映ちゃん再び
「お~すっご~~!!!」
翌日午後、ピンポ~ンと鳴るチャイム。
例によっておもてなしの準備をしているフロウちゃんとランス君の手を煩わせるのもなんなので、私が門のロックを解き、ドアを開けに行く。
相変わらずのハイテンションな映ちゃんの後ろには、やっぱり柔和な雰囲気を漂わせたヨイチが微笑んでいる。
とうながすと
「お邪魔しま~す♪」
と映ちゃんは相変わらず元気な声で言って私の後に続く。
そして…ちょっと予想しつつもリビングのドアを開けると案の定…
「いらっしゃいませ。当家の執事でございます」
と、スーツで出迎えるランス君。
映ちゃん歓声。
「うあああ!!!すごいねっ!さすが、社長様ん家だよっ!!!」
ヨイチ…バンバン肩叩かれて痛そうだ……。
「いらっしゃい。映ちゃん、ヨイチさん」
フロウちゃんがワゴンを押してくると、
「奥様、私がいたします」
って、相変わらず言葉使いまで違うよ。
「あ~ちなみにこれ、ランス君ね、いつもフロウちゃんの護衛してる」
念のために私が説明すると映ちゃんがまたおお~と歓声をあげた。
「へ~。あのドラゴンウォリアーなんだ~。
三銃士も人気だけど密かにランス君も人気あるんだよ~。
やっぱりさ、常に影の様にお守りします的存在は受けるんだよね~」
などと、さらにレジェンド・オブ・イルヴィス内の情勢まで語ってくれる。
「フロウちゃんはもちろん動くフローラ姫として男性陣に絶大な人気だしね。
夢の館だよね、やっぱりここ」
目を輝かせる映ちゃんに、にっこり微笑むヨイチ。
「失礼致します」
と、ソファに座った映ちゃんのウェッジウッドのカップにランス君が高い位置から綺麗に紅茶を注いで映ちゃんを喜ばせた。
もちろん、私に初めて執事モードを見せてくれた時のように、きっちりと完璧に美しいポイントにキュウリのサンドイッチやスコーンをのせた3段重ねのトレイ設置した上でだ。
映ちゃん、ついでヨイチ、私、フロウちゃんの順にお茶を注ぎ終わると、ランス君はまた一礼して下がり、キッチンの前に控えている。
「ま、とりあえず本題に入る前に…フロウちゃん、もう大丈夫そ?」
いれたての紅茶を一口すすって、映ちゃんがチラリとフロウちゃんに目をむけた。
それに対して…フロウちゃんはにっこりと優美な微笑みを向ける。
「はい、ありがとうございます。その節はご迷惑をおかけしました」
あ~、あの別れ話の時の話か~。
「なんつ~かね、方向性は違うんだけど似たもの夫婦だよね、フロウちゃん達」
映ちゃんのちょっと呆れたような言葉にヨイチがクスクス笑った。
「そう…ですかぁ?」
きょとんとするフロウちゃん。
「まあ…天然だよね。二人とも」
珍しくヨイチが自主的に会話に参加してる。
「そう…なの?」
フロウちゃんはともかくコウは天然ていうところからすごくかけ離れてる気がするんだけど…
目を丸くする私を見て、映ちゃんは
「アオイっちもだしさ。天然館だね」
とケラケラ笑った。
「ま、正確にはみんな天然じゃなくて電波だけどね。そもそも天然の定義は…」
「あ~ストップ!もうその手の理論はキリないし。
イメージ的な言葉での説明の方が伝わるって!」
いきなり論じ始めるヨイチを今度は逆に映ちゃんがさえぎる。
なんか…二人もどことなく変わった?
驚いた目で二人を見る私の視線に気付くとヨイチがニッコリ笑う。
「誰かをモデルにして良い作品を作ろうと思ったらまずその人物に対する理解を深めないとね。
その人物をそのまま使うか、アレンジするかどちらにしても、応用にはまず基本。
勉強でも人間でもそれは変わらないよ」
なんか…ヨイチ明るくなったなぁ…
初めて旅行に行った時には映ちゃんの後ろに隠れる様にして、映ちゃんに全部代弁してもらうような感じだったのに。
「う~ん…確かにそれはそうなんだけど…勢いも大事だと思うよ~。
辞書作るわけじゃないんだし、よくわかんないけど面白いってものもあるじゃん。
X君のブログなんてマジそうじゃない?」
「うん、でも最終的にそれを事業にしようと思ったら、骨組みは大事だよ。
勢いで書いてあとでつじつまあわなくなっちゃったとかあるからね。
とりあえず…今回はアオイがプロット書いて、それを僕が読んで客観的にわかりにくい部分チェックして、イメージ欲しいあたりを3人で話し合って映が絵って感じかな」
なんだか…二人とも物を造り慣れてるなぁ…。
勢いで提唱の映ちゃんとそれを元に冷静に計画を立てるヨイチ。
さらにすごい良いコンビな気になってきた気がする。
そのまま私は事件当時の事を思い出しフロウちゃんやヨイチに時折確認を取りながらプロットを練り、映ちゃんは人物ラフに取りかかった。
ランス君はたまに興味深げにチラリとその様子を覗き込みつつ、お茶を注ぎ足してくれたり、離席して庭木の手入れをしにいったりして過ごしている。
「フロウちゃんさ、まだあれやってるん?」
持参したノートPCにタブレットで絵を描きながら、映ちゃんが言った。
ちらりとのぞくとユートのイメージ画作成中。
手はきちんと動かしながら先ほどから何かしらしゃべってる。
ヨイチに言わせると、自分のためのBGMに近い感じでしゃべりながら描くのが映ちゃんスタイルらしい。
「あ~…いけないと思いつつ…なんとなく…」
例の…コウのパジャマとか着ながらコウの部屋でってやつかな。
「ま、別に悪いとかじゃないから。
どうせそれで増えた洗濯物とか掃除とかもやるのフロウちゃんだし。単純に好奇心。
気にしないで」
本気で…作画中の映ちゃんの話題はよく飛ぶ。
会話をするというより口を動かす事に意義があるらしい。
「ネタ的にはこれってX君のブログをはるかに超えるインパクトあると思うんだよね~。
今のみんなの知名度考えたらそれこそ本になって出版されてもおかしくないくらいさ」
という映ちゃんの言葉を引き継いでヨイチが言った。
「とりあえず…これをステップにして次に続けたいよね。
X君の提案はともかく、そこでユキさんまで乗ってきたってことは最終的にこれをもっと発展させるつもりなんだろうし。
ビジネスとしての方向性としては、これでキャラクタをさらにしっかり宣伝してキャラクタを売りにゲームって方向かな…。
元々前社長がコウ君を跡取りにするための道具として作ったゲームのためのゲーム部門だけど、思いがけず売れてきちゃったからね。
今のままネットゲームだけでも良いけどどうせならオフゲーにも手を伸ばして部を大きくしていきたいだろうし」
ヨイチ…何者?X君が言ってた事を伝えたわけじゃないのに、やりたい方向性を読んでいる。
2年間会社で働く為に色々教わってきた私より賢い気が……って言ったら絶対にお前が馬鹿すぎなんだってユキ君に言われる気がする…
あ~でも普通の大学生にもはるか負けるのか…私のオツムは…。
がっくりする私の心のうちを読んだ様に映ちゃんが口を開いた。
「ヨイチを基準に今の大学生はかっちゃだめだよ。ヨイチは秀才で理論派だからね。
高校いかなかった時代に無駄に色々情報かき集めてたし。
今のギルド運営も実務的な事は全部仕切ってるくらいだからさ」
おお~そうだったのか。
「それも…頭としてのカリスマの映がいてこそだけどね」
あえてそれを否定せず、ヨイチはにっこり付け足した。
ある意味…ビジネスほどシビアでないにしても、企業経営みたいだね。
コウも最近は実務は結構側近や各部の責任者にふっちゃって、会社の顔として宣伝活動に力をいれてるみたいだし。
「とりあえず…まずはこの企画を成功させないとね。
うちのギルドも古参だし時の人であるコウ君や三銃士が遊びにくる事もあるからかなり有名になっててHPにもかなりの訪問者いるからね。HPでも宣伝しよう。
映はまずそのHP用の宣伝の挿絵先ね。
あと…次回からHP管理してる葉月も参加かな?いい?」
ヨイチは私と映ちゃんの顔を見回した。
「おっけ~。葉月には私から連絡つけとくけど…アオイいい?
場所移した方が良いよね?ここ他人いれちゃやばいんでしょ?」
映ちゃんのその言葉にフロウちゃんがポカンと
「いけない…んですか?」
と、やっぱり私に視線を向ける。
なんでそれを女主人が私にきくかなぁ……
私はチラリとお茶を注ぎ足しているランス君にさらに視線を向けた。
「女性なら構わないと思いますよ。それが奥様のご希望でしたら。
何かありましても、奥様の身は私が一命に変えましてもお守りいたしますし」
おお~と手を打つ映ちゃん。
しかし…ランス君あくまで執事を崩さんなぁ…。普段が嘘みたいだ。
「んじゃ、そう言う事でっ。明日同じ時間でいいかな?」
そろそろ良い時間なので今日はとりあえず解散する事にする。
「ん~おっけ~。ね、フロウちゃん」
映ちゃんがパタンとPCを閉じて帰り支度をしながら口を開いた。
「はい?」
「コウ君てさ…今日戻らないの?」
と言いつつも手際よくPCとかタブレットとかを閉まってる。
何してても口動かしてるんだなぁ…。
「はい。今日はたぶん仮眠室だと思いますよ~。
確か…今日戻って来るのはユキさんでしたよね?」
ちらりとランス君を見上げるフロウちゃんにうなづくランス君。
あの人達はだいたい交代で仮眠室泊まりなんだよね。
そこまでしなくてももうあの2年前の事件の後遺症はほぼ消えてるどころか、前以上の業績をあげてると思うんだけど…。
1年半前引き継いだ時にどん底で忙しく立ち働いていたからその頃からの習慣だよね、もう。
ま、ここしばらくは確かにコウ達の結婚騒動で忙しかったんだけど、それも一段落ぽいし。
「んじゃ、そう言う事で~。明日またね♪」
ヒラヒラと手を振って帰って行く映ちゃんとヨイチ。
明日から本格始動か~。
「おつ~、アオイ」
客が帰ったとたん、いきなりネクタイをむしり取って普通の言葉に戻るランス君。
化けてたなぁ。
「ランス君もねっ。見事な化けっぷりだったよ」
と私がその様子に吹き出すと、ランス君も
「でしょっ?」
と笑った。
「あ~疲れたぁ~」
シャツのボタンを少し外してむしり取ったタイを握った手でハタハタあおぐランス君。
「なんで最近執事ごっこなん?」
と聞いてみると、
「仕事~」
と答えてソファに身を投げ出した。
「実務を他に任せられる状態になってきて最近社長様は会社の顔としての仕事増えてるから、今日のXみたいに社長様関係の来客とかもこれから増えるっしょ。
その時にやっぱりそういうイメージ作らんとならんから。
なんのかんの言って今の社長様の一番の仕事は一般の方々に夢を売る事だからさ。
コウと姫様はお育ちがお育ちだからナチュラルにそれができるんだけど、俺は日々訓練しとかんとね、地がでちゃまずいし。
だから今回アオイ達の色々を白い家でやるっていうのは、俺の訓練も兼ねてるんよ」
うっあ~大変。
単に護衛と家事してれば良いってわけじゃないんだね。
そんな事話してると電話が鳴って、あわててランス君が身を起こすけど、そこはフロウちゃんが
「私がでますから、アオイちゃんのお相手お願いしますね」
と、さりげなくランス君を休ませる。
「んじゃ、俺は晩飯の支度でもすっかな~」
そこで素直に休まないのがこの人達。
「いつも何かしらしてたからさ~、ジッとしてんのって落ち着かんのよ、実は」
苦笑い。
まあ…ユキ君もカイ君もコウも実はそう言う人種だったり…。
「あ、ランスさん、ユキさん今日戻れなくなったそうなので食事は3人分で」
と、そこでフロウちゃん。
電話はユキ君からだったらしい。
「らじゃっ」
と、ランス君は敬礼してキッチンに消えて行く。
3人きりの夕食…。
まあ…このメンバーだからなごやかはなごやかだ。
寂しいと言えば寂しいけど平和と言えば一番平和なメンバー。
その日はその後変わった事もなく、本気でなごやかな気分で終わった。
そして翌朝…内線で起こされる。
前日夜遅くまでプロット練ってたからあまりに眠くてスルーしてると、今度はドンドンドンドン!!てすごい勢いでドアがノックされた。
な…なに?!!
さすがに目が覚めて飛び起きる私。
パジャマのままドアに飛びつくと、顔面蒼白なランス君。
「なに?!どうしたの?!!」
さすがに非常事態らしい事に気付いて聞くと、ランス君は青い顔のまま
「…アオイ…悪いけど姫様の部屋見てきてくれない?
さすがに男の俺が入るのまずいから。」
とちらりと私の隣のフロウちゃんの部屋のドアに視線をむけた。
「何か…あったの?」
とりあえず…と、いったん机のあたりに戻って、椅子にかけてあったカーディガンに手を通しながらさらに聞くと、ランス君は
「姫様が…起きて来ない」
と、深刻な顔で言う。
うあ…それは大事件だ。
チラリと時計を見るとすでに7時半。
普段は絶対に6時半に起きるフロウちゃんが1時間も寝過ごすなんてありえない。
「姫様にもしもの事があったら…俺が詰め腹切るくらいじゃすまない…。
三葉商事つぶれる…」
顔面蒼白で言うランス君の言葉は確かに大げさではない事実だ。
三葉商事の顔、彼があってこその三葉商事というカリスマ社長のコウは以前、フロウちゃんがいるはずの時間に家にいなかったってだけで心労で意識不明になって入院なんて騒ぎ起こしたもんなぁ…。
私も少し青くなって、
「フロウちゃん?」
と、隣のドアをノックした。
返事なし。
すでにランス君が何度も内線で呼んでみたらしいから、それも無駄となると…最終兵器、マスターキーで部屋のドアをあける。
シン…とする室内…。
誰もいない…。
後ろで本気で血の気を失って頭を抱えるランス君。
昨日は…たしかにいたわけだし…もしかして…
「ランス君、コウの部屋に内線いれてみて」
「は?コウ会社っしょ?」
あ~、その話してた時ランス君掃除で2階にいたのか。
私は思い出して、説明をする。
「フロウちゃんさ、コウが帰れない日ってたまにコウの部屋で寝たりするらしいから。
もしかしたら今日もそうかも」
私の言葉にランス君は物も言わずに内線をとった。
一瞬のち…
『コウ、お前今日家に戻ってたのか…』
と言ってその場にへたりこむランス君。
あら、いつのまに…。
『じゃ、姫様そっちだよな?』
との問いにおそらく肯定の言葉が返ってきたんだろう。大きくため息をついた。
『そか。いるならいい。内線かけても出ないしマジ焦った』
あはは…そりゃ焦るよね…。
別に護衛役でもない私ですら焦ったもん。
「起こしてごめん、アオイ。本気で俺パニクってたから…」
とりあえず事態が落ち着いたところでランス君は立ち上がって私に頭を下げた。
「いやいや、あれは私でも動揺する。
とりあえず…目もすっきり覚めちゃったし着替えるから朝ご飯いい?」
私がヒラヒラと手を振って苦笑すると、ランス君は
「らじゃっ」
と言って下に降りて行った。
しっかし…あれだな。確かに昨日夜遅くならしかたないっちゃしかたないけど、焦るよねぇ…。
私はちゃっちゃと普段着に着替えると、ダイニングへと降りて行く。
そしてすでに用意してある朝食をランス君と共に囲んだ。
「今日はびっくりしたねぇ」
私が笑うとランス君はまたため息。
「本気で心臓止まるかと思ったよ。マジ勘弁」
こうして見ると…普通の20前後の男の子だよなぁ。
あの見事な執事っぷりはかけらもない。
私の視線に気付いたのか、ランス君は
「なに?」
と聞いてくる。
「いや、こうして見ると変わんないなぁって思って。あの執事っぷりが嘘みたいだよ」
私が言うと、ランス君は苦笑いした。
「アオイの前くらいだな、今こうやって話せんの。
ユキ達はあんまり俺がノンビリしてるとピリピリするし、外部の人間には執事だしなっ」
なんか…ランス君も大変なんだね…。
「なんかさ…忙しいっていっても会社組はまだ会社でたらプライベートあるけど、ランス君なんて寝る時間以外ずっとじゃない?
内的には家事、外的には執事、それに一番重要なフロウちゃんの護衛…気が抜ける所がないよね。みんなの中で実は一番大変な気がする」
「そう言ってくれんのアオイだけよ?
体動かすのは嫌いじゃないからいいんだけど今日みたいな事あるとマジ寿命縮まるし…。
あとはそうだなぁ…ずっと3人一緒に育ってきたから一人なのが…な。
姫様はずっと一緒だけどある程度距離感をとる様に気をつけないとだし…」
ランス君はため息。
「そうなの?」
と聞いてみると、ランス君はチラリと2階への階段に目をやった。
「同性だといいけどさ、異性だと変な勘ぐりされたらもう今の仕事はできんでしょ。
だから姫様といる時はなるべく感情出さず執事っぽくする事にしてる。
姫様に関しては隣で寝てても安全くらいの印象持たれないとだから、周り…特に社長様にね」
あ~なるほど…。言われてみればそうだよね…。
「そか…そうだよね。
フロウちゃんに対してあれだけ自信ないコウでもランス君とフロウちゃんがずっと一緒にいても危機感もってないもんね…」
「でしょ?普通に地を出すと暇な時にちょっと遊んでただけでもユートとか親の敵みたいな目で見てるじゃん。そういうもんよ。男って」
ランス君の言葉に私は苦笑いした。
「ごめんね~、色々気を使ってくれたのにいきなりけんか腰で…」
「いやいや、アオイが悪いわけじゃないし、アオイとこうして普通にしゃべるのって俺の気晴らしでもあるから」
なんか…私もすごく今まで色々プレッシャーで辛かったんだけど、ランス君てたぶんそれ以上だったんだね。
朝食が終わるとランス君がいつものようにティーを入れてくれる。
それを飲みながら勉強がてら公式をのぞく。
あ、新しい記事だ。
「ランス君っ、この前の載ってるよ~!!」
私はキッチンで洗い物をしていたランス君に手招きをした。
0 件のコメント :
コメントを投稿