人魚島殺人事件C08_消えた1人

「成田…様子変じゃない?」
リビングで相変わらず居残って綾瀬の指示通りミシンをかけたりボタンを縫い付けたりしていた遥は、遥の護衛と称してやはりリビングに残っている別所に声をかけた。

「そうか?」
「うん。なんかピリピリしてたよね、さっき」
パチンと縫った糸の端を始末して切り離しながら遥はうなづく。
「義勇ちゃんが…気分悪いって言い始めたあたりから?」

「あの人…近藤さんの事好きなんですよね?」

その遥の言葉に、同じくリビングに残って衣装作りを手伝っていた水野は先ほどから感じていた疑問を口にしてみた。
大人しく…ほとんど口を開かなかった水野の声にちょっと遥は驚いたようだ。

しかしすぐ微笑んで
「遥でいいよ?弟のユートも”近藤さん”だからまぎらわしいでしょ」
と言った後、水野の質問に答えようと少し考え込む。

「好き嫌いで言ったら”好き”な方なのかもしれないけど…彼は他と違ってちょっと引いてるよね?」
そう遥は同意を求めるように、顔を別所にむけた。

「う~ん…。そうかもなぁ。
なんだろう…元々淡々とした奴で…良くも悪くも感情的にならない奴だと思ってた」
「だよね…」
別所の言葉に遥はうなづく。

そして
「でもさ、」
と言葉を続けた。

「意外に義勇ちゃんみたいなタイプがすごく好みだったり?
さっきの剣幕すごかったよね?
確かに私が言った事も不謹慎だったけど…あんなに成田が感情的になったの見た事ないもん」

「あ~そうかもなぁ…。
あいつも妹いる長男だしさ、ああいう守ってあげたい妹タイプってのが実は好きなのかも。あいつ1浪してるから遥ちゃんでも1歳下なんだけどさ…やっぱし義勇ちゃん現役女子高生で4歳も年下なだけじゃなくて、ちっちゃくて可愛い感じだしな。
ま、そうだとしても思いっきり不毛な片思いだけどな」
別所がそう結論づける。

「うん、鱗滝君がライバルじゃねぇ…勝ち目ないね」
遥も苦笑した。

「あのかっけ~スーパー高校生じゃなあ…絶対に無理っ!
マジ去年の事件の時格好よかったよなっ!
あの藤が頼りにしちまうくらいだからなぁ…」
別所が思い出して笑う。

「やっぱり…弟君と義勇ちゃんってすごく仲いいんですか?」
錆兎の名前が出てきた所でまた水野がボタンをつけていた布地から少し顔をあげた。
「仲いいなんてもんじゃないよなっ」
その言葉にやっぱり別所が言って、遥に同意を求めた。
それに気付いて遥もうなづく。

「去年の年末ね、藤の別荘にお泊まり旅行行ったんだけどね、その時義勇ちゃんは来てなかったのね。
で、結局一泊して二日目、ちょっと色々あって義勇ちゃんがお迎えにきたんだけど…ね」
と、別所に合図すると、別所がブンブン首を縦に振った。

「もうさ、いきなりだぜ?あのクールな天才が”死ぬほど会いたかった”とか言って義勇ちゃん抱きしめて熱いキス!もうラブラブだよなっ!」
「あれは…すごかったね。
ユートいわく鱗滝君の方がベタ惚れ状態で、いつもそんな感じらしいよ」
盛り上がる別所と遥。

「そう…なんですか…」
と、彼らから視線を放して水野はまた布に視線を落とした。
手が震える。
「っつ…」
指に針が刺さってプクっとできた血の玉が布地を汚しそうになって、水野は慌ててそれを口に含んだ。

(あの優しいけど淡々とした彼が…そんな事言うんだ…)
なんとなく泣きそうな気分になってくる。
水野は涙の代わりにため息をこぼした。

始めから…わかっていたはずだ。
彼女は3歳も年上の自分と違って年齢的にも釣り合う女子高生で…お育ちも良くて素直でピュアで可愛くて…すでに彼は彼女が好きでつきあっていて…彼女より自分を選ぶなんて要因はどこにもない。
そう…彼女がいなくならない限り…。

そんな考えがふと頭をよぎった瞬間、水野は焦ってあたりをみまわして、成田がいない事を確認した。

彼は…怖い。
ただ心の中で思っただけの事を全部知られている気がする。
そしてそこに自分と遥と別所、それに綾瀬と松坂しかいない事を確認して初めて今度は水野は安堵のため息をついた。

「まあ…確かにすごい美少女ではあるな、あの弟の彼女。風早さんには負けるが…」
そこに古手川と高井が戻ってくる。
ドカっとソファに座る古手川を見て、水野の胸に少し緊張が走る。

風早藤の”財産が”好きな古手川…彼がもし…

「美少女なだけじゃなくて…有名IT企業の社長令嬢でお金持ちのお嬢様ならしいですよ、彼女」
ぽつりとつぶやく水野に、古手川だけじゃなくて遥や別所の注目も集まって、水野は少し焦って付け足した。

「だ、だから…お育ちが良くて可愛さがより増してるんだと思います…。
風早さんはしっかり者って感じですけど…冨岡さんはおっとりとしたお嬢様育ちって感じですもん」
それで遥や別所はごまかせたような気がする。

「そ、そう言われればそうだなっ!」
と、目をギラギラさせて乗り出す古手川に、遥達の注目は向けられた様な気がした。

「確かに可愛いなっ。うん!やっぱり女は年下がいいなっ」
と、さきほどとうってかわった古手川の態度に、遥が少し警戒の色を見せる。

「まあ…鱗滝君みたいな完璧な彼氏に守られてるしね。
おかしな奴がよってきても見向きもされないだろうけど…」
「わからんだろっ。
男が女は年下が良いと思うのと同様、女は年上の男に惹かれるものだしなっ」
「それは…”包容力”って意味ででしょ。
でもそういう意味では鱗滝君ほど包容力ある男はいないからっ」
遥と古手川の間でバチバチと火花が飛ぶ。

「まあ…あそこは固いよ。
弟が姫を溺愛してるのもそうだけど…姫も何かあった時には弟以外を寄せ付けない。
今…3年越しの付き合いで普段は懐いてくれてるみたいなのに体調悪いと弟の方が良いって追い出された私が言うんだから確か」
そこに和馬を伴った藤が入ってきた。

「あ、風早さん。義勇ちゃんどう?」
その言葉にそれまで黙って黙々とミシンを使っていた綾瀬が顔を上げる。
「ん~、医者いわく貧血らしい。今弟が付き添ってるよ」
「大丈夫?」
「…だと思うよ。特に連絡ないし」
「連絡…する暇なかったりな」
和馬がそこでニヤリと口をはさんだ。
「暇…?なんで?」
きょとんとする藤に和馬はクスリと笑う。
「そりゃ…恋人同士が同室でベッドの上と来たら決まってるでしょ」

「…なっ…」
言葉に詰まる藤に和馬は
「なんでそこで紅くなるかな?」
と呆れた目を向けた。

「え?いや、だって…そういう意味…じゃないの?」
「ええ、そういう意味ですよ?」
焦る藤に平然と返す和馬。
「大学生にもなってそんな事で紅くならんで下さい。こっちが恥ずかしくなってくるから」
「でもあの姫に限ってそんな…」
「藤さんにとっては彼女は永遠に汚れないお姫様ですか…」
和馬はハ~っとうつむいて息を吐き出した。

「あきらめましょうね…。所詮同性じゃ法的に相手をパートナーにするの無理だし…」
「和馬~、君さ…ほんっとに嫌な奴って言われない?」
プゥっとふくれる藤に和馬はおかしそうに
「今更でしょ?」
と笑う。

「なんか…さ、金森君といると”あの”藤が普通の女の子に見えるね…」
その二人のかけあいを眺めながら遥が言うと、隣の別所もウンウンと無言でうなづいた。
「3つも年下に見えないよね…」
それに松坂も加わる。
「うん。同年代でもさ…あそこまで藤と対等に馴染んだ人間ていないんじゃない?」
と遥がさらにうなづいた。

「でもさ、本気で姫に限ってありえないよ?」
まだ二人の掛け合いは続いてる。
「いや、女がボ~っとしてても男がする気あれば出来るからっ」
「弟に限ってもそれはありえないっ!」
「ブラコンですか?」
「様子見てくるっ!」
「や~め~な~さいって!」
クルリと反転しかける藤の腕を掴む和馬。

「なんか…さ…藤が可愛く見えるのは気のせい?」
と、こちらの会話もまだ続いている。
遥の言葉に松坂が
「金森君がさ…高校生とは思えない大人さだよね」
とうなづいた。

「ま、姉離れされて寂しいなら当分俺が遊んであげますから」
「ホント?」
「まあ…浪人しない程度にね」
冗談めかして言う和馬に藤も笑う。

「金森君といると…随分楽しそうな顔するんだな、風早さん」
高井もいつのまにか遥達の方にきて、そう言って目を細めた。

「一応…弟君と義勇ちゃんはカップルだから男女で撮る服は二人ペアでって考えてたから、必然的に風早さんは金森君と一緒に撮る事になるし、良い傾向だわ」
綾瀬も機嫌良くそう言う。

なごむ面々の中で不機嫌な顔の古手川と、浮かない顔の水野。

そこでメイドが夕食の準備ができた事を告げにくる。
今リビングにいない面々に関しては内線で部屋に電話で伝えているが、斉藤だけ部屋にもいなくてつかまらない、と、メイドが藤に耳打ちした。

「どうしようか…」
少し困った顔の藤に和馬が耳打ちする。
「あ、そうだね」
藤は和馬に答えて、水野に駆け寄った。

「水野さん、ちょっと」
いきなり側に来られた事で、水野がビクンと身をすくめる。
その様子に藤はちょっと困った顔をした。
それに和馬が苦笑する。
そして和馬も駆け寄ってくると、水野に向かってにっこり話しかけた。

「お忙しいところ申し訳ありません、水野さん。少しだけ今お時間よろしいですか?」
「あ、はい」
和馬の言葉に水野はちょっとホッとしたように力を抜く。
藤がそれを見て少しだけ複雑な表情を浮かべた。

その藤に対しても和馬は振り返ると少し微笑んで
「あとで説明します」
とフォローをいれると、また水野を振り返った。

「ええとですね、実は夕食の時間ということを全員に知らせて回っているんですけど、斉藤さんだけ自室にもいらっしゃらないので連絡が取れなくて係の方が困っていらっしゃるということなんです。
それで、もしご存知でしたら斉藤さんの携帯電話の番号を教えて頂けないかと思いまして。
もし番号を教えるのが差し支えあるという事でしたら、水野さんの方で番号を回して頂いて通話終了後履歴を削除という形を取って頂いても構わないんですが、お願い出来ないでしょうか?」

「あ、はい。わかりました」
水野は差し出された携帯を受けとって番号を押して、和馬に返す。
それを耳に当ててコール音5回。電話は留守電に変わった。
和馬は電話を切って首を横に振る。

「どうしようか?」
藤が少し眉をひそめるのを軽く制して、和馬はまず水野に
「ご協力ありがとうございます。お手数おかけしました。
今かけてみたのですが斉藤さんが出られずに留守電に変わってしまったので、一応女性の電話番号ですし今はいったん履歴を削除させて頂きますが、このまま斉藤さんの行方がわからないようならまた電話をかけて頂く様お願いする事もあるかと思います。
その時はお手数ですが、宜しくお願いします」
と、笑顔で礼を言って頭を下げた。

「あ、はい。わかりました」
水野もそれに応えて軽く会釈をする。
「失礼します」
と和馬は再度頭を下げると、軽く藤の腕をとって部屋の隅へと移動する。


「とりあえず…もう食事で俺らが席つかないとみんな食えないでしょうし、聞きたい事は山とあるのはわかりますが、詳しい説明は後で部屋ででも。
今は一番大事な一つだけ。
藤さんより水野さんに対する対応を優先したのは親しさの違いなので。
親しい相手ほどフォローが遅れてもそれまでの人間関係を考慮にいれて許容してもらえるという認識の上で俺は行動してます」

「和馬は…大人だな…」
藤は心底感心して言った。

確かに聞きたい事は山とあったが…絶対的に必要で絶対的にして欲しかった説明は今和馬が言った一点だけな気がする。
自分と対峙していても他の人間の事も視野にいれ、それでいて自分との人間関係が致命的にならない程度のフォローはいれる…その気の使い方は高校生のそれではないと藤は思った。
少なくとも今まで自分の周りの学生にはそんなことまでできる人間はいなかった。
至れり尽くせりとかなわけでもないのに心地よい、絶妙な気の使われ方だと思う。

こうしてリビング組はダイニングに移動し、自室組も続々と降りてきてダイニングの席につく。
もちろんそこには斉藤の姿だけない。

悪意に捕まったというのは物理的になのか、それとも精神的に捕われているという比喩なのだろうか…
自室のある2Fから義勇を伴って降りてきた錆兎は一つ空席になっている斉藤の席を凝視した。
悪意が斉藤なのか捕まっているのが斉藤なのか…。
どちらにしても斉藤がどちらかなのは確かな気がする…。

「斉藤さん…探さなくていいんですか?」
斉藤の席から視線を藤に移して聞く錆兎に、藤が答える前に古手川が答えた。

「どうせすねてどこかに隠れてるんだろう。
心配して探したりすると図に乗るタイプだ。
一食や二食抜いた所で死にやしないし、普段からダイエットと称して栄養補助食品とか持ち歩いてるから、案外どこかに隠れて食ってる可能性もある」

好意的見方とは言えないが、確かにパッと見そういう印象がなかったとは言えない。

「まあ…島だから勝手には帰れないし窓から抜け出たとかじゃない限り玄関からは出た様子がないから、建物内にいる事は確かだし、一応時間外でも簡単な物は用意できるから」
と、最終的に藤が言うのを聞いて、錆兎は納得した。

とりあえずそれは一旦保留ということで、義勇のために椅子を引き、義勇が座ると自分もその隣に座る。
部屋ではだいぶ落ち着いた様子だったが、こうして一同揃った場所にくるとやっぱり少し不安感が募るらしく、ぎゅっと膝の上で握った義勇の小さな拳が震えているのに気付いて、錆兎はその手に自分の手を重ねた。

「まだ…気分優れないか?ダメそうなら食事部屋で取れるように頼むか?」
小声で聞くと義勇はフルフルと首を横に振る。
「義勇ちゃん、大丈夫?まだ顔色悪いけど…」
そんな義勇の様子に綾瀬が声をかけてきた。

その声に義勇は顔をあげて綾瀬の姿を認めると、
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
とニコっと微笑む。
綾瀬の事はかなり好きらしい。

という事は…綾瀬はとりあえず安全な人物ということか…と、錆兎はチェックをいれた。
自分達をのぞくとあとは遥と別所、それに藤は加害者にはならない人物ということで、あとはとりあえず様子見だ。

「サビト…さっきはその…邪魔してごめんね」
色々考え込んでいた錆兎にアオイが紅い顔で声をかけてくる。
まだ誤解してるな…と思うものの、そこでその誤解をしている原因を説明するのもあまりに…なので、
「いや、別にいい。気にするな」
とだけ答えておく。
「…邪魔…ねぇ…」
せっかくそれを軽く流そうとしているのに、そこで和馬がニヤニヤと笑った。

まあ…おかしな想像するのはこいつくらいだろう、と、思ってると、何故か結構大勢が赤面しているのに気付いて、内心焦る錆兎。

「アオイが…例によって勘違いしたままだったね、そう言えば」
そこでユートが気付いてフォローをいれた。
「例によって…なの?」
それに空気を読む綾瀬が乗ってくる。

「ですです。そそっかしいから。
姫の様子見に行って錆兎が寝てる姫に布団かけてるの見て誤解して飛び出した挙げ句に正面の空き部屋に逃げ込んだと思ったら、10分もしないうちに寝てるし。
で、俺がアオイ発掘してアオイの部屋に返した…という出来事が…」

「あはは、面白いわね、高校生組」
明るく笑う綾瀬。
釣られて一部を除いて他も笑う。

「あそこ…色々生地とかも置いてあるし、ボタンとかも変に落としたりすると割れちゃう事あるから…。
できれば不用意に入らないでね?」
例外組の松坂が、若干表情を硬くして注意してきて、アオイは
「すみませんっ!」
と、慌てて謝罪した。

「荷物置き場になってると思わなかったので…。気をつけます」
アオイの言葉に松坂はさらに
「何も…落としたりとか踏んだりとか…変わった事してないよね?」
と、確認をいれる。

「…実は私いつのまにか変な夢見ながら寝ちゃってたみたいで…たぶん何もいじってないと思うんですけど」
「変な夢?」
松坂が眉をよせると、アオイがうなづいた。

「えと…壁にお化けが浮かび上がってて…なんかウ~ウ~呻いている夢」
「まさかそれでうなされて部屋で暴れたりしてないわよね?!ちょっと見てくるわっ!」
アオイの言葉に松坂は青くなって席を立ち上がると、2階へとのぼって行った。
その松坂に青くなるアオイ。

助けを求めるようにユートを振り向くと、ユートは
「大丈夫。俺がアオイ発見した時には特に散らかしてる様子なかったし」
と笑顔でうなづく。

「良かった~」
アオイがその言葉に胸をなでおろした。
「ま、一応色々余分に用意してきてるしね、大丈夫よ、アオイちゃん」
綾瀬もそれに笑顔でフォローをいれる。

「まあ…一応素材管理任せてたし彩も少し神経質になってるのかもね。
いいや、みんなとりあえず先食べちゃおう」
最終的に藤がそう言って食事が始まった。


「ぎゆう…どうせならちゃんと身になるもの食え」
「だって…」
ひたすらサラダに手をつける義勇にため息の錆兎。
「別に何から食べてもいいんじゃない?」
と言う遥に、錆兎は
「食べる量が絶望的に少ないので…野菜から食べるとそれで満足して終わるのが日常なんです」
と、苦笑した。

「なんて羨ましい。私なんて食べない事に苦労するのに」
遥はそれにそう言って笑ってみせる。
「遥ちゃん全然太ってないじゃん」
もちろん別所がそれにすかさずそうフォローをいれるが、遥は
「それは…努力の結果よ?」
とウィンクした。

そんなやり取りの中、錆兎はジ~っと自分の皿に目を向ける義勇の視線に気付いて、サラダを彩る赤い塊を黙ってその口に放り込む。
「ありがと~♪さびとっ」
それをはむはむと食べて飲み込むと、義勇はにっこり笑顔で礼を言った。
「あ、プチトマト好きならあげようか?」
と、遥がそれに気付いて言うと、義勇はフルフル首を横に振る。
それにユートがフォローをいれた。

「錆兎は毎日姫の家で過ごしてるし、もう家族みたいなもんでお互い距離感0だから」
「なるほどね…。もうゴールイン間近って感じかっ」
「そそ。去年高2でプロポーズ、22で結婚ていう人生設計だからっ」
「マジッ?!」
近藤姉弟の会話に高井が乗ってくる。

「人生決めるのめっちゃ早くね?」
「良いものっていうのは全て早い者勝ちですしね。
自分と状況を客観視して最良の選択をできる自信があるなら、良いと思ったら即確保というのは正しい選択だと思いますよ、俺は」
と、和馬までそれに乗ってきて盛り上がってきた。

「その理屈で言うと…和馬も?」
藤の質問に和馬は視線だけチラリと藤に向ける。
「恋人という意味です?」
「うん」
「俺は…直感だけで決められるほど賢くないので。
直感を感じても吟味してみないと踏み出せないと思いますね」
「今は?いないの?」
当たり前に聞いてくる藤に、和馬は小さく息を吐き出して苦笑した。
「プライベートすぎる質問だと思いません?」
その言葉に藤は踏み込みすぎたかと、彼女にしては珍しく焦る。

和馬はいつも淡々としていて毒舌で…しかし不思議と許容してくれる感じがしていた。
でも言われてみれば確かにぶしつけだったかもしれない。

「…いませんよ。いきなり黙り込まないで下さい」
色々考えがグルグル回って無言の藤に和馬はまた苦笑する。
そして何事もなかったかのように、また和馬は料理に視線を戻した。


最近の高校生は大人だな…水野は藤と和馬のやりとりを見て思った。
包容力…という意味では確かに今ここにいる大学生達を上回っている気がする。
あの藤が子供っぽく見える…というのはかなりすごいことだ。

それでも…和馬は穏やかで丁寧な物腰で普通に知人としてつき合うにはいいが、親しくなると相手を許容しながらも若干の辛辣さをちらほらと伺わせる気がするので、自分にはつらいな、と漠然と思って、それから水野はハッとした。

何を考えているのだろう。
常に選ぶのは自分ではないはずなのに。
そして…選ぶのが自分でない以上、相手から選んでもらえる可能性など0に等しい。
水野は錆兎に、義勇に、そして最後に古手川に目を向けた。

(古手川さん…頑張ってくれないかな…)
チラリと思う。

隣では淡路がその古手川の機嫌を取っていた。
普通よりは若干整った顔をしている有名な小説家の2世…。
自己顕示欲が強い斉藤や淡路にとってはそれだけで充分魅力的に映るのだろう。
そして今ライバルの斉藤がいないため淡路が必死になっているというわけで…。

古手川の方はその気がなさそうだから良いと言えば良いが、古手川の視線を義勇に向けるにはこの人も邪魔だな…と水野は思った。

いつも怖くて嫌いだった斉藤がいなくなればいいのにと思っていたらいなくなって、これで今邪魔だと思っている淡路がいなくなったとしたら面白いな…と、水野はさらに少し思う。

成田がそう思っているらしいように、自分の悪意が思うだけで相手に影響してくれたら…。
子供じみた空想だとは思うが、水野はしばしうっとりとそんな空想に浸った。

その後歓談をしつつも食事は進み、食卓にはデザートとコーヒーが並ぶが、二階に行ったきり松坂が戻ってこない。

そこで、
「松坂さん遅いな。ちょっと俺も様子見てくる」
と、成田が立ち上がった。
「あ、じゃあ俺も行こうか?」
高井が言うが、成田はそれを制した。
「いや、あんまりぞろぞろ行ってもなんだし。何かあったら連絡いれるからよろしく」
そう言って成田も上に消えて行く。

「まあ…あれかな?逐一荷物を開いてチェックでもしてるかな。
ああ見えて意外に細かい性格だから、彩は」
一瞬またシン…としたところで藤が口を開いた。

「あ~そうかもね。出ないとあの細かい作業できないわ」
遥がヒラヒラ手を振った。
「あたしなんか大雑把ですむあたりのミシンしかかけてないけど、松坂さん細かい所全部受け持ってくれたしね」
「ああ、うん。亡くなった彩のお父さん歯科医さんだったしね。
几帳面なのは親ゆずりかな」
「そうなんだ~。亡くなったってもしかしてそれで大学聖星行かずに尚英に?」
「そそ。ま、もともと文学部とか向かないとは言ってたけどね」
藤は言って食後のコーヒーをすすった。


「女子高生…なんだ、そのもうコーヒーの痕跡を残していない飲み物は…」
古手川がやはりコーヒーをすすりながら、ほとんどミルクとしか思えないほどミルクで埋め尽くしたコーヒーを飲んでるアオイを見て気味悪そうに顔をしかめる。

「別に…どんな飲み方してもいいじゃないですか…」
古手川の言葉に動揺するアオイの代わりに、ユートがムッとしてそう答え、
「コーヒーと思うから違和感覚えるわけで…これはミルクと思えばまだいけます。
あっちに比べれば…」
と、アオイの隣で半分くらい錆兎に飲ませて量的にはデミタスカップくらいの量になったコーヒーの中に、ソーサーに乗った角砂糖を二つとも機嫌良く放り込んでいる義勇を指差す。

本人は全然気にしてないようだが、それに対して錆兎が若干ムッとしたように
「それこそ…ひとがどんな飲み方しようと勝手なんじゃないか?」
と言いつつ、自分のソーサーに乗ってる角砂糖まで、その義勇のカップにポトンポトン放り込んだ。

「お~い!!!そこで自分のまで放り込んでどうするよっ?!」
青くなるユート。
「いや、俺甘いの嫌いだから。」
「だからって何も姫んとこ放り込まなくてもっ」
「あ~、平気。ぎゆうはコーヒーはコーヒーの味がしないくらいの方が好きだから」

それ…すでに好きとか言わないんじゃないだろうか…。
はっきりコーヒーが好きじゃないと言った方が…とユートは思う。

あの少ない量のコーヒーに角砂糖二つでもとんでもない液体になっていそうなところに…4つかっ!
しかし、入れられた当人は気にならないらしい…というか…さらにそこに大量のミルク…。

「あれに比べれば…痕跡残してると思いませんか?」
と、ユートに言われて、古手川は
「お…女の子は甘党な方が可愛い…じゃないか…」
とヒクヒクと引きつった笑顔でつぶやく。

「そういう次元の問題…ですか?」
同じく顔を引きつらせるユート。
もはや恐ろしい物でも見る様な目で、それを当たり前に飲み干している義勇を凝視する。

「姫…紅茶派だったね。ごめん、用意させるね」
藤が苦笑する。

それに対して義勇はにっこりと
「いえ、紅茶の方が好きですけど…コーヒーも嫌いじゃないです。
甘くしてミルク入れないと飲めないだけで…」
と返した。
義勇の言葉に、ほんとかよ…と一同思ったのは言うまでもない。

「みんなもどうしても食べれない物とか、アレルギーとかあったら言っといてね」
藤は一応、と、全員に声をかける。

「藤もアレルギーあるもんね」
そこに成田と共に松坂が帰ってきた。

「あ~、おかえり~。
うん、まあ私はほら、もてなす側だから自分で省くけど、みんなはね、言われないとわからないから」
藤は言って二人の分の食事を温め直させる。

「随分おそかったね」
という藤の言葉に、松坂は少し疲れた顔で
「うん、一応ね、全部チェックしてきちゃった」
と返して食事にむかった。


「義勇ちゃんて…子供みたいだよね…。」
自分のデザートを食べ終わって錆兎に錆兎の分のアイスクリームを口に運ばれている義勇に、それまで黙っていた水野がクスリと笑う。

「女性ってより妹って感じかな?」
「あ~、ちっちゃいしねぇ」
滅多に口を開かない内向的なゲストに気を使って藤がそれに反応すると、和馬が少し複雑な表情を見せる。

そして
「まあ…それ言ったら水野さんも小柄ですよね。2~3歳くらいは余裕で若く見えます」
と、口を開いた。
「あ、うん。そう言われれば…同じ年って言われたら信じるかも、俺」
その和馬の言葉に珍しくユートが乗る。
二人の間で無言の意志が交わされているようで、二人の間でだけ微妙な緊張が走った。

「年上に受けるタイプですよね」
「あ、そうかもな~。大人しくて守って上げたいってタイプな気がする」
仲が良くなかったはずの二人の間で交わされる会話に、錆兎が目を丸くした。

「和馬とユートって…いつのまに仲良くなったんだ…?」

その言葉に和馬は
『この馬鹿が…』
と小声でつぶやき、ユートは大きく肩を落とした。

しかし当の錆兎はそんな二人には当然気付かず、注意は俯いて考え込んでいる義勇に向けられている。

「ぎゆう、どうした?また気分でも?」
アイスの匙を義勇の口元に固定したまま聞く錆兎に答えず、義勇は突然顔を上げた。

「水野さん…」
本当に突然呼びかけられて
「はいっ!」
と、水野はすくみあがった。
「水野さんはどうして私の事が嫌いなんですか?」

…ユートと和馬がほぼ同時に口に含んでいたコーヒーを吹き出してむせる。
別に怒っているでもなくからかってるでもない、子供の無邪気な好奇心を思わせる様な、素朴な疑問と言った感じの声音だ。

「え?あ、あの…別に…」
焦る水野。
他もポカ~ンとしている。
アオイはユートに、藤は和馬にナプキンを差し出してむせる二人を気遣った。

「子供っぽいって発言がイコール嫌っているって短絡的発想だと思うけど?」
そこで淡路が口をはさむと、義勇は
「そうじゃなくて…」
と首を横に振った。

「言葉じゃなくて嫌ってる雰囲気が…。
えと…つまり…淡路さんも私の事好きじゃないと思うんですけど、それよりもっと強い敵意みたいなものを感じたので。
生理的にとか言うのを超えたかんじですし、私何かしてしまったのかなぁと…」

「これほどまでに空気読まない女もすごいが…何も情報なくてこれだけ鋭いっていうのもすごいな」
和馬が感心してつぶやく。
「ぎゆうは…良い感情も悪い感情もすごく敏感に感じ取る女だから」
それに錆兎が答えた。

「お前ホントにそんなとんでもない事考えてるのかっ!最低だなっ!!」
シンとする中古手川が非難に声を荒げ、水野が真っ青になって震えるが、それにも義勇は
「でも…誰しも好き嫌いってあると思います…古手川さんだってさびとの事お嫌いみたいですし…」
と他人事のようにやはりぽわわ~んとした口調で返す。
それに言葉を詰まらせる古手川。

「すごいな、義勇ちゃん。もしかしてここにいる全員のそれぞれの感情の流れわかってたり?」
そこで今までずっと黙っていた平井が久々に口を開いた。

「あ、そうかもしれませんよ~。ギユウちゃんの勘の良さは超能力並みだからっ」
アオイがそこでまたのんきに口を出して、ユートに制止される。

「ありえないけど、そんなんだったらめっちゃ便利だよね~♪」
綾瀬もノホホン組らしい。アオイの言葉に少しはしゃぐ。

少なくとも…アオイと綾瀬は誰に対してもことさら隠さなければならないような感情を持っていないらしい…と、錆兎は思った。
逆に今青くなって考え込んでいる面々は要チェックということだ。

その時…隣で倒れ込む気配がして、錆兎は慌てて義勇の体を支えた。
「ぎゆう?!!」
気を失っている義勇の呼吸と脈だけ確認して、
「医者をっ!」
と錆兎が言うと、藤が駆け出して行く。
「とりあえず上に寝かせてくるからっ!」
錆兎が義勇を抱き上げてそのままダイニングを出て行った。

急に慌ただしくなる室内。
「わ、私着替えとかあるなら手伝ってくるからっ!」
と綾瀬がまず立ち上がって錆兎の後を追う。
「俺も何か雑用あるようなら猫の手になってくるっ」
とユートも立ち上がった。

「俺は藤さんここで待ちますね」
和馬はつとめて冷静にそう言ってまた椅子に座り直す。
「成田さんもできればこのままお願いします」
和馬は成田に声をかけた。

何にかわからないが…なんとなく成田が酷く苛立っている気がする、と感じたからだ。
そういう人間を一人でフラフラさせておくと面倒な事が起こる確率が高い、と和馬は思う。
成田は一瞬不満げな顔をしたが、渋々和馬の指示に従った。

そして…水野は動揺していた。
もし自分に思っただけで相手を傷つける能力があったとしても、今回の事は確実に自分ではないと思う。
何故自分を嫌っているのか?と義勇に聞かれた瞬間、驚きと動揺でそれまで相手に持っていたはずの敵意などふっとんでしまった。
ただ自分の敵意を知られたのがひたすら怖かった。
なのに…自分が相手に敵意を持っていると指摘されたすぐ後にこんな自体になって、あの皆に愛されている少女が倒れた原因のような形になっている事がひどく恐ろしい。
世界中を敵に回してしまった感じだ。
震えが止まらない。

この状況で自分を救えるのはまぎれもなく彼女だけだ…。
水野は救いを求めてフラフラと立ち上がった。






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