温泉旅行殺人事件クロスオーバー_07

「俺…実は間違ってるのかな…犯人は別にいるのか…」
錆兎は手を枕にしてゴロンと寝転んで天井をみあげた。

「大丈夫…さびとはいつでも間違ってない」
その錆兎を上から見下ろしてギユウが微笑んだ。

ああ…可愛いなぁ…とその瞬間錆兎のスイッチがまた切り替わる。

生まれて初めて好きになった相手で…その相手が奇跡的に自分の事を好きでいてくれて…側にいてくれる。

「ぎゆう…」
「なあに?」
呼ぶと天使の微笑みと共に降ってくる声も可愛くて…

自分は浮気する事なんて一生ないという事だけは自信がある…と錆兎は思う。

そう言えば…ユートのメールで雑談かもしれないが雅之に自分とアオイが浮気したらどうする?って聞かれたとか言ってたが…。
真面目にありえん…と錆兎は思った。

逆だったら…自分どうするかなぁ…とさらに考え込む。

もしギユウがユートを好きだとか言い始めたら…あの空気が読めまくって相手が何を望んでるかをちゃんとわかってて相手のしたい事をしてやれる人間関係の達人に自分ごときがかなうはずがないわけで…。

そう考えた瞬間、錆兎はふと思った。
自殺した親友には…彼氏とかいなかったんだろうか…。

いたらショックだろうなぁ、浮気された挙げ句に自殺されたら、と、さらに悲観的な方向へ向かう錆兎。
自分だったら絶対にあと追うよな~と、またどんどん思考がずぶずぶと暗い方向へ沈んで行く。


「さびと…もしかしてまた暗~い事考えてる?」
いつのまにか自分の横にうつぶせに寝転んだギユウの顔がすぐ横にあった。
「そんなに俺いつも暗い事考えてる様に思われてるのか?」
と、その言葉にまた落ち込む錆兎。
「うん♪」

普通…そこで肯定するか?と呆れつつも、錆兎はそれが姫だよな、とも思う。

しかしそうきっぱりと肯定したあと、ギユウは
「あのねっ、そんな風に心配性で悲観的なさびとも、でも我慢強くて諦めないさびとも、優しくて面倒見の良いさびとも、強くて何でもできるさびとも、全部さびとだからっ♪
全部まとめて好きだよっ♪」
と、あの錆兎が大好きな、もう見ているだけで全てがどうでも良くなるくらい幸せになれる可愛い花のような笑顔で付け加えた。

ああ、もう反則だ…と無言で赤くなる錆兎。
最近…ユートにしばしば”天使の奴隷”とか言われたりもするのだが、もう奴隷でも何でもいい。
彼女がする事ならなんでも許せる気がしてくるし、彼女がしたい事ならなんでもさせてやりたい、と、錆兎は思う。

「で?何考えてたの?」
ギユウはそんな事を考えている錆兎に、可愛いクルクルとよく動く瞳で問いかける。

「ん~…例の自殺したって言う親友の女性の方には恋人とかいなかったのかなぁと、ふと思った」
そして錆兎がそのあとを付け加える暇もなく、
「ん~、じゃ、秋ちゃんに聞いてみよう♪自殺したのこの近くだって言ってたしっ」
と、ギユウは起き上がった。
そして止める間もなくまた携帯を手に取って電話をかけている。

別に事件がどうのとかと思ってたわけじゃないので、こんな時間にわざわざ聞く事でもないんだが、ギユウは現在錆兎が考えている事イコール事件の事と取っている…いや、関係ないか。
彼女はそんな取捨はしない。

単に錆兎が疑問に思ってる事があるから、知ってる人にきいてあげようと、すごく単純に思っただけに違いない。
もう時間が0時を回ってるとかそういう事も全く関係なく…。

「あ~秋ちゃん、20年前このあたりの崖で自殺した女性って…彼氏とかいたかわかりません?地元の人じゃなかったらたぶん本館泊まってたんじゃないかと…」

あ…なるほど。
このあたりは温泉郷ではあるんだが、このあたり一体がこのグループの土地で温泉街とは少し離れている。
まあ…彼氏うんぬんは別にして、動機を探る上で氷川澄花と小澤の過去がわかるとありがたい。

「調べてくれるって」
ギユウは電話を切るとそう言って小さくアクビをした。

普段はとっくに寝てる時間だ。眠いのだろう。
というか、その場にコロンと横たわって、次の瞬間コテンと眠りに落ちている。
錆兎はそのギユウを抱き上げてベッドに運ぶと、自分はその下に座り込んだ。

そこで錆兎は再び事件の考察へとスイッチを切り替える。
自分は間違ってないらしい。
ギユウは空気を読まない。
自分が悩んでるからといって思ってもない事を言ったりもしない。
その彼女がいつもの絶対的に正しい勘を持って自分が間違っていないというのだ。
犯人が氷川夫妻というのは決定事項として考えを進めて行こう。


旅館の人間が共犯とかいうオチでなければ犯行推定時刻である17:20から18:40までの夫妻のアリバイは完璧だ。崩せない。

それなら発想を転換させよう。
犯行推定時刻自体が間違っている可能性は?

夫妻は19:50までは離れにいたのは証言されているから、フリーだったのは20時以降。
いくらなんでも犯行後1時間たってない遺体を犯行後2時間以上たっているようにみせかけるのは無理だ。

だとすると、可能性があるのは事件が行われたのが犯行推定時刻前という事。

皆で母屋についたのが15時過ぎ。
それから2時間強に関しては誰もアリバイがない。
17:20にあった本人からの電話、それを覆せればアリバイがくずせる。


17:20に本人が生きてないとすると…本人から電話がかかってきたというのがありえないわけで…。

声紋が一致しているらしいから、その比較対象になったデータが改ざんされている?
旅館側は旅館の人間の声もあるから無理として、改ざんされてるとしたら自宅の留守電か…。

和田に小澤の簡単な身辺の情報と留守電が確かに本人の声なのか、改ざんされてる可能性がないかを調べてもらえる様にメールを送った。
ついでに念のため氷川夫妻の簡単な身辺の情報も頼んでおく。

あとは…アオイが拾ったペンダントか。
アオイは宵っ張りなのでこの時間でも起きているだろう。
錆兎はアオイに電話をかけた。

『あ、錆兎。秋さんにも事情聞いたよ~。で?どうしたの?』
やはりアオイは起きていた。

「ん。とりあえず早急に聞いておきたいんだが…あの日お前が一人になった時拾ったペンダントについてと、それをお前がどうしたかと…」

『あ~あれね。小澤さんの離れの側で拾ったんだよ。そのせいかもね、狙われてるの』
相変わらず…のんきな奴だ…と、そののほほ~んとしたアオイの言葉にため息をつく錆兎。

「で?何か特徴的な事はあったか?」
中でならとにかく、離れの側に落ちていたというだけならいくらでもいいわけはできる。

『ん~チェーンに指輪が通してあったよ。女物の。
指輪の裏側には”K to S” って彫ってあった。
それをね、フロントに届けようとしたとき澄花さんにあって自分のだって言うから返して…。
その時自分がそれ持ってるの知られたくないから絶対に誰にも言わないでねって言うから、
浮気でもしてるのかなぁと…。
Sは澄花のSで…Kって光二のKだよね?』

それ…なのか?
そう言えばユートのメールでも浮気云々という話がでていたし…。
錆兎は電話を切ると考え込んだ。

澄花がまだ小澤と続いてて、それに嫉妬した雅之の犯行?
そして澄花がそれをかばってるのか?

いや、今回の殺人はもっと早い時期から練られているはずだ。
でないと離れた場所にある小澤の自宅の留守電に細工などできない。
むしろ昔の事で何か澄花がゆすられていての方がありえるか…。

いや…しかし小澤は最初の日、旅館に向かうマイクロバスに澄花がのっている事に驚いていた。
あの時の二人のやりとりを見る限り、澄花と小澤だと澄花の方が立場的強者に見えたが…。

考えながら寝てしまったらしい。
内線の音で起きる錆兎。

いつのまにか布団が肩からかけられている。
布団をベッドに戻して和室へ向かうと、電話に出ていたギユウがくるりと振り返った。

「さびと、ユートさん戻ってくるみたい」
受話器を置いて言うギユウ。

すでに朝食が並べられているということは…もう7時なのか。
普段5時に起きる錆兎にしてはあり得ない寝坊だ。

「ユートこっちで食うって?」
一応3人分用意されているのを見て言う錆兎にギユウはうなづいて、タオルを渡す。
「さんきゅ」
とそれを受けとると錆兎は顔を洗ってしっかりと目を覚まして、和室へ戻った。

やがて雅之に送られてユートが戻ってくる。
寝不足な様子はないから、向こうで一応しっかり眠った事は眠ったらしい。

「おはよう、錆兎君。じゃ、確かに送り届けたよ」
とにこやかに言う雅之に
「おはようございます。昨夜は色々お世話になりました。ありがとうございました」
ときちんと挨拶をしてお辞儀をする錆兎。
それに軽く手をあげて応えると、雅之は自分の離れに戻って行った。

「おかえり、ユート」
錆兎はドアを閉めるとユートを中に促し、自分も和室に戻る。
朝食が備え付けられた部屋ではすでにギユウが茶碗にご飯を盛って待っていた。

「ただいま。メール全部目を通してくれた?」
ユートはいそいそと席について、そう言うなり朝食をがっつく。

「ああ、お前すごいな。真面目にすごい。
普通過去の女関係までなんて聞き出せないぞ。ありえん」

昨日ユートからは雅之達と交わした会話を逐一メールでもらってる。
その中には例の雅之がコンプレックスを持っていた相手と雅之の昔の彼女が浮気して…みたいな話もあって、錆兎はもう感心するしかなかった。
自分では絶対に教えてもらえない。

「ん~勝手にしゃべってくれてたよ?」
ズズ~っとみそ椀をすすりながら言うユートに、錆兎は驚嘆のため息をついた。

「お前さ…それすごい才能だって。
たぶん相手が俺だったら絶対にそんな話してくれないぞ」

普通の高校生として自力で苦もなく相手からどんどん情報を引き出せるユートと比べて、親の権力をかさにきてとも言える様な状態で半分脅して情報を手に入れている自分があまりになさけない。

おそらく…空気を読んで相手を安心させる事がユートにはできるんだろう。
ひたすら他を斬り捨てて費やした時間で少しばかり勉強と武道ができる自分とは根本的に出来が違う、と、錆兎は思った。

それを思わず口にすると、ユートはクスっと笑いをもらす。

「まあ…隣の芝生は青く見えるってね。それよりそっちどうよ?なんかわかった?」
軽く流すユート。

これだけ頭良い奴は他人は他人、自分は自分と言う割り切りができて、コンプレックスなんて感じないんだろうな、と、錆兎はそんなユートを見てまた思いつつ、自分の方の情報を逐一ユートに流した。

お互いがお互いにコンプレックスを持っている二人の絶対的な違い…それは、それを素直に口にするか、あくまで出さないかなだけなのだが、もちろん錆兎はそんな事には気付かない。

「ちょ、そのネックレスってさ…」
話がアオイから得た情報まで進んだ時、ユートが箸を止めた。

「たぶん…雅之さんもしてたよ?普通に。
俺単に結婚指輪かなんかで目立つ様にはめるのが恥ずかしいのかと思ってたけど…」

「ほんとか?!」
微妙にひっかかる。

K to S…それが単純に" Kouji to Sumika "だと思い込んでいたが…違うのか?

「指輪の…裏側なんて見てないよな?」
錆兎が言うと、ユートは少し気まずそうに
「そこまでは…。あの時は俺それで四葉のロケットの事連想して滅入って終わったし…」
と、頭を掻いた。


その時携帯が振動する。和田からメールだ。
昨日聞いた情報について調べてくれたらしい。

小澤光二。42歳。埼玉県出身。
家族は両親と双子の兄光一だが、現在、父親は他界、兄は1年ほど前から行方不明で、埼玉の実家には母親が一人で暮らしている。
仕事は銀行員。高学歴高身長高収入と3拍子揃ったいわゆる3高だが独身。
都心のマンションで一人暮らし。

留守電はそのマンションの自室に設置されていたもので、マンションは侵入された形跡なし。
マンションの防犯カメラにも怪しい人影は一切移っていない。
…ということで、ほぼ電話に細工された可能性はないとのことだ。

氷川雅之はここから山二つほど越えた村で農業を営んでいる。

現在46歳。15年前に澄花と結婚というのは本人の申告通りだ。
ほぼ村から出る事もなく、澄花の方がこちらに来た時に知り合ったと思われる。
ゆえに…小澤との接点はない。

氷川澄花は旧姓前田澄花。埼玉出身41歳。
孤児院の出で結婚までは看護士をやっていたとのこと。

光二とはその頃に患者と看護士として出会い付き合い始めるが光二の浮気が原因で破局。
その後5年間、こちらで起こした自動車事故をきっかけに雅之と知り合ってこちらで暮らしていたらしい。

結婚後はこちらでやはり看護士として働いているので、少なくとも15年間は小澤との接点はほぼないと思われる。

お手上げだ…。
錆兎は天井を仰ぎ見た。

「さびと…ご飯はちゃんと食べないと」
ギユウの声でしかたなしに朝食に箸を伸ばす。

「ここの旅館はね~ご飯が美味しい事でも有名なんだから♪
海も山も近いから山海の珍味がいっぱい♪
宿泊客のほとんどがそれ目的でくるくらいなんですから食べないなんてお馬鹿さんだよ♪」
にこやかに言ってお茶を入れた湯のみを錆兎の前に置くギユウ。

確かに…朝から通りいっぺんの朝食メニューじゃなくて、なかなか手がこんでいる。
というか…これまで事件続きでゆっくり食事を楽しむ余裕なんて全くなかったので、こんなに味わって食べたのは初日の夜以来だ。

(え…ちょっと待てよ…)
錆兎はまた箸を置いた。

「ぎゆう…ちょっと秋ちゃんに聞いてくれ。
事件当日、小澤さんは旅館側に軽食かなんか頼んでたのか?」
錆兎の言葉の真意を全く気にする事もなく、ギユウは秋に携帯でそれを聞いた。

そして携帯を切ると
「昨日の質問と一緒に調べてお昼までにはメール送ってくれるって。
さびとのメルアド教えちゃいましたけどいいよね?」
と、首を傾ける。
「ああ、サンキュー。その方がありがたい」
「じゃ、そういうことで…いい加減ちゃんとご飯食べようねっ」
と、ギユウは錆兎にまた箸を握らせた。

宿泊客のほとんどがそれ目的で来るほど有名な料理旅館。
小澤は何故わざわざ夕食を不要と言ったのだろうか…。
それによってどういう影響が出た?

夕食を普通に摂る予定でいたら…氷川夫妻はその時間に露天の予約を入れていたため19:00からにしていたが、基本的にはここの旅館は18:00か18:30から夕食になっている。
ということは…その10分弱前から仲居が食事の支度をしに出入りをする。

犯行推定時刻のまっただ中だ!

その時間に遺体が発見されたら…本当に殺されたばかりという事になる。
殺害直後かそうじゃないかくらいは一目瞭然だ。
…実はそうじゃなかったとしたら即わかる。

他に不自然に思えるところはどこだ…
当たり前に見過ごしていた部分に実は何か重要な意味があるかもしれない。

争った形跡はいいとして…わざわざ衣服に血をつけて切り刻んだのはどうしてだ?
クリーニングの袋に入ったままだったシャツまでわざわざ出して切り刻む理由がわからない。
意味なく時間がかかるだけじゃないのか?

「なあ…クリーニングの袋に入ったままのシャツまで引っ張りだして切り刻む理由って…なんなんだろうな…」

自分だけよりはユートにも聞いてみようと、食後にギユウがいれてくれた茶をすすりながら錆兎はユートに話しかけた。
ユートはそれに少し考えて、あ、と叫び声をあげた。

「返り血を浴びないため被害者の服を重ねて着て被害者を刺殺したあと、また自分が着て来た服に着替えて、その証拠となる服を切り刻んでごまかしたとか?」
かな~り自信ありげに言うユートに錆兎は首を横に振った。

「それ…俺も考えたんだけどな…全部の服についてる指紋や毛髪とか全部被害者のらしい。シャツのボタンとかにも被害者の指紋はついてたらしいけど、他は一切なし」
「そっか~。覆面とかしてたとか…?」
「でもな、目立たないか?髪をきっちりださないような格好って。
覆面なんかしてたら返り血ついたシャツわざわざ着替えて処分してから移動する意味無いし…」


「なんで…犯人しか触ってない服にまで死んだ人の指紋ついてるの?」

ユートと錆兎でああでもないこうでもないと意見を出し合っていると、ギユウが突然口を挟んだ。

「そりゃ…被害者の服だから。いれる時とかつくだろ?自分で用意してれば」
当たり前に言う錆兎だったが、すぐ
「…あ…」
と、気付いてポンと膝を打った。

「そう…だよなっ!」
「で?なんで?」
本気で何にも考えてない素朴な疑問だったらしい。
ギユウは自分の聞いている意味はわかったでしょ?で、答えは?といわんばかりに聞いてくる。

その時…携帯が振動した。秋からだ。

事件当日…被害者の小澤は特に軽食等を頼んだという事はない。
ただ予約時の電話で食事は不要と言われたと言う。
そのメールには20年前についても書かれている。

「なるほど…わかった気が…する」
錆兎は言って和田にメールを打った。
「何がわかったん?」
ユートが聞いて来るのを
「ちょっと結果が出るまで待ってくれ」
と、錆兎は送信ボタンを押す。

そしてその後錆兎は
「そう言えば…ユートも一つ聞かせてくれ」
と、ユートを振り返った。
その後秋にもメールを送る。


数十分後、離れのドアがノックされた。

「鱗滝さんっ!開けて下さいっ!」
和田の声だ。

ユートがあわててドアを開けに行く。
鍵を開けると、和田は慌てて錆兎のいる和室に飛び込んで来た。

「鱗滝さんっ、これはどういう事なんですか?!」
ユートは混乱している様子の和田に驚きの目を向け、次に錆兎に無言の問いかけを送る。
錆兎はそんな二人を交互に眺め、それからギユウに目をやった。
「ん~まあ多分わかった気がするんだが、念のため例の頼む。ぎゆう」

その言葉にギユウは小指を立てて
「これ?」
といたずらっぽく微笑み、錆兎もそれに微笑みで返す。

「じゃ、そう言う事で、ちゃんと殺人事件を解決してねっ♪できなければ…」
そこでギユウはまたニコッと天使の笑み。
「針千本の~ますっ♪」






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