女難の相…自分ほどその言葉が似合う男はいない、と、ユートこと近藤悠人は思った。
「ユート、彼女できたんでしょ?春休み旅行行こうっ!」
もうすぐ春休み。朝、教師を待つ教室で、隣の席の女子が言った。
榎本由衣…小学校の頃からの悪友である。
幼なじみというやつか…。
一見ちょっと可愛い系だが、いい性格。
ユートの天敵でもある姉の遥かに似たタイプで…こいつが関わった事で良い思い出がない…とユートは引く。
「俺に彼女ができたのとお前と旅行に行くのとどう関係すんだよ…」
「えっとね…真由んとこの伯父さんがね、ペンションやっててさ、オフシーズンだからって自分の事は自分でやるって条件で一日1000円の食材費のみで泊まらせてくれんだって。でさ、男手足りないのよっ。」
立ち上がってニコリとユートの顔をのぞきこむ由衣。
こういう由衣の話に乗るとロクな事がない。
それは身にしみてわかっていたはずである…が…
例によって…
「彼女と…旅行行きたくない?」
という話をスルーするには、彼はあまりに青少年だった…。
その夜のうちに彼女のアオイに了承を取る。
今度こそアオイと初体験っ!拳を握りしめるユート。
思えば…年末姉に騙されて行った箱根の別荘、正月に同情してくれた(?)蔦子に取ってもらった温泉旅館、そのいずれもあり得ない事だが殺人事件に巻き込まれてそれどころではなく終わっている。
まあ…絶対にこれまでがありえなかったのだっ。
去年の夏休み、アオイと出会うきっかけになった高校生連続殺人事件から1年もしないうちに、なんと3件もの殺人事件に巻き込まれている。
もう一生分のトラブルは終わったはずだっ。
ところが…
翌日…朝ユートが机に鞄を放り出すと、
「ユート、ちょっと…」
と、前のドアの所で隣のクラスの顔見知りの女子がチョイチョイとユートに手招きをした。
去年同じクラスだった工藤真希。
陸上部所属のスポーツ少女。
由衣と仲が良くてその関係でクラスが同じ頃はちょくちょくつるんでいたが、最近はあまり話す事もなかった。
珍しいな、と思ったユートは、そこで思いつく。
由衣が言っていた旅行だ、当然真希も行くのか。
「なに?旅行の事?」
ガタっと立ち上がってかけよると、真希は複雑な表情でユートを見上げた。
「…やっぱり…ホントに行くんだ」
その真希の意味深な言い方にギクリとするユート。
…まさか…また裏が…
「えと…何か裏あったり?
真由のおじさんのやってるペンションに1000円で泊まらせてもらえるし、彼女つきで良いって話だったからおっけいしたんだけど?」
嫌~な予感がして言うユートに真希は同情の視線を送った。
「えと…ね、元々は真由が彼氏と旅行って事で彼氏の友達3人連れてくるって言う話になって、私と利香と由衣も来てって事だったんだけど……」
「彼氏…木村かぁ…」
「…うん…」
木村剛、同じクラスにはなった事はないが同級生。
他人の彼氏をどうこう言うのはなんだけど…とユートは思う。
ユートの学校であまり柄のよろしくない事で有名な空手部であまりよろしくない噂を聞く輩で…つるんでいる面々も同じくあまりよろしくない噂を…。
「でね、あの連中と旅行って怖くて嫌だったんだけど真由一人にするのはもっと怖いからって話をね、3人でしてたら、由衣が生け贄連れてくるって…」
(あ…のやろう~!!!)
ほぞをかむユート。
やられた!と思う。
「やっぱユートの事だったんだね。ま、ユートいれば確かに安心だけど♪
じゃ、また春休みだね♪」
サラっと不吉な情報を残して自分の教室に戻って行く真希。
その後ろ姿を見送って、ユートは諸悪の根源、悪の大魔王の登校を待った。
「由衣~!!!」
由衣が後ろのドアから入ってきて席に着くなり、ユートは叫んで駆け寄った。
「おはよっ!どうしたん?恐い顔してっ」
にこやかに手をあげる由衣。
「どうしたん?じゃないっ!俺死ぬじゃんっ!マジ死ぬって!」
今までトラブルに巻き込まれたのは偶然だった。でも今回はどう考えても必然だ。
もう巻き込まれるのは最初からわかっている。
というか…今度は自分が殺人事件の被害者になるんじゃないか?とつめよるユートに由衣はあははっと笑った。
「あ~真希あたりに聞いちゃった?」
「聞いちゃった?じゃないだろうが…。
空手部4人に詰め寄られたら俺マジ死ぬよ?」
「あ~大丈夫っ。空手部っていっても格好だけだしさっ。
空手有段者の真由の伯父さんが止めてくれるよ、死ぬ前にっ」
悪びれずに言う由衣にユートはため息をつく。
「キャンセルする…。行かない」
死なないまでも痛い思いは嫌だ。
ましてやアオイをそんな危ない所に連れて行けるはずがない。
しかし由衣はきっぱり
「無理っ。もう予約入れちゃったしっ。
他断っちゃったからね~、どうしてもドタキャンするっていうならキャンセル料高いよっ?」
「高くてもいい。命には変えられないしっ」
さすがに…こうありえないレベルのトラブルに巻き込まれ続けてると、基本的には楽天家のユートでも学習する。
普段はことなかれで流されてくれるユートのきっぱりとした拒絶に由衣はちょっと考え込んだ。
「ユート…真由心配じゃない?」
その顔から笑みが消えて、真剣な瞳がユートを見上げる。
「私達もさ…ホントは怖いんだよね…。
でもさ、真由だけで行かせるわけに行かないじゃん?」
確かに…由衣達にしても楽しくて行くわけではない。
男の自分ですら怖いのだ。女3人怖くないわけはない。
「お願い。ホントに真由とも仲いいユートにしかこんな事頼めないんだよ」
由衣は真面目な顔でユートに手を合わせた。
確かに…真由とは高校に入って以来の友人で、アオイと出会うちょっと前に真由が木村とつきあうまでは、友人以上くらいの付き合いだった。
もしちょっとしたきっかけがあればつき合ってたかもしれないくらいだ。
「でも…さ、俺一人いてもしかたなくね?」
少し揺らぐユートに由衣は後一押しとばかりに言う。
「だから一人じゃないって。空手有段者の真由のおじさんもいるし。
でも4対1とかじゃあまりに分が悪いじゃん」
確かにそうだが…別に自分は武道有段者というわけでもないわけだから…いてどうなるよ、と、思った瞬間、ユートは思いついた。
「あ…じゃ、もう一人連れて来ていい?男だけど」
どうやら押し切られたっぽいユートの言葉に由衣は笑顔で
「もちろん!じゃんじゃん連れて来ておっけぃ♪」
とうなづいた。
「…というわけなんだけど…」
まあ…あとはお決まりなわけで…。
その夜ユートは錆兎に電話をかけた。
鱗滝錆兎。アオイと共に去年の夏の高校生連続殺人事件で知り合って以来の親友。
頭脳明晰スポーツ万能、名門進学校海陽学園の生徒会長にして各種武道の有段者。
去年の夏の殺人事件の犯人を素手で取り押さえたと言う実績つきだ。
「俺はいいけど…アオイも連れて行くのか?そのなんかありそうな旅行に?」
人のいい錆兎はもちろん全ての事情を話したら了承してくれたわけだが、そこで持ち前の心配性も顔をのぞかせる。
ユート的には…3回遭遇した殺人事件で毎回仲間を守りきってくれて、さらにその全てを解決して見せたこのありえないスペックの高さを誇る男がいれば、たかだか不良高校生くらい屁でもないと思う。
それよりむしろ女友達が多く同行する旅行に行くともう言ってしまっていて、いきなりそこで来るなといって暴走傾向のあるアオイに変な誤解を与える方が怖い。
「うん…もうアオイに一緒に行こうって話しちゃったあとで、やっぱり来るなって言うとね…女友達いっぱいくるだけに変な想像から暴走されるのがね嫌かなと…。
そのくらいなら連れて行って抱え込んでる方がいい」
まあ…アオイが暴走気質なのは錆兎も重々承知している。
「しかたない…な」
錆兎は電話の向こうでため息をついた。
「お前はアオイ守ってろ。お前ら二人は俺が守ってやるから」
と、その上でそんな頼もしい言葉を吐いてくれる親友に、ユートは心からお礼を言う。
「さんきゅ~。ホントに感謝っ!」
そしてふと気になった。
「姫は?誘わないでいいん?女いっぱいの旅行とかってまずかったりしない?」
「そんなありえん旅行に連れて行けるわけない…と言うのもあるが…春休みの間は家庭教師くるらしいから無理。
ま、どっちにしてもぎゆうは女10人の中に俺一人でも全然気にしない女だ」
まあ確かに…。
冨岡義勇。アオイはギユウ、自分は姫と呼ぶ彼女は同じく高校生連続殺人事件で知り合ったお嬢様で、錆兎の最愛の彼女にして彼に取って唯一無二の絶対者。
端から見ても…立場的強弱はあきらかで、錆兎が浮気なんかできるはずがない。
かくして…護衛確保!
そして…今度こそアオイとっ!と、初心に戻るユートだった。
「私…おかしくないかな?」
当日…待ち合わせ場所の埠頭に行く道々、アオイは心細げに少し身なりを整えた。
ユートの学校の友人達との旅行。
ずっと一緒では緊張するからと、とりあえず行きは先に友人と合流するユートとは別に埠頭までは錆兎と二人。
そこからは全員で真由の叔父が操縦する船で行く事になっていた。
「別に普通だろ」
淡々と答える錆兎。
そもそも聞く相手が間違っている。
錆兎は彼女であるギユウ以外の外見には全く興味がないのだ。
まあ…周りが思わず振り返って行くくらいの美少女の彼女を持てば、大抵の女はそういう対象として見れないというのはあるのだろうが。
そして…その彼氏である錆兎も、その美少女にお似合いの…もう一般人を越えたありえないほどのイケメンだったりするわけで…。
そんな錆兎と並ぶと随分と貧相に見える自分を道行く人がジロジロ見て行く気がしてアオイは落ち着かない。
実際はまあみんな、その非常に目立つ容姿の錆兎を見ているわけだが…。
「ユートの友達もいっぱいくるんだよね…女の子の…」
アオイのため息で自他共に認める空気の読めない男の錆兎も、ようやくアオイの憂鬱に気付いた。
「ま、ユートは容姿で選ぶような男じゃないし」
なぐさめになってない…。
それ…やっぱり容姿はいまいちって事だよね?とアオイは秘かに肩を落とす。
まあこのイケメンに可愛いと言われても全く信憑性がないわけではあるが。
それでも一応自分の言葉がさらにアオイを落ち込ませたであろう事にも気付く錆兎。
だが何を言って良いかわからない。
本気で空気も読めなければ女心もわからない男なのだ。
「まあ…あれだ。外見の美醜なんて気にしたところで仕方ないだろ。
人間なんて一皮向けば胃も心臓も肺も、みんな双子みたいにそっくりなんだぞ」
と、ありえない話を始めてアオイを呆れさせた。
全てにおいて完璧に見えるこの男の唯一くらいの…そして致命的な欠点…それがこの空気の読めなさとコミニュケーション能力のなさだったりする。
「悪い…俺はもうその手の話題に建設的に答える能力がありえんくらいない」
自分でも自覚はある。ありすぎるほどある。
今度は錆兎の方がため息をついた。
まあ錆兎のそんな所にはいい加減慣れて来たアオイは、その錆兎らしい言い方に思わず苦笑する。
「まあでも論理的に考えれば…」
それでも不毛な努力をしようとするところが錆兎の錆兎たる所以だ。
「クラスメートということはユートは今日一緒にいるメンツとはアオイと出会う前に会っていて、きちんと相手を知っていてもつき合わずに、わざわざ選んでアオイとつき合っているわけだからな。
大丈夫。相手の方が良ければアオイとつき合わずにそいつとつき合ってるはずだ」
まあ…非常に錆兎らしい考え方である。
「少なくとも女子校育ちでそれまで全く周りに男がいない状態で、初めてくらい側にいる事になった男の俺とつきあってる姫よりは…選んでるはず…」
と、そこで自分で始めておいて思い切り自爆で落ち込むのも錆兎だ。
高いスペックに似合わない低い自意識の持ち主なのである。
「だ、大丈夫だよっ!ギユウちゃん勘がいいからっ!
きっと一番自分がつき合いたいって人間だって確信もってつき合ってるよっ」
それに対して答えるアオイの言葉もお世辞にもなぐさめになっているとは言えない気がする。
まあ…スペックの違いはともかくとして、実は似たもの同士である。
双方シーソーのようにどちらかが落ち込んではどちらかが浮上して、また落ち込むのを慰めようとして自爆で自分が落ち込む…を繰り返すのがアオイと錆兎なのだ。
そんな二人よりも一足先に待ち合わせ場所に向かっているユート。
女4名に囲まれて錆兎あたりなら居たたまれなさに逃げ出す所だが、姉と妹の女二人に囲まれて育ったせいか普通に馴染んでいる。
「ね、ユートの彼女ってどんな子よ?」
もう話題はそれ一色。
「世界一安全な、隣で裸で寝てても欲情する気しないユートの彼女って…想像できんわ~」
などと随分な言われ方だ。
ユートはそれに対して軽く肩をすくめる。
「あ~、ちょっとお馬鹿さんだけど、君らと違ってすっげえ可愛い性格してるよ?
もうありえんくらい可愛いっ!」
「惚れてる?」
「もっちろん♪だから小姑根性見せていじめたりしないでねっ」
その言葉に笑いがもれる。
「こりゃ楽しみだね~」
なごやかに電車を降り埠頭に向かう一同。
しかしそのなごやかな空気も
「よぉ、真由。お前らもこの電車だったのかっ」
と後ろからかかった声で急に凍り付いた。
「あ…剛」
少し硬直する3人と並んでくるりと振り向く真由。
同じく4人組で歩いていた木村は他の3名より一歩前に出ると、真由に並んでその肩を抱いた。
それに同じく女3人に並ぼうとする男3人をさりげなく避けてユートを防波堤にしようと回り込む女性陣。
「近藤、彼女つきじゃねえのか?もう振られたのかよっ」
それに男性陣の一人、田端がちょっとムッとしつつ、しかしすぐニヤニヤとからかいの表情を浮かべる。
「ああ、ダチに送ってきてもらってる。
いきなり小姑や怖いお兄さんに囲まれると怯えるからっ」
ユートはそんな悪意をスルーしてニカっと笑った。
「も~、小姑って何よ、小姑ってっ!」
少しかわった空気に少しホッとして、軽くユートを叩く由衣。
あとの二人も男3人を完全に無視して、ユートにじゃれつきはじめて、さらに男性陣の顔が険しくなった。
(あ~、錆兎早く合流しないかなぁ…)
アオイが緊張するためなるべく合流を遅くしようと二人に別に来るように言い出したのは自分なのだが、そこで少し身の危険を感じてそう思うユート。
若干早足になるユートを女性陣は小走りについていく。
そして…埠頭の船着き場に着くと、クルーザーの甲板に中年の男性が立っていた。
「こんにちは」
にこやかに挨拶をしてくる男性。
「こっちが拓郎伯父さん。今回泊まらせてもらうペンションの持ち主よ♪
場所は離島だからここからは伯父さんの船で向かうから」
真由の言葉に無言で少し頭を下げる男4人。
「ども、お世話になります」
とユートも頭を下げ、それに続いて女性3名も
「お世話になりま~す♪」
と揃って頭をさげた。
と、その時遠くから近づいてくる人影が二つ。
ユートは内心大きく安堵のため息をついた。
「錆兎~!アオイ!こっち~!!」
ユートが大きく手を振ると、錆兎が軽く手を振り返してくる。
「ちょっ!ユート、あのイケメン何っ?!!」
由衣がユートの襟首をつかんで叫んだ。
「うっそっ!彼?!彼なの?!ユートの友達って!!」
利香も歓声をあげる。
「ホント、芸能人並みにカッコいいよっ!」
と真希。
まあ…いつもの事ではあるのだが…。
途端にかしましくなる女性陣に思い切り不機嫌な顔の男3人。
「遅くなって悪い」
と言う錆兎に
「きゃああ~~!!!」
と手を取り合ってはしゃぐ女性陣。
「なんだっ?!」
と、何かあったのかと驚いて後ろを振り返る錆兎の肩をユートはポンポンと叩いた。
「ま、気にしないで。この人達の事は」
そう言うユートの方に軽くアオイを押しやると、錆兎はチラリと拓郎の方を見て
「宿のオーナー?」
とユートに小声で聞く。
そしてユートがうなづくと、錆兎はとりあえずそちらに足を向けた。
「こんにちは。初めまして。鱗滝錆兎と言います。
今回はお世話になります。よろしくお願いします」
と、拓郎の前に行くと、錆兎はそう言ってお辞儀をする。
「こんにちは。君は随分きちんとしてるんだな。こちらこそ、よろしく」
と、拓郎はにっこり。
それを遠目に見て、
「ユート君♪ちょっとこっちいらっしゃい。」
と、ユートを引っ張って行く利香に
「あ~、利香ずるいっ!」
と由衣と真希も続く。
女3人に質問攻めにされているユートだが、少し離れたアオイにはその内容は聞こえない。
ぽつねんと残されてうつむくアオイ。
「ユートはどうしたんだ?アオイ」
挨拶を終えた錆兎はすぐアオイの側にもどってきて聞く。
その問いにアオイは泣きそうな顔で黙って女性3人に囲まれているユートを指差した。
「あ~…」
それに錆兎が少し困った顔をした時、
「じゃ、揃ったようだし出発しようか」
と拓郎が声をかけた。
「とりあえず…自己紹介しよっか」
全員が乗り込んで船が動き出すと、重い空気を破るかの様に、真由がにこやかに切り出した。
「まず私達からねっ。
私達女4人とユートと男4人は都立日山高校2年…ていうか4月で3年かっ。
私は朝倉真由。今回の宿の持ち主の姪ですっ。
で、ポニテの子が市川利香、その隣が榎本由衣、さらにその隣が工藤真希。
男性陣はユートは良いとして…私の隣が木村剛、これは私の彼♪
その隣が田端浩平、柿本元、湯沢政史、敬称略って感じで。
ということでよろしくね♪」
「んじゃ、俺の側ね」
真由が一通り紹介すると、今度はユートが引き継いだ。
「女の子の方が佐々木葵。俺の彼女様♪都立秋川高校の同学年。
で、男が鱗滝錆兎、俺の親友。
こんなイケメンなくせに”あの”海陽学園で成績トップの生徒会長様よっ」
ユートの言葉に女3名がまた嬌声をあげて、男3名が嫌~な顔をした。
「なんだ、ガリ勉かよっ」
と男側から声が飛ぶ。
それに対してユートがちょっとムッとして何か言いかけるのを制して、錆兎は淡々と
「ま、そうだな」
と答えるが、女3人からは
「いや~ね、ひがんじゃって~」
と、声があがる。
「なんだよっ!」
立ち上がって一番近い由衣のジャケットをつかみかける田端の手首を錆兎が少し身を乗り出して掴んだ。
振りほどこうとする田端の手がプルプル震えるが、軽く掴んでいるように見えて全く振りほどけない。
錆兎はそのままゆっくり田端の手を本人の膝まで誘導すると、
「船の上で揉めると落ちるぞ」
と、自分も席に座り直す。
「船降りたら覚えておけよっ!ガリ勉!」
赤くなった手首をさすりながら自分をにらみつける田端の言葉に、錆兎は
「まあ…そのくらいの時間なら覚えていると思うぞ」
と、また淡々と言って肩をすくめた。
「俺ら全員空手部だからなっ、後悔するぞ!」
と言う言葉にもユートが口を開きかけるが、錆兎はまたそれを制して
「ああ、そうなのか。すごいな」
と、淡々と答える。
『サビト、なんで言わせておくんだよっ?』
何度も制されたユートがコソコソっとつぶやくが、錆兎は
『言わせとけ。俺に敵意が向いてるくらいの方が楽でいいだろ。
それよりアオイにフォローいれてやれ』
と、やはり小声で言ってアオイに対する気遣いを見せる。
『あ…』
そこでユートは初めて居心地悪そうにしているアオイに気がついた。
「皆の衆、これが俺の愛しの彼女のアオイちゃん♪いじめんなよっ?」
ユートはあらためて女性陣に向かってアオイを紹介する。
「あ、よろしく~♪さっきも紹介されたけど私、榎本由衣。
で、利香に真希に真由。
みんな気軽に名前で呼んじゃってね、葵ちゃん♪」
まず由衣が口を開いた。
「ユートとは小学校からの腐れ縁だからねっ。
奴の過去知りたければなんでも聞いてっ!」
「おい~!!!変な事言うなよっ?!!」
由衣の言葉にユートが慌てて言うと、アオイを含めた女性陣が笑い声をあげる。
「っていっても、ただの良い人担当だからねぇ、ユートはっ。
色っぽい話とかヤバげな話とか一切ないんだけどっ」
と、利香がそれに付け加えて、由衣と真希がうんうんうなづく。
なんとなく和やかな雰囲気になる女性陣を遠目に、男3人は険しい目を錆兎に送っている。
真由と木村はカップルらしく寄り添っていて、錆兎は所在なげに延々と続く波間に視線を漂わせていた。
「ねぇ…あれ見て…。絵になるよねぇ…」
コソコソっと小声で言って由衣がその錆兎を指差す。
「うん…物憂げに波間を見つめる美少年…」
利香がうなづいて同意し、真希も
「ユートの話より彼の話がいいよねっ絶対」
ときっぱり断言した。
あ~あ…と顔を見合わせるアオイとユート。
「あいつは無理。彼女いるから」
何故か自分も小声になるユート。
「え~」
と不満の声をあげる女性3人。
「あのさ…君ら彼氏いなかったっけ?」
それに呆れて言うユートに、3人が3人ともきっぱり
「もう別れちゃったっ」
と声を揃えた。
「おい…破局早過ぎじゃね?」
額に手をあてため息をつくユートに
「だって…いまいちだったんだもん」
と、これも3人声を合わせる。
3人とも…フリーなんだ…と、そこで不安になるアオイ。
顔にも出てたらしい。
由衣がプっと小さく吹き出して、アオイの肩をポンと軽く叩いた。
「大丈夫っ!だからってこれに手を出すほど飢えてないからっ!」
と、チラリとユートに目をやって言う由衣に、ユートはやっぱり呆れたように
「これって何、これって。彼女を前に失礼でしょうがっ」
と少しおどけて他人事のように言う。
それにも由衣は吹き出して
「どうせ彼女持ちでもってアタックしてみるなら絶対に鱗滝君のがいいもん。
つかチャレンジしちゃおっかな」
とチラリとまた錆兎に視線を向けた。
「あ~由衣ずるい!私もチャレンジしようかと思ってたのにっ!」
とそこで利香が言うと、真希まで
「いいねっ。誰が落とすかやってみよっか」
などと不穏な事を言い出す。
『ま、こういう人達で俺は男として認識されてないからね。
生暖かい目で見といてやって』
錆兎には悪いが女性陣の目が完全に自分に向いてないというのをわかってもらうには都合が良い。
案の定、ユートがそう言うとアオイは少し安心したように笑顔を見せた。
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