リトルキャッスル殺人事件クロスオーバー_05

こうして宿の裏側、遺体発見現場を目指す二人。

「俺ら…疑われてます?」
先に立って歩く錆兎に湯沢が声をかける。
それに対して錆兎は
「いや」
と首を横に振った。

「実は…一番犯人の可能性が低いと思ったのが湯沢と柿本で…湯沢の方が率直なとこ話してくれそうだったから連れ歩く事にした」
他には言うなよ、と、念を押した上で本音をもらす錆兎に湯沢は嬉しそうにうなづく。
「もうなんでも聞いて下さいっ!もしかして捕り物っすか?」
良くも悪くもよくしゃべりそうだな…と、その様子に内心ため息をつく錆兎。
それでも裏に回る道々話を聞く事にする。

「木村と田端の共通点と、その二人と湯沢と柿本の二人との相違点はなんだ?」
その質問に湯沢は即答。
「木村達は良い塾行っててまあ頭良くて、俺ともっちゃんは馬鹿っす」
その答えに錆兎は思わず小さく吹き出した。

「ああ、計西会か。まあ…良い塾行ったからって賢いとも限らんけどな」
「あ~でもあそこ入るのにテストいるしっ。
入ってからもテストでクラス分かれるらしいっすよ。
田端一回クラス落ちちゃって親にマジ怒られて、上のクラスの奴を木村と一緒にボコって戻ったくらい厳しいらしいっす」

何かひっかかった。

「そのボコった相手の名前なんかわからないか?」
錆兎が聞くと、湯沢は首を振って苦笑した。

「俺はその塾行ってるわけじゃないしっ。
あ~でもなんだかそれで相手骨折ったかなんかで、ボコった事バレたらマジヤベ~とか言ってたっすね。でもまあバレる前に相手なんか飛び降りたとかで…」

計西会の自殺…ギユウの家庭教師のクラスか…。
あとで確認する事リストとして頭の隅にその事を残しつつ、錆兎は木村の遺体の場所まで到達した。

ビニールシートを取ってもう一度遺体を確認し、その前で両手を広げてみる。
おそらく…アオイが昨日みたのはこれだろう。
あれは確か…午後11時48分。犯行推定時刻内だ。

これが空を飛んでいた?
錆兎は上を見上げた。

舞い散る桜吹雪はペンションまで軽く飛ばされているが、ペンション側からこれを落としたところでこんな所まで飛ばされてくるはずはない。
風が強ければ2階建てのペンションの一番上、見晴し台まで桜の花びらは余裕で飛ぶが、この重さの物だ。
逆にあの見晴し台からでも、ものすごい怪力の人間が投げても無理だ。

「これ…魚にみたてた殺人とかなんすかね…。なんかドラマみたいっすね」
湯沢が気味悪そうに少し離れた場所で遺体に目をやって言った。

(…魚か…)
確かに網の中には無駄に数尾の魚が遺体と一緒に包まれている。

まあドラマとかなら見立て殺人とかよくあるわけだが、実際の殺人なんてそんなドラマティックな物じゃない。
前回の時もバラバラに切り刻んだ衣服が散乱してるなんて奇行とも取れるような状態だったが、実はちゃんと意味があったわけだし…。
とすると、これも?

錆兎はもう一度遺体をよく見てみる。

…普通に網と魚を使った意味はなんなんだろうか…。
魚に見立てるなら…濡れていてもいいはずだが、遺体は濡れていない。

あのゴムボートだと二人のるのはかなり辛く沈まない様に気をつかうし、むしろ網にいれていて魚に見立ててるなら濡れてても構わないはず。
自分がボートにのりつつ、遺体は湖に放り出した状態で網の端を持ちつつ引っ張って移動した方が楽なのではないだろうか。

遺体を普通に単体で放り出せなかった訳…網と魚…どちらかがフェイクか…
まあ…普通に考えて魚をいれる意味はない。
魚をいれる事によって網に遺体が入っている事を自然に見せているとすると…網にいれる必要があったのは、ひっぱって運ぶ事じゃないとしたら…。

まさかっ?!
錆兎は遺体がある桜の木を丹念に調べた。

「これかっ!」
桜の木の一点をなぞって急いでシートをかけ直す錆兎。
「行くぞ!湯沢!」
きびすを返して小走りに戻る錆兎を、湯沢は
「何かわかったんすかっ?!」
と、あわてて追いかける。

「まだ周りには何も言うなよ?
あくまでここに来たのは現場保存と怪しい奴がいないかの見回りの為だ」
「了解っす!」
もう思い切り嬉しそうな湯沢。
こいつ…大丈夫だろうな?と少し錆兎は不安になって眉をひそめた。

 
「おかえり、どうだった?」
錆兎達が戻ると拓郎が少し笑みを浮かべる。
「はい。遺体周りに怪しい奴がいないか調べてシートをしっかりかけなおしてきました。
で、あとは田端の部屋の状態確認後、誰も入れない様に鍵かけて、念のため空き室も怪しい奴がいないか確認後鍵かけておきたいんで、マスターキーをお借りしていいですか?
あ…でも一応今使用中の客室については問題あるようならキー抜いておいて下さい」
錆兎は言うが、拓郎は鍵束を錆兎にそのまま渡した。

「まあ…鱗滝君なら悪用はしないと信じてるよ」
「ありがとうございます」
錆兎はそれを受けとると礼を言って、今度は上へと向かった。

チラリと1Fに目をむけて、湯沢以外誰もきていないのを確認後、全ての部屋を通り越して廊下の一番奥、見晴らし台への階段を上る。

「あ~もしかして見晴し台から島一望して確認とかっすか?島の地形が実は鍵とか…?」
本当に気分は名探偵だな、と、はしゃぐ湯沢に錆兎は苦笑する。
「いや、単に縄跡調べにいくだけだ」
言って錆兎は見晴し台のドアの鍵を開けた。

「ここで待っててくれ。あまり汚したくない」
と、湯沢をドアの所に残すと、見晴し台をグルッと一回りする。

そして
「やっぱりか…」
錆兎は確信を持ってつぶやくと、ため息をついた。


大方わかってしまった事件の真相に、錆兎は絶望的な気分になった。

(親友を…なくすかもしれないな…)
孤独感が押し寄せる。

最初の殺人事件の時…ユートと出会うまでは唯一くらいの友人だと思っていた早川和樹が実は自分をひどく嫌っていて影で自分を陥れようとしていた事を知った時、すごくショックで死にたくなった。
そこでギリギリ死なずにすんで立ち直れたのはユートからの一本の電話だった。

それからは、唯一ではあっても”ただの友人”だった人間の代わりに、唯一の”親友”を手に入れた。
だから今まで本気で孤独を感じたのは裏切りを知ってからユートの電話がくるまでのほんの短い時間だけだったが…これからはかなり長い時間…いや、下手すれば一生その孤独を背負っていくのか…。

「何かわかったんですか?」
少しうなだれて戻る錆兎に、湯沢が不思議そうな目を向ける。

「ああ、まあ。たぶんほぼわかったと思う」
「すっげ~!やっぱ頭の出来が違うっすね!」
はしゃぐ湯沢に対してやっぱり錆兎はうなだれた。

「わかる頭なんて…なけりゃ良かった…。わかる事が幸せなわけじゃない。
出来る頭なんて自分を孤独にするだけだ…」
湯沢に言ってもしかたない。
でも少し愚痴ってみたくなった。

「よくわからないっすけど…なんかあったんすか?」
きょとんと自分に目を向ける湯沢の能天気な雰囲気がうらやましい。
馬鹿でもこいつには友人いるんだろうな…と思うとため息が出る。

「田端が犯人じゃない事がわかった」
「それで滅入るほど田端嫌いっすか。
あ~確かにやたらと絡んでたけど…スルーしてるように見えて実はマジむかついてました?」
「いや、田端はどうでもいい」
錆兎の言葉に湯沢はますますわからないといった風にぽか~んと錆兎をみつめた。

「鱗滝さん…わりっす。俺頭悪すぎて鱗滝さん考えてる事マジわかんねっす」

「あ~ようはだな、犯人が田端じゃない、お前でも柿本でもないとすると、ユートと仲の良い誰かってことになるわけだ。
放っておけば田端だって事になってるのにわざわざ仲の良い奴の罪をあばいたらユートにしたら余計な事しやがってってなるだろ、普通。
事が事だけに下手すりゃ縁切られかねん」

「おお~~なるほどっ!頭いっすねっ!」
なんだか…力が抜ける。

ガックリと脱力する錆兎に
「でもっ」
と、湯沢は口を開いた.

「鱗滝さんみたいにすごい人だったら近藤ごときに縁切られても全然困らなくないっすか?」
「いや、困るんだが…。
というか…俺なんかよりよっぽどすごい奴だぞ、ユートは」
「ええ??!!!!実は近藤ってそんなにすごい奴だったんすかっ?!」
「ああ。まあ俺が今こうして無事生きてんのもユートのおかげだしな」
「おお~~~~!!すっげ~!!
あのヘラヘラ馬鹿みたいなのは実は世を忍ぶ仮の姿だったんすねっ!!」
盛り上がる湯沢を残して、錆兎は階段を下りた。
とりあえず…次に移る前に気力回復の意味も込めて電話をする。時間も良い時間だろう。

『終わったの?それともこれから?』
「ん、あらかた状況はわかったんだけどな、それをこれから説明しに行く前にちょっと知りたい事があって、ぎゆう今家庭教師来てるか?」
『うん、いらしてるよ~隣に』

来てて普通に電話してていいのかと、自分でかけておいてふとそんな事が頭をよぎる錆兎。

「えとな、一つだけ聞いてくれ。自殺した生徒の名前とできればその家族も」
『は~い♪』
しばらく沈黙。聞いているらしい。

『橋本京介さんだって。
家族はお父様と離婚したお母様、お母様と一緒に暮らしているお姉様がいるそうだよ』
「姉の名前まではわからないよな?」
『うん、そこまでは…』
「ん、わかった。さんきゅ~。ホント色々助かった。ありがとな」
『ううん、頑張ってね。私だけは何があってもさびとの味方だからねっ♪
もしさびとの周りから誰もいなくなっても、その時は私がさびとの事独り占めしてあげるから♪』
ギユウの言葉に若干幸せな気分で電話を切ると、錆兎はまた頭を切り替えた。

まあほぼ間違いないだろう。動機ははっきりした。殺害方法も…。
全てがわかったところで、さてどうするか…真実を隠蔽するという選択はない。
問題は…暴く前にユートに言うか言わないかなわけで…

「もしもし、ユート、俺だ。念のためアオイも連れてこっち来れるか?今2Fの廊下」

結局…それが自分をどん底から救ってくれた親友へのせめてもの誠意だろう。
錆兎はユートの携帯に電話をかけて呼び出した。

「サビト、どうした?何かあったん?」
ユートはすぐ来た。
すぐ後ろにはアオイもいる。

ああ、ユートに縁を切られるということは…アオイにもか。
錆兎は軽く目をつむった。

「どうした?気分でも悪い?」
心配するユートの声に一瞬躊躇するが、錆兎は大きく息をすって、吐き出した。
「ユート、すまん!」
そのまま頭を下げる。
「ちょ、サビト、なんだよ、いきなり」
戸惑うユートに錆兎は頭をさげたまま言った。

「俺はこれからお前の大事な人間関係壊しに行く事になる。
全部俺の責任だから。お前はただ人選ミスしただけで、責は全部俺にあるからっ」

さすがに…これまで3回も殺人事件を越えて来ていると、それだけでわかったらしい。
「もしかして…真由?」
ユートは意外に静かな声で聞いた。
「だけじゃ無理だから…拓郎さんもか。つか、頭あげてよ、サビト」
言ってユートは苦笑すると軽く錆兎の肩を押して頭をあげさせる。

「証拠集めに使えないくらい俺そんなに信用できなかった?」
「いや…」
ユートの言葉をあわてて否定しようとする錆兎にまたユートは少し笑ってうつむく。

「冗談だって。
どうせさ、サビトの事だから俺も事情知ってて一緒に証拠集めに回ったら俺まで巻き込むとか思ったんだろ。
巻き込まれてんのサビトの方なのに、相変わらず馬鹿みたいなお人好しだな」
そして小さく息を吐き出すと
「あ~あ、また由衣にいぢめられるな、こりゃ」
と肩をすくめた。

「ま、またクラス替えあるしね。同じクラスになってもあと1年だ。
でも俺らは4人、あと何十年か…それこそじっちゃんばっちゃんになるまで一緒なわけだし…。
ま、大丈夫。女の子はアオイいるしね~」
ユートは少しおどけてアオイを抱きしめると少し屈むようにしてその肩に額をおしつけた。
触れたアオイの肩を涙が濡らす。

「アオイもさ…俺の周りに女友達一切いなくなったら俺の事独り占めしてくれる?」
それでもおどけた口調を崩さないユートに、ちょっと神妙な顔をしていたアオイは
「のぞむところだよっ。なんなら今からでもいいよ」
と、少し笑みを浮かべてその頭を抱え込んだ。

明かしにくい真実でも知ってしまったからには明らかにする…そう決意して、錆兎とユートはアオイと湯沢と共にそのまま下に降りて行った。

硬い表情の錆兎以上に硬い表情のユート。
その手をアオイがしっかり握ってる。
唯一湯沢だけが飄々とした能天気な様子で、リビングへと足を踏み入れた。

「どうしたんだい?鱗滝君も近藤君も」
そんな二人に拓郎を始めとして残った一同が少し不安げな顔を向ける。
「重大な…報告があります」
苦い物を飲み込むように錆兎がつばを飲み込んで、口を開いた。

言ったらもう引き返せない。
真実は…必ずしも正義ではない。
それがわかってても言うべきなのか、自分でもわからない。

それでも…ギユウと約束したのだ。
その事だけがいまやこの困難な役割をこなす原動力だった。


「木村剛を殺害したのは…田端浩平ではありません」
錆兎の言葉はリビングにいるみんなに衝撃を与えた。
過去3回、殺人事件を暴いて来たが、今回ほど暴くのが気の進まない事件はない。
それでも錆兎は口を開いた。

「木村剛の殺害について、これから説明しますので、全員着席をお願いします」
錆兎は後ろにいるユートとアオイ、湯沢にもチラリと視線を向ける。
そして3人が席に付くと続けた。

「まず殺害方法に関しては絞殺、これは変わりません。
木村剛は絞殺された上で魚網に包まれ、見晴し台から遺体が発見された桜の木まで張り巡らされたロープを滑らせて桜の木まで運ばれました。
アオイが昨日見た白い物体というのは、その滑り落ちる魚網に包まれた木村剛の遺体だったんです」
錆兎の言葉でリビングにざわめきがおこる。

「まず始めから説明します。
犯人はその仕掛けをつくるため、まずロープを持って見晴し台に登り、ロープを手すりを挟むようにして、ロープの両端を下に落としました。
その後、見回りと称して外に出ると倉庫からゴムボートを出し、宿の裏側に回ってボートを使って水に垂れたロープの両端を回収、そのまままた岸に戻ってその両端を桜の木の後ろで結び、丁度見晴し台の手すりと桜の木を輪っかでつなぐような形にして、ゴムボートの空気を抜いて宿の中に持ち込みます。
それらを終えて、跳ね橋があげました。

その後に普通に全員揃っての夕食。
この時点で共犯者があらかじめ木村と田端の間に亀裂が入る様にさせ、なるべく二人がコミニュケーションを取らない様に画策。
そして食後、共犯者が自分が田端をひきつけておくからと、木村に自室にボートを隠す様にうながします。

これはたぶん…田端が自分に気があるだけで、自分は木村といたいから、後でボートで抜け出して二人きりででかけようとでも言ったのでしょう。
ここで木村は”自分で”自分の部屋にボートを隠し、のちに何も知らない田端が自室に戻ります。

そして犯行時刻。
共犯者が携帯かメールか何かで木村を呼び出します。
これはおそらく空き部屋の鍵が手に入ったから一緒にとでも言ったのかと思います。
そして普通に身一つでオートロックの部屋から木村が出た事で田端以外入れない密室の完成です。
その後、犯人は空き部屋で木村を殺害。
そのまま見晴し台まで連れて行き、あらかじめ持ち込んでおいた魚網に魚と共に遺体をいれ、ロープの結び目を引き寄せてロープをほどき、網を通すとまたロープを結んで木村を桜の木の根元まで滑らせます。
そして木村が桜の木に到着したタイミングでまた結び目をほどいて一本のロープに戻してそれをたぐり寄せて回収しました。
魚を一緒に網にいれたのは、おそらく遺体を魚に見立てている様にみせて、遺体を網に入れないといけなかった本当の理由を隠す為かと思われます。
そのあとは朝まで普通に過ごし、跳ね橋をおろして皆が遺体を発見するのを待ち、さりげなくボートが田端と木村の部屋から発見されるのを待ち、それで田端が犯人ということにして拘束。
見回りに行ったのが誰か、木村と田端で揉めていた原因は誰かを考えて行けば、主犯、共犯はわかると思いますので、ここでは明言を避けました。
以上です」

「これは…すごいな。推理小説みたいだが…。実際それが行われた証拠があるのかな?」
錆兎が一旦言葉を切ると、拓郎が拍手をして立ち上がった。
「証拠は…いくつか…。一つはこれです…」
錆兎は俯き加減にそう言うと、ビニールに入ったハンカチを取り出した。

「蜘蛛の巣と…それについた桜の花びら。昨夜客室の掃除をしていたという拓郎さんの肩についていた蜘蛛の巣を払ったハンカチです。客室は全部海の方向を向いています。もし窓を開けていたとしても…さすがに反対方向にある桜の花びらは入ってきません。」
錆兎は深いため息をついた。

「遺体を包んでいた網は…その日の朝に漁に使ったはずなのに何故か埃のついた蜘蛛の糸がついてました。これは見晴し台で付いた物かと思われます。
さらに桜の木の幹には何か紐のような物で擦った後、見晴し台の手すりも同様に何かで擦ってその部分だけさびがはげたような跡がありました。
以上から遺体の移動法はほぼ間違いないと思われます。
おそらく…以上の推論を説明した上で要請すれば警察も通話記録を調べるでしょうし、そうしたらさらに…」

「もういいよ、鱗滝君」
うなだれてぽつりぽつりと語る錆兎の言葉を拓郎が遮った。
「君の言う通りだ。木村剛を殺害したのは私だ。
真由は何も知らずに私の指示の通りに動いただけだ」
「伯父さんっそれはっ!」
「黙っていなさいっ!」
立ち上がって口を開く真由の言葉を拓郎は強い口調で遮った。





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