リトルキャッスル殺人事件クロスオーバー_02

「さあ着いたよ」
雑談をしつつ陸地を離れて2時間。やがてクルーザーが船着き場に止まる。

そこは半径2kmくらいの小さな島で、船着き場から少し奥まった所に直系100mくらいの湖。
その中央にそれはそれは可愛らしいミニチュアの城のような建物がある。
各部屋のバルコニーも可愛ければ、上には見晴し台のような塔に鐘までついていて、本当におとぎ話のようなシチュエーションだ。


「うっわ~、可愛い♪」
思わず歓声をあげる女性陣。
城と岸は跳ね橋でつながっていて、岸の方には可愛らしい呼び鈴のついたポールが立っている。

「今…姫連れてくれば良かったとか思ってるっしょ?」
ファンタジーに生きるギユウが好きそうなそのシチュエーションに、ユートはクスクス笑って錆兎にささやく。
「もう…それはそれは思ってるんだが…」
と、ため息をつく錆兎。
その脳裏にはあのお姫様然とした花のような笑顔がクルクルと浮かんでは消えしている事は言うまでもない。

「一応…防犯の関係上私が18:00にあたりを警備に見回ってその後19:00にはこの跳ね橋はあげてしまうからね。で、翌朝8:00にまた降ろすよ。
夏は海水浴とかもできるから外の倉庫には浮き輪とかゴムボートとか釣り道具とか諸々入ってるけど、今使えそうなのは釣り道具くらいかな。釣りは外に行かなくても部屋から釣り糸垂らせるしね。
言ってくれれば餌も提供するよ」
拓郎は一同を中にうながしながら、説明をする。


「ということで部屋割りは女子は由衣と葵ちゃんが同室、あとは私達3人同室ね。
で、男子はユートと鱗滝君、剛と田端、柿本と湯沢の組み合わせで。
客室は全部が海の見える方向に面してるから眺めはいいよ♪
鍵はマスター別にしたら各部屋一つだからどちらが持つかは各部屋ごとに決めて。
ドアはオートロックだから鍵を部屋に置いたまま出ちゃわない様に気をつけてね」
さらに付け加える真由の言葉に、え?っと思わず由衣を振り返るユート。

視線に気付くと由衣は
「あたりまえっしょ。カップルだけじゃないんだからっ」
とシレっと言い切った。

やられた…と思うものの後の祭りだ。
まあでも今回の事情を考えれば仕方ないかとも思う。



「おい、ガリ勉、さっきの続き…」
広いリビングにとりあえず腰を落ち着けて拓郎が食材の確認へ奥へ消えると、田端がにやりと錆兎の前に歩を進めた。
それを合図に他の3人も左右と後ろをかこむ。

「ちょっと、やめなさいよっ!」
由衣が言うが
「怪我したくなかったらひっこんでろっ!」
と怒鳴りつけられて身をすくめた。

「私、伯父さん呼んでくるっ!」
と、真由も青くなって走りかけるが、木村に腕を取られ
「お前誰の女なんだよっ」
とすごまれると、同じ様に身をすくめる。

「で?近藤は?お友達に加勢するならしてもいいぜ?」
真由の腕を乱暴に放すと、木村はにやりと今度はユートに目を向けた。

ユートはそれに対して即
「いや、俺頭脳労働者だしっ」
と言ってアオイを少しその集団から遠ざける。

「さすが近藤、ヘタレだなっ」
そのユートの態度に男4人があざけるように笑い、由衣が
「ユート最低っ!!」
と非難の目でユートをにらみつけた。
他の3名の女子も同じくだ。

「ということらしいぞ?ガリ勉君。お友達は呼んでおいて自分は逃げるらしい」
クスクスと笑う田端に、錆兎は
「お前…馬鹿だな」
と肩をすくめた。

「なんだとっ!」
といきりたつ田端に錆兎はやっぱり淡々と
「ユートは逃げてるんじゃなくて…他に被害がいかないように備えてるだけだ。
まあ…俺も暴力好きじゃないんだけどな。
とりあえず自分以外に向くよりはマシだと思ってるし、ユートはそれ理解して行動してる」
と言い放つ。

「ほ~、ご立派だな、秀才君は。んじゃ、ちょっとばかり運動につきあってもらうかなっ」
言いつつ距離を詰める田端。
しかし繰り出された拳は軽く避けられ、逆に錆兎に投げ飛ばされる。

転がってうめく田端を見下ろして
「武道やってるのに受け身もとれないのか…」
と、心底不思議そうな目を向ける錆兎。
「この野郎っ!」
それに逆上してかけよる3人が田端同様錆兎に床に転がされるのはあっという間だった。


ポカ~ンとする一同。
「ちょっ何これっ?!」
シン…と静まり返った沈黙を破ったのは由衣の声だった。
それにユートはクスクス笑う。
「えっとね、俺が入るとかえって足手まといになるからさ。
ま、誰かまかり間違って止めに入ったりしない様に備えてたわけで…」

「鱗滝君、何者?!」
ユートを見上げて詰め寄る由衣に、ユートはニッコリ
「えとね…去年の高校生連続殺人事件の凶器持った犯人を素手で取り押さえた武道の達人。
ちなみに…剣道柔道空手の有段者よ?」

「うっそ~~!!!」
女性陣は大騒ぎ。
のされた男4人は呆然だ。

「ユート、そんなすごい人と友達ならどうして言ってくれないのよっ!!」
「え~?言ったら君らくだらない事で呼び出させそうだからっ」
詰め寄る女性陣に笑いながら言うユート。

「もうっ、ユートありえないよぉ~!」
ポカポカとユートの胸ぐらを殴ったりじゃれついてる女性3名にチラリと目を向けると、錆兎はユートに耳打ちした。

「アオイ見てるぞ…」
「あ…」
その言葉にハッとして由衣達を振り払ってアオイにかけよるユート。

「まあ…またやるなら一人ずつならなるべく投げない様に気をつけてやるから、単体でこい。
受け身取れない相手を投げて怪我されるの怖いからな」
錆兎はそんなユートを確認して、まだ呆然と床に転がっている男4人にやっぱり淡々とした口調でそう声をかけた。


そしてそのまま
「先に部屋行くぞ」
とユートに声をかけると、ユートの荷物も持って階段を上がって行く。
それをダダ~っと利香、由衣、真希が追って行った。

真由は木村にかけよるが、手を振り払われて怒鳴りつけられている。
それを複雑な気分で見るユート。
自分が口を出す事じゃないが…真由がなんで木村みたいな奴とつき合う事にしたのかがよくわからない。

「…ユート?」
怖い目でそちらを見ているユートをアオイが不安げに見上げて声をかける。
真由の事が気にならないといったら嘘になるが、そこでアオイを不安にさせるわけにもいかない。

「あ、ああ、ごめん。俺らも行こう」
ユートはそこでアオイに微笑みかけて客室のある二階へとうながした。



ユートと分かれてアオイが客室に入ると、もうそこには由衣が先に来ていた。

「あ、どうも…」
なんと言っていいかわからず曖昧な笑みを浮かべてアオイは部屋に入ると、ドアを閉める。

「あ~、アオイちゃんっ。ベッドどっち使う?」
由衣が聞いて来るのに、
「あ、どちらでも…」
と言うと、
「じゃ、私左使うね~♪」
と、由衣はちゃっちゃと荷解きを始めた。

アオイは自分も荷解きをしながら、チラリと隣の由衣を伺う。
肩まで伸びた少しウェーブのかかった髪。
女の子っぽい感じで、まあ可愛い…ほうだと思う。
少しユートの姉の遥に似た感じがするユートの幼なじみ…。

美人の姉に可愛い幼なじみ。
そんな女性に囲まれて育ったユートはなんで自分みたいに冴えない女の子といるんだろう…と思い出すと、ついついため息がこぼれる。
そんなアオイのため息をききつけたのだろう、由衣が手を止めてアオイを振り返った。

「ごめんね~、ユートと同室が良かったよね、アオイちゃん」
いきなり言われて焦るアオイ。
「あ、いえ、そんな事はっ…」
「気を使わなくていいって。
普通そうだよね~、彼氏と旅行でバラバラの部屋ってありえないよねっ。
今回ね、ユートから聞いたかも知れないけど、ここの提供者の姪の真由が旅行の発案者なんだけどね。
その彼氏があの通りの馬鹿でさ~、私らあれと真由をあんまり二人きりにするのが怖くて嫌だったのね。
で、あっちのカップル別室なのにユートだけってわけにいかないじゃない?
で、こうなっちゃったの。だからごめんねっ。
でも二人になりたい時は私こっそり利香達の部屋に潜り込むから言ってねっ」

相手は余裕で…気にしてるのは自分だけらしい。
アオイはそんな自分が嫌になってまた小さく息をつく。

「みなさん…仲いいんですね」
無理に笑顔を作ってみせるアオイに、由衣はちょっと目を丸くして、次の瞬間屈託のない笑顔をみせた。

「タメ口でいいよっ。あ~でもなんかわかった気がするっ。
ユートってこういうタイプが好みだったんだねーw」
由衣の言葉の真意がわからずアオイはちょっと戸惑う。
そんなアオイにさらに笑顔を向けると、由衣はアオイの方のベッドによってきて座り込んだ。

「アオイちゃんてさ~、なんか可愛いっ。
ちょっと要領悪そうだけど性格良さそうで…。
ユートがめっちゃ可愛いって言ってたのがわかる気するっ」

ユートは…自分の事そんな風に言ってたのか…。
真っ赤になるアオイに由衣は続けた。

「ユートはさっ、人当たり良くて誰にでも愛想いいくせに特別を作らない男だったんだけどさ、アオイちゃんにはめっちゃ惚れてるって言ってたよ~。
ま、私らにとっては淡白すぎて男って感じしないんだけど、良い奴だからさっ。よろしくねっ。今回は同室だしなんでも相談して?」

本当に屈託なく笑顔を向けてくる由衣に、
「こちらこそよろしく」
と、アオイも笑顔をむける。

「と、ユートの事はなんでも聞いてくれれば包み隠さず話すけど…」
そこで由衣は少しトーンを落とした。
「…?」
「鱗滝君の彼女ってどんな子?可愛い?」
あ~そこに行くのか、と、アオイは苦笑する。

「うん。めちゃくちゃ可愛い。
少なくとも…私が生まれてから見た女の子の中で一番可愛いよ」
アオイはお姫様オーラをふわふわ漂わせた錆兎の彼女、ギユウの可愛らしい顔を思い浮かべた。

「そっか~、やっぱり!あれだけイケメンだもんね~。
彼女も可愛いに決まってるよね」

由衣はそう言いつつも
「でもま、あれだけ完璧な男ならダメもとでチャレンジしてみる価値はあるなっ!」
と、拳を握りしめる。

すごいなぁ…とアオイは感心した。
自分なら…彼女がいる時点でもうそんな気は起きない…というか、下手すれば自分の彼氏でも女の子がわ~っと押し寄せたら引いてしまいそうだ。

「…ね、アオイちゃん、ユート達の部屋行きたくない?」
そんな事を考えていると、由衣がアオイの顔を覗き込んでくる。

なんか…魂胆が見え見えな気が…と、思わず吹き出すアオイに、
「あ~、考えばれてるか~」
と、隠す気もない由衣があっけらかんと言って笑った。
見かけは女の子っぽいが、意外にさばけた性格らしいのも、なんとなく遥を思わせる。

「うん、まあ…でも私も行きたいっ。行こっか」
アオイは言って由衣に手を差し出した。



「由衣…お前マジ、アオイに変な事吹き込むなよ…」

その後すぐユートと錆兎の部屋を訪ねる由衣とアオイ。
二人を中に招きいれると、ユートはそう言って由衣を軽くにらんだ。

「あははっ、例えばユートが毎回古文赤点で追試組なこととか?」
「お前は~!!」
その場で逃げ回る由衣を追いかけるユート。
やっぱりかなり仲良く見える。

それをジ~っと見つめるアオイに気付いて、ベッドに座って携帯をかけてた錆兎が、
「ユートうるさい」
と一言。

ユートがその声で自分に注目すると、錆兎はチラリとアオイに視線を向け、ユートにアイコンタクトを送る。

それでまたアオイの憂鬱に気付くと、ユートはあわてて
「錆兎ごめん。ほら、お前が馬鹿な事言うせいで怒られたじゃん。
アオイ見習えよっ。こんなに可愛いっ」
と、由衣に言ってアオイを後ろから抱きしめた。

「はいはい。もうベタ惚れだね、ユート」
由衣も空気を読む人間らしい。
そう言うと、ニコリと二人に目をやって、それからちゃっちゃと話題を変えた。

「で?鱗滝君はどちらに電話?」
「決まってんじゃん。最愛の彼女様」
「超可愛いんだって?」
「うん、容姿は他の追随許さんくらい可愛いよ」
ユートの言葉に由衣はちょっと目を丸くした。

「”容姿は”なの?なに?性格は悪いの?」
由衣の言葉にユートはあわててシ~っと人差し指を唇に当てて声をひそめる。

「お前なぁ…んな事いったら錆兎にマジ殺されるぞ。
錆兎の方がベタ惚れの”命より大事な彼女様”なんだから」
そのユートの言葉に由衣もやっぱり声を小さくする。

「で?結局性格はあれなの?そうなの?」
その由衣の言葉にはアオイが極々普通のトーンで答える。

「えっとね…やんごとないの」
「やんごと…ない?」
その言葉にぽか~んとする由衣にアオイは大きくうなづいた。

「お嬢様育ちでね、悪気はないんだけど突飛なの。
だから多分…錆兎くらいスペック高くて何でもできないとついていくの無理」
「なるほど…ね」
複雑な表情でうなづく由衣。

そんな話をしているうちに、錆兎が電話を終えたようだ。
ベッドの上で携帯を切ってため息をつく。

「なに?姫なんかかわった事あったって?」
ユートがそれにきづいて錆兎を振り返った。

「いや、単に新しい家庭教師の話してただけ。
といっても春休み限定で、新学期から郷里に帰って郷里の塾で教える予定らしいけどな」
「おや、そうなん?」
「ん。なんだかこっちの塾で教えてたんだけど、受け持ってた塾生の一人が自殺したとかでショックを受けて、こっちの生活に見切りつけてUターンらしい」

「んで、心配なわけね」
ありえないくらい心配性で悲観主義者なのも錆兎の特徴の一つで…楽観主義なユートからするとそれがおかしい。
クスリと笑っていうと、錆兎は眉をひそめた。
「当たり前だろ。姫になんかあったら…」
「いや、だってその講師が殺したわけじゃないし、普通に何もないって。
それよりどこの塾よ?」
「あ~計西会だったか。大手の」
錆兎の言葉に由衣が反応した。

「あ、そこね、確か木村達も行ってたはずよ。
進学率は確かに良いけど、キツい事でも有名よね。
受験ノイローゼかなぁ…やあねぇ…」

由衣の言葉に錆兎は
「まあ…姫に限って受験ノイローゼはないけどな。
勉強なんてできないでも全然かまわんし」
と、またため息。
そこで由衣はまた話を移した。

「鱗滝君の彼女さん…すごい美少女なんだって?やっぱり女は顔?」
由衣の無遠慮な質問に錆兎は即首を振る。
「いや、まあ容姿も声も何もかもありえんくらい可愛いのは事実だけど…」
と、全く照れもなく淡々と肯定する錆兎に苦笑するユートとアオイ。
そんな二人に気付かず錆兎は続けた。

「つきあった理由は別」
「なに?」
身を乗り出す由衣。

「楽しいから」
「はあ?」
聞き返す由衣に錆兎は少し笑みを浮かべた。

「ふわふわしてていつでも幸せそうに笑ってる彼女を見てると、こっちもすごく楽しい気分になれる。
ありえんほど楽天家で人生楽しそうなところが彼女の一番大きな魅力」
「あ~なるほど。そうだよね、ギユウちゃん確かに人生楽しそうだ」
アオイが納得したように大きくうなづく。
「だろ?」
とそれに錆兎が破顔した。

似た者同士の二人の間ではなんとなく納得出来たようだが、由衣はぽか~んだ。

「鱗滝君みたいに何でもできる人がつきあうのってそんな理由なんだ…。
顔とかお育ちとか成績とか…もっと色々あるのかと思ってたよ」
とつぶやく。

「ん~ほら、自分がつきあうのに何が必須って人によって違うしさ。
錆兎は自分が出来る人間な分色々考えすぎて悲観的になるからさ、泥沼から引きずり出してくれるあり得ないほど楽観的で前向きな彼女が必須なわけ。
俺さ、それ言ったら真由が木村とつき合ってる方がよっぽど不思議よ?」

ユートがそこでフォローをいれると、由衣は
「あ~うん。私真由はてっきりユートとつきあうのかと思ってたよ」
と言ってユートを青くさせた。

「おま…何言ってるん?あれとはもう思いっきり友達でしょっ!ありえん!」
慌てるユートに、由衣もまずい事を言ったときづいたようである。
「うん、あ、あれよ、二人ともフリーの時期長かったからさ。私らと違って。
それだけの理由っ。
でもま、アオイちゃん見てユートはつき合うならこういうタイプだったのか~って納得したっ」
と、慌てて付け加えた。

慌てる二人に余計にクルクル悲観的な想像が頭をまわるアオイ。
錆兎は一人部外者としてその様子を外から見て、秘かにため息をついた。

こういう類いの話題のフォローは…下手に自分がしようとするとどつぼにはまるということはいい加減錆兎も学習しているものの、このまま放置するとまた飛んでもない自体に発展しそうである。

しかたなしに
「4馬鹿いるし、他の女子放置で大丈夫なのか?」
と、全然違う話題をふってみた。

「あ、そうだよねっ。そうだったっ。
そのための生け贄にユート誘ったのをすっかり忘れてたよっ!呼んでくる」
と、由衣は慌てて部屋を出て行く。

「おい…呼んでくるって…俺らの部屋に居座るつもりか、あいつら…」
とりあえず話題が変わった事にホッとしながらも、呆れて息をつくユート。

「まあ…それも宿代に含まれてるんだろうから耐えろ。
それよりアオイも気をつけろよ?なるべく俺かユートから離れない様にな」
と、錆兎はユートとアオイにそれぞれ声をかけた。

「あ、うんそうっ。言い忘れてたけどそういう事なんだっ。
まあ…今までの見ていい加減察してたとは思うけど。
アオイ絶対に一人にならないでねっ。
いざとなったら由衣とか差し出して逃げていいからっ」
と、外道な発言をするユート。
それにアオイはちょっと吹き出した。


それからは伯父の手伝いをすると言う真由をのぞいた女3人がユート達の部屋に押し掛けて来て大騒ぎ。
なんのかんの言って錆兎の取り合いで、錆兎と親しいアオイをも引き込もうとする3人。
そんな中でユートはコソっと由衣の肩をつついた。

「由衣…ちょっといい?」
少し真面目な顔で言うユートに、ふざけてはしゃいでた由衣も真剣な顔になってうなづいて、集団から少し離れた窓際に移動した。
「どした?」
と、コソっと聞く由衣に、ユートはちょっとうつむく。

「今更さ…俺が聞いていいような事じゃないんだけど…」
「うん?」
「真由ってなんで木村なんかと付き合い始めたん?」

入学して最初に席が隣になった女子、それが朝倉真由だ。
割とへらへらとしたユートとは対照的に、生真面目で…若干内向的。
今時の女子高生とはちょっとかけ離れたタイプで、いい加減なところがなく、それでいていつもにこやかな笑みを浮かべていた。

上と下を姉と妹に囲まれて、本当に女の裏側を見て育ってきたユートにはその真由の裏表のなさはすごく安心できるもので、向こうは向こうでユートの人当たりの良さに好意を持っていた気がする。

いつか特別な仲になるのかも?と思っていた時期もあったが、アオイと出会う少し前、真由自身の口から木村とつき合う事にしたという報告を受けて以来、席も遠くなったこともあって、なんとなく疎遠になっていた。

女はちょっと悪っぽい男に惹かれるものだとはよく聞くが、生真面目な真由がというと、なんとなくピンとこない。
今それを聞いたからといってどうなるものでもないのだが、それでも高校入学から1年半、おそらく一番近かった異性としてはなんとなく気になるところで…できればもうちょっと彼女に似合った男に乗り換えてくれないものかなと思う。


「ん~…」
由衣はユートの言葉にチラリとアオイに視線を移した。
「今それ聞いてどうするのかな?ユート彼女いるわけだし…」
と、もっともな言葉を口にする由衣とそれに
「そうだよな…」
と肩を落とすユート。

「ま、それでもあの状態じゃ気になっちゃうのが”良い人担当”のユートだよねっ」
由衣はそう言ってうつむくと、
「実はね…」
と話し始めた。

「由衣さ…親離婚してるじゃん?
元々親は由衣が物心ついた頃には喧嘩ばっかしてて、よく弟と一緒にここの拓郎伯父さんに預けられてたらしい。
んでさ、ほぼ家族って両親よりは伯父さんと弟って感じだったわけよ。
だから学校卒業したら母親ん家出てここで伯父さんを手伝って暮らすつもりらしいんだ。
で、弟は音大目指してて、でもやっぱり最終的にはここで暮らすつもりだったらしい。
ところがさ、去年の7月ね、しばらく由衣休んでたじゃん。
あれ、弟が事故で死んじゃったからなんだって。
で、すご~くガックリしてたその頃にたまたまバイトで一緒になったのが木村だったらしくて…。
まあ…もう過去の話だから言うけど、5月頃には真由、夏休み前日にユートに告って夏を一緒に過ごしたいとか言ってたんで、私らも意外だったんだけどね。
ごめん、だからさっきポロっとそれが口に出ちゃった」

「そう…だったのか…」
もし…自分がもう少し勇気を出してたら…ユートは一瞬頭をよぎったが、人生にifはない。もうすでに過去の事だ。
今の自分にはもうアオイがいる。

「せめて…真由ももうちょっと良さげな奴に乗り換えてくれたらな…」
それでも口をついて出るユートに、由衣もうなづいた。

「うん…。だから今回ユートが男友達連れてくるって聞いた時ちょっと期待しちゃった。
つか…無理かな?
あれだけスペック高い男ならどう考えても木村より良い気するんだけど…」

確かに…錆兎が相手なら絶対に幸せになれる気がする…が…

「無理…。あいつだけは無理…」
ユートはため息をついた。
「どうしても?」
ちらりと自分を見上げる由衣にユートはうなづく。

「錆兎はほんっきで彼女に惚れちゃってるから。
彼女のためなら何でもするし、彼女に死ねって言われたら死ぬし、彼女が死んだら後を追うって公言してますよ?」
「うあ…まじ?」
「うん、マジ。実際…ホントにやりそうな感じだよ、口だけじゃなく。
あいつの夢は東大現役合格して順調に卒業して警視庁に入って彼女と結婚する事だから。
それ…約束してるからな、すでに。
親公認のつきあいで、彼女っていっても婚約者に近いんだ」
「ありえんね…まだ高校生で…」
「それ言ったら…奴の存在自体がありえんしょ。スペック高すぎて」
「まあね…」

部屋の隅のベッドの影でコソコソっとそんな話をしているユートと由衣に、アオイがジ~っと心細げな視線を送っている事に気付いた錆兎はまたため息。
ここにいる女子全員ユートの友人だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、アオイの心中を考えるとやはり見過ごせない。

「ユート、俺がアオイの立場だったら今日のお前の行動めっちゃ傷つくんだが?
つか、俺ぎゆうにそれやられたらたぶん軽くノイローゼくらいにはなるぞ。
アオイは気にせんかもしれないけど、見てると俺がそういう想像がグルグルまわって滅入るから、彼女のアオイ放置はやめてくれ」

ああ、もう揉めるだろう、というか他には確実に変に神経質な嫌な奴だと思われるだろうが…まあその対象となるのが自分ならいいか、と、錆兎は開き直って言った。

「あ、ご、ごめんね。そんな事ないよっ。私全然気にしてないからっ」
慌てて顔の前で手を振るアオイ。
その言葉でさぞや凍り付くだろうと思った空気は意外になごやかなままだ。

「あ~、ごめんね、私が悪かったっ!
抜け駆けして鱗滝君の事根掘り葉掘り聞いてたっ!
ぶっちゃけユートの事はどうでもいいんだけどっ!
つか、聞くまでもなく情けない逸話いっぱい知ってるしっ」
ヘララっと由衣が頭をかくと、
「あ~きったな~!!仁義ない女ねっ由衣!」
とあとの二人がそれにのって盛り上がる。

「でもさっ、実はアオイちゃんが一番のライバルっ?!
鱗滝君てさっきからアオイちゃんには妙に優しいっ!」
と、そこで由衣はアオイに振る。

「ユートっ!しっかり捕まえといてよっ!ライバル増えるのは勘弁っ!」
と、ビシっとユートを指差す由衣。

なんだか…空気をしっかり読むのと明るいノリはホントにユートの友人という感じだ。
錆兎はちょっとホッとして苦笑する。

「まあ…アオイとは兄妹みたいなものだから」
という錆兎の言葉に、アオイも少し笑って
「あ~、そうだね。
なんとなく友達以上だけど異性なのはそうだと思うんだけど、男女って感じがしない」
と、うなづいた。

「へ~、お兄ちゃんて感じか~。
こんなお兄ちゃんいたらブラコンになりそうだね~」
と、利香がその言葉にそう言うと、後の二人も同意する。

そんな空気を読んで明るく対応する女性陣とは対照的に、ユートは内心冷や汗だ。
確かに今日はあまりにアオイに対しての気遣いができてないと思う。

本来空気を読むのが苦手なはずの錆兎に何度もさりげなく指摘され、フォローをいれられ、そしてとうとうさりげなく言うのを諦めて空気を読みつつもあえて無視してはっきり言われるなんて、本当にありえない。

まだ揺れているんだろうか…自分は…。
今自分が好きなのは確かにアオイのはず…。ユートは自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。
そんな事を考えているのを間違ってもアオイに気付かれない様にしなくては…。







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