ファントム殺人事件クロスオーバー_04

翌日…生徒会室でカードと便箋両方を前に考え込む錆兎の机に、相田がソッとコーヒーを入れて行
ってくれた。

しかし…
「錆兎君、忘れ物♪義勇から預かって来たわ♪」
そこにいきなりふんわりと漂うフローラルな香り。

「おお~~??!!!」
ざわめく生徒会役員一同。
錆兎は青くなって額に手を当てた。

「蔦子さん…」
「なあに?」
彼女の義勇にそっくりな…どうみても20代にしか見えないその可愛らしい女性は目の前にチラチラと弁当をちらつかせた。

「あなたは、どこまで来てるんですかっ!!!」
錆兎はガタっと立ち上がって言う。

「だってぇ、義勇が錆兎さんきっと忙しいし何かしながら食べられるお昼届けてあげたいんだけどって言うから~。
学園祭前って部外者でも入れるって言うし、義勇がね作ったのを持って来たの♪」
と、キャピっと言う蔦子にがっくりと机に手をついて肩を落とす錆兎。

「姫の…お姉さんか?」
コソコソっと言う和馬に錆兎はやはりコソコソっと
「母親…」
と答えて、
「ええ~~!!!」
とまた一同驚きの声をあげる。

「義勇さん…というのは?」
よりによって…教師にここまで案内させたらしい。
蔦子を案内して来た黒河が錆兎に聞く。
あ~もしかして会ってなかったか、と、錆兎は
「俺の…交際相手です」
と答えた。

「交際相手の…?
今年は君の交際相手の女性が生徒会からのミスコンテスト出場者だと聞いたが?」
「はい、その彼女、冨岡義勇の母の冨岡蔦子さんです。
ちょっとやんごとない人達なので…
先生に案内させるなんて本当に申し訳ありませんでした。
できればなかった事にして忘れて下さい」

まあ…良くも悪くも常識にこだわらないところのある黒河で良かったと、錆兎は心底思った。
これが他の教師だったらホントになんと言われる事か。

「まあ…貸し一つという事にしておこうか。
君がいつか出世したら、借りを返してくれたまえ。楽しみにしてるよ。
そのかわり君の未来のお母様は私が責任を持って門までお送りしよう」
と初老の教師はにやりと楽しげに言うと、蔦子を伴って生徒会室から退場して行った。

ハ~っとため息をつく錆兎。
一気に疲れた。
「すごいな、錆兎。素晴らしいお母様だ」
爆笑しつつ言う和馬。
これでまた当分いたぶられるんだろうな、と、錆兎はあきらめの息を吐きだした。

その後続く来客。
相変わらず続く各部、各クラスの小競り合い。
”ファントム”について考える間もなく一日が過ぎて行く。


疲れた一日だった…色々な意味で…。
錆兎はその日はいつものように冨岡家に帰った。

「ぎゆう~…頼むから蔦子さんに弁当届けさせるのはやめてくれ…。」
家に帰って部屋に二人になると、まずため息まじりに哀願する。
そう…”お願い”だ。
そこで義勇に”嫌”と言われればそれまでなくらい、錆兎は彼女に弱い。

幸い彼女の方は”蔦子に届けさせる”という事にこだわりを持っている訳ではないらしい。
「じゃ、朝迎えに来てね。学祭の間は朝早いなら私も早く出るから♪」
とにっこり。

いつもは朝学校に一緒に行っているのだが、学祭の間はいつもより30分ほど早いので先に行っていた。
しかし今回は彼女の方が合わせてくれるという。

より好きなのは自分で…いつもいつも先に意思表示をするのも自分で…合わせるのもいつも自分なので、たまに相手から合わせてもらえると愛されてる気がして嬉しい。


まあそれはおいておいて、錆兎は事件の方に頭を切り替える。
とりあえず…”ファントムが”と義勇が怯えたのだ…。
すでに2カ所にアクションを起こした”ファントム”がいつか義勇の前に現れるのだろうか。
ミスコンの参加者と言う事は…脅されるんだろか…。

錆兎は念のために見せてもらったサッカー部から参加する候補者、筒井舞花の顔を思い浮かべた。
義勇には遥かに劣るとはいっても一般的には美人の部類だと思う。
アオイだって不細工なわけではない。
十人並み以上ではあると思うし、素朴な可愛さはある。
しかし一般的には舞花の方が美人だ。
その舞花よりアオイがいいんだろうか…。
そして…こんなに可愛い義勇に脅迫状を送る一方でアオイに愛を語るカードを送るんだろうか…。
謎だ…。

「そう言えばさびと…」
そんな事を考えていると、ギユウは花瓶にさした黄色い花を指差した。
「私にも届いた…お花」

「は?」
ぽか~んとする錆兎にギユウは繰り返す。

「お花…届いた。アオイちゃんの金雀枝とは違ってキンセンカだけど…。
”ファントム”さんは黄色が好きなのかな?」
と、カタっと机の引き出しをあけて、カードを取り出すと錆兎に差し出した。

”ラウルといつまでも幸せに。クリスティーヌの幸せだけを切に願うファントムより”


あきらめた…んだろうか…。
ポカ~ンとしながらも、ほとんど条件反射でハンカチごしにそれを受けとる錆兎。

これで終わるのか…。
文章からするとそんな感じだよな…。
結局…いったいなんだったんだろう…錆兎は本気でわからなくなった。



そして翌朝。
そんな事を考えていてすっかり寝不足な頭でそれでも学校に行くと、朝っぱらからまた今度はテニス部の候補者松野未沙に”ファントム”の脅迫状が送りつけられたと、テニス部部長が駆け込んでくる。
終わったかと思っていたらまだ続いていたらしい。

「またか…」
とりあえずその脅迫状を回収。
他の2枚と見比べた。

サッカー部に送られた物と寸分違わぬ便箋と全く同じワープロの文字と文章。
そして”ファントム”という記名。
アオイに花が届き、サッカー部の候補者筒井舞花に脅迫状が届いてもう2日たつ。
そして義勇に花が届いて一日か。

アオイと義勇は普通に花を飾り、筒井舞花は別に参加辞退もしていないが、これと言って何も変わった事はない。
いたずらなんだろうか…。

錆兎は考え込んだ。
アオイと義勇のカードはとにかくとして、もし…今回のミスコンの誰かを優勝させたいがために”ファントム”を名乗る者が脅迫状を送ったと仮定する。

最初の筒井舞花の脅迫状は彼女が辞退していないという事で意味をなしていない事はわかるはずだ。
そこで普通なら”それが脅しではないとしらしめる為に彼女に対して行動を起こす”もしくは”脅迫の効果がなかったものとしてあきらめる”の二択ではないだろうか。
なのに何故その効果のない脅しをさらに続けるのか…。
謎だ…。

「難しい顔してるじゃないか、名探偵」
2通の手紙と2枚のカードを目の前に考え込んでいる錆兎をからかうように和馬が声をかけた。
コトリと机にコーヒーが置かれる。

「どこぞの愚民達のようにインスタントじゃないぞ。
この俺様がわざわざミル持参で今ひいていれたブルーマウンテンだ。心して飲めよ」

そんなもの…持って来ていいのだろうか…という疑問は持たないでおこう。
錆兎は礼を言うと、その香り高いコーヒーに口を付ける。

「しっかり解決しろよ。俺は勝てる勝負を中止されるなんて事はまっぴらごめんだ」
和馬はそう言ってクスリと笑うと仕事に戻って行った。

理由…よりも確実なのはまず証拠か…。
錆兎は先日もらった加藤の携帯に電話をかけた。

『おう、鱗滝どうした?』
「加藤さん…実はお願いがあるんですが…よろしいでしょうか?」
錆兎が言うと
『ああ、なんでも遠慮なく言え。そのために連絡先教えたんだからな』
と、加藤は請け負ってくれる。

「ありがとうございます。
実はある物証についた指紋を調べて頂きたいんですが…
これからお時間頂く事は可能でしょうか?
もちろん加藤さんがお忙しければ代理の方でも良いんですが…」

一応…相手は多忙な身だ。そう気遣う錆兎だが、加藤は
『水臭い事言うな。物証受けとる時間くらいは取ってやる』
と、待ち合わせ場所を指定した。

「悪い、和馬。俺どうしても外せない用があってこれから抜ける。
今日の面会は午後だよな?それまでには戻るから」

言って錆兎はカードと手紙を念のためアオイとギユウに届いた花を包んでいた紙とリボンをいれた鞄に放り込むと、大急ぎで学校を抜け出した。


そのまま有楽町線桜田門まで。
改札につくとまた加藤に連絡をいれる。
本庁まで行った方が手間をかけないですむのだろうが、万が一知り合いに目撃されて親にばれるのは怖い。

連絡をいれて5分。
加藤がくると、錆兎は
「お呼びたてして申し訳ありません。
まだ実害がない以上、極々個人的なお願いになるので」
と言いつつ、軽く事情を説明して物証を渡す。

加藤は
「そういうことならな。これが事件に発展する可能性もあるわけだし、まかせろ」
と、それを受けとりつつ請け負ってくれた。

そして
「せっかくここまで来たんだから何か飲んで行くか?」
と言ってくれるが
「いえ、これからまた恐怖の面会です」
と錆兎がいうと、納得して苦笑した。

「ま、別にお前は警視庁(うち)に来るんだから他の奴らの機嫌取る必要もないんだけどな」
と言いつつも、
「頑張れよ」
と見送ってくれる。
錆兎はそれに礼を言うと、また学校へとUターンした。


戻るともう昼で、慌ててやはり義勇の持たせてくれた昼食を食べると、また午後は連続で面会だ。
色々考える間もなくやっぱり時間が過ぎて行く。

そして6時…和馬と佐藤はもう帰り、錆兎と相田もそろそろ帰り支度を始めていると、加藤からメールが入った。
指紋について結果が出たらしい。

(…これは…)
その結果に錆兎が呆然とした瞬間、いきなり携帯が振動した。
ユートからだ。

『もしもし、錆兎?!なんかアオイから連絡行ってない?!』
焦った声でいうユートに事情を聞くと、ついさっき、いきなりユートの所にアオイから誰かに追いかけられているという電話がかかったっきり電話がプツリと切れたと言う。

「まじ…か」
青くなる錆兎。

「とりあえず…俺加藤さんに連絡したあとかけつけるから、いったん冨岡家に集合なっ」
錆兎はそういうと電話を切って加藤に連絡を取った。




放課後…図書館でオペラ座の怪人の本をみつけたアオイは、ちょっと興味がひかれてそのまま読みふけり、気がつけば6時前。大急ぎで帰路についた。

電車を降り、自宅までは徒歩15分。
気がついたのは駅を出て5分ほど。
人通りの多い大通りを外れてあまり人通りのない住宅街の道に入った頃だった。

最初はただ同じ方向に歩いている人がいるな~と思っただけだった。
しかし、靴に石が入ったアオイがそれを出すため靴を脱ごうと足を止めた瞬間、後ろの人物もピタっと歩みを止めた。
偶然かもしれないがなんだか怖くなって靴を脱がず、中にはいった石がゴロゴロするのにも構わず歩を速めると、後ろの人物も歩を速めてくる。

(これ…絶対についてきてる?!)
パニックになるアオイだが、そこでまだ何もないのに大声をあげる勇気は当然ない。

ポケットを探って携帯を取り出すと、ユートに電話。
『どした?アオイ』
いつものように飄々としたユートの声にホッとしつつも、すでにアオイは涙声だ。
「なんか…知らない人につけられてるっぽいよ、ユート。どうしよう!」
と言った瞬間、後ろで気配がして携帯がはじかれる。
「きゃ…」
悲鳴を上げようとした瞬間、何かが口に当てられ、アオイの意識はそのまま途切れた…。


そして寒さで目が覚めた。
目の前の地面は一面黄色。
どうやら金雀枝の花がばらまかれていて、それが地面を黄色く染めている。
手足はしばられているらしく動かない。
口もガムテープのような物でふさがれている。
唯一動かせる頭を動かして見回すと遊具の数々。
どうやらここは公園らしい。

その時、何故かハラハラと上から黄色い塊が振って来た。
金雀枝の花びらのようだ。
そこでアオイが上を向くと、丁度目の前の滑り台の上に黒いマントに白い仮面の男が立っているのが見える。
暗い闇に浮かび上がるその表情が読めない不気味な仮面の方も、地面に転がっているアオイも見下ろしていた。

それは丁度さきほどまで図書館で呼んでいたオペラ座の怪人の挿絵のファントムそのものだ。
そしてそのファントムの腕の中には自分と同じ年頃の女の子が抱かれている。
首には縄。
そしてその縄の片方はスペリ台の側面の手すりにくくりつけられていた。


(まさか…だよね…)
ひやりと冷たい汗がアオイの額を伝う。

そんなアオイの前でファントムはゆっくりと歩を進め…
ザン!!!
ファントムの腕から投げ出された少女は、声もなく滑り台の手すりから釣り下がった。

「…っ!!!!」
ガムテープに全て吸収された声なき悲鳴を残して、アオイはそのまま気を失った。


冨岡家に集合した錆兎とユート。
青くなる二人に紅茶を出す義勇が当たり前に落ち着いた様子で宣言した。

「もしアオイちゃんがクリスティーヌなら無事に戻るはずですよ?」
「なんでそんな事断言できるんだよ?」
とアオイに事情を聞いていたユートは反応するが、錆兎は意味がわからない。

「なんだ?それ」
と聞き返すと、義勇は前回アオイと話したオペラ座の怪人の”ファントム”の話と金雀枝の花言葉について語った後、今度はユートの質問に答えた。

「クリスティーヌは一度ファントムにさらわれるんですけど、すぐ返されるんですよ、オペラ座の怪人だと。最終的には恋人のラウルとハッピーエンドです」
「そう…なの?」
青い顔で聞くユートにこっくりとうなづく義勇。

まあ…例によって勘がいい義勇が落ち着いているうちは大丈夫なのかもしれない…と、ユートも少しホッとする。
二人がそんな話をしていると、錆兎の生徒会関係の連絡事項のため使っている携帯の方のメルアドに知らないアドレスからメールが入った。

”クリスティーヌはラウルに返す事にしよう。彼女は苦しい恋に包まれて○○公園の悪夢に満ちた空気の中で眠っている。ファントム”

どこからのメールでもいい。
とりあえずアオイの救出が先だ!
錆兎は即加藤にメールが来た事を連絡し、自分達はタクシーで現場にかけつけた。
3人が公園に着いた時にはすでに警察が到着している。

「加藤さん…アオイは?!」
ユートが駆け寄ると、加藤は黙って担架の上で眠っているアオイに目をむける。
息を飲むユートだが、すぐ
「気を失ってるだけだ。ここで手足をしばられて口をガムテープでふさがれた状態で転がされてたが、怪我もない。一応事情聴取はさせてもらうことになる」
という加藤の言葉に大きく息を吐き出した。

一方錆兎の方はもう一つシートに隠されているもののほうに目を向ける。
「ああ、あっちは遺体だ。例の…テニス部の候補者、松野美沙だ。滑り台で首を吊った状態で見つかった。今の時点では他殺か自殺かわからんが…まあこの状況だと他殺っぽいな」
と、加藤がそれに気付いて言った。

「どう思うよ?名探偵としては」
厳しい顔のまま加藤が言うのに、錆兎はちょっと眉をひそめた。
「順番がおかしいです。何故サッカー部の筒井舞花じゃないんでしょう…。
脅迫状の順番からすると彼女が先のはずです。
さらにもう一つ。まあこれは…もうちょっと確信ができてから」

とりあえず慌ただしかったので落ち着いて考える間もなかったため、一晩考えをまとめてからとこの時に動かなかったのを、のちに錆兎は後悔する事になる。


錆兎とユートはそのまま意識を取り戻したアオイに付き添った。
「良かったぁ~。夢だったんだ」
目を開けて目の前にユートをみつけると開口一番そう言うアオイを抱きしめるユート。

錆兎はその二人にクルリと背を向け、加藤の隣にいる現場責任者田村に
「先に夢…という事で聞き出します。
落ち着いたらきちんと事実は話しますが、彼女は暴走気質でこれが現実と知ってしまうと普通に有益な情報を聞きだすのは無理なので…」
と、言う。

田村は若干微妙な表情を見せるが隣に控えている本庁警視に逆らえるはずもなく…しかたなしに聞きたい項目を錆兎に伝える。

アオイがつけられていると感じてから目を覚ますまでの状況と目を覚ましてから見たもの…錆兎が全てを聞き出して伝えると、田村は
「夢として…ではなく本当に夢なんじゃないですか?それは」
と、あきれた声をあげた。
加藤はその言葉に問いかけるような視線を錆兎に向ける。

「これは…夢でもなんでもなくて現実です。
もちろん実際にオペラ座の怪人なんているわけはありません。
これは”ファントム”に扮した”実在の人間”が起こしたれっきとした普通の殺人ですよ」
「犯人…わかってるのか?天才少年」
言いきる錆兎に加藤が声をかけると、錆兎は小さく息を吐き出し
「まあ…ちょっとまだ考えがうまくまとまらなくて…ピースは集まってるんですけど…」
と、うつむいた。

その視線が錆兎を見上げてる義勇とぶつかる。
ジ~っと錆兎を見上げる義勇。


「さびと…事件…解決して?事件…解決して欲しいなぁ…」

できるでしょ?と無言の圧力。
国家レベルの圧力ははねのけるこの意志の強いカイザーも、たった一人のこの美少女の圧力には屈してしまうのが常だ。

今回も…抵抗は無意味だと思ったのか
「わかった、やってみるから…例の奴頼む」
と、錆兎はクシャクシャっと片手で頭を掻くと、うつむいたまま諦めの息を吐き出す。
その言葉に義勇はにこぉっと小さな右手の小指をたてた。

「錆兎さん…今回の一連の事件を解決して下さい♪でないと…」
そこでちょっと言葉を切って錆兎を見上げて天使の微笑み。
「針千本の~ます♪」

そして
「あ~、今回の容疑者はですね、初日生徒会室に来ていた女子高生達以外の人間です」
説明を始めた錆兎の言葉に加藤はぽか~んと自分を指差す。
それに錆兎はうなづいた。

「はい、とりあえず加藤さんも容疑者ということで、俺達4人、加藤さん、東さん、井川さん、和馬、相田、佐藤、黒河先生を海陽学園生徒会室へ集めて下さい。
集める理由は…そうですね、こうとでも言っておいて下さい。
海陽のミスコンをオペラ座の怪人になぞらえて、参加者の一人がクリスティーヌに当たる人物の目の前で殺害された。
”ファントム”を確保する予定だが、”ファントム”と知らずに関わってしまっている人間に自体の説明をして安全を確保したいので、とりあえず生徒会室に来て欲しい。
こんなところですか」

「わかった。連絡を取らせよう」
加藤が言うと警察官が走って行く。

「じゃ、俺達も行きましょうか。」
クルリと踵を返す錆兎に
「鱗滝、」
と加藤が声をかけた。

「なんでしょう?」
振り返る錆兎。
「あれは…なんなんだ?」
加藤の質問の意味を、錆兎はちょっと天井に視線を向けて理解しようと務めた。

そして結論。
「ああ、あれですか。まあ…自分を追いつめたい時に使ってます」
苦笑する錆兎。
「針千本…たぶん出来ないと本当に飲まされると思います。
やんごとない人種なんで例えとかじゃなくて…本当に飲むものだと信じてるんですよ、あれ。
だから…今回も事件は絶対に解決しますよ?命惜しいから」

それだけ言ってまた反転する錆兎の後ろ姿に
「お前…大変なんだな…」
と、声をかける加藤。

それに軽く手を振り、錆兎は
「まあ…人生において絶対に勝てない相手の存在は、人間を大きくもしますから」
と、肩をすくめた。


その後錆兎達と加藤は学校に向かうため警察を出かけたが、そこで警官の一人が慌てて追って来て加藤を引き止めて耳打ちをする。
「そうか。わかった。詳しい事がわかりしだい連絡しろ」
加藤の顔色が変わる。

「どうやら…手遅れだったらしいぞ」
警官が下がると、加藤は錆兎を振り返った。

「今学校の方に生徒会室を使うため門を開けておいてもらえるよう連絡をいれたんだが、すでに門は教師によって開けられている状態で…」
「黒河先生…ですか?」
加藤の言葉を錆兎がさえぎる。

「ああ…もしかして…先生が犯人だとわかっていたのか?」
加藤が少し驚いたように言うのに、錆兎は
「ある意味…ですね」
と微妙な肯定の言葉を使った。

「予測はついているみたいだが念のために説明すると、黒河は学校のイチョウの木で首吊り死体で発見されたそうだ。
おそらく自殺だろう。側にワープロ打ちだが遺書があった。
それには今回の一連の事件への関与を認める記述があったそうだ。
内容はお前の携帯に転送するな」

普通ならまず入って来ないリアルタイムに近い情報。
さすがOBいると便利だな、と錆兎は苦笑しつつ転送された遺書に目を通した。

そこには学校でアオイに一目惚れした事、しかしアオイには年齢相応にして優秀な人材である錆兎という彼氏がいるので自分のような老人はふさわしくないであろうと思った事、それでもアオイのために何かしたいと思った事が綴られていた。
そして…アオイに花を贈り、アオイがミスコンで優勝するのに邪魔になるであろう有力な候補者を排除しようとした事、しかし自分のした事を振り返るといつまでも逃げ切れないであろう事を悟って死を選ぶ事にしたと書かれている。

それを錆兎と同じく読み終え、
「老いらくの恋という事で…事件解決か。呼び出しキャンセルしていいか?」
と、加藤が言うが、錆兎は首を横に振る。
「いえ、解決はしてませんよ。ただ、犯人が確定しただけです。
呼び出しはそのままでお願いします」
と、そのまま外へと足を踏み出した。


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