オンライン殺人事件再来っ02

お姫様ごっこ


結局…あとでと言ったもののユートは戻って来なかった。
いや、正確には戻って来れなかったというのが正しいのか。
ずっと人ごみの間をクルクルと忙しく回ってた。
もちろん…披露宴が終わってもだ。

私はいても仕方ないし、そのままランス君に伴われてランス君の車で白い家に戻った。


「着替えてくるね…」

コウもユートもユキ君達も…今日は主役だからいつもは必ず出迎えてくれるフロウちゃんさえいないとなんだかそこは妙に広くて寒々しく感じる。

またなんだか寂しい様な悲しい様な…泣きたい様な気分になって2階の私室に向かいかける私を軽く制して
「さっきの約束。紅茶いれてやるから、そのまま待ってて」
と、ランス君は私をリビングのソファにうながした。

白い家は外装はともかくとして、内装はフロウちゃんの実家…つまり一条家に似せた造りで、リビングもなんとなくそんな感じ。

場所を変えてもやっぱり温かい空間だったんだけど、それは単純にフロアの問題じゃなくて、やっぱりそこを仕切る女主人の雰囲気によるものが大きかったらしい。

今一人でそこにいると、いつもは心地よかった座り心地満点のはずのソファが妙に居心地が悪く感じる。


「お待たせ致しました」
ふいにその声に空気が変わった。

ワゴンに乗せられたティーセットと3段重ねのトレイ。
優雅に一礼したあと、それらをきちんと一部の狂いもないがごとく完璧にあるべき位置にセッティングする正装のままのランス君。

かすかにぬくもりが感じられるティーカップに高い位置から綺麗に注がれる紅茶。
それを私の前にセットすると、またにっこり微笑んで一礼した。

「音楽は…いかがなされますか?
生演奏でしたらバイオリンかピアノ、もちろんオーケストラがよろしければレコードもご用意しております」


うああ……
なんだかお姫様にでもなった気分だよ。
映ちゃんとかいたら大騒ぎになりそうだ。

「ピアノ…お願い出来ますか?」
思わずこちらも敬語になる。

「ウイ、マドモアゼル」
ランス君はまた一礼して反転。
ピアノの前に座った。

ここで猫踏んじゃったとかだったら笑うよなぁ…とか思ってたら、なんとも優雅な曲が流れてくる。


「これ…聞いた事ある…」
私が言うと、
「有名な曲だからね。ショパンの華麗なる大円舞曲。これも2年間の特訓の成果」
と、ランス君が綺麗な音を響かせながら言った。

すごいな……。そんな事まで学んでたんだ。
”あの”特攻NOUKINの一人だったランス君が………


ユキ君激怒


「お前ら…何してんの?」
今日は戻って来ないと思ってたらなんとユキ君が戻って来た。

いつのまにか自分で鍵開けて入って来たらしい。
ユキ君はタイを煩わしげにむしり取りながら、呆れた声をあげる。

「えと…な、お姫様ごっこ。
誤解ないように言っとくと始めたのは俺な。
アオイは普通に部屋に帰ろうとしてたんだけど、姫様いなくて暇だったし特訓の成果を披露しようと思って引き止めてみたっ」

ランス君は立ち上がってピアノから離れると、ユキ君から私をかばうように、私とユキ君の間に立って言った。

「お前…なぁ!!!」
そのランス君の言葉にユキ君は声を荒げた。

「今どういう時かぜんっぜんわかってないだろっ!!
アオイ甘やかしてる暇あったら勉強部屋に放り込んで夜食でも作ってろよっ!!!」

小さな体を目一杯そらして自分をキツい目で見上げるユキ君にランス君は静かにため息をついて頭をかく。

「わかってないのはユキの方。
アオイは機械でも歯車でもなくてちゃんと感情ある人間なの。
お前に適性があって当たり前に出来る事でもアオイには適性がなくて学んでも苦痛なだけで意味のない事もある。
何を学ぶのがアオイのためになるのか、まずそこから考えてやらんと駄目だって」


…ランス君……

「……何がわかるんだよ……」
ユキ君がボソっとつぶやき、両手の拳を握りしめて、次の瞬間声を大きくした。

「ただ姫様と遊んですごしてたお前に俺らがどれだけ大変な思いして会社立て直したのかわかんのかよっ!!
コウなんてせっかく結婚して一生に一度しかないのに忙しすぎて新婚旅行すらいけないんだぞ!!!
あいつがどれだけ姫様との関係大事にしてたかわかるかっ?!
それでも会社のためにそれを犠牲にしてんだぞ!!!
そんな時期にアオイ遊ばせて甘やかしてる余裕がどこにあんだよっ!!!!」

そう…なの?
そんな事知らなかったよ…。
ずっと勉強部屋に缶詰だったから披露宴ですら日程をユキ君に聞いて知ったくらいだったし…。

「もう情けねえよっ!
自分の都合でコウに楽で安定した人生捨てさせてわざわざ茨の道選ばせた挙げ句、あいつだけに全部犠牲にさせて、自分はなんもできない…。
俺みたいなのの命を命がけで救ってくれた奴なのにっ!!
10年以上必死に側近候補として学んで来て、2年間、毎日毎日死ぬ気で働いてんのに、命の恩人に一番大切な時に数日の休みも取らせてやれない俺の情けない気持ちが、毎日のんきに茶飲んで過ごしてたお前にわかんのかよっ!!!」
叫んでユキ君が絶句した。

あんな華やかな披露宴の影にそんな葛藤があったなんて全然知らなかった。
…気の強いユキ君が泣いてる。

「それなら…なおさらだろ。アオイのために無駄な時間使ってる暇ないじゃん」
「だから色々試してんだろうがっ!」
「たぶん…方向性が違う。アオイは事務にも総務にも営業にも向いてない」

「じゃ、ただの役立たずじゃん!」
しかたないけど…相変わらずきついユキ君…。

「お前は姫様も役立たず言うか」
「姫様はお茶汲みくらいはできる!」
「あの人の価値はお茶いれるの上手いだけじゃないだろ…」
「……そりゃわかるけど…何がいいたい?」
「合理的なものだけが価値じゃないって事。
アオイの価値って今お前がやらせようとしてる会社の実務以外にある気がする」
「…それは却下!」
「なんで?」
「みんなで会社やってく事に意義あるんじゃん!」
「だからってこのままじゃアオイ飼い殺しだぞ。
お前はアオイの人生まで捨てさせんのか?」
「だから俺ぎりぎり睡眠削ってでもアオイにできる事探してんだろっ!!」
「それがお前にとってもアオイにとっても負担でしかないって言ってるんだが…」

あくまで静かな口調で言うランス君と激昂してるユキ君。

「アオイはどうなんだよっ?!一緒にやってく気なくなったのかっ?!」
いきなり振られて私は言葉に詰まった。

「なんで…黙ってんだよっ!お前だってさっコウに命助けられてんだろっ?!
しかも会社やろうって話した時コウに自分からやりたいって言ってたよな?!
やってみて大変だったからやめますってか?!!」

なんて言っていいのかわからず立ちすくむ私の態度をどう取ったのか、ユキ君は
「もういい!!!お前なんて勝手にどこでもいっちまえ!!!」
と叫んで2階に駆け上がって行った。


「ごめんな~、ユキすごい余裕なくなってるからさ。
気にすんなよ。アオイは全然悪くない」

ランス君はユキ君の姿が2階に消えると私を再度リビングのソファにうながすと、だいぶさめてしまった紅茶をいれなおしてくれた。
絶妙の濃さに絶妙の温度。それにどことなく感じる柔らかさ。
なんだか本当にフロウちゃんがいれてくれる紅茶みたいだ。

「ユキ君の言う事も…もっともなんだよね…」
私はその紅茶をゆっくり飲みながら、少し言葉を考えながら口を開く。

「結局さ…2年前のあの日、コウが普通にT大卒業して警視庁にっていう方向で動き出してたのをそれでも方向転換したのはさ、ずっとみんなで一緒にいるためで…それでも困難でつらい道になるからって私は加わらないでいいってコウは止めてくれたのにそれでもやるって言ったのは私自身だからね。
ユキ君だってさ、どん底の会社引き継いで立て直すコウの一番近くで一番重責背負って寝る間もなく働いてる中私だけドロップアウトしちゃったりとかならないように、ずっと必死に時間作って色々教えてくれたわけだし」

「でもな、それでアオイだって努力はしたわけだし、結果それに著しく適性がなくて身に付かなかったのはユキの選択ミスってのもあるからな。
アオイだけが気にする事じゃない」

…ここまで優しい言葉かけてもらったのって、すごい久々だ。
なんだかランス君て…昔のユートみたいだ。
…って考えてるのも昔のユート並みに勘がいいらしいランス君にはわかっちゃったらしく苦笑される。
なんだかそんなランス君がおかしくて、私も少し笑った。

「あのさ…君ら何なごんでるわけ?」
ふと冷ややかな空気が入り込んで来た。

「あ、ユートおかえりなさいっ」

例によって気付かなかったんだけど、ユートも今日は帰って来たらしい。
慌てて立ち上がって迎えた私に少し冷ややかな視線をむけた。


「コラ、アオイにやつあたるなよ。
疲れてピリピリしてる時に話してもロクな事ない。今日は寝て来い」

私がちょっとすくんだ瞬間、また空気が変わった。
温かな…ホッとする様な空気。
視線を向ければそこには同じく帰ったらしいコウがいる。

コウがそうユートに言ってユートを2階に促すと、ユートは
「別に疲れてやつあたってるわけじゃないっ!」
と言い返すが、コウは
「良いから寝て来い!社長命令なんて権力つかわせんなよ?」
と苦笑しつつ、断固として2階を指差した。

ユートが渋々2階に消えるのをちゃんと確認すると、コウは
「ただいま」
と、私達を振り返った。

「おかえりなさい。コウもお茶いれる?」
と、立ち上がりかけるランス君を
「あ~、いい。俺達も今日はもう休むから」
と制すると、同じくいつものようににっこりと
「ただいま」
と微笑むフロウちゃんを2階にうながす。

そして自分も2階への階段に足をむけかけてピタっと止まると反転。

「明日話聞いてやるからな。
大丈夫。お前が何か見つけるまで…それがもし全然俺達と離れた方向だったとしても出来る限りのサポートいれてやるから、安心しろ」
と私の頭をなでて、また2階へ消えてった。


なんか…コウも変わった。
まあ大企業の社長なんてやってたら変わらない方がおかしいけど……頭良くて身体能力も高くて地位もあって仕事もできて、でも昔みたいな威圧感がなくて人に安心感を与える様な…なんだろう……あ、そか…貴仁さんに似てきたんだ。

披露宴で遠目でだけど初めて見たフロウちゃんのお祖父さんのS銀行頭取さんも、なんとなく似た雰囲気を持ってる人で……あそこの家はもしかしてエンドレス一家なんじゃないだろうか、なんて思っても見たり。





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