荷物を置くと藤、義勇、錆兎、和馬は採寸に入り、その4人とサイズを測ってる綾瀬とそれを手伝う平井、服に使う素材のチェックをしている松坂以外はリビングに集合している。
その中で一人こない斉藤に気付いて古手川が言った。
「亜美はどうした?」
その言葉に水野と淡路が顔を見合わせる。
「一応声かけたんだけど、出て来なくって…」
淡路にうなづいて水野がそう言うと古手川は
「あの馬鹿っ!何やってんだっ」
と舌打ちした。
『なんか…偉そうで嫌な感じだよね、あの人…』
ボソボソっと小声で言ったアオイの言葉は、当人に聞こえていたようだ。
ダン!とグラスを乱暴において威圧すると、古手川はギロリとアオイを睨みつける。
「俺は監督だから、”偉そう”ではなく”偉い”んだ。覚えておけよ、そこの足りない高校生」
ニヤリと悪意のある笑みを浮かべてそう言う古手川に思わず立ち上がりかけるユートを制して、遥がそれにニッコリと対応する。
「私達全員居候の分際なわけだから…”偉い”のは宿主である藤だけなんだけど?
その弟の友人に偉そうな口聞ける立場なのか少し考えた方がいいと思うわ。そこの足りない大学生」
うっあ~と青くなるアオイ。
ユートは姉の毒舌には慣れてるものの、あまりの露骨な言い方に額に手をやって息をつく。
「なんだとっ!この馬鹿大学の馬鹿女がっ!」
青くなったり赤くなったりした挙げ句に怒鳴って立ち上がり遥に迫る古手川の前に、別所が立ちふさがる。
「頭がなさすぎて”口論”で敵わないからって、男だから当たり前に勝てるはずの腕力に訴えるなら俺が相手になるけど?」
武道系をやっているわけではないが、スポーツマンの別所は体格も良く、力もある。
威圧感を与えるのには十分だった。
「ふん!馬鹿馬鹿しい!本気なわけないだろうっ!」
古手川は渋々また席についた。
「ごめんね、アオイちゃん」
にっこりと言う遥にアオイはブンブン首を横に振る。
「いえ、私こそご迷惑をおかけしてすみません!」
微妙な空気がただよう室内。
「馬鹿と顔あわせていても不快なだけだっ!ロケハン行くぞ!ロケハン!高井!」
古手川がガタっと立ち上がった。
高井もそれに倣って立ち上がると、ペコリと他に向かってきまずそうにお辞儀をしたあと、部屋を出た古手川の後を追う。
二人が出て行くと、水野と淡路も顔を見合わせて部屋を出て行く。
そこでようやく空気が動き出した。
ハ~っと息を吐き出すアオイとユート。
遥も小さく息をつき、別所がソファに身を投げ出した。
そんな時、どうやら大方のチェックを終えたのであろう、松坂が戻ってくる。
「あら?他のみんなは?」
キョロキョロと周りを見回す松坂に、遥が
「馬鹿様が暴走してね」
とだけ言って、両の手の平を上に向けてお手上げというように肩をすくめた。
「あ~、彼は…ね、スペックに似合わない高いプライドの持ち主だから」
どうやら同じ大学でも必ずしも仲が良いという訳でもないらしい。
遥の短い言葉だけで納得したように、松坂も困ったような顔をする。
「とりあえず…採寸終わって裁断始めるから、近藤さんいい?
アオイちゃんも手伝ってもらえるのかな?」
松坂は手にした袋から型紙を取り出した。
「足りない大学生ねぇ、それいいわっ」
型紙を取って松坂が指定した通り裁断をしながら遥がそこで起こった話をすると、松坂は笑って言う。
「だいたい…馬鹿様は城上大馬鹿にしてたけど、尚英なんて政経以外はそれ以下よ?」
「そうなんだ?」
「うん。政経だけ飛び抜けてるの。
だから高井はともかく馬鹿様は文字通り”馬鹿”様だよ?」
クスっと笑って言う松坂に遥も笑みをもらした。
藤の高校時代の友人…とだけは聞いていたが、実際に松坂に会うのは初めてだ。
尚英と聞いて真っ先に思い浮かんだのは例の”馬鹿様”だったので良い印象を持てないでいたが、やっぱりサバサバしたノリは藤に似ている、と、遥は思った。
「そういえば…私立の政経としては早慶に並ぶくらい難しいみたいですね。高井さんもすごいけど…松坂さんもすごいですよ」
そこでユートが会話に加わる。
それに松坂は苦笑した。
「でもまあ…私は補欠合格だったから。高井のがすごいよ」
「補欠…ってことは…尚英の政経を滑り止めにするようなすごい人もいるんですね…」
ユートが受験生らしい驚きを見せると、松坂はさらに苦笑する。
「滑り止め…じゃなくてね…。受かったけど蹴ってくれた人がね…」
なんとなくピンときた。
「藤さん…だったり?」
ユートの問いに松坂がうなづく。
「藤はさ、元々最終進路って決められてるじゃない。
だからあんまり学歴にこだわりもってなかったの。
でも私の家は私が高校3年の時にちょっと経済状況が苦しくなってね、そのまま聖星行けなくなっちゃったのもあって、外部で尚英の政経受ける事にしたんだけど、それなら一緒に受けるって言って受けてさ、藤は普通に受かって私は補欠1位。
でも尚英の政経なんて蹴る人そうそういないしね。
でね、止める間もなく藤は入学辞退しちゃってさ…自分はどうせ実家継ぐからどの大学でても変わらないし、どうせなら私に尚英の政経でて、藤の代になったら公認会計士にでもなって助けてよって。
もうおかげで今から大学生とは思えないほど猛勉強よ?」
藤らしいエピソードに思わず微笑む遥達。
ようやく空気が完全に和んだ頃、メイドが紅茶をいれてくれて、穏やかな空気がリビングを満たした。
一方…採寸組。
「なんで俺まで?」
まあ当然出る錆兎の異議申し立て。
確かにモデルに関しては断られていたので言葉のない藤にかわって和馬の容赦ない発言。
「お前は何か?自分でもやるのが嫌な事を俺にさせようと?」
「え…いや…」
「往生際の悪い!あきらめろ!」
もう…口で勝てないのは毎度の事なわけだが…何かが違う…と釈然としない錆兎に今度は義勇が
「さびとがやってくれないと…あの尖ってるけどネチネチベタベタしたオーラの男の人と撮られる事になるって…すごく嫌なんだけど…」
と、微妙な表現で訴えた。
そのものすごい例えに藤は吹き出し、和馬は目を丸くして、錆兎は諦めの息を吐き出す。
「そう…か。それは嫌だな、ぎゆう」
錆兎は初対面の時の古手川を思い出した。
尖った…は、激しく同意なわけだが…ネチネチベタベタは気付かなかった。
しかし義勇がそう感じるということは、本質的にはそうなのだろう。
人の本質を見るという事にかけては義勇の右にでるものはないと思う。
「怖い…のは、古手川さんなのか?ぎゆう」
ふとさきほどの義勇の発言をも思い出して錆兎が聞くと、義勇はフルフル首を振った。
「それだけじゃなくて…全体的に色々渦巻きすぎてて…みんなが誰かしらに悪意を持って、悪意の連鎖がグルグルして空気が澱んでる…そんな感じ。」
「なかなか…不吉な発言だな」
和馬が少し眉をよせる。
オーラとかそういう物はともかくとして、なかなか複雑な人間関係があるような印象は確かに受けた。
少なくとも”明確な悪意”が存在する理由は1件は目の当たりにしたわけで…
「お姉さんと…姫はそれぞれ極力一人で行動するのは避けた方がいいな」
和馬の言葉に藤は
「心配しすぎだと思うけど…まあ姫はどちらにしても一人にはしないよ」
と微笑んで、さらに
「”お姉さん”という言い方も非常に嬉しくはあるんだが他も”お姉さん”だからね。藤でいいよ、金森君」
と、付け足した。
「ああ、じゃあ俺も和馬で良いです、藤さん。でも…」
和馬はそう言ったあと、
「用心はするに超した事はないので、錆兎は姫について回る事になるだろうし、実際平気だったとしても、周りの心の平安のためにもどこか行く場合は俺連れ歩いて下さい。
俺も多少は武道の心得あるので邪魔にはなりませんから」
と申し出た。
その和馬の言葉に錆兎も
「あ~、俺よりはというか…その気になればかなり空気読める男なので、本当に役に立つと思うし、そうして下さい」
と、それにかぶせる。
「はいはい。じゃ、そうするかね。」
おそらく譲らないであろう弟達に藤は苦笑しつつも了承した。
4人が待合室がわりの部屋でそんな話をしていると、デザイン画を見て誰に何を着せるかを検討し終えたらしき綾瀬がそれぞれを呼ぶ。
義勇と藤は一緒に採寸室に入り、錆兎と和馬も別室で採寸をする。
「これだけの美形揃いだと服もきっと映えるだろうし、嬉しいわ~」
喜々として女性陣の採寸をするのは綾瀬瑞希。
デザイナーだ。
「二人のタイプが違うのも服作る方としてはありがたいわね。
それに馬鹿様が連れて来たモデルさん達、あの子達も丁度水野さんは体格が華奢で義勇ちゃんに似てるし、淡路さんや斉藤さんはスラっとモデル体系で風早さんに似てるから、構図撮ったりとかする時に使えるんじゃないかな」
馬鹿様とも一線置いている綾瀬は冷静なだけじゃなくてそれなりに空気を大切にするタイプらしい。
さりげなく古手川が連れて来た3人娘にも気遣いを見せるあたりが、なかなか好感が持てる。
しかしそこで少し安心した藤が
「じゃあ…何枚かはあの子達で撮ったりとかダメ?」
とお伺いをたてると、それにははっきり
「う~ん、私もね、”自分の作品”として発表するならベストな状態の物を撮ってもらいたいんだ。
だから、やっぱり本番は義勇ちゃんと風早さんで行きたいかな」
とやんわり拒絶した。
空気は大切にしながらも、そこは譲れない一線らしい。
一方男性陣の部屋。
柔らかい雰囲気の綾瀬とは逆に淡々と採寸をすすめる平井。
「こんなもんかな」
と、一通り採寸を終えるとメジャーをしまい、
「君達に一つ忠告」
とニコリと口元だけで微笑んだ。
「一応ね…ヘルプさんだから皆丁重にもてなすとは思うんだけど、あくまで撮影だからね。
空気というのもあるし、監督はたててあげてね?
古手川さんは気難しい上に気分屋なところがあるから…何度も撮り直ししたくないでしょ?暑いし」
(大人の都合…だな)
と錆兎は何度も苦渋を舐めさせられて来たその曖昧にして不可解な、しかしおそらく必要な理屈に、内心苦笑しするが、誰もが感情のままかき回している人間関係の中で冷静な平井の忠告に感心しつつも納得する。
「はい、どちらにしても年長者ですので、尊重はするつもりです。
ご忠告ありがとうございます」
錆兎はしごく真面目に平井にそう礼を言った。
その錆兎の態度に平井は少し目を見開いて、次の瞬間にっこりする。
「エリートなのに意外に腰が低くて礼儀正しいのね、弟君。安心した。
ああは言ったけど、私とかは裏方だからね、要望とかこうして欲しいとかは遠慮なく言ってね」
特に権力主義とかではなく、おそらく撮影を円滑にしたいだけらしい平井に、錆兎は少し好感を感じた。
「頭の良い女だな」
和馬も同じ事を考えていたらしい。
採寸が終わって平井が退室すると、着替えをしながらそう口にした。
が、その後に続く言葉が
「ああいう女が一番油断ならない」
というのが皮肉屋の和馬らしい。
「お前の理屈でいうと…世の中は馬鹿か油断ならないかどちらかの人種しかいない事になるな」
錆兎は言って苦笑すると、採寸室のドアを開けて外へと出た。
女性陣の方は若干採寸に時間がかかっていた。
いや、正確には採寸におしゃべりの時間が加算されていたというのが正しいだろう。
”人魚姫”をモチーフにした服というのはファンタジー好きな義勇の興味をひいたらしく、また、綾瀬の方も自分の服に興味を持つ人間を邪険にするほど冷めた人間ではなかった。
楽しげに服のイメージについて説明する綾瀬と楽しげにそれに聞き入る義勇。
藤自身はそういう話題について全くと言っていいほど興味がないわけだが、義勇を一人にしないという目的のもと、そこを離れられないで今に至っている。
「失礼、まだだいぶかかりそうですか?」
あまりに遅いのでドアをノックしつつそう聞いてくる錆兎の言葉は、そんな藤にとってはおおいなる救いになった。
「いや、採寸自体は終わったよ。開けてくれて大丈夫」
姫の護衛はチェンジしよう…と思いつつそう返す藤の言葉に
「失礼します。」
ともう一度声をかけた上で錆兎がおそるおそるドアを開けて顔を出すと、
「チェンジだ、弟」
と、藤はそそくさと立ち上がって錆兎の肩を軽く叩いて中の方へと押しやる。
そして錆兎がその意味を理解する前に、と、
「和馬、散歩にでも出よう」
と、ドアの所に立ち尽くしている和馬の腕を取って歩き出した。
(…理由はこれか…)
デザイン画と童話の絵本を前に盛り上がる義勇と綾瀬に気付いて錆兎がため息をついたのは言うまでもない。
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