「…たく…。心配性だから、錆兎は…」
氷川夫妻の離れへ向かう道々、ユートはそう言って苦笑した。
「俺が馬鹿な事でもするんじゃないかって、部屋にも返してくれなくて」
身代金の受け渡しを失敗した事によってアオイが行方不明なことで自分が滅入ってて錆兎が心配してる、そう相手に印象づける事が目的の一つでもあるため、ユートはそう補足した。
「まあ…彼もちょっと心配性かもだけど、今回は錆兎君の心配はもっともだよ。
他人の僕たちですら心配だったわけだから」
雅之はユートの言葉に軽くユートの肩に手を置いて言う。
そして、これまでは裏切られた、と、傷つくほど深い人間づきあいをしてきてなかったんだな、と、ユートはその時あらためて思う。
錆兎は…唯一の友人と思っていた早川和樹の手ひどい裏切りにあった時、どんな気持ちだったんだろうか…と、ちらりとそんな事が脳裏をかすめた。
「錆兎は…あいつは…良い奴だから。
自分がボロボロの状態の時でもまず仲間の事を心配する。
今時ありえないくらい純粋で人が良くて…信じては裏切られてボロボロになって、それでもまだ信じ続けるような馬鹿なんです」
言ってて思わず笑いをこぼすユートに、雅之は少し笑みを浮かべて目を細めた。
「本当に…お互いすごく相手を好きなんだな、君達は」
と言って、少し足を止める。
「君が受け渡しから意識不明で戻った時に、丁度僕は錆兎君に電話かけたんだけどね…彼は君が戻らなかった時に自分も怪我人なのに大事なお姫様を警察に預けてまで真っ先に君を捜しに行ったらしいよ。
君は君で自分の彼女が行方不明で自分も辛い時でも錆兎君の心配してたしね。
うらやましいよ。お互い…信頼しあって大事だと思える友人がいるってね、素晴らしい事だ…」
気のせいか寂しそうな笑みを浮かべてそう言うと、雅之はうつむく。
「なあ、ユート君、変な事なんだけど、きいていいかな?彼女さんの事なんだけど、」
核心くるか…と身構えたユートだったが、雅之の口から出たのは意外な言葉だった。
「もしも…彼女が無事戻って来たとして…錆兎君と浮気したら君はどうする?」
「はあ??」
あまりに予測とかけ離れた質問に、ユートはぽか~んと口を開けて惚けた。
なんと答えればいいんだろうか…
「そう…ですね…」
何か今回の事と関係あるんだろうか…想像もつかない。
「まあ…ありえないというか…錆兎は騙されても騙さない、裏切られても裏切らない男なんで、ほんっきであり得ないんですが…
万が一…もう天と地がひっくり返ったくらいの大異変でそんな事が起こったとしたら…浮気じゃなくて本気だと思うんで…もう泣きながら諦めますかねぇ…」
「諦めちゃうんだ?」
ユートの言葉は雅之の想像とかけ離れていたらしい。こちらも驚いたようにぽか~んとする。
「やっぱり…出来る男だから敵わないとか?」
と、聞き返してくる雅之に、ユートはまた苦笑すると首を振って否定した。
「いえ…錆兎は確かにスペック高いんですけどすごいのはそこじゃなくて…自分が好意を持った相手はとことん大事にするとこなんです。
俺はアオイの事好きで…大事にはしてるつもりなんですけど、錆兎の姫に対する態度見てたら全然です。
アオイはなんていうか錆兎と似てて…損得勘定とかがちょっと欠落してるところがあって、もし彼女が俺より錆兎の方がって思ったとしたら、それはスペックの高さのせいじゃなくて、たぶんそういう所だから。
アオイは今俺の方が良いって言ってくれてつき合ってるわけなんですけど、もしスペックが同じだったとしても俺より錆兎の方が相手幸せにできると思います。かないません。
まあ…錆兎は命より大事な彼女様いるから、アオイに限らず他に気がいくってありえませんけどね。」
何故そんな事を聞かれるのかわからないが、ユートはとりあえず真面目に答えておいた。
その答えに雅之は複雑な表情をうかべる。
「もう一つだけ…。ユート君は…錆兎君にコンプレックス感じたりはしないの?
彼は人並み外れた能力の持ち主みたいだけど」
「あ~そんなのしょっちゅうですよ。
あいつは見ての通りありえんイケメンで頭すげえ良くて名門高校の生徒会長でスポーツ万能ですよ?
あれ見てコンプレックス感じない奴なんてまずいませんて。
ただ…同時にあり得ん馬鹿というか…空気読めないわ、人良すぎて貧乏くじひきまくるわで、ほっとけないとこがあって…」
「そうやって当たり前に自分を含めて客観視できる君はすごいな…」
「そうです?」
「うん。僕は昔すごくコンプレックス持ってた相手がいて…相手の事すごく嫌だった。
でさ、自分の彼女がそいつと浮気した時に彼女の話も聞かずに彼女を責めたんだ。
そいつが自分より優れてるって聞くのが嫌でさ…。
結局それは誤解だったって言う事後で知って、でもそれは彼女失った後だった。
ま、昔の事だけどね。今は反省してるから妻の事はホント信じてるよ。
というか…もう企んでるならこんな馬鹿な事しないってくらい行動ぶっとんでるから、彼女は」
少し笑みを浮かべると、雅之はまた歩き始めた。
雑談だったらしい。
それなら、と、ユートも始める。
「奥さんとは…古いつきあいなんですか?」
「君達の年だとすごい歳月なのかなあ…。
初めて会ったのは彼女が小澤さんと別れた直後くらいだから20年くらい前かな。
それから5年の付き合いを経て結婚。今15年目だね」
「奥さんの…亡くなった親友さんとか小澤さんとは面識は?」
「いや、親友の子は妻が小澤さんと別れた時には亡くなってたし、妻とは彼女が小澤さんと別れてから出会ってるから小澤さんとも初対面だよ」
一瞬…澄花の親友の彼氏が雅之か、などという図式も思い浮かんだのだが、違うらしい。
まあ本当の事を言ってるとは限らないが、調べればわかる事だろう。
一応頭の中でチェックをいれつつ、ユートはその話は打ち切った。
「なんか…すみません、プライベートなのに。でもなんか少し気がまぎれました」
と、念のためフォローも入れておく。
その後二人が離れに着くと、中からは澄花がバタバタと出てくる、
「おっそ~い!ほら、入って!寒いでしょ!」
二人を中に追い立てる様に招き入れると、澄花はドアを閉めて鍵をかけた。
「しっかし、ユート君、君ってよくこんな殺人容疑かかってる人間のとこになんか来れたわねっ。
ほんっきで怖いもの知らず?」
カラカラ笑いながらお茶を出す澄花にユートはぎょっとして硬直する。
「こらっ。ユート君びっくりしてるじゃないかっ、やめなさいっ!」
それを雅之が眉をよせてたしなめた。
「すまないね、いきなりこれで。もう彼女はホントにいつもこのノリで…」
と頭を掻きながら申し訳なさそうに言う雅之に、ユートは困った様な愛想笑いを浮かべる。
「いえ…でも殺人容疑って?小澤さんのですか?」
あんまりあっけらかんと言ってくれるので、逆にそれが真実らしいと思っていても信じられなくなってくる。
それでも情報を集めるためきたわけで、そう聞き返すと、
「そうなのよ~」
と澄花は大きくうなづいた。
「親友の志保が死んでもう20年。
まあ…確かにね、私のせいなわけなんだけど、あいつが浮気したのが原因でもあるわけじゃない?
花くらい手向けてもバチは当たんないかな~って思って呼ぶ事にしたんだけど、ただ呼ぶのもむかつくんで亡くなった志保の名前で呼び出したところに光二があんな事になったもんだから、もう警察には犯人扱いでねっ!
でもね、いくらあたしがカッとしやすい体質だからって20年も前の浮気で殺したりしないわよっ」
本気で憤ってる様子の澄花。
すごい演技力だなぁと感心するユート。
「まあ…でもたまたまアリバイがあって容疑晴れたわけだし…もういいじゃないか」
それをなだめる雅之も本当に演技とは思えない自然さだ。
「アリバイ…ですか?そう言えば俺達もきかれましたけど…」
とユートがふってみると、雅之がうなづいた。
「一応…最後に生存が確認されてる午後5時20分から死亡が確認された午後8時40分までのアリバイを聞かれたんだけどね、
僕はたまたま午後5時50分から露天風呂の予約を入れててね。
知っての通り遠いだろ?あの風呂。
だから5時30分にはフロントで鍵をもらって風呂に向かってるんだ。
で、戻ったのが6時50分。
妻はその間僕を母屋のラウンジで待ってたから。
で、それからすぐ離れ戻って7時から7時50分まで食事。
その間席を外してないのは食事を運んできてくれた仲居さんが証明してくれて…それ以降は花火見に外庭にでちゃってアリバイないんだけど、問題ないような態度だったから、たぶんその前に殺されてるって警察の方ではなってるんだろうね」
「お話中にすみません、ちょっとトイレお借りします。なんか寒いから近くなっちゃって」
ユートは言って頭を掻いて立ち上がるとトイレにかけこんだ。
そして鍵を閉めると即、聞いてから一生懸命反芻して暗記していた今聞いた話を忘れないうちにとメールにして錆兎に送る。重要な証言だ。
「う~ん、冷えて腹こわしたかなぁ…」
と言いながらまた戻り、
「でもたまたま予約いれておいて良かったですね。
俺らのとこの女性陣もその前の時間はいってたんですよ、露天」
と雑談を始めた。
ユートが氷川夫妻の離れに行って20分ほどした時、錆兎達の離れの玄関で
「ごめんください」
と声がかかった。
「は~い♪」
その声に止める間もなくギユウが転がり出て行く。
「秋ちゃん♪今回はありがと~♪」
ドアを開けて軽食の盆らしき物を持った先ほどの女将らしい女性が中に入ってくると、ギユウはその女性に抱きついた。
「義勇ちゃん、どんどん姫に似てくるわねぇ」
まとわりつくギユウごと部屋に入って来た秋は盆から布巾を取った。
「はい、これに着替えてね」
と、盆の中身…従業員用の着物をアオイに渡す。
なるほど、それなら離れをうろついていても目立たないか、と、錆兎は感心しつつ、気転のきく秋に少しホッとする。
「今回はありがとうございます。色々ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
アオイが着替えに寝室の方へ消えるのを見送って、錆兎がまずそう挨拶して頭をさげると、秋はそこで錆兎に注目。次の瞬間プ~っと吹き出した。
「嘘ぉ~!雰囲気だけじゃなくて中身もそっくり?!」
それまでのしっとり落ち着いてた雰囲気の秋の豹変ぶりにポカ~ンとする錆兎。
秋はそんな錆兎を前に思い切り笑い転げると、やがて笑いすぎて出た涙を着物の袖口でふきつつ言った。
「ほんっきでエンドレス家系なのね、姫ん家。
義勇ちゃんも姫そっくりで…姫は姫で姫のお母さんにそっくりで…。
おまけにその連れ合いも代々そっくりって本気でありえないわっ」
まだケラケラ笑いながら言う秋に、錆兎は、ああ…と天井を仰ぎ見た。
「なんだか…それよく言われるんですが…。俺はあそこまで人格者じゃありません」
「いやいや、貴仁さんの若かりし頃にそっくりよ、鱗滝君。
あの人も頭良くて顔良くてスポーツ万能なのにくそ真面目で…。
姫と結婚してからくらいじゃないかな、あたりが柔らかくなってきたのって」
そうなのか…となんとなく納得すると同時に、蔦子と本当に親しい間柄の人間らしい事にとりあえず気が楽になる。
これなら安心してアオイを託せそうだ。
「えと…とりあえずあまり時間がないので簡単に事情を説明させて頂きます。
アオイは実は今回の小澤さんの殺人事件の犯人にとって都合の悪い物を見てしまったらしいんですが、本人を含めてそれが何かいまだわからない状況なので、犯人が捕まらない限り非常に危険な状態なんです。
誘拐犯のメドはついていて、おそらくそれは小澤さんの事件の犯人と同一なんですが、今の時点で証拠がないので安全のためアオイを隠したいんですけど、俺達といるとバレるので」
「なるほどねぇ。ま、お預かりしましょ。他ならぬ義勇ちゃんのお願いだしね」
秋は言ってウィンクをする。
こうして従業員に扮したアオイを連れて秋が母屋へと戻って行って残される二人。
「秋ちゃんは母にとって…私にとってのアオイちゃんみたいな感じの人で、私が赤ちゃんの頃から知ってる人なの」
トポトポとお茶を入れながら言うギユウ。
「で、ここは秋ちゃんが継いだ秋ちゃんのホテルグループの経営する宿の一つで…最近できたものなんだけど、もうちょっと離れた所にもう一件普通の旅館があってそこにはよく来てたのよ?
今そっちは秋ちゃんの旦那様が切り盛りしてるけどね、その人は私達でいうとユートさんみたいな感じかな」
ギユウの入れたお茶をすすりながら、エンドレスなのは夫婦だけじゃなく…友人関係もなのか…と、感心する錆兎。
まあ…相手が自分達にとってのアオイとユートなら本当に心配はない。
これなら安心して事件の捜査に打ち込めるな、と、頭を切り替えて事件に気持ちを向け始めた。
まずアリバイを聞かれたのは17:20~18:40。
遺体が発見されたのは20時40分だったから、おそらく硬直が始まる程度に時間がたってたから単純に2時間以上たってるということで20時の2時間前という感じなのだろう。
しかし始まりの17:20分というのはなんなんだろうか…。
情報が…欲しい。
「殺人事件の方の情報欲しいな…」
つぶやく錆兎にギユウは首をかしげる。
「教えてもらえないの?」
「そりゃ…第三者だからな。
親の事があるから疑われはしないが、立場的にはここにいる人間全員容疑者なわけだし。
そんな立場の人間に捜査情報もらせないだろう。
誘拐事件は当事者だから全部教えてもらえたけど誘拐事件と殺人事件の関連性を証明出来ない限り殺人の方は無理」
「だって…両方結びついてるってさびと言ってたじゃない?」
全然わからない…と思い切り顔に書いてあるギユウに錆兎は苦笑して、彼にしては出来うる限りの簡単な言葉で説明する。
「状況的にはそうなんだけど、証拠がない。
ようは…俺が女物のハンカチ拾って警察に届けたとするだろ?
それは俺とユートとお前しかいない場所で拾ったとして、ユートは男だから女物のハンカチなんて持たないだろうから、持ち主はまずお前しかいない。
でもそこでハンカチにぎゆうって名前が書いてなければ、それが絶対にお前の物であるって証拠がないからユートがそれは自分の物じゃないって言わない限り返してもらえない。
そういうこと」
錆兎の言葉を理解しようとギユウは真剣な顔で考え込んだ。
これでも難しかったのか…と苦笑する錆兎に、ようやく理解し終わったらしいギユウが顔をあげてきっぱり宣言する。
「ユートさんが自分のじゃないって言ってたって言っちゃえばいいんじゃない?
事実ならあとでユートさんに言っておけば無問題♪」
おい…錆兎はギユウの相変わらずな絶対者っぷりにため息をついた。
ああ、ぎゆうだったらやるよな、絶対にそう言うと錆兎が思っていると、それは例えの世界で終わらなかったらしい。
ギユウはおもむろに内線を取って
「和田さんお願いします♪」
と、いきなり和田を呼び出した。
そして…電話口に出た和田に止める間もなく
「あの…今思い出したんですけど、私アオイちゃんとさらわれる前におしゃべりしてて、アオイちゃん、あの日小澤さんの離れで人影見たって言ってたんです」
と、いつものおっとりした口調で言い放った。
うっああ~~~と思うものの…もうお姫様が暴走し始めたら追いかけるしかない。
「ぎゆう、代われ」
と、電話をかわると、
「さらわれる直前…ぎゆうもアオイと色々話ししてたらしいんですけど、ぎゆうは本人が興味ない事以外思い出さない体質で…ふとした瞬間に色々思い出すんです、いつも。
今のもそれで…。
申し訳ないですが、そのあたりでご相談したい事もありまして、和田さん、ご足労願えないでしょうか?
あまりおおげさにして、また義勇の方に危険が及ぶと怖いので」
と、和田を呼び出す。
ああ、バレたらすごくヤバいよな…とは思うものの、それこそバレなきゃいいわけで…。
自分だけでは決して踏み出す事のないその一歩をいつもいつも踏み出すお姫様には色々な意味で感心する。
「失礼します」
3分ほどたった頃、和田が離れを訪ねて来た。
「本当にお手数おかけして申し訳ありません」
錆兎は立ち上がってそれを迎え、深々とお辞儀をする。
「いえ、貴重な証言です。大変助かります」
とそれに対して和田も深々と礼を返した。
そして双方テーブルを囲んで座り、ギユウがお茶をいれてそれぞれの前に置くと、錆兎はそのままギユウを隣に座らせて始める。
「早速なんですが…さきほど電話で申し上げた通り、ぎゆうは誘拐される前、アオイが小澤さんの離れの前で人影を見たというような話を聞いてたらしいんですが、それを聞いた当時はまだ小澤さんの遺体も発見されてなくて、それが殺人事件の犯人の特定につながるかもとは思ってなくて、気に留めてなかったんです」
「なるほど。
つまり佐々木葵さんが誘拐されたのは身代金目的ではなく、犯人を目撃されたからかもしれないという事ですね?」
「はい。相手もアオイに気付いていたとしたら、その可能性は充分あると思います。
そう思って考えてみれば、あの身代金の受け渡しは不自然だと思うんです。
元々一人しか返す気がないなら、俺にあんな条件付けするのは無意味だと思いませんか?
身代金の二重取りをしたいなら最初から俺が自力で戻れない場合は、あと5000万出さないともう一人返さないと言えばいいわけで…
それ以前に、1億欲しいなら2度も身代金の受けとるなんて危ない橋渡らなくても、始めから二人分で1億よこせですむはずですよね?
犯人はアオイを返したくなくて、でもそれを気付かれたくなかったんじゃないかと思うんです」
「なるほど!さすが総監のご子息ですね」
錆兎の言葉に身を乗り出して言う和田。
なるべくそちらに話を持って行って欲しくないんだけどなぁ…と、錆兎はそれに対して内心苦笑しつつも続ける。
「そう考えるとですね…誘拐と殺人は同一犯の可能性が出て来るんで、殺人が解決すれば誘拐も解決するんじゃないかと思うんです。
で、さきほども申し上げた通り、彼女なんですが…」
そこで錆兎はチラリとギユウに視線を落とし、ギユウはきょとんと錆兎を見上げた。
「情報の取捨ができないというか…きっかけがないと思い出さないと言うか…もしかしたらアオイからもっと重要な情報を聞いてるかもしれないんですが、今の時点だと忘れてて思い出さないんです。
逆に言うと、何かのきっかけで今回の様なすごく重要な事を思い出す可能性もなきにしもあらずで…。
俺も警察関係者の身内なので、それが許されない事で、本当に無理なお願いというのは重々承知しているんですが、彼女が思い出すのに与えるべき情報以外は絶対に俺一人の胸のうちに閉まって漏らしませんので、ある程度の殺人事件の側の捜査状況を教えて頂けないでしょうか?
このまま知っていて思い出さないままだと、義勇の方にも危険が及ぶ可能性がありますし。
もちろん、義勇の方にも教えた事の口止めはします。危険ですから」
錆兎の言葉に和田は悩んだ。
しかし最終的に覚悟を決めたようだ。
「これは…露見すれば私のクビが飛びますが…鱗滝さんの身元、これまでの経歴や行動を信用しましょう。
ただし他に知れると絶対にまずいので、私個人の携帯とのメール連絡にして下さい。
メールは内容を確認したら即消す事。よろしいですね?」
まあ…苦肉の選択なんだろうな…と錆兎は自分で言い出しておいて心中和田に同情する。
捜査情報を部外者に漏らすなんて事は本人も言っている通り絶対に許されない、クビですまないかもくらいの事だ。
しかし…ここで下手に断ってそれが原因で”警視総監の息子の婚約者”を万が一死なせるような事になったら…それはそれですごい騒ぎと言うか…下手すればマスコミにない事ない事書き立てられて警察人生どころか人としての人生が終わりかねない。
「もちろん…情報の漏洩には細心の注意を払います。
道義的にも許されないというのもありますし、俺も…警察関係者の身内でそういう事を熟知している身でありながらそんな事をお願いしたと父に知れたら確実に勘当されますから」
まあこれも事実なわけで…自分の方も崖っぷちな事情は和田の方にも明かしておく。
あまり長くいると問題になるので、それ以上はメールでと言う事にして和田は帰って行った。
ということで、警察が知りうる限りの殺人関係の情報は入って来る事になった。
その後聞きたい情報を和田から全て聞き出して錆兎は頭の中でそれを整理し始める。
犯行推定時刻は17:20から18:40。
18:40というのは錆兎の推測通り20:40に発見された遺体の状況から死後2時間以上はたっていると判断されたためらしい。
そして、17:20に関しては、17:20丁度に小澤本人からマッサージの予約の電話が入った為だと言う。
旅館側では電話での口頭でのやりとりは後でトラブルにもつながるため、全て録音してあるそうで、そのやりとりのテープと警察が取り寄せた小澤自身が吹き込んだ自宅の留守電を調べたところ、ほぼ同一人物である事が証明されたとのことだ。
結果、犯行推定時刻は生存が確認された時刻から遺体発見2時間前までの1時間20分の間という事になる。
遺体は正面から数回刺された状態で湯をはった浴槽で発見された。
死因は失血によるショック死。凶器のナイフは遺体に刺さった状態で発見されている。
離れ全体に争った形跡があり、特に殺人現場となったのであろう寝室には争った後以外に何故か切り刻まれた血のついた大量の衣服が散乱していたとのことだ。
犯人は何故か被害者が持参した全ての衣服を引っ張りだして切り刻んだらしい。
その事から犯行自体は少なくとも30分以上の時間は要したものと思われる。
指紋は小澤が泊まる前に旅館の清掃を行った従業員と、小澤本人のもののみ。
その従業員はその後のアリバイあり。
夕食については予約時に本人から不要の旨を知らされており運んでいないため、遺体の発見が遅れている。
遺体発見時には離れの鍵はかかってなく、ドアは閉まっていた。
遺体の状況から犯人もかなりの量の返り血を浴びている可能性が高いが、18:25分頃からは多くの従業員が各離れに食事を運ぶため内庭を行き来していたが、不審な人物を発見したと言う報告はないため、おそらく犯行はその前に行われているものと思われる。
というところまでわかったところで、錆兎はユートからきた氷川夫妻のアリバイを確認した。
妻の澄花は17:30から18:50までずっとラウンジにいるのを番頭が証言している。
もちろん番頭が席を外した事はあったが、基本的に5分以内で、戻って来たらやはりいたので、犯行を行うのはもちろん、離れまで行って帰って来るのすら無理だ。
夫の雅之は17:30の時点でフロントで露天の鍵を受けとって外庭に出ている。
冬なので日の入りは早く、その時点ではもうあたりは暗く、どんなに急いでむかっても露天までは25分。
ということで露天に着くのは早くて17:55。
そこから即引き返しても母屋につくのが18:20。
そこから離れまでたどりついて18:23くらい。
その頃にはもう従業員がウロウロしているため17分で犯行を全て終わらせて血まみれの状態で自室に帰るのは不可能に近い。
19:00から19:50分までは夫婦共に離れで食事。
その間どちらかが離席していたということもない。
これは料理を何度も運んでいる従業員が証言している。
17:30にギユウが見た時になかった雅之の腕時計が19:30にあったということは、その間に絶対に露天に行ったという事で…実は行ったふりをしただけというのもありえない。
アリバイは完璧すぎるくらい完璧…お手上げだ。
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