リトルキャッスル殺人事件クロスオーバー_04

朝…本当に何も起こらず平穏に夜は明けたらしい。
錆兎はいつもの習慣で5時には目を覚まし、部屋でもできる腕立てや腹筋などにいそしんだあと、シャワーをあびた。

いつもならランニングもするところだが、跳ね橋があがっていて外にでられないので、どうも時間があまる。
しかたなしにバルコニーにでて、昨日拓郎から借りておいた釣り竿に餌をつけて糸を垂らした。


宿の壁の周りから半径20mほどの人為的に作られた湖。
宿の側面方向から海へと水路がつながっているので、魚も釣れるわけだ。
まあ…釣りの才能はないというか…向いてないっぽいが。
じっくり待つのが苦手な錆兎はすぐ飽きる。

ああ、暇だ…。
仕方なしに寝ているユートを起こさない様にソ~っと部屋を抜け出すと、下に降りた。

「おはよう、早いね、鱗滝君」
拓郎も朝早いらしい。というか朝食の準備をしてくれている。
「おはようございます。手伝います」
錆兎は言って自分もエプロンを付けると拓郎と並んでキッチンに立った。



「君は…なんだか海陽学園トップの成績なんだって?真由から聞いたが、すごいな」
拓郎はみそ汁をまぜながら、料理を盛りつける皿を戸棚から出して並べている錆兎に話しかけた。
「いえ…他の人間より早い時期から他の人間より長い時間勉強してただけですから」
「いやいや、長くやってもトップに立てるのなんてほんの一握りだ。
君はあれかい?やっぱりすごい塾とか行ってるのかい?」
あ~今回はよくその手の話が出るな~と思いつつ、錆兎は苦笑した。


「いえ、中学までは家庭教師でしたが、高校に入ってからは参考書片手に自己学習です」
「ほ~それでトップとはすごいな。
…昨今はみんな塾とかに行ってるようだが、そんな話を聞くと必ずしも行く意味があるのか考えてしまうね…」

「あ~…人によるんでしょうね。
俺は基本的に他人と接するのが苦手なので…。
でも誰かと一緒に切磋琢磨しながらの方が伸びる人間もいると思います」

「そうか…でも塾は…学校みたいな部分があるからね、今は。
勉学と別の部分でトラブルが起きる場合もある…」
拓郎はそこで話を切った。

やはり…真由も高校生だし気になるんだろうか…。
まあ女の子でしかもここで働くのなら、それほどムキになって勉強勉強言わないでも良いとは思うが…。


「あ…そういえば…ダイニングにはピアノがありましたね。
拓郎さんが弾かれるんですか?」

話が途切れたところで、沈黙が続くのが苦手な錆兎は一生懸命話題を探し、ふと思いついた事を口にしてみる。

「ああ、いや。甥がね…。
真由の弟なんだが去年事故でなくなって…それ以来誰も弾けないままだ」

触れちゃいけない部分に触れたか…と、錆兎は慌てて
「すみません」
と謝罪した。

「いや、気にしないでくれ。誰か弾けるといいんだけどね。
今年のシーズンにはピアノ弾ける子でも雇うかな。
甥が生きている頃は普通にショパンとかが流れていたものだが…流れなくなるとなんとなく寂しくてね…
レコードで聴くのとはまた違った趣があるから…」

少し伏し目がちに言う拓郎に錆兎は思わず
「弾きましょうか?」
と声をかける。

「おや、弾けるのかい?鱗滝君」
目を丸くする拓郎に、錆兎は少し微笑んだ。
「まあ…かじった程度ですが。ショパンのワルツくらいなら」

「君はホントに呆れるほど何でもできるんだな。
じゃ、ワルツ第7番嬰ハ短調とかリクエストしていいかな?」
「ああ、哀愁に満ちた良い曲ですね。了解です。ピアノお借りします」
錆兎は手を洗ってエプロンで拭くと、ピアノの前に座った。

部屋には優美で…しかし寂しげな曲が流れる。
拓郎は料理の手を休め、ダイニングの椅子に座ってそれを聴いていた。

「京介っ?!」
その音を合図にしたように階段から駆け下りて来た真由の声に錆兎は一瞬手を止めた。
「あ…ごめん…なさい」
ピアノの弾き手を確認すると口に手をあて俯く真由に、錆兎は
「いや…こちらこそ悪い。ピアノ借りてる」
と頭を下げる。

「事情は聞いてるから…あまり気分が良くないようなら中断するけど?」
と一応錆兎が聞くと、拓郎が
「私が弾いて欲しいと頼んだんだ」
と、補足した。

それに対して真由は
「ううん…すごく懐かしくて…。その曲弟が好きだったから。良かったら続きを弾いて?」
と拓郎の隣に腰をかけた。

また指を鍵盤に滑らせる錆兎。
しばらくリクエストされるまま他の曲も弾いていると、
「ガリ勉君は女ウケする事はなんでもできるんだなっ」
といつのまにか降りて来た田端が錆兎の肩に手を伸ばした。

一瞬さてどうするか…中断して対応するかな、と悩んだ錆兎だが、次の瞬間
「この子に触るなぁっ!!!」
と、いきなり激昂して叫んだ拓郎が田端を投げ飛ばした。
ずっと穏やかだった拓郎の豹変ぶりに思わず手を止める錆兎。

音がやんだ事でハッとしたらしい。

「いや…昨日揉めたと聞いてたから…ここで揉められたくなかったんで」
と、ボソボソっと言うと、
「食事…そろそろ運んで来よう」
と、拓郎はキッチンへ消えて行った。

「そろそろ皆降りてきそうだな。俺も手伝ってくる」
空気が微妙に変わった事で錆兎もピアノを閉じるとキッチンへ向かい、料理を運ぶのを手伝う。

しかし…いったいなんだったんだろう…。
不思議に思いつつも降りて来た面々と挨拶をかわす。



「あれ?剛は?」
みんな揃った所で一人来ない木村に気付いて真由が同室のはずの田端に目を向けた。
「なんだよ、お前と一緒じゃないのかよ?
目、覚めたらいなかったから二人で空き部屋ででもいちゃついてんのかと思ってたぜ」
「私は昨日、夕食が終わって分かれたきりだけど…」
といって真由はさらに柿本と湯沢に目を向けるが二人とも
「俺らの部屋にも来てないぜ?」
と首を横に振った。

「もうっ!勝手なんだからっ。
いいよ、来たらつまめるもん何か残しておいて食べちゃおっ」
由衣がぷ~っと頬を膨らませた。

「ま、それでいいんじゃね?もしかしたらまだ昨日の件ですねてんのかもしんねえしなっ」
仲が良かったはずの田端も前日もめたためか意外に冷たい。

「一応…そうしようか。いつ戻ってくるかもわからないしね」
最終的に拓郎が言って、全員が朝食にした。



そして食後。
後片付けが終わると跳ね橋がおろされた。

「昨日の…確認に行く?」
一応覚えていたらしい。由衣がアオイに声をかける。
「え~…でも…ちょっと怖いなぁ…」
躊躇するアオイに由衣が吹き出した。

「万が一ね、万が一アオイちゃんが考えてるようにお化けとかいて、そうだったとしたってね、今は朝よ?
怖い事なんて全然ないってっ!」
まあそれもそうだ。
その二人のやりとりに全員なになに?と寄ってくる。

「ほ~、そんなもんだったら俺らも行ってやるぜっ!」
昨日錆兎にのされて格好わるいところをみせてしまってここら辺で挽回したい空手部3人組はうでまくりをした。
「怪しい奴なんていたらのしてやるよっ!」
と、威勢のいい言葉を吐いている。

「じゃ、二手に分かれようぜ」
一応3人組が提案するが、
「じゃ、私鱗滝君と~♪」
「私も~」
「あ、ずる~い私も鱗滝君といきた~い♪」
と、女3人は錆兎にかけよってしがみつく。
結局怖いからと拓郎と宿に残ったアオイ以外の全員で宿の周りを一周することに。

それぞれ食後、自室に戻って支度をすると玄関に集合。そのまま跳ね橋を通って外に出る。
錆兎とユートとぴったりくっついて歩く女4人。
空手部3人はそれを面白くなさそうにたまにチラ見をしながらも、3人がかりでも勝てないのは昨日実証済みなので、しかたなしにちゃっちゃと歩を進める。


「ああ、そこが倉庫だな。ちょっと悪い」

海へと続く水路にかかる細い橋の手前にある、昨日拓郎が行っていた釣り具、浮き輪、その他がある倉庫をにかけよると、錆兎は内ポケットから薄いビニール製の手袋を取り出して付けた。

「おい…なんでそんなもん持ってるんだよ…」
あきれるユートに錆兎はきっぱり
「ここんとこロクな事なかったから、トラブル起こった時用に念のため持参した。これまでと違って元々トラブル起こる前提の旅行って感じの話だったしな」
と、もうありえないほどの心配性の彼らしい返答を返す。

錆兎はそのまま倉庫のドアを開け、中身を確認する。
浮き輪が3本、パラソルが1本、大量の釣り竿と…魚篭もある。
まあ昨日拓郎が言ってた通りな感じで特に怪しい物はない…いや、怪しくない物もない?

「朝倉さん、確認したいんだが…」
錆兎は後ろに立つ真由を振り返った。
「なに?」
真由は言って一歩前に出る。

「いや…対した事ないと言えばないんだが…昨日拓郎さんの話だとゴムボートもあるって言ってた記憶が…。今ここにないんだが、別の場所にうつしたとか?」
「え?そんなはずないんだけど…」
錆兎の言葉に真由も倉庫を覗き込んで
「あら、ない。あとで伯父さんに聞いておくね」
と、首を傾げた。

「他に…無くなってる物は?」
さらに聞く錆兎の言葉には
「ん~、ないと思うわ」
と真由は首を横に振った。


「今度は探偵ごっこかよっ、ちゃっちゃと行こうぜ!」
少し離れてそれを眺めていた空手部3人組は馬鹿にした様に鼻をならすと、先に歩き始める。
「なによ~。元々アオイちゃんが見た怪しい物探すって主旨なんだから色々調べるのは当たり前でしょ~!」
女性陣がそれに向かって舌を出して言うのに苦笑すると、
「悪い、行こう」
と、錆兎は倉庫を閉めて、みんなを先にうながした。

水路にかかっている橋を渡り、さらに宿の裏側を目指してすすむと、サラサラと雪の様に桜吹雪がふってくる。

「うあ~綺麗ね~。お昼はお弁当もって裏でお花見でもいいかも♪」
女子ははしゃぐ。

可愛いミニチュアの城に満開の花吹雪…。
ああ、ギユウも連れてきたかったな…とため息をつく錆兎。
というか…春休み後半でも二人で来てしまおうか…などと風に舞う桜吹雪を見上げた。

と、その瞬間。

「うあああ~~~!!!!」
先を行っていた空手部3名が慌てふためきながら逃げ惑っている。
その様子に女4人はお互い寄り添って不安げに抱き合った。

「どうした?!」
かけよる錆兎に男3人はブルブル震える手で一際大きな桜の木を指差す。
「桜の木が何か?…!!」

薄桃色の花びらが降り注ぐ中…魚と共に漁網に包まれ白目を剥いた男の遺体。木村剛だ。
錆兎は即脈を取るがすでに事切れている。

「おい、ユート、女性陣連れて宿に戻って拓郎さんに伝えろ!
木村剛が死んでる。警察に連絡!」

「剛っ?!!」
走りよりかける真由の腕をユートがあわててつかむと、他3人の女性陣も一斉に止める。
「放してぇ~!!!」
叫ぶ真由を4人はそのままひきずるように連れて行った。


「空手部3人…念のためそのあたり見回れ。変わったものあったら教えろ」
錆兎は遺体の側に膝をついて言うが、
「じょ、冗談じゃねぇ!!犯人いたらどうすんだよっ!!!」
と、3人とも固まって叫ぶ。

「…怪しい奴いたらのしてやるんじゃなかったのか?」
丁度手袋をしたままの手で遺体を少し調べながら言う錆兎に
「お前ぜってえおかしいぞ!この状況で平気でそれって!!
お前やったんじゃねえだろうなっ!!」
と、3人がさらに叫ぶが、錆兎はそれにも淡々と答えた。

「…跳ね橋上がるまでは確かにこいつも俺も室内にいて、跳ね橋がかけられてからお前らと一緒に出て来てんのに、どうやったらそんな時間あるんだ?
まあ平気じゃないんだがそれでも去年の夏に血のついたナイフ振りかざした殺人犯に遭遇してからは大抵の事には驚かなくなったな。
普通に考えたら俺達が本土からこの離島まで2時間かけてついたってことは警察がつくまでそのくらいかかるって事だろ。
それまでに何か起きないって保証はないわけだから…現状把握はするに限る。
お前達も男なら手伝え」

「は…犯人は島の外からやってきて木村殺したんすか?
まだこの辺に潜んでるとかなんすか?」
他から一歩離れて湯沢が錆兎に歩み寄る。

いきなり敬語…。
どうやらこの殺人が起こっている現状で安全な立場でいるには、この妙に冷静な武道の達人に守ってもらうのが一番と判断したらしい。

「今の時点ではわからん…状況的には内部の人間が跳ね橋が上がった状態で殺しに出るのは難しいが、動機的にはないだろ、外部の人間がいきなりって。
金もなさそうだし、要人でもないんだから」

一通り気になるあたりはチェックしたらしい。
錆兎は立ち上がってビニールの手袋を外すと、
「行くぞ」
と、男3名を宿の玄関の方へとうながした。


死体を発見後錆兎と空手部3人が戻ると
「鱗滝君…本当なのか?殺人て…」
と拓郎は玄関のところで出迎える。

「はい。丁度手袋持参してたので調べましたが…遺体の状況からおそらく死後10時間前後ってとこですね。
今が9時だから…犯行推定時刻は昨夜11時から今朝1時くらいですか」
当たり前に答える錆兎に拓郎を含む、アオイとユートをのぞいた全員が唖然とした。

「ちょ…ちょっと待ってくれ、鱗滝君。君は一体何者なんだ?!」
まあ…当然の疑問ではある。

「あ~…」
錆兎はその質問にちょっと困って、どうしよう?と問いかけるようにユートに視線を送った。
ユートがちょっと息をついて、
「とりあえず…話せば長くなるんで、中で落ち着いて話したいんですけど、」
と、驚く一同に言った後、一旦言葉を切って錆兎に
「その前に…何か至急しておかないとなことある?」
と逆に聞き返した。

その言葉に錆兎はちょっと空をみあげた。
「あ、そうだな。
雨振りそうだし現場保存したいんで大きなビニールシートかなにかあればありがたい。
あとそれが風で飛ばないような重石になるような物も」
「ということで…用意できる?真由。
こういう時は錆兎の言う事聞いておいた方がいいから」
と、ユートが言うと、
「ああ、大きなレジャーシートでいいかな?重石は大きめの缶詰で。とってこよう」
と、拓郎が奥へと駆け出して行った。
そしてすぐ青いビニールのレジャーシートと缶詰の入った箱を取ってもどってくる。

「じゃ、そういうことで空手部、手伝え」
という錆兎の言葉に大人しく従う男3人。
この状況だ。命は惜しいらしい。

こうしていったん遺体周りをビニールシートで保護して戻ってくる4人。
その4人が中に入ると不用心だから、と、拓郎は跳ね橋をまた上げた。

「で?警察はどのくらいでつきますか?」
戻るなりまず聞く錆兎に、拓郎は少し厳しい顔で言う。
「実は…沖の方が今濃霧らしくて…海もあれてるし、明日くらいになるらしい」
その言葉にざわめく一同。

そんな中で錆兎とユートだけが内心
(あ~、またこのパターンかっ)
などと思っている。

「ということで…君の身元というか…教えてもらえないかな?
普通の高校生にしてはあまりに…」
全員に温かい紅茶をくばりながら、拓郎がまた話題を最初に戻した。

「身元は…本当に普通に言った通りなんですが…」
なんと説明していいやらわからなくてそう口ごもる錆兎の代わりに、ユートが答えた。

「なんの因果かわからないんですけど、昨年夏の連続高校生殺人事件に始まって、同じく昨年の年末の箱根の山荘で起こった殺人事件…さらにもう一発正月の群馬の温泉宿で起こった殺人事件と3連続で俺ら殺人事件に巻き込まれてまして…」

ユートの言葉に女性陣からは
「うっそ~~!!」
と驚きの声があがる。

「それでですね、まあその3件の殺人事件のまっただ中で俺らをずっと守りきって事件の真相を暴いて犯人確保したのがこの男なんです、実は。
あ~、身元ばらしていい?でないとなんだか皆不安だし」

そこでユートは言葉を切って錆兎の許可を仰いだ。
なるべくなら…親は出したくないが、この場合は高校生だしパニック起こされても…だろう。

錆兎は
「…しかたないな。でもあんまり他で言いふらさない条件で。俺は俺、父親は父親だから」
と、それでも許可を出した。

「なになに?!そんなすごい秘密がっ?!!」
もうこの状態でも好奇心が先に立つらしい。由衣が目を輝かせる。

「えっと…まあここだけの話ってことで。こいつの親は実は警視総監。
本人も幼少時から警察関係者に囲まれて育ってて、犯罪の話やら危機管理の話やらを子守唄に日々武道と護身術を叩き込まれながら大きくなったという男なんで…まあ警察がくるまではこいつの言う事きいとくのが一番安全かなぁと…」

「カッコいい~~!!!」
と女性陣が叫ぶのはいつものことで…。
まあ錆兎がそれにちょっと困った顔をするのもいつものことだ。

「なんというか…他の子と随分違う子だなぁとは思ってたが…いやはや驚いたな…」
拓郎も目を丸くして口を開く。
「いえ、親は親ですし、俺は所詮少しだけ危機管理に詳しいだけのただの高校生ですから」
錆兎はそれにも心底困った様に苦笑した。

「ただ…警察に引き渡すまでの現場の管理と警察がくるまでの安全対策についてはある程度指示に従って頂けると助かります」
「ああ、もちろんだよ。女の子も多いしね。何かあったら大変だ。
むしろこちらからお願いするよ」
錆兎の言葉に拓郎は了承する。

「一応…殺人犯が中に入ってこれないように跳ね橋はあげておくが…
あとは何かする事はあるかい?なんでも言ってくれ」

「あ、俺も手伝いますっ!もう何でも言って下さいっ!」
湯沢もいきなり立候補する。
「湯沢~、てめっ何いきなり良い子ぶってんだよっ!」
それに田端が表情を険しくした。

「でもさ~湯沢が正しくね?相手殺人犯だし。
つかさ、お前やったんじゃねえの?木村と昨日もめてたしさ~」
田端の言葉に今度は柿本が言う。

「ざっけんなっ!てめっ!」
それに激昂して田端が立ち上がってその襟首を掴んだ。

「そもそもそこの名探偵様が言ってただろうがっ!
跳ね橋上げるまでは木村も生きてて俺も中いて、跳ね橋かかってからは俺はてめえらと一緒だっただろうがっ!いつ殺るんだよっ!!」

「でも…窓から抜け出せば…」
それまでしゃくりを上げていた真由が顔をあげて田端をにらみつけた。
「馬鹿かってめえはっ!男死んで頭おかしくなったのかよっ!
この宿周り水だぞっ?!泳いでわたんのかよっ!
よしんば泳いで渡ったとしてもそんなとこまで木村がおびき寄せられてくると思うのかよっ、ば~かっ!!」
田端の言葉にムッとする女性陣。

「…でも…ゴムボート…なくなってたよね」
そこで真由がさらに言うと、
「結構田端の部屋とかにかくしてあったりとかな~。
部屋で殺して遺体をゴムボートで運んだとか?」
と、柿本が口笛を吹いた。

「や、やめなよ~」
険悪な雰囲気に止めに入る真希だが
「うるせえっ!」
と、田端が怒鳴って
「そうまで言うなら見に来いよっ!そこの名探偵もなっ!」
と、先に立って階段に向かった。

「一応…変に疑心暗鬼になってもだし、行こうか」
錆兎の肩をポンと軽く叩いてうながす拓郎に続いて、錆兎も仕方なく階段を上る。


 
そして木村と田端の部屋。
田端は鍵を開けて入ると、
「どこでも探してみやがれ!」
と、少し体をずらして他をうながした。

「全員でぞろぞろもなんだから…鱗滝君、頼むよ」
言われて錆兎は小さく息をつくと、手袋をはめる。
そしてゴムボートレベルの物が入りそうな場所、ベッドの下を確認した後、次にクローゼットを開けた。

「これ…ですか?」
そこにはビニールに入った膨らますタイプのゴムボートが空気を抜いた状態でしまってある。
「あ~、それだよ、それ!君達がくるまでは確かに倉庫にあったんだが…」
と、驚いた声をあげる拓郎。
「え??しらね~ぞ!
ざけんなっ!俺らがくる前にここにいれといたんだろっ?!!」
焦る田端だが、
「鞄…入れた時に気付かないはずはないよな?」
と、同じくクローゼットの中にしまってあった鞄を見ていう錆兎の指摘に、言葉につまった。

「ま…まじ知らないんだっ!ホントだって!」
救いを求めるように錆兎にすがりつく田端だが、拓郎はほうきを手に
「鱗滝君っ!そいつから離れるんだ!」
と、叫んで田端を威嚇する。

錆兎は田端と拓郎を交互に見比べて、
「まあ…とりあえず俺は平気なんで。こいつは一応二人以上で見張りましょうか」
というが、拓郎は
「そんな必要はないっ!
他の子に危害を加えられたら危険だし、とりあえずワイン蔵に放り込もう!
あそこなら外から鍵かけられるからっ!」
と呆然とする田端を引きずって行こうとする。

「ちょ…待って下さい」
止めようとする錆兎の腕を、今度は真由がつかんだ。

「友達…巻き込んじゃったの私だから。
剛だけじゃなくて、これ以上誰か死んじゃったりしたら申し分けなさすぎて生きていけない!」
と、また号泣する真由に困る錆兎。

チラリと救いを求めるようにユートに視線を送ると、ユートはやっぱり困った様に由衣にアイコンタクトを送る。

それに気付いて由衣が
「大丈夫、真由のせいじゃないよ」
と真由の肩を抱いて利香や真希と共に下へと降りて行った。


確かに…鍵のかかった部屋にゴムボートを運び込めるのは部屋の主で鍵を持っている田端かマスターキーを持っている拓郎。
しかしもし木村の遺体をゴムボートで運んだとすればボートを使用したのは木村の死後になるから早くても11時すぎ。その時刻から朝食までは田端が部屋にいた。
その後から今までは拓郎は2Fに上がっていない。
では姪の真由が朝にといっても真由は真由でずっと利香達と一緒だったためそんな事をできる時間はなかった。
状況的には確かにボートをクローゼットに隠せたのは田端だけという事になる…。

ということは…遺体を運べたのも田端だけなわけで…。


錆兎はため息をついた。

正直…田端は犯人ではないんだろうと思う。
犯人ならあんなに堂々と犯罪に使ったであろう道具の隠し場所を見せないだろうし…。

柿本や湯沢はそこまでの犯罪を犯す理由も頭脳も度胸もない気がする。
とすると必然的に残るは…真由を心配するその他の面々なわけで…
もしくは真由自身か…。

謎を解くべきなんだろうか…解いてしまえばそれを黙認する事は当然できなくなる。
犯罪と確定したものを見逃す事はできない。
やめるならいまだ。

錆兎が下に降りて行くと全員が不安げな顔で田端が閉じ込められているワイン蔵があるキッチンの方へと視線を向けている。

「錆兎…どうした?」
なんだか様子がおかしい気がする錆兎をユートが見上げて聞いた。

もし…犯人が田端を含む空手部3人組じゃないと言ったら、ユートはどうするだろうか…
自分に取ってはほぼ初対面でもユートにとってはずっと親しくしてきた友人とその伯父だ。
既存の、ユートにとって大切にしてきた友人関係を不必要に自分が壊したとしても、この気の良い親友は自分を親友と呼んでくれるだろうか…。

「自分でも…わからん。
ただ言えるのは…真実が正義じゃない場合もあるのかもって事だな…」
ため息をついて口にする錆兎の言葉に、ユートは首をかしげた。

(…ぎゆうに…会いたいな…)
たぶんどんな事があっても自分を受け入れてくれるであろう最愛の彼女の可愛らしい顔が脳裏を横切る。
彼女がこの場にいてくれたら…自分は躊躇う事なく動けるだろうに…。

「鱗滝君…ため息ついてどうしたの?」
降りてくるなり沈み込む錆兎に由衣も声をかけてきた。

誰が犯人かわからない…本当の事は言えない。

でも嘘が巧くないと自覚のある錆兎は、
「いや…彼女に会いたいなと…」
と、一部本当の事を言う。

「あ~今日も帰れないもんね。電話かけたら?」
アオイが言うのに、ああ、電話があったか…声だけでも、と思い立った。
「だな。今日戻るって言ってあるから訂正しておかないと…」
と、錆兎は携帯をかけた。

『もしもし?さびとっ、ファイトっ』
つながるなりいきなりの言葉。
「ぎゆう…ずいぶん唐突だな…」
驚いて言う錆兎に電話の向こうでギユウがフフっと笑う。

『なんとなく?。また暗~く悩んでる気がして、さびと』
相変わらずのギユウの勘の良さに舌を巻く錆兎。
「あ~、お見通しか。うん、悩んでるな。ぎゆう、一つだけ教えてくれ」
『うん、なに?』
「真実は…正義か?」
まあ…普通はそんな事を言われても戸惑うだけだろうが、ギユウは悩む事もなくきっぱりと言い切った。
『難しい事はわからないけど…さびとが信念を持ってやるべきだと思う事を成し遂げようとするなら私は全力で応援するし、そんなさびとの事が私は世界で一番大好きだよっ…ってことじゃダメ?』
全く迷いもなく前向きなギユウらしい言い方だ。

「いや…最高の答えだな…。
ぎゆう…結構辛い作業になりそうなんだけど頑張ってくるから…例の頼む…」

ふっきれた気がする。
錆兎は決意をあらたに、さらにふっきるためにギユウに言った。

『うん♪信念に基づき問題を解決してね。でないと…』
そしていつものギユウの台詞…
『針千本の~ます♪』

「さんきゅ…頑張ってくる」
電話を切る錆兎にみんなが注目。

「ね、今ので明日戻るって伝わるの?」
ギユウの返答は聞こえないものの、錆兎の台詞にそぼ~くな疑問を述べる由衣。
「ん~~伝わってるかも、ギユウちゃんだし」
と、それに対して微妙な答えを返すアオイ。

「もしかして…すっごい以心伝心?」
「うんっ。すごい勘がいいんだよ、彼女は」
「すごいねっ、さすが鱗滝君の彼女だねっ」
と、変な所で盛り上がりを見せる二人をよそに、錆兎は一同をグルリと見回して考え込んだ。

そして言う。
「湯沢…手伝ってもらえるか?」
指名されて微妙に嬉しそうに立ち上がる湯沢。
「はいっ!なんでもやるっす!」
そんな錆兎の態度にユートは複雑な表情をうかべた。

「なにやるん?俺じゃダメなの?」
「ん~、とりあえず警察に引き渡すのになるべくいい状態でっていうのもあるし、ある程度現状で残すものと残さないでいいものの取捨もしないと今日寝食に困るだろ?
で、ちょっとみまわってきたいんだが…念のためな、護衛も残したいから。
田端が絶対に犯人か、犯人だったら本当に単独犯なのかも断定できんだろ。
女性陣に絶対的に危害加えないだろうあたりでは拓郎さんがいるけど、有事の連絡係も必要だから」

ユートに初めて嘘をついた…。
見抜かれないかとドキドキしたが、
「あ~そうだな。確かに」
とあっさり信じてくれて、ホッとするとともに心がひどく痛んだ。

それでもやると決めたのだ。
ギユウに後押ししてもらったのだ、できるはず。
錆兎は無理矢理そう自分を奮い立たせると、拓郎に目をむけた。

「ということなので申し分けないです。
女性陣の安全のためにも確認が終わって戻るまで絶対にここで待っていて下さい。
ユートは護身術とかやってるわけではないので…何かあった場合は拓郎さんはここを動かず女性陣の護衛でユートの方を俺の方へ走らせるという形でお願いします」
「ああ、わかったよ。気をつけて」
笑顔でうなづく拓郎。

とりあえず犯人の最有力候補の田端は拘束済みで、外からは玄関からすぐのこのリビングを通り抜けないと奥へ行けないという事もあって、とりあえず跳ね橋はおろしてもらう。

「では行ってきます。」
錆兎は湯沢を連れて外に出た。





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