オタクだよ全員集合02

空気を読む事にかけては自信があるユートでも今回の事態は全くわからなかった。

“人ごみで見失ってしまったまま連絡のつかないフロウを探すのを手伝って欲しい”
というのがコウの頼みだった。

4人が出会ったきっかけになったのは高校2年生の夏休みに起こった高校生連続殺人事件。
それから現在大学1年の6月までで1年11ヶ月たつ間にありえないことに実に8回もの殺人事件に巻き込まれている。
もうイベントやら旅行やらのたびに殺人事件だ。
それでこんなイベント中に姿見失ったら不安にならない方がおかしいし、何かあったのかととりあえず疑ってみて探すのが当たり前だ。
いくら楽観主義者のユートでもそう思う。
ましてや相手はいつも4人で行動してる特別な仲間だ。

それでも…どうしてもという用事ならコウに断ってアオイにつきあわないでもないが、一緒にゆっくりしたいというだけでは、じゃあ用事が終わってからね…というのが普通じゃないのか?
というか…それでもどうしてもなら、そう言ってくれればいいのに、用事終わったらすぐくるねと言っただけで泣きながら逃走ってなんなんだ?
そんな酷い言い方はしてないはずだ…。

優先順位が違う?
いや、いくら彼女の誘いと言っても、身の危険があるかもしれない仲間を探すの優先じゃないか?普通…。
というか…普段はそこで『姫なら大丈夫じゃない?』と幸運気質のフロウについて楽観視するユートに冷たいとアオイのほうが非難の目を向けるのがお約束なんだが…。
本気でわからない…。

「機嫌…悪かったのかねぇ…。生理?」
ポリポリっと頬を掻いて誰にともなくユートがつぶやいた時メールの着信音。
コウからフロウがみつかったとのメールで、とりあえずそちらに関しては安堵する。
暇になった事だし、時間がたってしまう前にアオイにちゃんと理由を聞くか…と、ユートは寝室がある2階に向かった。


「アオイっち、どうしたん?藤さんにきついことでも言われたん?」
涙目でフロアを横切って部屋に戻ろうとしていたアオイの腕をグイっと引っ張る手。
涙で潤んだ目をグイっと擦ったアオイは、そこに旧友の顔を見てブンブンと首を横に振った。
「ううん。全然。きつい事言うような人じゃないよ、藤さん。顔立ち整いすぎててきつい印象与えちゃうから誤解されやすいけど、実はすごく優しい人だよ、コウと同じで…」
自分で何の気なしにコウの名前を口に出してしまったことでまた思い出してしまったアオイは、ジワリと再び目を涙で潤ませる。

「…アオイ、ちょっと良い?」
そこでいち早く空気を読んだのは与一だった。
仲間に囲まれている映の横から歩を進めて、泣き出すアオイを不思議そうに見る周りからかばうように軽くその肩を抱いて人ごみからアオイを連れ出す。

与一も映と同じく件の事件で知り合ってからの知り合いだ。
知り合った当初は対人恐怖症でいつも映の影にひっそり佇んでいるイメージだったが、よく言えばおおらか、悪く言えば大雑把で細かい事を気にしない映と接するうちに対人恐怖症を克服。
もともとが秀才な上、人の機微にも敏感な事もあって、行動力はあるがともすれば暴走しがちな映を上手にフォローしつつつるんでいるらしい。
映がいる所には必ずといって良いほど与一の影ありと言った感じだ。

「はい。水分補給しようね」
アオイを部屋の隅に連れて行くと、与一は少女のような優しげな顔に笑みを浮かべてアオイの手にジュースのグラスを握らせる。
「すごい熱気で俺も喉渇いちゃった」
与一はそう言って自分もジュースのグラスを取って口をつけた。

「は~…生き返るね~」
ジュースを口にしてにこやかに言う与一を見ているうちに、アオイもなんだか喉が渇いている気がしてきて、自分もジュースを飲み干した。

確かに冷房は入っているものの人の熱気で暑い部屋の中で飲む冷たいジュースは喉をすっきりさせて、もやもやしたものを少し流してくれる。

「うん…美味しいね」
ようやくまともに言葉が出始めたアオイの様子に、与一は少し言葉を選ぶように考え込んだが、
結局ストレートに
「…コウと…何かあった?」
と聞いてきた。

“コウ”の名前を聞いてまた喉の奥から何かがこみ上げてくるアオイを与一は少し心配そうに観察する。
少しアオイの言葉を待ってみて、何も出てこないのを確認すると、また口を開く。

「えとね…俺はアオイ達4人の事はある程度知ってて…4人の大方の関係も知ってて、でも絶対に顔を合わせないといけないほど親密じゃないから。
王様の耳はロバの耳したいならそれだけでもいいよ?
他人に話したら楽になることもあるし、全く知らないわけじゃないから共感もしてあげられる。
逆にさ、何か気まずくなる事があって手を貸して欲しいって言う事なら、それも知らない仲じゃないから間に入ってあげられるしね。
もちろん…直接的に何かするではなくて、単に第三者としての意見聞きたいとかならそれでもいいしね」

本当に…自分の周りはどうしてこう空気を読めまくれる人間だらけなんだろう…と、アオイは感心する。
相手が察しが良い以上に自分が非常にわかりやすい人間であることには当然気づくアオイではない。

ユートには間違っても言えない…。言ったら終わる気がする。
コウにも同じく…。
フロウには…言った後の行動が予測できない。
彼女の行動は本当に謎なので、やはり怖くて言えない。
かと言って…一人で抱え込んでいるのはつらい…。
もう渡りに船というか…腐女子な映の親友なだけにそういう方面の話題にも理解があるだろうし…与一の申し出を断るという選択は今のアオイにはなかった。

「…えと…なんていうか…映がゴメン……」
藤と話した事、自分の不安、さきほどのユートとのやり取りなど、全て話し終えると、与一はテーブルにがっくりと手をついて大きく息を吐き出した。

「そっか~、うん、ファンタジー風味にしてたけどそりゃ当人知ってる人間にはばれるよなぁ…」
ブツブツとつぶやく与一に
「なんのこと?」
とアオイは首をかしげる。
それに与一は心底言いにくそうに小声でつぶやいた。
「…今回の…映の新刊のモデル…コウとユート…なんだよね…」
うあぁぁ……。

不安とは別に何か動揺するアオイ。
「ほ、本人達、特にコウにはぜ~~~ったいに内密にねっ!」
少し青くなる与一。
確かに…ユートなら引きつつも苦笑して許しそうだが、コウは真面目に激怒して縁を切りそうだ。

「えと…その話ではユートがコウを好きで…でもコウはフロウちゃんが好きで見込みがないから私とつきあってたり?」
聞いたら聞いたで落ち込みそうな気はするが、聞かないと聞かないで気になるアオイ。
それに与一はますます困った顔になる。

「いや…えと…まあなんというか…そこはほら、腐女子な子達が作る話だからさ…。
姫とかアオイとか女性陣は全く登場しなくて…。
舞台は最初に俺達が出会った例のネットゲーの世界がネットゲーとしてじゃなくて現実ということで…二人は冒険者なわけ。
で、魔王を倒すべく修業しつつ旅してて、コウはあのまんまの性格で、強いんだけど人が良すぎて危なっかしいとユートは思ってて、でもそんな所に惹かれてて特別な思いを抱いてるんだけど、コウは全然気づかない。
で、まあ好きだってばれたら引かれるだろうと、ユートはあえて特別な女性は作らず、でも人当たりいいから普通にモテルし遊びまくってる…みたいな?」

「それ…私も見たいな…」
怖いのだが、ユートが出るとなると興味は捨てきれないアオイ。
しかしその言葉に与一はブンブンと首を横に振った。
「やめたほうがいいよっ。そういう趣味ない人間が読んだら絶対に引くってっ。
特に知り合いだときつい。俺でさえ挫折したし」

「……与一って……そういう方面興味ない人なの?興味ないのにいつも一緒にやってるの?」
いつでも映と一緒にイベントにも参加しているので、当然そういう方面の話が好きな、いわゆる腐男子というものだと思っていたアオイが意外に思って言うと、与一は少しあたりを確認して、また小声で言う。

「ん~…作ってる内容はとにかくとしてさ、すごく楽しそうでエネルギッシュな映達見てるのが楽しいんだよね。
ほら…俺初めてみんなで旅行行った時も言ったけど、友人だと思ってた奴に影で色々されて不登校の引きこもりになっちゃった人だからさ。
なんか嬉しいの、そういう集団に身を置いて何かを一緒にしてるのが。
だから内容には関わらないけど、こういうイベントとかの事務方とか同人出すとしたら印刷屋さんとのやりとりとかね。
合同本出すとか合同企画とかの時は連絡係にもなるし、あ~、そうそう、最近はサークルのHPの作成とかもしてるね」

与一は出会った頃が嘘のように生き生きしている。
しかし優しげで控えめな雰囲気はそのままで、なんとなく話しやすい。
元々秀才で几帳面で物理的な事はしっかりしているから、なるほど、内容に関わらなくてもこういう事務方がいると楽だろう。

まあそれはおいておいて…
「ね、それ一冊借りれたりしない?
あ~、有料ならそれはそれでお金払ってもいいからさ。
なんかそこまで聞くと気になっちゃって…」
アオイが再度言うと、与一は腕を組んでウ~ンと考え込んだ。
「…やめた方が良いと思うけどねぇ……。
まあアオイになら映に言えば喜んでダタでくれると思うけど…欲しい?」
「うん」
即答するアオイに与一は、『ま、しかたないかっ』と組んでいた腕をとく。
そして一歩アオイのほうに踏み出してその顔をのぞきこむとまた、いつもの優しげな笑みを浮かべた。

「俺に見たいっていうアオイを止める権利はないし、俺が言わなくてもアオイが直接映に頼んじゃえばそれまでだから、まあ、俺がもらってくるけど、一点だけ言わせてね」
「うん」
「えと…ね、映にとってはコウもユートもさ…リアルでそれほど付き合いがあるわけじゃないし、感覚として例のネットゲーの中のNPCキャラなのね。
要は…ディスプレイ一枚隔てている、TVのアニメとかのキャラクタと一緒っていうのかな。
その向こうにそのキャラを操っているリアルの人間、”中の人“はいないの。

だからアオイにとっては先にリアルのユートがいて、本の中のユートって言うのはそのユートをモデルにして作った仮想のキャラなんだけど、映にとっては先に例のゲーム内でのあのCGで作られたキャラがいて、そのキャラを使って自分が作りたい話を作ってるだけで、リアルのユートっていうのはなんだろう…上手にそのキャラのコスプレをしているそのキャラとは別の人って感じかな。

だから…何が言いたいかっていうとね…本の中のユートっていうのは、あくまで映が作り出した架空のキャラであって、現実のユートとは無関係だからね?
だからアオイがそのキャラがユートに似てて面白いねって楽しむ分にはそれはそれで良いと思うんだけど、そのキャラがこうだからリアルのユートがこうだったらって心配とかはしないようにね。
間違ってもリアルのユートの事を考える判断材料にはしちゃだめだよ?」

念を押す与一にアオイがうなづくと、与一は映の方へと戻って言った。
待つ事数分。
戻ってきたのは映と数人の女の子達だった。

「アオイっち~!!新刊見たいんだって?!」
相変わらずテンションの高い映。そして周りの女の子達もそれに負けず劣らない。
「映~紹介してよ、紹介!!あたしも彼女から話ききた~い!!」
いきなりアオイはグルっと周りを囲まれて若干びびる。

(…こ、こわ……)

内容より何より周りの子達のテンションの高さに硬直するアオイに、少し離れた所から
「映~!!だ~めぇ~!!!!」
と、与一の声が聞こえた。
ふとそちらに目をやると、なんだか数人の女の子に押さえ込まれてる。

うあぁぁぁ……

何か…頼んじゃいけない事を頼んでしまった気がしてきたアオイ。
だが
「映ぁぁ~!本気で怒るよ?!!」
との与一の言葉で映はちょっと考え込む。

そして、
「あ~、ごめん、みんな。忘れてた。アオイっちは人見知りだからさ。
今度話聞かせるし、紹介できそうならするから、今は悪いね。とりあえず放置でよろ~」
その言葉に周りは与一をチラリと振り返り、苦笑してうなづく。

「まあ…一番怒らせちゃやばいもんね、よいっちゃん」
「怒らせるってよりさ…あの可愛い顔で悲しそうにされるとさ…なんか思い切り悪役に…」
「みんなのアイドルだもんね~」
口々に言って潮が引くように散っていく面々。

意外に…大事にされてるんだ、与一…と感心するアオイ。
まあ…あの可愛い容姿と今回の細やかな気遣いを考えると、わかる気はするわけだが…。

「んで、じゃ~ん!これっ!良かったらさ、感想とかくれると嬉しいねっ」
バン!と目の前に差し出される冊子。
アオイはとりあえず映に礼を言ってそれを受け取ると、さすがにコウやユートの目につくときまずいので、急いで自分の部屋に戻って部屋の鍵をかける。

表紙にはアオイ達が出会った例の殺人事件のきっかけになったネットゲーの中のコウのキャラの後ろ姿と、それをちょっと悲しそうな顔で見るユートに似たキャラ。
ハラリと最初のページをめくると物語が始まる。

与一はあくまでゲーム内のキャラで遊んでるだけだと言っていたが、二人とずっと一緒にいたアオイが見ても、二人の性格がよく描けていると思う。
恐らくあの時アオイとフロウと出会わなかったら二人はこの本みたいな感じに二人でつるんでいたのではないだろうか…。
能力はあるが馬鹿正直すぎて危なっかしくて放っておけない…その裏表のない性格に安心する…
それは以前ユートがコウに対して評していた言葉だ。
自分がいなかったら…というより、フロウがいなくてコウがフロウに夢中にならなければ、ユートはこの本のようにコウに思いを寄せていたのではないだろうか…。
ありえない話ではないような気がしてきて、アオイの目からはポロポロ涙が零れ落ちた。

そもそも…ユートは自分には出来すぎた彼氏だったのだと思う。
背が高くて性格が良くて空気が読めて…出会った頃は同じくらいだった成績もその後猛勉強して見事有名私立大に合格。
ああ…その猛勉強した理由も確か自分ではなくてコウだったな…と、アオイはボ~っと思い出した。
ユートは自分と同じ大学に行くよりも、将来コウと一緒にやっていけるようにと猛勉強して志望校よりかなりレベルが高かった名門大学に合格したんだった…。

その人当たりの良い性格から女友達もたくさんいて…それでもいつでも自分を優先してくれたが、考えてみればコウと比べるとコウの方を優先されている気がした…。
他の女友達と比べても自分が特に可愛いとも思えないが、コウと比べられたら本気で駄目だと思う。
敵う部分がない。

(ああ…もう駄目だ……)
アオイは冊子を握り締めたままベッドにつっぷした。
ヒックヒックという嗚咽だけがシン…とした部屋で響く。

その微妙な静寂を破ったのはノックの音だった。
そして聞こえる穏やかな声。
「アオイ?ちょっといい?」
「だめっ!!」
いつもだったら嬉しいその声にアオイは即答した。
そして慌てて手に握り締めた冊子を隠しかけて…思い出した。
(そだ…ドア鍵かかってるんだった…)
ホッと息をつく。

まあ…でも今ユートには会えない。
顔を見たら号泣する、絶対…と、アオイはさらに
「今ちょっと忙しくて…考えないといけない事もちょっと出てきちゃって…手が離せないの、ごめん」
と、続けた。

ユートは一瞬考え込む。
アオイの暴走の原因がわからない以上、ここでしばらく時間を置いた方がいいのか、置いてはいけないのかの判断がつかない。
しかしまあ…アオイにドアを開ける気がないとどうしようもない。

「うん。じゃ、時間とれたらメールくれる?」
しかたなしにそういい置いて退散する。

ドアの前から人の気配がなくなって少しホッとするが、それでいて妙に寂しい気がするアオイ。
悲しくて不安で…でもいつものメンバーは呼べない。
かといって…男友達に彼氏の気持ちが…などという話を出来る相手がいようはずもなく…
ため息をついたアオイの脳裏に浮かんだのは
『他人に話したら楽になることもあるし、全く知らないわけじゃないから、共感もしてあげられる。』
という少女のように優しげな与一の姿だった…。




(いったい…なんだっていうんだよ……)

一方ユートは今回ばかりは本当にわけがわからない。
アオイはいつでもユートを追いかけているような子で…ユートの誘いを断る事など滅多にない。
そもそもテラスの一件自体がアオイらしくない。

「う~ん…情報不足だよなぁ…どう考えても…」
ユートが来る前のやりとりに何かがあったのだろうとは想像がつくが、それが何かは当然わからない。
藤に…聞くのが一番いいのだろうが、藤もなんだか冷静な感じはしなかったし、ここは不本意にして非常に気は進まないのだが聞き出せる相手は一人だ。


『あ~、貴様は…気を利かすとかそういう気はないんだな。
普通彼女と二人きりで部屋にいるとわかっている男の元に電話かけてきたりはせんぞ』

こうしてかけた和馬の携帯。
もしもしと言う間もなく、いきなりそう来て珍しく素直に反省するユート。

「ごめん…もしかして最中だったり?」

その言葉自体も失言だったらしい…。
電話の向こうから聞こえるわざとらしくも大きいため息。

『…貴様は…隣に藤さんがいて聞こえてるとは思わんのか?
それとも何か?姫の前でも貴様そういう発言してるのか?
それでコウにキレられたりせんか?』


(あ~…)
ユートは軽い頭痛を感じて額に手を当てた。
どうやら自分の方が煮詰まっていて、正常な対応ができてないらしい。

「ごめん…真面目に煮詰まってます。
藤さんにさ~、もう気がすまないなら後で土下座でもなんでもするんで教えてくださいってお願いできない?」

「ユート君?なんだって?」
一方、ミニテーブルをはさんでチェス盤の上の駒を動かそうとしていた藤は、和馬の口調から和馬の携帯にかかってきた電話の相手のあたりをつけたらしい。
手を止めて和馬に視線を向けた。

「ん~…なんだか藤さんに聞きたい事があるそうで…」
電話口を手で押さえて和馬も藤に視線を向ける。

「ふ~ん?何かな?代わる?」
藤が手を伸ばすと、和馬はそれを軽く制して再度ユートの対応に戻った。

「おい凡人、寛大にも藤さんが話をして下さるそうだからありがたく思え。代わるぞ?」
和馬の言葉をユートは慌てて止める。

『あ~ちょっと待った。できればお前通して?
俺さ、今ちょっと煮詰まってるぽくて失言しない自信がない』
「貴様…俺になら失言しても構わんと…そう言うことか?」
『うん。だって金森なら失言に怒って切るというより、失言をネチネチ問い詰めるために話続けてくれそうじゃん。俺もう嫌味つきでも何でもいいから、とりあえず情報欲しいんよ』
どうやら少し必死なユートの言葉に、和馬の顔からニヤニヤした笑みが少し消えたのを藤が不思議そうに見る。

「あ~、ちと日本語忘れかけている馬鹿な凡人が通訳通して欲しいらしいんで、俺が聞いて伝えます」
問いかける藤の視線に和馬はそう答えるとユートからまた質問を聞きだす。
そして和馬は聞きたいことを大方聞き出して自分の中で整理すると、いったんユートを放置で藤を振り返った。


「あ~…藤さん、非常にプライベートな話題で聞きにくいんですが…」
一応…女性同士、同性の気楽さで交わされた話題であろうとは思うので、和馬はそうワンクッション置く。

「うん、何?」
「この凡人男がテラス来て愚民女がキレるまで…ですね、愚民女は藤さんと話をしていたそうですが、どんな話題だったんです?」
和馬の質問に、藤はいつもはっきり物を言う彼女にしては珍しく言葉に詰まった。

…言えない…。

初めてBL本なるものを見て、そういう世界を知って、コウと和馬の仲を少し疑ってみたなどとは口が裂けても言えない。
藤は引きつった表情で無言で首を横に振った。

まあ…男には言いにくい話をしていた可能性も考えていた和馬にしてみれば、内容は想像できなくとも藤のその反応は想定の範囲内だ。
少し苦笑して
「そう…ですね、言いにくい事は言わないでいいです。
凡人が知りたいのはですね、何故あの愚民女がそんなに簡単にキレたのかと言う事だそうで。
話をまとめると…凡人は…まあ俺もなんですけど、コウに姫を人ごみで見失ったから探すのを手伝って欲しいといわれてたんです。
で、愚民女に一緒にゆっくりしようといわれた時に、コウに頼まれてるからそれ済んだら来るって言ったらしいんですね。
あいつら馬鹿みたいに事件に巻き込まれるから、ただ一緒に茶でも飲みたいだけなら先に姫の身の安全の確認が取れてからでも…と思って、愚民女もそう思うだろうと思ってそう提案したらいきなり泣いて逃走された…と。
で、普段ならそんな事でキレる事ないし、その前の会話に何か原因になるような事があったのかどうか知りたい…という事なんですが?」

あ~それはその前にユートが自分よりコウの方が好きなのかも…という話をしてたからで…とは言えない。
それを言ったら今度はどうしてそういう話に…という事になって、芋蔓式に自分の話も…。
言えない…さすがに呆れられる…。
無言で硬直する藤。

待っていても答えはなさそうなので和馬も自分なりに分析を始める。
自分を呼び出した時の藤の様子もおかしかった…
珍しく強引な要求をしたわりに、叶えるというとあっさり引く。
要求の内容はどうでも良くて、相手が自分の願いを聞いてくれるかどうかが重要だったような…

そこからはじき出される結論は…

「あ~…もしかして…思い切り要約すると、彼氏が自分の用件を優先してくれることがイコール愛情のパラメータとかそういう話になってました?」

…どうなんだろう?
…そうなような違うような…。
いや、そこに“コウよりも”をつければそういう事になるのか…と、藤は納得してうなづいた。
そんな風に神妙な顔でうなづく藤に何も知らない和馬は口元に笑みを浮かべる。

「ホントに…そんな程度の事でそこまでためらうって…あなたどこまで可愛い性格してんですか。
あなたの主張は正しいです。我がままくらい言っても構いませんよ。
あなたが困るような事になる事以外はきいてあげますから」

言って軽く身を乗り出して藤の額に口付けると、和馬はユートに結論を伝えた。
だがユートの反応は和馬とは若干違っていて…

『…なに?俺そんな事でここまで怒られて拒否られて振り回されてんの?』
その呆れた響きに和馬は笑った。
「どうした、凡人。気が長いのだけが取り得じゃなかったのか?」
『気…長くはないよ?俺。
つかさ…せめてどっち優先するつもり?くらい言ってから怒ってよ。
あの状況であれだけの情報で全部察して行動できない俺が悪いわけ?』

すご~く気に病んだだけにホッとすると同時にドッと来たらしく珍しく語気を荒げるユートに、和馬の顔から少し笑みが消える。

「貴様のように平坦な道を歩いてきた人間は遭遇した事ないかもしれんがな、人間非常に心が弱る瞬間もある。その瞬間を突かれると良くも悪くもな…弱いぞ。
この凡人の中ではトップクラス、超一流を自負する俺ですら、それでコウの馬鹿に一生かけて恩返さないとと思った瞬間があるくらいだ。
ま、途中で正気に返って人生棒に振らずにすんだがな。
逆もしかり。その瞬間にあまりに空気読まない態度取ってると後で厄介な事になる可能性もある。
怪しいと思ったらまずできる限り都合つけて相手の言う事聞いてやって、あとで辻褄あわせるのも大事だぞ」
珍しく真面目な語調の和馬にユートも少し冷静さを取り戻す。

確かに…アオイは色々動揺しやすいし、思いつめやすい性格ではある。
こうしている間にも部屋で何かモンモンとして泣いてるかもしれない。
しかたない…少し甘やかせて落ち着いたところで事情を聞いてこちらの事情も話せばアオイの方から過剰なくらいの謝罪があって仲直りだろう。

ユートは和馬に礼を言って電話を切ると、一瞬そのままアオイにメールを入れようとしたが、この距離なら直接行った方が早いかとアオイの部屋に足を向けた。

…が……巡り会わせが悪い時というのはとことん上手くいかないものである。
この時のユートの行動がまたさらに事態をややこしくなる場面を彼に目撃させる事になる。




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