リトルキャッスル殺人事件クロスオーバー_03

ユートが少し動揺していると、不意に内線がなって由衣が出る。

そして内線を切ると
「ね、そう言えば部屋にもお風呂はあるけど、大浴場あるから入ってって真由が言うから入らない?」
と提案した。

「そうだね~せっかくだしっ。アオイちゃんも行こう!」
と、利香もそれに同意する。

「あ、ユート、一応男連中がのぞいたりとか乱入したりとか変な真似しないように浴室の前で見張っててね♪」
と、真希は当たり前にユートに声をかけた。

そうやって事態が動いて行くのにちょっとホッとしながらも、ユートは
「はいはい、俺は”男”に入ってないわけね」
と、ことさら呆れた風を装って了承する。


こうしてそれぞれ着替えを持って大浴場に消える女性陣。
ユートと錆兎は念のためにと大浴場の暖簾の前で座り込む。
そこでユートは錆兎に謝罪しつつも、自分が動揺しているであろう理由を話した。

「確かに…俺が今好きなのはアオイなんだけど、なんで気になるんだろうなぁ…」
ため息をついて天井を見上げるユートに、錆兎は静かに微笑んだ。

「俺と…アオイみたいなもんじゃないか?
友達って言うには近くにいすぎて関わりすぎてて…でも女としてみれない。
じゃ、同性と同じ感覚かというとそういうわけでもなくて、そういう面では男として放っておけなくて、沈んでたらなんとかしてやりたいし、泣かす奴いたら殴りたくなるし、困っていたら助けてやりたい。
俺は一人っ子だからホントのところはわからないが…妹とかいたらそんな感じなのかと思う。
普通女だと意識したら他の男といられるのってあまり面白くないと思うんだが、良い男と幸せになってくれと思うし、そういう時点で恋愛感情じゃない気がするぞ」

「あ~なるほど。そうかもな~」
ユートはその言葉に納得した。

確かに…惜しいなとか自分がフリーだったらとかそういう考えは少なくとも今の事としては思い浮かばなかった。

「意外にさ…最近錆兎って他人の気持ちとか読むようになってきた?」
今回は錆兎は本当に妙に鋭い気がする。
ユートが思わず聞くと、錆兎は小さく首を横に振って笑った。

「いや。俺ができるのは自己分析だけ。他人の気持ちはさっぱりわからん。
今日も来る道々それでアオイに笑われたしな。
まあ…アオイに関しては性別とか環境とか別にして思考性が結構似てて…なんとなく想像はつく気がしてきた。
あいつも俺も基本的になかなか他人に馴染みにくい性格だから…知らない人間の中に放り込まれて放置されるときつい。
特に今回はみんな学校でのユート知ってるわけだからな。
自分に自信がないところに他の異性が自分の恋人と楽しげに話してたら滅入るだろう、普通に」

あ~そうだよなぁ…とユートも俯いて反省する。

自分の中では真由とかはとにかくとして由衣は完全に異性としての対象外だったから、全く意識してなかった。
気をつけてあげないと、と、ユートはあらためてそう思った。


待ってる間案の定男4人も通りがかるが、暖簾の前に座り込んで話してるユートと錆兎を見て舌打ち。
「少しくらい腕っぷしに自信があるからっていい気になるなよっ!」
と忌々しげに言って、4人はそのまま通り過ぎて行った。

「腕っぷしって…勉強でかなわなくて力で勝てなくて、あと何があるのかねぇ」
と苦笑するユートに錆兎は
「まああんまり刺激するな。学校同じだし後々お前が困るぞ」
と苦言を呈す。


そんな事を話しているうちに女性陣が風呂から上がって来た。
それとほぼ同じくして真由が女性陣を呼びにくる。

「みんな、伯父さんこれから見回り行くからご飯の支度手伝ってくれる?」
その言葉に女4人が顔を見回した。

「えっと…お皿運びくらいならっ。でも家庭科の授業以来料理した事ないんだけど、私」
という由衣をかわきりに、私も私もと手をあげる女性陣。
その友人達に、真由は深く深くため息をついた。

「とりあえず…家庭科でやったわけだから全くできないわけじゃないよね?
着替え置いたら来て」
と言いおいて、またクルリとキッチンへと消えて行く。

「どうしよう…私家庭科は味見係だったんだけど…」
と言いつつ2階へと向かう由衣。
「私も同じ様なもんよ」
と利香もいう。

真希とアオイは
「皮むきくらいなら…ね」
とそれよりはちょっとはマシらしいが…。
「怖いな…一応手伝うか…」
と、錆兎とユートはキッチンへと向かった。

まあどちらにしてもユートに対しては
「ユートも手伝いなさいよっ!」
と、着替えをおいて戻ってくるなり命令口調の由衣。
「皮むきくらいならできるけど…」
とユートもその言葉にエプロンをつける。


「これ千切りお願い」
と差し出されたキャベツをぶつ切りにする利香。
由衣はジャガイモの皮というよりジャガイモを向いている。

「伯父さんが獲って来たんだけど…魚おろせないよね?」
もう否定形で聞く真由に、もちろんうなづく真希。

「手伝って…いいか?すごく心臓に悪い。頼むから包丁はまかせてくれ…」

手伝っていいやらいけないやらわからず少し離れてそのすさまじい情景を見ていた錆兎が、自分もエプロンをつけて真由をのぞく今にも手を切りそうな女性陣全員から包丁を取り上げた。

そして…本当に千に刻まれて行くキャベツ。
クルクルとあっという間に皮が向けていくジャガイモ。
そして…綺麗な薄造りにされる魚。

「おお~~!!!」
と歓声をあげる女性陣。

「すっごいね~。鱗滝君料理もできるんだ?」
という声に
「一人暮らし長いから…」
と淡々と食材を切り刻んで行く錆兎。

「普段やらんからここまで見事だとは思わんかった」
と、ユートも言うが、
「知ってるだろ。冨岡家のキッチンは男子禁制の聖域だから。
包丁なら3歳くらいから握ってるぞ」
と、錆兎はこれも淡々と答えた。

「魚は竿で?」
と、手を動かしながら隣でやはりせっせと調理をしている真由に錆兎が聞くと、真由はちょっと微笑んで首を振る。
「ううん、網で。今朝獲ってきたとれたて」
「どうりで…。新鮮だと思った」

「何…してんの?サビト…」
そんな二人を所在なげに見ている一同から一歩踏み出して、ユートが呆れた声を出した。

「何って…飾り付け」
造りにした魚でバラの花のような形を作りながら言う錆兎。

「料理は目と舌で味わうものらしいぞ、冨岡家の女性陣に言わせると…」
元々は飾りなどに興味がなさげな錆兎がいきなりそんな事を始めた理由を聞いて、ユートは納得した。

「鱗滝君…ホント見事だね。
伯父もこの仕事長いからかなり料理やるんだけど、それに勝るとも劣らない包丁さばきだと思う。勉強もできて武道もできて料理もって…ホントすごいね」
真由が鍋をかき回しながら目を丸くする。

それに対しても錆兎は
「どれもひとより早くから長い時間やってるだけだから」
と、また淡々と答えた。


結局真由と錆兎二人だけでてきぱきと作業を終え、それを指示通りにテーブルに運ぶ一同。
「なんかちょっとした旅館の食事みたいよね♪」
とウキウキという女性陣。
料理を運び終わったタイミングでいきなり玄関の方でギギ~っという大きな音がなった。

「な、何?!」
思わずユートに抱きつくアオイ。

「あ~、あれね、跳ね橋が上がる音」
アオイの慌てぶりがおかしかったのか、真由がクスクス笑いをもらした。

「うあ…すごい音するんだな」
ユートも感心したように玄関の方向をみやる。

「うんっ。まあだからあんまり遅い時間だとなんだし、伯父さん毎日夕方6時から1時間外見回って夜の7時に跳ね橋あげて、朝の9時に下げるの」
まだお腹を抱えて笑い転げながら、真由は笑いすぎて出た涙を拭いた。


「ただいま~」
と玄関の方から拓郎の声がする。

真由はそこで
「アオイちゃん、可愛いね、ユート」
と少しまた笑みを浮かべると、
「おかえり~ご飯できてるよ~」
とパタパタと拓郎の出迎えに走って行った。

そして食事。
また絡んでくるかと思いきや、今度は木村と田端が何故か険悪状態らしい。
お互い顔を合わせようともせず、柿本と湯沢が顔を見合わせている。

「いったい何があったん?」
ユートがコソコソっと真由に聞くと、真由はちょっと悲しげにうつむいた。

「えと…ね、ちょっと色々誤解があって…剛、私が田端と浮気したんじゃないかって…」
「あちゃ~」
ユートは由衣と顔を見合わせる。

「まあ…男二人で揉めてる分には良いけど、真由に矛先向くようなら俺らんとこ逃げて来いよ?
錆兎いればどうとでもかくまってもらえるから」
少し心配そうに言うユートに、真由は微笑んだ。

「うん、大丈夫だよ。でもありがと、ユート」
「ホント…遠慮すんなよ?」
「うん」

ああ、ほんとだ、とユートは思った。
これを機会に他の奴に向かわないかなとは思うものの、自分がフリーだったらとかそういう気持ちは起こらない。
迷走している妹を守ってやりたいと思っている、そんな気分だった。

「アオイ、あっちの男連中多分気がたってるから、ホント一人にならないでね」
それと同時にユートは隣のアオイにも声をかける。
「当事者じゃないっていっても、このえげつない小姑の中で唯一の可愛い子羊ちゃんだからさ。奴らに変な気起こされても困るし」
ユートの言葉に由衣がグイ~っとユートの頬をひっぱった。
「だ~れ~が~えげつない小姑だって?」
「ほまへ~~」
ユートはひっぱられながらも由衣を指差す。
「ほ~良い度胸じゃないっ」

そんな二人のやりとりに
「またやってるしっ」
と、真由に利香に真希が笑い、アオイと錆兎も苦笑する。

「でもまあ…本当にアオイだけじゃなくて皆危ないから。危険を感じたらドア叩いてくれたらいつでも起きるから。遠慮しないで起こしてくれ」
と、錆兎はチラリと殺気立つ男性陣に目を向けて女性陣全員の顔を見回した。

「ありがと~♪鱗滝君やさし~♪ユートとは大違いだねっ♪」
由衣が言って胸の前で手をあわせ、
「鱗滝君いれば何にも怖い事ないよね~♪すっごぃ強いし♪」
と、利香と真希がにっこりと顔を見合わせて微笑む。

食後…当たり前に食べっぱなしで各部屋に戻る男4人を完全に放置で、今度はさすがに錆兎と真由以外の女3人組、アオイ、ユートで皿洗いを引き受ける。
錆兎はそのまま食堂で電話。
真由はずっと下で色々働いてたためできなかった自分の荷解きをしに先に部屋へと帰っていった。

「もしもし、ぎゆう。家庭教師どうだった?大丈夫か?」
もちろん錆兎の電話相手は最愛の彼女。
『大丈夫って何が?』
きょとんとするギユウに錆兎はため息。
「いや…自殺あった塾の講師って…」
『えっと…別に先生が殺したわけじゃないからね?』
「でも受験ノイローゼとかなんだろ?教え方とかきつかったりしないか?」
錆兎の言葉にギユウは
『相変わらず心配性だね』
と、電話の向こうでクスクス笑う。。

『でも…そういうのと違うみたい。塾のクラスでいじめだって』
錆兎自身は全て参考書で自己学習なので塾には縁がないが、昨今の塾は学校並みなんだなとだけ思う。
『若い女の先生だし、高校2年の男子とかだともう体格的に大人と変わらない?
担当してたクラスで二人の男子が同じクラスの男子に嫌がらせしてたのは気付いてたけど怖くて注意できないうちに自殺しちゃったらしいの、その嫌がらせ受けてた子が。
で、怖かったのもあるし責任も感じてしまって郷里では小学生相手の塾に務めるんだって』

「塾の講師も大変なんだな…まあ…その講師自体に何か問題があるんじゃなければいい。
ていうか…間違っても姫は塾なんか通わせられないな。どうしてもなら俺も行くしか…」
その言葉に電話の向こうでギユウはやっぱり笑い転げる。
『それも楽しそうだけど、学力違うし同じクラスになんかなれないでしょ』
「俺の方が合わせればいいだろ」
『それじゃさびとが塾行く意味ぜんぜんないじゃない』
「お前が嫌がらせされてるかもって思ったら勉強なんて手につかん」

『ん~その話は高校2のクラスの7月くらいの話らしいからね。
3年生になったらみんなもう受験勉強に必死でイジメどころじゃないんじゃない?
それに…私はさびとに勉強教わってるから塾行く必要ないし』

そう…錆兎は自己学習なのだが、自宅学習ではない。
学校が終わるとギユウの家、冨岡家に直行。そこで彼女に勉強を教えながら自分の勉強をし、冨岡家で食事、夜中の終電ぎりぎりに自宅に帰る日々だったりするのだ。

親公認…というよりむしろ彼女の親にはほとんど婿扱いをされていて、父親が仕事で帰宅出来ない日は母娘だけでは不用心だからと、父親自らに留守番を頼まれて泊まったりもする。

錆兎自身は母は生まれてすぐなくなり、父は仕事が忙しくて帰宅しない家なので、今では彼女の家が自分の実家みたいなものだ。

「貴仁さん帰るまではホント気をつけろよ。戸締まりしっかりな」
父親の貴仁以外の冨岡家の住人、娘のギユウと母優香はありえない感覚の持ち主で…しばしば危機管理そっちのけで自分の趣味を貫く人種なので、真剣に怖い。
錆兎が言うと、電話の向こうでは可愛らしい笑い声。
『ほんっとに心配しすぎ、さびと。大丈夫、今日はパパ早いから、もうそろそろ戻ってくるよ』

その言葉にホッとする錆兎。
「ならいいけど…明日には帰るから蔦子さんにもよろしくな」
と言って電話を切ると、ため息をつく。


「なんか…出張中の旦那みたいだよなっ、今の電話っ」
いつのまにか皿洗いを終えていたらしい。ユートが言っておかしそうに笑った。
まあ…仕事じゃないだけで似た様なものかも知れない。
「皿洗い終わったなら部屋に戻るか」
と、錆兎はそれをスルーして上を指差した。

 
「ふ~、皿洗いなんて久々にしたよ~」
同じく皿洗いを終えて部屋に戻った由衣とアオイ。
しばらく小学校時代のユートの話など聞いていたが、ふいにアオイはハっとして
「あ…」
と、声をあげた。

「どした?アオイちゃん」
その声に身を起こす由衣。

「お風呂場にペンダント忘れて来ちゃった。4人でお揃いの。取ってくるね」
アオイがベッドから飛び降りると、由衣がその腕を掴んで言う。
「危ないから鱗滝君についていってもらお?木村達うろついてるかもだし」

そして返事をする間もなく由衣はユート達の部屋にアオイを引っ張って行った。
「ペンダントってこれか?」
事情をきいて自分のロケットをチラリと見せる錆兎にアオイはコクコクうなづく。

「…しかたないな。気をつけろよ。じゃ、ちょっと行ってくるな、ユート」
錆兎は言って部屋から出る。

「4人お揃いって…アオイちゃんとユートと鱗滝君と彼女さん?」
道々聞く由衣に錆兎とアオイがうなづいた。
「錆兎の彼女のギユウちゃんがね、四葉のクローバーみたいに4人一緒にいる事で幸せが訪れます様にって、すごい長い期間かけて4人分探してくれた四葉のクローバーの押し花入りのロケットなの」
アオイが説明すると、由衣は目を丸くする。
「すごい発想だね。つかめちゃ時間かかりそう」
「ん~やんごとない子だから、彼女は」
アオイは言って暖簾のところに錆兎と由衣を残し、大浴場の脱衣室に入って行く。

浴室の洗い場の洗面器の中に置き忘れたロケットはすぐみつかった。
ホッとしていったんそれを握りしめると、アオイはそれを首からかける。
それから浴室からでようとしてふと外に目をやった途端…ぼんやりと白っぽい大きな塊が何もないはずの中空を漂って行った。

一瞬硬直したするアオイ。

「きゃああああっっ!!!!!」

次の瞬間耳を塞いで叫ぶとその場にへたり込む。

「どうしたっ?!!!」
青くなって即飛び込んでくる錆兎。
ガタガタ震えてしゃがみ込んでいるアオイを助け起こした。

「大丈夫かっ?!怪我はっ?!!」
と顔を覗き込もうとする錆兎にしがみついて、アオイは号泣。
「何があったんだ?!」
という錆兎にしばらくは首を横に振って泣いていたが、やがて言葉なく外を指差す。

「外?」
錆兎は目を外に向けるが、見えるのは外から見えないようにするついたてと、綺麗な星空。
由衣は恐る恐る浴室のガラス戸を開けて同じく外を見るが、見えるのはやはりついたてと星空、それからこのペンションの壁くらいだ。

「外に…何があったの?」
戻って来てアオイの肩を抱く様に聞く由衣にアオイはしゃくりをあげながら
「…白い…なんか…おばけ…おばけが浮いてた…」
と言う。
「お化けって…」
ため息をつく由衣。

由衣にしてみたらまあ普通に信じられないわけだが…錆兎はアオイの背中をポンポンとなだめるように叩くと、
「どのくらいの大きさだ?浮いてたってどんな風に?」
と聞く。

ああ、ホントに兄妹なんだな…と、その、まるで怖い夢を見た小さな子をなだめるような錆兎の態度に由衣は思った。

「あのねっ…このくらいのね、…おっきさ」
と、アオイは両腕を広げた。
「ふむ…シーツか何かが落ちたみたいな感じか?」
だいぶ落ち着いて来たらしいアオイの頭を軽くなでつけて錆兎はさらに聞く。
「…ううん…。なんかス~っと横に移動してた…」
と、アオイは向こうの方を指差した。

そこで錆兎はチラリと腕時間を確かめる。11時48分…。

「何かの見間違いじゃない?」
中空をそんな大きな物体が浮いてるなんてありえない。
由衣は言うが、錆兎は二人を浴室の外にうながしながら、
「確かめて来よう」
と、言う。

大浴場を出てそのまま玄関に行きかけて気付く。
「あ、跳ね橋あがってたな。」
と、そのまま1Fで拓郎を探すがいない。

「しかたないな、いったん上に戻るか」
錆兎が言って二人を連れて階段に向かうと、丁度拓郎が上から降りて来た。

「あ、上にいらしたんですか」
錆兎がいうと、拓郎は
「ああ、今のうちにちょっと上の空き部屋の掃除にね。
オフシーズンでもある程度やっておかないと部屋が傷むしね」
と、笑顔を見せる。

それに錆兎も少し笑みをこぼして
「こんな時間まで大変ですね。蜘蛛の巣ついてます」
とハンカチで軽く拓郎の肩先をぬぐう。

「ああ、すまないね」
とさらに微笑む拓郎に錆兎はアオイが見た物の話をした。

「あ~…大量に飛んだ桜の花吹雪とかじゃなくて?
このペンションの裏に大きな桜の木があるから。今日は風も強いしね。
それとも…幽霊かな?桜は血を吸って花を咲かせるってよく言うしね」
いたずらっぽく笑う拓郎にすくみあがるアオイ。

「ああ、ごめんごめん、冗談だよ。
とりあえずこの時間から跳ね橋あげるとあの音で他に迷惑になるからね。
明日調べてみようか。
まあ…こんな小さな島で大きな動物も鳥もいないから、何かの見間違いだとは思うけどね」
と、言われるとそれ以上は強くは言えない。

「はい、お願いします。」
と、錆兎はお辞儀をして、拓郎と分かれると二人を上に促した。

「おかえり。あった?」
アオイ達と分かれて錆兎が部屋に戻ると、ベッドの上で寝転がってDSをやっていたユートが起き上がって聞く。

「ああ。あったにはあったが…」
「なに?なんかあった?」
「ああ…実は…」
錆兎は浴室でのアオイの話をした。
聞き終わるとユートはきょとんと首をかしげる。

「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「なんか…見間違えたんじゃね?」
「そう…か?」

動物でも鳥でもない。
桜吹雪なら…飛ぶ方向が逆だ。
錆兎は考え込む。

「なんだか…胸騒ぎがするな…」
錆兎の言葉にユートは苦笑。
「去年から色々ありすぎたから…考え過ぎだよ、錆兎」
まあ錆兎が心配性なのはいつものこと、と、軽く流すユートだが、錆兎の不安は消えない。
”あのアオイが”見たのだ。
大抵事件はアオイが変な物を見て始まっている。

「もう寝ちゃえっ。考えてどうなるもんじゃないっしょ」
まだ考え込んでる錆兎にユートがそうすすめる。
「そうだな…ま、着替えるか」
錆兎はバッグの中からパジャマを出すと、上着を脱いだ。

そこでふと気付いて上着から汚れたハンカチを取り出し、洗濯物用の袋に入れようとして、考え込む。

「今度はなに?」
今度はハンカチを手に固まる錆兎に、ユートが呆れた声できくと、錆兎はふと我に返って苦笑した。

「いや…考え過ぎだ。寝る」
と、ハンカチを袋に放り込んでパジャマに着替えて、ベッドにもぐりこむ。
寝ておかないと今回はいつ起こされるかわからない。
錆兎は布団を頭からかぶると無理矢理眠りにつこうと目を閉じた。





0 件のコメント :

コメントを投稿