人魚島殺人事件C03_大学生と高校生

こうして8月3日…晴天。
一応モデルの採寸の必要もあることだし、現地で作成…ということで、島には長期滞在をする予定になっている。

島ということで船以外の交通手段は使えないのはもちろん、その前に”個人所有の”という文字がついているため、公共の船舶が行き交う事もない。
なので、お前ら勝手に現地集合しろ、とは当然言えない。

ということで、風早家の豪華クルーザーで、少し遅れて合流する高校生5人組をのぞく当事者である監督、デザイナー、スタイリスト、音楽の4名の他、ボランティアで手伝ってくれるという音響、縫製、照明、カメラマン、モデルの女性3名、そして藤と遥は一足先に人魚島というなんともロマンティックな名前の島へとたどりついていた。


一面に広がる青い空。

白い豪奢な別荘はちょっとしたプティホテルくらいあり、その正面には白い砂浜。
島全体が個人所有ということは、もちろん当たり前にプライベートビーチだ。
さらに別荘をはさんで海と反対側にはプールまである。


「さすが風早君の別荘だな。城上大なんかの人間じゃこうはいかない」
別荘側面にある船着き場につけた船から荷物も持たずに駆け下りる馬鹿様こと古手川宗佑。

ちなみに…今回縫製を手伝う遥は青葉大、カメラマンを務める別所、そして当事者の一人、音楽担当の成田は同じ城上大の3年生。藤は合同サークルで知り合った有名名門ミッション系女子大である聖星女子大だ。

あとはデザイナーの綾瀬瑞希とスタイリストの平井が東京家政大な他は監督の古手川、縫製の松井、モデルの水野、淡路、斉藤の3人組は全員尚英大である。


「別に別荘と大学関係ないじゃん。
うちの大学は若干親が金持ちな子が多いっちゃ多いけど、城上大と尚英大なんて対して変わんないでしょ」
ムッとする遥達が言い返す前に、藤が自分のボストンを手に降りて来てサラリと言う。

「いやっ!偏差値が全然違うぞ!
頭がいいという事はだ、最終的に就ける職業、達成出来る仕事の質もおのずから…」

「あ~、もう尚英なんて政経だけっしょ、そういう意味で差があるのは。
あとは50歩100歩だって」
ムキになって主張する古手川の言葉を藤が面倒くさげに否定した。

「そそ。そんな事言ってたら監督、藤の弟君に鼻で笑われますよ~」
ピキピキっと若干笑顔をひきつらせながら、遥がそこで追い打ちをかける。

「え?藤、弟なんていたんだ?一人っ子じゃなかったの?」
その言葉に目を丸くするのは松坂彩。

松坂は高校までは藤と同じ聖星だったが聖星には文学部しかないため、外部受験で尚英大政治経済学部に入っている。
高校時代は藤とはなんとなく気があって一緒にいる事が多く、ゆえに…藤が一人っ子であるというのは当然の認識なわけだが…

「う~ん。実はさ、ちょっと事情があって別々に暮らしてた弟が一人ね、いるわけだ。」
嘘をつくのは心苦しいが仕方ない。
あとで謝っておこうと藤が言うと、今度は古手川がひきつった笑顔を浮かべた。

「弟さん…か。風早君の。優秀なのかな?もしかして俺たちの後輩になったりしてね」
「あ~それはないない」
藤はそれに軽く吹き出して手を振った。

「あいつは尚英受けたりしないから。海陽でトップからこけたことない超天才だ。
我が弟ながらハンパない賢さだし東大法学部以外は眼中ないよ」
その言葉にまた古手川がヒクっと引きつった。

「でも~古手川君は勉強だけのガリベンじゃないもんね♪
オシャレでセンスいいし、カッコいいし~」
そこですかさずモデル娘3人組がワラワラと古手川の周りに集まる。
いずれも古手川が連れて来た女達だ。

「弟君も大学生になったら、勉強ばかりじゃなくてそういう男の魅力みたいなものを古手川君に教えてもらうといいよ~。
今からお願いしておかないとね、風早さん♪」
中でもまあ美人な部類に入る斉藤亜美が間に割って入った。

派手なオレンジのジャケットを着ていて、顔立ちも派手なのでよく似合ってはいるが、他の二人が割合と大人しめな出で立ちなので、一番攻撃的な印象を受ける。

「あ~、あいつは硬派だからっ。チャラいの嫌いだし、たぶん無理っ」
それに苦笑しつつ藤は軽くかわして、そのまま先に立って歩き始めた。

「なに、あの子。ちょっと美人なくらいですっごぃ失礼よねっ!」
斉藤がぷ~っとふくれるが、古手川はそんな斉藤を突き飛ばすと
「風早さんを怒らせるな!この馬鹿!」
と怒鳴って、
「待って下さい、風早さ~ん」
と、先に行く藤を走っておいかけた。


「必死だね…」
それを見てプっと笑う遥。

その横には遥の信奉者の別所。
昨年末の旅行の時に錆兎と顔を合わせている彼にも、もちろん話を合わせる様言い聞かせてある。

「まあ…あの天才を見たらグウの音も出ないなっ」
と、遥に応えて別所も笑った。

「風早さんの弟君なら…ある程度の美形だろうし、モデルとして使えるね。
古手川先生、もう自分がやる気満々でモデルできそうな男全部返しちゃったけど、監督がモデルって無理すぎだし」
その横をスケッチブックを大事そうに抱えたデザイナーの綾瀬瑞希がつぶやいて通り過ぎ、
「という事だから…縫製頑張ってね」
と、スタイリストの平井真美もそれに続く。
家政大コンビは専門が違うため大学論争からは一歩引いて平静である。

「監督…ちょっと我が儘で気難しいところあるから、失礼な事言ってごめんな。
気にしないでくれ」
最後に古手川の分の荷物まで抱えた高井が降りてきて、わざわざ遥達の前でいったん荷物を置いてぺこりとお辞儀をすると、また荷物を抱えて走り出して行った。


「良い人だね、彼。なんであの馬鹿様にお仕えしてるの?」
馬鹿様、モデル娘3人組と、つっかかる連中に混じって妙に腰の低い高井を見送る遥に、同じくそれを見送っている成田が答える。

「あ~、高井はね、古手川の親父の小説家古手川宗英の担当の編集者の息子なんだよ。
だから親の立場的強弱をそのまま子供にも持ち込まれちゃってるけど、あいつも松坂と同じく政経だから、学生としては相手の方が能力上なんだけどな。
今回松坂がヘルプに来てるのも高井つながりだし」
今回の話は元々は古手川が発案者だ。

成田は元々は高井と高校の頃に塾が一緒で高井つながりで今回参加する事になり、家政大コンビは平井が古手川の知り合いらしい。

「交友関係まで親の七光りか~。さすが”馬鹿様”の名に恥じないな」
そこで別所が肩をすくめて、遥と自分の荷物を持って歩き始めた。
成田と遥もそれを追う。

「ま、その馬鹿様もさ、親に”七光り”でしか物作れないなら普通の職につけって言われてるらしくてさ、噂では藤に近づいて風早の援助受けたり、あわよくばその婿にでもおさまりたいらしいってことだぜ」
成田の言葉に遥は目を吊り上げた。

「ばっかじゃないの!何それ?!」
そんな憤る遥を別所がまあまあとなだめる。

「藤の方は相手にしてないみたいだし、放置でっ。
ま、欲得づくじゃなくても、あのスーパー女子大生の彼氏なんて凡人じゃ無理っしょ」

まあ…確かにその通りだ。
目の覚める様な美貌…だけならとにかく、藤の場合それに頭脳明晰スポーツ万能、大金持ちの娘というおまけまでついているので、そういう目的の男はもちろん、女だって早々気軽に近寄れない。

近寄ってみれば、意外に気取らない、お育ちがいい分人のいい、気の良い人間だとわかるのだが…。
そんな不穏な空気を発しながら一同はそれぞれ部屋に落ち着く。


荷解きを終えて集合場所となっているリビングに最初についたのは藤だった。
今回の撮影はこの島の名前にちなんで人魚姫をイメージした服をメインに扱うらしいが…
(人魚姫ってガラじゃないよな)
と、藤は綺麗な黒髪をかきあげながらため息をついた。

自分はもちろんのこと…馬鹿様が連れて来たモデルはどうみても清らかな人魚姫と言う雰囲気じゃない。まあ…男を水に引き込むセイレーンという意味ならわかるが…。

そんな事を考えていると、耳障りな笑い声と共にきつい香水が何種類か入り交じった香りが近づいてくる。
古手川とモデル3人娘だ。

「風早君、もう来てたのか」
と、3人を放り出して近づいてくる古手川からスっと距離を取る藤。
「今回の主役は君だからね」
と愛想笑いを浮かべてくる古手川に、藤は呆れた視線を送った。

「私は基本的には宿泊施設管理およびビデオ編集で来てるから仕事増やさない様に。
そもそも…私がモデルまでやっちゃったらそこの3人何しに来たのかわかんないでしょうが」
冷ややかな藤に少し言葉に詰まる古手川。

その時船が船着き場に到着するのが見えて、藤の顔がぱ~っと明るくなった。

「弟来たっ!ちょっと出迎えてくるからっ!」
滅多に見せない藤の笑顔にぽか~んと見とれる古手川の横を通り越して、ドアに駆け出す藤。

途中で遥達とも鉢合わせするが、藤は
「悪い!弟達きたからちょっと迎えに行ってくるっ!」
と機嫌良く言ってまた駆け出した。

「弟君と…仲いいんだ?」
遥達の後ろではやっぱりあまり見る事のない藤の満面の笑顔に綾瀬&平井の家政大コンビが目を丸くしてそれを見送る。

「まあ…唯一くらい無条件に心を開く相手かな?ね?」
遥はそう言って別所を見上げ、別所も笑顔でうなづいた。

「藤は…出来過ぎな子だからね。皆の方もなかなか気軽に近づけないし…」
その様子に藤と高校時代親しかった松坂も苦笑する。
「私も弟いるけど…やっぱり下なんだけど男だからね。頼りになる部分もあるしね」
「ん~~うちは”頼りに”はならないけどねぇ…。ま、使いっぱとしては便利っ」
と、遥はその言葉をきいてきっぱりと言い放った。

そんな話をしながら素材のチェックをすると部屋に戻る松坂と分かれて古手川達の待つリビングへ入る遥達。

「監督~、やっぱりさ、監督がモデルもって無理があるから風早さんの弟君使うよ。
あの風早さんの弟君ならそっくりとまでいかなかったとしてもまあまあ見られるだろうし」
デザイナーの綾瀬が言うのに、古手川が嫌~な顔をする。

「ま、まあ…見てからだな。姉弟といっても容姿が似てるとは限らないし…」
その古手川の様子に遥と別所は顔を見合わせてこっそり笑った。

あの一般人のレベルを超えたキリリとしたイケメンと古手川ごとき比べるまでもない、と、二人は思う。

が、モデル3人娘の斉藤は例によって
「やっぱり見栄え良くないとだしね~。
監督がモデルもって大変かもしれないけど、古手川君使いましょうよ~」
と、古手川にすりよった。

部屋に落ち着いた時に脱いだのか、例の派手なオレンジのジャケットは着ていなかったが、それでも充分勝ち気で意地の悪い印象をうけるのは、やっぱり顔立ちだろうか…。
どちらにしても、そのダルそうなベタベタした言い方が遥は嫌いだった。
イライラする。
早く藤が来てこいつら全員黙らせてくれればいい、と、思っていると、廊下でガヤガヤと声がきこえてきた。
来たらしい。

「諸君お待たせしたね」
笑顔で藤がリビングに入ってくる。
その後に続いたのは錆兎よりも少し柔らかい感じのする、しかし理知的な感じの美少年。

ほぉ~っというため息のような声が遥、綾瀬、別所、成田、高井あたりからあがる。
モデル3人娘も黙ってそちらを凝視しているが、古手川の手前口を硬くつぐんでいた。

「さすが風早さんの弟だね~、イケメンだ」
まず口をひらいたのは高井。
「これならモデルに充分使えますよね?監督」
続いて綾瀬が有無を言わせない語調で古手川を振り向いた。
「ま、まあまあだな」
引きつった表情で言う古手川に、藤はプっと吹き出す。

「ああ、これは違う。弟の友達でヘルプで来てくれたんだ。
金森和馬君。弟が生徒会長やってた頃の副会長だって。
まあ、モデルに使ってもらっておっけぃらしいから、よろしくね。綾瀬」
その言葉に、綾瀬はちょっと目を丸くした。

「あ~そうなんだ。お友達からして美形なのね。よろしく、金森君」
という綾瀬に平井もうんうんうなづき、和馬は営業用スマイルで一同に
「金森和馬です。よろしくお願いします」
と、挨拶をのべる。

「で?弟君は?」
ワクワクとした目で言ってドアに目をやる綾瀬は、今度はそこにいる意外に普通なヒョロッと背の高い少年の姿に注目した。

「あれ…見た目は結構普通の子?まあ可愛い事は可愛いけど…背も高いし」
と、ユートを指差す。

「あ~、あれも違うからっ。あれは私の弟のユート。今回は雑用に呼んだの。
その隣の女の子はアオイちゃんね。彼女も雑用とか手伝ってくれるから」
と、それに対して遥が苦笑まじりに説明する。

「で?弟君はどうしたのよ、藤」
遥がどうやらドアの所にそれ以上の人影を見いだせずに言うと、藤はクスクスと笑った。

「あ~、もうちょっと待って。今姫に使われてるから。帽子飛ばしちゃったらしくて、木の上に。取ったらくると思うよ」
という藤の言葉が終わらないうちにバタバタと足音が聞こえてくる。

「さびと、ファイト~♪」
という可愛らしい声に
「どっちだ?」
という少し息をきらせた声。
それに気付いた藤がドアの外に体をずらせた。

「こっち~!って…君達何やってるかな?デモンストレーション?」
ぷ~っと吹き出す藤に錆兎は小さくため息。
「ぎゆうに走らせるよりはこっちの方が早かったから…」
そう言いつつ、錆兎はどうやら目的地についたのを知って、お姫様抱っこをしていた義勇をソッとおろす。

「早くおいでっ♪」
そんな二人に笑顔で手招きをすると、藤は再び部屋の中に入った。


「お待たせ、うちの弟とそのお姫様が到着っ」
じゃ~んと藤は二人を中にうながす。

「おお~~~~!!!!!」
すでに二人を知っている遥と別所、それにユートとアオイ以外は、古手川やモデル3人娘まで目を見開いて声をあげた。
単体でも十分人目をひきまくるほどの圧倒的な美しさを誇る美形が二人。

片方は整いすぎた...ゆえにきつい印象を与える顔立ちの少年である。
意志の強そうなきりりとした眉の下には鋭いが綺麗な切れ長の藤色の目。
口元もキリリとしていて、その凛としたたたずまいは和馬と違って貴族っぽさというよりは育ちの良い武家の若武者といった涼やかにして精悍な感じを受ける。
厳しく潔癖な印象すら与えるその面立ちは、まさに清廉と言った言葉がよく似合う感じだ。

それと対照的にふんわりとした雰囲気をまとって彼の隣に立つ美少女は、注目する一同の勢いに押されてか、しがみつくようにその錆兎の腕を取る。
絹糸のような細く綺麗な黒髪がサラっと揺れて、少女が身にまとっている淡いブルーのワンピースの肩口にハラリと落ちた。
長い睫に縁取られたリスを思わせるようなクルリと大きい青い瞳が少し不安げに一同を見回して、その中に見知った遥の姿を認めると、にっこりと花が咲いたような可愛らしい笑顔を向ける。
その妖精のような少女の笑顔に、古手川を始めとした男連中がごくりと息をのみこんだ。

「あ~、こっちが弟。
ちょっと事情があって離れて暮らしてるから名字違うんだけどね、鱗滝錆兎。
で、隣がその最愛の彼女にして私の最愛の後輩でもある冨岡義勇ちゃん。
モデル依頼はおっけぃだけど、手だしたら殺すよ?」

声も出ない一同に向かってにっこりと怖い台詞を吐く藤。
それで我に返った綾瀬が
「すごいわっ!これ絶対いい!この子達の採寸にかかろう!あ、あと金森君もいいかなっ」
と興奮気味に身を乗り出す。

ついでに綾瀬は古手川の方を見てきっぱり
「ということで…モデルは男性は鱗滝君と金森君を使いますのでっ。
監督にはご心配おかけしましたが、監督は監督業に専念して下さいねっ」
と、宣言した。
古手川はその言葉に嫌~な顔をしたが、まさにグウの音も出ない。

そのイライラした気持ちをぶつけるように
「じゃあ女性も風早さんと冨岡さんでっ。他3人は要らん!帰れっ!」
と、古手川は自分が連れて来たモデル3人娘に言い放った。

その言葉に息を飲む3人。水野と淡路は少し涙目になって寄り添い、斉藤はキッと藤と義勇を交互ににらみつける。
錆兎がそれに気付いて義勇を少し自分の後ろにかばうように押しやった。

「まあ…女物は多いわけだし二人に限らないでもいいんじゃないか?」
険悪になる空気を取り持つように高井が口をひらいて取りなそうとするが、それもまた古手川に
「高井!誰に向かって物言ってるんだ!!監督の俺が言うんだ!決定事項だっ!!」
と、黙らされた。
斉藤がクルリと反転して部屋を駆け出して行く。

「帰れってさ…自分で頼んで連れて来ておいてそれはないんじゃない?
そもそも…島なんだから帰れるわけないっしょ。
いいよ、”監督様”が要らないっていうなら、もう義理立てする事ないからね、水野さんも淡路さんも。
私のゲストって事でゆっくり過ごしていって?」
ギロリと古手川をにらんだあと、藤はにこやかに残った二人に声をかけた。
まだ涙目で、それでも少しホッとしたような二人だが、空気は相変わらず微妙だ。

「とりあえず…私高校生組を部屋に案内してくるから、斉藤さんに会った人、そう言っておいてね」
藤は言って高校生組に笑顔を向けて
「着いた早々みっともない大学生の図見せて悪いね。
じゃ、とりあえず部屋案内するからついて来て」
と、5人をうながした。

こうして不穏な空気に染まるリビングを後にする藤と高校生組。

「とりあえず部屋は全部同じだからね。5部屋並んでるから好きな所に」
藤が2階に案内して鍵を手に言うと、義勇が錆兎のシャツをぎゅっとつかむ。

「どうした?ぎゆう」
錆兎はそれに気付いて義勇を見下ろして聞いた。

「…怖い…。」
潤んだ大きな瞳が何か訴えるように不安げに錆兎を見上げる。

勘の良い義勇はいつも何か重要な事を感じ取るが、理屈とは全く無関係に感覚的に感じ取るだけなので、本人にもたいていそれが何かわからない。
それがわかっているので、錆兎は少し困ったように眉をよせた。

「さびとと…一緒がいいな」
ぽつりとつぶやく義勇にため息をつく錆兎。
それでも確かに”何かを感じて怯えてる”としたら、一人にしておくのも不安だ。

「藤さん…エキストラベッドなんて入れられませんよね?」
錆兎は義勇を少し抱え込むように引き寄せると、藤を振り返る。

藤は少し目を丸くした。
それから微笑む。

「いいよ。ツイン部屋あるからそっち使って。丁度端から2番目の部屋の対面の部屋」
「我が儘言ってすみません」
錆兎が頭を下げると藤はいやいやと苦笑した。

「あれ見たらね…まあ怖いっしょ。色々な意味で」
まあ…勘違いされている気もするが一々説明すると長いのでそのままにしておく。
錆兎は礼だけ言うと、義勇と自分の荷物を持って部屋に入りかけ、ふと足を止めて藤を振り返った。

「藤さんも…気をつけて下さい」
藤はそれにも苦笑で応える。
「私はほら、護身術くらいは身につけてるから」

「それでも…女性だから」
さらに言い募る錆兎に藤は軽く笑った。
「そんな風に私の心配するのなんて弟くらいだよ」

そこで…
「お姉さん、部屋どちらです?」
それは唐突な質問だった。
それまで黙って錆兎と藤のやりとりを聞いていた和馬が口を開いた。

あまりに思っても見なかった方向からの思っても見なかった質問に、藤は一瞬目を丸くして、しかしすぐいつもの平静さで応える。

「ああ、高校生組用に端から5つ部屋とってあって、その隣。
一応…こっちでも勉強するんだろうし高校生組はまとめて放して大学生組からの実害こうむらないようにね、私が間に入るって感じで」

「なるほど…じゃ、俺はお姉さんのすぐ隣で」
と、和馬は床に置いてあった自分の荷物を持ち上げた。

「いいけど…?」
その言葉の真意を取りかねて、藤は微妙に質問風味の了承の言葉を述べる。
それに当然気付いて和馬は答えた。

「本人の認識と他人の認識、事実と感情はえてして違う場合がありますから。
事実はどうであれ少なくとも錆兎は気にしてますし、俺も気になります。
別に何もなければないで結構。何かあれば呼んで下さい」
淡々と言って部屋に入って行く和馬を藤だけではなくそこにいる全員がポカ~ンと見送る。

「変わった子だね…」
それを見送ってぽつりとそうつぶやく藤に、
「まあ…悪い奴ではない…はずなんで」
と錆兎は微妙なフォローをいれた。





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