翌日…日曜なのでボ~っと部屋でネットサーフィンをしていたアオイに、母親が
「アオイ~、なんだか花が置いてあるわよ?」
と声をかけてくる。
その声に呼ばれて行ってみると黄色い花が置いてあった。
添えられたカードにはただ”あなたに恋するファントムより”とだけ書かれているが、当然覚えがない。
というか…ギユウじゃあるまいし、自分なんかに恋するなんてユートくらいだ、とアオイは思った。
それにしてもこんなのユートらしくはないわけだが…それでもアオイはユートに電話をする。
『もしもし、昨日はお疲れ~。どうしたん?』
普通に出るユート。
花の送り主とは違うのだろうか…。
「えっと…花贈ってくれたのってユート…じゃないよね?」
アオイが聞くと
『花?!どういうこと?!』
と、電話の向こうからはユートの焦った声。
「えっとね…実は今うちの家の前に私宛に花が届いてたわけなんだけど…差出人不明で…」
と、カードの事も含めて説明するアオイ。
「ギユウちゃんじゃあるまいしねぇ…
私にそんな事するのって他に考えられなかったんだけど」
不思議そうに言うアオイだが、対するユートの頭の中では不穏な想像がクルクル回っている。
まさか…昨日誰かがアオイを見て一目惚れ?
ギユウくらいになると一般人じゃ無理なのは一目瞭然なわけだから、普通に可愛いアオイが目をつけられたのか…これは…錆兎に言って取り締まってもらわないと…。
冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない!!
普段の冷静さはどこへやら、焦るユート。
そして電話を終えると、アオイは義勇に、ユートは錆兎にそれぞれ電話をする。
アオイと義勇の電話。
突然届けられた差出人不明の花、そしてカードの事をアオイが話すと、
『そんな事が~。
アオイちゃん可愛いからきっと海陽学園のどなたかが一目惚れしたんですね』
ヒロイン役の声優のような…ありえないくらい可愛らしい声でおっとりとそう言う義勇。
これだけの美少女に可愛いと言われても、あまり説得力がないとアオイは思う。
だがまあそれは置いておいて、アオイは話を続けた。
「でもさ~、差出人の名前ないんだよ?
普通そういうので送るなら名前かかないかなぁ?
まあ可愛い花だから机がちょっと華やかになるし迷惑ではないんだけど…」
…錆兎やユートが聞いたら目をむいて怒りそうな危機感のなさ、それがアオイだ。
送り主がわからない花でも机に飾っているらしい。
毒があるかも…とか何かしかけがあるかも…とか夢にも思ってない。
『可愛いお花ですか。いいですね。何のお花です?』
と、話された相手も危機管理という言葉が辞書にない義勇だ。
差出人がない、そんな怪しい状況を華麗にスルーして、関心事は花の種類に行くらしい。
「えっと…わかんないや、今写真とって送るね~。ちょっといったん切るね」
アオイはいったん携帯を切ってその黄色い花の写真を撮ると義勇に写メを送り、また携帯をかけた。
『金雀枝(えにしだ)ですね。
確かに…ファントムがそれを贈るってなんだかロマンティックかも』
「なにそれ?」
うっとりと言う義勇に不思議そうな声をあげるアオイ。
そもそも…ファントムという意味ですらわかっていない。
『えっとね、ファントムってどういう意味かなぁって思ったんですけど、金雀枝を共に贈るならたぶん”オペラ座の怪人”のファントムなんじゃないかなぁって思うんですよ…』
義勇は楽しげに説明を始めた。
オペラ座の怪人…は、フランスの作家ガストン…ルルーによって1910年に発表された小説でそれを原作として映画、テレビ映画、ミュージカルなどが多数が作られている。
内容はオペラ座の若手女優クリスティーヌに恋をしたオペラ座の地下にこっそり住み着いている醜い”オペラ座の怪人”ファントムの愛憎劇だ。
『でね、金雀枝の花言葉って”恋の苦しみ”なんですよ♪
醜いファントムがクリスティーヌに悲しくも苦しい恋をする…そういう意味で選んだんでしょうね』
うっとりと言う義勇。
ファンタジーの世界に生きる彼女の脳裏にはもうクルクルとそういう情景が浮かんでいるらしい。
一方アオイは
「ようは…顔に自信がない人が送ってきたってことね」
と、危機感はないが現実的ではある。
二人はしばし、その花の送り主の人物像で盛り上がった。
その後アオイとの電話を終えてユートの方は即錆兎に電話をかける。
『ファントムだって?!』
事情を話すなり声をあらげる錆兎に驚くユート。
「心あたりあるん?サビト」
即聞くユートの問いにまた即返ってくる錆兎の
『いや、わからん』
という返事。
「なんか…知ってるっぽい言い方だったけど?」
どう考えても心当たりがない反応ではない。
ユートの言葉に電話の向こうで錆兎はちょっと迷った。
『心当たりというか…まあユートなら信じてもらえるか』
「なに?あり得ない出来事はいまさらっしょ?なんでも信じるよ?サビトの言う事ならね」
今まで信じられないような出来事ばかりで、信じられたのはただ仲間だけだった。
ユートは本来疑い深い人間だ。だがそんなわけで錆兎の事だけは無条件で信じていた。
ユートの言葉に電話の向こうの錆兎は
『さんきゅー』
と、少し嬉しそうな笑みをもらす。
それから、それでも少し迷ったような口ぶりで
『まあ今回は…俺自身関係あるかどうかちょっとわからないんだけどな』
と前置きをして、先日の義勇の夢の話をした。
「姫の予言かぁ…それはまた…なかなか微妙なところだねぇ。本人はどういってるん?」
ユートが聞くと、錆兎はいつもの深いため息。
『言ったはしから綺麗に忘れるのがぎゆうのぎゆうたる所以だ…ってことは知ってるよな?』
「そうでした…」
ユートもがっくり肩を落とす。
『夢見た次の瞬間ですらファントムが出て怖かったって事しか覚えてないんだから、今聞いて覚えてるはずがない』
と、錆兎は続けた。
『まあ…念のため変な仕掛けないかとかだけ確認させた方がいいかもな…』
「うん。トゲある花とか何か塗ってあるとかでも怖いもんな…
ちょっとこれからアオイんとこいってくる」
『俺も行きたいとこなんだけど…悪い、そろそろ昼休み終わってまた来客なんで…なんかあったら知らせてくれ』
と、なかなか深刻な話になっている男二人。
女二人の間ではそれがファンタジーになっているとは夢にも思っていない。
電話を切ると錆兎はため息をつく。
アオイの事も気になるが、とにかく海陽祭だ。
今日はすでに法務省OBと某都市銀行支店長OBが午前中に面会に来て、午後は宇宙航空研究開発機構のOBとの面会があるのみである。
昼食は何かしながら食べやすいようにとおかずを握り込んだおにぎり。
もちろん義勇が持たせてくれた物で、それをかじりながら各部の貸し出し機材と予算のチェックをする。
やらなければならない事はてんこ盛り。
そんな風に忙しく机に向かっていると、
「錆兎さん…午後少し抜けちゃまずい…ですよね?」
と、錆兎におそるおそるといった感じに相田がお伺いを立ててくる。
普段は忙しく立ち働く相田があえて言うのだ、
「ああ、剣道部ならいいぞ、行って来い。一応部員だしな、顔出さんのもまずいだろ」
OBの面会もあと一人なら雑用は会計の佐藤にやらせればいい、と、錆兎は許可する。
が、相田がその言葉にホッと笑みを浮かべると、その相田の頭を後ろから和馬がどついた。
「お前俺に聞くと却下されるからって、何錆兎に直接聞くなんて姑息な手を使ってやがるっ!」
図星だったのかきまり悪そうに笑って頭を掻く相田。
ここで放置すると上下関係が鬼のように厳しい和馬に相田がいびられるのは火を見るより明らかだ。
錆兎はしかたなしに仲裁に入った。
「まあしかたないだろ。
剣道部なら警視庁の加藤さんもOBとして顔出すだろうし、生徒会役員だからって部の方に顔出す暇もないなんて余裕のないとこみせたくないだろ、OBに」
錆兎の言葉に和馬は
「…ったく…あの人も部にまで顔だすなんて暇だな。東じゃあるまいし…」
と、顔をしかめた。
「東”さん”だろ」
それを錆兎が訂正すると、和馬は
「あのすけこまし馬鹿なんて”東”で充分だ。
部活なんて興味ないくせにナンパ目的でOBとして出入りする為だけにサッカー部とかに籍だけ置いた馬鹿だぞ?
今年のテニス部の候補者の女にも実は手出してたとか噂だしな」
ときっぱり。
そこまでやってたのか…と東の行動性に感心すると共に、錆兎は早川和樹と同様ありえない情報網を持つ和馬に感心する。
「あ~、今年もサッカー部の候補者美人らしいっすよね。じゃ、東さん入り浸んのかなぁ」
という相田に和馬は
「何をいうか。姫だすなら今年はうちがぶっちぎりだろっ。
相手が金出してプロやとったところで、あれで負けるなんてありえん」
と言ってフンと鼻をならした。
結局…勝つ事に意義があるらしい。
「ま、そういうことで、相田は剣道部顔出して来い。会長命令だ」
と、それに苦笑して錆兎が最終的に命じると、和馬も仕方なく
「会長が言うならな…。そのかわりタダでは戻るなよ?
せめてサッカー部の偵察くらいはしてこい」
と厳命を下した。
午後の面会は13時からで1時間くらいで終わったので錆兎が一息ついていると、相田が戻って来て
「錆兎さん、良かったらちょっと剣道部顔出しません?」
とこそこそっと耳打ちした。
「加藤さんの差し金か…姑息な…」
これを地獄耳と言わずなんと言おうか。
本当にコソコソっと戻って来てコソコソっとつぶやいたのに、いつのまにか和馬が立っている。
「あ、いえ…その…たまには少し手合わせしたいらしくて…」
焦って言う相田に、和馬はハ~っと腰に手を当ててため息をついた。
「まあいい。
”剣道部に行け”とは言わんが、少し錆兎も愚民と戯れて気晴らししてこい。
オヤジの相手ばかりで肩凝っただろうし」
確かに実はそうだったりするのだが…
「いいのか?」
と、錆兎は書類を前に和馬を見上げる。
「良くなきゃ言わん。なんかあったら放送で呼び出すからさっさと行って来い」
シッシッとばかりに追い立てる様に手をふる和馬に礼を言うと、錆兎は相田と共に剣道部部室へと向かった。
「お~カイザー、お待ちしてましたっ!」
部室のドアをくぐると、わ~っと集まる剣道部部員。
錆兎は基本的には部活はやってないが、剣道部には相田つながりでたまに助っ人にくるので人気者だ。
その部員に混じって加藤が竹刀を背負って立っている。
「手合わせでもしますか?」
やる気満々なのかと苦笑する錆兎の腕をつかむと、加藤は部室の隅の方へと錆兎をうながした。
そしてコソコソっと耳打ちする。
「…鱗滝…婦警貸してやろうか?」
「はあ?」
加藤の唐突な言葉にぽか~んとする錆兎に、加藤は太い眉をしかめて言った。
「さっきな、ちょっとだけサッカー部のぞいたんだが…東の馬鹿が来てて、今年の優勝はダントツでサッカー部だとか偉そうに言って帰っていったんだ。
もうな、今年は生徒会も目じゃないってもう自慢たらたらだったんで…あいつにだけは勝たせたくないっ!そのためなら協力するぞ!」
そこまで仲が悪いのか…と、錆兎は内心ため息をついた。
確かに東と加藤は対極で気が合いそうにないが…。
「和馬といい、加藤さんといい、なんでそこまでそんなものに燃えるんですか…」
さすがにOB相手にくだらないとは言えないので、錆兎がそう言うと、加藤は
「生徒会は生徒代表だぞ!その生徒会がそんなんじゃいかん!」
と力説する。
「婦警の中にも美人はいるぞ、どうだ?」
もう…本当にこのままでは連れてきかねない。
「その美人の婦警さんは…剣道部にどうぞ。うちは俺の彼女に出てもらうんで」
錆兎がしかたなく言うと、加藤は目を丸くした。
「鱗滝の彼女か…。美人か?」
他ならもう思い切り肯定するところだが、さすがにOB相手にそれはできない。
錆兎は
「一応…ミス聖星らしいですよ?写真みます?」
と、携帯を取り出した。
錆兎の携帯の待ち受けは最愛の彼女だったりする。
「おい…これ…大幅修正とかじゃないよな?」
それを見て興奮気味に言う加藤に、錆兎は淡々と
「本物はもっと美少女です」
と、答えた。
「よっしゃ~!勝った!!」
その答えに加藤は拳をにぎりしめて叫ぶ。
もう…本当にみんな勝ち負けが好きなんだなぁと、錆兎はそのテンションの高さに感心した。
「鱗滝っ!これ絶対に東に言うなよっ?!当日になってほえ面かかしてやるっ!」
もう…本気で誰の為の何の勝負なのかわからなくなってきた。
その後加藤との3本勝負。
適当にあしらえるレベルではなく手加減なんてしようものならもうバレバレという、にっちもさっちも行かない状態で思わず錆兎も真剣勝負になり、1本ずつ取った後で最後の一本、ぎりぎり勝ちを拾うと、加藤は悔しがりながらも
「もうお前警視庁くるしかないなっ!
財務省とかで偉そうに椅子でふんぞり返るのも、暗い研究室でうつうつとすんのも絶対に似合わんぞ!絶対に警視庁来いよっ!」
と、ガシっと肩をつかんで叫ぶと帰って行く。
途中でたまたまやはりOBとして科学部に顔を出していた井川に会うと、加藤はまたさきほどのミスコンの話を出して、錆兎の携帯を取り上げると井川に自慢する。
「確かに…すごい美少女だな」
井川はそう言いつつも、
「だけどあなたが自慢する事じゃないんじゃ?加藤さん。
ホントに東さんとは犬猿の仲ですよね…」
と苦笑した。
それに対して加藤は否定もせず
「あの自分で動きもせんくせに偉そうな男とは本気で気が合わん」
と、口をとがらせる。
それにも井川は少し困ったような笑みを浮かべるにとどめた。
研究者というのは変人が多いと聞くが、昨日来た3人の中では一番穏やかで大人な人だと錆兎は思う。
(加藤さんも悪い人ではないんだが、あのテンションの高さが…)
と苦笑しつつ、井川と分かれて加藤を見送ると、錆兎は相田と共に生徒会室へと帰って行った。
なんのかんの言ってすでに6時。
アオイはどうしただろうか…。
ユートが行ったならまあ心配はないだろうが…。
何かあれば連絡くらいあるだろうし…と無理矢理自分を納得させてまた書類に向かう錆兎。
もちろんトラブルがあれば解決にも向かう。
物品が足りないだの、隣が自分達の方まで割り込んでくるだの、些細な事で生徒会室に苦情を言いにかけこんでくる一般生徒。
まあ…しかたないのだが、忙しい。
「鱗滝を出せ!」
かけこんできたのは一般生徒だけではないらしい。
どこかで聞いた声に、錆兎はため息まじりに立ち上がった。
「東さん…面会は昨日だったはずですが?」
そこには頭から湯気を出して東が相田と言い争っている。
「今日は面会じゃなくサッカー部のOBとしてやってきたっ!」
また…ミスコン関係か?と本気でため息しかでない錆兎だったが、東の
「うちの候補者の所に今脅迫状が届いたらしいぞ!
”ミスコン降りろっ。さもなくば災いがふりかかるだろう”なんてふざけた内容の!
しかも相手ファントムとかふざけた名前名乗って!調査しろっ、調査っ!」
という言葉に凍り付いた。
また”ファントム”か…。
顔色を変える錆兎に東は
「何か知ってるのか?」
と聞いてくる。
錆兎は言うべきか迷ったが、結局
「俺の友人のアオイ…昨日ここに来てたやつですが、そいつの所にも”ファントム”を名乗る奴から謎のカードが届いてまして…」
と、打ち明けた。
「一応調査しますので、その脅迫状を持って来てもらえるように交渉して頂けますか?
警察もそれだけでは動いてくれないでしょうし、状況によってはミスコン自体行うかどうかの検討もしなければなりませんので」
との錆兎の言葉に、東は慌てて
「何言ってる?!海陽の伝統だぞっ!!
そんな脅迫状一つで中止させるつもりかっ!みっともない!!
お前何件も事件解決したんだろうがっ!そのくらいなんとかしろっ!!
中止なんて絶対に許さんっ!
脅迫状ならここにある!
部長の越智から連絡きてすぐ車飛ばして候補者の家に行って取って来たっ!」
と叫んで便箋を押し付ける。
この期におよんで伝統もクソもない気が…とは思うものの、一応まだ実害がでてないだけに何とも言えない。
見るとそれはごくごくありふれた白い便箋に
”ミスコン降りろ。さもなくば災いがふりかかるだろう”
というワープロの文字と、その下にファントムの署名。
アオイのカードと同じく署名もワープロ。
「とりあえず…お預かりします」
とだけ言ってハンカチごしにその手紙を受けとると、錆兎は和馬に
「悪い、今日もう上がらせてくれ。ちょっとこの件について調べたい事がある」
と断ると、荷物をまとめた。
そしてアオイに電話して、これから向かう旨を伝えてアオイの家に急ぐ。
ファントム…身近に2件となるとやはり同一人物の仕業か…。
サッカー部の候補者の方はわかるが、何故ミスコンの候補者でもないアオイに?
アオイの自宅に着くとユートもいる。
事情を話して念のためとすでにゴミ箱に入っていた包み紙とリボンと共にワープロでメッセージが書かれたカードも預かる。
その上でもらった花をみせてもらった。
「これ…なんて花だろう…」
秀才…といえども全てに詳しいわけではない。
当たり前に見覚えのない花に首をかしげる錆兎に、アオイが
「金雀枝(えにしだ)っていうんだよ」
と答えた。
「詳しいんだな、アオイ」
と感心した錆兎にアオイは
「ギユウちゃんに教えてもらったんだけどね」
と種明かしをして、錆兎を納得させた。
確かに…義勇は植物やら花言葉やらそういう物にえらく詳しい。
とりあえずその日は回収出来る物は回収して、錆兎は自宅に戻った。
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