「はあ?生徒会はクラブ活動じゃないだろ?」
都内屈指の名門進学校、海陽学園。
東大進学率日本一を誇るその高校の秋は当然受験一色になる。
ゆえに…他校ではその季節に行われる学園祭と言う行事はこの学校では初夏、5月後半に行われる事になっていた。
そのトップに君臨するのが鱗滝錆兎17歳、通称錆兎だ。
頭脳明晰スポーツ万能容姿端麗なだけでなく、各種武道の有段者にしてピアノを華麗に弾きこなし、料理の腕もピカ一という、まあ一般人とはかけ離れた能力を持つこの男でも知らない事はあったらしい。
この時期だけ形成される学園祭執行部の資料を片手に、錆兎は呆れた声をあげた。
そこにはまあエリートといえども男だけの悲しい世界の学園祭で一番人気を誇る毎年恒例のイベント、ミス海陽コンテストの詳細が書かれている。
男子高なので女生徒などいないこの学園でのミスコン。
当然候補者は外部のお嬢さん方にお願いして来て頂く訳だが…まあそんな手間暇は普通かけたくない。
結果…ほぼ強制的に参加者を捜させるため、各部対抗になっていて、優勝者を連れて来た部にはもれなくその年の部費倍増の特典がついている。
全ての部が強制参加…なのは良いとして、その参加団体に何故か生徒会が名をつらねている。
生徒会は委員会なのだから、当然部費なんてものも存在しない。何故??
…というわけで冒頭の台詞になったわけで…。
「去年まで…全く見てなかったんですね…」
2年の生徒会書記の相田がため息をついた。
「この男がミスコン必死にチェックしてる図なんて想像できるか?相田」
その相田の言葉に昨年夏、連続高校生殺人事件の被害者となって亡くなった早川和樹の代わりに欠員選挙で副会長になった金森和馬が、机に肘をついたままクスリと笑いをもらす。
その若干シニカルにも聞こえる物言いは、前副会長を思わせるが、それもそのはず。和馬は和樹の母方の従兄弟だ。
「あ~、もう前置きはいい、説明してくれ」
念のため補足すると、海陽の生徒会選挙はこの海陽祭が終わった6月にある。
ゆえに当然錆兎は昨年の学祭は一般生徒として参加しているため、イベント一つ一つについて詳しいわけではない。
「えと…ですね、原則的に参加は同好会などをのぞく、部活動として正式認定をされているクラブなんですけど、生徒会だけは別なんです。なんていうか…生徒代表というか…」
説明を始める相田の言葉を和馬がさえぎった。
「ようは、海陽のエリートに対する一般ピープルの挑戦状ってことだよっ。
勉強で敵わない馬鹿共がせめて女でくらい優越感に浸ろうって言う馬鹿馬鹿しくも悲しいプライドをかけたイベントだ。
去年は1年で書記やってた和樹が手持ちの女連れて来たけど、サッカー部のエースストライカーの女に負けてな。歯噛みしてたぞ」
シレっと言う和馬の言葉に、錆兎は深々とため息をつく。
「くだらない…」
「ま、くだらないけどな。馬鹿に負けるのは癪だ。本気出して行くぞ」
投げやりな態度で投げやりな説明をしたわりに、やる気満々らしい和馬。
「ああ、じゃ、和馬よろしくな。適当に連れて来い」
言い出しっぺだ。当然自分がやるんだろう。
そう言えばこいつもモテそうだ…と、当たり前に言う錆兎に、和馬はこちらも当たり前に言った。
「何を言ってる。確実に勝ちに行くんだぞ。そんじょそこらの女で勝てるか。
お前の女連れて来いよ、錆兎」
「は?」
「聖星女学院のありえん美少女なんだろ?それで行こう。
あ、当日はもちろん制服でこさせろよ?
有名ミッション系お嬢学校の制服はポイント高いから」
その事を知っているのは…錆兎はジロリと相田をにらんだ。
「相田~!!お前は、あれほど言いふらすなって言っただろうがっ!!」
「え、あ、だってホントの事じゃないっすか!
ていうかあれだけの美少女なら勝てますっていうか、ぶっちぎれますよっ!」
あわてて言う相田だが、反省の色はなし。
「まあカリスマ生徒会長の女が超絶美少女だったって事でいいじゃないか。
ありえすぎて愚民共ももうひがむ気もおこらんで平和だぞ」
もう…本当にこの和馬の投げやりにも聞こえるシニカルさは別人とは思えないほど従兄弟に似ている。
「…却下だ…」
もうため息しか出ない。
「却下は却下…」
錆兎の言葉に和馬がかぶせる。
「去年はしてやられてるからな。今年こそは勝っておかんと面目がたたん」
「そんな面目たてんでもいい!ぎゆうをそんな晒し者にはできん!』
「ほ~、そんなに大事か?」
「当たり前だっ!」
「じゃ、決まりだなっ」
「…は?」
和馬の言葉に錆兎はポカ~ンと口を開けて惚ける。
その錆兎の様子におかしそうな視線を向けると、和馬はきっぱり
「お前ほどの男がそこまで入れ込むってことは相当なんだろう。
これで今年は勝ちはもらったな」
こいつは…本気で和樹の従兄弟だと思う。
口で勝てる気がしない。
ガックリと机に手をつく錆兎。
勝ったとばかりに和馬は笑うと
「ま、自分の女が嫌ならそれに見合う奴連れて来い。
準備期間の1週間はうちの学生以外も出入り自由だからな。
両方比べてみてお前の女以上のがいたら勘弁してやる」
と、言うと、
「あ、他偵察してくるなっ」
と、軽く手を振って生徒会室を出て行った。
かくして…いつもと逆のパターンなわけで…
「ユート…頼みがあるんだが…」
はっきり言って男子高育ちで学校と自宅との往復しかしてこなかった錆兎は女の子なんて縁がない。
もちろん…そこでナンパなんて発想がこのお硬い優等生にあろうはずもなく…錆兎は自分からは実はあまりかけた事のない親友の携帯に電話をいれた。
「え?錆兎が俺に?すっげえ珍しいっつ~か、初めてじゃね?
なに?なんでもいってよ」
近藤悠人、通称ユート17歳。
極々普通の都立高校3年生なわけだが…空気を読む能力と人当たりの良さはハンパではなく、一見安全な”良い人”キャラなため女友達も多い。
そこに期待して電話をかけたわけだ。
もちろん、日頃は逆にユートの頼み事を聞く事の方が多かったため、快く了承してくれるユート。
錆兎はそこで切り出した。
「女友達…貸してもらえないか?」
意外な錆兎の言葉に一瞬唖然とするユートだが、まあ真面目な錆兎の事だ、変な目的であろうはずもないとすぐ気を取り直して
「いいけど…どんなタイプ?何人くらい?何すんの?」
と聞いて来た。
どんなタイプ?とか何人くらい?とか聞けるほどいるのか…
自分ならとてもじゃないが出て来ないそのありえない返答に若干ホッとする錆兎。
しかしその後錆兎が
「ぎゆうより容姿が可愛い子」
と条件を口にすると、ユートは
「無理!」
と即答した。
「あのさ、錆兎、普通の高校生の交友関係じゃ無理よ?
つか芸能界とか探したってあの容姿越える子探すのは無理ぽ。
自分で言っててそう思わん?」
「…確かに俺に取っては世界で一番可愛いとは思うが…」
「あのね…たぶん錆兎から見てじゃなくて一般的にもそうだと思うんだけど…」
ユートは大きく息を吐き出した。
彼氏である男にとって世界一…例えば自分の彼女のアオイとかならそうかもしれない。
彼氏のユートにとっては世界一可愛い。
そう、ユートは本気で可愛いと思う訳だが…一般的に見ると中の上から上の下くらいか。
まあたくさんの女の子がいる場合に際立って目立つほどではない。
しかし錆兎の彼女、冨岡義勇はその”姫”という呼び名の通り、ノーブル級だ。
サラサラの柔らかそうな漆黒のロングヘア。
雪のように真っ白な透き通る肌。
かすかにカールした睫毛は驚くほど長く、夢見るようなその澄んだ大きな青いの瞳を縁取る。
薄桃色の形の良い小さな唇。
優美な曲線を描く細い首から肩にかけてのライン。
華奢な手足。
全てが熟練した職人が丹精込めて何十年もかけて作り上げた人形のように芸術的なまでに美しい。
例え一万人の中に放り込まれようと圧倒的な輝きのお姫様オーラを放つ超ド級の美少女。
あれを越える人材を捜せと言われてもまず無理だ。
まあ…錆兎自身もそれと対になっても不釣り合いに感じない、一般人からはるか数万メートルはかけ離れたありえないほどのイケメンだったりするので、そういう台詞がでてくるのかもしれないが…。
そのユートの発言に錆兎は考え込んだ。
そして言う。
「副会長の和馬の…目がねに適えばとりあえずいい。美的センスは人それぞれだし…」
「なに?その条件…」
まあ…ユートの疑問はもっともなわけで…しかたなく事情を説明し始める錆兎。
全てを聞いて納得したユートは
「とりあえず…そのミスコンに優勝出来るレベルならいいわけね?」
と、結論づけた。
そして
「まあ…どういうタイプが海陽でウケるのかがわからんから、片っ端から声かけてみる」
と、心強い台詞を吐いてくれる。
「助かるっ。本当に恩に着る」
「まあ…錆兎には何度世話になったかわからんからねぇ。やってみましょ」
その約束の言葉で電話は終わった。
ユートからミスコン参加者候補を探してもらう約束をとりつけてホッと受話器を置く錆兎。
それとほぼ同時に
「さびと…電話中?」
と、少し開け放たれたドアから可愛らしい声で声をかけ、コーヒーカップの乗ったトレイを持った美少女が姿を現した。
噂の彼女、冨岡義勇。
自分やユートなど男連中は姫、ユートの彼女のアオイはギユウちゃんと彼女を呼ぶ。
「ああ、ユートとちょっとな。ありがとう」
コトリと錆兎が向かう勉強机にカップを置くギユウの腕を軽く取りその華奢な体を引き寄せ、軽く頬にキスをすると、甘い桃の匂いがする。
ほとんど家族同様に扱われている彼女の家で、何故か当たり前に用意されている錆兎の私室。
彼女とつき合い始めて以来、学校からそちらに戻って彼女に勉強を教えつつ自分の勉強。
夕食も彼女の家で、終電ぎりぎりに自宅に帰る、そういう生活を送っている。
錆兎自身は生まれてすぐ母が亡くなり、仕事に忙しい父はほぼ自宅に戻らない為、なんとなくそうなった。
「さびと…ここわかんない…」
床に出した小テーブルに教科書とノートを広げて可愛い顔に難しい表情を浮かべるギユウ。
お世辞にも優等生とは言えない。
錆兎からみると、高校3年でこれがわからないと言うのは非常にまずいんじゃないかと思う学力レベルなわけだが…
「教えて?」
と、少し首を傾けて見上げてくる様子はありえないほど可愛くて、高校3年生という意味ではまずくても人間としてはもうこれ以上の価値は要らないと思う。
「どれ?」
錆兎は少し身を乗り出してギユウの指し示す所を見て、心中ため息をつく。
数学…ギユウは特にそれは絶望的に弱い。
おそらくそれで大学を受験するならことごとく落ちるであろう程度には…。
それでもまあ英語と小論文のみで付属の短大に行けるらしいので、本人的には卒業さえできれば困らないのだろうが…。
説明する錆兎。
しかしそれは彼女にとっては時に子守唄になる事も珍しい事ではない。
無防備に可愛らしい寝顔をさらす彼女にやっぱりため息をついて、錆兎はそっと自分のカーディガンをその彼女の華奢な肩に落とす。
そしてその彼女を意識しないように注意しつつ、クルリと反転、勉強机に向かった。
ここ…一応男の部屋なんだが…と、錆兎はまたもう何度目かのため息。
優等生とはいえ青少年、こうも無防備にされるとつらい。
まるで天使のような愛らしさのお姫様にとって外は危険がいっぱいで、痴漢やらストーカーやら変質者やらが目白押し。
日常的にナチュラルにおかしな輩に絡まれる。
そんな中でここはようやく辿り着いた安全地帯なんだろうが…もちろん信頼されて安心されるのは嬉しいんだが…少しだけ…もう少しだけ警戒して自重してくれ、と、思うのも事実。
(…ああ、もう無理だっ!)
錆兎は立ち上がってクローゼットから着替えを出した。
勉強が手につかないのでトレーニングに切り替えることにする。
しかし錆兎が冨岡家の豪邸の一角にあるトレーニングルームへ行こうとソッとドアのノブに手をかけた時、いきなりギユウが小さな悲鳴をあげた。
「どうしたっ?!ぎゆう」
青くなって振り向いてテーブルに駆け寄る錆兎。
ギユウは眠っている…が…同時に泣きながら震えていた。
ひどくうなされているようだ。
「ぎゆう、起きろ。夢だから…」
テーブルに突っ伏して泣いているギユウを抱き起こすと、錆兎は眠っているためグッタリとしているその華奢な半身を自分の胸にもたれさせて、軽く抱きしめる。
「さびと…さびとっ!」
パチリと目を開けると、ギユウはしゃくりをあげて錆兎にしがみついた。
「どうした?怖い夢でも見てたか?」
それを抱きとめると、錆兎はその背中をさすってやりながら静かに聞く。
「ファントムが…」
「ファントム?」
何かを訴えるような目で自分をみあげて言うギユウに錆兎が聞き返すと、ギユウはきゅうっと錆兎に抱きついて、ただ
「さびと…そばに居てね…」
とだけ言った。
可愛いが意味不明である…。
それでもまあ…可愛いから…
「大丈夫。何が来ても守ってやるから」
と、錆兎はそのサラサラの髪をなでながら言った。
そして夕方…今日はギユウの父、貴仁が早く帰って来た。
そんな日は二人してトレーニングルームで汗を流すのが日課だ。
とりあえず筋力トレーニングをしながら、錆兎はふと気になって聞いてみる。
「貴仁さん…実は蔦子さんもやっぱり予言めいた事とか言う事あったりするんですか?」
ちなみに…蔦子というのはギユウの母、つまり貴仁の愛妻だ。
錆兎とギユウ、それにユートにその彼女のアオイが出会ったのは去年の夏の連続高校生殺人事件の時で、それから今まで実に4回もの殺人事件に巻き込まれている。
それ自体、本来あり得ない確率なのだが、さらにありえない事にその事件の中でギユウがしばしばかなり核心に近づくような物を見つけたり核心に近づく事を言ったりしているのだ。
もちろん…本人は全くそれが事件に関連しているとかいう意識はない。
時にはそれは予言めいた発言だったりもするので、さきほどのもそれなのか?とちょっと思ってみた訳で…。
「あ~、あるね。勘の良さとたまに拾う電波は彼女達の一族の特徴みたいなものだよ」
当たり前に答える貴仁。
「なに?義勇また何か言ってた?」
母親である蔦子とそっくりな義勇。
それは二人に限った事ではなく代々そうらしく…しかも彼女達が選ぶ男も代々似たタイプらしい。
ゆえに男同士も妙な親近感みたいな物がある。
そんな気楽さで、友人かなにかのように気軽に言う貴仁。
錆兎の方も目上と言う事でいくらかの緊張感がないとは言わないが、貴仁には自分の父親以上に馴染んでいた。
「ええ、実は…」
錆兎がさきほどの話をすると、貴仁が手を止め目を丸くする。
「それ…僕も昔言われたよ」
「ええ?」
「たしか蔦子が高校生の時」
「で?何か起こったんですか?」
「ん~なんだかしばらくしてストーカーみたいな知らない奴からの花と手紙が続いたかな。
で、学校は車通学禁止だったから、蔦子の父親がボディガード雇って学校の最寄り駅までこっそり車で送迎させてた気が…。
そうこしてるうちに収まったけど、結局なんだったのかわからずじまいだったな。
ま、あの人達ありえん幸運家系だから大丈夫だとは思うけど、何かあったら錆兎君頼むね」
単に…ストーカー出現予報なんだろうか…。
しかし普段からストーカーなんてゴロゴロいるんだが…。
結局…実際ことが起こってみるまでわからないのが彼女達の予言の痛いところだ。
しかたなしにまたトレーニングを続け、食事前にシャワーで汗を流し、いつものように冨岡家で夕食。
その後また2Fにある自室に戻るとPCをたちあげ”ファントム”でググル。
音響メーカー…関係なさそうだ。
さらに検索条件に”ストーカー”を追加。
オペラ座の怪人…微妙だ…。
結局わからない。
錆兎はしかたなしに携帯を取り出し、とある所に調査を任せると、また受験勉強へと意識を集中させた。
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