”ガ~~ン!!”って擬音がぴったりな顔をする諒さん。

「な、なんでですかっ!!藤さん男には興味ないっ、一番好きなのは姫だからって言ってたじゃないですかっ!!」

叫ぶ諒さんの言葉でコウが少しだけピクっと反応して、フロウちゃんを藤さんの目からも隠す様に少し後方を向いて抱きしめる。
いや…藤さんに嫉妬って…ありえないって思うんだけど…。

そんな中でさらに諒さん、
「その言葉を信じて女性らしさの研究までした私は…」
って…そこまでしてたのかっ。

「ん~、ただの馬鹿?」
…やめてあげなよ、金森さん…。

藤さんはそれを止める事もなく、ただ、
「それ…いつの話よ?まだ高校生の頃じゃない?」
と呆れた目を向けた。

それでも
「まあ姫は今でも弟のモノじゃなきゃ抱え込んじゃいたいくらい好きだけど…」
と言うのはやっぱり藤さんも女子校育ち…。

なんというか…室内凄まじい事に…。

私とユートはもう会話に入り込む余地がなくて呆然と成り行きを見守るしかなくて、金森さんは思い切り楽しんでいて…藤さんはフロウちゃんが嫌がった事で元々邪険だった諒さんに対する目が完全悪の親玉見る目になってて、コウも藤さんに同じくで、フロウちゃんはコウにしっかりしがみついたまま変質者でも見る様な目で諒さんをチラ見してる…気がする。

「とにかく姫に嫌がらせするならここには来ないでっ。
用事があったら風早の家のビジネス用のメルアドに送ってくれたら携帯のメルアドに転送されるようになってるからっ」

……諒さんかわいそす…
嫌がらせ…してるってよりされてる気がするのは私だけなんでしょうか……

「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
慌てる諒さんに
「警察呼ぶ前にゴーアウェイ」
と、ピシっと藤さんはドアを指差した。
ショボンと肩を落として出て行く諒さん。

藤さんはフ~っと息を吐き出してせいせいした顔だけど、金森さんは
「もう終わりか」
と残念そう。諒さん…早々に退場して正解だよ…。

で、まあ相手が退場したところで
「で?あれ藤さんにとって何者です?」
と、一人オブザーバーな立場を保ち続けたユートが藤さんに視線を向けた。

確かに…知らずに見てたけどそう言われてみればそうだ。
藤さんはその質問に腕組みをしてウ~ンと考え込んだ。

「私に取っては…もう宇宙の果てまで飛んでいってしまえっていうほどウザイ男なんだけど…」
「いや、そういう感情的な意味じゃなくて…どういうお知り合いかなと…」
額に汗をかきつつ苦笑するユート。

「あ~、私叔父が二人いるんだけど、下の方の馬鹿な叔父の取引相手の馬鹿息子ならぬ馬鹿孫。
で、叔父は自分の仕事が有利になるように仲良くさせたいらしくて私が高3の時かな、騙されて引き合わされてさ。
あまりにチャラくてうざかったから”私は男に興味がなくて好きな女の子いるから”って突き放したんだけど、なんだかしつこくてねぇ」

ヘラヘラっと笑いながらそこまで言うと藤さんはふと一瞬真顔になって
「ま、例によって私のバックボーンが好きって人種だよ」
と、自嘲まじりに付け足した。

…こんなに美人なのになぁ…。
普通だったらモテて当たり前なわけだけど、なまじお金持ちだから本当に相手が自分の事好きなのか財産目当てなのかわからなくなっちゃうんだね…。
お金持ちも大変だ…。

その言葉にちょっとズ~ンと暗くなる一同の中で金森さんだけが淡々と口を開いた。

「ほ~、そりゃ良かったですね」
「良かった…の?」
少し俯き加減で視線だけ金森さんに向ける藤さんに、金森さんはやっぱり淡々と
「良かったでしょ?あのキモイのに本人の事が好きとか言われてご覧なさい?
何やっても地の果てまでも追いかけてこられるじゃないですか。
バックボーンが好きなだけならそれ捨てれば逃げられるんだから、いざとなれば余分な物全部捨てて逃げちゃえばいいでしょ。
大学卒業するくらいまで待ってくれればかくまうくらいはかくまってあげますよ?
ただし…それまでにちゃんとその一般庶民舐めた価値観を直しておいて下さいね。
贅沢は敵ですからね」
と、言う。

その言葉に、藤さんは本当に大輪の花が咲いた様な笑顔を見せた。
本当に…金森さんは上手いなぁ…。
ユートをさらにパワーアップさせたような感じだ。

「で、あのキモ男の正体は良いとして、姫はあの男の何がそんなにお嫌だったんです?
ただキモイという域を超えて嫌悪感を持っているように感じたのは俺だけですかね?」

藤さんが立ち直ったらしき事を察知すると、金森さんは今度はフロウちゃんに視線を向けた。

コウの腰にぎゅうっと腕を回してしがみついていたフロウちゃんはその言葉にコウの胸にうずめていた顔を少し離した。
それからウルルっと何かを訴えるような目をコウに向けるフロウちゃん。

視線に気付いてコウは少し屈んで
「…どうした?」
とフロウちゃんの頭を撫でて微笑んだ。
「…匂いがしました…あの人…」
言ってフロウちゃんは子犬のような大きく黒目がちな瞳でコウを見上げる。

「…匂い?何か嫌な匂いだったのか?俺は気付かなかったけど…」
コウが不思議そうに首をかしげると、フロウちゃんはポシェットからチャリンと何かを取り出した。

「…ブルガリのアクア プールオム」
言われてもわからないらしく
「えっと?」
と、先をうながすコウ。
金森さんは思い出したらしい。

「例のイヤリングのか?」
その声にフロウちゃんはコクコクとうなづいた。
「…整髪料も同じ…なので…片方だけなら偶然の可能性もありますけど…」
え~っとつまり…諒さんが??

「和馬、意味がわからんのだが、どういう事だ?」

事情がわかったならフロウちゃんから聞き出すより金森さんから聞いた方がよりわかりやすいと思ったみたいでコウは金森さんに視線を向ける。
聞かれて金森さんはニヤリといつもの意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「ようは…お前の部屋の前をうろついていた女が落としたイヤリングと同じ匂いがあのキモ男からしたって事だ。
つまり…姫の嗅覚が正しくて、さらにそこの凡人の女が嘘をついてるとかじゃなければ、あのキモ男が女装をしてお前の部屋の前をうろついていたという事になる。
で、姫は女装して男の部屋の前をうろついていたキモ男の気持ち悪さに引いたという事だな」

「女装の男…だったのか…」
コウが嫌そうな顔をした。
「じゃ、ユートを刺したのも女装した諒さんだったり?」
私が言うと、金森さんは
「動機はあるが…そうと断言はできんな」
と、伺う様にコウを見た。
コウは考え込んでいる。

「いや…彼には動機はない。むしろ動機があるのは…」
「あるのは?」
金森さんが聞き返すと、コウはまた少し考えて首を横に振った。

「いや、今の時点ではやめておこう。
不確実な推測をダダ漏らししても混乱するだけだ」

そのコウに金森さんは
「相変わらず…石橋を叩いてわたらん手堅い男だな」
と苦笑する。

食事は少しでも藤さんの気を引きたいらしい諒さんの心づくしの手配で、部屋に運んでもらえる事になったから、フロウちゃん達の部屋の応接セットの上で皆で食べる。

なんていうか…すごい豪華な懐石料理…。
これって絶対諒さんのテコ入れだよね。
フロウちゃんは例によって全部見かけや味のチェックを入念にしたあと、お食事。
その様子を初めて見る金森さんは目を丸くしてる。

「とりあえずさ…姫とアオイちゃんとユート君だけは安全のため家に返しておく?」
綺麗に盛りつけられた八寸を無造作に口に放り込みながら藤さんがまず口を開いた。

金森さんはその言葉に無言でまたコウに視線を向ける。
金森さんにとってはいまだ自分は副でコウが生徒会長なんだね。
重要な決断は全てコウに委ねてるっぽい。

自身もすごく頭が良い人なのに、ここで自分が自分がって気負わずに飽くまで指揮系統をしっかり保とうとする冷静さが金森さんのすごい所だと思う。
今まで事件に遭遇するにあたってコウがイニシアティブを取るのを快しとせずに結局余計な手間暇かけさせる人種っていっぱいいたもんなぁ…。

コウは当然視線に気付いてて、箸を手にしたままジ~っと八寸の皿に向けていた顔をあげた。

「いや…殺人未遂のレベルで行動を起こしてる時点で、下手すると戻った先で目的達成のための人質として誘拐とかの可能性も皆無ではないし、目の届かない所にやらない方が良いと思います」
「ん~、じゃあうちで護衛用意するとか…」
「風早の家は…どこまで信用できると思います?
少なくとも…”家の者”にしか言っていないはずの藤さんの行き先が諒さんに伝わっていた時点で、総帥以外の風早家の住人や使用人には、和馬や…もしかして藤さん自身の事も快く思っていないかもしれない下の叔父さん等に対する色々な抑止はない可能性がありますよね?」
コウの返答は予想外だったみたいで、藤さんは言葉に詰まった。

「…お家騒動か?」
金森さんがそこで初めて口を挟んだ。
「その可能性も否定はできないな」
と、コウ。

なんか…すごい話になってきた?

「すみません、ちょっと一人でゆっくり状況整理したいんで、部屋戻ります」
コウは難しい顔で立ち上がった。
そして部屋を出て行く。

パタン…とドアが閉まると、藤さんがいきなり
「ごめん!」
とユートに頭をさげた。
「うちの馬鹿共のせいで怪我させてホントごめん」

まあ…でも藤さんのせいじゃないよね…。

ユートも
「でも別に藤さんが何かしたわけじゃないですし…そもそも誘ったのこっちだし」
とちょっと困った顔。

「藤さんの事がなくてもこいつら4人集まったらどうせ何かしらトラブルに巻き込まれてたでしょうし、気にする事ないですよ。
というか…まだ犯人も動機も不明なわけだからわかりませんしね」
とそこで金森さんが例のごとく淡々と言う。

「ま、風早家が原因だったら、これを機会に邪魔者思い切り排除できるし。
天下の風早財閥相手に捕り物なんて滅多にできませんからね。
凡人にしてみたら一生の思い出です」

「か~な~も~り~!」
ユートが思わず呆れた声を上げると、金森さんは
「ま、でもそうだろ?普通ならこっちから喧嘩売っても相手にもされん大財閥だ。
将来子孫に自慢できるぞ」
とクックッと喉の奥で笑った。

この人は…まったく…。
もう苦笑するしかなくて、ユートも私も苦笑。藤さんも笑った。

とりあえず食事が終わると私とユートは部屋に…。
「お茶…いれるね。何がいい?」
利き腕を怪我しているユートに私が言うと、
「ん~、コーヒーかな」
とユート。

棚からドリップ式のコーヒーを出してお湯を注ぐ。
お湯がゆっくり落ちるとまた注ぎ、コーヒーが丁度良い量になったところで、自分用の紅茶をいれた。
そして両方を手にソファに座るユートの元へ。
カップを二つテーブルに置き、正面に座るユートに目を向けると、痛々しい包帯が目につく。
私の視線に気付くと、ユートは思い出し笑いをした。

「そいえばさ、最初に会ったあの殺人事件の時もこうやって包帯しててさ、アオイが泣いたよね」

そう…最初に私とユートが会ったのは高校二年の夏休み。
私が連続高校生殺人の犯人に拉致された時で…あの時は私を逃がそうとしてユートやっぱり今みたいに腕を斬りつけられて怪我したんだよね…。
あれだけ…何度も殺人事件に巻き込まれてたのに結局ユートが2回、コウが1回腕に怪我した程度で終わってるのがすごい。
今回は…腕の血があちこちについちゃっててびっくりしたけど…。

「ユート…死んじゃうかと思った。今回は」
思い出すとまた涙があふれてくる。

担架で運び出されるユート見て本気でこのままお別れかもって思って血の気が引いた。
こんな事なら藤さんじゃないけど子供の一人くらい産んでおけば良かったとか色々回った。

「すごいパニック起こしてたよね、アオイ」
ユートが苦笑する。
「もうさ、よほどここで手当してくれって頼もうかと思ったよ。
アオイの方が死にそうな顔してるから」

「だって…手だけじゃなくてあちこち血だらけだったから…
…しとけば良かったって…思ったよ…」
私の言葉にユートは一瞬呆然として、それから大きく息を吐き出した。

「なんだ…して良かったのか…
てっきりさ、アオイこのところ旅行の目的がソレになってるのにちょっとウツなのかと思って、先にスパとかで遊んでからとか思ったんだけど…ホントしとけば良かったよ…」

うあ…ユート、そこまでちゃんとわかってくれてたんだ…。

「ユート…すごい。ホントにお見通しなんだね…。
そう、その時はそうだったの。なんだか色々考えすぎちゃってて…。
ユートがここまで全部わかっててくれて気を使っててくれたなんてホント思っても見なかったの。
ごめん…私があの時遊びに行きたがらなかったら…刺される事もなかったよね…」

いつでもそうだ。
私が勝手に信じられずに疑って暴走した結果、色々起こってそれを全部ユートがかぶってる…。
もう…容姿がとか頭がとかそういう事以前の問題な気がしてきた…。

「ごめん…ユートはこんなに格好良くて頭も良くて私の事なんでもわかってくれてて色々考えてくれるのに…私こんなんじゃ見捨てられても仕方ないよね…」

もう本気で涙が止まらない。
思い切り号泣してると、ユートが立ち上がって私の隣に座って怪我をしてない方の左手で頭をなでてくれる。

「俺はね、そんな可愛いお馬鹿さんなアオイが好きなんだけど?
狡賢い女いっぱい見て来たからねぇ…本気でそんなアオイちゃん萌えよ?」
そのまま少し笑みを含んだ目が近づいてくる。
唇に温かい感触。

「涙でしょっぱい」
軽く触れてそのあとクスリと笑うユート。
そして離れる体温。

「これ以上すると…辛くなるから。あ~もうこういう時になんで怪我してるかね、自分」
苦笑しつつもユートは少し残念そうに右腕の包帯に目を落とした。
ホントは…今私すっごくしたくなってるんだけど……

「なおったら…今度こそしようね。別にすごい場所とかじゃなくても良いから…。
どこでも…相手がユートならいい。」
私が言うと
「もう…なんでそういう可愛い事言うかな。
ものすご~~くしたくなっちゃうんですけど?」
と、ユートも言った。

結局…その夜は大きなキングサイズのベッドの端と端で寝る事に…。
なんのかんの言って初日で移動日だった上にこの騒ぎだったので二人とも疲れてたみたいで、ベッドに入ったら睡魔に襲われてすぐ意識が遠のいた。






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