アゾットの日記
「んじゃ、とりあえず本題入るか…」
お姫様が全員に紅茶を配り終わったところで、サビトが茶封筒の中からホチキスで止めた付せんのいっぱいついた冊子みたいな物を取り出してテーブルの上に放り出した。
一応俺が説明して、詳細書いてある部分がどこか付せんの番号で言うから勝手に見ろ」
「りょうか~い!」
映が元気よく手を挙げる。
「まず、付せん1な。
アゾットが何故そのジョブを選んだのか書いてある。詳細は自分で読め」
『アゾットの日記 -1-
ネットゲームの勝者に1億与える…
主催の主旨はわからないが面白い試みだ。
こういう物に参加する奴はたいていは2種類。
1億本気で狙う馬鹿、あるいは暇つぶしで10万もらえればいいや程度の危機感のない馬鹿。
まあ…稀にどこぞの馬鹿会長みたいに、欲に走る奴らで混乱するだろうゲームの中で秩序を守ろうなんて事をくだらない正義感から考える物好きもいるかもしれないが。
…どちらにしろ馬鹿には違いない。
さて…どうするか…
馬鹿は相手にしないという選択もありだが…せっかく与えられた娯楽だ。
馬鹿を観察しながら笑ってみるのも悪くはないな。
上手くすれば金に目がくらんだ馬鹿が殺人に走る姿くらいは見られるかもしれない。
しかしみすみす巻き込まれて奔走するのもまた馬鹿というもの。
決めた…。ジョブはプリースト。
善良の象徴であり、また魔王を倒すと言う観点から見ると無害の象徴…。
一般馬鹿から善良な人として情報を集め、金に目がくらんだ加害者からは無害な人間として安全な立場を保てる。
そして…この馬鹿げた人間達が演じる悲喜劇を高みから見守る超越した知能を持つ存在として君臨する…退屈しのぎとしてはまあ悪くはない。』
感想…こいつが浸った馬鹿。
なんか思い切り悪に浸った馬鹿としか思えない。
これで俺カッコいいとか思ってんのかね?新種の厨2病?
「読み終わったか?読み終わったなら次行くが…」
みんながそれぞれ複雑な表情をする中でサビトが声をかけると、
「は~い!先生っ!しっつもんでえすっ!」
と、映がシュタっと手をあげた。
「なんだ?」
「ここに出てくる馬鹿会長ってもしかしてサビト君?」
この暗~い中でもあくまで妙に明るく聞く映の質問がなんだか壷にはまって吹き出す俺。
「知るかっ!」
サビトはプイっとそっぽをむくが、まあそうなんだろうな。
「次行くぞ。次!」
それ以上聞かれるのはごめんとばかりにサビトは先を進めた。
「最初のゴッドセイバーの殺害はイヴの単独行動。
アゾットはゴッドセイバーがイヴにリアルを話すの聞いて、殺人事件が起こる事も予測していたらしい。
詳細は付せん2を読め」
『アゾットの日記 -2-
危機感のない愚か者…もう低能というレベルを超えてるな。
イヴというウォーリアの気を引こうとリアルまでペラペラと話しているゴッドセイバー。
一昨日あたりからショウというウォーリアも含めて3人で行動しているようだが、ショウが来たら黙ったという事は…イヴにだけなのか、リアルをしゃべりまくってるのは。
まあ…他に聞いている奴がいるかの確認もせずに、ウィスにもせず、通常会話で話してる
あたりが低能としか言いようがないわけだが…。
一応…僕の他にもサビトとアオイというプレイヤーも聞いてるようだが…
とりあえず僕を覗くと奴のリアルを知ったのは3人…。
この中の誰かが襲撃でもしてやれば面白くなるんだが…
まあサビトとアオイはないだろうな。
アオイは1億狙うならシーフなんて微妙ジョブ選ばないだろう。
サビトの方は…ベルセルク、という選択はいいにしても、魔王を倒すと言う事なら万が一魔王の最後のHPを削られる危険性を考えればシーフなんて連れ歩くより一人の方がマシだ。
かといってシーフなんて危険を冒して殺すほどの価値もないジョブだしな。
とすると行動を起こしてくれるとしたらイヴ。
自分がウォリアなら充分魔王を狙えるし、連れ歩いてるのウォリアとベルセルクという自分のライバルになりうる相手だとすると、仲間のふりをして追い落とすためというのも考えられなくはない』
まあ…嫌な書き方ではあるが、人物評的には当たってるな。
それでも…嫌な馬鹿である事は変わらないわけだけどな…。
こいつの方こそ友人いなさそうじゃね?
時間をおいてさらに進めるサビト。
「で、第一の殺人勃発。
これはイヴの単独の犯行だが、アゾットはイヴを犯人だと思って接触。詳細は3な」
『アゾットの日記 -3-
ついにやったっ!
愚民が動いた。
8割方、犯人はイヴだな。
そんな事を考えているとイヴが怪しいとブツブツつぶやいてきた女がいる。
女ウィザードのメグ。僕に気があるらしい。
単にゲームを楽しめれば良い馬鹿の一人だ。
メグによればイヴはリアル女ではないとのこと。
同じ女としてわかるそうだ。
さらに、ゴッドセイバーと一番親しかったのだから怪しいと続ける。
…普通に考えればリアル聞いてた親しい奴が疑われるのは必須。
まあそれはこの女のような馬鹿にでもわかる事だ。
それに気付かずに短絡的に殺すってイヴも果てしのない低能だな。
せっかく面白くなってきたのに、ここで御用は残念だな。
そう思って良い事を思いついた。
あの馬鹿に知恵をつけてやったら楽しいかも知れない。
僕はあくまで手を下さず知恵だけ与える。
そうだ、それこそ神の啓示のように…。
あの馬鹿を操ってこのゲームの参加者の歴史を変える神になる。
素晴らしい考えだ。
僕はイヴに近づいた。
そしてささやいてやる。
お前は疑われている。このままでは即御用だ。
焦るイヴ。
そこでさらに言ってやる。
僕はプリーストだから自力で魔王を倒せる事はまずない。
だから500万でお前の軍師になってお前の敵を排除する知恵をさずけてやる…と。
もちろん…500万なんて欲しい訳じゃないんだが、奴のような低能には僕のような高尚な考えは理解できなくて信用しないのは必至。
非力で自力で金を取れないプリーストが少しでも金を手にしたくて協力するという図を作ってやらないとだめだろう。
半額…というと奴も迷うし、100万くらいならミッション達成金で稼げる可能性もでてくるので、500万。
我ながら絶妙な額だと思う。
案の定奴は乗ってきた。
さあ…ゲームの始まりだ…』
もう誰かこの浸った馬鹿なんとかしてくれって感じだな。
つかメグも騙されんなよ、こんなのにさ。
「で、だ。アゾットはとりあえずイヴから疑いの目をそらすために自分に好意を持っていて動かしやすいメグを利用しようと考えた。
で、メグに全員にメルアド交換を提案させて、その裏でイヴにショウ、続いてメグを殺させた。詳細4な」
『アゾットの日記 -4-
とりあえず…そうと決まったらイヴが捕まる前に真犯人らしき人間を作らないとだ。
ここでいきなり全く面識のない人間も使えないし、利用できるとしたらイヴのもう一人の仲間のショウと僕に気があるらしいメグ…。
さてどうするか…。
ショウは殺人にびびったらしく、イヴにゲームをやめると言って来た。
冗談じゃない。
次々やめていかれたらイヴに声をかけた意味がない…。
しかたない…やめる宣言をしているショウを殺す事によってやめても無駄だと皆に悟らせるか……さあどうする…。
メグを…利用するか…。
どちらにしても今後周りを騙すためには個別に連絡を取れる手段が必要になるし、全員のメルアドを集めさせないと…。
とりあえずイヴにはショウの連絡先をたずねさせる。
ゴッドセイバーと同じくイヴに気があるショウはイヴにだけならとあっさりと連絡先を吐いた。
ゴッドセイバーの時に殺人犯が若い男だと報道されたのも奴の警戒心を緩めるのに一役買っているようだ。
キャラの性別がリアルの性別なんて限らないと言う事が全くわかってないあたりが低能すぎて笑える。
メグは、今回の事もあるし、ゲームに接続できない時間にも連絡を取れる手段があった方がいいが、それを男の僕が提案するとみんな警戒するから、女の子の君が発案者という事にして欲しいと言うとあっさり了承した、馬鹿だ。
さらにこのままではイヴに向かうであろう疑いの目をそらさせるため周りを撹乱したいので、方法まで指定する。
まずメルアド交換をしても良いと言う奴のメルアドを一度メグが聞いて、送って来た奴に送り返すという方法だ。
これで本当にメルアドを送ってきたか来なかったのかはメグしかわからないという状況ができあがる。
こうしてメグにメルアド交換を申しださせてメルアドを集めさせた。
こういう状況だから、みんな心細くなって群れたがるのは必須。
案の定、やめると言うショウとヨイチというアーチャー以外は全員メルアドをよこして来た。
メグにショウはやめるから交換しないと言ってたと教え、ヨイチにはメグ本人に確認させるが返事がなかったので参加の意志がないと結論づける。
とりあえずヨイチはどうでもいい。
ショウがやめると言っているというのを全員に知らせるのが目的の一つだ。
メグにメルアドを回させる時に、参加しなかった奴の不参加理由も明記させた。
メルアド交換終了のタイミングでイヴにショウを殺させる。
まあ…やめると言えば殺されるとは思わなかったんだろうな。
相手がイヴという事もあってショウはあっさり騙された。
あとはメルアド交換の発案者が実は僕だという事をメグが漏らす前にメグを殺させなくては…。
メグを呼び出すのは簡単だった。
ショウこと秋本翔太殺害のニュースが流れたその晩、インしてイヴと合流後、メグにメールを入れる。
そして秋本翔太がショウで殺された事、イヴがショウはメルアドを送ったのにメグのメールでやめるから不参加だと書かれていたと言っていると伝える。
このままだとメグが悪用するため故意にメルアド交換の情報を改ざんしたと言いふらされかねない。
こういう状況になってから実は発案者が僕でショウがやめると言った話も僕から出ていると言っても、周りは僕がメグをかばってると思うだけだろうと言うと、焦ったメグから助けを求められた。
僕がその事できちんと相談したいから今から出て来て欲しいと言うと、焦っていたのだろう、
メグは愚かにも誘い出されてきた。
それは当然イヴに殺させる。
誘い出せるメドが付いた所でもう一仕事…
イヴのアリバイ作りだ。
イヴがメグを殺してる間に二人目の被害者が出た事を理由に、一度全員の顔見せをと全員を広場に呼び出し、イヴと僕は普通に会話をする。
もちろん…イヴを操っているのも僕だ。
PCを2台並べて一人二役を演じている。
しかしこれでメグ殺害時刻に全員の前で話をしていると言う事で、僕とイヴのアリバイが成立した。
さらに…仲間が二人とも死んでしまって怯える可哀想な女の子を慰める善良なプリーストという図を全員に植え付ける事で今後イヴと行動を共にするのが自然に見えるようにできる。
…完璧だ』
なんつ~か…嫌な奴なんだけどここでふと疑問。
サビトのキャラって本人にそっくりなわけで…これだけずる賢い奴がなんでそれに気付いてサビト利用しようとしなかったんだろう…。
いくらなんでも生徒会の会長と副会長とかだったらお互い顔わかんないとかないだろうし…。
「気分悪くなって来たなら読むのやめてもいいぞ。
そのため全部俺の口から言わずに大方の流れだけ話してるんだからな。
詳細読まなくても流れだけはわかるように説明してやる」
サビトは言って、姫、ついでアオイに目をむけた。
映は冊子を読みながらなんだか感心しつつ、時折おお~なるほど、とかうなづいてるから、平気というか、推理小説を読む感覚で楽しんでるんだと思う。
まあ…渦中にいたとはいってもほぼ蚊帳の外で怖い思いしてないもんなぁ。
「お前はもうやめとけ、な」
サビトは涙目になる姫の手から冊子を取り上げてテーブルに放り投げると、その小さな頭を引き寄せて自分の胸に押し付けた。
姫が小さな嗚咽をもらす。
そんな姫の髪を軽くなでながら、サビトは
「お前は?どうする?」
と、アオイに目を向けた。
アオイはしばらく無言。迷っているようだ。
それでもやがて
「絶対いつか気になるから…一人の時に読むよりいい」
と、結論を出した。
このアオイの言葉にサビトはそうかと言って先を続けた。
「まあ…ここから先は俺らのパーティーの話になってくるから気分悪くなって来たらマジ無理すんなよ。
んじゃ、続けるな。
アゾットはメグまで殺した所で一応最初の殺人の尻拭いは終了ってことで、ここからは1億をイヴに取らせる為に動き出す。
で、自分達以外で一番魔王に近そうな俺達のパーティーに目を付けて、一番誘い出せそうなアオイをターゲットにしたわけだ、詳細は付せん5」
『アゾットの日記 -5-
メグ殺害でメルアド交換の本当の発起人も、ショウを殺害できた人間の範囲も永遠に闇の中。
フェイクを織り交ぜ真実と嘘が混在する事も知らずに必死に情報を集めようとする輩もでてきて、なかなか面白い。
僕としては右往左往する人間をもう少し眺めていてもいいんだが、とりあえず約束に向けて動いている事をアピールしておかないとイヴが焦って暴走しかねない。
そろそろ次に行こうか。
次のターゲットは…アオイ…かな。
まああいつ自体は急いで排除する価値もない、放置していても良い微妙ジョブなんだけどね。
周りがまずいな。
4人パーティーでウォリアーのゴッドセイバー、ベルセルクのショウ亡き後、イヴ以外で唯一の純近接アタッカーであるもう一人のベルセルク、サビトがいる。
しかも…二人しかいないヒーラーの一人が一緒というおまけつきだ。
……似ている…。
奴がこんな暇な事しているとは思えないんだが、あのキャラは僕が大っ嫌いなあの馬鹿にそっくりで…わざわざ役立たずを率いて善人面するその行動性まで奴を思い出させてイライラさせる。
珍しい名だから、その名であの行動というのは偶然ではないだろうし、あるいはうちの学校の奴の信奉者が奴のRPGをしているのかもしれないな。
だがまあいい。
ゲーム内といえども奴の牙城を粉々に崩して歯噛みするのをあざ笑ってやる。
奴の仲間は3人。
危機感ない馬鹿系のシーフにヒーラーにエンチャ。
セオリーだとまずヒーラーを叩いておくとこだけど、あの女、性格見えなさすぎ。
どう動くかわからない相手に手を出してイレギュラーな事態を起こすのは、この段階ではまだ危険だ。
残るはエンチャかシーフなんだが…女の方が奴を撹乱するにはいいな。
ってことでアオイ。
アオイは排除するってよりまず奴を排除するために撹乱させて尻尾を出させる餌だから、アオイ自身を殺すのはもっとあとの方。
とりあえず身元を暴いてパニック起こさせてやる。
ヒーラーのギユウを語って呼び出しをかけた。
人の目につきやすい時間に人の目につきやすい場所。
どう考えても殺人を起こせない場所を選んでやると、安心してノコノコと誘い出されてきた。
そこで後をつけて自宅を割り出す。
それで完了。
一応体調が悪くて行けないからキャンセルさせてくれってメールを送ったから、夜に体調くらいきくだろうし、そうしたらメールを送ったのが本人じゃないのにはきづくだろう。
今はそれで充分だ。
とりあえず種はまいたから、しばらく育つまで放置しよう』
こいつ…本気で馬鹿だ。
”こんな暇な事してるわけない”ってお前もやってるわけだしな、その暇な事を。
なんであそこまで笑っちゃうほど同じ顔したキャラなのにそれだけの理由で別人だと思えるんだよ?
つか、あれサビト以外にありえんだろ?
性格までサビトにクリソツって思ってるくせになんでそこで本人じゃないって答えに辿り着くんだよ?
呆れる俺の前では
「き…嫌われてるよっ!サビト君めちゃ嫌われてるって!!一体何したの?!!」
と、映がヒ~ヒ~お腹を抱えて笑い転げるのを
ヨイチが
「映、駄目だよ、失礼だよっ」
と必死になだめてる。
サビトはそれにムスっとして、知るかっ!と返すと続けるぞと、先を続けた。
「それからしばらくはみんな普通にレベル上げ。
裏ではエドガーがユートと連絡を取りながら情報集めてた。
もうエドガーが死んだ今となっては何を根拠にそう思ったのかは謎だが、とりあえずエドガーはイヴが犯人てとこまでは辿り着いたんだ。
でもアゾットが共犯てとこまでは辿り着かなかった。
で、アゾットの事をイヴに騙されて利用されてる善意の第三者だと思ってイヴから離れるよう忠告して殺される。詳細は6」
『アゾットの日記 -6-
様子見を始めて2週間。
面白い事が起こった。
情報を集めてかぎ回っていた雑魚、エドガーがイヴが犯人てとこまで辿り着いた。
まあそこまでは雑魚にしてはよくやったと褒めてやってもいいんだが、雑魚は所詮雑魚。
僕がイヴに騙されてる哀れな第三者だと思って離れるように忠告してきた。
本当におめでたすぎて笑えるな。
ま、笑うのはいいとして、それを明晩全員の前で発表しつつ主催にメールを送るつもりだというのはなんとかしないと楽しいゲームが終わってしまう。
僕は奴に非常に感謝していると礼を述べ、事情を全く知らないので、詳しく話を聞かせて欲しいと丁重にお願いする。
探偵もどき君は自分の推理を話したくてしかたなかったんだろう。
礼もしたいし話もじっくり聞きたいからと呼び出すと、やっぱりノコノコ呼び出された。
もちろんそれはイヴに始末させる。
そこで探偵君持参のノートパソコンから面白い事がわかった。
彼はサビトの仲間、ユートと親しく連絡を取っていたらしい。
そして、他に先んじてユートに犯人がわかったこと、知らずに犯人といる第三者に危険を警告して距離を取らせてから犯人を公に糾弾するつもりな事などを書いて送っていた。
お手柄だよ、探偵君。
これで完全な筋書きができた。
犯人が誰かと明記していない、その上で犯人は誰かと一緒に行動している人物、と、特定させている2点がポイントだ。
そろそろ仕上げにかかろうか。』
…少なくともこの頃にはサビトの方は余裕でアゾット黒幕、イブ共犯てとこに辿り着いてたんだよな。
エドガー…これまでは正直それほど思い入れがあったとも言えなかったんだけど、これ読んでなんだか少し滅入ってきた。
奴は好意…だったんだよな。
好意でアゾットが巻き込まれたら大変だなんて事考えなければ殺されずにしかも大手柄だったのに…。
それをこんな風にあざ笑うこいつが俺は許せない気がしてきた。
「てことで最後な。魔王もみえてきたことだし、策も思いついたしってことで、アゾットはアオイとユートを殺して姫を俺から引き離して俺を孤立化させようって事で、イヴにその計画を話そうと言いつつ終わってる。たぶん話した直後に殺されてるっぽい。
詳細7」
『アゾットの日記 -7-
魔王も近づいて来た事だしそろそろ仕上げだ。
いよいよ奴に目に物みせてやれる。
作戦はこうだ。
僕がいきなりインするのをやめる。
そしてイヴからアオイにメールを送らせる。
内容は…
僕がインしなくなったのはどこかで殺されているからかもしれない。
自分の周りはみんな殺されているからその可能性が高い気がして怖いし防犯ベルを買いに行きたいが、自分は一人暮らしで頼れる人間もいない。
外に出るのが怖いので、買って送って欲しい。
そんな感じか。
一応混乱している様子で繰り返し費用は払うからとその点を強調すれば間抜けなアオイの事だ、お金はどうでもいいのになんてその点に目がいって、危険だとか言う事が頭からすっとんでいくだろう。
ここ2週間静観したせいで、自分が住所を知られているなんて事は馬鹿な頭からは消去されてるだろうしな。
会いたいじゃなくて物を送ってくれというのもミソだ。
送り先の住所を書く事によって、情報を明かして危険を被るのは相手であって自分じゃないという錯覚を起こさせて、警戒心を緩める事ができる。
もちろん書いた住所はでたらめだ。
目的は物を送らせる事ではなく、アオイをでかけさせる事だからな。
こちらはアオイの家の近所で人目につかなさそうな場所で待って拉致れば良い。
もう4人殺してるイヴだ。拉致用の車を盗むくらいもう何でもない事だろうしな。
そのままアオイを連れて人目のつかない場所に行き、ユートを呼び出させて二人を殺させる。
二人が親しくしているのはエドガーとのやりとりから確認済みだ。
そこまで終わったら後は簡単。
エドガーが犯人をみつけたというメールはおそらく仲間であるサビトやギユウにもユートを通していっているだろう。
あとはイヴにエドガーが言っていた、誰かと行動している犯人というのはもう消去法でサビトしかいないとギユウに吹き込ませてサビトを避けさせればいい。
ギユウも殺してもいいんだが…それじゃあ面白くないな。
やっぱり奴には守るつもりだった仲間を助けられなかったばかりか、残った仲間にも軽蔑されて離れて行かれるという構図を味あわせてみたい。
単にたまたま親が警視総監だったというだけで周りにちやほやされて、偉そうな態度で学校でもかしづかれ、無記名だったらみんな本音が出て落選して裸の王様だった事にいい加減気付くだろうと思って生徒会長に推薦してやったら当選しやがるし……。
リアルの馬鹿の方は、じゃあ物理的に手を出そうかと思っても剣道柔道空手有段者だからイヴごとき返り討ちにされて終わるだろうからな…。お手上げだ。
せめてネットの錆兎もどきにくらいはそのくらいの辛酸をなめさせてもいいはずだ…。
これが本当に奴だったら良かったんだがな…
リアルのあいつはこの夏なんと聖星女学院なんて名門ミッション女子校の彼女作って遊びまくってるらしいから、ゲームどころじゃないだろう。
遊びすぎて1位から転げおちればいいんだが、抜け目ない奴だ、昼に遊びつつ夜は必死にガリ勉してるに違いない。
本気で嫌な奴だ。あいつこそ死んでしまえばいいのにな。
まあいい。まずはイヴに作戦を授けてやらなくては。
とりあえず…この作戦が終わったらイヴが一億を取るのを手伝いつつ、ちょっとサビトに近づいて奴が落ち込む姿を堪能しつつ、影でそれを笑いながら友人の振りでもしてみるかな』
…吐き気がした…。
マジありえね~!
俺は滅多に怒らない温和な人間として通ってるんだけど、こいつ生きてたら絶対に殴ってやりたい!
俺も…正直サビトの事こいつ出来過ぎ~とか思ったり、ひがんでみたりとかした事ないとは言わないけど…それはサビトのせいではなくて、サビトが望んでるわけでもなくて、ましてやサビトがそれを自慢したりとかしたことなんか全然なくて…むしろその他人よりも優れた分以上の能力を他人のために使ってるような奴だってのはわかってる。
それわかってやれとは言わんけど、ここまで傷つけて貶めていいはずがない!
隣ではアオイがやっぱり同じ事考えてるのか青い顔でサビトを見てる。
そのアオイの視線に気付くと、サビトは
「ま、最後の方のゴチャゴチャは気にすんな。忘れろ」
と苦笑する。
そしてそれ以上追求されないようにか、強引に話を進めた。
「あ~、その後アゾットはイヴに殺されたんだと思う。
たぶん…普通に考えればそれまで全然接触をもってない姫を引き込むより、ずっと一緒でプレイヤースキルも高いアゾットを使った方が状況的に楽だ。
しかも最初に言った通りアゾット自身は魔王にとどめをさせる可能性もないから
ライバルになりえないし、イヴがアゾットを殺す理由は何もない。
だからアゾットも自分だけは安全だと思って油断した。
だが奴は…俺が言うのもなんだけど物理的な事象は読めても普通の人間の感情が読めなかったんだろうな…。
イヴは賢すぎるアゾットが怖くなったんだ。
知恵では絶対に適わないアゾットを、頼もしいというより自分の生殺与奪権を持っている危険人物と認識して殺す決意をしたらしい。これはイヴの自供な。
策士知恵に溺れるってやつだな…。
で、ここでアゾット退場。
これによってイヴは自力でヒーラーを手にいれなくてはならなくなった。
で、アゾットの案を一部変更。
俺から離した姫を自分の側に引き込めば良いと考えてアオイ殺害計画を実行したってわけだ。
あとは…アオイが電車で話した通り」
そこで言葉を切るサビト。
するとまた映がシュタっと手をあげた。
「サビト君て…アゾットと友達?
錆兎って実名でてるのあれどう考えてもサビト君の本名だよね?
呼び捨てで呼ぶほど仲良かったん?」
まあ…もっともな疑問なわけだけど…
読んでわかんないかな…空気読めよ馬鹿女っ!
イライラと思う俺。
俺がピリピリしても仕方ないんだけど…。
でもヨイチも空気を読む奴らしく、
「映、やめなよ」
とソッと映を止めている。
当のサビトは…珍しく一瞬困惑した後、苦笑した。
「だよな、ま、気になるのが普通だ」
それでもそう言って話し始めようとした瞬間…
「さびと…ごめんね、ちょっと気分悪くなってきたかも…部屋に戻りたい」
と絶妙なタイミングでお姫様が口をひらいた。
その姫の言葉にさっさと行けば良いのにサビトは律儀にもちょっと困ったように映と姫を見比べる。
サビトの視線に、姫はキュウっとシャツを握る手に少し力を入れて、訴えるような視線でサビトを見上げた。
「歩けない…よな?」
偉いぞ、姫!そのままサビト連れて行けっ。
まあ…姫は空気を読んだとかではなくて、本気で自己都合なわけだけど、いつもタイミングが絶妙だよな。
「わかった、ちょっと部屋送ってくるから。すぐ戻る。
アオイも来てくれ。説明は戻ってからな」
言ってサビトがお姫様をソ~っと抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこ…。
姫はそのまま当たり前にサビトの首につかまっている。
「んじゃ、行ってくる~」
と、俺と同じくホッとしたらしいアオイは、ヒラヒラと俺に手を振ってサビト達を追って行った。
「さて…と」
それを見送って俺は映とヨイチを振り返った。
「これからさっきの映の質問は俺が説明するけどさ、それ以上サビトには追求すんなよ?
普通に考えたら自分が普通に友人付き合いしてた奴にここまで思われてたって考えたら滅入るだろっ」
「そうだよね…本当にごめん…」
俺は映に対して言ってたんだけど、何故かヨイチがすごくすごく傷ついた顔で、”世界で一番ひどい事したのはこの俺です、なじって下さい、罵って下さい、いっその事ボコボコに殴り倒して頂いても結構です…”って言わんばかりの申し訳なさオーラをにじませてうなだれた。
映がそれを見て俺をにらんでる。
なんでこれでそこまでヨイチが滅入って、俺がにらまれんといかんのよ?
つか、お前のせいでしょうがっと俺は映に声を大にしていいたいねっ。
「ともかく説明するなっ!」
もうその映の非難の目はスルー。
俺は悪い事言ってないっ!謝らんとならん筋合いもないっ!
そして続ける。
「サビトとアゾットは同じ高校の生徒会で生徒会長と副会長だったらしい。
サビトの方は奴の事を本名が早川和樹だから和って呼んでて、まあ…夏休み中に普通に向こうからも電話かけてくるくらい表面上は仲良かったぽ。
少なくとも…サビトの方は友人だと思ってた。いじょっ」
俺が知ってるのはこれくらいだけど、逆にこれ以上は聞いても仕方ない気がする。
丁度俺が言い終わったタイミングでアオイが降りてきたんで、俺はアオイに今説明した事を告げた。
映は本当にわかってないのか無神経なのか知らないけどそこで
「なんか…愛憎劇っぽ?」
と、ふざけた事言い始めて俺がキレかけた時、俺がキレるより先にヨイチが強い口調でそれをいさめた。
「映…映の趣味は理解してるし、それが悪いとも思わないけど今回のはそういう風に面白がっちゃだめ。絶対にだめだ。
心に受ける傷ってね、治んないものなんだよ。
それをあえておかすなら、身体か心かの違いだけで今回のイヴやアゾットとかわらなくなるよ?」
普段の大人しい奴からは想像ができないほど真剣な顔で青ざめて言うヨイチの強い口調に驚く一同。
キレかけてた俺もなんか驚いて怒りがちょっとひっこんじゃって、映は映で
「……ごめん…」
と、いつものテンションの高さもどこへやら、しょぼんとしょげかえって俯いた。
そこでヨイチがあわてて
「僕の方こそ…ごめん。
映のおかげでまた外に出る事ができるようになったのに…」
と謝った後、でもね、と口を開く。
「僕も…引きこもっちゃったのって同じような理由だったから…。
親友だって思ってた奴に影で色々言われてやられてて、すっかり人間不信になっちゃってね…」
とまたいつもの静かな口調に戻って俯き加減に悲しそうな笑みを浮かべた。
なるほど…こいつも経験者だったのか…。
「でもね、今回映に出会ってさ、映って口は悪いけど裏表なくて…ほんとに思ったままの事考えずに言っちゃう映見て、こんな子もいるんだってホント安心したんだ」
噛み締めるように言うヨイチ。
確かに…頭悪そうだけど裏表だけはなさそうだよな、映って。
「惜しいなぁ…」
そこでいきなり立ち直ったらしき映の謎の発言。
「惜しい?」
俺が首をかしげると、映はうなづいて
「うん、ヨイチってさ、逸材なんだよねっ。
私も現実にヨイチみたいな人間ホントにいると思わなかったもん」
「???」
顔を見合わせて悩む俺とアオイ。
「男なのに華奢で繊細で可愛くてピュアで…もう、いっその事私が男だったら押し倒したのにっ!!」
そういうことかいっ!!
呆れ返って引く俺とアオイだったけど、当のヨイチは少し恥ずかしそうに俯き加減に苦笑している。
なんていうか……もう勝手にしてくれって感じだ。
その後俺達はお互いに打ち合わせたわけでもないのに、何故かそれぞれ持参していた夏休みの宿題を持ち寄ってやり始めた。
高校生だよなぁ…。
「実はさ…密かにサビトに教われないかな~なんて思って持って来たんだけど…」
アオイの告白に隣で俺も
「あ、実は俺もそうだったり…」
と同意する。
そこで気軽に俺がみてやるよ、とか言えないのが悲しいとこだな。
「私は親がどうせやってないんだろうから持ってけって。
宿題持参しないなら旅行だめっていうからさぁ…」
というのは映。
「微分積分なんてさ…生活してても使う事ないよね絶対」
数式を前にうなるアオイに
「いや、まだその方がマシだって。人間様にサンショウウオの気持ちがわかるって思う方がマジ頭おかしいってっ!」
という映は現国の宿題らしい。
「俺も…平安時代の人間の日記なんて知らなくても生きていける予感……」
俺は古文でうんざりしてた。
うなる3人をヨイチがにこやかに見ている。
「ヨイチは?宿題終わったの?」
とアオイが余裕こいて見えるヨイチにふと目をむけると、ヨイチはちょっと困ったような笑みを浮かべた。
「俺は…学校いってないから…宿題もないんだ…」
うあ…やっば~。
「ご、ごめんねっ」
慌てて謝るアオイににっこりと優しい笑みを浮かべつつ、ヨイチは
「ちょっと…みせてもらっていい?」
と、アオイの宿題のプリントを覗き込んだ。
「あ…これはね…」
映の筆箱からシャーペンを一本取ると、そのままスラスラと数式を解いて行くヨイチ。
うぉぉ~~すごぃ!
学校行ってないと言いつつ俺らよりよっぽど頭良いっ!
ヨイチはそのままスラスラと数式を全部とくと、映、俺と順番に宿題を教えてくれた。
「ねえ…学校行ってないヨイチより馬鹿ってあたしら人間失格ってこと?」
結局全員ヨイチに宿題をやってもらって一息ついたあと、映が言った。
もう…自分で言葉気をつけろと言っておきながらそれかっ。
ほんっきで悪気ないけど言葉知らない馬鹿なんだな、映。
でもヨイチは全然気にならないらしい。
少しはにかんだ様な笑みを浮かべて言った。
「俺…勉強は嫌いじゃなかったから…一応高認は受かってるし」
おおお~~~実は秀才だったのかっ…
つか…あれか…サビトと一緒で”できる奴”だからひがまれた系なのか…。
「すごいね、ヨイチっ!繊細美少年なだけじゃなくて頭もいい奴だったんだねっ!超感動したっ!!」
映は…相変わらずハイテンション。
ヨイチのおかげでめでたく宿題がすっきり終わってそのまま盛り上がる俺ら。
つってももっぱらしゃべってるのは映と俺で、ヨイチはニコニコうなづいてるだけだけど…。
…ってアオイいない。
と思ったらしばらくして戻ってきた。
「どこ行ってたん?」
と俺が聞いても
「ちょっと…ね」
と微妙な苦笑い。なんだろ?
4時半…俺らは持参した菓子を食べながらだべってたが、まだサビト降りて来ないし…。
アオイには話はあとでって言っておいてくれって言ってたらしいけど…あれからもう1時間以上たってるんだが…。
「とりあえず…俺らここらの地理疎いし、夕飯どうするのかだけきいてくるわ」
と俺は立ち上がった。
アオイがちょっと何か言いたげだったけど、このまま待ってたら5時だし、近くに店あるのかとかわかんないしな。夕飯食いっぱぐれたくないんで、俺は2Fに上がって行く。
そしてアオイと姫の部屋。
軽くノックしてみたけど返答がないんでドアを開けて中に入った。
…いないし…と思ってさらに足を踏み入れると、バルコニーの窓開いててカーテンがヒラヒラしてる。
そこかよ…と、奥へ足を踏み入れかけて、あわてて足を止めた。
やっべ~。
まあなんつ~か…バルコニーでのイケメンと美少女のキスシーンなんてみちゃったわけで…。
どこが友達だよ、おい…なんて思いつつも、まさか踏み込むわけにも行かないんでソ~っと部屋を出ようとしたわけなんだけど、そこで焦ったせいか思い切り椅子の足に足をひっかけて転んだ挙げ句、ゴミ箱ひっくり返してすごい音が…。
当然…さすがに気付かれたわけで…
「ユート…平気か?」
少し呆れたように…でもかすかに赤い顔で俺を見下ろすサビト。
姫の方はぜんっぜん状況に気付いてないのか、きょとんとしてる。
「イテテ…えと…そろそろ5時になるし、夕飯どうすんのかなぁと聞きにきたわけで…。
俺らここら辺詳しくないし…」
あ~言い訳がましい…と自分でも思うが、事実だからしかたない。
「あ…そうですね…。皆さん何が食べたいです?
今日は食材買ってないので外食になっちゃいますけど…」
何が食べたいって言われても…
「とりあえず体調悪くないならリビング降りてもらっていい?俺だけじゃ決められないし」
俺が言うと、姫とサビトはコックリうなづいた。
結局誰もこれと言った提案もできず、お姫様オススメの信州牛のステーキハウスへタクシーを呼んで行ってみた。
なんだかそこの店はウィンナーも有名らしくTVでも紹介されたとか。
もうこんな高級な店に来たの初めてで、お姫様とサビト以外は緊張しまくり。
それでもお姫様のご一家がよく利用されるとかで、結構フレンドリーに話しかけてくる店の人。
帰りにはお姫様はテイクアウト用に売ってるハムやらソーセージやらを大量にご購入。
んで、またお店にタクシーを呼びつけて、今度は他の食材をあれこれお買い上げ。
「本当は…パンは牧場で焼いてるのを買いに行きたい所なんですけど、時間がなかったので」
…って、こだわりらしい。
大量の食材を運ぶのは当然サビト。
でもそれをキッチンの前で全て置く。
聖域に男は足を踏み入れちゃいかんらしい。
そこからはお姫様が全て冷蔵庫や冷凍庫へ。
「ね~どっちでもいいんだけど…自炊するの?」
映がそのお姫様のいるキッチンに向かって話しかけた。
「えっと…お昼や夜はしたければ外食でもいいんですけど、朝だとまだお店開いてませんし」
と、お姫様からはもっともな答えが返ってくる。
「男…は入っちゃいけないんだよね?ここん家のキッチンて。
そうするとさ、作るのってフロウちゃんかアオイっちか私ってこと?
自慢じゃないけど、私料理ってカップラーメンくらいしか作れないんだけど?」
えっと…カップラーメンて料理なわけ?と突っ込みを入れたくてウズウズ。
その言葉にアオイもオズオズと片手をあげた。
「あの…言いにくいんだけど…私もカレーくらいしか作れない…」
朝からカレー?
…でもいい!アオイが作ったのならっ♪
…と思ったのは俺だけで、隣でヨイチがすごい複雑な表情をして、サビトは
「ありえんな」
とだけ言った。
「ありえんくても仕方ないっしょ。食べれるだけマシと思いなさいって」
俺が言うと、サビトはきっぱり
「そのくらいなら毎日ギユウが作る」
と断言。
お姫様…料理なんかできたんだ…?
それサビトの希望的観測じゃなくて?とか思ってると
「休み中は毎日母親と娘で料理が日課だから、朝にカレーとかむちゃくちゃなメニューよりは普通の物がでてくる」
と、付け足した。
あまりに意外な事実だけど、まあ毎日姫ん家に入り浸ってた男が言う事だから確かなんだろう。
その後、食材と一緒に買ってきた花火を庭でみんなでやったりなんかして、良い時間になったんで先も長い事だし今日は解散。
各自部屋へ。
お姫様とアオイはこれから2人で楽しくおしゃべりなんだろうな~。
別に変な事したいとかじゃなくて、アオイと同室な姫がうらやましい。
しゃべるだけでもいいからアオイと同室になりたかったな、ま、普通に考えりゃ無理なわけだけど…。
蓼科だと夜は東京のあの猛暑が嘘のように涼しい…っつ~か、寒いくらい。
俺は上着を羽織ってバルコニーに出てみた。
お~星が綺麗だ~。
やっぱ東京の星空とは全然違うね~。
こんな星空見ながらアオイと語り合いてえって思ってたら、隣のバルコニーに人影。
コーヒーカップを片手にサビトが出てくる。
「何?サビトも眠れんの?」
声かけてみると、サビトはきっぱり
「いや…勉強の合間の気晴らし」
と言いやがりましたよ?
「ここまで来て勉強かよっ」
って思わず突っ込むと
「ん~物心ついてからずっとやってるから、何もしないのがすごく落ち着かなくてな」
と、すごい発言。
俺なんかしないでいいって言われたらずっとしなくても平気なんだけど…。
「朝5時に起きて鍛錬。
シャワー浴びて着替えて学校行って帰ってきて洗濯機回しながら掃除後勉強。
飯作って食って片付けてまた勉強して寝る。
んでまた朝5時に起きてって延々と繰り返してたからなぁ…」
星に目をやりながら壮絶な日常を当たり前に語るサビト。
「サビトって…一人暮らしじゃないよな?」
そこに家族らしい影が見えないのが気になって聞くと、サビトはこれも当たり前に
「母親は俺産まれてすぐくらいに亡くなってるし、父親は仕事忙しくてめったに帰ってこない。中学卒業するまでは通いの家政婦いたけど…卒業してからはほぼ一人に近いな」
と、聞いていいやらいけないやらわからん話を口にする。
俺なんて両親どころか姉妹までいて、まあうるさい家庭で育ったんで考えられない。
「ずっとそんな感じで一人でやってきたから…そのせいばかりじゃないんだろうけど…他の奴の気持ちとか察するのが絶望的にダメなんだよな…」
サビトはそう言って苦笑した。
「たぶん…俺は何かが欠落してるんだと思う。
だから他が当たり前に築いてる普通の人間関係が築けない」
と、うつむくサビト。
なんか…すっげえ悲しい気分になってきたんだけど…。
俺は良くも悪くも浅く広くな人間なんだけど、アオイとサビトは別っぽい。
この…ありえない要領の悪さと善良さのせいで放っておけないっつ~か…。
「でも…さ、生徒会長とかやってるんだろ?人気者じゃん?」
そりゃ、アゾットが推薦したのかもしれんけど、人気なかったら当選しないし…と思ってると、サビトはそれにも苦笑。
「周り…人は集まるんだけどな…。何故か同級生にすら敬語で話されんだけど…。
親以外で俺の事下の名前で呼んだのなんて和だけだ」
うああ~~触れちゃいけない部分に触れちゃったよ…。
なんか…たぶん嫌われてるとか省られてるとかじゃないのは確かだ。
アゾットの日記でもちやほやされてるとかかしづかれてるとか書いてあったし…前に会った後輩とかとのやりとり見てても好かれてる感じはしたしな。
ただなんていうか…気軽に近づけないんだろうな…出来過ぎ君すぎて…。
で、家で本当に一人で学校でも普通に馬鹿話とかする友人とかもいなくてとかって、俺だったら気が狂うな。
そんな生活を10数年?マジありえねー。
それで唯一普通に友人付き合いしてた相手が実はあんな事考えてたなんて知ったら、本気で自殺もんだ…。
「だから…不謹慎だけど楽しかったな、今回のゲーム。
単純に楽しむだけの作業で遊ぶためだけの仲間なんて初めてだったからな。
まあ…途中で楽しむどころじゃなくなってきたのがたまに傷だが…」
言ってサビトはクスっと笑いをこぼすと星を見上げた。
「サビト…平気?」
なんか普通に話してるからかえって心配になってきて、俺はサビトを振り返った。
「ん?何が?」
俺の言葉にサビトが少し不思議そうに俺に目をむける。
「ん~色々。アゾットの事とか、会社の事とか、その他諸々」
その場を平穏に乗り切るための術は知ってても、誰かと深くつき合った事のない俺は実はこうなるとどこまで踏み込んでいいのかわからない。
でもなんとなく流しちゃうのが嫌で踏み込んでみた。
「あ~、それか」
サビトはまっすぐ前を見て言った。
「結論から言うと割り切れた。少なくとも迷いはない」
はやっ。
「そりゃ良かった。またさ…アオイと姫と4人で遊びに行こうとか話になった時、サビト一人来れないとか嫌だしさ」
俺が言うと、サビトが
「そうだな…今度は4人で遊びに行きたいな」
と少し目を細めて笑う。
「ところでさっき…」
そこでふと思い出して言いかける俺の言葉に、それだけで察したらしいサビトはかすかに赤くなって苦笑した、
「あ~、やっぱり見てたか」
「悪い…別にのぞくつもりじゃなくて、本気でお伺いたてに来ただけだったんだけど」
「ま、鍵かけてなかったしな」
サビトはちょっと頭を掻く。
「んで?やっぱりただの友達って嘘?」
もう思いっきりプライベートに踏み込んでるなとは思うものの好奇心に勝てず聞くと、サビトは
「あの時点ではホント。んで、その後ちゃんと確認した」
と答えた。
なるほど…。
ま、そうだよな…あれで普通のお友達ってありえんて。
あ~あ、俺もアオイと両思いになりたいなぁ…って思ってると、今度はサビトが
「ま、お前も頑張れ。アオイも俺並みに空気読めん奴だから大変そうだが…」
と、いきなりかましてくれた。
「なっ、なんでそれっ」
驚きのあまりむせる俺。
「そりゃあ…いくら俺が空気読めないっていっても、さすがにわかるぞ」
と、サビトは呆れたように言う。
「アオイはっ…」
さらに慌てる俺に
「ま、気付いてないな、あれは」
と肩をすくめて答えるサビトに、心底ホッとする俺。
しっかし…サビトにまでバレるってそんな見え見えだったのか…。
「今回は…ホントにユートのおかげで助かったしな…アオイに関する事でも他の事でも何か俺にできる事あったら言ってくれ」
サビトはそこでその話を微妙に切り上げて、意外な事を口にした。
あ~そう言えば前電話かけたときも礼言われたっけ。
「この前の電話でも礼言われたわけなんだけどさ…俺マジ何かした?
助けてもらった記憶は思い切りあるわけなんだけどさ…
サビトに関しては助けた記憶とかマジない」
俺の言葉にサビトは
「知の無知って奴かっ」
と吹き出した。
それ…まさに俺がお前に対して思ってた事なんだけど?と思いつつ俺はポカ~ンと笑うサビトに目を向ける。
「ユートは…自分が思ってる以上にすごい奴だと思うぞ」
って…サビトみたいに出来過ぎ男に言われると本気でポカ~ンなんですが?
「そう?」
って聞き返すと、サビトは少し笑うのをやめて前を向いてうなづいた。
「ああ。俺本当に空気読めない上に他人を怒らす事にかけては天才的らしいから…大抵の奴は怒るか萎縮するんだけどな。そんな時いつもフォロー入れてくれてただろ」
あ~アオイか~。
「ん~でもさ、普通にサビトの行動見て考えれば悪気ないっつ~か、善意だってのはもう丸わかりだったし…。
言葉で言われないでも、そういうのってなんか感じちゃうじゃん」
俺の言葉にまたサビトは吹き出した。
「なに?」
と俺がふりむくと、サビトはやっぱり笑いながら言う。
「悪い、姫にも同じ事言われた」
うあ~。なんつ~か実は姫すごく空気読む子だった?と思ってるとサビトは俺の考えを読んだかの様に
「姫はそういう気持ちを深く考えずに感じてるだけなんだけど、ユートは考えて分析してるから結果は同じでも過程が違うんだけどな」
と付け足した。
なるほど。
「空気読むとかはもうすごい才能だと思うぞ。
ユートみたいにその上で努力して理性的に分析して動ける奴って本当にすごい。
そんなユートが仲間だったのは俺達にとって本当に幸運だったと思う。
俺とアオイはもうその才能が絶望的になくて…姫はあまり読む気がなくて…
ユートいなかったら俺達とっくに皆バラバラで、姫やアオイは殺されてて、俺はなんとなくゲーム内ウロウロしてて、殺人犯が1億取ってたかもしれないし」
それは…買いかぶりな気が…と思いつつ、自分ではそんなに役にたってた気がしてなかったからちと嬉しかったり。
それにさらにサビトは補足。
「少なくとも…本人が後で謝ってきてたけど、最後のあたりでは俺は疑心暗鬼になってたアオイに疑われてたらしいから。ユートいなけりゃアオイ確実に死んでたぞ」
あ~、まあそれはそうかも…。
「俺もな…まあ…和の日記読んだ時は思いきり滅入ったけど、それでもお前達がいたから乗り越えられたし…ホント感謝してる」
なんていうか…本気で素直な奴だよな…。
アオイもなんだけど、ここまで裏表ない奴って珍しい気がする。
俺みたいに裏表ありまくりのひねた人間でも思わず無条件に信頼しちまうくらいの何かがあるんだよな、2人とも。
なんか…昔はすげえ賢い賢者とかが単純馬鹿の純粋なだけの勇者とかについて行っちゃうのがすごい不思議だったんだけど、なんだか今その気持ちがわかった気がした。
思えば…俺はダチ多いけどそれは俺が”良い人”を演じてるからで、素の自分が何か困った時に絶対に助けてくれるなんて信頼できるくらいの奴っていなかった。
だけどサビトは素のままの俺を認めてて好意持ってるから絶対に裏切らないし助けてくれる。
それが素直に信じられる。
あの、アオイの身代わりになろうって思った命かかってる時だって、本気で絶対にサビトが探し出してくれるはずって思ってたしな、俺。
結局俺は他人が言うほど”良い人”なわけじゃなくて、単に空気読めるだけの”画策して良い人演じる人間”で…それがわかっててもその素の部分を許容するだけじゃなくて認めてもらえるっていうのはすごく心地良い。
俺は勇者にはなれないかもしれないけど…賢者とかにはなれるんじゃね?
んでもって賢者は主役じゃないかもしれないけど、勇者は賢者なしじゃ魔王倒せなかったわけで…。
うん…まあそんな役回りに落ち着いてみるのも悪くないかも。
勇者の親友にして絶対に必須な仲間?そんなのもカッコいいじゃん。
「んじゃ…俺はちょっと姫のおしゃべりでもつきあってくるかな…。
お前はゆっくり星でも見てろよ」
俺がそんな事を考えてると、唐突に勇者は退場を宣言した。
つ~か、そのつぶやきは何?
クスリと笑ってサビトは部屋の中へと消えて行く。
そして…たぶん5分後くらい。
サビトとは反対側の隣のバルコニーから人影登場。
「あ、ユートいたんだっ♪」
ニッコリと可愛い笑顔で言ってくれるアオイ。
「良かったぁ♪今フロウちゃんのとこにサビト来ててさ、なんか所在なさすぎてっていうか…もしかして私邪魔?って気分になっちゃって今バルコニーなんだけど」
苦笑するアオイの言葉で俺はようやくサビトのつぶやきの意味を察した。
わざわざアオイがバルコニーに出る様にしてくれたわけね。
サビトの気遣いに感謝しつつも、俺は隣のバルコニーのアオイに目を向ける。
Tシャツってさ…女の子が着ると結構エロイよな…。
ラフなようでいて、意外に見える体の線。
…つか、部屋であとは寝るだけって感じで寛いでたらしく素肌の上に直に着てるぽ?
やべ…変な気分になりそ…。
「アオイさん、これ着て下さいな」
俺は自分が羽織ってた上着をアオイに投げる。
それを受け取ったアオイはちょっと迷って
「ありがと…でもそれだとユート寒くない?」
と、別の意味に取ってくれる。
まあ…普通にいきなり相手が変な気分になってるなんて思わんな。
「いや、俺は平気。
それにほら、寒くなって来たら俺はいくらでも部屋に取りに戻れるから。アオイは戻りにくいっしょ」
俺が言うと、アオイは
「ありがと。じゃ、遠慮なく借りるねっ」
と、少しはにかんだ笑みを浮かべて俺のカーディガンに腕を通す。
「うっわ~。さすがにおっきいね~」
アオイさん…やばいですよ?そういう可愛い発言は。
もうさ、俺のカーディガンが普通にブカブカで、それが女の子っぽい華奢さを強調しててめっちゃ可愛い。
「カーディガンあったか~い♪ユートってさ…普通に優しいよね。モテそう」
アオイはブカブカのカーディガンの前を合わせてニッコリ笑みを浮かべる。
もう…俺心臓バクバクなんですが?
「ん~でもないよ~。友達多いけど彼女とかいないし」
それでもなんとか平静を装って言う俺にアオイは
「ホント?」
とこちらを見る。
「こんな事で嘘ついてどうするんですかね?アオイさん」
と、からかうような口調で言いつつも、内心もうドキドキなわけで……
「じゃあさ、旅行終わってもまた遊びに誘っても平気かな?
怒るような彼女さんいないなら」
それ以上の言葉も期待しないではなかったから少しガッカリはしたけど、少し首をかたむけて言うアオイがもう…むっちゃ可愛くて、ま、いっかって気分になる。
「もっちろん!いつでも何でも呼び出して♪大抵暇してるからさっ」
まあ今はとりあえずここまででも幸せ。
旅行後も誘う理由できたしな♪
「アオイの方は…大丈夫なん?
俺と遊んでていきなり血相変えて飛んでくる彼氏とかいないの?」
これ、重要。
冗談めかさないときけないヘタレな俺だったんだけど、アオイは文字通り冗談と取って笑う。
「あははっ。ナイフ振りかざしたりとか?」
「そそ」
俺も笑ってうなづく。
「いたらさ、夏休みにこんなゲームなんてやってないよぉ」
やったっ!
「もう自分でも情けないくらい縁ないよ~?」
苦笑するアオイ。
こんなに可愛いのにな~。あ~、もう言っちゃおうか、今。
「あのさ、アオイ…」
「うん?」
「俺さ…」
満点の星空の下、高原の別荘のバルコニー。もう最高のシチュエーションなわけだったんだけど
「あ~!二人ともやっぱり眠れなかった?こっちでトランプやんない?」
がっくし……。
俺と反対側のアオイの隣のバルコニーからでかい声。
映~空気読め~~!!!!!
「あ、やる~♪ユートも行こっ?」
ニコっと言うアオイ。
はいはい、アオイが行く所ならどこへでも。
大きく肩を落としながらも了承する俺。
「あ~でもどうしよう…部屋戻って平気かな?」
アオイがチラッと後ろを伺う。
確かに…。下手すると俺の二の舞で思いっきり気まずい事に…。
「こっち、来ちゃいなよ。アオイ」
俺はすぐ隣に手を伸ばす。
隣とは手すりで仕切ってあるだけなんで、乗り越えられる。
「うん♪」
アオイは手すりをよじ上って俺がそのアオイを助け降ろした。
「ありがと♪」
降ろす時に不可抗力で触った柔らかいアオイの体にちょっとドキドキする。
でもまあ今日はそこまで。
こうして空気の読めない映の誘いで俺の野望はとりあえずは先送りになったのだった。
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