人魚島殺人事件C05_天才な姉と秀才な友人の会話

「君は変わってるね」
藤は不意に後ろで黙ってついてくる和馬に声をかけた。

その言葉は色々な意味に取れすぎて、空気を読む事にかけては自分でも自信のある和馬ですら返答に迷う。

結果、
「初対面に近い相手に突然変わっているという藤さんの方が変わっていると思いますが?」
と、あくまで考えが読めないという事を相手に感じさせないように、逆に相手の意表をつく答えを返す事になる。
そう、和馬は非常にプライドの高い男なのだ。

しかし意外な事にその和馬の揺さぶりは、この淡々と自信ありげに見える3歳も年上のスーパー女子大生をかなり困惑させたようだ。

「ごめん。失礼だったな」
あっさり謝罪をしてくる素直さがさらに和馬を意外な気持ちにさせる。

あ、そうか…彼女は錆兎の姉なのだ…。
次の瞬間、今更のように和馬は思った。
高い物理スペックの割に異様に人が好くて素直なのだ。
それは全く錆兎と変わらない。
そう思って考えてみると、彼女のその反応はさして意外なものではない事に和馬は気付く。

「いえ、怒っているとかいうわけではなくて…率直な感想というものを警戒心なしに相手にぶつける人間というのは非常にレアな存在だと思っただけで…」

おそらく空気が読めないわりに気だけは使う人間なのだろう。
あまりに相手に読めない空気を読ませないといけない発言をするとおそらく疲れさせる。
和馬は非常に注意深く言葉を選びつつ、それでいて何の気はなしに発言しているように言葉を返した。

「レア…か…」
和馬の言葉に藤は考え込んだ。

「いや…空気が読めないだけ…」
その後自嘲まじりにつぶやく藤の言葉は本当に錆兎の姉だと思って和馬は思わず吹き出す。

いきなり相手が笑い出した事に藤は不思議そうな視線を和馬に向けた。
ここで怒らずにまず疑問に思うのも錆兎の姉だなとやっぱり笑いながら和馬は言った。

「弟に似てますね、藤さん」
「あ~それか…」

藤は笑われた理由がわかると共に、こちらもあらためて目の前の高校生が錆兎の友人なのだと自覚した。
「だから慣れてるのか…こういう人種に」
藤はしごく納得した。

「でもさ…最初は友人ではなかったわけで…何がきっかけ?」
「きっかけ?友人づきあい始めた?」
「そそ。普通…近づきにくいでしょ。私もだけど…弟もさ…」

あ~なるほど。
そこで和馬は持ち前の勘の良さでなんとなく最初の言葉の意味を察した。

「わざわざつき合いにくいとっつきにくい空気の読めない人間といなくても、いくらでも楽しくつき合える相手はいるだろうということで変わり者?」
ズバリと言われて、自分で言いだした事とは言え滅入る藤。

「君…きついって言われない?」
「言われますね」
和馬は笑いながら言った。

そんな事を話しつつも藤は庭へと足を運び、丁度建物の日陰にある椅子に腰をかける。

そして華奢なテーブルの上にある呼び鈴を鳴らすと駆けつけてくるメイドに
「何か飲み物を…私はアイスコーヒー…で?」
と、和馬に視線を向けた。
「俺も同じで」
と和馬が言うとメイドが礼をして下がって行く。

それを見送って
「さっきの質問ですけどね」
と、和馬は始めた。

「直接のきっかけは生徒会。前任の副会長が死んだ話は錆兎から聞いてます?」
和馬の言葉に藤がうなづくと
「どういう奴だったかは?」
と、さらに聞く。
それに藤が少し不思議そうに首を振ると、和馬は少し俯き加減に笑った。
「あ~、そういう事は話さないのか」
と言って、また顔を上げる。

「早川和樹。当時の錆兎に普通に近づいていって友人づきあいしていた数少ない…もしかしたら唯一くらいの男で…それでいて裏では思いっきり奴を陥れる画策してた奴です」
「それ…弟は?」
「奴の死後発見された奴の日記で初めて知りました」

藤は一瞬息を飲んで、それから大きく息を吐き出す。
「それ…すごいショックだな…」
「それの…従兄弟です、俺」
和馬はにこりと自分を親指で指差した。
「ふ~ん…偶然だな」
藤はそれにはさして興味も見せずそう淡々と返し、それに和馬はまた小さく吹き出す。

「そのへんです、理由」
和馬の言葉に藤は少し眉を寄せる。
「よくわけわかんないんだけど?」
「いや…藤さんもだけど…錆兎の反応もそんな感じで」
「ん~だって他にどう反応すれば?」

本気で…姉弟だとまた和馬は思った。

「普通はもうちょっとなんていうか…敵意もってくれても…」
「敵意?」
「だって自分陥れようと画策してた男の従兄弟で…しかも似てるっぽいんですよ?」
「似てるって言っても…当人じゃないわけだし…」
「一般的には…警戒するか敵意見せるか…とにかくマイナス感情をもつものなんです。
理屈じゃなくそういうもの。
それを感じてないあたりが和樹みたいな人間にとっては殺したいくらい勘にさわるところで…逆に俺にとっては非常に興味深い」

どう反応して良いのかわからない…と藤の表情から読み取ると、あまりのらしさに和馬はまた笑った。
”わからない”という事実を目下の人間の前でも素直に表にだすという習慣を和馬は持たない。
それは馬鹿馬鹿しくもケチ臭いプライドだ、と、自分でも思っている。

だが自分だけではない。
他人から”優秀な人物”と称される人間には多かれ少なかれそういうところがあるはずだ。
それがないのはプライドを維持する必要のない愚民か、”隠す必要がないほど圧倒的に”他よりはるかに優れた人間。
目の前にその後者の人物を感じた時に、凡人はそのケチ臭いプライドが刺激されて恐怖するのだ、と、和馬は思う。

「つまり…些末な事にこだわらない、こだわる必要がないと無意識に示す態度に自分と違う大物オーラを感じて凡人は焦るという事ですよ」
その言葉にまた藤は心底困った顔で言った。
「大物とかじゃなくて…心底空気が読めないだけなんだけど…」

この手の理屈は彼らには一生わかってもらえないであろう事は和馬も理解している。
聞かれたから答えたがそろそろ切り上げようか、と、和馬は最終的に結論を述べた。

「あなた方がどう思おうと、愚民はその能力によってあなた方を大物だと思い、俺や和樹のように”優れた凡人”はその態度によりあなた方を大物と思うんですよ。
そして…和樹のように自分がトップにたつ事を諦めきれない凡人は敵わない事に恐怖して排除しようとし、俺の様に悟った奴は敵わないのに競うなんて無駄な事をするより、どうせならその大物にとっての絶対不可欠な人間にでもなって自分に付加価値をつけてみようかという野望を抱く、と。
俺が錆兎と一緒にいるのも今回俺が錆兎に同行したのもまあ、そんな程度の理由です」

そんな事を話しているとメイドがアイスコーヒーのグラスを二つおいてまた礼をして下がって行く。

少しそれに口をつけたあと、藤は
「君の方が…よっぽどすごいと思うんだけど…」
と、風になびく髪をうっとおしげに押さえて和馬を凝視した。

和馬はグラスを手に取ってストローでカラカラと氷をかきまぜて笑う。
「そりゃあ…凡人の中ではトップクラスを自認してますから」

「弟が言ってた…。海陽祭で歴史に残る大演説をぶちまけたって。
充分凡人じゃないと思うけど…」

「ああ、あれですか」
ストローはマドラー代わりに使ったものの、飲むときはコースタの上に放り出して、和馬は直接グラスに口をつけた。

風は涼しいものの日差しは強く、日陰とは言えど多少暑い。
ゆえにチビチビ飲むのがまどろっこしいらしい。
ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干すとグラスを置く。

「愚民が好みそうな言葉を並べてみただけです。
過去に評価を受けてる演説とかのデータがあれば誰にでもできます。
特に海陽はひたすら勉強のステレオタイプが多いので、笑っちゃうくらい楽ですよ」

毎回トップの成績とかでなくても、これだけ多方面的に状況を見られる能力があれば充分人生楽しく生きられるんじゃないだろうか…と、藤は奇しくも錆兎が思ったのと同じ事を目の前の高校生に対して感じた。
幼い頃からの英才教育で、ただ他人よりも早くから長い時間勉強をやっていただけの自分達よりよっぽど頭がいいんじゃないだろうか…。

それを藤が口にすると和馬は
「そう見えるなら成功ですね」
とニヤリと笑みをうかべた。

面白い人材だと思う。
3つも年下なのに同年代…いや、時には年上にも萎縮される事のある自分相手にまったく臆する事なく、目をまっすぐ見て話す。
そんな人間と話すのは新鮮で楽しい。
しかし馬鹿様達と残して来た遥達が心配だ。

「そろそろ…いかないと向こうがもめてるかもだね。休憩終了。行こうか」
と藤は立ち上がる。
「当事者でもないのにそこまで気を使う事もないとは思いますけどね」
和馬は肩をすくめつつも、藤の意向に従った。

藤に続いて立ち上がり、建物の方へと足を向ける藤を追いかけた和馬はふと何かに気付いた。
そして若干青ざめて駆け出すと、藤の腕を取ってグイっと自分の方へと引き寄せる。
え?という表情の藤のすぐ後ろを何かが通り過ぎ、地面に叩きつけられるとガチャンと音をたててくだけ散った。

「…笑えない冗談だな…」
口の端を歪めて和馬は言うと、そのどうやらガラスでできている物体が落ちて来た窓を見上げ、すでに人影が消えているのを確認すると、また落ちてきたものに目をやる。
「これ…なんだと思います?」
和馬の言葉に藤は当たり前に
「たぶんだけど…各部屋に飾ってあるガラスの短剣かな?
大丈夫、この屋敷買った時についていたオリジナルはリビングに飾ってあるやつで、各部屋のはレプリカだから」
と答えた。

「あなたは…」
和馬の握った拳がフルフルと震える。
「こんな時に何馬鹿な事言ってるんだ~~!!!!」
いきなり怒鳴られてきょとんと片手を髪にやって目を白黒させる藤。

「あ~、そうだったね。
私だから良かったけど…今度は他のゲストにやられたら大変だ。
即刻各部屋から撤去する事にしよう」

「そうじゃなくてぇっ!!!」
さらに怒鳴る和馬に一瞬考え込んだ後、藤はポンと手を打って、そうだったと何故か嬉しそうに笑った。

「確かに目の前の物は避けれても、上から振って来たりとかって咄嗟に動けないものだな。
和馬の言った事は正しかったね。良い反射神経だ。助かった」
その言葉にもう怒鳴る気力もなくなって脱力したように和馬はその場にへたりこんだ。

「頭良いのか悪いのか本当にわからないが…藤さんに関して一つわかった事がある」
へたりこんだまま言う和馬に藤が不思議そうな視線をむける。
「自分に対しての危機感がなさすぎ…」

「だって…短剣っていっても所詮飾りだから物切ったり刺したりできるほど先尖ってたり刃の部分が鋭利だったりはしないよ?」

「でも怪我くらいするだろうがっ。
死なないまでも傷痕でも残ったらどうすんだよっ!
女なんだから自覚しろよなっ!」
和馬の言葉に藤は一瞬目を丸くして、次の瞬間また笑った。

「和馬、言葉遣い変わってるよっ」
「んな事どうでもいいでしょうがっ…内容を気にしてくださいっ」
それでも一応敬語に直す和馬に、藤はまたクスクス笑う。
「らじゃっ。気をつけましょ。んじゃいこっか」
藤は言ってしゃがみ込んだままの和馬に手を差し出した。

そしてメイドを呼んでそれを片付けさせると、同時に各部屋から短剣を撤去するよう命じる。
それが全て終わると、藤は和馬を伴ってリビングへと向かった。





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