オンライン殺人事件再来っ01

プロローグ


佐々木葵20歳。大学生…兼三葉商事社員見習い。

びっみょ~。
まあホントそう称するしかないんだけどね、実際。


「あ、ごめん、ちょっと挨拶まわらないとだから席外すね」

都内屈指の某有名高級ホテルの中でも一番広いご立派な広間。
きっちり礼服を着たユートが、そう私に断りをいれて席をたつと一際偉そうな人達の人並みに消えて行った。


今日は三葉商事社長の結婚式。
ようは…コウとフロウちゃんの結婚式ってわけ。

高校2年で出会ってプロポーズ。
当時は大学卒業して就職して生活基盤ができたらって言ってたけど、結局コウの方は大学1年で社長業を継ぐ事になって嫌でも生活基盤なんてできちゃったから、フロウちゃんが短大を卒業したらって事に短縮したらしい。

コウはずっとずっとフロウちゃんを溺愛しててフロウちゃんのいる家庭を切望してたし、まあめでたい事だ。


そんなコウとフロウちゃんのっていうと、いかにも身内のアットホームな結婚式を連想するけど、実際は日本有数の大企業の若き社長と日本屈指の大銀行頭取の孫娘の結婚式って事になるから、ほぼビジネスウェディングとでもいうんだろうか…本人達の個人的つきあいというよりは仕事の関係のつきあいの、政界、財界の偉いさんで埋め尽くされてる。

コウは元々警視総監の息子でお坊ちゃまというのもあるし、フロウちゃんは生まれついてのお嬢様。
もうこの二人に関しては友人であっても人種が違うというのは初めて会った高校2年生の時にすでに感じ続けていたことなんで、もう今更なんだけどね。


高校2年生の時には三葉商事に祝賀会に招かれて行った高級ホテルで同じ様にその場違いさに戸惑っていたユートが今ではすっかり若き社長の腹心の一人として、偉い方々に混じって挨拶を交わしている。

あの時は…制服以外フォーマルなんて持ってないからって普通の綿シャツにジーンズで笑ってたのに、今じゃきっちりフォーマル着こなして堂に入った様子で営業スマイル。

コウが社長になった2年前から仕事に必要になりそうなものを一緒に学び始めたはずが、いまや幼少時から社長の側近候補として学んで来たユキ君、カイ君と共に完全に社長の側近。

知能が高く物理的能力はすごくあるものの才走ったユキ君の尖ったところを上手にフォローして、対人面から社長を支えるユート。
巷では三葉商事の三銃士なんて言われてる。

それに引き換え……私はため息をついた。
はっきり言って…いまだ仕事できない私。

才能…ないのかなぁ……
簡単な事務ですら間違える。状況把握も下手で…もちろんユートみたいに営業の才能なんてかけらもない。
勘違いも多くて確実性がないから怖くて何も任せられないってこの前も教育係のユキ君に宣言されたとこ。

お茶汲み…やってみた。
煎茶を熱湯で入れてコウは苦笑。ユキ君には激怒された。

コウだけならまだしも社長のお茶汲みってことは社長のお客様にも出さなきゃって事だから、絶対却下…
これもユキ君に断言された。

「あのさ、お嬢様でそんな事する必要もない姫様でもお茶汲みなら素晴らしく完璧にこなせるんだよ?
もうね、それはそれは美味しいお茶をお淹れになるよ?w
葵みたいに一般庶民がこれってありえなくない?」


はい…ごもっともでございます…。
本当の事…なんだけどさ…ユキ君て言い方きついんだよなぁ…。

頭が良すぎて出来ない人間の気持ちがわからない、それは以前のコウと一緒。
でもユキ君の方がなんていうか…尖ってるっていうのかな。
きつい…。

まあ…コウが会社引き継いだ時って三葉商事がほぼどん底状態の時で、それを必死に立て直す社長を一番近いところで支えて来たわけだからユキ君自身も決して暇なわけじゃないどころか死ぬほど忙しかった。
そんな中で色々教えてくれるわけだから、その結果が絶望的に悪いと怒りたくもなるんだろうけどね…。

せめて資格をと色々チャレンジしてみた…ボロボロ落ちた。
ユキ君また激怒。

「ね、時間ない俺でも取れるよ?どうやったら落ちれるわけ?」

実際…私がチャレンジするものは一緒にやってくれる。
もちろん時間ないユキ君はそんなにそのための勉強もできない。
それでも何故か受かるんだよな…これが。

一生懸命やってないわけじゃないんだけど…何故かことごとく失敗する。
そして今…かつての仲間の晴れ舞台で忙しく立ち働いてる仲間達をよそに、一人ポツネンとゆっくり豪華な披露宴の料理をつついてる私がいるわけで…。


超高級ホテルの超高級フランス料理…美味しくないわけはないんだけど…砂を噛んでるみたいだ…。
なんだか綺麗に飾り付けられた料理が涙でかすむ。

「化粧…落ちるよ、ほら」
いつのまにか溢れかけた涙がファンデーションを落とす寸前に、差し出された白いハンカチに吸い込まれた。

「あ…ランス君。いいの?こんな所でのんきにしてて」
のんきはひどいな、と苦笑して、ランス君は私の隣、ユートの席に腰を下ろす。

「今日は俺オフ日だしっ。
ホラ、今日は一日社長様といるからさ姫様。俺が護衛する必要ないじゃん」
「あ、そか…そうだよね」

「でしょ~。普段は俺一番の重責よ?
なにせ…目の前で誰かが自分刺そうとしてナイフ振りかざそうが会社傾こうが社長様は揺らがんけど、姫様がかすり傷一つでも負ったらあの人仕事にならんからっ」
ランス君の言葉に私は思わず吹き出した。

2年前、コウが社長に就任して鬼のように忙しくなっていつもいつもフロウちゃんを側で守ってるって事が出来なくなった時、コウはそのポジションにランス君を任命した。

その時から子供の頃からいつも一緒に行動してたユキ君達がコウの側で立ち働くのと完全に分かれてランス君は一人表舞台から離れ、影のようにフロウちゃんの護衛のみをするようになって今に至る。
ゆえに…会社関係の付き合いとかってないんだよね、そう言えば…。

「強いて言うなら今日の俺の仕事はアオイとのおしゃべりかねぇ。
社長が気にしてたから、アオイ一人で退屈するんじゃないかって」

「オフ日なんでしょ?別に私なんて放置でいいよ…」

役にもたたないくせに手間だけは取らせるなんてあまりになさけない…。
私が言うと、ランス君はそう言わずにってユートの放置したワインを飲んで笑った。

「たぶん社長も俺も暇だからって事で言ってるんだしっ。
アオイ達とユキとカイ以外ほんっきで誰も知らんから。
会話は食事を美味しくする一番のスパイスよっ。
ユートこれ食わんよなっ、俺食っちゃおう」
と、さらに料理に手を付ける。

彼だけは…なんだか変わらないなぁ…なんだかホッとする。


「なんだかみんな偉くなって遠くいっちゃった感じ…ランス君は取り残されて不安にならないの?」

私も自分のワインを口に含んだ。
これも高級ワインなんだろうなぁ…
でも昔よくフロウちゃんが入れてくれてみんなで飲んだ紅茶の方が美味しかったな…。
はぁ~…なんで私こんなおめでたい席で辛気くさい事考えてるんだろう…。

「ん~俺はさ、実は最近前人未到の偉業を成し遂げたとこだからさっ。
ぶっちゃけ…もしかしたら社長様より俺すごい?とか思ってるんだけど…」
ランス君は言うと、片手で肘をついてニッコリと私の顔を覗き込んだ。

「へ?」
私が驚いた顔を向けると、ランス君はまたニコリと微笑む。

「すごい資格でも取ったの?それともすごい契約とか?」
私が聞くと、ランス君はチッチッチと指を振った。

「そんな程度のもんじゃないよっ、俺の偉業はっ」
「なによ?もったいぶらないで教えてよっ」
「…俺さ…姫様に包丁作ってもらった…」

へ??

「ちょ…意味がよく…」
戸惑う私にランス君は胸を張ってみせた。

「要は、だ。キッチンで料理作る事を許されたってこと!」

「うっそおぉぉ!!!」
思わず大声をあげる私の頭をペシコ~ン!とすごい勢いで飛んで来たユキ君がはたいた。

「会社にとってすげえ大切な来賓もたくさんいるんだぞっ!
お前さっ!役に立たないまでも迷惑かけないとかって事もできないわけっ?!!」

もういつもだったら硬直して涙目なユキ君のお怒りの言葉も、今は耳に入らない。

「ハイハイッ、わかった、トーン落とすからっ」
とシッシッというように手をふると、
「お前ねっ!!!」
とユキ君がキレかかるが、来客の応対をしているカイ君に呼ばれて渋々離れて行く。


「すっ、すごいねっ、ありえないよ、それっ!」

フロウちゃん家の台所は代々絶対の男子禁制。
コウをしてすごい人物と言わしめるフロウちゃんのパパの”あの”貴仁さんですら、新婚時代に一歩足を踏み入れて離婚されかけたという逸話があるほどの聖域だ。

もう偉業なんてもんじゃない!
政界財界の要人かき集めた披露宴開ける日本有数の大企業三葉商事の社長のコウですら一歩足踏み入れたら多分即離婚だっ。

まあ…フロウちゃんの後押しがなければ石橋を叩いても渡らない男がそんな無謀なチャレンジをするとは思えないけど…。 

「ど、どうして??」
詰め寄る私にランス君は得意気に
「2年間の修行の成果っ」
とピースサインを作った。


2年前、完全に会社関係から手を引く事になったランス君。

コウがフロウちゃんに絶対に護衛をと考えたのは、元々私達が知り合ったきっかけになったのが三葉商事の前社長が送って来たのでやってみたら12人中5人も殺害される大事件に巻き込まれる事になったネットゲームだったから。

まあそれまで一応平和に高校生活を送って来たのが一転、常に死がつきまとうという環境に置かれたトラウマなわけなんだけど、殺人事件なんてドラマや漫画じゃあるまいし、そんなに自分の身近に起こりまくるなんて事があろうはずもない。

コウと同じく幼い頃から常に時間に追われて色々詰め込みで育って来たランス君にとっては、まあ…暇なわけだよね、ぶっちゃけ。

そこでランス君、とにかくフロウちゃんの行動を模倣する事にしたらしい。

掃除法からお茶のいれ方まで逐一チェック。
食事も単に食べるだけじゃなくて調理法聞いてみたりとか、素材選びの基準とか、とにかくフロウちゃんの持っている知識の吸収に励んだんだとか…。

「今まで学んだ事のない方向性の知識だったからさ、珍しさもあって意外にこれが楽しくてさ」
と本当に楽しげに語るランス君。

「姫様いわく家事っていうのは通り一遍じゃなくてその時の状況によってケースバイケースで、例えば料理なんかでもさ、普段こってりした物が好きな人間でも胃が疲れてたりしたらあっさりした物食べたくなるとか、本当に相手が美味しいと感じる物っていうのは、その相手の状況を把握しないと作れないんだって。
服選びにしたって単純に気温だけじゃなくて、TPOやその時の気分とかで着る服とか変わるし、なんにしてもその時の相手の状況を事細かに観察分析できないとだめらしい。
その上で正確な味覚嗅覚、ある程度の美的センスが必要。意外に奥深いっしょ」

確かに…。
そんな事まで考えた事なかったけど、そうなんだねぇ…。


「んでさ、俺普段から誰か来ると密かに相手がどういう状態でとか姫様と語り合ったりしてさ、これが意外に当たってるんよ。
で、才能あるかも~みたいになって、そのうち台所入らないでできる範囲の事教わる様になってさ…最近はキッチンに入る事は許されて、つい先日な、包丁プレゼントで流し回りとかの使用許可もらったんだ」

「すごい…ホントすごいね、ランス君」
ある意味…ユキ君やユートよりすごいよ。

「ま、最終的には姫様は社長夫人なわけだから社長と一緒に外に出ないと行けない時も来るだろうし、そういう時にさ、家の事全部任せてもらえるまでできるのがとりあえず次の目標かね」


なんていうか…すごい。
本当になんだか感動した。

一見派手な舞台に上がったユキ君やユートとかに比べて裏方に押し込められちゃったのかなって思ってたんだけど、そこでいじけずにちゃんと自分にしかできない役割をみつけたその前向きさは本当に尊敬する。

「私にも…何かあるのかな…探せば。
今まで私会社の仕事ができるようになってユート達の側に行く事しか考えてなかったけど…
私にもさ、何か私にしかできない取り柄みたいなものがあったりするのかな…」

「ん~、あるんじゃね?
ていうかさ、ユキはある意味今すごく大変な時期で自分がいる世界っていうもの以外見れなくなってるからムキになってアオイに会社の仕事教えようとしてるけど…俺や姫様なんか日々白い家でお茶すすりながら、向き不向きあるのにねぇって話してるもんな」

「フロウちゃんが?」

私は最近大学の勉強と仕事の勉強でいっぱいいっぱいで、白い家いてもほぼユキ君と勉強部屋こもってて、食事もそっちみたいな感じだから、最近フロウちゃんとゆっくり話す機会なんて全然なかった。

「うん、アオイもさ、たまにはリビング降りて来てお茶しようぜ。
俺がとびきりのティー用意してやるから」

なんだろ…ホッとしたっていうか…上手く言えないけど、嫌な気分だったさっきとは違う意味で涙が流れた。

「だ~か~ら~、化粧落ちるって」
泣きながらウンウンとうなづく私の涙をランス君が石けんの良い匂いがする真っ白なハンカチでぬぐってくれた。


寂しいオーラ


披露宴の間中、私はランス君に最近のランス君とフロウちゃんの話を聞いていた。

コウやユート、ユキ君達の不在が多くなっても、フロウちゃんは相変わらずならしい。
日々ランス君に教えながらも家事に勤しみ、暇ができればファンタジー小説とかを読みあさり、バイオリン弾いたり…夜はいまだランス君をともなってレジェンド・オブ・イルヴィス内で釣り。

皆が変わって行く中、ランス君と二人きりでフロウちゃん自身は寂しいって思わないのかな…。
それを口にするとランス君は苦笑いを浮かべた。

「なんか逆ぽ。
寂しいと思ってんのも不安に思ってるのも社長様の方でさ…結婚急いだのも多分そのせい」

「あ~コウってスペック高いくせに昔から妙に自意識低いとこあるからねぇ」
同じく苦笑いを浮かべる私に、ランス君は
「それもあるけどさ、」
と口を開いた。

「姫様変わらないからさぁ…社長様忙しくしてても。
1週間ぶりとかで帰っても毎日帰ってる頃とぜんっぜん変わらない様子で出迎えるもんだからさ。
別にそっけないとかじゃないんだけどなんつ~か…ほら、今のアオイみたいに寂しいオーラとか出さんしさっ」

「わ、私別にっ!」

言われて私が慌てて言うとランス君はクスクス笑って、昔よくユートがしたように私の鼻の頭をツンってつついた。
なんか…昔の事…になっちゃったんだな…。

「ほら、またっ。今さアオイさ、ユートの事とか思い出してウっとかきたでしょ」
図星を指されて隠す事もできなくなって、私はまた目をうるませる。

「あ~ごめっ」
それにちょっと慌てて言って、ランス君はまた涙を拭いてくれた。

「ようはさ…それがあるからユートは寂しいって振り返らずに行けるんだよ」
「…?」

よく…わかんない…ってまあいつものごとく顔に出てたらしい。ランス君はまた苦笑した。

「もうさ…可愛いっつ~か…恋する乙女って感じじゃん。アオイの態度って」
うあ……。真っ赤になる私に、ランス君はクスクス笑う。

「ユートからするとアオイがそうやっていつもユート気にしててユートの事好きなの丸わかりじゃん。
だからあいつは安心しきっちゃってるんだよ。
別にアオイに興味がなくなっちゃったとかじゃなくて」

もしかして…慰められてるのかな…。

「姫様はなんつ~か不思議な人でさ、確かに社長様の事は特別で、好きかって言われれば好きだって答えるし実際そうなんだろうけど、じゃあ今一緒にいる時間取れなくなってて寂しがるかっていうと言葉にも態度にも出さんのよ、そういうの。
実際どう思ってるのかは2年間一緒にいる俺にすらわからんのだけど…。
社長様がいなければ社長様のために使う時間を自分の趣味にシフトしてるって感じですごしてて、でも急に社長様が帰ってきたりすれば趣味を中断して社長様のために使うわけ。
だけど寂しがらない。
最優先はしてる…好きって意思表示もしてくれる…でも不在を容認されちゃってるっつ~感じが社長様的にめちゃ不安ぽいよ。
んで…もうとにかく抱え込みたくなった…と」

なんか…羨ましい話だ…って思ってたらまたランス君に
「アオイって…わかりやすいよな…。今絶対に羨ましい話だとか思ったでしょ」
と、図星をさされた。

「まあ…さ、これは俺の個人的な意見だけどさ、アオイがユートとの距離縮めたいならユートを追わないで自分の道を見つけた方が良いと思う。
もちろんさ、ユートだって生活基盤なんてとっくに出来てて、お互い大学卒業したら結婚なんて選択もあるかもだし、アオイが仕事できなくってもアオイの一人くらい養えちゃうわけだけどさ、自分に何もないまま家庭に入っちゃったらさ、アオイは一生今の不安を抱えたままだよ?」

言われてみればそうだね…。
単純に結婚したら不安が全部消えるわけでも距離が離れないわけでもない。

「んで?それでももうとにかく結婚しちゃいたい?
それなら俺がそれとなく話したげるけど?」
ランス君の言葉に私は首を横に振った。

「ユートの事好きだけど…今のままじゃだめ…だよね」
私の答えにランス君はにっこり笑う。

「んじゃ、とりあえず今日はどうせユキも忙しくて戻らんだろうし、たまにはリビング降りてゆっくりしといで。
姫様仕込みの美味しい紅茶いれてやるからさ」



やきもち


「ランス…お前さ~、何ひとの席でひとの料理食いながら人の彼女と楽しげに話してるかなぁ…」
しばらく二人で歓談してるとユートが戻って来た。

「ん~だってほら、俺他に知ってる人いないし暇すぎて」
「だからって何アオイとまったりしてるかな~」
珍しくユート不機嫌?営業スマイルが消えている。

「ん~だってユート急がしそうだし、アオイも暇そうだったからっ。
暇な者同士遊んでたっていいじゃん」
「他人のもんじゃなければなっ」

ほよ??
なんか…え~っと…あれ?
私はチラリとランス君に視線を向けると、ランス君が目配せした。

「な、安心は時として距離を離すんだよ」

なるほど。
私が心底感心してうなづくと、それがさらにユートの気に障ったらしい。
「何二人でコソコソ話してたわけ?」
声に険がある。

「ユート、何してんだよっ!」
たぶんユート…何かの途中で抜けて来たのか、ユキ君がユートを呼んでる。

それに、
「ちょっと待って!すぐ行くからっ」
と返すと、ユートはまた私達を振り返った。

「行かないでいいの?呼んでるよ?」

私がイライラしてるっぽいユキ君にチラッと視線を向けたあと、ユートを見上げると、ユートはまっすぐ私を見返した。

「そんなに…俺を行かせたいの?アオイ」

うあ…なんだか怒ってる?

「だって…仕事…」
「俺が仕事してる間にわざわざちょっかいかけにくるような奴と楽しくおしゃべり続行してたいわけだ」

「は~い、ストップ!俺も仕事よ?」
ユートがキレだすかと思った瞬間、ランス君が軽く両手を肩のあたりまであげた。

「実は社長様に言われてんの。
アオイが退屈してると姫様が気にするから相手してろって」

へ…
ランス君は言ってこっそり私に目配せする。

「ユートだってアオイ一人所在なさすぎて沈み込んでたら気になるだろっ」
ランス君の言葉にユートはうっと口ごもった。

「ほら、行かないとユキぶち切れるから。あいつもキレたらマジ暴走するぞ」
それを裏付けるようにイライラしてるのが丸わかりのユキ君。

ユートは小さく息を吐き出すと
「あとでっ」
と、渋々戻って行った。


び…びっくりした…。
あれって…いわゆる焼きもちってやつ?

「ま、安心しきってたところに不意打ちだから動揺したなっ、さすがの策士も」
ランス君はユートの姿が人ごみに消えたところでクスクス笑った。





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