オタクだよ全員集合04

(…え?…ええ?愛人でも…良い?!!)
アオイの脳内でその言葉がクルクルと回っている……

紫のクロッカスの花言葉を聞いた瞬間、発作的に廊下に飛び出したアオイは階段近くで追いついた与一に腕を取られた。

とにかく自分くらいは事態の収拾に動かなければ…と、非常に根が生真面目で色々を気にする性質の与一は必死だ。
しかしそんな与一の願いとは裏腹に、
「たぶんっ…たぶん、色とかまで意識してないと思うからっ…」
ぜーぜーと息を切らせながらそう言う与一に、アオイはしゃくりをあげながら言う。
「わかんないじゃない。コウはカッコいいモン。料理だって出来るしピアノだって弾けるし…あたしと違って頭良いし…。何一つ敵わないもん」

ああ…もう、だからそこから離れようよ…
と、与一は内心ため息をついた。

いや…自分達が悪いのかもしれないが…もしかしたらあそこで映の同人誌を読むのを自分が身体を張ってでも阻止しなければならなかったのかもしれないが…。

しかしながら、フィクションである。
断固としてフィクションをリアルと混同してはいけないと主張したい。

二次元の作品の二次創作だって、公式ではっきり女の恋人がいたとしても男とくっつく話を作るのが腐女子である。
攻めだとか受けだとかリバだとか、元々CPでないものを妄想でくっつけるのだから趣味でフリーダムに変わるそのあたりの役回りで映達はしばしば揉めるのだが、そういう時にも与一は空気を白けさせるとわかっていながらも苦言を呈するのである。

『どちらが正しいなんてないし、好きにすればいいんだよ。
正しい間違っていると言うなら、全員間違ってるよ。原作はホモじゃないんだからね』

ああ、もう三次元なんてきちんとした動かし難い設定がある二次元よりも厄介だ。
それでも言うしかないのだ。

「あのね…何度も言うけど、映のあれは妄想だからね?リアルのユートとコウの話じゃなくて、あのオンラインゲームにいたキャラのユートとコウで遊んでるだけだからね?」

泣きじゃくるアオイを放置するわけにも行かず、しかたなしにハンカチで目元を拭いてやると、アオイはやっぱり泣きながら

「ユートは皆に優しいから…あたしが勘違いしちゃっただけなのかもしれないし…。与一みたいに他と態度がはっきり変わるタイプなら良かった。
ユートが与一みたいだったら良かったのに…」

と、口にした瞬間、階段から下りて来た人物達の姿をみとめて、与一は顔面蒼白になった。
あちらの会話もこちらの会話も両方聞こえていたが…非常にまずいのではないだろうか…。

こうしてコウとユート、アオイと与一、4人がそれぞれ茫然と廊下に立ちつくす事になったのである。



「二人…何をしてるんだ?」
と、最初に我に返ったのはコウだ。
若干固い表情で、泣いているアオイから事情を聞くのは無理だろうと思ったのだろう、与一に視線を向ける。
声を荒げているわけでもなんでもないのだが、整い過ぎるくらい整った顔でガン見されると正直怖い。
思わず硬直していると、コウは軽く目を瞑って小さく息を吐き出した。

「アオイとユートが付き合っているのは知ってるはずだな?その手は非常に誤解を受けると思うが?」
と言われて初めて自分の手が思い切りアオイの肩にかかっている事に気づいて、与一は慌ててパッと手を離してホールドアップの体制を取った。
ユートの視線は非常に痛いわけだが、まあコウは単に顔立ちが元々キツイだけで怒っているわけではなく、意外に冷静に現状を分析しようとしてくれているのだと言う事に気づき、与一はホッとする。

…が、その安堵も目の前の暴走気質の少女のおかげであっという間に覆される事になるのだが…

「ユートこそ、コウと何してたの?」
と、次に口を開いたのはアオイだ。
「はぁ?ねえ、そんな事聞いてる場合じゃないんじゃないかな、さすがに」
ユートはわけのわからなさと理不尽に思える切り返しにさすがに声を荒げた。

「聞いてる場合だよっ!あたしよりコウの方がいいんでしょっ!」
「は?わけわかんねっ!ごまかさないでくれる?!俺が一緒にいたのはコウだよ?!全然問題ないっしょ!!それよりアオイこそ与一と何してるわけっ?!」
「問題ないっ?問題ないわけっ?!…も、いいっ!!」

と、そこでアオイは脱兎のごとく駆け出した。
ぽか~んと立ちすくむユート。

まあ…よもや彼女に同性の友人であるコウとの仲を疑われているなどとは、さすがのユートも思いつかない。
が、そんなフィルターが入ったアオイにしてみれば、屋上でコウと二人きりでいたらしいユートは赤い目をしていて、コウの上着を羽織っている。
そして…愛人でも良い…の言葉……。

(…ユート×コウじゃなくて…コウ×ユートだったんだっ!!ならなおさら敵うわけないっ!能力的にも精神的にもコウほどの包容力ないもん…)
…などとカオスな事を思われているなどとはなおさら想像がつくわけもない。

「…なんで俺が浮気した男みたいな言い方されてるわけ?」
と、それを見送って呟くユートの隣で、コウがそろそろと後ずさりを始めた与一の腕をガシっと掴んだ。



一方逃走したアオイは広間に駆け込んだ。
そこでは腐女子達が二手に分かれて何やら言いあっている。
その殺気じみた空気に、小心者の涙は一気に引っ込んだ。

「あ、彼女さんだっ!どうせなら彼女に聞けばいいじゃないっ!」
と、言いだしたのは右集団と左集団のどちらだったのか。
どちらにしても全員の視線を一身に受けて、アオイは身をすくめた。

「…な、なに?」
と、左集団の中に映の姿を認めて救いを求めるように旧友に視線を向ける。

「あおいっち~」
と、にこやかに寄ってくる映。
笑顔…そう、すごく良い笑顔なわけだが、どことなく怖い。
思わずソロリと後ろを確認して、いつもなら彼女のストッパー役を買って出る与一の姿を探すが、そこには影も形もない。
それも当然、彼はコウに引きとめられている。
だが、アオイがそんな事を知る由もなく、こんな時なのに追って来てくれない与一に理不尽な怒りがこみ上げた。

ああ…男なんて…男なんて…
と、ホロリと零れる涙にさすがに映もぎょっとしたようだ。
詰め寄ろうとする他を後ろ手に制して、ソロソロとアオイに近寄って行く。

「あおいっち…大丈夫?」
と、普通のハンカチを探したのだろうがなかったらしく、コスプレしていたらしい衣装の胸ポケットの派手なシルクのチーフを惜しげもなく出して涙を拭いてくれる。

ああ…女の子は良いな…優しいな…。

映にしてみれば大事であろう衣装を迷うことなくアオイのために崩してくれる映にますますアオイの涙があふれて来た。

「映ちゃん…ユートがっ…ユートがっ……」
ひっくひっくとしゃくりをあげて抱きついてくるアオイを抱きとめながら、映は衣装が濡れるのも構わずポンポンとなだめるように背中を叩く。

「うん、ゆっくりでいいからね?ユート君がどうしたって?」

普段はテンションの高い映なのに、ゆっくりと優しい口調できいてきてくれる事に、アオイは感動した。
もういい。男なんてもういい。
そんなヤケクソな気分でアオイは映にしがみついたまま嵐を呼ぶその言葉を吐いてしまったのである。
もう広間中絶叫の渦に巻き込むその言葉を…。

「ユートが…ねっ…コウっ…コウのっ…愛人になりたい…って……」

「「「おおおおお~~~!!!!!キタ――(゚∀゚)――!!」」」

広間を震撼させるほどの割れるような歓声と拍手。

「マジッ?!マジッ!!!??ね、どっち?!!どっちが攻めなのっ?!!!!!」
わ~!!!っと走り寄ってくる血走った女性陣。

「愛人になりたいって事は、あれよねっ?!コウ君攻めよね?!!!!」
と、右集団が叫べば、
「男の愛人だってあるわよっ!!!絶対にユート君は攻めタイプだってっ!!!!!」
と、左集団が絶叫する。

もう餌を放り込まれたピラニアがごとく、ものすごい勢いで突進してくる面々に再びアオイは動揺して、後ろを振り返る。

…与一はいない…。

そこで頼みの綱とばかりに映の服の裾をぎゅっと握るが、顔をあげるとキラキラした視線にぶつかった。

「あおいっち…ユート君攻めだよね?」

…ああ、もう最後の砦は自分の世界に入ってしまっている。
これは自力突破しかない。

……が、動揺しすぎたアオイの口から出て来た言葉は…

「コウが攻め?だと思う…。さっき二人で屋上から戻ってきたとこ見たけど、ユートがコウのジャケット羽織らされてたし……」

きゃあああああ~~~!!!!!!

手を取り合って喜ぶ左集団と、

それでもっ、それだけじゃコウ君攻めとは言えないよねっ!!!と、険しい顔で頷きあう右集団。

あれ?どうしてさらにすごい騒ぎに…と、ぽか~んと呆けるアオイの後ろで、はぁ~~とわざとらしくも聞き覚えがあるため息が……。

「貴様…事態を収める気はないのか?」
と、おそろしく苦手なその声に思わず隣の映にしがみつきながら、アオイはぱくぱくと口を開閉させた。

「か…金森さん…何故ここに?!」
その姿をみたとたん、すでに涙目復活なアオイに、金森和馬は両手を腰にあて、俯き加減にまたため息をついた。

「お前がわけもわからず逃走してからな、コウの馬鹿がひっじょ~~~~うに迷惑にも藤さんにお前の方のフォローを要請する電話を寄越したわけだ。
しかしよもやそんなカオスな空間に藤さん1人を放り込ませるわけにもいかず、俺も来たわけだが……」

(…参戦…?殿下も参戦…?…殿下→閣下×ユート君でも……)

ひそひそ…っと広間から熱い腐女子達の視線を注がれて、さすがの和馬も居心地が悪そうに敢えてそちらに視線を向けず、アオイに視線を固定する。

「で?何故この集団を煽って遊んでいるのかききたいところなんだが?
おかしな方向に盛り上がられると、頼まれた手前、藤さんが困られる」

こんなに嫌そうな和馬は初めてみたかもしれない。
腐女子すごい!真面目にすごい!
と、一種感動していたアオイの胸中はとっくに読まれていたらしく、和馬はヒクリとひきつった笑みを浮かべて

「きさま…ずっと一生一瞬の隙もないレベルで腐女子の中に身を潜めているというなら、それもよしだが…」
「止めようと思ったんですっ!!」

と、もうそこは条件反射だ。
怒られる…と思った瞬間、アオイは慌てて口を開いた。

「コウとユート、どちらが攻めって話してたから、どちらって決めれば落ち着くかと思って……」

そう、はっきりコウが攻めだとわかれば、少なくとも攻め受けの論争は終わるはず…そう思って言ったのだが……不正解だったらしい。

後ろの映を始めとするユート攻め集団からはブーイングの嵐。
和馬は眉間に手をやり、大きく息を吐き出しながら肩を落とした。

え?え?と、きょろきょろ辺りを見渡すアオイ。
と、その時ゴン!と軽く後ろから後頭部を叩かれた。



「そこは関係自体否定しておけ。気色悪い」
と、聞き覚えのある声に振り向くと、苦虫をかみつぶしたような顔でコウが立っている。
そして…その少し後ろには困ったような顔をしたユート…と、与一。

「き、気色悪いってひどいよっ!ユートにひどい事言わないでよっ!!
…っ…ゆーと…優しいんだからっ……良い人…なんだからっ……」

そう…本当はコウが好きでも自分みたいにつまらない女と付き合ってくれてしまうくらい良い人なのだ…。
いくらコウでも、同性だからというだけで、気色悪いなどと言って欲しくない。

再びポロポロと溢れだす涙に、コウがなんとかしろとばかりにユートに視線を送った。

「もう…本当に相変わらず暴走気質なお嬢さんだよねぇ、アオイは」
と、ユートはアオイに歩み寄って、苦笑まじりに頭をなでる。

「事情は与一から聞きました。もう、なんでそういうわけがわからない方向に落ちこんじゃうかねぇ、俺のアオイちゃんは。
姫や藤さんならとにかくとして、俺がコウとってありえんでしょ。
俺、今はアオイ一筋だけどさ、アオイいない頃から女の子大好きよ?
男に走るってありえんから…」
と、さすがにユートの口から洩れるため息。

「でも…じゃあどうしてずっとコウとくっついてたの?」

とりあえず…ユートは相変わらず優しい物腰なのでわからないが、コウの様子からして、今回の事が非常に不本意にしてありえないらしいのはさすがにアオイにも見て取れた。

こういう時はコウはわかりやすくて良い。

「くっついてたんじゃない。お前が与一とコソコソしてたから、ユートがお前の方こそ自分に飽きて与一が良くなったんじゃないかって相談受けてたんだ」

「うそぉぉぉ~~!!!!!」
アオイは絶叫した。

「ちがうっ!違うよっ!!あたしがユートに飽きるなんて絶対にあり得ないっ!!
逆はあっても絶対にありえないんだからっ!!」
と、わたわたと慌てて手を上下するアオイにユートは
「逆もありえません」
と、テイっと軽くその頭に手刀を落とす。

ああ、もう本当にこいつらは……と、暴走しまくった馬鹿っぷるに、珍しくコウと和馬が同時に大きく息を吐き出した。


「とにかく…もうアオイはこの手の同人に近づくのは禁止ね。
映も巻き込まないでよ?」
アオイに指切りをさせながら、ユートはひくりとひきつった笑みを映にむける。

「もちろん、それはもう俺が責任持って監視するから…」
と、それには与一が映を押しのけてきっぱりと言う。

「ユートには迷惑かけて悪かったよ」
「いやいや、こちらこそごめん」
と、男同士和やかに謝罪する中、腐女子達の熱い視線はコウと和馬に注がれる。
そして…おののくエリート二人。

「貴様は…姫に禁止しておかないでいいのか?」
と、そちらから逃避するようにひきつった笑みを浮かべたまま言う和馬に、同じく顔をひきつらせながら
「姫はアオイじゃないから。自分が俺にとって絶対者だって事を誰より良く知ってる。
それよりお前は?」
「藤さんはそれこそ立場的にそんなもんに関わってたらやばい身分だって事は重々承知している」
「なるほど…」
などとかわされる会話。


しかし重々承知しているはずの藤が発端になって、またこの世界で一騒動おきる事は、この他に関しては非常に優秀な男達の想像の範囲外だったらしい。

「まあ…この手の事に関わるのはこれで最後だ…」
と呟く和馬が、のちにどっぷりと騒動の渦中の人になるまでには、まだ少し間があるのだった。




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