ファントム殺人事件クロスオーバー_02

そして3日後…丁度海陽祭まであと1週間という土曜日。
13時に海陽学園正門前待ち合わせという事で10分前から待っていた錆兎は、遠くから近づいてくる集団を見て目を白黒させた。


(な…何人いるんだよ…)

驚くのも無理はない。
ユートとアオイ、ギユウまではいつものメンバー。
春休みに一緒に旅行に行った由衣、利香、真希まではまあ予測の範囲内。

だが…その後ろの集団はなんだ?
何十人連れて来てるんだ?


「お~い!お待たせっ」
軽やかに手をふるユートに錆兎も手を振って応える。

「お前…どんだけ顔が広いんだよ…」
近づくなり思わず言う錆兎に、ユートは
「下手な鉄砲数うちゃ当たるかなと」
と頭をかいた。

「まあ…海陽のつてあるなんて言ったら、女の子なんていくらでも付いてくるしっ。
声かけた子の隣で聞いてた友達とかが一緒に来たいとかそんな話しだして、気付けばこの人数」

まあ…腐っても名門男子高だったということか。


「せっかくの休日にすみません」
一応挨拶をすると、一斉に
「いえいえ~♪」
と黄色い声が返ってくる。
ざっとみたところユート、アオイ、ギユウを抜かすと34人…。

「じゃ、とりあえず生徒会室まで」
と、先に立って歩き出す錆兎。
それにアオイとユートとギユウと女性陣34名が続くと男子高だけあって目立つ目立つ。


「和馬、連れて来たぞ」
ガラッとドアを開けて錆兎が中に入ると、千客万来だったようだ。

「鱗滝~、お前女引き連れてどうしたよっ!」
かけよってくる様々な年齢の社会人一同。
「そこにいる和馬に脅されて親友に集めてもらった女性陣です」

「おお~、お前の親友なんてどんだけすごい奴だよっ」
「なんなら大学卒業後は一緒に官庁くるか?」
「いや、どうせならうちの研究室こいっ!一緒にノーベル賞目指そうぜ」
「いやいや、鱗滝なら警視庁だろ?やっぱり。
一般には秘密だが内部では有名だぞ、4連続で殺人事件の被疑者確保した高校生って」
ワラワラと囲まれた錆兎はユートに手招きをした。

「紹介する、ユート。
うちの学校のOB。
財務省務めの東さん、その隣の井川さんはMATで研究を続けてる数学者、で、最後は本庁のキャリア組で警視の加藤さん」
当たり前にとんでもないお歴々を紹介する錆兎に硬直するユート。

「で、こいつは近藤悠人。例の4件の事件を一緒に解決した俺の相棒です」
「おお~そうだったのか。うちの学校じゃないよな?制服着てないし」
「あ、はい。都立です」
学校名は…とても言えないと、それだけ答えるユートだが、まあそれ以上は追求もされない。

「相田、女性陣頼む」
と、控えていた下級生らしき学生に指示をすると、錆兎は
「ちょっと悪いな、うちは上下関係密で海陽祭になるとOBがマメに訪ねて来るんだ。
で、OBの相手も会長の仕事だから」
と、OBの3人の近況の話に加わる。

そんな日本を動かしているであろう男達の会話に普通に加わる錆兎を見て、…今更ながら錆兎は普通なら違う世界の人間なんだなとユートは思った。


「落ち着かなくてすみません。どうぞ」
そんな錆兎から少し離れた所では、それぞれにジュースを配りながら笑顔で頭を下げる相田。
その忙しくたち振る舞う相田を顎でこき使いつつ、和馬は他には目もくれずツカツカと義勇の前に立って、会釈。

「副会長の金森です。現在会長が接客中なので代理を務めさせて頂きます」
と、挨拶をすると、また
「相田、ついたて立てとけ」
と相田に命じる。

「はいっ。ただいまっ!」
相田はもう一人いる2年会計の佐藤に
「悪い、ここよろしく」
と、あとをまかせると慌てて奥の物置からついたてを出してくる。
それで女性陣とOB達の間を仕切ろうとする相田に、和馬は軽く蹴りをいれた。

「お前は馬鹿か。姫だけでいいんだ、姫だけで」
との和馬の言葉に相田は慌ててまた敷居を移動した。


「俺はやることあるから、お前は姫のお相手してろ。
丁重にな、でないと錆兎がうるさい」
相田に命じて、相田がついたての向こうに消えると、ぽか~んとしている後の面々に和馬はにこやかに説明した。

「彼女がいると接客中の鱗滝の気が散るので、他意はありません。申し分けない」
和馬も錆兎ほどではないが、まあイケメンだ。
女性陣はにこやかな笑顔で応える。

「とりあえず、まずはそこの君、規則なのでここに名前を頂けるとありがたい」
と、和馬は一番近くにいたアオイに用紙とペンを渡した。
「あ、はい」
慌ててペンを取って書くアオイ。

それを受けとると、和馬は礼を言ってそれを黙って不思議そうな顔をする佐藤に渡す。
佐藤がそれを会長のデスクに置いて戻ってくると、和馬はにこやかに女性陣に言った。

「今日はお忙しい中海陽生徒会のためにお集り頂いてありがとうございました。
会長の鱗滝のほうと多少の行き違いがありましてご迷惑をおかけしましたが、幸い全て滞りなく問題は解決しておりますので、お手数をおかけしないですむようになりました。
もしお時間の方がよろしければ、この生徒会会計の佐藤に校内を案内させますので、海陽の学園祭準備の様子等ご覧頂いてお楽しみ頂ければと思います。
もちろんお声をおかけ頂ければ各部部員にもお相手させる事は可能ですので、遠慮なくおっしゃって下さい」

すごいな…というのがアオイの素直な感想。
お育ちと言うか言う事が自分の周りの高校生とはかなり違う気がする。

由衣達を始めとする34人の女性陣は喜び勇んで佐藤についていくが、アオイはユートを待つので、と、残った。


「あの…」
こうして皆が去った後、和馬と二人残されたアオイはふと気になっていた事を聞いてみた。

「サビト…学校でもサビトって呼ばれてるんですか?」
素朴な疑問である。

本名は鱗滝錆兎。
アオイ達と初めて出会った時にやっていたネットゲームの中のキャラ名がサビトだったので、アオイ達は当たり前だがずっと名字を知らず下の名前で呼んでいたが、リアルで会った時に学校のことを話すのに、亡くなった副会長が唯一自分を名字ではなく下の名で呼ぶ相手だったと言っていたと記憶している。
そのアオイの質問に和馬はちらりとついたてを見やった。

「ああ…生徒会の間でだけだな。
あそこにいる相田が錆兎が彼女といる姿目撃して、その時彼女がそう呼んでたのを聞いて呼びやすいからって呼び始めたのが最初。
巷では鱗滝さんか会長、あと愚民共は”カイザー”とか”閣下”とか言って奉ってたりもするな」

突然ガラリと変わる言葉使い。
愚民”…その和馬の言葉にふと錆兎を陥れようとしていたアゾットこと早川和樹を思い出して嫌な気分になるアオイ。

「愚民って…ここの生徒会の副会長って偉そうな上から目線の奴ばかり?」
そこにいつのまにか戻って来たユートがやはり少し嫌そうな口調で言った。
その言葉を和馬は鼻で笑う。

”偉そう”じゃなくて”偉い”んだ。
ここ海陽では生徒会役員は教師に次ぐ、いや、下手な新米教師なんかよりよほど校内においての発言権をもっている。
つまり、愚民共が自らの支配者として熟考の上で選び出したのが生徒会役員というわけだ。
全国トップの海陽学園の中のさらに選りすぐりのエリート生徒会役員、そのNo2だ。
偉くない訳なかろう」

うっわ~と思うアオイ。
ユートも同感らしい。

「でも…その理屈で言うと偉いらしい副会長様よりよほど偉いはずの会長のサビトはそんな嫌みったらしい事言ったことないんだけど…」
と言う。
和馬はそれに呆れた目線を送り、次に腰に両手をあてて、ハ~っと息をついた。

「確かに錆兎は言わないが…それだからと言って愚民と同等であるわけないのはわかるな?
錆兎は特に歴代の海陽の会長の中でもかなり将来を嘱望されている優秀な人材だ。
それはそいつが会長やってる時に訪ねてくるOBの質と数でわかる。
一応暇なわけじゃないから毎日3人までと決まってるが、会長が凡才な場合はそれはせいぜい民間企業の管理職レベルだ。
しかし今年は今日は財務省、MAT、警視庁本庁。明日からもそのクラスの人間が訪ねてくる。

それがどういう事かわかるか?
だいたい会長職につくのが2年の6月から3年の5月まで。
つまり海陽祭が終了すると本格的に受験準備に入るんだ。
研究職、医療関係なら理系、官庁系なら法学部と、選ぶ学部によって将来が決まる。
だから海陽祭に訪ねてくるOBは願書を出したりする前に優秀な人材を自分の側に抱え込める学部に進ませたいがために来てるというわけだ。

もちろんOBとはいえ引っ張れるレベルの人間がやすやすと来れないから下っ端…といっても愚民から比べれば段違いなエリートだが、が、来るが、実際はそいつよりも上の権限のある奴からの命令で来ている事がほとんどだ。
ようは…錆兎は国を背負ってたつクラスの奴らが取り合いをしている人材ってことだ。
わかるか?本来お前達のような一般人が普通につきあえる人間じゃない。
将来において奴に必要なフォローを入れられるのは”同じ職につけるレベルの人間だろ」


返す言葉がない…。
これから死ぬ気で勉強したところで東大なんて無理だ。

ということは…錆兎が就く様な職業に就ける事はまずない。
”相棒”と言ってもらえるのは学生のうちだけだ。

こんな嫌みな嫌な奴でもその気になればずっと錆兎の隣に並んでいけるんだろう。
その事をあらためて実感すると、ユートは悔しい…というより悲しい気分になった。


「ま、本人その自覚が全くないのが一番の問題だけどな。
財務省から来てる俺にたかだか都立の小僧のことを馬鹿にするなら帰れと言いやがったぞ、あの天才少年。
こっちだって上からの命令で仕方なく来てやってんのに」

ユートがうなだれていると後ろから財務省の東が歩いて来た。

「あ…東さん、申し訳ありません。
あいつは物理的な事はできるんですが、ホントそういう大事な部分がまだまだわかってなくて。
ちゃんと注意しておきますので」
少し不機嫌な様子の東に和馬がペコペコ頭をさげる。

「ああ、ちゃんと言っておけよ。
俺だからいいものの、お偉方にんな事言ったらいくら優秀でも出世の道をとざされるぞ」

「はい、ご忠告ありがとうございます。
若輩者の失言にも目をつぶって下さるだけでなく、ご忠告までして下さるなんて、さすが人格者で通ってる東さんですね」

和馬の言葉でだいぶ機嫌がなおったようだ。
東は満足げにうなづくと、ちらりとアオイ達に目をむける。

「なに?女子高生達帰ったのか?」
「あ、はい。皆さんのお邪魔になってはと思って帰らせました」

その和馬の言葉には東は一瞬顔をしかめ、しかしすぐ笑顔で
「お前も…そういう面はまだまだわかってないな」
とポンと和馬の肩を叩いた。
そして一人残っているアオイに目をむける。

「これ…佐々木葵?」
対象がアオイに向かったところで少し警戒するユートだが、東はすぐに
「女も…たいしたことないか。見る目ないな鱗滝。
ま、気晴らしに他の部のミスコン候補でも見て帰るか」
と顔をゆがめて笑うと、戸口へと向かった。

カッとして思わず文句を言おうとそれを追いかけようとするユートを和馬が圧倒的な力で止める。
錆兎同様何か武道でもやっているのか、振り払おうとしても全くびくともしない。

「いい加減にしておけよ。お前」
低い声で言う和馬。
「お前のせいですでに俺がいなきゃ錆兎は財務省のコネなくすとこだったんだぞ。
奴の可能性つぶすのが相棒か?」
その言葉にユートが凍り付いた様に動けなくなる。

「身の程をしれ」
それは絶望的な宣言としてユートの心に突き刺さった。

その時…
「学問、海陽での立場がすなわち身の程というなら、それを知るのは君の方だな、金森。
君の理屈で言うと君より上の鱗滝が、君ではなく彼を相棒としている理由を考えなさい。
それを知って精進すること、それがすなわち君自身を高めてさらに優れた人物へと成長させる道しるべとなる」

いきなり現れた凛とした初老の男性。
その姿に気付くと和馬はバツが悪そうに言った。

「相変わらず…手厳しいですね、黒河先生。鱗滝ですか?」
「ああ、いや、井川に少しな。
今年は夏に向こうに行くんだが、ちょっとその時に観に行く舞台のチケットを取ってもらう約束をしてたんだ。ついでに…鱗滝のマドンナを見に」

「…暇ですね」
呆れる和馬の言葉に黒河は
「顧問をしてない教師の憩いの季節だ」
とハッハっと笑った。

「俺も出世競争脱落したら母校の教師やって暇を満喫しながら生徒にしたり顔で説教でもすることにしますよ。
ちなみに鱗滝のプリンセスならついたての向こうで相田が大事に大事にお相手してます」
肩をすくめる和馬に軽く手をあげて、黒河はちらりとついたての向こうをのぞきこんだ。

一瞬硬直…はまあ義勇を初めて見る人間にはよくあることである。
黒河はそのままクルリと反転すると、錆兎といる井川の方へと歩いて行った。



「ユート、悪い!東さんそっちで暴言吐いて行ったか?もしかして」
井川の相手を黒河に任せて、二人が話しながら生徒会室を出て行くのを確認すると、ようやく解放された錆兎は慌ててユートの所にくると声をかけた。

こうして見ると本当にいつもの錆兎なのだが…今日錆兎を取り巻く自分達とは違う世界を垣間みたユートは咄嗟に言葉が出て来ない。

「ユート?もしかして怒ってるか?」
錆兎の少し心配そうな声にユートは首を横に振った。

「いや…むしろ俺の事でもめたんだって?ごめん」
自分がそれなりの人間だったら錆兎も揉める事もなかったに違いない…。

その時
「あ~、あの馬鹿の言う事は気にせん方がいいぞ、青少年」
と、錆兎の後についてきた加藤が落ち込むユートに言って豪快に笑った。

「あいつは昔から嫌な鼻持ちならん奴だったからなっ。
鱗滝はうち(警視庁)がもらう事になってるから、あんな馬鹿がなんて言おうと気にすんなよ、青少年。
なんなら君もうちに来い!
出世出来るかどうかは別にして警察なら東大とか出んでも入れるぞ」

「ありがとうございます、でもまあ…先の事なんで、加藤さん。
その時は宜しくお願いします」
錆兎はあまり強要しすぎないように、それでも加藤の気遣いに礼を言う。

「いやいや、優秀な人材はうちも欲しいしな。
学業できるかどうかは半分親のやる気と財力な部分もあるし、学校だけで能力の優劣は計れんと俺は思うぞ。
実際…助かってたんだろ?鱗滝ほどの男が彼のおかげで」

「そうですね。俺の足りない部分を補ってフォローしてくれます、いつも」
加藤の言葉にホッとする錆兎。

「ならなおさらだ。二人まとめて来い!面倒みてやるから」

ここに来て東、和馬と否定出来ない嫌なプレッシャーをかけ続ける人間に遭遇し続けていたので、ユートもなんとなくおおらかな加藤の人柄にホッとして礼を言った。

それに笑顔でうなづくと、加藤は二人に名刺を配る。

「しかし鱗滝も水臭い。
親父さんの部下でもコッソリ使ってるのかと思ったら、4件ともノータッチで警察への協力依頼も自力だって?
これ、俺個人の連絡先な。今度なんかあったら連絡しろよ。
現場の警察にくらい融通聞かせてやるから」

「今度って…もうこれ以上ないと思うんですが…。
4件も殺人事件に巻き込まれること自体がありえません」
と、錆兎は苦笑しながらそれを受けとった。
そして加藤も帰って行く。

それを和馬が見送りに出ると、錆兎はようやくホッと一息ついた。


「ホント…呼んでおいて不快な思いばかりさせて悪かったな、ユート。それにアオイも。
女性陣はどうした?」
「あ~、なんだか会計の奴が校内案内してくれるっていうんで行ってる」

ユートの言葉に錆兎は
「なるほど。和馬の差し金か?」
と聞いた。
そしてユートがうなづくと
「さすがに気が利くな。ぎゆうを隠して女性陣移動させてって、正解だ」
と、錆兎は笑った。

「どういう意味?」
ユートには当然意味がわからないわけで…。錆兎はその質問に対して
「東さん…女癖悪い事で有名な人だから。ちょっと美人と見るとちょっかいかけたがる」
と、答えて肩をすくめる。

「あ~なるほど」
そこでユートは女性陣を帰らせたと言った和馬と、わかってないと言った東のやりとりをも思い出して納得した。
一応…和馬は口は悪いなりに実害がでないように気遣っていてくれたらしい。


「なんだか言い方がアゾットみたいな感じで嫌な奴かと思ったけど、結構良い奴?」
思わず聞くユートに錆兎は
「ああ、そうだな。悪い奴ではない」
と、それを肯定したあと、とんでもない事実をあきらかにした。

「和に似てるのは…母方の従兄弟だからか」

は?

「な…なんでそんなんと一緒にいるんだよ?!お前はっ!!」

アゾットこと早川和樹は友人のふりをしつつ錆兎を陥れる機会を虎視眈々と狙っていた男だ。
その裏切りを知った時、錆兎がどれだけ傷ついたかは計り知れないと思う。
いまだそれを引きずっていて折々滅入るのを知っているユートにしてみれば、その従兄弟…というのを超えてなんだかそっくりな気がする和馬と普通につきあっている錆兎が信じられない。

しかし驚くユートに錆兎はあっさり
「別に従兄弟だからって同一人物なわけじゃないし、当たり前だが別人格だろ。
だから和の行動の責任を和馬に問うとかはすべきじゃない。
和馬自身が何かやったとかじゃない限り色眼鏡で見る事はしないし、させたくない。
それでなくても警視庁組には和の事バレてて風当たりきついからな。
今自分がやった事でもないのに汚名挽回しようとすごく努力してるんだ、和馬は。
当事者としては協力してやらないと…」
と答えた。


このありえない善意と人のよさは本当に錆兎だ…ともう呆れ半分でユートは思う。
なんで自分を陥れようと画策していた奴にそっくりな従兄弟を支援しようとするかなぁ…と、ユートは思いっきり脱力した。
アオイも隣でやっぱり同じ事を考えているらしい。ぽか~んと口を開けている。

ついたてのこちら側でそんな話をしていると、ついたての向こうからは楽しげな笑い声が響いてくる。

「楽しそうだな…」
呆然と立ち尽くすユートとアオイをその場に残して、錆兎はついたての向こうを覗き込んで微笑んだ。

やや暗くなりかけているついたてのこちら側とは反対になごやかな空気をかもし出すついたての反対側。
「あ、さびと。楽しい方だね、相田さん」
可愛らしい笑みを向ける義勇の後ろに立つと、錆兎は後ろからその義勇の肩に両手を回した。

そして
「生徒会の中では一番人懐っこい男だ」
と言うと、また柔らかい笑みを浮かべて義勇に視線を落とす。
その姿を見て相田がため息まじりに微笑んだ。

「すごく良い図ですね…」
「…?」
少し不思議そうな視線で無言の問いかけを送る錆兎に、相田はにこやかに言う。

「和馬さんは生徒会長って一般生徒にとって絶対的支配者って言うんですけど、俺も生徒会長が支配者であるっていう意見には賛成なんですよ」

上下の区別なく人懐っこい相田のその言葉は意外な気がして錆兎は
「そうなのか?」
と聞き返した。
それに相田は笑顔でうなづく。

「でも支配者って誇りでもあり、目標でもあるんですよね。
つまり…例えば王様とかって支配者ではあるんですけど、それが素晴らしい人だとなんか誇らしいし、その国の国民である事が嬉しかったりするじゃないですか。

それと同じで会長が立派な人だとやっぱり海陽の生徒として誇らしいし、王様と違って一般生徒から選ばれるから、自分もあんな風な人間になりたいって目指す人間も出てくると思うんです。

俺は…ぶっちゃけ中等部の頃に高等部の会長やってた伊達さんに憧れて目指したクチなんですが…。
今もやっぱり錆兎さん見て目指してる学生がたくさんいると思います。

そういう意味で…学校の頂点の会長がこんな綺麗なお姫様みたいな彼女さん大事にしてるって一面があるのもいいなぁって思うんですよね、俺。
こういう学校でこういう世の中だからみんな完全に上を目指すの諦めるか、逆にガチガチに楽しみ捨てて勉強に打ち込むかになりがちなんですけど、トップの会長がちゃんと普通に人間らしい生活送った上でトップでいられてるんだって言うの見るとホッとするじゃないですか。
だから和馬さんみたいに勝ちに行くとかじゃなくて、そういう意味で俺は姫様出して欲しいんですけどね。

俺自身はそういう意味でも生徒会入って成績上位キープして、その上で中学からやってる剣道部もいまだやめずに続けてるんです。
将来のために今を全部犠牲にするって何か違う気がして。
まあ…生徒会の中でも俺みたいな下っ端じゃ、説得力ないか」
相田は言って照れくさそうに頭を掻いた。

それに義勇がきょとんと錆兎を見上げる。

「出すって…何に?」
ああ、呼んでおいて説明してなかったか…と、錆兎はあらためて気付いて説明した。
全てを聞き終わると義勇はあっさり言う。

「さびとが嫌じゃなければいいんじゃない?
私…どっちにしても中等部でジュリエットやって…高等部ではミス聖星で…もうそういう意味では今更だし。
たぶん…実害としてはストーカーが少し増える程度だけど…
でも大丈夫、さびといるから♪
さびとが少しだけ大変になるだけかも?」

ああ、そうだった…。
錆兎が巻き込むまでもなく義勇はすでに有名人なわけで…。

「もう…ぶっちぎるか…」
あきらめにも似たため息をつくと、錆兎はそうつぶやいた。
「相田、用紙持って来てくれ」
という錆兎の声に相田が
「はい♪」
と、嬉しそうに駆け出して行く。

それを見送って錆兎は後ろから抱え込んだまま、
「ごめんな…ぎゆう。
もしストーカーが現れても、うちの学校の奴らならはり倒すし、そうじゃなければ草の根わけても探し出して最悪コネ使ってもつぶすから…」
と、義勇の髪に顔をうずめた。

そんな中
「錆兎さん、なんかすでに名前が書いてありますけど?」
と、相田が用紙を持って戻ってくる。
「え?」
錆兎は義勇の髪から顔をあげた。
そして用紙を受け取る。

生徒会用の参加者用紙に何故かアオイの名が…。
錆兎は用紙を手にアオイに手招きをした。

「なに?サビト」
そしてユートと一緒に目の前にくるアオイに用紙を差し出す。
「お前…なんでこれに名前書いてるんだ?」
「え?」
アオイは用紙に目を落としてそれから錆兎をまた見上げた。

「だって…金森さんが代表者として名前書いてくれって…」
「和馬が?」
アオイの言葉に今度は錆兎が目を丸くする。
そこにタイムリーに和馬が見送りを終えて帰って来た。

「おい、和馬、ちょっと来い」
錆兎に呼ばれて、その手の中の用紙に目を留めると、和馬はそれで呼ばれている事情を察したらしい。
「あ~、それか。
姫じゃなければ誰でも変わらん気がしたから手近な奴に書かせておいた」
と、あっさり騙した事を認める。

「お前…ぎゆうを超えるのがいなければとか言ってなかったか?」
「ん~、考えてみれば下手すれば大学も職場も一緒になるのに、たかだか学祭の事で一生ネチネチ根にもたれてもうっとおしいしな」
和馬らしいと言えば和馬らしいが…

「お前…それなら最初から普通に自分で調達しとけ…」
錆兎が大きく肩を落とすと、和馬はそれにも
「いや、実際見てみて納得した。
ということでまあ今回は愚民共に勝ちを譲ってやろうかと」
シレっとそう答えた。

結局…義勇を出す事を説明し、一部各部の現場に留まった女性陣を抜かした一同が帰ってくると、その日は解散となる。
女性陣を送って行くユートと分かれて、錆兎は義勇と共にアオイを自宅まで送る事にした。



「今回は…本当にお騒がせな上に嫌な思いさせたみたいで悪かったな、アオイ」
まず錆兎があらためて謝罪する。
それにアオイは首を横に振った。
そして言う。

「ううん。ちょっと驚いたけど…。サビトってさ…実はすごい人だったんだね…」
相変わらず…すごい人とか物理的に何を指しているのかわからない抽象的なアオイの言い方に、錆兎は少し戸惑う。

「何がすごいのかよくわからんが…
ああいう環境にいるとな…ホッとする、お前やユートといると」

少し伏し目がちにそう言う錆兎の言葉に、アオイはやっぱり物理的にすごい能力があってもやっぱり錆兎は錆兎なんだな、とホッとした。
普通に…学生でいる自分達と違って、まるで厳しい社会の縮図のような人間関係で常に緊張を強いられている錆兎にとって、普通の学生の自分達との交流は本当に新鮮で楽しいものだったんだろうな、ともアオイは今更ながら思う。

その後自宅まで送ってもらうと、錆兎がお気に入りな母親と義勇の大ファンな弟にせっつかれて上がってもらい、そのまま夕食を一緒して、夜までおしゃべりをしつつ、終電に乗り遅れない程度に帰ってもらった。


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