オタクだよ全員集合01

「どう思う?アオイちゃん。」
真剣な表情で身を乗り出す美女…風早藤。

場所は例によって藤の好意で無償提供されている風早家所有の山の山頂に立つ大邸宅。
今回はアオイ達の友人…映(あきら)が主催するオタクの祭典が催されていた。

映はオンラインゲームで出会った腐女子な友人で、その後もたま~に連絡を取り合う仲である。
オンラインゲームというのは、もちろんアオイが彼氏のユートや、親友のコウ、フロウと出会った例のゲームだ。

その映に仲間内でやるイベント用にイベントスペースを探しているので安くて良い場所がないかと聞かれたアオイからまわり回って話がいったのが、フロウの仲の良い先輩でアオイ達とも交流のある藤。

大財閥の跡取りである彼女がいつものようにその太っ腹さを見せて、実家の財閥所有の別荘の一つを提供してくれて、今に至っている。


そして集まるオタク達。
それに混じって場所の提供者の藤とその婚約者の和馬、そしてアオイを始めとするいつもの4人組がいたりする。

そこで初めてそういう趣味の面々に触れたらしい藤は映やその仲間の腐女子からそっち系の話教授されていたが、いつのまにか話を終え、アオイの目の前にいたらしい。

あまりの熱気に呆然としていたアオイは、映達といたはずの藤が自分のほうへときた事にも気づかなかったので、いきなり真剣な顔で話を振られて少し動揺した。


「えっ?あっ…あの…ごめんなさい。ボ~っとしてて聞いてませんでしたっ。
どう思うって何をです?」

正直にそう口にすると、藤はどう考えても集中して込み入った話をできそうにない人でにぎわうフロアの状況に気づいたらしい。

小さく息をついて
「ちょっと出ようか…」
と、テラスにアオイをうながす。

そして
「座ってて」
と、アオイをテラスの椅子にうながすと、藤はいったんフロアに戻ってグラスを二つ手に戻ってきた。

「楽しんでたところごめんね」
と、アオイの前にジュースのグラスを置き、自分はそのままウーロン茶のグラスを手に少し首を傾けて笑みを向けつつ言うと、アオイの正面に座る。


(綺麗な人だなぁ…)
アオイは正面に座る3歳年上の知人に見惚れた。

少しの癖もないサラサラの黒い髪が覆う顔は雪のように白い。
肌もきめ細かくてうらやましいくらいだ。
まつげは濃くて長く、真っ黒な切れ長の目。その上には凛とした印象を与える黒くてまっすぐな眉毛。鼻筋も通っていて、薄い形の良い唇は軽く閉じられていた。

息をのむくらい綺麗な人だと思う。
コウ、フロウと並んでアオイが知る3大美形の1人だ。

まあ…フロウは別としてコウと藤は、自他共に姉弟と称するほど、雰囲気、性格、頭脳の優秀さ、スポーツ万能なところまで似ている、他人なのが不思議なくらいそっくりさんなわけだが…。

「どした?」
じ~っと自分を凝視するアオイに藤は少し不思議そうな目をむける。
「あ…いえっ…」
アオイはその声にハッと我に返った。

「ただ…藤さん美人だなぁ…って…」
「そう?まあ綺麗に感じるかどうかって個人的好みだから…。
アオイちゃんはこういう顔好きなのかもね、弟に似てるし」
アオイの言葉に藤は困ったように笑う。
その斜め上思考も困ったように浮かべる笑みも藤が言う“弟”コウに確かに似ている気がした。
アオイがそんな事を考えていると、藤の顔からふと笑みが消えた。

そしてポツリと…
「私…劣化弟…なのかなぁ…」
と小さなつぶやき。

へ??

「なんですか?それ??」
本気で話の流れについていけないアオイ。
「いや…だってさ…弟のが良い男じゃない?」
「えと…いや…えと…だってコウは男だし藤さんは女性だから男らしさで競っても…」
「あ~悪い。男っていうか…カッコイイ?…ってのもあれか…そそ、好ましいっていうの?」

察しの良いユートや和馬だったら藤が言わんとしている事がわかるんだろうが、アオイには藤が何を言いたいのかさっぱりわからない。
「それ…私にとって、よりどっちが好ましいかって言う話…じゃないですよね?」
自分の回答も斜め上言ってるんじゃないだろうかと思いつつもアオイが聞き返すと、藤は
「あ~」
と何か察したようにまた苦笑して
「ごめんね。意味不明だよね」
と、謝罪した。

そういう対応の柔軟さは年の功なのか性別差なのかはわからないが、コウよりは藤のほうがある気がする。
コウ相手ならたぶんここでそういう一呼吸置く間もなく、どうしてそういう話になるかをいきなり長々と話し始めるところだ。
それをアオイが口にすると、藤は少し視線を落として小さく息をついた。

「うん…でもさ…そういう点は求められてないからさ…。
空気なんて本人十分すぎるほど読める人間だから…」
「あ~、もしかして金森さんの事です?喧嘩でもしたんですか?」
そこでようやくアオイにも話の片鱗が見えてきた気がした。
ようは…藤の婚約者、金森和馬にとって自分が劣化コウなのかという話らしい。

「喧嘩に…なると思う?」
「いえ……」
藤から聞き返されると、アオイは自分で聞いておいてそう即答した。

人間関係や空気を読むという点について金森和馬の右に出るものをアオイは知らない。
国のトップレベルの人間に取り合いをされている、あちこちで天才と称えられるコウをして、“No1になれる実力を持ってあえて補佐役に徹している最高のNo2”と言わしめるその能力は半端ない。
絶妙の状況判断と絶妙のフォロー。

一介の大学生でありながら藤の祖父で日本有数の大財閥風早財閥の総帥である風早老の期待を一身に受けて跡取り娘である藤との交際を許された逸材だけはある。
まあ…その素晴らしい能力を持って藤とコウ以外には全力で嫌がらせと意地悪に励んでくれるのでアオイは彼が激しく苦手なわけだが……。

「じゃあどうしていきなり?」
アオイに嫌がらせの限りを尽くしてくれるのと同じ人物とは思えないほど、和馬は藤に甘い。
二人が付き合うきっかけになった事件の時も、結局ずっとそちらの方向に向けて勉学と努力を続けていた進路を、友人をなくして泣いていた藤をなだめるためだけに変更したくらい藤を中心に色々を回している。
もう…そのあたりアオイを優先はしてくれるものの自分は崩さないユートを彼氏に持って常に不安を抱えているアオイにしてみれば羨ましいくらいだ。

「うん…なんかさ…和馬って元々は弟の補佐役だったわけじゃない?」
藤の言うとおり、和馬は元々はコウが名門進学校海陽学園で生徒会長だった頃に副会長として補佐役をしていたのがきっかけで親しくなって、それがきっかけでコウを通して藤と出会っている。
「まあ…知り合ったきっかけはコウかもしれませんけど…結局金森さんは藤さん選んでるわけですし…」
「…それ…ユート君がいたから…じゃない?」
「は?」
何故そこでユートが?と思いつつ、自分の彼氏の名がそこで出てきたところで少し不安になって少し眉を寄せるアオイ。
「何かユートに関係が?」
そこにさらに不安をあおる藤の言葉…
「だって…ユート君がいて弟の一番にはなれないから…。学園祭でユート君と弟のやり取り見るまでは将来的にも弟と一緒にいてその補佐するつもりだったっぽいし。弟が自分よりユート君の事の方が好きだから諦めちゃったとかじゃない?」

え~っと……と、アオイはいつも一緒の…自分にとっては兄のような存在のコウを思い浮かべた。
顔はもういうまでもない。芸能人も真っ青の美形だ。
現警視総監を親に持つお坊ちゃまで、日本屈指の進学校で一度も主席から落ちた事のない秀才で東大現役合格して…勉強だけじゃなく何故か何回も遭遇した殺人事件を全て華麗に解決した明晰な頭脳と素晴らしい身体能力。
カレーくらいしか作れない自分と違って晴らしい料理の腕。ああ…ピアノも華麗に弾きこなしてたな…。
……だめだ……勝てるところが見つからない…。

「でもっ…コウ男だしっ!能力は確かにコウに敵わないけど…ユートだって恋愛だったら女の私の方が…」
もうアオイの頭の中ではすでに藤の悩みではない。
自分の問題になっている。涙目で拳を握り締めて力説した。
対する藤の目もちょっと遠くを見ている。

「でも…さ…性別だけで惹きつけておけるのかな…。男と女の違いって何…?結婚できるかできないか?
法律だけで相手の心…縛れるのかな…?
てかさ…表面上一緒にいてもさ…心別にあったりしたらどうしよう?
でさ、いつか両思いになって出て行かれちゃったり…。
映ちゃんが見せてくれた本にさ…好きな相手が男でさ…同性だから諦めて女の子とつきあうんだけど結局諦めきれなくてってのがあってさ…その好かれている男の子がさ、弟に似てるんだよね…。
確かに弟は性別越えて良い男だと思うしさ…能力もさることながら、性格も良いし…」

そこから暴走したのか…。
ファンタジー(架空の話)とリアル(現実)は違うから…。
というか…むしろ映が描いてる話ならリアルで自分が知っている数少ないイケメンキャラのコウで遊んでいるだけだからと、第三者として聞けていれば言えるのだろうが、アオイ自身もすでに我が身の事と動揺しているので、そんな当たり前の考えが出てこない。
そういえば…コウとユート、友人というのを越えて仲良いよね…などとさらに涙目だ。


「「どうしよう……」」
女二人で涙目なところに、相変わらず周りの空気を一切気にしないお姫様が、フワフワの短めのスカートに足首にはフェイクファーのアンクレット、そして髪の左右にはウサギの耳のようにピンと立った羽飾りという、なんともファンタジーな格好で登場した。

「じゃ~ん!映ちゃんからのプレゼントっ!可愛いです?」
空気を無視しまくりで、にっこりご機嫌で微笑む美少女フロウ。
クルリとその場でまわってみせる。

「かっ…可愛い!!」
ガタっと立ち上がる藤。
「めちゃくちゃ可愛い~~!!!」
そのままフロウをぎゅ~っと抱きしめる。

藤とフロウは有名ミッション系お嬢様学校の先輩後輩で、その昔学園祭でロミオとジュリエットを共演したという仲だ。
そして…フロウは藤の事故死してしまった最愛の親友に似ているらしく、藤はフロウを溺愛している。
和馬がコウに…だったらという以前に、自分の方が実は一番は婚約者よりこの最愛の後輩なのではないだろうか…と、アオイはチラリと思って苦笑する。

「ああ、もういいや!私には姫がいるからっ!姫がいればもう他の誰も要らない!
このまま部屋にお持ち帰りしていい?」
という藤の台詞もやけくそなのかマジなのかアオイにはよくわからない。

一方フロウの方はその藤のテンションにもやっぱり動じることなく、
「ん~、お部屋行くのはいいんですけどぉ…コウさんにこれ見せてから~」
と携帯をいじっている。
恐らくここで待ち合わせをするつもりなのだろう。
そのフロウの言葉に藤の腕が少し緩んだ。
フロウはピッと送信ボタンを押すと、急にしょぼんと力をなくした藤を不思議そうに見上げる。
そのフロウの無言の問いに、藤は悲しそうな笑みをうかべた。

「そう…だった。姫も弟のものなんだよね…今…」
ちなみに…フロウとコウもまた恋人同士だったりする。
「えとね…」
藤の真意を問う事もなく、フロウは全く動じた様子もなく説明を始めた。

「映ちゃんとのお約束なんですよぉ。コウさんに見せるっていうのが。
この服、今映ちゃん達の間で流行ってる女の子の戦隊もののアニメに出てくる衣装らしくて…ホントは私じゃなくてコウさんにそのアニメに興味持ってもらって、その戦隊の男性の司令官の衣装を着て欲しいらしいんですよぉ。
で、私がこういう格好してたら興味持ってくれないかなということでくれたらしいので…」

この絡め手は…映じゃなくて映の親友(?)の策士な与一あたりの案かも…と思うアオイ
でもそれでサラっとこんな衣装を着られるのがフロウのすごいとこだ。
私なら恥ずかしくて無理、と、さらにアオイは思う。
まあ…フロウもあのイケメンのコウが溺愛する、何を着ても超可愛い美少女なのだから。

あ~あ…私がフロウちゃんくらい可愛ければ…と、アオイは大きくため息をついた。
そのため息をさすがに聞きとがめて、フロウはコクンと可愛らしく首をかしげた。

「アオイちゃん…アオイちゃんもこれ着たかったです?
さっきも言った通り、映ちゃんは別に私だから用意してくれたわけじゃないですよ?
映ちゃんならアオイちゃんのほうが仲良しだと思いますし…。
アオイちゃんも着たいなら貸して差し上げたいとこなんですけど…サイズあいませんよね?」

コウや藤とは別の意味でフロウの発想も斜め上にかっ飛んでいる。
それでも彼女なりに気を使ってはくれているらしいので、アオイはとりあえず訂正しておく。

「いや…衣装は思い切り遠慮しとく…。今のため息はそうじゃなくてね…」
アオイがさきほどまでの藤との会話を再現し、さらに自分の不安を付け加えると、フロウはまん丸な目をさらに丸くして
「なんだ…そんな事ですか~」
と言ったあと、満面の笑みを浮かべて続けた。
「大丈夫ですよぉ~。他の誰がコウさんの事好きでもコウさんは私の事一番好きですもん。
両思いにはなりません♪」

微塵の動揺も疑いの色もないその発言にアオイは羨ましすぎて泣きそうになった。
フロウは…嘘偽りなく、本当に自信があるのだろう。
まあ…それは実際事実なのだが…。
コウとフロウの場合は…本人同士も認めているが、もう誰がどう見ても、コウの方がフロウにベタ惚れ状態なカップルだ。
それを裏付けるように…すごい勢いでコウがテラスに駆け出してくる。

恐らく映に衣装をもらったフロウは浮かれて黙って部屋に着替えに戻ったのだろう。
人ごみにいる間は恐らくものすごぃ雑音で携帯を鳴らしてもフロウは気づきそうにないし、人ごみでフロウを見失ったコウがどれだけ心配して必死に探していたかは、最愛の彼女をそこに認めてコウが浮かべた心底安堵した表情でわかる。

「姫…黙って消えるのはやめてくれ…マジ心臓に悪いから…」
がっくりとテーブルに手をついてため息まじりに言った後、コウは改めて顔をあげて視線をフロウに向けた瞬間、絶句した。
そして次の瞬間…
「姫!なんて格好してんだ~っ!!!」
絶叫。

その勢いに驚く事もなく、フロウは少し藤から離れると先ほどと同様、クルリとその場でまわってみせる。
「可愛く…ないです?」
にっこりと聞く最愛の彼女に、片手で口を押さえ、またがっくりとテーブルに片手をついてうつむくコウ。
「…コウ…さん?」
とててっと駆け寄るフロウにコウは自分の薄手のジャケットを羽織らせた。
「……可愛い…けど、俺がなんか変なものに目覚めそうだから、頼むから着替えてくれ…」
色々クルクルまわって葛藤してそうだ…と、アオイは内心思った。
当のフロウの方は不思議そうな顔で、それでも
「コウさんがそうして欲しいなら」
とコックリうなづく。

映ちゃんとの約束は果たしたし~と、つぶやきつつ部屋へと足を向けかけて、
「…あっ…そだ…」
と、フロウはつとその歩みを止めた。
「コウさんっ」
クルリと振り返るフロウに今度はコウが少し不思議そうに顔をあげる。
「どうした?部屋まで送るか?」
と、体を起こすコウにまたトテテっと駆け寄ったフロウはコウの差し出す腕に手をかけ、それからコウを見上げて言った。
「えとねっ、コウさん私の事が一番好きですよね?」
「当たり前だろっ」
フロウの唐突な質問にも迷うこともせず即答するコウ。
「ユートさんや金森さんに好きだって言われても私の方が好きですよね?」
フロウの言葉にコウは微笑んだ。
「姫…たぶんあいつらのと姫に対するのとは“好き”の意味が違うと思うぞ」
まあ…普通の発想なら至極当たり前の回答なわけだが…。
でも…と、コウはふわりとフロウを軽く抱き寄せた。
「姫が少しは俺の事気にしてくれてて、妬いてくれたりとかの発言なら嬉しいけど…。
まあ…質が違ってるけど、もしどちらかとしかいられないという事なら間違いなく姫選ぶな。
というか…あいつらに限らず姫が俺といてくれるなら他の何捨てても構わない」

なんだか…コウはフロウの言葉にものすご~~く幸せそうだ。
あのカップルの場合…自分がちゃんと愛されているかと心配なのは彼女のフロウではなく、コウの方らしい。
当のフロウはそんなコウ放置で、
「ということで…大丈夫ですよ?お二人とも」
と、どうやら二人のためにしたらしい質問だったらしく、そうアオイと藤にニッコリすると、コウを伴って部屋へと戻っていった。

「「…いいなぁ…」」
残された二人から同時にもれるため息。
しかしその意味合いは違ったらしい。
続いてもれる藤の
「姫も和馬も…弟が一番なんだよね…結局…」
という言葉にアオイは苦笑した。

「フロウちゃんには…コウの言葉じゃないけど質の違う一番好きがいっぱいいそうですけどね…」
「あ~…それはそうかもだけどさ…結局恋人って一番近い人って事じゃない?優先順位も一番だろうし…」
「ん~…でも少なくとも金森さんの優先順位って今は藤さん一番な気がしますけど…私とユートと違って」
「…どうだろうねぇ…弟のほうが和馬を必要にして頼る事ってのが減ってきてて、私の用件と重なるなんて事ないからさ、今は…」
「そんな事ないですよ、少なくとも私よりはよっぽど……」
「いや、アオイちゃんの場合、わがまま口にしないから。すれば優先してくれるって、ユート君だって」
などとまた二人で座って話してるところに、若干慌てた様子のユートが顔を出した。

「あ~、アオイ。こんなとこにいたんだ」
てっきりまた賑やかな場の雰囲気を楽しんでいるものと思っていたのだが、自分のことを気にしていてくれたのかとアオイは少し浮上する。
少し慌てた様子だったのはフロウを探し回っていたコウのように自分を探してくれていたんだろうか…
なんだか嬉しくなったアオイは
「うん、藤さんとちょっと話してた。ユートも少し休憩しない?」
と、椅子を勧め、藤もそこは空気を読んで
「あ~、私もちょっと和馬探して来ようかな。二人でゆっくりしてたら?」
と、腰をあげかけるが、
「あ~、ごめん。俺ちょっとまだ用事が…」
と、ユートは頭をかく。

ここの主催は映で、ユートやアオイは第三者だ。
参加者ですらないわけだから、外せない用などそうそうないのではない気がする…。
(我がまま口にしないから…)
という先ほどの藤の言葉がふと脳裏を横切り、アオイは彼女にしては珍しく要求を口にしてみた。

「どうしてもな用じゃなければ…せっかくだし少しユートとゆっくりしたいな…」
そう言ってチラリと背の高いユートを見上げる。
どうしてもな用事ではないはず…と、半分確信して言ったのだが、困ったような笑みを浮かべるユートの口から出てきた言葉は……
「ごめんっ!コウからちょっと頼まれてて…用終わったらすぐ来るね」
顔の前で両手を合わせて言うユートに目の前が真っ暗になるアオイ。

(…コウ…?私よりコウ優先??)
ブワ~っとあふれる涙。
「ユート君…君さ、優先順位違わないっ?!」
バン!と藤が柳眉を逆立てて立ち上がると、ビシっとユートを指差す。
一方アオイはすでに泣きながら逃走していた。

普段なら普通に『じゃあ、あとでね』という言葉が出てくるところだったのだが…実際ユートもそう思っていたのだが…最悪のタイミングに最悪の言葉だった。
しかし二人の間で交わされていた会話やアオイの不安など当然知ろうはずもないユートはわけがわからないでポカ~ンとしている。

そんなユートを放置で藤はいきなり自分の携帯を取り出すと電話をかけた。
「もしもしっ、私!今テラスだけど出来るだけ早く…遅くとも5分以内にきてっ!」
とだけ言って相手の返事も恐らく待たずに即切る。

待つ事1分。
息を切らせて出てきたのはやはり和馬だ。

若干慌てた様子でフロアから出てきた和馬は、不機嫌全開の藤と動くに動けず立ちすくむユートを交互に見比べた。
しかしどうやら即動かないと取り返しのつかない事になるような状況ではないと判断。
秘かに安堵の息をつくと、完全にいつものポーカーフェイスに戻って
「どうしました?この凡人男に失礼な事でも言われましたか?殴っときます?」
と、にこりと笑みを浮かべながら、仏頂面で立ちすくむ藤に歩み寄った。

「いや…俺が言われてる気がするんだけど…」
と、意義を申し立てるユートの言葉は当然無視だ。

和馬がすぐそばまで来ると、藤は唇をかみ締めたまま和馬に視線を合わせる。
「どうしました?凡人男はテラスの付属品と思って、言いたい事があるなら遠慮なくどうぞ?」
いつもと様子が違う藤に、あえていつものように促す和馬。

いきなりああいう呼び出し方をしてもあくまで普段の態度と変わらない和馬に、藤は少しためらいつつも、結局口を開いた。
「和馬も…今実は弟に何か用事頼まれてる?」

それは意外な質問だったらしく和馬は一瞬片方の眉をかすかにあげたが、すぐ、
「ええ、確かに。それが何か?」
と、笑みを崩さないまま先をうながす。

「私…今すぐ和馬と部屋でお茶を飲みたいんだけど…」
その申し出もまた意外だったらしい。

和馬は
「なるほど…」
ととりあえず答えて、ほんの一瞬考え込んだが、すぐ
「いいですよ。でも社会人の礼儀として、断りの電話は一本入れさせてもらって構いません?
30秒もかかりませんから。
一応俺も風早老の秘書としての看板背負ってますから。
あまり礼儀礼節から外れた行動をすると、あなたの実家の名前に泥塗りますし。
ま、あなたがそれも嫌だというなら、あなたのために背負ってる看板をあなた本人より優先てのも本末転倒なので、俺自身は別に放置でも構いませんけど」
と、藤の返事をうながすように、その顔を覗き込んだ。

どうやら思い切り空気を読んだらしい。
そして…それは藤の怒りその他マイナスの感情を昇華させたようだ。
元々他人に我がままを言える習慣のない藤は無条件に叶えてくれる和馬の態度に急に気まずくなったらしい。
少し視線をそらせると、ポツリと
「…ごめん…。嘘…。我がまま言ってみたかっただけ。
いいよ、頼まれた用事に戻って」
と、小声で謝罪した。
その言葉に和馬はわざとらしく『エ~?嘘だったんですか~?』と口を尖らせる。

「ごめん…悪かったってば」
藤が困ったような顔をするのを、和馬は楽しそうに笑った。
「んじゃ、お詫びに俺の我がままきいてもらいますかねぇ…」
和馬の提案に藤は心底ホッとしたように
「うん、いいよ。何?」
と聞き返す。

「ん~、コウの馬鹿のせいで無駄に疲れたから、藤さんに部屋でお茶入れてもらってゆっくりしたいなぁと」
和馬の言葉にポカンと呆ける藤。
「和馬…弟の用は?」
恐る恐る聞く藤に和馬はニヤリ。
「んなもん知ったこっちゃありませんよ。元々あいつの怪しい知り合いに藤さん連れてかれて退屈だったから引き受けてやったんですし。俺も部屋で”藤さんが淹れてくれた”お茶飲みたくなっちゃったんで」

ああ…ちくしょう…こいつ上手いなぁ…。
つかなんでアオイあそこまで怒ってるわけ?

こうしてなんとなく納まる所に納まってしまった友人カップルが自室へと消えた後、残されたユートはポツネンとその場に立ち竦んだ。





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